11月27日(金) 雨のち曇り 28 ℃ 湿度 72% 日の出:5:02 日の入り:18:05  バヌアツ滞在571日目
2009/11/27(Fri)
0時起床。昨夜は寝る前に天井のファンを一番弱くつけて寝たが夜中気がついて消す。最近は寝巻きだけで上になにもかけずお腹を出して寝ているが、風邪も引かずお腹をこわすことも無い。6月から9月ぐらいはやや気温が下がるが日中は年中25℃を越えているから半そで半ズボンで1年を過ごした。勤めは行きはTシャツで学校の図書室の2階で下着と半そでのワイシャツに着替えてハンガーに干しておく。行きの25分で汗をびっしょりかくほど暑い日もある。毎日往復4Kmのウォーキングそれも挨拶の声をかけ、時には握手をしながらの行き帰りである。こちらに来る前は、家の近所の大学のグランドの周りをゴミ拾いをしながら3周、5周、10周と歩いていたものである。朝はラジオを持っていき、6時半のラジオ体操をその近くの公園でラジオを聞きながらやっていた。もうこの時期の朝6時半はだんだん暗くなってきていることだろう。この時期の公園は金木犀のいい香りがしたものである。最近のバヌアツは4時40分ごろから夜明けが始まる。英語復習67−get(2)。2時からNHKワールドを見る。アメリカが来月のコペンハーゲンの環境会議に向けて数値目標を出したようだ。2005年のレベルに対して2020年までにCO2を17%削減するという。日本は1990年のレベルに対して2020年までにCO2を25%削減するという。何故日本は30年の間の目標値でアメリカは15年の間の目標値かそこの意味はよくわからないが、中国もアメリカに続いてあくる日に削減目標を発表した。
韓国がOECDに24番目の国として加盟したとのニュースもあった。これでアジアからは日本に次いでの2番目の加盟国となった。これで開発途上国への援助する国の仲間入りしたわけである。先進国の仲間入りが出来ると開発途上国に埋蔵する資源の安定確保が必要になってくるから必然的に開発途上国との関係を作るための機関としてOECDに期待が出てくる。タイでは12月5日クミポン国王の82回目の誕生日のお祝いがあるらしい。事業仕分けという名称の予算検討で在日米軍費用が対象にあがったと報道していた。どこまで米軍の為に金を出しているのかほとんど知らないのでそれを少しでも知ってそれが本当に日本が出さなければいけない金なのか考えるのはいいことだと思う。これのカットは流石の仕分け人にも荷が重過ぎて簡単にカットとはいかないことであろう。アフガニスタンの戦争支援をインド洋上でアメリカの軍艦に燃料を補給してきたことに対して、アメリカにはいいことをしてくれていると感謝されているようだが、本当のところはわからない。アフガニスタンの国民にはほとんど助かっているとは理解されていないだろう。
マンゴーを1ついただく。日本の桃に似た食感で少し甘酸っぽさがある。歯にはさまる繊維もある。平べったく大きな種があり、食べられる果肉はそう多くは無い。ブルキナファソの美人隊員から十何個かのマンゴーを食べたと聞いたがそれくらい食べるのはなんでもない。大きなパパイヤ1個で食べられる果肉はマンゴーの20個分はありそうである。まもなく3時半少し疲れたのでベッドで横になって「熊嵐」を読んで就寝。
5時に目を覚ます。朝食はお好み焼きをキャベツを沢山細かく刻んで作る。デザートはバナナ5本をベランダで海を見ながらいただく。したのバスにローハンデシルバが丁度乗るとこであった。今日は昼食は毎月定例の教師とスタッフによる懇親昼食があるというので、レモンティーだけ持っていくことにする。向かいのクリスマスツリーの紅色の花が次第に増えてきた。今日で今週もお仕舞いであるが今週は3回目の登校日である。今日は先生が使っていたラップトップがウィルスでIPLが出来なくなったと言ってきたのでディスクの初期設定とシステム導入とソフトの導入とウィルスの導入と最新の更新の仕方をタリスに教える。これから英語ボキャブラリーチャンクデータベースの登録。7時。7時36分まで31−leaveの登録をしてこれから出かける準備。畑で水遣りをしてから学校へ。8時半図書室にでる。電気がきていてほっとする。大阪朝日放送の朝のラジオを聞きながらメールを見てブログの更新。8時56分。9時20分ようやくタリスが来る。これからマシンのインストール。