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4月30日(水) バヌアツ 37日目。今日も、11年生の試験立会い。授業は1学期最後で、明日アパートへ引越し。
2008/04/30(Wed)
3時に起きて、日記づけ。アボカド2個目が熟れてきたので、今日も、アボカドと、ツナのジャムを作り、フランスパンでサンドイッチを作ろう。昨日の写真を取り込み、ブログの更新。メールの発信。旅行のモニター募集に一組の応募があってホットする。一番来て欲しい人からご夫婦で申し込みがあったのはラッキーであった。もう一人可能性があり全部で4人になりそうである。残り2人で、6人の募集が完了となる。以下の内容が、募集のメールである。
2008.4.28

北エファテ Nguna島
Unakap村2泊3日旅のモニター募集
バヌアツ人の観光促進に皆様のご協力をお願いします。
あの懐かしい、ホームステイを少し思い出すことのできる、離島で休みを過ごしませんか?
急なご案内で恐縮です。エファテ島の北にある、近場の離島、Nguna島ヘの旅のご案内です。
ゲストハウス(全特別食事付き)にステイの旅です。5月2日(金)12:00締め切り。限定6名まで。
お早めにお申し込みください。電話で佐野まで。携帯:54623。定員に達し次第締め切ります。
申し込まれた方は、JICA事務所に国内旅行届けを事前提出してください。
元マラポアカレッジ教師、SV 石原様ご夫妻が泊まられたバヌアツ人経営のリゾート施設です。
利用者へのお願い事項:もっと、こうしたらいいという、建設的アドバイスを出していただくこと。
日時:往路:5月10日(土) 昼12:00ポートビラ 車で出発。
   復路:  12日(月) 午前6時Nguna島 船で出発、朝9時頃ポートビラ帰着の予定。
費用:
車をお持の方1人で行く場合:5,000vt(船賃、2泊宿泊費、食事代含み)車はEmuaに置いていただきます。
車をお持ちの方で、往復1人の客を乗せて行っていただく場合:4,000vt(船賃、2泊宿泊費、食事代込み)
車をお持ちの方で、往復2人の客を乗せて行っていただく場合:3,000vt(船賃、2泊宿泊費、食事代込み)
車をお持ちの方で、往復3人の客を乗せて行っていただく場合:2,000vt(船賃、2泊宿泊費、食事代込み)
車に便乗するか、トラック乗車の方の場合:6,000vt(車運賃、船賃、宿泊費、食事代込み)

楽しめること:料理、魚つり、ダイビング、シュノーケリング(浅いリーフ200vt)、(深場500vt)、
ブツシュウオーク、ヒルウオーク、カバドリンク(50vt,100vt/cup)歩いて近くのナカマルで。
特徴:海のそばの3棟のゲストハウスがあり、1棟に2人が宿泊できて、最大6名宿泊可能です。
ゲストハウスの特徴:電気(ソーラー発電)、ガスが付いていて台所もあり、ビールや食材の持ち込み無料で、簡単な食事も作れ、食器もありますが冷蔵庫はありません。ビールを持ち込むときは、クラーボックスとアイスの持ち込みをお薦めします。電気ガスはもちろん宿泊料金に含まれます。もちろん寝室はベッド付きです。ただし水は雨水。トイレの水はバケツの水を流します。飲み水が心配な方は、持参してください。
交通(トラック利用の場合)
Port Vila (トラックは12:00にセンターポイント裏どおりの警察署向かいのHua Storeの前からでます。) ->Emua トラック:1時間半 500vt 往復:1,000vt
 ホームステイで味わった、あの車の乗り心地を思い出されるかもしれません。
Emua   ―>Nugna 船:15分    500vt 往復:1,000vt
宿泊費:2泊、朝昼晩5食おみやげ付き 全て込みで 4,000vt(今回Special price)。
今回特別食事メニュー(コーヒー、紅茶、ミロはセルフサービスでいつも飲み放題)
5/10 夕食: ビーフステーキ 300g +ライス+スープ+サラダ +フルーツ
5/11 朝食: パン +サラダ + 卵 + フルーツ
昼食: スパゲッティミートソース+ ロブスター+ フルーツ
夕食: バヌアツ郷土料理
5/12 朝食: パン +サラダ + 卵 + フルーツ   昼食がわりに、フルーツのおみやげ。    以上

アボカドとツナをMIXしたものを、パンにはさんで、サンドイッチにしたものと、レモンティー、パンプレムース半分の朝食。昼食用のサンドウィチもついでに作り、昼食用レモンティーを作り、500mlペットボトルに入れる。シャワーを浴びて、黒沼さんの部屋をノックするが、起きて来ないので、ドミを出て、バスに乗ると2人のマラポアカレッジの女生徒が乗っていた。生徒から、試験の問題を言われるが、コピーは3部しかなく、急遽40部コピーをお願いに、事務所を尋ねる。
この学校では、コピーは各自ではとれず、係りの女性に頼まなければならない。昨日今日の試験を渡されたとき、どうするのかをもっと良くきいておくのだったと、反省した次第である。8時過ぎにコピーが出来てきて、生徒に配り終え、皆が試験を始めたところに、Shem先生がお出まし。生徒は、本日の試験は、30分ほどで終えて出て行った。今日の問題はB
である。Shem先生に尋ねると既にコピー済のものを、彼のカバンの中にいれてあった。今日の1時からの分も準備済みであった。よく話をするべきだった。
明日5月1日はレイバーデイ(労働者の日)で休日。日本ではメーデェーで休みではない。あくる日、2日はスポーツ大会。
場所と時間を、オーストラリア人の職員で、メンジスアパートメントに住む、ロイス マクマーソンさんに尋ねる。彼女も行くというが、場所や、開始時刻をよく知らず、バヌア人の先生に聞いてまわり、Korman Stadiumで7:45が開始のセレモニーだということがわかる。バスでコーマン スタジアムといえばわかるという。親切にも、地図を書いてくれた。昼食は職員にはサンドイッチが準備されるという。準備されるサンドイッチを食べようと思うが念のため、すこし、昼食をもっていくことにする。ロイスさんはヌグナ島のタリスさんのゲストハウスを利用したことがあると言っていたので、その話を聞く。ホテルの格付けからすると、5つ星とはいかなくて、一つ星であるが、とてもフレンドリーな人々が素晴らしかったと言っていた。今日は12年生のペイントの問題が残っていたので、それをやってみた。生徒たちは4時半まで時間を延長して、それぞれの問題に取組んだ。タリスさんには、3名の申し込みがあったと伝えたが、それほど嬉しそうな顔をしなかった。もし、行くのが自分一人だけだったら、どうするかを尋ねたときも、一人でも問題ない、来てくださいとのことだった。夕方、5時過ぎ、Shem先生と生徒と一緒に歩いて帰った。途中のスーパーで漂白剤を500ml,180vtで買う。6時15分寮に帰宅、シャワーを浴びているとき、黒沼さんも戻る。川口さんから電話があり、旅行に参加したいと連絡あり、これで4名になった。あと2人である。下着、ワイシャツ、ズボンを洗濯して、夕食は、スパゲッティ。黒沼さんが、野菜を刻み、私がスパゲッティを茹でて、牛肉入りスパゲティーナポリタンがおいしく出来た。パンプレムース半分食べて、スパゲッティを美味しく食べる。スパゲッティは安く美味しくいただける。夕食後、家計簿の5月分の準備。日記。いよいよ明日引越し。やけに外で音楽がにぎやかになってきた。20:35
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4月29日(火) バヌアツ 36日目。今日明日、11年生の試験立会い。
2008/04/29(Tue)
16時からアパートで部屋の備品の在庫確認をアイランドプロパティのバイオレットさんと。
4時半、日記。5時半に起床、パンとレモンティーとバナナトパンプレムースと、アボカドを金網で超したものをマグロフレークと混ぜたものをパンに塗って食べたる。なかなか美味しいので、これからパンに塗るクリームの定番とする。
7時10分、バスに乗って、登校。コンピューター室を掃除。電源を立ち上げ、7時40分ぐらいから、テスト開始。File management,OSについて。試験のあと答え合わせ。10時過ぎ、アメリカのピースコーの白人とシェム先生と3人で話し合い。アメさんがさかんに、WEB開発を説くので、日本ではホームページビルダーがよく使われていると話すと、JICAが日本からコピーしてきてくれるかなどをはなして笑っている。あまり気持ちの良くない話し合いだった。午後3時まで、各学年の試験を見て、11年生の採点もする。18人を採点して20点満点で80%の16点以上は12人だった。最高20点、最低5点だった。4時から不動産屋と会うので、3時半下校する。アパートの部屋に初期設置されているエアコン、テレビ、DVD、冷蔵庫などの、電気製品やベッド、応接セット、机、椅子、食卓机、小物入れ、カガミ、ベランダ用椅子、テーブル、食器、電気ポット、フライパン、小鍋から、マグカップなどまで、在庫をそこで確認するのかと思ったら、なんと在庫リストを作るから、来週来週月曜日に取りに来て、在庫を確認してサインしてくれという。それをするために来たんじゃないかと、思ったが、しょうがないので、そうすると話し、鍵をもらおうと言ったら、2つある鍵の片方しかないので、もう一つは前に住んでいた、大町さんに、不動産屋から電話するので、あって、もらってくれという。片方の鍵を2つもらって、不動産屋は帰り、すこし、ものの整理をしてから、写真をとる。5時すぎ、アパートを出て、JICAオフィスに歩き出すと、車を運転する西さんとすれ違い、言葉をかわす。JICA事務所へ5時すぎ行くと、築山さんから、先日書いた、在留証明書の申請用紙が、新しくなったので、新しい申請用紙に書き直してくれというので、書いて提出する。そのあと、大町さんから鍵を1セットもらうが、もう無いのかを尋ねると、家にもう一つあったと思うとの話なので、それもお願いする。すぐに、中国人の経営するスーパーのチュストアで牛肉、パン2本、パンプレムースを買ってドミには6時過ぎ歩いて帰宅。シャワーを浴び、下着、ワイシャツを洗濯してから、ご飯の水加減をみて、スイッチを入れる。夕食は牛肉のクリームシチューにすることにし黒沼さんに野菜を刻んでもらい買ってきた牛肉の2/3をひと口大にきる。夕食後、部屋で、日記などを書いて歯を磨いて横になったら寝ていたようで、夜中3時に目を覚まし日記。
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4月28日(月) バヌアツ 35日目。今週で、1学期終了。
2008/04/28(Mon)
3時半目を覚ませ起床。昨夜は義愛の夢を見た。
JICA事務所に生えていた、アボカドの実を3個もらってきて部屋に置いておいたものが熟してやわらかくなってきた。
写真のように、濃い緑色だったのが、茶色に変色してきた。アボカドの料理の仕方をインターネットで調べてみようと思ったが、昨日から、このドミトリーにもLANで繋がるようにしていただいたので試してみようと思う。昨夜は、回線がしばしば繋がらずスカイプもとうとう繋がらなかったが、今夜また23時、テストの予定である。
インターネットに繋いで、土曜日に、撮った人の写真をメールで送っておきたい。英語のTV100語のテキストも進めておきたい。現在9個目のTakeまで。先週始まったばかりで、もう今週、1学期が終了予定。今日の昼には、テーチャーズカレッジの池田さん、吉村さんを旅行のお誘いに訪ねてみようかと思いついた。急な旅行の話なのでなかなか、行く人を集めるのは、簡単ではないので、直接会って感触を確めてみようと思う。朝アボカドの調理法をgoogleで調べてみる。次のようなものがあった。アボカドには、「バナナやレタスの約5倍の食物繊維が含まれるアボカドは、便秘の解消や予防に効果的。たっぷり含まれているカリウムの利尿作用で、むくみも解消」、「毒素排出でやせやすいカラダ」になるという。万年むくみや便秘に悩む私にとって、ありがたい成分がアボカドにはあるのだ。アボカドのわさび醤油♪に、雪印のカッテージチーズをのせたも。ササミとトマトを串焼きにして塩コショウし、アボカドのディップをかけただけのもの。などがあった。
5時半、パンとレモンティー、バナナ、パンプレムース1/2の朝食。昼食分も準備する。ご飯を2合といで電気釜に入れておく。
シャワーを浴びて、髭そり、7時15分、ドミトリーを出る。バスを拾って、7時25分、学校着。タリスさんの来るのを待って、机に荷物を入れて、先週の旅の条件を話し合う。全て食事込みで、一泊2,000vtでいいという。車がなければ全てで、6,000vtということになる。さっそく、勧誘のチラシを作る。どれくらい、反響があるものか。今日、JICAオフィスによって、チラシを配ってこよう。一人でも行く人があればありがたい。タリスさんには、自分ひとりの場合はどうするかを尋ねたが、問題ないと、1人でも、受け付けてくれることになった。ただし締め切りは5月2日(金)12:00とすることにした。
10:00から、13年生の授業。プロジェクトだが、今日は出てきていない生徒もあるようで、いつもより少ない。10:22
11時生徒がボツボツ、帰っていく。11時からは、11年生のOPTIONコース。生徒のノートを見ると実に丁寧にノートをつけているのに驚かされる。11:3011年生のoptEクラスは何人いるのか、数えることにする。56名だった。OptDクラスは50名いる。
Operating system 25pageを開いてみる。12時なったが、ゲームなどして遊んでいる生徒もいる。明日からテストで29日と30日と28人づつ分けて試験がされる。昼食を済ませ、歯を磨いてから、先生を教育するティーチャーズカレッジの池田SVを訪ねるが、水曜日が試験でその日は居るが、その他の日は、学校にはこないだろうとの、同僚のバヌアツ人女先生の話。そこで、吉村さんを訪ねる。学校関係者の小さな一戸建て宿舎に一人で住んでいた。旅行の話をして帰る。費用は安いといっていた。1時から11年生の授業。各自、PCに向かって、Operating SystemsのPower Pointの資料を見る生徒もいれば、ゲームにはまっている生徒もいる。実にバラエティにとんだ、授業風景である。4時までの授業が4時20分になってもまだ、勉強を続けている生徒がいる。自分の部屋に戻る。照明が消えている。この時間になると、ある場所の明かりを消すらしい。タリスさんとシエイム先生に挨拶して、帰路につく。とてもいい天気だったので、思い切って歩くことにする。途中パンとツナ缶を買って、ドミに5時過ぎ帰宅。お天気で気持ちのいい運動になった。かえって、ご飯のスイッチを入れて、シャワーを浴び、下着とワイシャツを洗濯し、出来たご飯に、昨夜作った、カレーと、アボカドと、バナナの夕食。5時半、吉村さんからカバのお誘い。夕食を食べ終わって食器を洗っているとき、黒沼さん帰宅。日記を付ける。今日は、インターネットがここでも使えるので、JICA事務所には出向かなかった。
黒沼さんにカバの電話を伝えると、出かけていった。昨日から使えるようになったインターネットは回線が不安定であきらめ、夜中にすることにして、部屋で休んでいると、8時過ぎ、突然停電する。黒沼さん戻っていて、エアコンを居間と各部屋につけていた過電流でブレーカーが落ちたと思った。暗闇の中で、ヘッドランプをつけて、二人で、ブレーカーを探すが見つからず、調整員さんに電話すると下の新聞社のデイリーポストに聞いてみたらとのアドバイス。デイリーポストに聞くと、電気会社、ユネルコに電話することを勧められる。ここで、デイリーポストの青年から、マラポアカレッジの人かと声を掛けられる。なんと、その青年は、マラポアカレッジの11年生だという。デイリーポストには、2年前から、夜8時から10時まで働いているのだという。なんと明日は学期末の試験の前日なのに夜遅くまで働いていることに、驚き感動する。夜家に帰ってから勉強してから寝るという。2年前というと、14歳、9年生の時からである。何の授業が好きかをたずねると、会計や経済だという。将来何になりたいかを尋ねると、経済関係の仕事をしたいという。土曜の夜の音楽会は素晴らしかったと話すと、自分も出演してギターをひいて歌を歌ったとのことだった。私がマラポアカレッジは、ミュージック タレント カレッジだと思ったと話したら、大笑いし、この次にもミュージック フェスティバルがあるという。2学期末の8月末あたりにあるらしい。明日の11年生のコンピューターの期末試験の立会いは、Shem先生から頼まれていて、自分がすることになっている。「明日の試験は気にするな」と話すと、にっこり微笑んだ。昨日の教会での9年生、今日は下のデイリーポストで働きながら最高学府であるマラポアカレッジで学ぶ11年生、JICAオフィスのセキュリティ担当のレイさんのお嬢さんも11年生と、身近に多くの生徒がいることを知る。そこで、先日新しいアパートの利用申し込みをしたユネルコの申込書に書いてある、電話に、黒沼さんに電話してもらう。思いがけないほど早くユネルコの修理員が到着し、ここかとあたりをつけていた、1階壁にある電気取り込み口の機材が並ぶところを、開けて修理を始めた。
9時過ぎ修理が終わり、電気がつく。すっかり汗をかいたので、シャワーを浴びる。夜10時半ぐらいから、インターネットの回線が安定してきて、JICA関係者に旅行の募集のメールをうつ。5月2日締め切りであるが、わずか、3日半で応募があるだろうか。1人でもあればいいと思う。11時、スカイプが日本と繋がる。ずいぶん皆に迷惑をかけていることを知って、申し訳なく思う。
まあ、日本にいたときは、食事つくりと食器あらい、かたずけ、食材の買い物、掃除、洗濯、物干し取り込み。車で送り迎えなど、家ではみんなの奴隷のような毎日を過ごしていたから、皆にとっては、それがいなくなって、そのしわ寄せで悲鳴をあげているといったこともあるかもしれない。こちらの生活は、日本の生活から較べるとなんと楽な毎日か。今は、寮で、2人分の食事を準備し、自分の下着とワイシャツぐらいを洗濯するだけでいい。寮の掃除はバヌアツ人のキャロルさんが来てやってくれる。いよいよ、木曜日は引越しで、いよいよ一人暮らしが始まるが何も心配はしていない。最近運動をしていないから、昨日初めて歩いて帰ったが、アパートに移ったら、学校までの行き帰り歩こうかとも思うが、自動車が危険、排気ガスがすごい、バヌアツの車事情では、日本のタクシーと同様、どこでも止まってくれて、どこでも行ってくれる、安くて便利なバスにやっぱり乗ってしまうだろうと思う。夜12時過ぎ就寝。朝2時目を覚ます。日記更新。

