FC2ブログ
6月30日(火)  曇り 26 ℃(最低:24.2℃,最高:31.5℃) 湿度76%。 日の出6:18、日の入り17:23バヌアツ滞在425日目
2009/06/30(Tue)
3時起床。英語の復習33-need,34-ask。今日は校長先生に頼みごとをしに行こうと思っていたのでaskもneedも丁度よかった。5時前から日記をつける。今日で今年の前半が終了する。辞書を見ると夏越の祓(なごしのはらえ)など昔は6月30日を夏を迎える行事をしていて、この日から夏と呼んでいたようだ。今年もあっという間に半年が過ぎてしまった。なにをしたと言うこともないが、この国と今後もお付き合いさせていただくための布石は打てた。この国の人の多くの人は日本人に好意を示してくれる。戦時中の侵略と戦後の経済進出で持たれている特にアジアでの負の遺産はこの国にはない。今年前半の活動は南太平洋の楽園と日本の架け橋になるためには2年間の活動を土台にして今後一生このお国と係わり合いを持たせてもらえるための土台作り、布石であったと総括することにする。これからの残された9か月弱は布石を繋げて2つの目を作りけして死なない石にすることか。その先将来少しでも大きな地所が出来れば言うことは無い。十分それは実現可能性があると思うし面白そうだ。
5:30これから朝食の準備。6時50分からNHK TVニュースを見てから7:15アパートを出る。7時40分コンピュータ室で雑巾がけ。図書室でNHKラジオを聞きながら試験の採点。8:30からNHKラジオ体操を狭い図書室の机の脇でする。(日本時間6:30)10:00過ぎまでで試験の採点を終る。コンピュータ室に移りパソコンを使ってみる。2台のマウスのピンが曲がっていて動かないのを直して動くようにする。今日は昼食会があるという。校長先生に7月か8月の昼食会にコーディネーターと2人のスタッフを招待していただくようお願いする。12時半から昼食会。教員養成校の生徒さん数名が実習に来ていて一緒にご馳走をいただく。今日は沢山の人であったがたくさんのご馳走があって十分であった。昨日試験を受けなかった11年生の生徒の追試を明日2時から4時まですることにして、その旨を紙に書いてドアに貼り付ける。4時過ぎ下校。アパートに荷物を置いて町へ買物。6時アパートへ帰りパンとレモンティーの夕食。夕食後7時半ベッドで「老人と海」を読んで20:00就寝。

アパートから見る朝のポートビラの海


スポンサーサイト



この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月29日(月) 雨のち晴れ 26 ℃(最低:18.4℃,最高:28℃) 湿度89%。 日の出6:17、日の入り17:21バヌアツ滞在424日目
2009/06/29(Mon)
4時起床。バヌアツはどうやら短い秋から冬が終って季節が変わってきているように感じる。
気温が上昇してきているし、湿度も高くなってきている。It seems to be the rainy season.
今日は8時から11年生のコンピュータ試験の立会い。今日も一日を心安らかに楽しく仲良く過ごしたい。今日から道端で新聞を売る子供から毎朝デイリーポストを買うことにしよう。毎日新聞の一面を読むことにしよう。日の出と日の入り、潮の満潮、干潮も新聞から得られる情報である。英語のreadingの勉強でもある。私のいる図書室の事務室には新聞を読みに先生や生徒が良く来るがこれからは新聞でわからない事があったら先生達に尋ねてみよう。先日は新聞に初めてマレクラ出身の首相誕生かと新聞に出ていたのをバヌアツ人に尋ねたら、その後首相派の多数派工作が成功して不信任案は否決されたとのことであった。5時これから朝食の準備。今日の朝サッカーブラジルとUSAの決勝戦かと楽しみにしていたが、SBS TVは「E52 Searching for signal」のメッセージが出たままで映らない。6時半に9チャンネルにしてみるとサッカーの後半が始まっていた。USAが2-0でブラジルをリードしていたが、後半早々ブラジルがゴールを決めて、1-2となった。見ていたかったが、11年生の試験があるので6時50分傘をさして雨の中アパートを出る。あとでニュースによってブラジルが3-2で逆転勝ちしたことを知る。最優秀選手に選ばれたカカのコメントが良かった。まるで日本人のコメントのように、この次はもっといい試合ができるように精進しますというようなことを言っていたようだ。学校への曲がり角で少年から新聞を買う。少年がにっこりサンキューと言うのがさわやかだった。それにしても雨にもかかわらず、新聞が濡れないように抱えて、傘もささずに道の角に立って売る少年に頭が下がった。コンピュータ室を開けて机と鍵盤をウェットティシュで拭き、マウスの外れているのを付け直す。図書室に移り新聞を見るとなんと、同じアパートの住人で昨日朝おしゃべりして一緒に歩いたシルバの写真が新聞の一面にのっているのに驚いた。彼の勤める職業訓練校の観光教育でイタリア料理のシェフを呼んで観光を学ぶ生徒に2週間イタリア料理を教えたという記事でシェフと生徒と一緒に写っていた。こんど彼に日本料理をご馳走して、生徒にも日本料理をご馳走しようかなと考えたりして楽しくなる。8時から食堂で11年生のコンピューターの試験の立会いをする。試験問題が7部不足していたのでタリスさんにコピーをお願いして、20分間7人の生徒を待たす結果になった。昼食を作る広い台所の大鍋を煮込んでいて湿度も温度も高かった。2時間の試験であったが、1時間で終えて出て行く生徒も多かった。最後まで残った男子生徒は、「アリガトウ」と言って出て行った。図書室に戻ってしばらくするとシェイム先生が顔を見せて、試験の答え合わせをする。試験の前半を採点することにして午後から採点を始めるが3時50分までで終らず明日に持ち越す。タリスさんとおしゃべりをする。4時過ぎすっかり晴れた道をアパートへ帰り、荷物を置いて町へ買物に行く。途中JICAオフィスに寄り郵便物を取り、スタッフとおしゃべりをする。マーケットへ行ってバナナ・キャベツ・白菜を買い帰り道パンを買う。アパートへ帰り、シャワーを浴び、洗濯をして夕食は野菜やきそば。新しく買ったスパゲッティであったが腰が無くまずいやきそばになってしまった。夕食後SBSニュース見る。イランの大統領選挙のあとのデモの様子。ニュースを見ていると、イランでは、保守強硬派と民主改革派と言うような呼び方をしているし、アフガニスタンでは政府とテロリスト集団タリバンなどといった呼び方をする。テロリストのタリバンと呼ばれる人たちにいわせれば、日本の江戸末期の尊王攘夷派と同じと主張するかもしれない。アメリカという攘夷と戦い民族自決を旗印にしているのを、アメリカ民主主義の側からはテロリストというレッテルを貼りつけている図式である。8時から日記をつける。いよいよ明日で今年も半分が終る。早くも半年が終る。20:36 ベッドで「老人と海」を読んで21:00就寝。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月28日(日) 曇り、夜7時頃から大雨 25 ℃ 湿度87% バヌアツ滞在423日目
2009/06/28(Sun)
2時半起床。パンプレムースの残りの半分の実を台所でほぐしていただく。それから英語の復習。29,30。
3時半からSBS Tをつけて、美しい音楽を聴きながら日記をつける。今日は南アフリカで開かれているサッカー大会のファイナルゲームである。ブラジル対USAである。来年の6月にワールドカップが南アフリカで開かれるその前の年に開かれるものらしい。USAは強いと思われたスペインをセミファイナルで思いがけなく圧倒して勝った。ブラジルは南アフリカに数少ないチャンスをものにして辛勝した。
南アフリカの守りは厚かったしプレッシャーもあってブラジルは苦戦を強いられていたが起死回生のフリーキックがゴールを決めた。今大会で最高のゴールとして歴史に残るものになるだろう。
今日の一日を考えて見る。5:30-7:30サッカー決勝観戦。7:30-9:00インターネット。9:30-12:30PMC礼拝出席。これからメールの下書き。4:15 5時前から写真の取り込む。朝食はおかゆを作り、ジョゴのスープと煮魚。サッカーがなかなか始まらないので外が明るくなった6:15アパートをでてドミへ行く。6時半ドミでインターネットでNHKラジオを聞くとテレサテンの「空港」がいきなり聞こえてきて五木寛之さんの月に1回の我が心の歌語りを聞く。これは日本にいたとき、月に一回のなによりの楽しみにしていたラジオ番組であったが思いがけなく今日バヌアツで聞くことができてインターネットのありがたさを思わざるをえない。昭和57年1982年の羽田沖に機長の逆噴射で落ちたことを話していた。当時福岡にいて同僚があの早朝の福岡発羽田便の飛行機に乗る予定だったが別の便に乗り換えて危うく難を逃れこれからは死んだつもりで頑張って生きると言っていたのを思いだす。高橋まりこの桃色吐息も良かった。朝ラジオを聞きながらブログの更新をする。7:51 青年隊員が次々に起きてくる。中には顔を知らない人もいた。8時10分ドミを後にしてアパートへ戻る。ほうきで各部屋のほこりを掃きだす。9時20分アパートをでる。同じアパートのスリランカ人のシルバと会う。メリリンがアパートの外まで出て来て手を振って見送ってくれた。シルバは職業訓練校にヨーロッパのボランティア団体から3年契約で派遣されている。今日はレポート作成をしに町までいくという。スリランカは英語を通常使うそうで、フランス語で観光についての職業訓練のマネージメントをしているという。スリランカは通常仏教でキリスト教は少ないという。日本ではキリスト教は1%だというと、スリランカも同じだという。お父さんはキリスト教、お母さんは仏教、本人はアングリカンのキリスト教だという。PMCへ行く途中で英語のボキャブラリー カードの30回目をどうやら、落としてしまったようだ。いつも2回分ポケットにいれてくるのだが、29回目を取り出すとき30回目を落としたらしい。9時35分PMCにつくと既に先輩が来られていた。アンドリューが居たので写真を渡す。しばらくして、大先輩ご夫妻が来られる。今日はセティさんが司会でドロシーさんが説教をされた。どういうわけか、青年達の聖歌隊はいなかった。ヘレンさんも来ていて礼拝後セティさんドロシーさんと一緒に記念撮影をする。ヘレンさんからオネスア プりスビテリアン カレッジの役員をしていると話があった。来年コンピュータ教育を始めるのに、マラポアカレッジでのボランティア サポートに校長先生が関心を示していると話していた。大先輩の奥さんから糠づけをいただく。しばらくおしゃべりをする。(醤油の銘柄は「生柚王」に似た名前です。真ん中の漢字は木へんではなく打の左のへんです。日本の漢字であるのか知りません。)さよならして途中パンを買ってJICAオフィスの前まで来たところで車が止まって、どこへ行くかと聞くので、家へ帰るというとどこの家かと聞く。話しているとPMCの礼拝に一緒に出ていた人だという。アパートまで送るから乗れという。もう200mだから歩くからいいといって、どこから来たのかと聞くとサントからだという。サントへは行ったことがないが、行ってみたいところだというと、来たら、教会や方々を案内すると言ってくれる。トム ウェルスという名前のエルダー(長老)だそうだ。この国の首相のエドワード ナタペイもエルダー(長老)だそうで、写真をあげたアンドリュー ナメルもエルダーである。ヌーナのジョンもエルダーだ。セティ、ドロシーさんはパスター(牧師)である。トム ウェルスに別れてアパートに帰り、シャワーを浴び、洗濯をして昼食はパンと野菜炒めとレモンティーとバナナ。昼食後、30回目のボキャブラリーカードを作る。それから居間の椅子でヘミングウェイ著「老人と海」を読む。途中うとうとしてしまい、ベッドに移り昼寝する。目が覚めたのは暗くなった6時前。夕食のご飯を炊き、夕食はいただいたきゅーりと大根の糠づけとジョゴのスープ。よく漬かっていて塩気が丁度よく醤油をつけずに、歯ごたえ良かった。出来たての美味しいご飯と糠づけだけで、ヘルシーな夕食をいただけて感謝であった。7時から8時ごろまで、SBS TVでWhen we were kingという1996年の番組をみる。1974年10月30日ザイールのキンサシャで行われたモハメッド アリとジュージ フォアマンとの世紀の一戦を詳しく追ったドキュメントであった。当時だれもがフォアマンの勝利を疑わなかったと思う。試合が始まってもフォアマンのプレッシャーの前にアリはロープを背負う場面続きであったが今回注意して見て見ると的確に反撃の手も出していた。当時アリの体調は最高であったようだ。35年前このテレビ中継を霞ヶ関ビルの1階で大勢の人と一緒に見ていた。当時の映像で記憶になかったが、試合会場には当時のザイール大統領の縦20m横10mぐらいの大きな顔写真が掲げられていたことを始めて知った。昼間撮った写真を印刷する。カラーインクがなくなってきたようで赤っぽい写真になってしまった。23時日本に一寸電話する。23時半「老人と海」を読んで就寝。
大根とキューリの糠づけ
大根とキューリの糠づけ
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月27日(土) 曇り 24 ℃ 湿度90% バヌアツ滞在422日目
2009/06/28(Sun)
2時起床。3時までプロポーザルを考える。
4時半まで英語の復習。
パンプレムースを1/4切っていただく。
それから日記。SBS TVの世界の都市の映像を見て音楽を聴く。映像ではブラジル リオのポンデアスカの頂上に立つキリスト像を懐かしく見る。あそこに登って早くも35年が過ぎた。当時ブラジルへの就職を考えて、サンパウロ、ブラジリア、リオデジャネイロを見て回った。リオからスペインのマドリードに飛んで、フラメンコを見て、映画「ジャッカルの日」を見た。翌日はパリでエッフェル塔とルーブル美術館を見た。フォーサイスのジャッカルの日では亡き先輩が思い出される。ジャッカルの日が面白いと教えてくれたのもその先輩であった。シドニーのオペラハウスを見ると10年前にそこでオペラを見たのを思い出す。ハワイの砂浜を見ると傷心の思いでがよみがえる。香港の摩天楼を見ると風邪を引いてしまい、わざわざ香港まで呼んだジュディオングのディナーショウをキャンセルしてしまったのが思い出される。当時池田満寿夫が地中海を舞台にした本を書き、歌がヒットしていた頃であった。池田の作品は昨年2月駒ヶ根の美術館で見ることができた。若くして亡くなってしまった。今日の音楽はツゴイネルワイゼンなどポピュラーなものが多い。もう5:35これからご飯のスイッチを点けて、ジョゴのコンソメスープを作り、ピゴーの煮付けの朝食。外はまだ暗い。今日は湿度が湿度計のMaxの90%に張り付いているが、気温が低いのでじっとしている分には蒸し暑さは少しも感じない。