CD ROMのウルトラベースが着いたままのX30があってなんと着脱が出来ない。いろいろ着脱の仕方をグーグルで探してみるとやっと見つかった。ひとまずその方法で着脱を試すことにして、タリスは何処かに行ってしまったので、これから英語ボキャブラリーチャンクデータベースの登録。10時58分。12時まで図書室で過ごし12時昼食会場の食堂で机拭き掃除や配膳を手伝う。昨年はピクニックでハネムーンビーチでのバーベキューと水泳だったが、今年は先生、スタッフとその家族がた役100名が揃っての昼食会が1時半から始まった。2時半にお仕舞いにして図書室へ戻る。英語ボキャブラリーチャンクデータベースの登録をして日記を更新しこれから店仕舞いして下校する。15時15分




この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(1) | TB(0) | ▲ top
11月26日(木) 雨のち曇り 28 ℃ 湿度 75% 日の出:5:02 日の入り:18:05  バヌアツ滞在570日目
2009/11/26(Thu)
1時半目を覚ます。英語復習66−believe。2時からNHKワールドを見る。事業仕分けで問題になっている、次世代スーパーコンピューター予算の獲得を目指しているらしく、ノーベル賞受賞者が揃って記者会見をして将来の研究のための必要性を訴えていた。コンピュータのハードウェアの進歩は日進月歩で既にパソコンの世界のCPUの高速化とメモリーの大容量化をみるまでもない。スーパーコンピュータはかつて国産ではNECのシェアが高かったが、最近ではNECと日立は撤退したという。超高速コンピューターは商用ではすでに採算が合わなくなって売れなくなったためだろう。唯一富士通がやっているという。もし予算を止められると富士通の開発計画にも影響が出てくるらしい。どうやら国民の税金で富士通のスーパーコンピュータの開発研究を支援するという構図になっているようだ。これはなにも日本に限ったことではなく、アメリカでも同様らしい。役所主導の超高速マシンの意義は利用することだけではなく、マシンの研究開発にありむしろこの面の方の役割が大きいようである。スーパーコンピューターの分野は超高速の1台で処理するやり方だけではなく、複数台のパソコンやパワーマシンを組み合わせて並列処理をさせる高速化の技術も進んでいた。大きな計算センターを作っていてその中に超高速コンピュータを置いてサービスに努めるのだろうがおそらく民間企業であれば絶対に採算の取れる商売にはならないだろう。文部省の役人の天下りの施設として機能するだけだろう。昔の戦艦大和のようなものである。事実たくさんの小さな飛行機に沈められたように超高速コンピューターもパソコンの並列処理に勝てなくて簡単に陳腐化して誰も使う人が居なくなることであろう。そこでまた新しい超高速を国の予算で買ってくれと富士通は働きかけるのであろうがそれに乗って再びコンピューターに素人のノーベル賞受賞者や大学の学長さんが躍らされ続けることになるのだろうか。3時ごろ音をたてて雨が降っていた。4時15分にわとりの時の声が響くが雨は止んだようだ。英語データベース登録。外が白みかけてきた鳥の鳴き声が賑やかだ。コケコッコーと犬のワンワンワンが時々混ざる。これから横になる。4時43分。6時起床。ご飯を炊いてお汁をつくる。朝食は海苔でいただく。朝食後残りご飯で昼食用の太巻きをつくる。出かける支度をし始めるとまたざっと雨である。空は雲で埋まっているが明るくなってきたのでしばらくすれば上がるだろう。あまり遅くなると、帰るのも遅くなるので、9時になったら出たいものだ。8時45分。雨が上がって陽も出てきて前の道路も乾いた。9時アパートを出る。かんかんでりの中を15分歩くと雲がかかって雨が落ちてきた。学校に9時半出ると図書室はタリスの姿見えず、そのうち生徒がコピーをして欲しいとお金を持ってくる。インターネットでメールを見て返事をしてからブログの更新をする。次にうどんと巻き寿司の作り方を調べる。そのうちタリスが姿を現し、午後にウルトラベースが手に入るという。手に入ったら明日朝から来て作業するよと言って、もし手に入ったら電話してくれと伝える。明日来ても実は昨日手に入るはずの機械が手に入らなかったと言われそうだったので、物が来たら明日くると伝える。明日は毎月恒例の昼食会があるという。