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4月27日(日) バヌアツ 34日目。今日は少し夜中、若者が、騒ぐ声がした。
2008/04/27(Sun)
なんと、目が覚めたのは、2時半であった。トイレに行き、クラーを止めて、天井のファンを回し、また眠りにつくが、4時半、眠られず、起きて、昨日の日記を書く。5時半、朝食。パン、レモンティー、パンプレムース1/4,ミニバナナ2本。昼食用の、サンドウィチと、レモンティー500mlをつくり、冷凍庫に入れておく。竹の食卓の歯ブラシによる清掃を終る。今日はお天気なので、昨日陰干ししていた、ココナッツの実を、日なたに干しかえる。今日は、10時から始まると聞いた、プロテスタント教会、PMCに行く予定である。インデペンデント パーク(独立記念公園)のはす向かいにあるという。
礼拝のあと、公園を散歩しようと思う。今日は晴れて見るからに暑そうな一日である。8時15分。デジカメの写真を取り込み、色の調節をする。9時半、福美から電話が来る。2分20秒ほど話す。9時45分ドミの前から、バスを拾い、PMCと告げると、運転手頷く。5分ほどで、独立記念公園脇に建つ、PMCに到着。10時の礼拝前から、歌声がする。10時礼拝開始。子供も大人も一緒で、100名以上。最初に今日始めてきた人の起立が求められ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカから来た人が、それぞれ各自一言づつ自己紹介する。私も習って最後に、自己紹介する。礼拝は、次々に別のグループが賛美歌を歌った。その数10組ぐらいあっただろうか。
賛美歌はビシュラマ語であった。牧師の話は、英語であった。まだよくわからなかったが、是非、礼拝の話を理解できるようになりたいと、思った。11時半までで終わり最後に会計報告と次の予定などが説明され、全て終ったのは、11時40分頃であった。感心したのは、終ると初めて来た、約7名ぐらいの旅行者中心の我々が玄関口に最初に並べさせられ、会堂を出てくる教会の聴衆全ての人と、挨拶と握手をしたことである。聴衆は大人子供合わせて100名以上はいたと思う。私は、’Thank you’と言ったが、相手のバヌアツ人は、’God bless you’と言った人が多かった。笑顔の素敵な若い女性には、’ Olsem wanem?と言ってみた。ビシュラマ語で、How are you?である。会堂の牧師は白人の60歳ぐらいの女性で、講壇に男性の写真が額に入れられこちら向きに置かれていたので、きっと無くなった旦那さんであろうと想像した。教会の門を出て、バヌアツ人の年配の方に話し掛けられ、話し始めると、「先生」という声がして見ると、昨夜の音楽会で司会をしていた生徒がそこにいるではないか。聞くとマラポアカレッジの9年生だという。昨夜、一番前で椅子に座って最初からいたので、覚えていてくれたようだ。昨日の音楽会(Music festival)は良かったし、あなたのスピーチも良かったと話した。ともあれ、今日始めて来たが、これから、出来るだけ、この教会に出席させていただこうと決めた。昼食は、広広とした独立記念公園で持参したパンとレモンティーで済ます。今日も蒸し暑い日であった。歩いて坂を下ると、電気会社ユネルコの傍の道で、イリリキ島への渡し場に出た。渡し賃を聞くと、無料だという。島からの帰りはどうかと聞くと、やはり無料だという。それならと、島に渡ることにして、待合室で待つことにする。5分ぐらいで、船は来るという。待合室で、教会で一緒だった南アフリカから来たという年配のご夫婦に会って、改めて話をする。先週水曜日にバヌアツに来て、明日バヌアツを離れ、木曜日に南アフリカに帰るという。南アフリカからバヌアツまで何時間かかったかを聞いたら、8時間と5時間、13時間かかったとの話であった。南アフリカ、パース、ブリスベン経由で着たそうだ。イリリキ島まで船で約5分。島に下りて、島の遊歩道を一周してから、帰りの船でビラに戻る。今日も豪華客船が着いていて、写真に撮る。町は白人の旅行者でにぎやかであった。朝ついて、夜6時出航する、オーストラリア発のクルーズだという。センターポイントで米、1kg、パン、じゃがいもなどを買って歩いて、ドミに1時45分帰宅。阿部さんと石田さんが来ていたが黒沼さんはいなかった。2時50分、黒沼さんが、無線LANの電波テストに来る。大町さんがドミをLAN環境にセットアップしてくれていた。3:00 LAN接続が出来るのを確めて、夜にSkypeをしたいとメールする。夕食は雑炊を作り、黒沼さんと食べる。
夜、LAN接続がよく途切れ、9時から(日本時間7時)の接続は当方の理由で接続できず。21:15
夜9時50分ぐらいから接続出来るようになり、接続にいくが、先方の応答無く断念。
メールで明日23時接続テストすることにする。ブログの更新。10時45分就寝。