カバについて、コメントをいただいたのでここに説明を書いておきます。
カバとは胡椒科の木の根を砕いて出てくるしぼり汁です。作り方はいろいろあるようですが、一つの作りかたを紹介しますがいたってシンプルです。まず根っこをよく水洗いして土を落とし、2cm角ぐらいに切ります。それをミンチを作るのとよく似た器具があり、それに木を入れてハンドルを回しますとしぼり汁が出てきます。半端な力でハンドルは回りません。しぼり汁に少し水を入れることもあるようです。わたしはそのままの物を飲みました。それで出来あがりです。色はベージュでとの粉を溶いたような感じです。味は正露丸のような漢方薬の味がしました。バヌアツではこれが伝統的な仲間との親睦の飲料です。バヌアツは日本人も祖先にいて、この仲間との親睦の家は「ナカマル」と呼んでいます。大きな家にはこのナカマルがあります。地域の公民館のようにナカマルがあるところもあります。バヌアツだけではなく、南太平洋の国々でカバを飲む習慣があるようです。首都ポートビラではこのカバの根は取れないと聞いています。地方の島から持ってくるようです。船に乗ると、木の根の荷物がありますが、これはカバの根です。夕方から大人たちが集まるカババーは町のいたるところにありますが、バーとは言ってもカバはお酒ではありません。
アルコールは無く、飲むと気持ちが落ち着いてくる、鎮静作用があるようです。このリラックスした気分になってうっとりすることをバヌアツ語で「ドロン」と呼びますが、ナカマルといい、ドロンといい、日本語から来た言葉と推定できます。カバを飲むのに、飲み方があります。チビチビ飲んではいけません。一気飲みが飲み方のコツだそうです。そうしないとドロンを味わえないそうです。飲んだ後に水でうがいをしたり、つばを吐いたりすることがマナーとして許されています。カババーでは賑やかに騒ぐことはマナー違反です。フラッシュで写真を撮るのもいけません。ひたすら静かに飲んで食べます。食べ物はラップラップというローカルフードなどでこれは、タロイモやヤムイモをすりおろし、ココナッツソースをかけ、バナナの葉っぱに包み蒸し焼きにした食べ物などです。こちらでタローという芋は日本の里芋と同じものですが日本のものほど粘り気はありません。首都のポートビラでは女性もカババーに入れますが、地方では男性だけしか入れないところもあるそうです。
カババーではビールも売られています。ビールを飲むとこの国の人もハイテンションになって賑やかになるようですが、大抵カバをのむようです。カバはココナッツを半分に切った器に入れて50vtから100vtですが、ビールは250ccで250vtぐらいとこの国の人にとっては少々高価です。飲みなれないバヌアツ人がアルコールを飲むと普段アルコールを飲まないバヌアツ人はハイテンションになってなにをやりだすかわかりませんので気をつけないといけません。カバを沢山のんで、七転八倒の苦しみを味わった人もいました。長くカバを飲み続けてかば肌というかさかさの肌になる人もいるそうです。オーストラリアではカバは身体に良くないと輸入を禁止しています。バヌアツではカバは健康に悪いものではないと主張しています。しだいしだいにカバの輸出はバヌアツ農業における重要産物となって伸びてきています。この国の農業産品の主要なものは、ココナッツオイル、牛肉などのようです。日本人の中には、バヌアツ人との交流の社交場であるカババーを大変気に入って毎晩でかける人もあるようです。日曜日の教会は明るい社交場とすると、カババーは暗い社交場と言えると思います。
6:50-7:20まで昨夜の日本語ニュースを見ながら以上を書く。阿呆は解散をちらつかせ始めたが、自民党は7/12の都議会選挙前の解散はありえないと一様に早期解散を否定する。今日は湿度がMAXの90%に針が張り付いて多分それ以上あるのだろう。雲が空一面にあるが雨になるかもしれない。今日はこれからマーケットに買物にでかけ、昼前の干潮に向かいの半島まで海を歩いて行ってみようと考えていたが、先週見たより潮が引かないので今日は諦めて今度新聞を見てからにする。8時アパートを出て、町でシャンプーを買ってマーケットへ出かける。かわいい生徒が花を抱えていたのでモーニングと挨拶する。バナナ、レモン、生姜、なす,ジョゴを買う。魚をみると、見事な鯛のような色をしたおおきなプレがあった。1Kgで800vtだという。大きなプレ1匹が2,800vtと言っていた。9時帰宅。シャワーを浴び、洗濯をする。だんだん熱くなってきて蒸し暑くなってきた。居間の椅子で「在米日本医師の独白」を昼間で読了。著者の廣瀬輝夫さんは大正15年生まれというから存命なら84歳か。よく働かれた方であったようだ。現代版夏目漱石のぼっちゃんを読むようであった。これからプロジェクト整理。昼食はおかゆと煮魚ピゴーとアニワのオレンジ。今のマーケットはアニワのオレンジが一杯である。12:55 午後は居間の椅子で渡辺淳一著「鈍感力」を読了。大変読みやすい本で一気に読み終える。鈍感力=環境適応能力と解釈する。3時ベッドで読んで昼寝しようとベッドのスタンドをつけようとするが点かない。今のスタンドも調べるが点かない。どうやら電気が来ていないとわかる。暗くなる前にダリルさんの部屋を訪ねると奥さんのメリリンさんが戻っていた。ユネルコが5時半まで電気工事をしているという。結局6時に照明が点く。夕食はご飯を炊いて、ジョゴのスープと野菜炒めとピゴーの煮付け。夕食後7時のNHKワールドを見る。7:15これからアンドリューから依頼された写真の印刷。7時45分までで印刷終了。ベッドに移って藤原正彦著「この国のけじめ」を読み始める。目次を見て、「逸材産んだ壮大な愚挙」と「愚かなり、市場原理信奉者」を読んで就寝。8:30
「愚かなり、市場原理信奉者」の中からの引用
「十六世紀なかばに来日したフランシスコ・ザビエルは
「日本人は貧しいことを恥ずかしがらない。武士は町人より貧しいのに尊敬されている」と驚いた。
武士は刀を持っていたから尊敬されていたわけではない。高い倫理道徳ゆえである。
日本ほど金銭至上主義と縁遠い国は、少なくとも欧米にはなかったと思う。


この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月26日(金) 晴れ、24 ℃ 湿度79% バヌアツ滞在421日目
2009/06/26(Fri)
キング オブ ポップスと言われていたスーパースターだったそうなマイケル ジャクソンが亡くなった。50歳だという。エルビス プレスビー、ジョン レノンと同じまだまだ若かった時代のヒローであった。
3時起床。4時半まで英語復習。5時半まで日記。今日はブラジル対南アフリカ。賭けの比率は10対1でブラジルの勝ちだが昨日のスペインのケースがある。これから朝食の準備を早くして、サッカー観戦。5:30 7:30まででブラジルがセットプレーからでゴール右上端のここしかないという場所に鮮やかに蹴り入れて1:0で辛勝した。南アフリカの善戦が目立った試合だった。お天気が良さそうなので、部屋で着る上着を手洗いしてベランダに干してから8時過ぎアパートをでる。8:30図書室に入りラジオ体操第二をする。その後着換えしてインターネットメールなどを見て、メールの返事を出す。今日は10時からのメインホールでの試験立会いだけ。NHKラジオを聴きながら過ごす。山本一力さんの江戸の長屋の話を聞きながらブログの更新をしようと見たら、カバについてコメントがあったので説明の返事をする。9:45 ラジオを聴いていると阿呆が東京都議選前の解散を検討しているとのニュースを聞く。そうなると子供臓器提供の法案が廃案になるという。重要法案を通さなければならないので解散はそれからと行っていたが阿呆もそれだけ追い込まれてきて辛抱できなくなってきたのかもしれない。10時から12時まで12年生のコンピュータの試験。男子37名、女子35名が受験。自分もやって見たがなかなか難しい。昼食後シェイム先生と答えあわせをして後半の採点をお願いして、前半の採点にとりかかる3時半までで終了。シェイム先生に採点結果を渡して、メールを1つ日本にうってこれから下校。15:45 帰り道の海の近くで子供が手招きするので行ってみると、小魚のえらに竹のような紐を通して見せる。いくらと聞くと2ドルだという。ドルは持っていないというと200バツだという。
200バツを渡して、どうして取ったのと聞くとこの近くでネットで取ったという。小さなピゴーが4匹ともう1匹の5匹が入っていた。帰ってから計ると22cmが2匹と15cmが3匹であった。名前も聞いたが忘れた。今度あったら名前を書いておこう。タンナから来たという。朝、夕ここを歩いているからまた呼んでくれと話す。もう1つを出していらないかと言われたが、1つで十分と断った。ここで、帰り道に魚が入手できるのはありがたい。帰り道トイレに行きたくなって、ドミに飛び込みトイレを借りる。教師をしている青年隊員2人とドミで出合う。これから任国外旅行に出かけるという。トイレットペーパーは持った。などと言っているので一体どこへ行くの興味を持って尋ねる。アパートに4時半帰宅。早速魚を煮付けにして、町へ買物に出かけるのはやめにしてシャワーを浴び、洗濯をしてから、夕食の支度。夕食はやきぞばにする。野菜は、キャベツ、白菜の白い硬いところ、なすを刻んで塩・コショウ・味の素・醤油で炒め、湯がいた極細スパゲッティ80gが柔らかくなったところで、ザルにスパゲッティを取って、炒めた野菜の上にかけ、ウスターソースをかけて野菜と麺と絡ませる。
美味しい野菜やきそばが続いたがそろそろ、日本製のソースがあと少しになった。町の店で日本のソースに似たソースはないものか探しているがまだ見つかっていない。醤油は日本のキッコーマンが売られている。1リットル1,000バツぐらいととても高い。中国製の純天然醸造醤油というものもあってこちらは623mlで150vt。私の味覚ではこの醤油で味に違和感のないものなので、もっぱらこれを使っている。デザートは小さなバナナ2本とレモンティー。夕食後居間の椅子で「在米日本医師の独白」を読み始めるうち昨日同様うとうとしてしまい気がついたら21:00を過ぎていた。ベッドへ移りすぐ就寝。
青年から買ったピゴーの煮付け


この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月25日(木) 明け方雨のち曇り時々晴れ、23 ℃ 湿度83% バヌアツ滞在420日目
2009/06/25(Thu)
2時起床。穴の開いた靴下の繕いをする。3時から英語の復習。4時からSBS TVの世界の都市とお天気、最高最低気温を音楽を聴きながら日記をつける。今日は雨は降っていないようだが湿度が高いので雨が降るかもしれない。4:45 5時半までプロジェクトまとめ。サッカーはスペイン対USA。意外にもUSAが勝つ。スペインの動きが悪かった。
7時半アパートをでる。8時過ぎ学校。正面玄関まわりをゴミ拾いをしていると、ごみ収集車が丁度来る。ゴミを出して学校も少し見苦しくなくなる。8時半図書室に行き、Keyhole TVを点けると6:35首を回してからラジオ体操第二からする。体操がもう少しで終る頃になって、シェイム先生がコンピュータ室の鍵を貸してくれと言って入ってくる。時々こういうことがある。以前には日曜日の朝6時半ごろに電話してきて、アパートまで鍵を取りに来たこともあった。そのあとインターネットでメールを見る。10:24 11時から27番教室で11年生の農業の試験に立ち会う。女性の先生と交代して約20名の女生徒の前の席に座って、試験問題を見てみる。まず問題の英語の意味を理解することからして自分の英語力をでは難しいのに気がつく。昨日の工業デザインといい難しい単語があってこの問題を見て、英語で文章で答えを書くのだから生徒はたいしたものだと関心せざるを得ない。問題を見てみるとここの農業がエコとか、自然のサイクル、有機農業・オーガニックとか堆肥・コンポストとか、リサイクルとかでもっぱら金肥に頼らない農業を教えていることが推察できて自分も農業のクラスを受けさせてもらいたくなった。チッソ・りん酸・カリなどの数字が出ていたがそれらは全くわからなかった。この学校の工業デザインの教師の1名と農業教師の1名はこの学校の卒業生ではないバヌアツ人と聞いたことがある。終わり頃答案を出した生徒の名前が書いていないので、名前を忘れているよと書かせる。12時で終わり、職員室を訪ね農業教師のアントイネに答案用紙を渡す。図書室に戻って、名前を忘れていた生徒を11年生入学のナショナルイグザミネーションの合格者120名の中で見てみたら、9番目の成績でマラポアカレッジからあがった生徒であった。午後3時半まで図書室で過ごして下校する。アパートに荷物を置いてマーケットに買物にでる。キャベツ・なす・ピーマン・キューリ・パンプレムース・レバー・パン・スパゲッティを買ってまだ明るいうちにアパートに帰る。シャワーを浴び、洗濯をしてベランダニ干し、夕食はジョゴ(冬瓜に似ている)の半分を千切りにしてコンソメスープに入れる。レバーを塩コショウで炒める。キャベツ、玉葱、なすを炒め、レバーの細切りを絡めて、80gの極細スパゲッティーを湯がいて上に絡め最後にウスターソースをかけて出来上がり。ボリューム満点で美味しかった。デザートはパンプレムース半分を実を取ってからいただく。みずみずしくて甘くて美味しかった。食後居間の椅子で読書を始めたが気がついたら居眠りをしていて、9時ベッドに移って就寝。21:30
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月24日(水) 明け方雨のち晴れ、23 ℃ 湿度82% バヌアツ滞在419日目
2009/06/24(Wed)