昼食会だけのために来るわけにもいかないから、作業がなければ昼食会は欠席と伝える。機械が手に入ったら昼食会に出ると伝える。12時でさよならをして下校する。12時半アパートに帰り畑の草取りと堆肥を表面に敷きこむ。レタスはサラダに出来るまでになってきた。朝の雨降りがウソのようないいお天気になった。海の表面がキラキラ輝いている。海ではカヌーに乗る2人づれもいる。これから銀行でお金をおろしJICAオフィスで本を借りてくる。14時12分 銀行へ行き昨年5月にドル建てで預けていた口座では一切利子が付かずおまけに口座維持費など合計30ドルが引かれていたので、お金を引き出そうとしたが、ドルが無いという。ドルだといつ準備できるかわからないという。ドルをバツに換算してバツで支払うという。そのバツで同じ額のドルが買うことの出来ない率で計算されたバツである。途方にくれてしまったが仕方ない。これも言われるままに応じるよりない。何事も知らないこととはいえ思いがけないことを経験させてもらうことである。JICAオフィスに寄って吉村昭さんの本を4冊見つけて借りてくる。もう図書室の貸し出しノートもそろそろお仕舞いになった。新しいノートが欲しいところである。アパートへ帰りシャワーを浴び、洗濯をしてから、日記をつける。さっきタリスから電話があってウルトラベースが借りられたと言っていたので明日は朝から登校することにする。17時半これから畑に水遣りに行ってから、夕食の準備。草取りと水遣りとパクチョイの移植をしてレタスを摘んで帰る途中先輩のプロパンガスを見る。夕食は久しぶりでヤキソバにする。キャベツ、玉葱を刻んでひき肉を入れて作る。スパゲッティは十分茹でて柔らかくして作り上出来だった。お汁も作りガーデンの緑の野菜も十分いただく。
デザートはバナナ。ベッドで借りてきた吉村昭著「熊嵐」を読んで7時就寝。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
11月25日(水) 晴れ 27 ℃ 湿度 75% 日の出:5:02 日の入り:18:04  バヌアツ滞在569日目
2009/11/26(Thu)
昨夜のニュースでは誘拐されて解放されたイエメンの日本人の記者会見を見る。
帰国してしばらく静養してからまた戻りたいと話していた。偉いものだと感心した。果たして自分があの方の立場に置かれたときどう話せるかを考えたが、同じ言葉は出てこないと思った。「白髪(しらが)は栄えの冠(かんむり)なり」とは父からしばしば耳にした旧約聖書の文言であるが、白髪の真下武男さん63歳はJICA発注の建設工事をしている民間会社の方であるが同じボランティア仲間のような気がする。50歳をすぎれば白髪は珍しくないのだが日本では髪を黒く染めるのが普通になってきている。政治家はほとんど黒く染めている。TVで見ると生え際は白いから染めているのがすぐわかる。政治かも芸能人も特に見た目を気にするのは同じなのであろう。英語復習65−pay。2時27分 3時半疲れてベッドに横になる。4時15分目を覚まし日記をつけてから英語データベース登録を5時5分までする。朝食のご飯を炊いて6時にいただく。パソコンの液晶画面を石鹸で洗い、乾いた後耳掻きの毛で磨き綺麗にする。昨日に続いて今日も7時過ぎ、定期観光船が沖に姿を現した。7時のNHKワールドニュースを見ていたらNo stone left unturnedという見出しで事業仕分け作業で予算見直しの後半戦を写していた。7大学の学長が揃って科学技術予算を削られると将来のためにならないと記者会見をしてアピールしていたが記者席は閑散としていた。防衛庁の研修施設の予算の必要性を役人が今の施設では一杯で研修施設の必要性を説いていたが、仕分け人が、各省庁がそのような研修施設づくりを競い合っているのは非効率で、よその省庁の施設の利用をあたって見たかと質問すると、それはまだやってません。と答え、その箱物つくりは没ということになったのは、面白かった。
役所とゼネコン企業のもちつもたれつの関係を見ることができた。役人は今度この施設の予算を取るから、お宅にまわすよ。と言っている姿が目に浮かぶ。ついては、将来退官したらよろしくとなっていることだろう。今日の船はP&O Pacific Sunであった。P&Oは正面に大きく新しく書かれたもので、これまでのPacific Sunには書かれていなかった。多分P&Oのグループに組み込まれたのだろう。