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4月26日(土) バヌアツ 33日目。今日も4時過ぎから大雨が降る。日中も晴れたり曇ったり大雨が降ったり。
2008/04/27(Sun)
家計簿、日記、洗面台を待望のステンレスタワシで磨く。流石に汚れが落ちる。4時に、土砂降りが来る。5時過ぎにまだ暗いのに女性が選挙演説をするような絶叫調のマイクの声が聞こえる。なんだったのかよくわからない。5時半パンとレモンティー、パンプレムース1/4の朝食。食堂の竹のテーブルの歯ブラシの清掃も残りわずかになってくる。7時過ぎ、魚屋へそろそろ出かけようとしていた時、黒沼さんが魚屋へ行きましょうと声を掛けてくる。リュックサックを担いで、魚屋へ2人で歩いて行く。日本で500円ぐらいで売っていた3~4kgのカツオの2回り小さい1Kgあるかないかのカツオもどきの魚が1,000vtだという。タイに似た魚で、刺身になる身だけの部分が、キロ2,100円だという。魚の量たるや、わずかで、これがポートビラ一番の魚屋かと、がっかりする。前回は先週の金曜日の夕方に行き、土曜日の朝がいいと聞いて、期待して朝7時半に来てみたのであるが、本当にがっかりした。バヌアツで魚を日本のように普及させるには、せめて牛肉並に値段を下げないと無理である。今は刺身用の身で牛肉の3倍の値段といったところである。次に歩いてすぐの道路をはさんだはす向かいの近くのパン屋でフランスパンを買いに行くと、あと10分かかるという。しばらく外で待っていると、パンを買いに続々と車が到着する。皆バヌアツ人である。しばらくして、パンが出来上がり、2本づつ、120vtで購入。リュッサックに4本をかついで、バスをひろいマーケットへ行ったが、背中がパンの熱で熱くなる。マーケットではココナッツの実を30VTで買って、穴を開けてもらい飲む。少し甘い。日本から碁石は持ってきたが、石を入れる、碁笥は荷物になるので置いてきたので、ココナッツの実を飲んだ後、碁笥を作ろうと思い立ったからである。ミニバナナ、50vt、パンプレムースレッド3個で90vt。黒沼さんはオレンジ、バジルなどを買う。さらに近くのボンマルシェでステーキ用牛肉を3枚332vtで買う。バスでドミに8時半帰宅。9時過ぎ、安馬さんにTEL,夕食と、6時からのマラポアカレッジの音楽会に誘う。5時に来るように話す。音楽教師の吉村さんにもtelして誘うが、7時からメラネシアンでタイ料理の予定だという。午前中、TV100語英語の復習。英語の勉強が楽しくなる。12時、昼食。朝食と同じで、大きなフランスパンを1個を切って、バターを塗り、カレーの残りをつけて食べる。食事の合間に、食堂の竹のテーブルの歯ブラシの清掃。残りわずか。明日にも仕上がるだろう。1時半、阿部さんから黒沼さんにTEL。夕食と音楽会を誘うが、夕方7時からメラネシアンでタイ料理の夕食会がありそれに参加するという。音楽会もいいなと話していた。今日は12時まで寝ていたそうである。14:40。16時、夕食のご飯、ビーフステーキ、野菜スープを作る。16時45分、安馬さん来訪、ベランダで頭の髪の後ろをそろえて、カミソリを当てる。17時から夕食。ご飯の水が少なく、硬いごはんになってしまい、失敗だった。
5時50分、安馬さんと2人で、バスに乗り、マラポアカレッジへ6時に着く。会場はまだ人が5~6人で、Shem先生がいたので、安馬さんを紹介する。早速、先生が椅子を倉庫から2つ出してくれる。一番前に、椅子で座って、写真などを撮る。ようやく、6時45分ぐらいから始まり、エレキギター、ドラム、シンセザイアーなど、YAMAHA製もクラビノーヴァなど3台のミュージック インストールメントがあってそのプレイをバックにロックやゴスペルやカントリーソングの数々20バンドぐらい。観客の絶叫もすさまじく、プレーヤーに近づいてデジカメを写す観客の多いこと、パソコンもあって、Shem先生が操作して鳴らすパソコンに繋いだ大きなスピーカーの大音量のミュージックをバックに女生徒や男子生徒の民族ダンスや、ストリートダンス、激しいダンスなど、音楽、歌にあわせて、聴衆も前に出てきて激しく踊りだす熱気であった。気がついてみれば、最初のすわった、椅子に座っているのは、一番前の、私たち2人、となりの、アメリカ、ピースコーの白人の先生の3人だけで、その後ろは、全部人が床に座っていることをみて、われわれも床に座り、椅子を倒した。途中休み時間が10分間あり、そのとき、椅子を倉庫にもどした。音楽会の垂れ幕には、talent nite 2008 と書かれていて、Talent nightの意味だと知った。休憩になり、売店でケーキを1つ50vtで買い、安馬さんと、半分にして食べる。後半も熱気のうちに過ぎて、なんと終ったのは、10時45分であった。観客は全部で500名近く居たと思う。Shem先生に、「素晴らしかった」と、握手し、ピースコーの大きな白髭の白人先生と、月曜日お会いしましょうと別れの握手をして帰路につく。小雨が降っていたが、空には、オリオン座が見えた。学校の前庭には、迎えの車やバスで埋まっていたが、バスはすぐに走りそうにないので、下の幹線道路まで、二人で歩いていく。お金を払ってもいいような、ライブ演奏だったと話し合う。歌、楽器演奏、踊り、どれをとっても、素人の自分であるが、皆が楽しんでいるのがわかった。それに驚くのは、来週、
29日,30日が学期末の試験を控えている前の土曜日の音楽会に、ほとんど全員が最後まで音楽を楽しんでいたことである。JICA駒ケ根でも音楽会があったが、最終プレゼンが終ったあとで、最終日の前日だった。暗闇の中の生徒から、「こんにちは」と声をかけられ,「こんにちは、Good night」と返す。しばらくして、バスが来て、「カイビチ」、「デイリーポスト」、と言うと、うなずくので、二人乗車。ディリーポストで安馬さんと別れを告げ先に下りて帰る。安馬さんも喜んでくれてよかった。帰ると食堂で、黒沼さんが、インスタントラームンを作っていた。私は、シャワーを浴びて、下着、ワイシャツを手洗いして、薄い水割りを飲んで電気を消して寝る。12時。今日は朝まで眠れるだろうかと期待して寝たが。
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4月25日(金) バヌアツ 32日目。今日は静かな夜中。4:35。良いお天気になる。
2008/04/25(Fri)
7時10分バスを待つが3台ぐらいが、方向が違うと行ってします。
それでも、次で乗れて、マラポアカレッジまで、まっすぐに行く。7時15分、扉は開いていて、席に着く。タリスさんに挨拶をして、握手する。リュックサックに入れてきた本や書類を机の中や、書棚に置いて7時半、コンピュータ教室を開けて、電源を立ち上げ、部屋の掃除をして、教室のゴミをゴミ袋に入れて、近くの校舎のゴミ拾いをする。7時40分になっても、生徒が来ないので、外を歩いてみると、集会所で400人ぐらいの生徒がお祈りや先生の話を聞いている。週末の過ごし方や来週のことを話している様子であった。8時ごろ、Shem先生が顔をだし、しばらくして、13年生が集まりだした。13年生はAccessでDBを作ったり、印刷したりのプロジェクトものと言われるものをしている。8:15
8:40終了時刻になっても、次の授業がないので、生徒たちは、パソコンから離れようとしない。この授業のやり方には感心する。先生の工夫である。若いが、Shem先生の力が十分に発揮されている。Shem先生から、来週の予定を告げられる。火曜と水曜には、期末試験があるそうで、11年生の試験の立会いを依頼される。また、木曜は五月1日、日本ではメーデー、バヌアツではLabor day(労働者の日)で祭日休み。金曜日は、スポーツ大会で、授業は休みだという。
9時過ぎ、図書室傍の、席に戻る。ここは、今まで、ライブラリアン(図書係)をしている、タリスさんが使っていた机だが、私が、使わせてもらうようになってかた、彼は奥の小さな机を使っている。しかし、いつも気持ちよく挨拶をしてくれる。実は、昨日と一昨日は、私が朝来たとき、まだタリスさんがきていなかったので、図書室の扉が鍵がかかったままだった。しばらく、扉が開くまで、前の校庭のベンチで生徒とおしゃべりをして、待っていた。そこで、タリスさんに、扉のスペアキーを作ってくれるように頼んでみた。もちろんレシートをもらって、お金は支払うから立て替えてくれと、言ってみたのだが、OKと言わず、これは自分だけが持っていると言って、もし開いていなければ、ここで時間を過ごしてくれと、先生たちの休憩室を案内された。休憩室はクーラーも利いていて、冷蔵庫、応接セットにあるような椅子があり、4~5名の女の先生が寛いでいた。鍵のことは、まあしばらく様子をみることにする。今日はタリスさんが、エファテ島の北にある、島のゲストハウスの小さなパンフレットを持ってきた。話を聞くと、そのバンガローはタリスさんの持ち物で2006年に作ったものだという。今4月26日4時28分。4時過ぎから降り始めた雨音が一段と高くなった。ここは、鉄筋コンクリートの建物だが、この激しさはなんだろう。だが、しばらくすると静かになり朝とともに、止むから不思議だが今日も物凄い。ゴウゴウと音を立てて雨が建物を打ち付ける。こんな雨音はこちらに来てから夜中にしばしば聞いているが、日本ではちょっと記憶がない。午後はタリスさんと、旅行企画の内容を話し合う。ゲストハウスは3棟あり、それぞれ、ベッドが2つづつあり、最大一度に6名が宿泊できるという。電気、ガスがついているといい、水道は雨水で、トイレはバケツの水を各自で流すという。各部屋には食器があり、食材を持ち込み調理も出来るが冷蔵庫はないそうなので、ビールなどを持ち込むときは、クーラーボックスとアイス持参がいいようだ。海のそばにあり、つりやスキューバダイビング、ブッシュウオークやヒルウオーク、カババーのなかまるは近くにあるという。3食事付きの場合は一人、2,500vt,宿泊だけの場合は、
2,000vtだという。交通費は、ポートビラから、北の船着場のある町まで、トラックで約1時間半 500vtの運賃。船で島まで15分 500vtの運賃。往復2000vtの交通費と、2泊食事付きとして5,000vtの宿泊費、合計7,000vtの旅行代金となる。食事の内容を聞くと、バヌアツの郷土食だという。そこで、日本人は、食事が気に入らないと、リピーターにはならないから、まず、食事をこのようにしてくれと、注文をだす。飲み物は、コーヒー、紅茶、マイロ(チョコレートのような飲料)はいつでもセルフサービスで飲み放題。1日目の夕食前、近くのカババーでの、カバ 1カップ目はフリー。その後夕食は、ビーフステーキ 300g+サラダ+フルーツ。2日目の朝食はパン、フルーツ、タマゴ。2日目の昼は、スパゲティトマトミートソース+ロブスター+フルーツ。2日目の夕食前、近くのカババーでの、カバ 1カップ目はフリー。夕食は、バヌアツの郷土食、3日目の朝は、2日目と同じ。3日目の朝6時に船が出るというので、昼食がわりに、バナナのおみやげ付き。タリスさんは早速明日、現地と電話で相談してから、金額がいくらになるか月曜日に回答すると言う。食事は現地の村のグループで準備するという。もし料理の仕方がわからなければ、ロブスターの調理以外は自分が教えるからと話す。今回は初めてお客さんに来てもらうのだから、これだけの料理を出して、食事込み、カバ込み、コーヒー飲み放題、お土産付きで、2泊宿泊料金を4,000vtを目標に考えてもらうように話をする。日程は5月10日(土)12:00ビラを発って、5月12日(月)9:00ビラ帰着の予定である。これで、6,000vtでサービスがよければ、評判を取ることができるかもしれない。
午後、第二期の11年生の教材を1つ、お終いまで見る。再来週から始まる2週間の休みの間に全部見ておこうと思っている。4時半になったので、タリスさんに挨拶して、席を立ち、ルイ校長先生に挨拶して帰ろうと、校長の部屋をノツクして入ると、今日、水産関係の日本人が、水産科拡充のプロポーザルと、お土産を持ってきたと、名刺と一緒に見せてくれる。大きな厚みのあるプロポーザルで建物の図面やパースもあった。肝心のお金はどこからくるのかと思ったが聞かなかった。
お土産は、イワシのひもの、ひきさきイカのいずれも、酒のつまみになるものと、民族おもちゃだった。訪ねてきたのは、東京のカタカナ3文字の会社と同じ名前の取締役さんであった。たぶんオーナーのジュニアなのだろう。とにかく、一週間を終えて、よい週末をと挨拶して、部屋を出ると、携帯で話しているShem先生を見かけたので、電話が終るのをまって、挨拶をする。明日6時から学校で音楽会が10時まであると誘ってくれる。Shem先生は来るのかと聞くと来るという。
それではと、挨拶して、下のバス乗り場まで歩いて行きバスを待つ。バスで、JICAオフィスまで行き、4時50分。
早速、メールを見る。年金の申請で、バヌアツの在留証明書を送れとあり、早速、フィジー大使館宛、在留証明書発行申請書を書き、調整員さんにお願いする。山田さんがこられ、話をしたので、15分ぐらい時間をとられ、ブログの更新は中途半端で終わり、終わってくださいと声を掛けられる。すぐに終わり事務所を通ると、既に1人だけが、帰り支度で他の人は全員帰って居なかった。センターポイントまで買い物に行き、カレー用とステーキ用の2種類の牛肉、パン、紅茶ティーバッグ、フルーツ、じゃがいも、ステンレスタワシ、ピーナッツ、500ml水全部で945vt.
暗い道を歩いて帰るため、ヘッドランプをつけて、ドミに帰る。既に黒沼さんがいて、今日はカレーと言って、野菜と肉の刻みかたを話して、シャワーを浴び、下着を手洗いする。夕食のカレーはご飯が残らないように、少なめにたいたので、丁度2人で平らげた。食器を洗って、すぐ寝たようだ。2時に目を覚ます。
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4月24日(木) バヌアツ 31日目。昨夜も大雨が降ったようで、道に水溜りが出来ている。朝出勤の時は晴れ。
2008/04/24(Thu)
今日も5時半に、目覚ましで起きて、朝食、パンとミニバナナ5本、パンプレムースとレモンティー。昨日はセンターポイントストアーで、レモンを5個買って、34vtで1個わずか7vtにも満たない。良い食材が見つかった。この頃は、朝はレモンティーで、小さいレモンではあるが、皮が薄くレモン汁がいっぱいで、一杯の紅茶に1個のレモンで丁度良く、美味しいレモンティーが出来上がる。この実は最初、JICAオフィスの庭でなっている木から収穫したのであるが、スーパーにも安く売られているのを知ったので、これからはこれを朝の飲み物の定番にしようと思う。お気に入りの、パンプレムース(特大のグレープジュースでグレープジュースより甘く、苦味は少ない)と、レモンとミニバナナとフランスパンの4点がバヌアツの安くて美味しい食べ物である。フランスはこの国に美味しいパンをもたらしてくれた。朝食をとりながら、食卓の竹のヨゴレをブラシで根気よく、磨く。黒いよごれが少しずつとれて、奇麗になるのが、気持ちいい。食後シャワーを浴び、歯を磨いて、100語英会話のTVテキストと英語関係のテキストをリュックに詰める。学校の机脇の本棚に置いて、毎日勉強することに決めた。7時15分バスに乗って、マラポアカレッジには7時20分到着。丁度、雲雀が丘花屋敷の駅から、自宅までぐらいの感じで、やはり、学校まで、登り坂である。昨日は、帰り道、バスに乗って帰るとき、歩いて帰る生徒が沢山いることを知り、天気の良い日ぐらい、帰り道は下りが多いので、一度歩いてみようと思う。こちらのバスはバスといっても、日本のタクシーと同じで、どこでも止まってくれて、どこでも目的地までいってくれて、100VTなので、ありがたい。タクシーは500VTぐらいと聞いているが、事前に値段交渉をするそうで、まだ利用したことはない。バスで特に不自由しない。バスで知っとかなければのは、乗合なので、先に乗った人の目的地から回るので、自分の行きたい方向と、反対の方向に走り出すことがあるということである。だから沢山乗っているバスに乗ると、あちこち寄りみちをしてから自分の目的地に行くので、時間がかかることがあるということである。図書室の鍵がかかっているので、前のテーブル、ベンチで3人の女生徒と話をする。学期末で数学の試験があるそうである。11年生だという。16歳かと聞くとそうだという。そおのうちライブラリアンのタリスさんが出勤してきたので、中に入り、机に座る。もってきた本を、本棚にならべ、英語のhave,doなどを復習する。8時半コンピュータールームを開けて電源をオンにし、エアコンをつけて教室の掃除をする。8時40分の開始時間になっても12年生の生徒が一人も来ず、エアコンの電源を切り、帰り支度を始めていたら、8時50分頃生徒がわっと入ってくる。Shem先生は9時頃出てくる。今9時50分、予定では9時40分までであるが、席を立つ生徒はいない。ペイントでバヌアツ国旗を奇麗に作る生徒もいる。終わりには、USBフラシュメモリーを取り出し、作業した内容をバックアップをとる生徒がいて感心した。
大きな音楽を流しながらの端末操作をしている生徒もいる。みんな授業を楽しんでいるようだ。9時55分次の13年生がボツボツ入り口にあらわれ、PCの前の席を立つ生徒も現れてきた。10時から11時13年生のプロッジェクト。11時から休み。バヌアツ新聞、デイリーポストを読む。公共施設での禁煙法を読む。12時から昼食。冷房で寒くなり、食事後、図書館を見る。インターネットルームでタリスさんとTLVへの修理の件を聞く。毎日電話して、来るというが今日もきていないという。3~4日前から、具合が悪いという。午後1時から11年生。File Managementを読んでいる生徒にこんなもんだというところを、フォルダーをつくり、消して見せる。今日は3時までで終わりのはずだが、3時5分になっても席を立つ生徒がいない。このあと授業がないので、安心して、授業をつづけているようだ。
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4月23日(水) バヌアツ 30日目。昨夜来の大雨、朝出勤の時止むがその後、雨降り、今日もバスで一人で学校へきました。
2008/04/24(Thu)
昨夜は夕食後8時ごろ、部屋で、明かりをつけたまま寝てしまい、12時ごろ、目を覚ます。夜なかなか眠れず、とうとう朝まで起きていた。いつものように、夜中に大雨で屋根を激しく打つ音がするほどの雨で、4時半ごろから降り始めた。5時にベッドから起きて、フランスパンとレモンティーと、パンプレムース1/4の朝食をとり、シャワーを浴びて、7時5分、黒沼さんに声をかけて、ドミを後にする。
7時8分にバスに乗り、7時13分、学校に着く。バスに乗るときは、雨が止んでいたが、学校に着いたら、雨が降ってきて、激しくなる。
ライブラリアンのタリス先生がこないので、図書室の扉が開けられず、中庭のベンチで女生徒と話をする。9年生だという。14歳である。さかんにノートに何か書いているので尋ねると、今度スピーチをするのだという。テーマは何について話すのかと尋ねると、エイズについてだという。重いテーマである。どこの出身かを尋ねると、アンバエ島だという。アンバエと、ビラとどちらが好きかを尋ねると、両方だとの答え。あとから別の女生徒が来たが、マラクラ島から来たとのこと。矢張り両方好きだとの答え。雨が激しくなってきたので、コンピュータ教室のドアを開ける。昨日、先生が、教室の鍵をJICAオフィスに届けていてくれたものである。エアコンのスイッチとルーターのスイッチをオンにして、教室を掃除する。丸めた紙くずが多いのが特徴か?7時半には一人の生徒も集まらず7時40分になって、生徒が集まってくる。端末が割り当てられない、生徒はいつものように、横と後ろの椅子に座ろうとするから、PCを共有し、お互い話し合いながら、作業をするようにと話し、横や後ろに座っている生徒をPCの中に入れてさせる。8時35分頃やっとShem先生がお出まし。8時40分を過ぎた。1時間目は終了のはずだが、席を立とうという生徒が一人もいないのはどうしてだろう。8時45分、生徒達が一斉に立ち上がって出て行った。色々とコンピュータで遊んでいたという授業だった。Ituneでダウンロードした曲を、自分のiPodにコピーする方法を質問にきた女生徒は、グットバイと声をあげ、手を挙げて教室を出て行った。IPodにコピーをしてあげた時、歓声を上げて喜んでいた。次の2時間目は授業がない。図書室の机に戻り、持ってきた本を、棚に置き、昨日見た本で、破れていた表紙を糊と紙で繕いしているうちに、昼食弁当をドミに置き忘れていることに気がつき、9時20分、バスで戻り、弁当を持ってくる。9時40分学校に戻る。日記の続き。11時から12年生の4時間目の授業。ペイントで人の顔を描く課題。12時になったが、感心なことに、パソコンから席を立つ生徒がいないことである。昼食を図書室でパンを食べる。食後、学校の中を見て回る。食堂は生徒だけが利用できて、先生はそれぞれで、済まし、先生用の食堂があるわけではない。Shem先生に会い、立ち話で、卓球部はないか聞くと、ないという。昔、先生が小さいときこの学校で、卓球をしたことはあるそうだが、今はほとんどしていないようだ。今度、体育の先生を紹介しようかといってくれる。碁について話をすると、関心を示すので、この次、持ってこようかと思う。