3時起床。時々雨音が聞こえてくる。半分のパンプレムースを台所で実を取り出しいただく。グレープフルーツと良く似ているが、みずみずしくて甘さがあってグレープフルーツの苦味がない。値段は日本でグレープフルーツは100円から150円するが、こちらでは、2個で150vtでその1個が大きくて、日本でのグレープフルーツの2倍の量があるから、1個は1度に食べきれない。半分か1/4をいただく。結局値段は日本の1/4ぐらいであろう。、5時まで英語の復習。5時からSBS TVをつける。ヴァイオリンの室内楽を聞きながら世界の都市の美しい映像と気温を見ながら日記をつける。7時20分アパートをでる。図書室に7時45分。8時半、日本時間は6:30 NHKラジオ第一のラジオ体操を聞きながら久しぶりで身体を動かす。日本にいたときは、早朝のラジオ体操は毎日欠かさず公園か家の居間でしていたが、こちらに来てからは一度もしていなかった。これから続けてみよう。毎日日本のラジオ、テレビが同時放送でパソコンで見聞きできるのでありがたい。ただ、NHKが見聞きできるようになってから、大阪朝日放送の1008がメニューから消えて聴けなくなってしまったのは残念である。またそのうち復活するのを楽しみにしている。昼休みはFM横浜で音楽を聴きながら椅子に座って居眠りをする。今日は13時から28教室で11年生の工業デザインの試験の立ち会い。木造と衣料デザインの試験。1時から3時までの2時間の試験であったが2時にクートロン ブレ先生が来てくれて立会いを代ってくれる。図書室でインターネットをして4時過ぎ下校する。帰り道ドミに寄る。離島隊員から久しぶりにタンナコーヒーをご馳走になりよく冷えたパパイヤをいただきおしゃべりをする。昨日着いた20年度2次隊の青年隊員お二人が戻り握手をしておしゃべりをする。1人の青年はアンバエへの小学校で算数教師、もう1人の女性はバンクス諸島のソラで看護師として2年間過ごすと言う。アンバエには9月に看護師が赴任予定だが、バンクスには予定されていた算数教師が派遣を辞退したため、1人だけの派遣だそうだ。バンクスのソラへ行くには、ビラからサントのルーガンビルまで飛行機で行って、そこから週に3便しかない飛行機を乗り換えて、ソラへ向かうという。島には車はただ1台あるだけとのことであった。5時半にこれからカババーでお二人の歓迎会ということで一緒にドミを出る。カババーは失礼させてもらって町で買物をしてアパートに6時帰宅。カバは来た当初飲んだものだが発疹がでて以来飲んでいない。シャワーを浴び、洗濯をして夕食はコーヒーとパパイヤをいただいたせいか、あまりお腹がすかないので冷やしうどんにする。生姜をおろして、たれに入れていただく。そのあと、パンとレモンティーとバナナ。SBS TVを見ながら日記をつける。21:00本を読んで就寝
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(1) | TB(0) | ▲ top
6月23日(火) 明け方雨、曇りのち晴れ 23 ℃ 湿度80% バヌアツ滞在418日目
2009/06/23(Tue)
2時起床。昨日買って来たパンプレムースを半分切って実をどんぶりにとりわけいただく。みずみずしくて美味しかった。4時まで英語の復習。もう新しく始めて、19,20回目全体の1/5まで来る。昨夜は星が出ていたが今は雨の音がしだした。これからメールの下書き。SBS TVをつける。ボサノバ調の静かな女性ボーカルを聞きながら世界の都市の美しい映像と気温を見る。4:20 5:15までメールの準備。これから朝食の支度。朝食後日が射したので寝巻きを手洗いしてベランダに干しに行ってみるともう雨が降っている。今日は家で過ごそうかと思うと日ざしが出てくる。これからJICAオフィスで印刷をして、銀行によって、郵便局に小包を出しに行く。途中雨に降られて、小包が濡れて重くなるのを気にして、カウンターに出すと、1,400vtだという。700vtでしょうと言うと、1,400vtだという。何グラムかを聞くと251gだという。アパートの料理用のはかりでは240gから250gで、250g以内で大丈夫と考えていたので251gと言われたのは意外であった。たった1gで700vtが1,400vtになるのはかなわないから、またアパートに戻って梱包をし直しに帰ろうかと考えたが、急にバヌアツ人の若い女性はわかりました。700vtでいいです。と言ってくれる。マーケットを覗いてジョゴを1つ買う。アパートに帰り、ベランダでパンとレモンティーの昼食をいただく。それから学校へ出かける。11:45途中雨に降られて木の下で雨宿り。しばらくすると小降りになった。学校でタリスさんとおしゃべりをする。フランス語教師のジャンシー バニが来て、使っていたThink Padをさして日本に帰る時にこのラップトップを譲ってくれという。タリスが僕が予約済みだと奥から声をだす。この分なら、2台とも置いていこうかと思う。インターネット メールの処理などをして4時半下校。途中のLAMストアでマッチとパンを買って帰宅。シャワーを浴び、洗濯をしてから、夕食の準備。野菜ヤキソバと白菜のコンソメスープ。夕食後日記をつける。これから「在米日本医師の独白」を読んで7:30 就寝。11時目を覚まし、居間で12時まで読書して就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月22日(月) 曇りのち晴れ 23 ℃ 湿度83% バヌアツ滞在417日目
2009/06/22(Mon)
3時半起床。英語の復習。5時から日記。このところ日本の梅雨のようなお天気である。
きょうもどうやら曇りらしい。朝5時からSBS TVでブラジル対イタリアのサッカーの試合を見る。
これまでのイタリアの力が出せず、ブラジルに前半で3-0と一方的な試合となった。朝食後7時アパートをでる。7時25分コンピュータ室で鍵盤と机の拭き掃除。図書室に移動してメールを見る。
今週は中間テストである。今週はテストの立会いだけでボランティア教師に取って休養の週である。
6/24(Wed)10:00からMain Hallで12年生のテストの立会い
13:00から教室27,28で13年生のテストの立会い
6/25(Thr)11:00から教室27,28で別の科目のテスト立会い
6/26(Fri)10:00からMain Hallで11年生のテストの立会い
これから日本=バヌアツの格安航空券を調べる。12:10 8/22関西空港発、シドニー行きの便を探すと格安航空券がフィリピン航空の往復51,000円を筆頭に45便が検索されてきた。
午後もインターネットを見て過ごす。3:30 コンピュータ室のシェイム先生に挨拶して帰る。シェイム先生は中古のデスクトップパソコンをどこからか持ってきて使えるように再生しているようだ。コンピューターを使うことだけでなく、作ることも楽しそうにやっている。明日は少し遅く来ると伝えておく。アパートで荷物を置いて、町へ買物に出かける。最初にエアーバヌアツに出かけ、日本語で挨拶してくれるかわいいバヌアツ女性に8/22のシドニーからポートビラ、8/28のポートビラからシドニーの時間を教えてもらう。8/22(土)はシドニーPM4:20発でポートビラPM8:40着。8/28(金)はポートビラPM3:20発でシドニーPM6:00着で、運賃は往復57,310vtということであった。現在の日本円とバヌアツバツーの交換レートは1円=1.2バツーだから、バヌアツーシドニーの往復は約4,8000円というところか。但し最近はこのほかに燃料サーチャ-ジなども掛かるようだから、たしかなところはわからない。まだ席は沢山あるとのことであった。今日は買物を沢山した。
米、ママレード、マヨネージ、パンプレムース、玉葱、キャベツ、レモン、白菜、キューリ、バナナ、パンである。重たくなったリュッサックを担いでアパートへは5時40分帰宅。夕食はこのところ気に入っている野菜やきそばをつくる。麺を少なめの80gにして、玉葱、キャベツ、白菜、なすを刻んでフライパンに一杯の野菜を炒め、湯通しした麺を炒めた野菜に乗せてソースをかけて絡めて出来上がり。デザートはバナナ。夕食後、日記をつける。これからシミュレーション。8:30先輩からTelがある。いつも携帯電話しか使わないので、使っていない電話で使えるのかどうかと心配していたがちゃんと使えたのでひと安心であった。9:30これからベッドで「在米日本医師の独白」を読んで就寝。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月21日(日) 雨のち曇り時々小雨 23 ℃ 湿度88% バヌアツ滞在416日目
2009/06/22(Mon)
3時半起床。とても湿度が高いが気温が低いので蒸し暑さは感じ無い。16日に切った左手中指の痛みが引いてきた。ありがたいことである。学校でタリスさんからいただいた、パンプレムースを切る。ルビーグレープフルーツと同じである。甘みが少ないと思い、砂糖を小さじ2杯入れていただくが思ったより甘かった。英語の復習を4時過ぎまで。今でも下の道路から人声が時々聞こえてくる。雄鶏も時の声をあげだした。いつもの早朝のSBS TVの音楽と世界の都市の映像と最高最低気温とお天気を見聞きしながら日記をつける。このごろSBS TVは E30 Services is currently scrambled とメッセージを出して中断することが多くなった。4:30 5時15分まで次回のプロジェクトを考える。TVではフェデレーションカップ サッカー番組で練習風景を見る。明るくなって、庭から赤い花を摘んで生ける。朝食はおかゆと野菜スープとなすの一夜漬け。9時半雨の止み間に傘を持ってアパートをでる。
PMCの門のところで、丁度車から降りるセティとドロシーさんに会って握手をして挨拶をする。5週間のオーストラリア旅行でしばらくごぶさたであった。今日の礼拝ではオネスア プリスビテリアン カレッジの生徒さん5人、男子3人、女子2人司会と説教を担当した。引率はディクソン バニバニというパスターであった。来年度からコンピューターを10台入れてコンピュータ教育を始めるという話であった。この学校の創立は1953年とこの国では1番古い学校である。マラポアは1966年創立である。セティさんはこのオネスアで学ばれた。 アンドリュー ナメルからパプア ニューギニアにいる娘さんに写真を送りたいから以前あげた写真をコピーして欲しいと頼まれる。セティさんに礼拝後同僚であなたの本を読まれた方がいます。今度礼拝におさそいしようと思いますと話すと、喜んで来週会いましょうと言われる。笑顔でさよならをして元気をもらう。帰り道、チューストアでパンを買って帰宅。昼食は野菜やきそばとレモンティーとバナナ。そのあとシャワーを浴び、洗濯をして居間の椅子に身体を伸ばして「南太平洋はパーティの花盛り」を読了。とっても示唆に富む、もう一度読んでみたい本であった。そのあと、廣瀬輝夫著「在米日本医師の独白」を読み始める。4時、浴衣の繕い。日本手ぬぐいの2枚目を破れ目に当てて縫い付ける。そのあと、靴下の繕い。夕食は6時半から。ご飯と野菜スープとなすの漬物。バナナ2本。夕食後に日記をつける。7:35 居間で本を読んで9時ベッドに移り就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月20日(土) 雨のち曇り時々小雨 23 ℃ 湿度83% バヌアツ滞在415日目
2009/06/22(Mon)
1時半起床。外は雨。3日連続の雨はめずらしい。英語復習。レモンティーを沸かして飲む。ビジネスシミュレーション。日記をつける。4:15眠くなってきたので、これから横になる。今日は8時から町のごみ拾い。6時過ぎ起床。朝食はパンと白菜となすのスープ、レモンティーとバナナ。雨が止んだので、トングとゴミ袋を持って出かける。8時から女性隊員2名と3人でごみ拾いを始める。8:50までで終了。JICAオフィス周辺のごみを拾いをしてごみが目につかなくなって少し気持ち良くなる。お天気が雨模様で本日のゴミ拾いは先月に続いて中止の連絡があったらしく常連の隊員が来ていなかった。終了後ウォーターフロントのみやげ物の店を訪ねる。店のおばさんに私を覚えている?と尋ねると覚えていると言う。先月テーブルクロスと手提げ袋を買ったのを覚えていてくれる。今日はこれしかないが1枚売ってくれと頼むと笑っていいよと返事をしてくれた。1枚買って新聞紙に包んでもらう。財布の別のお札を見て笑うから、これはマーケットで使うお金と言いわけをする。その後マーケットとボンマルシェにマングー(鯵)を探したが無かった。ココナッツ1個を買ってアパートに帰り、ベランダで海を見ながら甘いココナッツジュースを飲む。それから日記をつける。今日はアパートの玄関にアパートの売り出しの看板が掛かっていた。10:30 居間の椅子に座って鈴木猛著「南太平洋はパーティの花盛り」を読み始める。昼食は12時半野菜を沢山入れたヤキソバを作る。午後も居間で本を読んで少し昼寝する。4時バランダでだし昆布をハサミで切って、ナスを千切りにして塩と千切り昆布を入れた一夜づけを作る。ベランダで朝飲んだココナッツを糸鋸で切ってバスケットを作り、ベランダの物干し紐に干す。夕食は6時半から、白菜と玉葱となすと魚入りのコンソメスープとなすの一夜漬け。出来たてご飯が美味しかった。8時まで本を読んですごす。SBSのワールドニュースを見ていたら、世界一の長寿者が亡くなったと113歳の日本の老人を映していた。今日は一日読書三昧の一日でよく休養できてよかった。20:30 21:10までTVを見てこれから就寝。21:30
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月19日(金) 雨 25 ℃ 湿度85% バヌアツ滞在414日目
2009/06/19(Fri)
3時起床。外は雨。昨日から日本の梅雨のようなお天気でめずらしい。4時まで英語の復習。早くも1-10が終って今日は11,12。今日は金曜日。1週間が今週もあっという間である。
これからメールの準備。雄鶏の時の声が賑やかになってきた。4:11 5時半まででメールの準備を終える。これから朝食の準備。朝食はおかゆと白菜(チャイニーズ キャベツ)のコンソメスープ。昼食はおにぎり。緑茶とレモンティーを作る。7時アパートをでる。コンピュータ室を開けて図書室に移り着換え。NHKラジオを聴きながらインターネットでメールを見る。1通発信。10時コンピュータ室で生徒からの質問を受ける。ラジオ朝1番5時から8:30までを聞く。10:30これからラジオビタミン。日本時間8:30から11:50まで。昼前コンピュータ室でパソコンのディスプレイを拭いていると、ケミストリーの女性教師が来て、見て欲しいという。行ってみるとデルのラップトップでこれまで入力したデータが無くなってしまったという。一度もバックアップ コピーしていなかったそうだ。残念ながら再度打ち直しをするしかないと話をする。12:10 あと1時間のクラスで2時に終了予定。今日は早く帰って、電話代を支払いに行く。2時半小雨の中下校。アパートに荷物を置いて、返却する本を手提げ袋に入れて3:30 電話会社へ支払いに行く。次にJICAオフィスに本を返し、新しい本を探す。鈴木猛著「南太平洋はパーティの花盛り」、渡辺淳一著「鈍感力」、廣瀬輝夫著「在米日本医師の独白」、藤原正彦「この国のけじめ」、堀田善衛著「日々の過ぎ方」、地球の歩き方「ニュージーランド」の6冊を借りる。しばらく離島の青年隊員とおしゃべりをする。早くも1年が経って、逞しくなった感じがした。ご両親が視察に尋ねてくれたそうでなによりの親孝行が出来たようだった。今度は2学期のタームホリディに来るという。今度食事をしましょうといって別れる。雨と風の中マーケットを見て、ボンマルシェへ。入り口で元気な声をかけられる。今日もマングー(鯵)は無かった。チャイニーズストアで買物をしてアパートに帰宅。シャワーをあび、洗濯をして夕食はやきそばと肉じゃが。