P&O PACIFIC SUN
2009_1125_3.jpg
7時25分 今日も自宅学習の一日にしよう。これから英語データベース登録。8時過ぎの一休みして吉村昭著「東京の戦争」を読む。10時すぎまでに拾い読みして最後まで読み終える。これから写真の取り込みをしよう。10時21分 10時54分までで写真アップロードと調整終了。これから英語データベース登録。11時40分で終了。これから昼食の準備。
残りご飯にお酢と砂糖で寿司めしにして海苔巻きでかっぱ巻きを作ってみる。具はきゅーりと牛肉。具を真ん中にして巻くのが難しかった。これも巻くコツを勉強することにする。昼食は巻き寿司。寿司めしの味は悪くなかった。巻き寿司は海苔がないと作れないが、海苔が無いときはラップで巻いても良いかもしれない。
ラップで巻いたまま包丁で切って食べるときお箸で取って食べればいいだろう。これまでご飯は2回分炊いて2回目はお茶漬けか雑炊にしていたが、時間があるときは、巻き寿司にすれば食事が進むことを知る。
午後居間の椅子で「東京の戦争」を読む。2時半アパートを出て町へ買い物。ボンマルシェから出てきたカヨに出会う。なんと25Kgの米袋を肩に載せて持って出てきた。そんなに沢山どうするのと聞くと、ファミリーで食べるのだと言う。カヨはキリバツ出身で体が大きい。キリバツは小さな国だが人は皆大きいという。肉とマーケットでレモン、わけぎ、カニを買って海沿いに帰る。アパートに戻ってから、畑にでかけ、わけぎの株を分けると18本になったので18個の穴を掘ってわけぎを植える。その周りに堆肥を敷いておく。野菜を摘んで部屋に戻りシャワーを浴び洗濯をしてから夕食の準備。夕食は餃子を5個作りレモンティーと。餃子の後はカニをいただく。6時20分、埠頭を見たらもう客船は出航していて空だった。夕
食後満腹になって、ベッドで「東京の戦争」を読んで7時就寝。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
11月24日(火) 晴れ 26 ℃ 湿度 80% 日の出:5:02 日の入り:18:04  バヌアツ滞在568日目
2009/11/26(Thu)
4時半起床。英語復習64−and/so。日記をつける。今日は自宅学習の日にする。潮が引いたら海を向かいの島まで歩いてみよう。今日は小麦粉からうどんを作って冷やしうどんを作って見よう。昨夜バナナを食べ過ぎたのかお腹が減らなかった。これから遅い朝食の準備。今日もご飯を炊く。6時15分 7時に朝食。
沖から船が入港してくる。美しいパシフィックダウン(P&O PACIFIC DAWN)であった。写真に撮る。
P&O PACIFIC DAWN
2009_1124_4.jpg

朝食後台所、洗面所、居間をほうきで掃きだす。ベランダも掃きだす。ベランダでバナナを3本食べて居間の椅子で「破獄」を読んで時々うとうとまどろみ9時半机に座りなおし、12月のヌーナ旅行の国内移動届を10時までに作りあげこれから英語ボキャブラリーチャンクデータベース登録。10時40分までで一休み。夕食の冷やしうどんのため、小麦粉を150gに塩を少し入れて水で練って団子を作りラップして冷蔵庫に入れて置く。水を含んだ重量は200gであった。11時からNHKワールドのニュースを見る。最初のニュースは9日ぶりに解放されたイエメンの人質が映されていた。一時すぐ解放されたような報道があったが、これまでに延びて関係者は心配たであろうが、いい結果になって良かった。これからお昼まで英語ボキャブラリーチャンクデータベース登録。11時20分 11時50分までで25−workまで。これから昼食の準備。昼食は朝ごはんの残りで、雑炊風にしていただく。12時半食後「破獄」を2時半までにようやく読了した。17日から1週間かかった読み応えのある本であった。実在した人物だということであるからインターネットで調べてみよう。