午後1時から、11年生Dクラスの授業。File Managementをしている人、ミリオンエアーをしている人、小さな音楽プレーヤーが動かなくなったと持ってきた女生徒がいたが、正常に稼動させることができなかった。ROMのプログラムでダメージが生じたか、ハードウェアが故障したかのが考えられるが、とにかく、IPL後途中でとまってしまう、トラブルである。
昨日まで、PCの前に座れない人は横や後ろの椅子に座っていたが、今日は、1台、複数人で、課題に当たっている。ゲームや、File Managementをやっている。2時3分ごろ終って立ち上がる生徒多し。午後3時急に大雨が降ってきて、今日の最終の第6時間目が開始する。13年生で、Exercise 3 「Relational Databese and Forms」 をやっている。外は、大雨が音を立てている。AccessでRDBの設計から作成までをしている。流石に3年生の内容は実践的だと思った。Accessはやってこなかったので、少し勉強する必要がある。
インターネットが使えるようになれば、なんとかなりそうな気がするのだが。3時になったが、出て行く生徒は少しで、皆まだ教室でAccessのDBのQuiryをしている。今日はこれで、失礼して、メンジスアパートメントの工事を見に行く予定である。
3時半、バスでメンジスへ。ダレルさんと話し、オフィスへ。江畑さんと話し、メールをして、買い物、牛肉、390vt、パン60vt、ケチャップ500g250vt買って、6時、黒沼さんと同時帰宅。夕食、牛肉ステーキと、トーフ汁。食後、少し居眠りしたらしい。9時起きて、シャワー、洗濯、家計簿、日記。10時10分日誌。10時半頃就寝。寝不足だったので、すぐ寝たらしい。
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4月22日(火) バヌアツ 29日目 夜中下の部屋で、若者がにぎやかだった。朝、うすぐもり。
2008/04/22(Tue)
5時半に起きて、パンとレモンティーとパンプレムース 1/4の朝食をとり、昼食用のサンドウィチをつくり、シャワーを浴びる。7時黒沼さんに声をかけ、ドミを出る。バスがすぐ来て、運転手にグッドモーニングと言ってからマラポアカレェジをつげる。既に1人のマラポアカレッジの女生徒が乗っていた。7時10分に着くと、昨日挨拶したライブラリアンのタリスさんと会い握手する。図書室の扉の鍵を開けてもらう。電気はまだつく時間でないということなので、暗い中、椅子に座る。7時40分、1時間目の授業開始の時間になり、コンピュータルームに行くと生徒が集まっているが、Shem先生がまだきていなくて、部屋の前で待っている。女生徒に聞くと、しばしば遅れてくるという。時には1時間の授業が15分だけだったこともあるという。言葉については、家ではビシュラマ語を話すが、学校では、英語だけだということであった。好きな科目は、英語とコンピュータだという。食事では、ラップラップは好きかと尋ねると、好きだという。どの島から来たかを聞いたところ、ペンテコステ島とのことであった。ペンテコステ島は、バンジージャンプ発祥の地で有名なところで、現在の首相のハムリニさんも、この島の出身であるという。先生は7時50分に車できてコンピュータルームの横につけてすぐ降りると、扉を鍵で開け、黒板に指示を与え、用事があるとのことで、質問があれば、ひろしに聞いてくださいと言って部屋を出て行く。8時半までには、戻るという。
コンピュータールームはクーラーが利いていて今の暑い季節でも快適である。
女生徒から、サーバーのディスクに繋がらないとの質問が出される。Shem先生が戻って来てから見てもらうことにして、別のことをしてくださいと伝える。Shem先生は、8時過ぎに戻り、サーバーに繋げるオペレーションをしてもらう。
8時40分から、12年生のAクラス。昨日のペイントの課題と同じ物を、生徒と一緒に、描く。さまざまな機能を使う課題になっていて、感心する。9時45分までに、完璧に仕上がる。プリントアウトされた絵を渡すと、嬉しそうに、その絵を自分のビニールホルダーにしまって帰る生徒の笑顔がさわやかであった。10時から11時までは、授業がなく、生徒がコンピュータルームからからっぽになる。10時、図書室に戻り、図書の本を見る。土曜日に買おうかと考えたビシュラマ語の辞書をタリスさんから教えられる。11時に授業が始まる。Shem先生に、もしよければ、朝、7時半にコンピュータールームの鍵をあけますよと、話をする。気を悪くされると困るので、笑顔で話したが、すぐに、スペアキーを作って渡すといわれる。今日2時までにJICAオフィスに持っていくという。今日は12時半には学校を出て、一旦ドミに帰り、1時半、メンジスアパートメントによって、2時過ぎ、JICAオフィスによって、インターネット、メール、ブログをして、不動産屋によって、契約書のオリジナルをもらいたいことを話し、買い物をして帰る予定である。昨夜と、おととい、寝不足なので、今日は11時ごろにはゆっくり休みたい。午前の4時間目の授業は11年生の授業で、「The love calculater」
を時には歓声をあげながら、やっている。なにが面白いのかこれから参加してみる。Shem先生がきたので、「The love calculater」は教材なのかを尋ねたが、そうではないという。生徒に人気のある、ゲームソフトのようである。多くの生徒は、「File management」の教材を読んで勉強をしているようである。今11時54分、皆自分でコンピューターに向かって、退屈しているような生徒は見当たらない。
昼食、木陰のベンチで食事する3人の女生徒に仲間いりして、いろいろ話をした。出身の島は、北から、アンバエ島、タンナ島、フタナ島であった。てっきり、寮に住んでいるのかと聞いたら、皆そうではないという。家族とエファテ島、ポートビラnい出てきているので、家族の家から通っていて、寮には住んでいないのだという。東京の人に出身はどこかを聞くと、北海道、東北、九州などとはいっても、親が東京に住んでいて、故郷は北海道というのと、同じ感覚だということを知った。
島の生活と、ポートビラの生活とどちらが楽しいかを聞くと皆が、島のほうがいいといったのには、以外であった。なぜいいのかと聞いたら、泳いだりして遊べるからと言ったので、ポートビラでも泳げるでしょうと言ったが、よくわかる、返事がなかった。郷土食である、ラップラップやシンボロウは好きかと尋ねると、好きだと言う。果物は、パンプレムースが美味しいが、他に美味しいものを聞くと、12月のクリスマス頃に食べられるウオーターメロン(すいか)が美味しいという。
またその大きさが半端ではなく、大きく手を広げてみせるのは、日本の二倍ぐらいの大きさである。楽しみである。
トマトはとても高価であり、ナスはあまり食べないことなどをきいた。日曜日の教会は、1人は行くが、2人は時々行くとのことであった。独立記念公園そばのPMCというプレスビテリアン(長老派教会:英国国教会 プロテスタント系)が、日曜日10時から礼拝があると聞いたので、今度の日曜日には行ってみようと思っている。この国の95%がキリスト教だそうで、その布教の歴史は「二石一鳥」に詳しくかかれている。
昼食後、12時45分、バスで学校を後にし、ドミに帰り、シャワーを浴び、日記を書く。これから、メンジスに工事を確認し、ダレルさんに、内鍵をつけてもらうお願いと、机の調達。JICAオフィスでメール処理とブログの更新などをしてこよう。2時、メンジスアパートに工事の状況を見に行く。机などを並べ替え。机の椅子が無いのに気がく。江畑所長にアイランドプロパティまで車に便乗させていただき、不動産屋のバイオレットさんと、家具などの、インベントリーの確認を月曜日の4時にメンジスのB2ですることにする。帰って見ると、月曜日は4時まで授業があるので、火曜日に変えてもらうよう、明日、電話しようかと思っている。電話で外人に電話するのは始めてのチャレンジである。火曜日は3時までの授業である。センターポイントで買い物をして事務所に戻り、メールとッブログ更新して、5時
事務所をあとにする。5時15分、ドミに戻る。シャワーを浴び、スパゲッティを作り、台所の水キリケースを清掃し、日記づけ。7時50分。
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4月21日(月) バヌアツ 28日目 夜中、雨が降っていたようだ。雨は朝にあがり曇の切れ目に少し青空。
2008/04/21(Mon)
念のため5時半に目覚ましをかけておいたが、目覚ましでおきる。浅い眠りで寝た気がしない。トイレ、シャワーを浴び、朝食、パンとレモンテーとパンプレムース1/4。ついでに、昼食のサンドウィッチを作る。昨夜来の雨で道路は水たまりが見えるが、雨が上がったのは、ありがたい。今日は最初の、出勤。7時半にJICA事務所。7時50分築山さん、ヘレンさんと出勤の予定。7時15分ドミを出て、7時20分JICA事務所に出る。
メールの処理。福美から今日日本時間夜10時に電話をして欲しいとのメールが入っている。車で事故でもあったのか?
なにがあったのか、あれこれ想像をめぐらし、心配する。こちらからは、かけにくいので、ドミ(678-26109)にかけてもらうよう返信する。
軽井沢から、母の容態を知らせる、メール。大変お世話をかけていることを、ありがたく、申し訳なく思う。
大町さんから、部屋を移ったとの話で、一緒に、電気会社に名義変更に出向こうとの話。ありがたいことである。
今日は、午後の予定がわからないので、明日はいけるようにすると、お伝えする。
江畑所長に電気スタンドを売っていただくお願いをしてみる。昨日も電気屋を探したが見つからず、1台はどうしても、
必要なので、お願いする。まだ可能性はありそうなので、少し希望をもてるようだ。スタンドは持って来ればよかった。
家には、使わずに余っているいいスタンドが、和室に置いてあるのである。たいした重さではなかったはずだ。
今度帰ったときには、持ってこようと思う。
7時50分、築山さん、ヘレンさんと車でマラポアカレッジへ向かう。お天気でよかった。
8:00 ルイ校長先生に挨拶。築山さんとヘレンさんは、挨拶をして、「頑張って」との声援をかけていただき、お帰りになる。
校長先生から、現在は11年生から13年生まで、コンピューターを選択科目にしているが、9年生から10年生にも、コンピューター教育をしたいと考えているとのことで、教育省には、もう1名の教師を追加希望しているのだという。
いまは、Shem(シェム)先生が1人で大変忙しいので、自分が彼の仕事を少しでも出来るようトライしてみますと話す。その後、図書室に案内され、ライブラリアンのTaris(タリス)さんを紹介される。机に座っているようにいわれ写真を撮り、日記をつける。静かな部屋で、時々生徒が、借りた本を返しに来る。少女がオックスフォード辞書を返しにきた。図書館には、インターネットが、7時半から11時半、13時半から14時半まで使えるというので、使わせて欲しいと言うと、今日はモデムの調子が悪く、電話会社に問い合わせているところということで、今現在は、使えない。図書室(Library)の照明が天井に1本はだかの蛍光灯があるきりで、キーボードが暗くて見えにくいことに気がつき、学校にも自分のスタンドが欲しくなる。9:15 愛称チェリーと呼ぶ大男のジェフリーさんが、部屋を訪ね、握手をしていく。Tarisさんは、後ろで音楽を聞きながら、PCのキーボードに向かって何かしている。時々生徒や先生が尋ねてきて本を借りたり返したりしているようだ。
女性がタリスさんを待っているので、話をする。物理教師のロザリン ブエさんといって、前のSVの物理教師の石原さんの話がでて、とても頼りになるいい先生だったとの話であった。マラポア高校の授業は、
1時限: 7:40-8:40
2時限: 8:40-9:40
Break
3時限:10:00-11:00
4時限:11:00-12:00
Lunch:12:00-13:00
5時限:13:00-14:00
6時限:14:00-15:00
7時限:15:00-16:00
月曜日は、3時限目から始まるが、7時限まである。
月曜:5時間、火曜:5時間、水曜:5時間、木曜:4時間、金曜:2時間の合計21時間を、Shem先生一人で教えている。11年生が2クラスで8時間。12年生が2クラスで8時間。13年生が1クラスで5時間。
前回4月2日の話では、11年生を自分が担当したとすると、8時間になる。そうなると、Shem先生は13j時間ということになる。そうすれば、Shem先生の負担を少し軽くしてあげることができるかもしれない。
今日は、10時から授業開始なので、13年生の授業見学をする。前回は4月2日木曜日の10時から、同じ13年生の授業見学したが、今日もそのときに出された課題を各自がパソコンの前に座って課題をこなしている。何故か、にぎやかなリズムの歌のバッグラウンド ミュージックを聞きながら。写真を画面に写して楽しんでいる生徒もいる。一番後ろで見ているが、今日は、先生はサーバーの操作と、教室にある15台のWindows XPクライアントの電源オンだけやったきりで、あとは生徒の、自習にまかせている。生徒の中にはイアーホンをして聞いている人もいる。先生は質問のある場合は、それぞれの端末の前に座り、教えている。11時まで、あと3分。全然端末をさわらないまま、出て行く生徒もいる。
15台あるXP端末で生徒は10人であった。11時になると生徒たちは、端末をそのままにして、教室を出て行く。
次は11年生E組の授業である。11時2分、生徒が教室に入ってくる。この教室は、エアコンがついていて、窓の無い教室。教室は1つの平屋建ての建物の中が2つに分かれていて、それぞれ、15台と10台のWindowsXP端末が生徒用にある。11時5分、生徒が教室に集まってきたが、端末につけづ、横や後ろの椅子に座っている生徒もある。
11年生は高校1年生、16歳。コンピューターの初歩の自習をしていた。キーボードの鍵盤の自習をキーボードトレーナーというソフトを使って、各自自習していて、何か質問があれば、先生にしている。パソコンのゲームソフトで遊んでいる生徒も中にはいるが、キーボードソフトやマウス操作解説ソフトを動かして、丁寧にノートを取る生徒もいる。隣の部屋は女性とばかり、20名が10台のパソコンで自習をしていた。ある端末で、マウストレーナーが出てこないで、なにもしていない、2人の女生徒がいたので、Shem先生に見てもらったが、別のパソコンに移って出来るようになった。
Shem先生から故障したPCの修理が出来ないかと、少し解体されたPCを示されたが、PCの修理は出来ないと伝えた。11時58分、そろそろ片付け出す生徒もいて、昼食休みである。
図書室の机は、女性に占領されていたので、コンピュータルームの一画で食事をする。あと、1時まで昨夜の睡眠不足を補うため、居眠り。少し寝たか。1時、教室につくと、既に生徒で一杯だ。午後1時から2時の11年生のクラスでは、1ミリオン当てクイズに参加したが、子供たちが楽しんで、英語の単語や問題を当てるクイズをしていた。自分も参加して、いくつかの問題で回答を出したが、子供たちの英語力に感心した。シャープの電子辞書片手に参加したが英語1時間があっという間に過ぎた。哲学者孔子の国は、「中国」、市のトップは「市長」、1970年代ジョントラボルタが出た映画は「土曜の夜のフィーバー」などは、自分が答えた。最後に女性徒から、「Thank you」と、言われた。2時10分。生徒が入れ替わり、次は2年生A組の授業。ペイントで絵を書く授業。なかなか、簡単ではなかったが、とにかく、課題を自分と、生徒と2人
で作り上げる。生徒の感覚はいいものがあった。取り合えず、時間内に絵を書き上げ、絵を保存し、印刷をしたので、生徒も達成感を感じることが出来たようだ。楽しい1時間であった。次は、I love calculate.を楽しんでいる。
3時に6時限終了。7時限は、電気の容量を上げる工事があるとのことで、講義は中止ということになる。
Shem先生と一緒に、ルイ校長先生と話をする。朝言っていた、9年生と10年生にもコンピュータ教育をしたいということが、ルイ校長先生の口から出たので、Shem先生の考えを聞いたが数学関係の内容がいいのではないかという話だったので、それであれば、EXCELで、関数などを教えたらどうかと、話をする。3時15分頃、Shem先生に学校前の道路まで見送られ、明日は7時半に来ること、午後は住まいのことで帰らせていただくことの了解をとり、バスで事務所に戻り大町さんを訪ねる。3時半、一緒にunelco(Union electrique de Vanuatu limited)に車に乗せてもらい行く。3,763vtを支払い、名義変更完了。そのあと、事務所に戻り、6時まで、インターネットでメールの処理とブログの更新。ドミに6時半戻り、残り物で、雑炊を作り、食べる。スパゲッティは作りかけで中断。そのあと、シャワーを浴び下着を洗濯し、乾燥機に入れ、日記をつける。20:30 20時15分頃黒沼さん帰った様子である。夜、10時半までドミで過ごし、ヘッドライトを着けて、メンジス アパートメントへ向かう。大町さんが出てきて、中ヘ入れてくれる。大町さんのインターネットラインを使い、スカイプをするが、繋がらず、11時45分電源を切る。暗闇の中、ヘッドライトをつけて大町さんのアドバイスにそって、きた道とは反対の方向に帰る。ドミに帰り、「二石一鳥」を読みながら、5時半に目覚ましをセットして1時就寝。
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4月20日(日) バヌアツ 27日目 夜中中、雨が降っていたようだ。雨は朝にあがるが曇の切れ目に少し青空。
2008/04/21(Mon)
6時起床。トイレ、シャワーを浴びて、一人になった部屋の洗面シンクの清掃。こちらの水はカルシウムが多く、洗面台にカルシウムがこびりつき、汚れている。カッターナイフの先で根気良くけずり、奇麗にする。水はポートビラでは水道水は飲めるが、ミネラルウオータが売られていて、1.5l 1vt~1.5vtする。最近、水道水を飲むとカルシウムが多いので、身体に結石が出来ると心配してけして水道水を飲まないという日本人がいた。私はこれまで、5本ほどミネラルウオーターを買って水道水の水は注意して少しづつ飲んでみたが、この頃では水当たりの心配はないとわかったので、水道水を飲んでいた。カルシウムのことは、あまり気にしていなかった。6:45 今日の朝食も、いつものように、ベランダでフランスパンとレモンテー、パンプレムースのルビーの残り1/4を食べ、写真をとる。右足に止まった蚊をとる。痒いと気がつくと、もう蚊にかまれている。
ここで先週まで習った、ビシュラマ語のkakaeという単語を思い出した。
ビシュラマ語は、100以上もあるといわれる、バヌアツの地方言語の統一言語として国のオフィシャル言語の筆頭に挙げられて、英語とフランス語と、この3つが、国のオフィシャル言語とされている。国の国歌の歌詞はビシュラマ語であるが、英語のトップ校といわれるマラポアカレッジは、英語が使われていて、基本的にビシュラマ語は禁止されているそうである。
しかし、町では、ビシュラマ語が共通語なので、ビシャラマ語もつかえるようになりたいと思うので、書いてみる。
尚、昨日ノートを買った、スーパー ボンマルシエ2号店では、本も売っていた。