野菜を沢山入れ、魚の身も入れたやきそばであった。
夕食後「南国太平記 下」を読了。6月6日から2週間楽しませてもらった。面白い本であった。22:00 就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月18日(木) 雨 25 ℃ 湿度85% バヌアツ滞在413日目
2009/06/18(Thu)
4時起床。朝英語の復習。朝食後6時50分アパートをでる。7時15分コンピュータ室の掃除。図書室に移り着替え。インターネットでメールを見る。雨降る中傘をさして出かける。今日も大阪朝日放送1008は番組表無く、NHKラジオを聞きながらメールの処理。日本も梅雨入りして今日は全国的に雨らしい。生徒が5台の朱色のプラスチックカヌーとオールを出してきてこれから海に出るという。楽しい祭日の過ごし方をしている。9時までで作業を一段落してこれから帰宅。朝の雨が上がり明るくなってきた。今日はナショナルホリディで学校は休みである。バヌアツのカレンダーにも載っていなかったので知らずに出て来てしまったがインターネットが出来るのがありがたかった。9時まで図書室の自席でNHKのラジオを聞きながらインターネットをして下校する。途中で傘を手に提げた生徒と出会い傘を学校に置いてきた事を思い出して生徒と一緒におしゃべりをしながら戻る。アンバエからきたという生徒が、今日はシェファ州のナショナルホリディだという。シェファ プロビンスの属するのは首都があるエファテ島、トンゴア、ヌーナ、マタソー、トンガリキ、エマエ、エマオ、イフィラなどの島々からなる。アンバエはペンテコステなどと別のプロビンスで7月にプロビンスのナショナルホリディがあるという。学校に戻ると、シェイム先生の車があったのでコンピュータ室を覗くといた。来週の試験の準備をしているという。今日の午後、レレパでナショナルホリディのお祭りがあると誘われる。午後2時ごろアパートに迎えにきてもらうことにする。アパートに帰り、荷物を置いて、町へ買物に出かける。魚屋でマングー(鯵)を探すがないので、ピゴーとストロング スキンを買う。JICAオフィスによって赤いハブラシ2つもらって帰宅。魚を煮付けにして、しゃわーを浴び、洗濯をして昼食。昼食後日記をつける。1:55 そろそろ迎えに来る時間を居間の椅子で「南国太平記 下」を読みながら待つが結局尋ねてこなかったようだ。途中昼寝をしてしまった。丁度良く休めたのでよかった。今日はバヌアツにはめずらしくほぼ一日雨で湿度も高くまるで日本の梅雨のようなお天気であった。夜6時半ピゴーの煮付けと白菜のお汁の夕食。デザートはパパイヤ。現在夜10時雨が降っているようで下を走る車の音が濡れた道路を走る音である。今日は午後から「南国太平記 下」の549ページまで読む。もう少しで完結である。これからベッドに横になり就寝。22:05
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月17日(水) くもり 25 ℃ 湿度85% バヌアツ滞在412日目
2009/06/17(Wed)
2時半起床。英語の復習をして4時から日記をつける。外から虫の声が聞こえる。日本の秋の風情である。今日も7:40の1時間目から4時で終る7時間目までで途中の2時間目(8:40-9:40)と6時間目(14:00-15:00)がクラスの無い一日である。今日は午後のクラスが無い時間にインターネットでパソコンのACアダプターと電源を買いたいと思う。いつもパソコンと一緒にコードを持ち歩いていたので、コードが切れてしまった。いつもそのたびごとにコードをACアダプターに丁寧に巻いていたのが悪かった。長い間に金属疲労を起こしていた。同じことは先輩のところでも起こって最近この国のパソコンショップで注文してオーストラリアから取寄せたそうである。パソコンのACアダプターがなんと、20,000vtもしたそうである。今日買おうと思うのは、インターネット ショッピングで1000円ぐらいで買いたいと思う。遠く離れたこの国でもラジオもテレビも見聞きでき、買物もできるこれ全てインターネットのおかげである。スカイプは日本と2時間の時差が大きいので利用はしていない。雄鶏の時の声が賑やかになってきた。今日やることを考えてみる。6時50分アパートを出てコンピュータ室に7:15。掃除をして鍵盤など拭き掃除。ジョセファが入ってきたので、最近見かけないルイサのことを尋ねると2学期からこの国唯一の大学のUSPへ行っているとのことであった。この国では卒業を待たず大学へ進学することも出来るのである。よくできなければ出来ないことであろうが、12年生を終えるとUSPへ進学する生徒もいるらしい。昨年12年生だったジョシュアの
お嬢さんは今年からニュージーランドへ行ったという。生徒が抜けていくというのは寂しいことでもある。昼休みNHKラジオビタミンでイラン出身で日本で活躍を始めたサヘル・ローズさんの話を聴きながら過ごす。これから12年生のクラスを見る。12:52 EXCELのデモの課題をジョシアンと一緒にやってみる。2時前図書室に戻る。3時から最後のクラス。生徒と一緒にタイピング テストをしてみていると、いろいろ問い合わせが来るのでその度に中断させられる。4時過ぎ下校。一旦アパートに帰り荷物を置いて町へ買物にでる。肉屋でタンを買いに行くと、量り売りはしないで、牛一匹の舌1枚ごとに450vtだという。計ってもらうと850gぐらいある。全部を食べきる考えをしていなかったので、今日は買うのを見合わせる。5時40分アパートに戻り、シャワーを浴び、洗濯をしてから、夕食。野菜を刻んで炒めツナ缶半分いれてやきそばの具にする。やきそばとレモンティーとバナナの夕食。
夕食後7時のNHKワールドを見る。7:30まで日記をつける。結局パソコンのACアダプターは送料込みで1,183円で購入できる。これからベッドで読書をして就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月16日(火) くもり 25 ℃ 湿度80% バヌアツ滞在411日目
2009/06/16(Tue)
2時半起床。4時まで交易について考えてみる。ものの高いバヌアツであるから、ものによっては日本で買う値段の3倍ちかくするものもある。これが交易を生むもとになる。バヌアツは日本から見ると世界で一番運賃のかかる国である。たとえば、日本の小型車一台日本から運ぶのに20万円かかるそうだ。地球の裏側のブラジルへはもっと安く運べるという。お金持ちの新車を買える人にとっては、大したことではないかもしれないが、安い中古車をほしい人にとってはこの運賃は大きい。物を日本から送ると、バヌアツの通貨であるバツーで10000vt以上には約25%の関税がかかる。日本円とバヌアツのバツーは現在1円=1.2バツーの勘定になる。仮に日本から、2Kgで50,000円のパソコンを航空便でバヌアツに送るとすると運賃で約10,000円,税金で約17,500vtかかってしまう。日本で買った50,000円のパソコンはバヌアツ人にとっては、(50000+10000)X1.2+17500=89500vtの値段になってしまう。
これは原価であるから、粗利を10500vt入れるとすると100,000vtということになる。これでは、普通のバヌアツ人には高嶺の花で手が届かない。この国では今まさにラップトップパソコンが普及を始めてきた年だと思う。その大きな要因は、インターネット回線のスピードが少し速くなりなんとか使えるスピードになったことが挙げられる。昨年4月に赴任したとき、学校のインターネットでは回線が遅くて、グーグルの検索がやっと出来るぐらいで、メールは1通処理するのに10分かかる始末であった。ところが昨年新たな電話会社が出来てインターネット料金が安くなり、回線スピードもなんとか使えるスピードになってきた。学校にはデスクトップ用パソコンが教師用コンピュータ室と生徒用コンピュータ室にあり使われているが、自分の家でも、学校でも使える自分のノートパソコンは先生のあいだでも感心が高いようだ。5時これから朝食の準備をして、英語の復習。7時トングをリュックサックにぶら下げてアパートを出る。7時半学校の前庭のゴミ拾いをする。大きめのビニール袋に一杯のごみを拾い、前庭が少し気持ちよくなる。コンピュータ室を開けると、ピーナッツの殻が床に落ちている。モップで掃きだす。キーボードをウェットシートで拭き掃除をする。コンピュータ室の掃除も終えて、図書室に移り日記をつける。8:03 朝、大先輩からありがたいメールが届いていた。早速やってみると、NHKラジオが聞けるようになって、NHK TVも見れるようになった。しかしこれまで聞けていた大阪朝日放送ラジオが番組一覧から消えて聞けなくなっている。これは昨日から気がついたことであるが、昨日からNHKラジオとNHK総合第一テレビが番組一覧に始めて出てきたのだが、その一方これまで番組一覧にあった1008が消えてなくなっている。仕方なくまたお尋ねすることにする。
今日も午後から11年生のタイピングのテスト。
4時で終わり4時45分下校。アパートでダリルさんとおしゃべりをする。薄暗くなった町へ買物に出かける。マーケットを覗いて、いつも柔らかな美味しいパンを2本買って6時過ぎ暗い中を帰宅。シャワーを浴び、洗濯をしてから、今日も野菜やきそば。デザートはバナナ2本。夕食後、日記を付けてからベッドで横になって「南国太平記 下」を読みながら就寝。20:30
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月15日(月) 小雨 24 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在411日目
2009/06/15(Mon)
2時目を覚ましベッドの中で「南国太平記 下」を読み3時起床。4時過ぎまで英語復習。それから日記をつける。TVをつけると、SBS TVで中国の戦国時代のドラマであった。雄鶏の時の声が賑やかになってきた。これから食事の準備。SBS TVでニュージーランドとスペインのサッカーを見る。6時50分アパートを出てコンピュータ室に7:15。机の上の拭き掃除をして7時半図書室の自席に移る。8時コンピュータ室を覗く。ペイントをしている生徒が多く、EXCELに取り掛かっている生徒はいなかった。8:25 午前中図書室で過ごし、午後11年生のタイピング テストをする。しばしば電源が落ちて生徒が使えなくなる。1時間のクラスで2回のテストが終らなかった生徒も何人かいた。どうにか1時から3時までの2クラスのテストを終える。ジョセファは桁違いに早くて驚いた。自分のタイピングのスピードは18WPM(ワード パー ミィニィト) つまり1分間に18語の入力スピードであったが、ジョセファは43WPM,シェイム先生も同じぐらいのスピードであった。普通の生徒のタイピング スピードは5WPMから15WPMであった。4時半下校。5時アパートに帰宅後、町へ買い物に出かける。JICAオフィスに寄り郵便物をとる。先輩から昼食会の写真があった。マーケットで買物をしてパンを買って6時帰宅。ダリルさんに早速写真を届ける。写真を喜んでもらえるかと思ったらダリルさんから思いがけない話を聞いて驚いてしまう。なにか自分で出来ることはないかと考えてみる。シャワーを浴び、洗濯をして、夕食は野菜やきそば。これまでで一番たくさん野菜を入れて一番美味しく出来た。ようやく異国で見つけた細いスパゲッティで作るやきそばの決定版が出来たと気を良くする。夕食後、ココナッツ ジュースを飲み、バナナを3本いただき、日記をつける。 これからベッドに横になり「南国太平記 下」を読み22:30就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月14日(日) 小雨 24 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在411日目
2009/06/15(Mon)
ただいま0:10。下の建物から今日も賑やかなミュージックが流れてくる。なんとビートルズである。