これから英語ボキャブラリーチャンクデータベース登録してから町へ買い物に出かける。3時半アパートを出てマーケットへ行く途中で中国人の店から出てきた昨年卒業した美人に出会った。初めて目にしたときカトリーヌ ドヌーブを髣髴とさせられその後マラポアマガジンの表紙を飾った女性であった。買い物をしてウォーターフロントで海を眺めながら海沿いに帰る。アパートに戻りシャワーを浴び、洗濯をしてから、ガーデンで野菜を摘んで水遣りをする。夕食は初めてうどん作りをしてみる。スターチをまな板によくふりかけ生地をその上で伸ばしてたたんで包丁で切ってみる。切ったのをスターチをよくまぶしてくっつかないようにする。それをお湯に入れて茹でてみる。おつゆを醤油と塩と砂糖とダシの素で作り、野菜とねぎ、牛肉を入れる。出来た麺は沖縄そばのような麺になった。讃岐うどんのように腰のある透明なうどん麺には程遠かった。麺の作り方を勉強してみることにしよう。1食の小麦粉の量としては150gで少なすぎもせず、多すぎもせず丁度良かった。夕食はこれだけで満腹であった。この国で麺食の材料費を計算しておくと、店で売っている乾燥麺はいろいろあるが、75gの束5つ入った乾燥麺が280バツとして1食2束使うとすると1食分は112バツである。500g入ったスパゲッティは250バツとして1食150gを使うとすると1食分75バツである。
小麦粉で麺を作るとすると1Kgが140バツであったから1食150gを使うとすると1食分21バツである。
米は現在1Kg185バツであり1Kgで約7合ある。1食は0.8合使うから1食分は21バツとなる。経済性を考えると、麺は小麦粉から作るのが一番であることがよくわかる。あとはいかに美味しい麺を作ることが出来るかにかかっている。沖縄で食べた麺にはがっかりさせられた。逆に高松で食べた讃岐うどんには感心させられ、高松へ出張する楽しみの一つであった。トッピングが豊富に並んでいるのも楽しく嬉しいものだった。
大阪にも讃岐うどん専門店があって時々入ったものだった。あの麺を作れたら嬉しいことである。
沖縄ではそこそこの店を選んで食べたのだが麺と味は全く期待はずれであった。本日の第一回目の麺は思いがけずかって食べた沖縄の麺を思い出す結果となってしまった。
6時に朝来た船が明かりをつけて沈む太陽を目指して出航していった。夕焼けの空をバック船の写真を撮る。
夕日の中の出航

夕食後ベッドで吉村昭著「東京の戦争」を読んで7時前に就寝。
23時前に目を覚まし、23時からのNHKワールドニュースを見る。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
11月23日(月) くもり時々小雨 27 ℃ 湿度 81% 日の出:5:02 日の入り:18:03  バヌアツ滞在567日目
2009/11/23(Mon)
0時半起床。週末の写真を取り込み日記をつける。今週はこれといった予定が無い。日本にいた時は毎日が日曜日であった。JICAに応募する前は市が募集したシニア大学に応募し毎月1回1年間の学習に参加していたがそれが3月で終了したところであった。地域の男の料理教室に毎月1回。毎週末土曜か日曜は地域のシニアの卓球同好会。毎週2日ぐらいは地域のシニアのテニス同好会。月に2,3度週末にシニアの囲碁同好会。以前丹念にしていた畑はやる気が起こらず草を伸び放題にさせていた。日本に戻ったら男の料理教室と卓球同好会を続けてあとは畑仕事で土を良くしてオーガニック野菜づくりに精をだそうか。バヌアツであれば、ヤギと豚を飼って堆肥作りをするところだが日本でそれが出来るだろうか。以前は自宅でニワトリを飼っていた。都会ではどこでニワトリを買えるかわからず宮崎に出張したおり地鶏と称するのを買って持ってきて飼っていたこともあったがそのうち玉子を産まなくなりスープのダシになった。時の声を発しない雌鳥でも住宅地では結構その鳴き声を気にしながら飼ったものであった。ヤギは草を食べてくれるのでいい。
ミルクも生んでくれる。日本でそれが出来るだろうか?今日はインターネットでやぎについて調べてみよう。
ヤギの飼い方、ヤギを譲りますといった情報が見つかるかも知れない。いずれにしても、都会までどうして運ぶかが問題になりそうである。豚は子豚がペットの対象になっているご時世だから意外に飼うのは簡単かもしれない。ニワトリはバヌアツでは餌を撒かなくてもニワトリが土を掘り勝手にみみずなどの餌を食べてくれて全くの放し飼いで増えてくれるの重宝するが日本では田舎でなければそうはいかない。住宅地では鶏舎を作り餌を与えなければ飼っていけない。結構手がかかるものである。生き物を飼うのはなんでも結構手がかかるものである。1時50分 NHKワールドなど見ながら3時20分まで英語復習60−if。