ビシャラマ語の辞書が2,150vt,いま読んでいる日本語のバヌアツの歴史書「二石一鳥」の原書である
「To kill a bird with two stones」Jeremy MacClancy著が売られていて1,750vtであった。
ビシャラマ語の辞書は買ってもいいかとも思ったが、少し生活してみてからと、買わないことにした。
60歳になってから、心に決めたことがある。いままで物を増やしすぎた。欲しい物はなんでも買うことが出来た。
これからの人生、ものを増やすことはよそう。だんだん減らしていく生活をしていこうと思った。死ぬときには、相続で心配する物がなにもないのが理想である。バヌアツに来るときは、生活に必要最小限の荷物にした。いつも旅行するときは、外国旅行もボストンバッグ1つ。スーツケースは今回のバヌアツに来ることになるまで持たなかった。若いときに、世界一周一人旅をしたときは、ボストンバッグとカメラバッグにニコンを2つと、レンズ多数を持って歩いたが、もういまは身軽にしている。先週のマラクラ島も、リュックサック1つを担いで行った。シンプルライフが60歳には楽な行き方だと思っている。

kakae(カカエ)は、food,meal,eatなどの動詞と名詞の意味がある重要なwordであるが、bite,sting(噛むや射す)の意味もある。
Mi kakae bred. -> I eat bread.(私はパンを食べる)
Hem i pem kakae long Bon Marche. -> H/She buy food at Bon Marche.(彼/彼女はボンマルシェで食料を買う)
Dog blong olgeta i bin kakae brata blong me. -> Their dog bit my brother. (彼らの犬が私の兄弟を噛んだ)
Moskito kakae. -> Mosquito sting. (蚊が刺す) 9:45

10時、タンナ島の浦さんから、黒沼さんに電話がかかり、取り次ぐ。今日は日曜日なので教会に行くことにする。
近くの教会の場所は、昨日原田さんのホテルに行く際、バスが前を通った教会で、ほぼ検討がついていた。歩いて10分の教会に10時10分着くが、玄関前に主に女性と子供が座って話をしている。バヌアツ人と見える男の人に尋ねると、礼拝は8時半から9時半ごろまで出、今日はもう終わったとのこと。白人は一人もいなかった。バヌアツTVのジャーナリストをしているというイクリックさんとか言う名前だった。月曜日から金曜日の6時からも礼拝をしているそうだ。会堂の中を見せてもらい、玄関前で、看板を背に写真をとってもらい、日曜日にも開いている店を尋ねると、センターポイントストアが今日もやっているという。歩いて、センターストアに向かい、途中電気店で、机で使う、スタンドを探したが、テレビやミシンは置いてあるが、スタンドは無かった。センターポイントで、フランスパン2個、120vt、中国製の醤油(soi source)1本80vtと明日の昼食のジュースの紙250ml 86vt 合計286vtを買う。
11時、ドミに帰ると丁度、黒沼さんが出かけるところであった。両替に行くという。角岡さんのことを聞くと、今朝早く、サーフィンに出かけたそうで、その後9時ぐらいの飛行機で休暇を利用してマラクラ島に遊びにいく予定とのことであった。
角岡さんの行動力に感心する。シャワーを浴びて、日記をつけて、ベッドに横になる。これから昼食の準備。午後は、荷物の整理をする。12時半、ハンバーグを作る。1時黒沼さんとパンとハンバーグとパンプレムースの昼食。食後、ベランダで黒沼さんに、髪の後ろをハサミとカミソリで整えてもらう。シャワーを浴びて頭を洗いサッパリした。自分で髪を切るという黒沼さんも、髪の後ろは人に頼むという。髪の後ろを一人で整えるのは不可能だとも言っていた。 日誌13:45。
午後、荷物の整理と、部屋の掃除をする。気持ちよく片付けが出来て、写真を撮り、4時半、黒沼さんを誘い、ベランダでパンプレムースを1/4づつ食べていたとき、電話が鳴った。阿部和枝さん(リセーハイスクール日本語教師)からで、カバのお誘いだった。私も誘われるが、明日が初出勤なので、今日は自重して辞退する。私の場合は、週末で明日が休みという日に、月に1回ぐらいのお付き合いにしたいと思う。今日がバヌアツ27日目であるが、これまでに、6回カバを飲んだ。マラクラ島では2回、シルビオ家のナカマルと呼ぶ、集会所の小屋で、材料の根からカバを搾りかなり多く入ったカバを2杯飲んだが、ドロンにもならず、湿疹も出なかったが、明日が休みという日に飲むようにしばらくは、注意してみたい。
写真の整理を5時15分に終わり、これから夕食の準備。5:25。夕食は牛肉、じゃがいも、玉葱のシチューとご飯。
食後、うとうと寝たようで、黒沼さんがカバから戻ったのに気づかなかった。夜、書類かたづけ、「二石一鳥」を71ページまで読み、2時過ぎ就寝。
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4月19日(土) バヌアツ 26日目 昨夜来の雨は朝にあがるが曇り空。今日も雨がふりそうだ。
2008/04/21(Mon)
朝6時目をさます。昨夜は夜中に豪雨が降る。にぎやかな雨音を何度も聞いた。だが朝は曇ってはいるが、雨は上がった。
トイレ、歯を磨き、シャワーを浴び、朝食。今日は快便。ビールを飲んだ翌日は快便になるようだ。
体調はすっかり元に戻った。心配した湿疹もすっかり収まった。カバを控えているのがいいようだ。カバは、漢方薬のような味がする。正露丸といったところか。健康には、飲みすぎなければ、いいような気がする。なんでもすぎるのはいけないようだ。カバを飲み続けている島の住人の中には「カバ肌」といって、カサカサの肌の人がいるという。昨日会った多田さんは最初に、カバを4杯飲んで、七転八倒の苦しみを経験し、以来控えているとの話であった。

カバとナカマルは、バヌアツにおける重要な生活の一部になっている。
ナカマルは男の集会所で、ポートビラには200ぐらいのナカマルと呼ばれ、カババーとも呼ばれる場所がある。
通常、夕方5時ぐらいから、店ははじまる。kava(カバ)はPiper methysticum カバの木の根っこから、作られる。
Mildly narcotic drink made by squeezing liquid from pounded roots o kava plant(カバの根っこを絞り作られ汁を飲むと、気持ちが楽になる、薬の効用がある)。バヌアツ人はドロンという言葉を使うが、眠くなる、気持ちが落ち着く、麻薬は知らないが、睡眠薬のような効用もあるらしい。ドロンしてから眠り、眠りから覚めた後、眠れなかったという話を聞いたことがある。ココナッツを半分カットした器が、シェルと呼ばれ、それに、入れる汁の量で、50vt,100vt,150vtで売られている。
バヌアツの男は、カバを飲む人が多く、ビールを飲む人は少ない。マラクラ島やタンナ島でカバの根はあり、ポートビラのあるエファテ島には無いので他の島から輸入されている。マラクラ島などでは、女性はカバを飲むことは許されていないが、ポートビラでは、女性もカババーでカバを飲んでいる。昔、宣教師が布教にきて、カバを飲む習慣を禁止した教派があったそうで、マラクラ島のホームステイで黒沼さんが泊まったところの人は、カバを飲まなかったそうだ。ビールは300mlの小瓶でも最低200vtでスーパーで売られていて、カババーでは、250vt,町のレストランでは、400vt~450vtで出されているが、とても高価で、バヌアツ人は手が出ないのかもしれない。バヌアツでは、労働者の給料が月に2回、第二と第四金曜日に支給されると聞く。この日の夕方には、若者がビールなどの酒を買い、騒ぎを起すので、この日の夜の外出は控えるようにと、事務所で注意があった。カバの効用は、気持ちを沈める作用があるが、アルコールの効用は、気持ちを高める作用があり、普段、飲みなれない、若者がアルコールでハイになって、喧嘩や騒ぎを起すようだ。金曜日の夜は、大きな音楽をならして走る車で夜中中にぎやかなことがある。豪雨の時は、雨音がにぎやかで流石に騒音を鳴らして走る若者もいないようだが、降っていない金曜の夜は、若者と車の騒音がにぎやかなバヌアツである。

朝食はいつものようにベランダに出て、フランスパン、レモンティー、モンキーバナナ3本、パンプレムースのレッド半分、ジューシーではあったが、甘味がなかった。7時から、ブログ用日記づけ。今日は、昼食、築山さんに呼ばれているので、そのあと、マーケットで野菜、果物を買いたい。土曜日の午前中でマーケットはしまり、商品を安くして売り尽くし、農家に帰っていくという。Fixed priceといって、値段をまける、値引きするという習慣がない、バヌアツの店であるが、マーケットも基本的には、値引き交渉はないようだが、土曜日の午後だけは安売りをするそうである。日曜日は教会に行く日で、マーケットはお休みになる。店の人は、主としてエファテ島の地方から、遠くは、島からまた船に乗って離れた島から、野菜や果物をマーケットの持ってきて、マーケットの宿泊施設に寝泊りしながら、1週間の商いをするという。8:00
部屋のエアコンのフィルターの洗浄をする。真っ黒になっているのを水洗いする。部屋のマットレスをあいているベッドに移す。9時50分ドミを出て、原田さんのカイビチホテルへ向かう。10時、しばらく、外のプールサイドのソファーでくつろぎ、部屋で多田さん、西さん、黒沼さんとお茶をご馳走になる。続いて、工事中の気象庁を見学し、河口さん、池田さんの住むメラネシアンホテルを訪ねて、ボンマルシエ2号館で、ビールなどの買い物や、が丁度10回、35時間のビシュラマ語講座ではっちゃんのノートを2冊使い切ったので、新しく小さい中国製のノートを230vtで購入する。これがこれから学校で使うノートになる。12時、築山さんの迎えの車を店で迎え、築山さんのアパートを訪ねる。とても静かで、見晴らしのよい、風の通るアパートの二階であった。広い眺めのいいベランダがあり、テーブルと椅子がありそこでしばらく、絶景を堪能しながらビール300mlを1本飲み、食事では、広い居間の食卓でいなり寿司やうなぎのちらし寿司、おでんやから揚げを、2本目のビールとともにいただいた。吉越さん、長嶺さん、中本さんの女性3人、男性4人、ご主人のヘルマンさん、お嬢さん、築山さんの10人と食事をしたが、広い居間でお嬢さんと長嶺さん、吉越さんは、日本のテレビ「笑点」を見ていた。家賃は1年目105,000vt,2年目110,000vtとのことであった。3時半に、吉越さん、長嶺さんが、帰るというので、私も失礼することにした。夫のヘルマンさんの車で、マーケットまで送ってもらう。ヘルマンさんはインドネシア人。築山さんとは、インドネシアに築山さんが留学中に知り合い、結婚。築山さんは民間会社からJICA調整員に応募し、バヌアツには、ヘルマンさんとお嬢さんを連れて赴任された。マーケットでパンプレムース3個100vtで買って、ボンマルシエ1号館でジャガイモ、玉葱を73vtで買って、ドミに4時半かえる。シャツなどの下着、寝巻きを洗濯し、乾燥機にかけ、日記、6時半まで。夜、部屋を出ると、居間に顔が黒く日に焼けたバヌアツ人とも見間違う、角岡さんが座っていたのには、ビックリしてしまった。夕食を考えるが、昼食を築山さんの家でご馳走をいただいたので、そうお腹もすいておらず、黒沼さんはまだ帰らず、準備が億劫になってしまいカレーの残りとご飯ですます。パンプレムースのルビー色の1/4を食べる。夜は「二石一鳥」を読んで就寝。何度か夜中目を覚ますが、6時に起床。
角岡さんは、ドミに泊まったようだ。ポートビラのドミトリーは、若い隊員にとっては、ホッとできる場所になっていると、再認識した。地方の島に住む隊員にとって、ポートビラは電気も水道もガスもあり、特にドミトリーは温水シャワーも使える、外国のような憧れの場所のようだ。1年に2度、5月と12月には、JICAの総会が、ポートビラであり、各地の隊員が全て集まるそうであるが、地方の隊員にとって、大きな楽しみになっているようである。中には、ポートビラに来る理由をつくって、毎月のように来ている隊員もあると聞いた。若い隊員は全て、ドミトリーのキーを支給されているようであった。実は、SVでドミトリーを利用したのは、わたしが最初であるようだ。しかし、ドミトリーの使用規定によると、
「宿泊対象者は、現役のボランティアが利用できるものとする」とあり、その他として「JICA関係者本人が利用する場合はその都度事務所承認とする」とある。SVは利用できないと考えている人もいたが、そうではなく利用できるのである。
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4月18日(金) バヌアツ 25日目 昨夜来の雨は朝にあがる。今日は晴れるようだ。
2008/04/18(Fri)
昨夜は12時過ぎに寝て今日は5時前に目を覚ます。ベランダで鳥のにぎやかな鳴き声を聞きながらフランスパン、コーヒー、牛肉のサンドイッチ、パンプレムース半分、モンキーバナナ3本の朝食。ついでに、昼食用のジャムサンドウィッチを作る。トイレに行き、歯をみがき、シャワーを浴び、朝の日記をつける。
今日は、午前中ビシュラマ語が最終で、5分間の、スピーチをすることになった。テーマは何でもよいという。
午後、一人20分の所長面談。今日は、不動産屋に行って、契約書を受取り、JICAオフィスで住宅費の申請を済ませなければならない。岡田清子さんに、バヌアツの本を、贈る手続きもしてしまいたい。いよいよ今日で、長かった研修が終わり、来週からは、赴任である。今6時30分、急に雨が音を立てて降り始める。外を見るとバヌアツ人が歩いているが、傘をさしていない人のが多い。雨に濡れて走る人もいない。本日の5分間スピーチの原稿は以下のようなものである。