ビートルズというといつも思い出される友がいる。今は札幌か。東京か。彼ならこの歌のタイトルがすぐ出てくるのだが、自分は忘れた。昨年成田を出発の際、見送りに行きたいが、札幌での約束があって残念だが見送りに行けないと連絡があった。彼とは就職して毎週、水曜会といって昼食を集まって霞ヶ関ビルで食べていた。私の勤務先は国会議事堂に近く、彼のは虎ノ門にあった。その後彼の影響で、役所を1年で切り上げ、会社に移った。役所では将来最低部長になれるのにと引き止めてくれたが未練は無かった。彼はその後、社長にまでなったが驚くことはなかった。謙虚でユーモアのある思いやりのある優しい人であったし優秀でもあった。特に英語は大学時代からサークルに入っていて、不自由していなかった。会社では早くから将来の幹部候補生として扱われていて出世は早かった。蔵王のスキーに行ったり、町田グランドでよく野球をして遊んだものである。札幌五輪で日の丸が3本揚がった70m級ジャンプの表彰式は彼の部屋に泊まって見ていた記憶がある。これから遅い夕食。ご飯と昨日のおかずで1つ取っておいた鯵の南蛮漬けと、先日作っておいた塩こんぶをいただく。3時ごろまで「南国太平記 上」を読了。それから就寝。島津斉彬が英明な人物であったとは知っていたが直木三十五は生き生きとよく書かれていてそれを再認識させられた。久光に対してはこれまであまりいい印象を持っていなかったが、斉彬と久光が腹違いの兄弟であったにもかかわらず、仲が良く、弟久光は兄を尊敬していたらしいことを知った。調所笑左衛門は名前だけを知っていた薩摩藩の執政であったが、この人はもともと茶坊主であったという。才能が認められ最後は薩摩藩の家老(今の首相)まで登りつめた人物である。自裁したことになっているが、その20年前の先代の重豪、現藩主斉興から藩政を任されてから、朝5時から夜12時まで働いたという。ここ10年で藩財政を建て直し、東京。大阪・鹿児島にそれぞれ100万両づつ合計300万両の金を蓄え、1,2年は全国を相手にしても戦争が出来るといった金持ちの藩にしたそうである。主な財源は幕府が禁止していた、琉球を経由して行っていた外国との密貿易で金を稼いでいたらしい。一応外国との貿易は禁止にしていたが、実体は、各藩でひそかに外国貿易をしていたのは、おおめに見られていたふしもある。先代の重豪は娘を将軍に嫁がせているがこの藩力も背景にあったのかもしれない。重豪の新しい物好きで、藩の金を無くしたのを見て、現藩主斉興と調所は財政再建に注力した結果、金持ちの藩に持ってきたが、斉彬が祖父に似て新しい物好きなのを見て、斉興は、長男斉彬が40才になっても家督を譲ろうとはせず、実権を持ち続けた。当時長男が20歳になれば、家督を譲り、隠居するのが普通だったそうだ。妾の由羅が産んだ弟の久光を斉興の次の当主に据えようという由羅派と世子斉彬を押す主として若者を中心とした派が薩摩のお家騒動と言われるものである。9:22 これから教会に出かける支度をしよう。9時40分アパートを出る。教会には9:55着。カリ ファトコが司会。若い人がビシュラマ語で説教をする。聖歌は2グループだけで11時10分に礼拝が終る。センターポイントはどうやら閉店になるらしい。アパートに帰りシャワーを浴び、洗濯をする。パソコンを入れているクッションケースを始めて洗濯する。昼食は1時過ぎ。3合のご飯を炊く。美味しくご飯が炊けて、スープと塩こんぶでベランダでいただく。昼食後、居間の椅子に座って、「南国太平記 下」を読み始める。本のカバーが破けて傷んでいたので、糊で紙を貼って修繕する。この本がこの先も多くの隊員を楽しませてくれることであろう。4時までで75頁まで読んでから、デザートのパンプレムースとパパイヤとバナナのフルーツをベランダでいただく。ダシ昆布をハサミで細く千切りにする。醤油と水で鍋で煮込んで最後に砂糖とみりんで塩こんぶを作る。パソコンのクッション ケースが見違えるように綺麗になった。今日は穏やかな良い天気になった。バヌアツ人は寒いという人もいて、長袖、長ズボンをはく人が増えたが、日本の秋の感じで日中は30度近くまでなるので、相変わらず、半袖、半ズボンで丁度いい。1年中半袖、半ズボンで過ごせるので楽である。この1週間はお天気がパットしなかったが、今日は日ざしがあって午後に鳴るに従って雲が少なくなってきた。昨日の美女お二人はバヌアツ最後の一日を忙しく過ごしたことだろう。自分の来年の3月22日の月曜日はどうして過ごすことになるだろう。3月23日が帰国予定日である。なにはともあれ、無事にその日を迎えられるようにと思わざるをえない。以前残り6か月で帰国した先輩があった。帰国理由は健康上の問題であった。とても几帳面で土曜、日曜日も仕事の準備に明け暮れたと聞く。日本の職場ではエリートサラリーマンであったらしい。シニアボランティアは2度目の経験者で1回目の成功体験に裏打ちされた2度目の仕事であとわずか6か月で身体をこわされた結果である。職場の人間関係が何より大きな問題になるケースが多いように思う。
その点、尊敬出来る人々がこの国にもいることを知って自分はラッキーだと思う。もうほぼ9か月になってしまった。17:45 6時夕食はおかゆにして、野菜スープと塩昆布でいただく。夕食後居間の椅子で本を読む。夜には星が出ていた。。20:30 ベッドへ就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月13日(土) 小雨 25 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在410日目
2009/06/15(Mon)
2時に起床。大きなパンプレムースをむいて中の実を取り出す。3個をむき終わるまで45分かかる。実のきれいな塊のあるパンプレムースと実がほぐれて汁気の多いものと2つの鍋に取り分ける。次にパパイヤを切リ、バナナを10本切り、汁気の多い鍋に入れる。最後にレモンを絞ってかけて、鍋に一杯になったものを冷蔵庫で冷やす。次に買ってきた発砲スチロールのお椀20個を水洗いして、冷凍庫に入れる。夜中一時雨音がしていたが今は止んでいるようだ。しかし雨でガーデンのバーベキュー用に置いていたマキはすっかり濡れてしまい、どうやら庭でのバーベキューは出来ないだろう。しかたないので、今日のステーキと野菜は昼前に部屋で炒めることにしよう。もし雨が降っていなければ、ガーデンで食事をする。雨であれば、昨日ダリルさんと相談して下のピロティーの工作室を使わせてもらうことにする。 大きなテーブルを使い椅子は寄せ集めて10個揃える目処もつけた。テーブルの上にかけるテーブルクロスも持っていこう。今日は7時半にマーケットに出かけて大根を探そう。先週大根を売っていたおばさんが金曜日の夕方大根を持ってくると行っていたので昨日探したが見つからなかった。それと牛肉を買ってきて、10時ぐらいから焼き始める必要がある。マグロの刺身は9時からは始めなければならない。つまの大根が無ければ、レタスとタマネギをリング状にスライスしたものを水洗いして添えることにする。大根おろし、しょうゆ味のステーキのたれが作れないのは残念であるが仕方がない。刺身を食べれない人もいるだろうから、まぐろの半分は、フライパンで塩コショウで炒めることにしよう。プレゼントのバスケットの花は忘れそうだから明るくなったら、ハイビスカスともう1種類、赤い花を取ってきて飾っておこう。4時半になった。これから英語の復習。昨年11月から始めたNHKテレビ 100語でスタート英会話の4回目の復習の99,100が今日である。1周りが50日で完了する計算だ。前回終了したのは、4月24日金曜日、それから50日。今日6月13日で4周りが完了である。何事も続けることが肝心で、継続は力なりという言葉もある。次回の完了予定は8月2日頃である。このブログにも3月から企業の広告が掲載されるようになった。留守家族のために始めたのであるが、読んでくれている人が居ると判断されての広告掲載なのであろう。リンクの依頼もくるのだが、申し訳ないが風呂敷を広げたくないのでなにもしていない。いつも来る熱心なやんちゃなコメントだけは、その都度、消させていただいている。日記は毎日続けることが大事であるが、もう30年続けていた日記はこのブログ日記だけで今年からは空白が目立つ。ブログ日記と手書き日記と両方書くのは諦めて手書き日記はMust Doだけ書く様にしている。
TVを点けるとSBS TVで世界の都市の映像と歌が流れてきた。朝6時50分までのこの番組が慰められる。
衛星写真の世界地図主要都市の最高、最低気温を眺め、世界の主要都市の映像を見ているとどこもが身近に感じられてくる。5:00これから最後の99,100回めの復習。6時50分NHKニュースを見る。鳩山邦夫が総務大臣を更迭される。日本郵政の西川が社長を辞めるのが本当だと共産党は言っていたが、元幹事長の武部はこれで良かったと言っていた。本心では郵便局民営化に反対だった阿呆であるが、何故辞めさせたのかよく分からない。7時半アパートを出てマーケットへ。大根とレタスを買って肉屋へ行き肉を6枚買う。小雨の中アパートへ帰宅して、パンプレムースと大根のサラダを作る。次にステーキを焼き、野菜炒めを作る。10時半先輩が来られる。11時半ご飯のスイッチをつける。12時過ぎ雨が降り出す中でガーデンで昼食。ダリルさん家族、タリスさんご夫妻も参加してくれて昼食。ゲストのお二人とも、すごい、美味しいと言って喜んで食事をしてくれた。タリスさんから2人にそれぞれの名前が織り込まれたパンタナスのバッグがプレゼントされた。とてもいい子でかわいいレンジョーを真ん中にして2人の美女と先輩とで記念写真を撮る。2人とも、もうこんなかわいい子を見れなくなるのが寂しいと言っていた。3時すぎ2人の美女と今度は日本で会いましょうと言ってさよならをする。3時半まで先輩とおしゃべりをする。食器をあらって日記をつける。4:35 ベッドで横になって本を読ん就寝。 10時目を覚ます。お箸、ナイフ、フォーク、スプーン、食器をフキンで拭いて食器棚にしまう。デザートのフルーツをいただく。
今日はあいにくの小雨であったが、なんとかガーデンで昼食会を終えることが出来た。
2年の任期を無事終了してあさって帰国する2人も食事を美味しいといってくれ、今日の昼食会をとても喜んでくれて幸せであった。タリスさんも、ダリルさんも、先輩もみんなで盛り上げてくれた。少し残った料理はドミに持っていってくれて、タリスさんも家族に持って行ってくれて、これまたあり難かった。前回帰国された川口さん、山田さんご夫妻とは、日本料理レストランで送別のひと時を過ごさせていただいたが、今回はバヌアツ人にも送別会に参加いただいて、日本の手料理を味わっていただくひと時を過ごすことができて楽しい思い出になった。次回は8月に調整員ご家族、9月には6人の青年隊員と1人のシニア隊員が任期を終えて帰国する予定である。再び任期満了をお祝いして労をねぎらう食事会を考えてみよう。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月12日(金) 小雨 25 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在409日目
2009/06/15(Mon)
1時目を覚ましベッドで「南国太平記 上」を読んで過ごし、3時起床。
日記を付けて、現在5時41分。これから朝食の準備。朝食はパンと野菜炒めとレモンティ。野菜はキャベツ、玉葱、なす、人参を細く刻む。デザートはパンプレムース半分。6時50分のNHKニュースを見る。株価が8カ月ぶりに10000円を一時回復したという。東北地方も梅雨入りしたという。新型インフルエンザが寒くなった国で流行ってきたという。8時に部屋を出て、ダリルさんを訪ね包丁を研ぎたいがグラインダーを持っているかを聞いてみると持っているという。昼食後に貸してもらうことにする。これで切れ味の鈍くなった洋包丁と出刃包丁を生き返らせることが出来るかもしれない。町へ買物に出かける。マーケットを覗いてボンマレシェを覗いて米などを買う。まだ鯵は店に出ていなかった。夕方出かけてその時マグロと鯵と大根とナスを買うことにする。肉屋に行って目当てのタンが無いので尋ねるとタンは水曜日の3時に入荷するだけだと言う。タンの焼肉計画があえなく幻となる。仕方なく、マーケットを一回りして、ピーマンとココナッツ10個を買って帰る。こうなれば仕方がない。牛肉のステーキを8枚買うことにする。ステーキは2つに切って1枚約60gのものを16枚にして10人でいただくことにする。多分日本人4人は1人1枚しか食べられないだろう。外人6人には2枚づつの割り当てにする。9時にアパートに帰り、シャワーを浴びて、洗濯をして、9時半から11時まで居間の椅子に寛いで「南国太平記 上」を読む。それから日記。午前中は小糠雨が降る。明日はお天気になって欲しいがどうなることか。昼食もパンと野菜炒めとレモンティー午後3時ダリルさんを尋ねグラインダーを貸してもらう。3本を研いでよく切れるようになる。昨夜マーケットで会ったセセに電話すると10分で迎えに行くと言う。3時半アパートまで黄色いバスで迎えにきてくれる。マーケットでナスを買い、大根を探すが見つからない。ボンマルシェで鯵を探すが無い。マーケットの駐車場でフランス語教師のジャンシー バニを見かける。セセもジャンシーもアンバエの出身で知っていると言う。ボンマルシェ No2まで鯵を探しに行くと売っていた。11匹買ってセセのNo3のお宅を訪ねる。マグロを切ってもらい800gを別けてもらう。1Kg 800vtとのことで、640vtを支払う。親切にもメンジスまで送ってくれる。途中で奥さんのヘレンさんを乗せて、おしゃべりをしながら送ってもらう。ゆきえさんとは小学校教師をしていた時の同僚で知っているという。明日そのゆきえさんのための昼食会の材料がこのまぐろだと話をする。セセは小学校教師を辞めて、バスの運転手と時々魚をマーケットに売りにいくのだという。家には大きな冷凍庫を持っていてその中に沢山大きな魚が入っていた。5時過ぎメンジスまで送ってもらいすぐ鯵の南蛮漬けを作り始める。8時出までで11人分の南蛮漬けが完了。刺身にするのと、フルーツのサラダと盛り合わせは明日作ることにして、米だけ8合分、5合と3合に別けて水洗いしておく。これから明日の参加者のための、名簿つくり。8:45 9時半までで明日の昼食会12人の参加予定者の名簿を印刷完了。これから明日のプレゼントの準備。それからベッドで本を読んで22:00就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月11日(木) うすぐもり 25 ℃ 湿度85% バヌアツ滞在408日目
2009/06/11(Thu)
1時半に目を覚ます。ベッドの中で「南国太平記 上」を読んで3時起床。
おとといいただいた手紙のお礼の手紙に札幌独立キリスト教会の創立125年記念号に載せてもらった記事のコピーを同封する。今日は1時間目のクラスが無い唯一の日だから、朝7時半に郵便局に出しに行こう。そのあとパソコンが起動するまでとても時間がかかるようになってきたので、常駐ソフトを外すことにする。思い切ってIMEとデジカメ読み取り以外はSkypeなどをはじめとして全て外してみると、期待以上に早くなった。こんなに早くなるのだったら、もっと早くしたらよかった。
あとでデジカメ読み取りも外すことにする。IMEだけですっきりするだろう。
今日は早くも木曜日。今日は午後11年生Dクラスのタイピングのテスト。