スマトラでフェリーが沈没して270名が被害に会い、240名を救助。中国で炭鉱爆発で84名人が犠牲。トルコで地すべりで家が崩壊する映像はまるで映画のよう。東京スカイタワー634mの建設で250mまで達したニュースなどを報じていた。これから英語データベース登録。3時35分疲れて休む。4時半雨音で目を覚ます。小鳥の声が賑やかに響く。4時45分向かいのマラポアの丘が黒く浮き出てくる。これから英語データベース登録。5時15分までで21-want終了。これから朝食の準備。雨上がりのガーデンへ行って野菜を摘んでくる。朝食はご飯を2合炊く。朝食分と昼食分である。昨日パンを買ったので今日の昼食はフランスパンにして朝食の残りは夕食分にまわす。SBS日本語放送を見てから、ベランダで海を見ながら朝食をいただく。7時になった。前の道路を走る車が多くなった。
もう歩く人も多くなった。普段はこの時間にアパートを出るのだが、授業は無いし停電で暗く暑い中ではなにも出来ないので出かけるのは10時頃にする。これから英語データベースの登録。7時半疲れてベッドに横になり8時20分起きる。これから英語データベース登録して昼食を準備して出かける。8時25分。8時48分までで英語データベース登録してこれから昼食のサンドイッチ作り。9時15分アパートを出る。途中で新聞うを売るモリがいつもの場所からデイリーポストに戻るところで、行き合わせる。新聞を1部買うと一面にどこかで見た顔が載っていたので文章を読むと、首相のポリティカルアドバイザーをしているニケニケ ブロバブルだった。ヘッドラインには「VP Constitution review team seeks to modernize party」とあった。
ニケニケ ブロバブルはreview teamのchairmanと紹介されていた。自分で新しい政党を起こそうというのかも知れない。昼までにメールの返信を終わりそれかブログの更新をしてRev John Williamを検索して見る。1796年ロンドン近郊で生まれ、1839年11月20日にエロマンゴのディロンズ湾で宣教者ハリスと共に殺され、この年をバヌアツではキリスト教が宣教された年とて今年で170年目と記念しているようである。
多くの宣教師が殉教して食べられてしまったようだ。白人の肉は特に美味しかったらしいと聞いたことがある。特にエロマンゴ島はタンナ島とよく争った歴史があるようで人を貴重な食料にしていた歴史があるようだ。Massacre of the Rev John Williams and Missionary Harris at Dillon’s Bay , Erromango, New Hebrides 20 November 1839 ジョン ウィリアムスは百壇(サンデルウッド)の輸出にもかかわっていたらしい。
170年前43歳の若さで殉教して今日では良い教えをもたらした恩人として尊敬を集めている。午前中ジョシアン ペーターが学校に出ていたので先週撮った写真を渡す。よく撮れていたので喜んでくれた。13時24分
やぎはTのやぎ飼う奮闘記を見る。14時前店仕舞い。タリスに明日は来ないからなにかあったら携帯に電話してくれと言って学校を後にする。アパートに帰って荷物を置いて残りご飯でお茶漬けにしていただく。夕食の材料に小麦粉40gを練りラップして冷蔵庫に入れておく。それから町へ買い物にでかける。米と肉、レモン、キャベツ、玉葱、タロー芋を買って海沿いに帰る。シャワーを浴びて、洗濯をしてから、ガーデンでアイランドキャベツ1枚、レタス4枚を摘んで畑の水遣り。夕食は肉の半分を餃子の具にして半分を砂糖醤油で佃煮風に煮込んでおく。餃子の具にはキャベツ4枚とレタス4枚、アイランドキャベツ1枚を茹でて、細かく刻みよく水気を切って挽肉と練って餃子を4個作り残りご飯といただく。デザートはベランダにおいておいた硬い青バナナが2週間たってようやく黄色く柔らかくなってきたので5本いただく。甘くて美味しくなっていた。夕食後居間の椅子で「破獄」を読んでいたがうとうと寝てしまい22時気がつきベッドに移り就寝。
2009_1123_1.jpg


この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(3) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