Halo.
Monin.
Olsem wanem?
Nem blong mi Hiroshi Sano.
Mi blong siti blong Takarazuka long Japan.
Mi wantem toktok samfala drem blong mi.
Mi glad tomus mi save wok long kantri ya wetem man blong Vanuatu.
Mi wok long fasin enjinman blong kampita long 35 yia blong Japan.
Mi finis long wok taem blong wan kanpani.
Mi startem lanem Inglis long yangfala haeskul be mi neva stap narafala kantri.
Mi bin go long samfala kantri be mi bin no gat janis blong go long kam gud kantri olsem ya.
Mi bin makem kontrakt wetem JICA blong go long Vanuatu.
Mi readem samting we i stap insaed blong plis,mi tinktink plis blong Vanuatu nomo mi tinktink save makem ya.
Long bifo wok blong mi,mi gat samting we I napen long laef,mi lukaotem teaching material long high school teacher mo student.
S0 mi hope se mi mekem olsem ya long every highschool long Vanuatu mo,mi wantem promotion newfala curiiiculam.
Samfala drem blong mi i bildim strong fuen wetem staff blong ples ya.
Tanktumas
Lisin long mi.
Ale,tata.
7時40分、JIKA事務所へ行く。メール確認と、ブログの更新。8時からハンナ先生のビシュラマ語最終回。5分間スピーチをする。休憩はレモンティー。昼食休憩、フランスパンとレモンティー。事務所の庭のレモンの木から、レモンをとって、紅茶にしぼり、食べる。美味しかつた。1時半から、リッチューさんから、郵便物についての説明。岡田清子さんに送る、バヌアツの歴史書は、航空便で250g以内で600VTぐらいとのこと。ただし説明に配られた料金表が2001年のもので、多分値上がりしているだろうとのこと。2時に終わり、2時半、郵便局(Post office)へ行く。お客さんが列をなしていた。結局700VTであった。新しい料金表を2枚もらい、事務所に戻り、リッチューさんに1枚わたす。そのあと、アイランドプロパティに行くが、担当者外出中で4時過ぎにいくことにする。事務所へ戻り、江畑所長面談。3時半まで、駒ケ根での英語研修の話が出て、英語は問題なし評価であったようである。4時過ぎ不動産屋に再度尋ね、契約書をもらい事務所に帰り、住宅関係書類を提出。帰り道、スタッフの築山さんに書いてもらった魚屋さんの店へ向かう途中、3か月前に来た、SVの多田さんに道でバッタリ会い、お話をしましょうということになり、ビラで一番おいしいという、フランス人の作るフランスパン屋を教えてもらい、2人、フランスパンを買い、レストランがしまっていたので、海辺のレストランまで話しながら歩いて行く。先週の土曜日、サービスタイムで17:30-18:30までビールが200VTだったその店であった。
英語の上手な多田さんにそのことを話すと早速、今日もサービスタイムにしてくれと交渉し、今、5時20分だが、5時半から6時半までなら、ビールジョッキ1杯200VTということになる。一番海の渚の砂べりのテーブルでしばらくくつろぐと、ビールを2つ、サービス料金で持って来る。今日来た豪華客船が見えたので、船を遠景に記念写真をとる。6時過ぎ、豪華客船は、明かりをつけて、出航していった。オーストラリアのシドニーから来た、1週間クルーズだという。約22万円ほどの旅行代金だそうだ。3杯目を頼むと、サービス時間が過ぎているので、1杯400VTだとウェイトレスが言う。私が、腕時計を見ると、6時28分、そこで、ウェイトレスに腕を差し出し時計を見せると‘I’m sorry’といって、1杯200Vtになる。途中、オーストラリア人のロブさんも話しに加わり一緒に飲む。ロブさんは、大工屋でバヌアツ人を10人使っているが、彼らが仕事をしないと、こぼしていた。ゆっくりやればやるほど、彼らには長くお金が入ってくるので、仕事時間中でも、天井で昼寝をしたりしていると話していた。バヌアツ人のやる気を起させる工夫は何をしているか?What do you make motivation for Vanuatan?’と質問したところ、バヌアツでは高価な1箱800VTもする、タバコからタバコを1本2本くばったりしているとの話であった。自分は4回結婚をしていると言う。今の奥さんは何人かと聞くと、オーストラリア人だという。多田さんから、どこまで本当の話か、信用するなとアドバイスをもらう。3人英語で語りあって楽しかった。多田さんは、英語は上級者。19年3次隊で英語ではトップクラスであるサイモン先生のクラスであったそうだ。7時半、ドミに帰り、シャワーを浴び黒沼さんと、朝作っておいたカレーを食べる。とても美味しかった。黒沼さんも、このカレーであれば、十分商売できるといっていた。材料はスープは水カップ2杯と固形スープの素。野菜はジャガイモ、人参、牛肉のロース、ルーは、固形カレールーと粉末カレー粉をミックス。小麦粉小匙2杯。塩少々。食後、パンプレムース(グレープフルーツ)を1/4づつ食べる。食後、食堂のエアコンの清掃を黒沼さんと30分かかってする。真っ黒にエアコンフィルターがよごれていて、歯ブラシで水洗いする。カビだらけの内部も、歯ブラシで奇麗に清掃する。食後、日記づけ。21時35分。明日は安馬さんの家を訪ね、昼食は築山さんに呼ばれている。うとうと、明かりをつけたまま眠ってしまい、夜中12時半に目をさます。しばらくして、黒沼さんが、寝に来たので、ベッドから起きて、食堂でバヌアツ史「二石一鳥」を1時間ばかり読む。読書の時間は大きな楽しい時間である。マラクラ島では、読書の楽しみはないようだ。2時ごろ就寝。
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4月17日(木) バヌアツ 24日目 朝から昨夜来の雨。日本の梅雨の雨を思わせる。
2008/04/17(Thu)
4月17日(木) バヌアツ 24日目 朝から昨夜来の雨。日本の梅雨の雨を思わせる。

6時前に目を覚ます。ベランダで雨を見ながらフランスパン、コーヒー、牛肉の煮込み、パンプレムース半分、モンキーバナナ2本の朝食。ついでに、昼食用のサンドウィッチを作る。朝から本格的な雨降りは、バヌアツに来てから、初めてである。シャワーを浴びて、歯をみがき、朝の日記をつける。
今日は、午前中ビシュラマ語、午後、現地スタッフ(バヌアツ人)による生活オリエンテーション。いよいよ明日で、長かったオリエンテーションは終わりである。来週からは、赴任である。
来週からの学校では、インターネットが使えません。自分が加入して使えるようになるまで、JICAオフィスのを使わせてもらうことのなります。しかし、学校の仕事は、7時半から16時半である。16時半に終わって、JICA事務所に戻ってから、インターネットを使うとすると、17時半に事務所に戻り約30分ということになりさらに、土曜と日曜はつかえない。ですから、こちらからのブログとメールはどこまで出せるか確かではありませんが、続けたいと思っています。
朝7時25分、ドミトリーを出る。昨日は、ズボンもTシャッもカバンも袋もスリッパで跳ね上げたドロだらけになったのをこりて、半ズボンでリュックサックといういでたちで、履物を変えて雨がやんで道をJICAオフィスへ向かう。8時までインターネットをしてブログ更新、8時からビシュラマ語講座。昼休みメールを送り、午後はアルベルトさんの、バヌアツ政府の説明。現在の首相は、ペンテコステ島の出身でキリスト教の牧師をしていた人で、ニュージーランドに留学経験のある57歳のハムリニさん。重要官庁は予算の大きさでは、教育省、保健省といったところ。セキュリィティの説明では、レイさんから、警察で14年、JICAオフィスで5年のキャリアを持ち、3人のお子さんのうちの18歳のお嬢さんカテリーナさんはマラポアカレッジの12年生とのこと。安馬さんの宿舎にした、カイビチホテルの警備員は、レイさんの弟のスタンリーさんが勤めていることがわかる。近年バヌアツでは、島から都会に出てくる若者が増えてきているが、仕事につけずに、お金のかかる都会生活をするうちに、ドロボウなどの犯罪に走る若者が増えてきているという。Urban Driftというそうである。4時半事務所を出て、マーケットでパンプレムースを2個70vtで買い、パンを120VTで買い、5時25分
ドミに帰る。夕食は、雑炊と、ビーフステーキを黒沼さんと作る。やわらかく美味しかったが、大きくて、2枚を2人で食べきれなかった。食後、パンプレムースを食べ、シャワーを浴びて、日記の更新。7時15分。明日は研修最後の一日。
午前中、5分間ビシュラマ語によるスピーチ。午後から、所長面談20分の予定。午後、アイランド不動産へ契約書をとりに行き、午後、JICAオフィスに住居費の申請書を出す必要がある。今日はこれから、明日のビシュラマ語スピーチの準備。ビシュラマ語アンケートの記入。7時20分。夜バヌアツ史「二石一鳥」を読み、ビシュラマ語ホームワークをして。羽野さん泊まる。英語の個人レッスンや、USP大学の英語講義について話を聞く。4ヶ月、夜5時半から7時半ごろまで、英語の講座を受講したとのこと。今年はフランス語の講座を考えているとのこと。2年間で少しは英語をものにしたいと思う。
12時過ぎ、就寝
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4月16日(水) バヌアツ 23日目 朝曇る。
2008/04/16(Wed)
今日から4月も後半。研修はいよいよ残りあと3日となった。
来週から、いよいよ、赴任である。本番開始である。楽しい授業にするよう、工夫をしたい。
朝5時に目を覚ますが、5時半にベッドを出て、歯を磨き、シャワーを浴び、朝食。パン、コーヒー、バヌアツのグレープフルーツである大きなパンプレムース(pamplimus)半分たべる。みずみずしくて甘さは薄いが、グレープフルーツの苦さがなく、大変美味しい。半分で十分で一つ食べるのは難しく、半分を切ってラップをかけ、冷蔵庫に入れておく。食後、昼食のサンドイッチを作る。6時半、今日の日記。今日も、午前中ビシュラマ語、昼休み、安馬さんとSkypeのテスト。昨日借りた、バヌアツ史である「二石一鳥」を読んでしまいたいと思っている。先日見学させていただいた、リセーデモンマルトルの日本語教師、羽野さんの誕生日祝いが今日あるとのことで、黒沼さんから誘われている。今日は参加させてもらおうかとも考えていたが、午後から雨が本格的に降り出し、道路が池になってきて、しかも刑務所から囚人が脱走したので、夜出歩かないようにとの注意がスタッフからもたらされ、ドミから出ないことにする。午後、昨日のマラクラ島のホームステイで支払った宿泊費、8,000VTと空港税行き帰りの200VTづつと、マエ村からノーサップ空港までの4人の運賃600VTの立替金の小切手が出たので、午後、Westpac銀行で現金に替え5,000VTを預金し、引き出し方を教わる。野菜マーケットでバナナを買い、ボンマルシェでステーキ用と、シチュー用の2種類の牛肉と野菜を買い、センターストアでフランスパンを買い、メンジスアパートメントにダリルさんを訪ねる。正田さんの部屋は、内装が進められていて、週末には、大町さんが移れそうで、大町さんが移ると、その後に、私が移ることになる。4時ごろ、ドミに帰りシャワーを浴びて、ズボン、Tシャツ、袋、カバンのドロ洗い。そのあと、洗濯乾燥機に入れ、ご飯を2合水につけ、朝食べたパンプレムースの残りを食べて、岡田清子さんから届いた航空便を読み返す。4月9日の日付けの手紙が今日16日、JICAオフィスに届いていた。ありがたいことである。大変な慰めをいただいた。丁度マラクラ島で、横井庄一さん、小野田寛夫さんの生活を思いながら、縄文時代はかくのごとき生活をしていたのかと想像しながら生活していた時期に出されたものであった。60才のシニアボランティアには、チャレンジングな生活で、もう一度してみたいとは思えない体験でした。ビシュラマ語の勉強を兼ねた、ホームステイであったが、覚えた言葉は、幾度も出てくる、カカエ(kakae)で、これには、eat食べるとhood食物の意味がある。生活に一番必要な言葉はカカエだと認識できた。次に出てくるのが、スリプ(slip)でこれはsleep寝るの意味。人間の基本は、食べることと、寝ることと、認識させてもらったマラクラ島の4泊5日のホームステイでした。ビシュラマ語のホームワークは早いうちにしておこうと思っていたが、もう6時を過ぎてしまった。今日は福ちゃんからの携帯メールがあって、事情が少しのみ込めた。どうやら、こちらから出したメールが届いていないようであった。届いているのは確認できているは自分のパソコンであるからで、子供たちのパソコンの設定は迷惑メールにされていたようである。今日は、それぞれの、携帯にメールをしてみる。明日は、返事がきているかもしれない。事情がわかって、少し明日に楽しみがもてる。これから、夕食をステーキで食べてから、ビシュラマ語のホームワークをしてしまおう。買ってきたステーキ用牛肉を醤油とニンニクのすりおろしと少しの砂糖に漬け込み、小さなフライパンで焦がさないようにいためる。初めてのステーキを残りご飯と一緒にたべる。7時15分食べ終わる。黒沼さんも戻り、日記の続きをつける。7時40分。ビシュラマ語のホームワークをノートを見ながら、ノートに書いて少し気持ちが楽になる。横になって少しうとうと寝たらしく、夜中に目を覚まし1時ごろ、黒沼さん戻って電気を消すが良く眠れず、黒沼さんの寝息を聞きながらしばらくして眠ったようだ。
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4月15日(火) バヌアツ 22日目 朝晴れる。
2008/04/15(Tue)
6時起床。トイレ、洗面、シャワーを浴びる。朝食、パン、コーヒー、グレープフルーツ。1階洗濯室の水びたしの水を、モップでかき出す。7時、汗をかいたので、再度シャワーをあびる。7時20分寮をでる。7時半オフィスに着。メールを見るが来ていない。再度出す。どうして来ないのだろう。駒ケ根でもそうであった。朝、急に今日の午後3時半から教育省の表敬訪問になったと伝えられる。今日は、サンダルばきに、Tシャツできた。先週のホームステイの精算、9,000VTの請求をして、銀行で182,327VTをおろして、不動産屋アイランド プロパティへ170,000VTを支払う。センターストアで米とパンを購入。LANケーブルを2m、500VTで購入し、西さんから借りていた、LANケーブルを返却する。3時20分、事務所を出て、事務方のトップ、ダニエル事務次官に築山調整員、ヘレンさん、西さん、長嶺さん、吉越さんと6人で御挨拶をする。4時に事務所に戻り、荷物を持って、メンジスアパートメントに行き、ダリルさんに会って、来週の週末に移りたいと、希望を伝える。今月はじめに泥棒が入ったためだろう、有刺鉄線で防犯工事を説明してくれた。ドミに帰ると黒沼さんが今日もカババーとのことで5時過ぎ出かける。今日も暑くてすっかり汗をかいた下着、Tシャツを洗濯し、乾燥機にかける。6時簡単に夕食を作り、6時半夕食を食べて、ブログのコンテンツを作る。メールは見てくれていないのだろうか?迷惑メールに入っていないかも確めたが入っていない。どうしているのであろう。不思議だ。しかし駒ケ根でも同様だった。昨日は遅くなったので、ビシュラマ語のノートをベッドで横になりながら、復習する。
就寝は11時半ごろになった。この頃目を閉じてからすぐ眠りにつけない日が続いている。