今日は夕方、ココナッツとフルーツを買っておく。明日の夕方は魚と肉を準備しなければならない。これから英語復習。6時50分からNHKニュース。日本のCO2削減目標が2005年比率で2020年に15%減というのが最初のニュース。7:15アパートを出て郵便局へ7:33。扉が開くまでしばらくのを待って郵便を出す。7:45アパートに戻って学校へ。コンピュータ室の掃き掃除と拭き掃除をしていると、元気な11年生が「こんにちは」と言って入ってくる。8時40分図書室に移動して着替え。インターネットでメールを見る。9:23 午前中図書室で過ごす。昼休みコンピュータ室の整理。午後3時前からメインホールで今日はニュージーランドから演劇団が来て生徒に劇を見せていた。昨日と違って面白い内容らしく時々生徒が笑っていた。おかげで3時からの11年生の実習は開店休業状態だった。タリスさんから、レイパコアさんが土曜日の昼食に参加出来なくなったと話がある。土曜日にヌーナのゲストハウスにお客さんがあるという。そこで、シェイム先生にもし妹さんの都合が良ければ土曜日一緒にくるよう誘ってみてほしいと話をする。シェイム先生は両親と男子1名女子2名の3人兄弟の5人家族であったが下の妹さんが養子に出ていてそのジョイリンはマラポアカレッジの12年生です。お兄さんのシェイムにコンピュータを教わっています。いまではシェイム先生の家では他から3人ほど養子が一緒に住んでいて家族は7人だそうです。シェイム先生の両親共にマラポアカレッジの卒業生だそうです。最近はニューカレドニアから輸入したというフランス製の乗用車に乗って学校に来るようになったので、おとおさんは金持ちなのかと聞くと、金持ちではないが役人と自営業の2足のわらじを履いているということでした。以前JICA事務所で約10年働いていたバヌアツ人はバヌアツ人としては1番
高給取りのJICA事務所の現地スタッフでしたが、この人は衣料品の店を2店舗経営していました。
このように2足のわらじを履く人がこの国には多いようです。5時前にコンピュータ室に寄ると、演劇が終って戻ってきた生徒がまだコンピュータに向かっていた。シェイム先生に挨拶をして下校する。
5時過ぎアパートに帰り荷物を置いて町へ買い物に出かける。明日ナショナルホリディで休日ということを今日知ったので明日マーケットが開くのかどうか確かめにマーケットを覗いてお店のおばさんに尋ねる。明日も店は7時ごろから開くという。尋ね終わって後ろを振り向くとマラポアカレッジの女教師が2人微笑んで聞いていたらしい。魚屋が来ていたのでクーラーの中を見ると、嬉しくなるような大物が入っていてまだ売れていないという。なんと80cmぐらいのマグロとバラクーダ、60cmぐらいの鯛があった。マグロも鯛も1Kg当たり800vtで秤売りだという。バラクーダは1Kgあたり650vtだという。早速計ると3Kgを少し越えていて、2,480vtだという。ボンマルシェに行って見て、今日も鯵があることを確認する。明日鯵を10匹買って南蛮漬けにすることにしている。日本人は1匹丸ごと唐揚げでも食べるが、今回は外人に食べてもらうため3枚に下ろして食べやすく身だけを揚げてつくる予定だ。明日の鯵はゲット出来ると見通しをつけ、もう一度マーケットの魚屋を尋ねる。土曜の昼食に刺身を作りたいので明日またマグロを取ってきてほしいと話をする。しかし1匹は量が多すぎるのでこの半分でいいと伝える。今日は魚屋は切る物を持ってきていないというので、明日包丁を持ってくると伝えると、魚屋のセセが名前とディージーセルのモバイルホンの番号を書いてメモを渡してくれる。そこでこちらの番号を書いていい魚が取れたら電話してくれと頼む。とにかく明日4時にはまたここにくると言う。昼食会のメインディシュは牛肉ステーキを考えていたが、新鮮マグロが手に入るならば、刺身を出せるから牛肉ステーキは見合わせて、牛のタンを薄切りにして鉄板焼きに変更しよう。この方があっさりして塩味で美味しく食べれるだろう。刺身のつまは大根の細切りとタマネギの輪切りスライス。わさびも少しある。日本人が招待する昼食に来て刺身が出なければ、外人にがっかりされるかもしれない。あのマグロの半身が手に入れば、2つの大皿に刺身を盛り合わせて出せるであろう。
そうなると、ご飯はわざわざおにぎりを作る必要はなくなる。出来たてご飯で十分である。刺身がでるとなるとどうしてもご飯がすすむだろう。10人分を5合だきではまず足らなくなるだろう。土曜の朝6時8合の米を水洗いしておいて、11時25分に5合の米でご飯のスイッチを入れると45分にはスイッチが切れるだろう。10分蒸らして11時55分にご飯をよそったら出来たての一番美味しいご飯が出来る。12時からおかわりようの3合を入れてスイッチを点けることにする。12時半にはおかわりのご飯がたけている。12時に前菜のフルーツ、ご飯、刺身、鯵の南蛮漬けを出す。この仕事は先輩と2人の美人にしてもらう。これを運ぶお盆が無いのでダンボールの梱包の箱から2つのトレイを作ろう。私は来たお客さんを玄関まで迎えに行く係りである。タンのスライスとキャベツ、タマネギ、なすの野菜は刻まずにそのまま、バーベキューコンロの脇に置き、焼く都度刻むことにする。
バーベキューコンロ脇には、塩、コショー、サラダオイル、まな板、トング、御箸、包丁、雑巾、マッチ、古新聞の準備が必要。マキはダリルさんが使ってくれと、沢山積んで置いてくれている。最後のフルーツは冷蔵庫から取り出して冷たい物を賞味してもらう。
食事が始まったら、肉を焼くはじめるが、タンにはあらかじめ塩こしょうを振りかけておく。
ここで、包丁の切れ味の悪いことが気になってくる。仕方がないので、今日ダリルさんに包丁を研いでもらえないか相談に行くことにする。大家のダリルさんはいろいろ上等な機械を持っているので、グラインダーもあるかもしれない。グラインダーを貸してもらえれば、日本ではいつも包丁を研ぐのにグラインダーを使っていたので自分でもできる。生マグロの調達の希望が出てきたことで、楽しみが増える。マーケットで笑顔でヒロと声をかけられた。咄嗟には思い出せず、しばらく話していて、イリリキ リゾートで働くオーガスト トムであった。1999年マラポアカレッジに入学し2002年からサントのマテフルカレッジで学んだ青年である。明日も釣りをするかと聞かれたが明日はしない。料理の準備だと答える。マーケットでパパイヤ、パンプレムース、キャベツを買って6時過ぎアパートに帰宅。シャワーを浴び、洗濯をして、夕食は4夜連続の野菜やきそば。野菜はキャベツ、玉葱、ナス、人参。麺は80g。夕食後8時半ベッドで「南国太平記 上」を読んで就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月10日(水) うすぐもり 25 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在407日目
2009/06/10(Wed)
1時半目を覚まし、ベッドで「南国太平記 上」を読む。大井川の川渡りの記事が面白かった。思い出すと山本一力著「長い串」でも大井川の川渡りを待つ間に相撲をとる場面があったのを思い出す。
この時代東海道の難所がこの大井川であったことを改めて知らされる。ここを越えればあとは京・大阪までどうということはなかったらしい。3時半起床。昨夜買ってきたパンプレムースを半分切っていただく。みずみずしくてとても美味しかった。
最近新しいことを教わり一層日本が近くなりました。学校でインターネットが使えるので、日本のラジオ、テレビが同時放送でパソコンで見聞きできるのです。NHKは見れないのですがもっぱら、日本時間朝6時半からの大阪朝日放送の「おはようパーソナリティ 道上洋三です」を聞いています。バヌアツ時間では8時半からはじまります。私は子供のときから阪神タイガースのファンですから、この放送ももっぱらタイガースのニュースですから心地よく聞けます。昨日雨がふらなかったにもかかわらず、関西地方に梅雨入りが宣言されたとこを知りました。今日は梅雨らしく雨のお天気だそうです。そろそろ、梅酒や梅干づけの季節だということを聞きました。一昨年は日本で梅酒を二瓶作りましたが、梅酒は昨年の春の出発までに全部飲んできました。日本語のおしゃべりは、昨日も道で歩いていると、こんにちは、こんばんわとバヌアツ人に日本語で挨拶されました。車に乗っている人や運転手からも声をかけられます。町で日本人、そのほとんどはJICAの隊員など関係者ですが、とおしゃべりをする機会は毎日のようにありますから、孤独感は日本にいた時に感じたほどにはありません。私の図書室の部屋は、大きな机と椅子があって、エアコンの効いてインターネットが使える学校では一番いい場所を与えられています。私が居ない時は皆その椅子に座りたがります。時には校長先生が座っています。その机にIBM のノートパソコンを置いて使っていると、多くの先生方が同じパソコンを欲しいと言ってきます。いろいろバヌアツ人にしてあげて喜んでもらえることがあることが、日々の生活の味付け、スパイシーとなり、毎日いろいろ考えさせられ、新たなチャレンジとなります。 
今5:30これから英語復習。6時過ぎ朝食。朝7時過ぎアパートを出てコンピュータ室に7時半。机の上、鍵盤、モニタースクリーンを拭き掃除をして、図書室に移り着替えをする。8:00
今日は午後、若い男女の白人の芝居人がメインフォールに来て暗幕を付けて、2時過ぎから芝居をするのを生徒と一緒に見る。午後2時半13年生の生徒がWordで作ったデータでグラフを作るのを聞きに来る。コンピュータ室で一緒にやって見せる。シェイム先生から2006年の生徒のExcelデータをこぴーしてもらう。タリスさんに1997年以降の生徒データの準備をお願いする。マリーに話しにいったら、どこにあるのかこれから探すそうだ。とりあえず、1997年1年分を来週から入力したいと話す。
4時過ぎ下校。荷物を置いて町へ買物。JICAオフィスによって郵便物をとり町へ買物。ボンマルシェで鯵が沢山並んでいたので、金曜日にあれば夕方買って夜のうちに南蛮漬けをつくることにする。
アパートに帰り、シャワーを浴び、洗濯をして、夕食は3夜連続の野菜やきそば。デザートはパンプレムース。土曜日の食事に出すおにぎりの具の塩こんぶをだしこんぶから調理して作る。
8時ベッドで「南国太平記 上」を読んで就寝。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月9日(火) うすぐもり 25 ℃ 湿度84% バヌアツ滞在406日目
2009/06/09(Tue)
夜中1時目を覚まし、ベッドで読書。2時起きてメールの下書きをする。日記を付けて4:30これから英語の復習。今日は月がまだ見えない。6時50分からNHKニュースを10分見る。日本郵便社長人事が焦点になっているらしい。昨年6月8日の秋葉原通り魔事件で7人が殺されたニュースと中央大学教授殺傷事件を振り返っていた。いつものようにコンピュータ室の拭き掃除をして図書室へ行き着替えをする。
インターネットを見ると、パキスタンからJICAの協力隊員が引き上げるというのを見る。誠さんが物理教師として1年間のボランティア活動をパキスタンのラホールでされたが今にして考えると、1年の期間で活動されて良かったと思う。2年であったら、多分悔いを残す活動になったのではないか。午後の1時からコンピュータ室をみる。3時から最後のクラスを見る。昨日に続いて少し降りそうな天気模様になって来た。4時すぎまだ大勢の生徒がコンピュータ室に残っていたので終ったあと戸締りを頼んで下校する。帰宅後町へ買物に出かける。JICAオフィスに寄ってパソコンを借りて印刷をする。カラーインクは色が出ないので仕方なく白黒で印刷する。郵便物を棚から取って、町へ。マーケットで食料品を買って暗くなった道を歩いて6時帰宅。夕食はキャベツ、ナス、玉葱を刻んでやきそばを作る。野菜を刻んでいるとき、ダリルさんが昨夜に続いて部屋を尋ねてこられる。昨日の工事の続きを今日もしたと、工事の説明をしてくれる。私の部屋の台所の蛇口も交換したという。言われて初めて気が付いたが、見てみると確かに蛇口の金具が新しい。どうも水道の栓がいたんでいて、空気のもれがあって騒音が発生していたらしい。詳しくダリルさんが説明してくれるが、細かいことは理解出来ないのであるが、とにかぬどうやら騒音の出る心配は無くなったようで、嬉しくなりダリルさんにお礼を言う。今日は肉を止めて、野菜たっぷりの焼きそばで満腹になる。夕食後、清子さんからの封筒を開けると、朝日新聞5月23日朝刊の島サミット開幕の記事のカラーコピーが同封されていた。時時刻刻 南の島への援助合戦というものだった。日本は環境分野を支援の目玉にして、バヌアツには「新空港の建設など観光インフラの整備」とあった。バヌアツは宝塚市と同じ約23万人の人口で空港は各島に32もの空港がある。そのうち滑走路が舗装されている空港は3つだけで残りは草っぱらで芝生でもない滑走路である。一体新空港などとどこに作ろうとするのだろうか。現在ある空港の整備の方が急務で、新しい空港がこの国に必要だとはとても思えないがどこに作りたいのか今度バヌアツ人に聞いてみよう。伊豆新聞「鯔と子供ら」の8回分の記事のコピーも同封いただいた。ありがたいことである夜8時「南国太平記 上」を読んで就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月8日(月) くもりのち雨  25 ℃ 湿度82% バヌアツ滞在405日目
2009/06/08(Mon)
1時半目を覚ます。ベッドの枕もとのスタンドで「南国太平記 上」を読む。2時5分地震が起きる。今回はすこしゆっくりと動く。2時半起床。日記をつける。今日は昨夜の満月が出ていない。
くもりか。今日の昼食は昨日買ったパンを夕食で食べてしまったのでおにぎりにする。朝5時15分にご飯を炊いて朝食はご飯とアイランドキャベツのお汁。いつもはレモンティーを600mlと300mlのペットボトルに作って行くが今日は300mlには煎茶、600mlにはレモンティーにしよう。お昼のおにぎりの具は先日作った塩こんぶである。この頃少しご馳走をいただくせいか、太ってきたようである。
このぐらいの食事が軽くて実は調子がいい。土曜日はすこし食べ過ぎた感じがする。これから英語の復習。5時すぎて満月がビラの海に下りてきて煌煌と海辺を照らしているのに気が付いた。写真にとる。6時50分からSBSの衛星TVでNHKニュースを見る。日本が来年6月から南アフリカで開催されるワールドカップに4回連続出場を果し帰国したニュースをしていた。オーストラリアも2回連続出場、韓国は8回連続出場だそうだ。朝ガスコンロに鍋を3つ置いて火をつけて沸かしていたら途中でガスが尽きた。1つはお茶用のお湯を、2つ目はアイランドキャベツのお汁。3つ目はレモンティー用紅茶であった。7時アパートを出る。7時25分コンピュータ室を開ける。7:45まで鍵盤と画面を拭き掃除をして図書室に移り着替える。図書室で午前中を過ごす。シェイム先生4時間目に顔をだす。
午後雨が降り出し止むまで図書室で過ごす。12年生のペンテコステから来たリッチー ブレ君とサントから来た2人の12年生が来ておしゃべりをしていく。魚の写真を見て鯵のことをマングということを教えてくれる。鯖は英語と一緒でマカレルという。ただこちらの鯖には鱗があるが鱗はスケイルということを教えてくれる。これは英語と同じである。魚の名前は写真に撮って聞けばいいことを知る。マーケットで魚を売るおばさんにいつも名前を聞くがすぐ書付けないものだからすぐ忘れてしまっていた。覚えたのはピゴーぐらいのものである。4時50分下校。帰り道でパンとツナ缶を買い5時半前帰宅。水の出る調子が強くなっていたので騒音の工事をしてくれたことに気が付く。朝プロパンガスのガスが空になったのでプロパンガス室へ行き2台目のプロパンボンベに取り換える。シャワーを浴び、洗濯をして夕食はやきそば。野菜を入れ美味しくできた。これから肉の代りに野菜を多く使うことにしよう。この国に来て牛肉を食べるようになったが、これからは極力ひかえて、野菜中心の食生活に変えていくことにしよう。このごろ少し太ってきたようだ。最近食事が美味しくいただけるのでついつい満腹になるまで食べていた結果であろう。食事の素材を変えて、野菜と果物で満腹にすることにする。7時ダリルさんが部屋を訪ねてきて、今日の工事の説明をしてくれた。アパート全室のガスと水道の空気を抜く作業を行ったらしい。水道の出も良くなって、全く音が出なくなって助かった。
プロパンガスが長い間使えたのは、ダリルさんが何かしてくれたからかと尋ねたら、何もしていないという。以前ガスが漏れて23日間でプロパンボンベが空になった。それまでほぼ56日間で空になっていたのであった。今回はやけに長く使えるので不思議に思っていたのである。前回変えたのが何時だったかも忘れた。カレンダーの6/8にプロパン交換と書いておく。夕食後日記をつけてからベッドで「南国太平記 上」を読んで、20:00就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月7日(日) うすぐもり 25 ℃ 湿度81% バヌアツ滞在404日目
2009/06/08(Mon)
3時半までベッドの中で「南国太平記 上」を読んでから起床。窓越しに大きな満月が煌煌と海を照らし次第に海に落ちてきた。月明かりで地平線の海から手前まで月明かりの帯が輝いている。素晴らしい眺めである。けしてこの眺めは日本では見られない。
日記をつける。4:25 これから英語の復習。早くも最後の3月号になった。1日で2日分の勉強で50日で一回りの学習を昨年11月から始めて、4度目の復習である。来年3月の帰国までにあと4回勉強できる勘定だがそうすれば少しは頭に残っているだろうか。受験生の昔を思い返すと日本史では教科書だけを繰り返し覚えた。JICAの試験を受ける時は、子供の英語の参考書を借りて勉強した。
簡単な自分に気に入った物を見つけて、ひたすらそれだけをするのが単純でいいと思う。
何度も同じことをする中でも、すこしづつ工夫を加えることが、楽しみの一つになる。
朝食後台所の食器引き出しの下に敷いた紙を新しい紙に取り替え、ナイフ、フォーク、スプーン、トングを洗う。9時半すぎアパートを出てPMCへ。途中でキリバツから来たという12年生の大きなカヨの後ろ姿を見つける。「おはよう。どこに行くの」と声をかけると、両手で祈る格好をしてカテドラルへ礼拝に行くのだという。彼はカトリックのようだ。教会ではニュージーランドに2週間の旅行から帰ったジョンさんご夫妻が既に前の椅子に座っておられたのでお隣に座って握手をする。今日の礼拝の説教はビシュラマ語を早口で話されたので、時々うとうとしてしまう。11時半過ぎ終わって庭でジョンさんとおしゃべりをする。ニュージーランドはとても寒かったという。帰りは先週の日曜日で10時間もかかったといっていた。ビシャラマ語はわかるのかと聞かれたので、勉強はしたが、忘れたと答えると、自分も同じだと言っていた。最後に報告者が来週は礼拝後スモール カカエがあると言っていなかったかと尋ねるとよくわからないとの返事であった。時々礼拝のあとに庭の屋根のある場所にバイキング料理が並べられいただくが、もしまた昼食が出るのであれば、先輩を案内しようと思ったのである。なかなかのご馳走が並ぶので1人でいただくのはもったいない。センターポイントは締まっていて、チューストアにはパンが無く帰宅。シャワーを浴び、洗濯をして昼食はパンと野菜炒めとレモンティーとバナナ。食後、ベランダを背にした居間の椅子に足を伸ばして座り「南国太平記 上」を読みながら昼寝をする。4時半すぎパンを買いにベーカリーへ歩いて行く。途中で走る車が警笛を鳴らすので目を上げるとマラポアカレッジと書かれたバンで運転手のタンナ出身のヤカリップと目があった。5時の開店を待って人が集まる。タクシーが待っていたのでその運転手とおしゃべりをすり。タクシーの運転手と小売店を経営していて、夕方のこの時間に60個と朝5時半に60個を買いにくるという。1個50~55vtで仕入れるという。生まれはエマエだという。中国人の小売店では1vt,2vtの利益で商売をしているのだといっていた。もう1人のトンゴアからきたというおじさんと店が開くまでおしゃべりをする。。5時15分に店があいて、大口の客には大きな袋にパンを入れて伝票の取引をしていた。中国人も大口顧客であった。小売店を経営する人たちが出来る時間に合わせて買いにくることを知った。てっきりパン工場から小売店に出来たてを配達しているのかと思っていたが、小売店からパン工場に買いに来るらしい。1本買ってアパートに帰り、パンの夕食にする。食後のデザートはパンプレムースを1/4。夕食後日記。これからベッドで読書。「南国太平記 上」は80年前に書かれたもので少し読みづらいところもあるが、とても面白い。上巻の1/3ほど読んだがこの先1週間ぐらいは楽しませてもらえそうである。7時半就寝。
ビラの月
ビラの海の月


この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月6日(土) うすぐもり 25 ℃ 湿度80% バヌアツ滞在402日目6月6日(土) うすぐもり 25 ℃ 湿度80% バヌアツ滞在403日目
2009/06/08(Mon)
夜中0時玄関先で呼ばれて扉を開ける。大きな音と振動がガス瞬間湯沸し機から発生していたことに気づかされる。少し以前からなにか鳴っているなと思っていたが、しばらくするといつのまにか鳴り止んでいたので気にならなかったが、お隣では気になっていたようである。自分の部屋で鳴っているとは知らないで他の部屋で鳴っているのだろうと思っていたらどうやら自分の部屋で鳴っていたようである。そのうち鳴り止んで明日管理人さんに見てもらうことにする。1時までで「脳は語らず」を読了。1時すぎまた鳴り出してしばらくしてまた鳴り止んだ。いままで気にならなかったことであるが、それから音が鳴りだすとと気になりだして困ったものである。「脳は語らず」の解説にあった中のことを記述しておく。(「医者から作家へ」の後段で、渡辺氏はこう書いている。「人間は死んではいけない。だが死は避けられない。死は掌(てのひら)に残った一握りの灰にすぎないが、それゆえに生きているかぎりは精一杯生きなければならない。それも本当は無駄なことではあるけれど、いっとき死のあとの果てしない虚(むな)しさから、目をそらしてくれるほどの効果はある。やっぱりうまくいえないが、私が小説を書こうと思いはじめたのは、そのあたりのことからである」ここには渡辺文学の出発点が、きわめて直截(ちょくせつ)に語られている。それをひとことでいえば「掌(てのひら)に残った一握りの灰にすぎない」死を前提にした生の文学である。) 郷原 宏 3:30 今日は上が少し欠けたほぼ満月が煌煌とビラの海を照らしている。昨夜は星が見えた。時々下の道路を走る車の音がするが静かな夜である。今日は久しぶりに魚釣りに出かけよう。これから餌をつくる。それから英語の復習。6時半釣りの支度をしてアパートを出る。いつものウォーターフロントで釣り始めるが今日工夫した仕掛けに魚はかからず、おまけに仕掛けを引っ掛けたらしく、地球に取られてしまう。7時30分早々とお仕舞いにしてマーケットへ行く。マーケットで教頭先生(Deputy Principal)
のウィリーと奥さんと子供さんに会って挨拶をする。早速魚を見るが小魚ばかりであきらめ、レモンとココナッツと大根を買って一旦アパートに帰る。9時もう一度町へ、ステンレスタワシと使い捨てのポリ容器を10個買い、魚を見にマーケットへ行って見るがやはりいい魚が無くてボンマルシェへ行く。米、じゃがいも、玉葱に鯵が沢山あったので1匹試しに買ってみる。肉屋で一番高いステーキ肉を1枚買ってみる。ナスを焼肉の際の野菜にと試しに買ってみる。キャベツはもう無かった。金曜日のうちに買わなければならない。10時帰宅後、シャワーを浴び、洗濯をしてから鯵の唐揚げ南蛮漬けを作ってみる。包丁は研いでいないので良く切れない。仕方なくカッターでアジの尻尾のギザギザをそぎ取る。来週はカッターの刃を新しいものに換えてやってみよう。ステーキを塩、コショウをして焼く。大根おろしを作り水気をすてて、醤油を入れてステーキの上にかける。ガーデンでアイランドキャベツの葉を10枚摘んでスープの具にする。昼食はステーキの大根おろし醤油だれ。スープご飯。ステーキは日光の手前だったのでこの次はセンターポイントで最上等の肉を買って試してみることにする。午後パンプレムースと大根のサラダを作ってみる。1/4個のパンプレムースと80gの大根で1人分のレシピーであったが、2人分ぐらいのボリュームがあった。サラダオイルと塩こしょうとパンプレムースと大根を薄く短冊状にしたものをあえていただく。おにぎりの具にする塩コンブをだしこんぶから作る。10人分で5合の米を炊くことにして、1人当たり小さいおにぎりを2個づつとする。
おにぎりの中には1cmx1cmの塩こんぶを3つ入れることにする。全部で60個必要。10cmX6cmのダシこんぶが必要であるが、今日は試しに3個のおにぎりを作り作った塩こんぶを入れてみる。夕食は手作り塩こんぶ入りおにぎりと唐揚げの南蛮漬けと肉じゃが。今日作ってみて、今度の昼食会のメニューを少し改める。前菜はパンプレムースと大根のサラダ、大根の双葉添え。食事は、塩こんぶ入りおにぎりと鯵の唐揚げ南蛮漬け。野菜は玉葱、ニンジンとピーマンの千切りをたっぷり南蛮漬けに浸しておいたものをいただく。メインディッシュは最高級牛肉ステーキのガーデンでの鉄板焼き。野菜はたっぷりのキャベツ、玉葱、ナスを鉄板の上で一緒に焼いていただく。タレは大根おろしの醤油だれ。最後にデザートは、パイナップル、パパイヤ、バナナ、レモンジュースミックス。飲み物はココナッツジュース、ストロー添え。これは1人1個づつ。肉じゃがは食べきれないと思うので今回は残念であるが見合わせることにする。あとは12:00に全て揃えるための作る時間割りであるが、余裕をみて作ればいい。金曜日中に材料を揃えておき、土曜日に買出しに出なければ、楽に作れるだろう。若い人には少し物足りないかも知れないが、野菜をたっぷりいただいてもらい日本人の料理を味わってもらおう。多めに作って捨てるよりも、少なめに作ってもっと食べたいと思ってもらえるほうが良いだろう。来週の買出しは大変である。木曜日と金曜日にリュックサックをしょって沢山買ってこなければならない。木曜日は果物とココナッツ。金曜日は野菜と肉と魚を揃える必要がある。サラダオイルと黒コショウも少し買っておこう。夜中に鳴り出したガス湯沸かし器の音は朝にも鳴り出し、ダリルさんを呼びに行ったが居なかった。先ほど4時ごろにも鳴り出してやはりダリルさんを呼びに行ったが居なかった。始末が悪いのはそのうち鳴り止むのである。おそらく他の部屋でガス湯沸し器が使われると、不思議なことにこの部屋のガス湯沸し器が鳴り出すのであろうと推理する。困ったものである。4:30またダリルさんの部屋を訪ねて昨夜のガスボイラーのノイズのことを伝える。多分エアーが原因ではないかと話していた。町へパンを買いに行き、帰ってくると部屋の中からガスボイラーの騒音が部屋の外まで響いていたので、部屋に入る前にダリルさんを呼びに行き、一緒に部屋に戻る途中で、間の悪いことに音が鳴り止む。夕食はおにぎりと鯵唐揚げの南蛮漬けと大根となすのお汁。デザートはパンプレムース1/4個。おにぎりの具の塩こんぶは1cmx1cmの大きさのを3枚いれたが、次に作るときには、6cmx5cmのだし昆布から6cmx1cmx5枚に切りさらに6cmx2.5mmx4x20に切って作り、1個のおにぎりの中に6cmx2.5mmのものを2つづつ入れることにする。この方が塩こんぶにもっと良く味がしみ込むだろうし柔らかくなって美味しくなるだろう。
料理の試作三昧の一日が終わりほっとしているとまたガス瞬間湯沸し器が鳴り出す。これまで自分の部屋でなっているとも思わず、また鳴り出したかとさして気にしていなかったことが、気になり始め、お隣にまた迷惑をかけていることで気持ちが滅入ってくるが仕方がない。いろいろ湯沸し器のハンドルなどをまわしてみるがなにも変わらない。そのうち止むのでほうっておくより仕方がない。8時ベッドに移り、直木三十五著「南国太平記 上」を読んで就寝。この本は昭和5年から昭和6年にかけて大阪毎日、東京日々新聞に連載小説として発表された薩摩のお家騒動を描いたものである。著者の没後、菊池寛はその友情から芥川賞とともに大衆文学の新人賞である直木賞を昭和十年に新設し現在に至っている。好きな作家の藤沢周平、五木寛之、渡辺淳一、最近では東野圭吾、山本一力は直木賞作家と言われる。宮本輝は隣町に住む芥川賞作家でほとんどの本は読んでいるが、やはり芥川賞より直木賞作家の作品のほうが、人生のすき間に楽しみを与えてくれる。つくづく読書は贅沢な楽しみであると思う。今日も月が煌煌とビラの鏡のような海を照らしている。雄鶏の時の声を聞きながら日記をつける。4:20
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月5日(金) うすぐもり 24 ℃ 湿度82% バヌアツ滞在402日目
2009/06/05(Fri)