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4月14日(月) バヌアツ 21日目 朝晴れる。
2008/04/14(Mon)
今日の地元新聞デイリーポストにJICAのニューメンバーの紹介記事が掲載される。写真は、私が撮った3月28日の写真がつかわれています。詳しくは、ピクチャーの上にカーソルをおいて、左クリックをすればおおきくなる。また、同じことをすればさらに大きくなるので、記事が読めるでしょう。
朝5時半起きて、トイレ、歯を磨いて、シャワーを浴び、朝食、パンとコーヒー。朝、寝巻き、下着、Tシャッツを洗濯。洗濯室が水びたしで、洗濯機が動かないので、手洗いする。ホームステイの写真の整理。6時55分日記づけ。
7時20分寮を出て、オフィスに7時半着。ブログの更新。8時からビシャラマ語。女性のハンナ先生。USP大学でも講義をしており、マラポアカレッジでも教えていたことが、あるそうである。途中10時ごろ休憩し、11時半まで講義。ホームワークも出される。
11時半から13時まで休憩。パンとコーヒーの昼食。ブログの更新。写真の取り込み。13時から、モンマートの高校の日本語教師、羽野友和さんの授業見学。素晴らしい授業に励まされた。暑い中33人の16歳の11年生は楽しく授業を受けていた。宿舎も見学させてもらい、帰りセンターストアで買い物をして、オフィスによって、寮に帰り、シャワーを浴び、汗で汚れた下着、ワイシャッの洗濯をして乾燥機に入れ、日記をつけている。日本の留守家族にメールを出すが一つも返事がないので、異変がおきているのかと心配になる。夕食、昨夜に続いて、カレーを作る。夜、11時ビシュラマ語のホームワークをする、1時半、就寝。
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4月13日(日) バヌアツ 20日目 朝晴れる、午後時々曇り、夜大雨。
2008/04/14(Mon)
5時半起きてトイレ、歯を磨き、シャワーを浴びて、昨日の日記を書いてから、この日記をタイプしている。3年日記を昨年から付けているが、昨年の今日は、奈良県吉野に千本桜を見に出かけている。昨年のお花見は少し遅く、吉野の奥千本でも満開を過ぎていた。今年は昨年以上に桜の満開は早かったようである。朝食は2階のベランダで、コーヒーとパン。その後、ホームステイで破れたリュックサックの繕いを始める。9時15分黒沼さんと両替と買い物に出かける。両替は10000円で8360vtで先月25日の8533vtより、円が下がっていた。町で一番大きなボンマルシェ2号店まで、炎天下歩いていく。昼は、スパゲッティ、夜はカレーライスにすることにして、牛肉300g180vtと米1Kg、水1.5L、カレー粉、じゃがいも、玉葱、人参など締めて645vtを買う。店の中で、池田さんご夫妻、新枝さん、吉越さんに会う。
帰りは、バスで100vt。帰宅後、リュックサックの繕いの続きを始める。昼食は、黒沼さんが、野菜と肉を刻む係り、私が、スパゲッティを湯がき、肉と野菜を炒め、トマトケチャップを混ぜて、スパゲッティにかけて出来上がり。丁度2人分のまずまずの、美味しい出来ばえであった。食後、グレープフルーツをいただき食器を洗い、夕食のご飯を2合水につける。午後2時ごろまででリュックサックの繕い完了。そのあと日記と家計簿をつけて、3時45分、ホームステイの写真の整理をしなければと思う。いまは日本では午後1時45分。今ごろ何をしているのでしょうか?
来週は、月曜日から金曜日まで、午前中がビシュラマ語のクラス。午後は、月曜日が先輩ボランティアの活動現場視察、
火曜日、ホームステイ精算業務、水曜日、教育省表敬訪問、木曜日、現地スタッフによるオリエンテーション、金曜日、
JICA所長面談の予定である。15日、火曜日には、不動産屋にアパートのボンド1カ月分と、5月分家賃合計、17万vtを支払う予定。いよいよ、再来週21日(月)からは、赴任となる。2週間の勤めの後、ラッキーかもしれないが、5月の第二週から学校は2週間の休みに入る。4月21日からの2週間を乗り切れば、住まいも新しいところに移動し、少し準備期間がとれそうである。再来週21日は、黒沼さんもタンナ島に赴任する。そうなるといよいよこのドミトリーには1人で暮らすことになる。午後5時半、角岡さんが寮を訪ね、黒沼さんとカババーへ行くという。私は留守番をして、夕食を作ることにする。SBカレー粉で、牛肉のカレーライスを作る。ご飯も美味しかった。
夜10時、明日の日程の資料を鞄に詰める。夜、12時ごろ就寝。
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4月12日(土) バヌアツ 19日目 朝晴れるが時々にわか雨。
2008/04/14(Mon)
洗濯物を、歯ブラシでどろのついたところを、よく落とし、洗濯機にかける。乾燥機に90分かけるが、よく乾いておらず、2Fベランダに干すが、にわかに雨が降ってきて乾燥機に60分入れる。朝近くの売店でパンとツナ缶、コカコーラを買って朝食。午前中はマラクラ島で撮った102枚の写真の整理。昼食は、町までバスで出かけ、レストランでアラカルト、1200vt。vtがなくなり、円を両替しようと、行くが店が13時で閉まっていてできず。明日日曜は8時半から12時まで開いているようなので、明日また来ることにする。帰り道パンを2つ120vtで買って帰る。午後は、ブログ用の日記を書く。4月11日までの分を書いて、夕方近くの海辺のレストランにビールをのみに行く、vtが無くなったので黒沼さんに1000vt借りる。土曜日の5時半から6時半には、なんと、ビールがジョッキ1杯200vtになるという。ポテトフライをつまみに、石田さん、角岡さん、黒沼さんと4人でジョッキを2杯飲んだ。7時40分歩いてドミトリーに戻り就寝。石田さんと黒沼さんは、車を積んだマラクラ島行きの船の出港を確めに出かけたようであった。
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4月11日(金) バヌアツ 18日目 朝晴れる。マラクラ島マイ村 5日目。
2008/04/14(Mon)
洗濯物を日に当てよく干す。靴も出来るだけ乾かす。昨夜は道の悪い中よく皆カバに集まってくれた。
今日は最後の日、シルビオのやさしいお母さんが、手作りのバッグをプレゼントをしてくれる。弟さんと握手して別れる。昼食後、12時20分、シルビオにリュックを担いでもらい、坂道を下る。洗ったばかりの靴が泥んこになる。
黒沼さん1時半にきて、トラック出発。シルビオも空港まで同行してくれる。途中川のようになった、一面水の道をトラックは進む。空港には2時に着く。海の傍の風の通る売店で水をもらい、観光客誘致の話などをする。まだバヌアツでは早いのか?3時に荷物などを預け、200vtの空港税を納める。空港は火事で焼けて、みすぼらしい事務所。森川さん、真崎さんが見送りに駆けつけてくれる。いつまでも、手を振って見送ってくれた2人には、大変励まされ、自分も、2年間任務を果たすせるようにと祈らずにはおれなかった。定刻の4時10分を待たず、4時に飛行機は離陸し、高度を飛び途中着たときのように、よらず、ポートビラには、4時45分到着。5時、築山さんの車に便乗し、ドミトリーには、5時15分。
シャワーをあび、5時45分オフィスにでて、無事についたメールをだす。
夜は、大町さんと、中華料理の夕食。帰宅後11時就寝。
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4月10日(木) バヌアツ 17日目 朝のち午後から大雨。マラクラ島マイ村 4日目。
2008/04/14(Mon)
6時起床、歯磨き、トイレ、雨上がりの爽やかな朝、今日は州都ラカトロにシルビオと行く。7時朝食後、7時15分、太陽の光線が強いので、傘をもっていったほうがよいと、シルビオの薦めで傘を持っていく。7時半、下の農家のバス待合で、歩くか、バスにするかと、シルビオに聞かれる。バスは、15分から30分待たなければならない。歩けば1時間だという。
歩いてもいいと思ったが、ここは無理をせず、バスを待つことにする。バスは7時45分に出発。ラカトロ州都には、8時15分ごろ着いた。途中池になった道もあり、長い道のりで、トラックにして正解であった。ラカトロではカルチャーセンターを見学(300vt)ラムネやアイスを食べ、帰り道で大雨が降ってきて、道がにわかに川になり、車を降ろされる。
しばらく農家で雨宿りをさせてもらううち、昼食が出され、シルビオと2人でご馳走になる。しばらく、洪水のように流れる道の川を見ていたが、小雨になったので、思いきって、川に足を入れ、坂を登って、家に帰り着く。
水浴びをして3時頃から、シルビオ、ナカマルでカバの準備。そのうち、安馬さん、西さん、黒沼さんが、ホストファミリーと共に、現れ、カババーを楽しむ。夕方暗くなる前に皆、それぞれの家に帰っていった。夕食7時、最後の夜8時就寝。
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4月9日(水) バヌアツ 16日目 朝晴れる。マラクラ島マイ村 3日目。
2008/04/14(Mon)
7時朝食。パン2本、紅茶2杯、グレープフルーツ半分。7時40分パウロと歩いて空港の方に行く。リュックには、釣り道具、パウロが担いでくれる。9時ごろ、海に出る。竿にルアーをつけて、海に泳がすが、魚が追う気配なく竿をしまう。黒沼さんと出会い売店でファンタを飲む。帰り道で、里見さんに会う。空港傍のバンガローに泊まっているといい、いいところなので、午後にでも尋ねてくださいとのことだった。帰って、水をあびて、昼食後、昼寝をする。
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4月8日(火) バヌアツ 15日目 雨。マラクラ島マイ村 2日目。
2008/04/14(Mon)
昨夜8時就寝。6時半起きて洗面歯磨き。トイレ6時55分。朝食はフランスパンと紅茶、パープルムシオという
グレープフルーツ。外は雨、昼食は、パン、バナナ、食後、近くのマッシング家に逗留している西さんを訪ねる。予想以上のチャレンジ生活だということで、一致する。泉の出る海へ歩いていくという西さんを見送り、シルビオ家に帰って、水あびをして、昼寝していると、3時半頃、安馬さんと、小学校で体育教師の森川さん、病院で保健師の真崎さんが、尋ねてくれる。天気の悪い中、わざわざ尋ねてきてくれたことに感激する。夕食後、8時就寝。シルビオはカババーに出かけていない。
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4月7日(月) バヌアツ 14日目 小雨。ドミトリーでの4日目。ポートビラ->マラクラ島マイ村 1日目
2008/04/14(Mon)
4時半起床。パンと牛乳で朝食。夜中から朝まで雨。5時35分築山さんの車に乗り空港へ、5時45分空港着。6時15分チェックイン。Twin Otter Aircraft 20人乗りで6:52離陸。7時半、マラクラ島南の空港に降りて7:55ノーサップ空港に着陸。トラックの荷台に乗って
村の入り口へ。坂道を、シルビオさんにリュックをかついでもらい、ぬかるんで滑る急な坂道を、靴は泥んこになりながら、約20分、村のシルビオ家に案内される。家長のパウロさん59歳は、奥さん55歳との間に、3男三女で、シルビオさん36歳が長男。3人のお嬢さんは結婚しており、2人の弟はまだ独身。シルビオさんは、奥さんとの間に、2男1女の3人の子供があり、にぎやかな家族であった。私には、食事をするシッティングハウスと、寝室のあるゲストハウスを準備してくださり、寝室は、土間にゴザをひいて、クッションに布団をしいて、蚊帳を備えた、清潔な物だった。しばらく蚊帳の布団に横になり、風音で鳴る木の葉の音を聞く。家の周りを歩き回る豚の鳴く声、小鳥の鳴く声、時々雨が降ってきては木々にあたる音がにぎやかになる。昼食は白ご飯、ツナ缶ヤムイモのスティック揚げ、コンビーフ、キューリのサラダとラップラップ。ラップラップはバヌアツのシンボル的な食料だとの、パウロさんの話。食べきれないほどのご馳走がだされ、三分の一ほど食べて後は残した。夜はカバのもてなしを受け、夜、温水シャワーを浴びて、床についた。
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4月6日(日) バヌアツ 13日目 小雨。ドミトリーでの3日目の朝
2008/04/14(Mon)
夜中の3時ぐらいに目が覚めたが、30分ばかりエアコンをつけて、横になる。
5時に起きだし日記を付け、家計簿をつけ、朝食として、スナックを食べながら、ブログの内容を作る。自分に湿疹が出て以来、義愛の辛さを思う。痒さというのはなかなか人には分からない辛さだと思う。自分に出た湿疹は何が原因か分からないが、この蒸し暑さと食事の変化、カバなどによるものかもしれない。昨夜はカバを飲まず、ビールだけにしたが、ビールもよくないのかもしれない。ビールもこれから、すこし控えることにする。
いよいよ明日から4泊五日のマラクラ島ホームステイの旅。電気が無い、水道も無い、ガスも無い村で、果たしてどんな生活が待っているか、湿疹が完治しない現在の心境は、正直のところ不安であるが、ひとつひとつの日程をこなしていくしかない。
9時にメンジスに正田さんを訪ね、紙袋2つほど、役立ちそうなものをいただき、9時15分失礼する。明日朝の便でバヌアツを発ち日本に向かわれる。体調を考えるともう、戻ってはこられないだろうと話される。明日6時45分の便でマラクラ島に向かう我々と空港でお会いできるかもしれない。自分にもこれまで、経験したことがない異常が発生している。まず、足の指の間の皮膚がはがれてきたこと。軟膏を塗ってサビオを巻いている。腕を中心に発疹が出てきたこと。汗疹か虫か、食べ物アレルギーかは、分からない。
疲れないようにすることを、第一に考えよう。もう10時20分。今日の教会行きはやめて、ベッドで休む事にする。
洗濯機で洗濯物を洗い、乾燥機に入れて、買い物に行く。ボンマルシェで牛肉、人参、卵2個、名が豆4本を買って、チューストアで、牛乳、水、フランスパン、グレープフルーツ3個を買って、戻る。洗濯物を乾燥機から取り込み、シャワーを浴びて、黒沼さんが作ってくれた、マカロニの昼食。デザートはグレープフルーツ。
クーラーをつけて、部屋で休み、5時ごろからビスラマ語の復習をする。これから、夕食の準備。夕食は、信州ちらし寿司。牛肉のちらし寿司である。角岡さん、石田さん、阿部さん、黒岩さんと5人で食べる。18:36 夜8時半頃、日本の留守家族にテレホンカードで電話する。申請した年金の書類が不備で返送されて来て、24日までに、書類をそろえて出さなければ、年金がもらえないということで、大変困っているとのことだった。戸籍謄本が必要とのことであったが、住民番号を記入すれば、戸籍謄本は必要ないとのことだったので、添付しなかったが、どうやらそれが必要だと言うことである。また、勤務履歴の証明書が必要だとのことだが、既に民間会社で厚生年金35年収めているので、25年以上が証明されているので、役所の1年の勤務履歴証明書は不必要と判断し、取り寄せていたが、書類に添付はしなかった。よくはわからないが、なにはともあれ、大変困っている様子に困惑してしまった。あとは、頑張っていろいろな問題を乗り越えていってと祈るばかりである。
明日から、ブログも更新できない、北の島に行く。北といっても、より赤道に近いので、ここより暑いのだろう。しかも雨季だという。

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4月5日(土) バヌアツ 12日目 曇りのち昼から雨。ドミトリーでの2日目の朝
2008/04/14(Mon)
夜中の1時頃目を覚ませましたがなんと電気は明々とついたままで、黒沼さんはいびきをかきながら、向かいのベットで寝ていました。、さいとう・たかをのゴルゴ13をベッドで横になったまま見て、3時頃、シャワーに入り、電気を消して眠りました。5時ごろ目をさませ、食堂のテーブルで、2007NAKAMARUを読み、丁度来週行く、マラクラ島横断の紀行文と、アンバエ島の健一さんの活動記事も興味深く読みました。朝食は6時半、パンとバナナ、オレンジを2階のベランダで、聞いたことの無い、鳥の鳴き声を聞きながら、食べました。美しく鳴く鳴き声の鳥を、バヌアツのうぐいすと名づけました。
朝食後、日記をつけ、ブログの記事を作り、ホームステイで準備することを、ノートに書き出しました。
今日は午後から、ラ・ゴーンゴルフ場にゴルフをしに行こうと考えています。昨夜、河口さんに誘われたので、石田さんにも声をかけ、
行ってみようかと考えています。今日の夕食は、チンジャオロースを作ろうと、昨日、牛肉、ピーマン、ニラを買ってある。10:00
若い人たちはハイダウェイ島に泳ぎにいきました。私は、腕と首回り、腰に湿疹が出てきたので、ドミトリーに残り、休むことにしました。10時過ぎ、川口さんの携帯に電話しましたが、留守電になっていたので、午後2時ごろに、ラ・ゴーンゴルフ場に出かけるとメッセージを残しました。昼食は、パンと牛乳、バナナとグレープフルーツに似たオレンジを食べました。12時15分頃から強い雨が降り始め、午後2時になってもやまないので、2時過ぎ、河口さんの携帯の留守電に、今日は行かないとメッセージを残しました。
2時半頃、若者が帰ってきました。5時からカババーに誘われ、行くことにしました。雨が強く小ぶりになるのを待って、5時半、バスに乗って出かけました。大きなカババーで、こちらに着てから3軒目のカババーです。この日はカバは飲まず、ビールにしました。
8時頃、バスでドミトリーに戻り、牛肉、ニラ、ピーマンでチンジャオロース風野菜炒めを作り、石田さんの作ったお汁と共に、昨日日本から帰った、日本語教師の阿部さん(女性)、石田さん、黒沼さんの4人で夕食を美味しくいただきました。
そのあと、フィジーで観光局で2年間のコンピュータの仕事を終え、旅行をしながら帰国する隊員と話をして、10時ごろベッドに入りました。フィジーを3月30日に出て、ニュージーランドのオークランドによって、バヌアツに来て、タンナ島を旅し、明日、ニュージーランドに行き、日本に帰るそうです。
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4月4日(木) バヌアツ 11日目 晴れ。ドミトリーでの始めての朝
2008/04/04(Fri)
5時半起床して、洗面所のシンクを清掃する。
昨夜は、2台の扇風機と、天井から吊るしてあるファンを清掃し、少し、気持ちよくなる。午前はビシュラマ講座5、ロバート先生最後の講座。午後からヘレンさんによる、来週のマラクラ(Malakula)島への、ホームステイの心得の講義。マラクラ島はポートビラのあるエファテ島の北西約200Kmの島で、JICAバヌアツオフィスに勤めるヘレンさんの出身地。ここの4家族に我々4人の新人が4日間お世話になる。トランプと釣りの仕掛け、虫除けのスプレーを持っていくことにする。
その後、アイランドプロパティにバイオレットさんを尋ね、契約書のサンプルをもらいに行く。夕方5時半ごろから、我々4人の歓迎会をJICAオフィスで開催してくれる予定である。湿疹は、両腕と、首回りに出たが、両腕はひいた。首回りには薬をぬりわすれたのが原因か、まだ湿疹が残る。しかし、痒みはなくなり、助かる。初めて痒みの辛さを味わい、義愛の辛さを想像して、本当に気の毒に思う。福ちゃんも、同様、早く元気になってほしい。
湿疹をして、体に異常が出たときの辛さを思い、健康に注意を払わねばとの思いを新たにする。
3月25日バヌアツに来て、早くも10日が過ぎて、赴任先の学校へ挨拶を終え、5月1日から住むアパートが決まり、4月中は、ドミトリーに寄宿することにした。
思いがけず、来週ホームステイに行くマラクラ島は、今ドミトリーに寄宿している、石田さんの赴任先で、9ヶ月前から、水産業の普及員として活動しており、私と大学の同窓で、大学院在学中に、バヌアツに来ている、秋田出身の好青年である。大学の同窓には、去年の春に来られた、SVの川口さんがいらっしゃった、。既に帰国された、川本さんも大学の同窓で、大学院在学中にエファテ島の北の村で、村落開発員として、活躍された。いつも楽しませてもらっている、素晴らしいブログの作者である、渋谷さんにもお会いできてうれしかった。京子さんが、途中で戻られたことは大変残念であった。
肝心のカウンターパートの先生は大変優秀だと一目でわかりこれもラッキーであった。
5月から住む、アパートの管理人である、ダリルさんとも良い関係を築けそうである。

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4月3日(木) バヌアツ 10日目 晴れ。サイト訪問 Malapoa college 2日目サイト訪問 Malapoa college 2日目
2008/04/03(Thu)
3時頃起きて、ブログのコンテンツを作る。
一寝入りして、6時ごろ目を覚ます。荷物のまとめ、8時ごろ、モーテルをひきあげ、ドミトリーまで歩く。石田さんと9時まで話をする。若い石田さんは、大学同窓で水産学部の大学院生
で、マラクラ島で水産資源活用の指導をされている。
9時半、豪雨がやんでから、ドミトリーを出て、バスに乗って、マラポア高校に行く。
コンピュータ担当のShem先生の講義を聞く。全部先生が開発したとい、テキスト内容に感心する。3学年はAccess SQLなどとEXCELを組み合わせた、練習
問題の説明。日本と比べても、充実した内容だと感じた。
生徒も積極的に質問していた。次回は4月21日に来ることを伝え、校長先生とShem先生に手ぬぐいのお土産を渡し、学校の下まで先生に見送られバスに乗って、デイリーポストまで送られる。昼食をパンとソウメンを食べて、午後1時半、ドミトリーを出て、JICAオフィスに出て、ブログ更新とメールの確認をする。4時ごろ、アイランドプロパティに行って、契約書のドラフトをもらい、大町さんを尋ね、メンジスのダリルさんを尋ねる。
1年払いにしなくて、各月払いにしてもらうことを了承してもらい、家賃は85,000でいいと、はなしてくれる。ドミトリーに戻り、石田さん、黒岩さんと、カババーに行き、カバを2杯のみ、つまみとして、内臓の煮込み、ソーセージ、ラップラップのようなものを食べる。そのあとバスでマーケットによって、茄子、バナナ、オレンジなどを買って、バスで帰る。夕食を3人で、マーボー茄子を作る。扇風機をきれいに洗い、天井から吊り下げられているファンもきれいにする。夜、ブログの内容つくり、なにが原因かわからないが、手と、首の回りに湿疹が出て、痒くてたまらなくなる。なにが原因なのだろう。
湿疹の薬をつける。10時半、コンテンツつくりを終えて、本棚にあった、
ゴルゴ13を見ながら、5ページほど見て就寝。
カババーの少年 カババーの食事 夜のマーケット 3人で作ったマーボー茄子

ドミトリーのリビングルーム リビングルーム 食堂 台所

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4月2日(水) バヌアツ 9日目 晴れ。サイト訪問 Malapoa college1日目
2008/04/02(Wed)
I waked up at 3 and studied self introduction in Bislama.
At 6 I took a walk around the beach and took pictures and went to Menzies apartment and handed flash memory to Syouda san ,and went to JICA’s dormitory.
At 8 I went JICA and updated my blog and sent e-mails to my family.
I went to the Malapoa college with Tsukiyama san and Helen san by JICA’s car at 9:30.
There was Mrs. Lois Mcmahon at the college and took off my hat to her and shake hand.
I greeted the principal Rui and the counter part Mr. Shem Simon and took pictures.
He is teaching the eleven,twelve,thirteen grade and eleven is sixteen years old and twelve is seventeen years old and thirteen is eighteen years old like Japanese high school.
Shem is about 25 years old,tall about 180 cm, smart,calm gentleman graduated the Malapoa college ,not married yet.
They said Malapoa college is the top school in Vanuatu so the student will go to several counties to study at the university,such as Australia, New Zeeland, Fiji and USA.
Principal Rui is about 40 years old and he is fat and calm and look like trust Shem.
I told him to come tomorrow morning at 10 and to look the class of him.
I met Ikeda san at teacher’s school which is same place with the Malapoa college.
He came to Vanuatu at January this year with his wife as a mathematics teacher’s teacher.
In this case is the second times as a senior volunteer for him.
I visited at JICA’s dormitory which has 3 bed rooms and a living room and a kitchen.
There were 4 person and there were empty two beds so I decided to move and live during April.
I went to bank of Westpac and took out 60,000 vt and went to Island property and contact with Violet about contract the Menzies apartment and asked to her to make a draft of contract. She said ‘I make the draft of contract so come tomorrow.’
So I scheduled to call tomorrow afternoon again to Violet.
I came back to Hibiscas Motel and paied 44,100 vt for 9 night so 4,900 vt for one night about 6,500 yen in Japan.
I carried 3 suitcases and books in a backpack from motel to dormitory.
I ate beef Vietnam food at a restaurant and shopped some foods at the Bon maruche.
朝6時半バヌアツの朝の始業は7時半から JICAバヌアツ寄宿舎(ドミトリー) 朝の海 海辺の小道

乗合バス Noプレ-トの頭にB とついている 朝の出勤風景 マラポアカッジ シェムさん校長のルイさん、ヘレンさん 教員教育学校の池田SVと


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4月1日(火) バヌアツ 8日目 晴れ。ビスラマ語クラス4と午後からオリエンテーション2回目
2008/04/01(Tue)
I wake up at 5:00 and studied homework of Bislama.
In the morning we studied Bislama and I updated my blog and sent e-mails to the officer of Vanuatan and some colleague with picture at the lunch in the Jica’s rest room . In the afternoon there was a lecture from the coordinator and we turn in the bank account to the coordinator.
After 3:00 pm I came back to the Hibiscus motel and went to MENZIES APRTMENTS and met the manager DARREL WESTGATE and his young vanuatan wife and negotiated with him about house rent that JICA paid annual house rent at one time so I would like to change room 67,000 vt’s room to 87,000 vt’s room and asked to discount 87,000 vt to 85,000 vt and the contract is from 1 of May to 30 of April and when the room cleaned and ready to live before 1 of May I can move the room with no charge so Mr.Darrel agreed with my proposal.
I went Syouda san’s house and got something such as golf set, fishing rod, electric rice cooker, pan, pot, kettle, frying pan, dishes, cup, scale, iron, broom, mop, sandal, snorkel, swimming goggles, and mosquito net. I left the apartments and I came across with Lois and Trevor Mcmahon on the road and greeted them and shake hand each other.
I came back Hibiscus motel and ate dinner and showered and washed my clothes.
And I copy JICA’s document CD to flash memory and I made blog’s contents.
Now I prepare tomorrow’s site visit to Malapoa college.
Tomorrow I’m thinking to speak self introduction in Bislama like as follow.
Nem blong mi Hiroshi Sano,be oli stap kolem mi Hiro.
My name is Hiroshi Sano,but I am usually called Hiro.
Mi glad blong givim smol toktok long yufala.
I am happy to give you this little speech.
Mi mi blong Japan,long ples ya oli kolem Takarazuka.
I am from Japan, at the city called Takarazuka.
Mi jes kam long Vanuatu long las wik nomo.
I just came to Vanuatu last week.
Bambae mi stap long ples ya blong tu yia.
I will stay here for two years.
Hemia nomo mi save talem.
  That is all I can say.
福ちゃんお大事に、コメント書いてくださいね。

wrex@vanuatu.gov.vu
This is Hiroshi Sano of JICA. I send you yesterday's picture.
Dear Mr.Rex
Thank you for your attention.
I send you yesterday's picture.
See you again.
Sincerely
Hiroshi Sano
htagaro@vanuatu.gov.vu
This is Hiroshi Sano of JICA. I send you yesterday's picture.
Dear Mr.Tagaro
Thank you for your attention.
I send you yesterday's picture.
See you again.
Sincerely
Hiroshi Sano
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