4時起床。日記を付けはじめると、4:10 また地震があった。ここ数日のなかで3度目のからだに感じる地震であった。これまでと違って最初の揺れに加速度が少しあった。あの阪神大震災の加速度を10としたら1ぐらいのものでたいしたことは無かったがこれは結果論でその時はもっと激しくなるのかそれで終わるのかわからないから一瞬身構えたが、机の下に身をかがめる行動まではとれなかった。阪神地震のときは、あの大地震の起こる前にしばらく地震が続いていた末の大地震であった。今度はどうなるのであろうか。これから朝食の準備と英語の復習。5:36 6時50分からNHK TVニュースを10分間見てアパートを出る。7時35分コンピュータ室を開けて拭き掃除をする。20番のパソコンにUSBフラッシュ ドライブがついたままなのを発見する。調べてみると、そのパソコンはUSBを使えなくしてある。きっと生徒はなんとかして読ませようとしてあちこちのUSBポートに付けて試しているうちにどれも出来なくてそのうち忘れてそのままにして帰ったのだろう。紙に「フラッシュ ドライブを保管している。自分のものだと思う人は来て確認してください。図書室のヒロ」と書いて、コンピュータ室の扉に貼り付ける。図書室に移り着替えをしてインターネットメールを確認。生徒が図書室の自席に来て、自分のフラッシュ ドライブのウィルス チェックをしてくれと持ってきたり、昼休みに自分のフラッシュドライブの印刷をしてくれなどと頼みに来たが、自分のフラッシュ ドライブを失くしたという生徒は現れなかった。この町では2GBのもので1,800vt、4GBのものは2,900vtで売られておりけして安くは無い。来週には扉の貼り紙に気が付いて尋ねて来る生徒がいることだろう。昼前にシェイム先生が図書室に来てタリスさんも居たので、シェイム先生に1997年以降の生徒データを聞いて見る。以前そのデータがあると話していたのでコピーを頼んでフラッシュ ドライブをシェイム先生に渡しているが一向に帰ってくる気配がないので尋ねてみると肝心のデータが見つからないという。タリスさんに紙にあるデータを準備してもらえば、データは入力するからと頼んでみる。シェイム先生には貸したフラッシュ ドライブを返すように頼んだがまだ調べるあてがあるのか返さなかった。こういった頼みごとはなかなか進まない。これまで会うたびに督促していたが、何時までたっても出来てこない。来週は校長先生にデータの準備を頼んでみよう。図書室に来た二人の生徒に生徒データ検索を見せる。イフィラ出身のカルサカウという苗字の青年と、ペンテコステ出身のジョシュア ナリという。イフィラのジョシュア カルサカウの昨年12年生だったお嬢さんはニュージーランドに留学しているそうである。セティさんの長男のラルフさんも昔マラポアカレッジに入学し、しばらくしてオーストラリアに留学したと聞いた。この国のお金がある家庭では子弟をニュージーランドやオーストラリアに私費留学をさせるところがある。大抵はバヌアツでただ1つのUSPに行ってから奨学金を申し込み、それでフィジーなど海外留学するらしい。今日は午後3時半に店じまいして、コンピュータ室でまだペイントの実習をしている生徒たちに戸締りを頼み、「ハブ ア ナイス ウィークエンド グナイト」と言ってさよならをする。アパートに帰ると、部屋に、紙が落ちていて、部屋の契約書と部屋のインベントリー リストのコピーをダリルさんの部屋まで持ってくるようにとメモがあった。町まで買物に行く支度をして、書類を持ってまずダリルさんの部屋を訪ねる。これまで契約していたアイランドプロパティーのサービスが悪いので、不動産屋をプロフェッショナルに変更することにしたという。次から家賃は、フランス大使館の前にあるプロフェッショナルにしはらってくれという。持ってきた書類をコピーしながらおしゃべりをする。昨年9月15日それまで担当だった象のように太ったオーストラリア人のマーガレットさんが40代の若さで急死したがその後代わった人の対応が良くなかったのかもしれない。ダリルさんは不動産屋が顧客情報を少しも掴んでいないということを変える理由にあげていた。この国では賃貸の場合その支払いは大家さんにではなく不動産屋に支払いに行く。そうすれば当然大家は不動産屋に手数料を払うことになるだろうにどうしてそうするのか不思議に思っていたが、今度あったらそこのところを聞いてみよう。JICAオフィスによってスタッフの女性とおしゃべりをして、お隣さんの新しいパソコンを見せてもらう。いま日本でも大人気の1Kgの重量でコンパクトなパソコンである。しかもメモリーが1GB,HDDが100GBもあって価格が日本円で60,000円、バヌアツの通貨vt(バツー)では72,000vtといった価格だそうだ。現在の為替レートは1円=1.2vtである。日本人なら60,000円は大した金額ではないが、この国で72,000vtはちょっとした金額である。この国でもノートPCを欲しがる先生は多いが30,000vtぐらいの価格なら買ってもいいという値ごろ感のようだ。日本語鍵盤でもかまわないから、帰国するときは譲ってくれと言う人がいる。2台持ってきているので1台はこの国に置いて帰ろうと思っていて学校のバヌアツ人に既に20,000vtで予約されている。もう1台も20,000vtで置き土産にしてもいいかなと考えている。
2台ともこの国では30,000vtでも売ってくれという人が行列を作るであろう。日本語鍵盤では使いにくいであろうと思うが、この国の人は日本の技術に対する信用が厚いようであまり気にしないようである。もちろん使う時は英語版のOSとアプロケーションソフトを使うが日本語鍵盤でも使うのには支障が無いと言う。TOSHIBAのノートPCを持っているバヌアツ人は見るがIBM THINK PADはあまり見かけない。私がIBM THINK PADを使っているのを見ると、これは小さくていい。これが欲しい。という人が多い。IBM THINK PADは耐久性には優れている。コンパクトで洗練されている。10年前のモデルであるが今のノートに較べても重さは軽いし薄い。普段使わないCDは外しておいて身軽に使える。鍵盤は躯体いっぱいに並んでいて入力しやすい。IBM THINK PADの鍵盤のタッチは優れていて他のPCを使ったとき違いをはっきり感じることになる。10年前でも名機といわれる機器は何時までも新鮮さを失わない。町で買物をしてマーケットを覗く。いつもお二人のおしどりご夫婦にお会いして「おひさしぶり」とご挨拶をする。ピーマンは出ていたが、大根は無かった。中に小さな緑色と赤色ピーマンを売っている店があり、来週金曜日に欲しいが店を出すかを聞くと、来週は来ないで再来週に来るという。別の店で小さめのピーマンを沢山袋に入れて置いているおばさんに聞くと来週金曜日に店をだすという。そこで来週ピーマンを手に入れることにする。イーストエファテから来ると言う。アパートに帰り、シャワーを浴び、洗濯をして、夕食はパンに肉じゃがを挟んでレモンティーの夕食。夜8時半「脳は語らず」を読んで就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月4日(木) うすぐもり 24 ℃ 湿度82% バヌアツ滞在401日目
2009/06/04(Thu)
0時45分就寝。4時起床。英語復習.。6時朝食。6時20分明るくなったので大きいスプーンと大根の種を持ってガーデンに行く。穴を60ぐらいスプーンで掘って大根の種を1粒づつ蒔き水遣りをしていたら、ダリルさんの奥さんが来て挨拶をする。ダリルさんには以前奥さん共々お誘いをしていたのだが念のため今度の昼食会のお誘いをする。なんとゲストの美人も奥さんは知っていた。インバイトしてくれてありがとうと何度も言われて気を良くする。今度の昼食会は総勢10名。バヌアツ人5名、日本人4名、オーストラリア人1名の予定である。日本料理をご披露するチャンスである。なんどもバヌアツのご馳走をしていただいたレイパコアさんに日本の料理を味わっていただく良い機会である。なんとかいい料理を作って、バヌアツ人に日本料理を賞味していただく機会にしたいと思っている。この大根の種まきも、その時出すサラダの材料にと考えて今日蒔いたのである。それは、パンプレムースと大根のサラダである。大根はマーケットで今の時期出回ってくるのでそれを使うが、彩りを添えるクレソンの換わりに昼食会当日には芽を出しているであろう大根の双葉を彩として添えようというものである。1皿に実をほぐしたパンプレムースと、5mm幅に薄くダイコンを棒状に切り、周りに1人5つのダイコンの双葉で飾る。ドレッシングはサラダオイルに塩、コショウを混ぜたものであえる。このサラダに今日の大根の種が彩りを添える双葉になる。インーネットでグレープフルーツと大根のサラダで作り方を見て、グレープフルーツの代わりにパンプレムースを使おうと思っている。メインディシュは魚の唐揚げに野菜たっぷりの南蛮漬け。それにと特上牛肉ステーキと大根おろし、醤油、酢のタレ。肉じゃが。おにぎり。中に入れる塩昆布は自家製の塩昆布。バナナとパイナップルのフルーツ。1人1個のストロー付きココナッツジュース。というメニューを考えている。アイランドキャベツ入りコンソメスープを最初に出そうかとも考えているが、あまりメニューが多くなるので省略しようかまよっている。ダリルさんの奥さんがあそこのアイランドキャベツも採っていいですよと言ってくれたのでそれを使おうかとも思う。6時50分 NHK TVニュースを10分見て7時アパートを出る。途中事務長と一緒になり学校までおしゃべりをして歩く。彼の身長は私より少し高いが体重90Kgあるという。70Kgぐらいがいいのであろう。大分太り気味である。7時半コンピュータ室を開けて、拭き掃除。図書室に移動して着替えをして、タリスさんとおしゃべりをする。9時シェイム先生がコンピュータ室の鍵を借りに来る。10時から13年生の実習。11時まで図書室で過ごすことにする。実習のある時間コンピュータ室で過ごす。今日も一時パソコンが頻繁に落ちる。ジェフリーと会ってそれを言うと明日ユネルコが来て工事するという。うまく行くと良いが。4時下校する。アパートに荷物をおいて、町へ買物に出る。バナナとパンプレムースも買って帰る。帰り道で大先輩に出会い少し立ち話をする。帰ってシャワーを浴び、洗濯をして、夕食は煮込みうどんと肉じゃがとバナナとレモンティー。8時過ぎまでSBS TVを見ながら日記をつける。 「脳は語らず」を読んで9時就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月3日(水) うすぐもり 23 ℃ 湿度82% 日の出:6:11,日の入り:17:19 バヌアツ滞在400日目
2009/06/03(Wed)
夜中目を覚まし、ベッドの中で読書。3時に地震がある。昨日の地震の続きのようである。14年前の阪神大地震を思い出す。1月17日5時17分、前年5月新築した家が東西方向に凄い加速度で揺れた。既に目を覚ましてベッドに横になって考えていた時である。音も大きかった。グシャグシャという家が壊れる音と共に長方形の建物の角は90度ではなかった。これは倒れるかもしれないと一瞬思い、地震保険には入らなかったことが頭をよぎった。だが運良くわずかなところで倒壊は免れた。
台所の食器はグチャグチャに壊れていて、居間に置いていたものも落ちて壊れていた。壁のクロスは破れ、玄関タイルは壊れ、家の基礎もヒビが入っていた。後でしばらくの間ポリタンクを持って水を入れに出かけていた。しばらく付近はガスもれの匂いがやまず不安な日々を送ることになった。
4時起床。日記をつけて5:00。これから英語の復習。6時朝食後6時50分からNHK TVニュースを見る。交差点に立っていた3人の看護婦さんが車にはねられ死亡のニュース。誠に思いがけないことが起こるものである。7時過ぎアパートを出る。今日も途中からサイモン デービット ジョージに会い学校まで一緒に歩く。7時25分から7時45分までコンピュータ室の机と鍵盤とスクリーンの拭き掃除をする。図書室で着替えをして10時と11時にコンピュータ室を覗く。11時半から図書室。朝日が出ていたのに雨が降る。お昼12:20までコンピュータ室で生徒のデータ印刷をしてあげていて教師の昼食会があってジャスティ ヤングの隣でおしゃべりをして過ごす。ジャスティは奥さんと共にピースコのボランティアを今年の12月まで務めるという。ボランティアの前は金融機関に勤めていたという。1時にコンピュータで生徒のフラッシュドライブの印刷などをして過ごす。ジェフリーが午後1時にユネルコが来ると言っていたが結局来なかった。2時までで12年生の実習が終わって図書室に移る。シェイム先生が午後コンピュータ室に顔を見せる。半田ゴテを持っていないか尋ねると家にあるので明日持ってくると言う。2時に図書室で日記を付ける。次は3時から最後のクラス。図書室からコンピュータ室への移動の途中で事務長から話しかけられる。マラポアカレッジのウェブサイトの更新をサポートして欲しいと言うことらしい。「シェイム先生も一緒に参加するようにしてください。とにかく見てみましょう」と話をする。4時に終わって一旦図書室の自席に移りメールを見る。帰り支度をして図書事務所にいる先生とタリスさんにサヨナラを言ってコンピュータ室に移りまだコンピュータを使っている生徒に後始末を言って帰ろうとすると女生徒が入力しているエクセルデータをフラッシュドライブにコピーしたいという。サーバー以外全部使えないようにしているので、USBポートを使えるようにしてコピーしてあげる。ついでにフラッシュドライブのウィルスチェックをしてみると、7つのウィルスを発見して駆除する。彼女が使い終わったら他人に使わせないようにと話して下校する。5時前アパートに帰宅後、荷物を置いて買い物に出る。まずJICAオフィスに寄って、証明書申請用紙を受け取り町へ買い物。ビニールテープを探したが見つからなかった。マーケットを覗いて6時過ぎ帰宅。夕食準備してシャワー、洗濯をして、夕食はパン、レモンティー、煮込みうどん、肉じゃが。夕食後7:30ベッドで読書し8:00就寝。
10:00目を覚まし日記をつける。0時40分まで居間で過ごしこれからベッドで「脳は語らず」読書。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月2日(火) うすぐもり23 ℃ 湿度75% 日の出:6:11,日の入り:17:19 バヌアツ滞在399日目
2009/06/02(Tue)
3時半雨の音で目を覚ます。日記をつけて今日の一日を思う。今日も7:30の1時間目から16:00までの7時間目までの実習である。図書室は照明が暗くて本が読みにくいので今日はコンピュータ室でAccessの問題をすることにしよう。5時これから英語の復習。6時朝食して6時50分からNHK TVを見る。
阿呆が国会の会期を55日延ばし、7月28日までにするという。現状では解散しても選挙の目処が立たないと見ているためだ。この点だけは阿呆もよく認識している。ただ117億もかけて国営マンガ喫茶の予算を通したという。せめてもの自分の置き土産のつもりだろうが、政権が変われば、とたんに取りやめにされる計画だろう。役所に任せることと、マンガは一番肌あいの悪い結びつきである。こんなことは民間に任せばいいことで、役所が乗り出すと、夕張市の二の舞になること間違い無しである。結局9月の任期満了直前に解散の真似事をすることになるようだ。7時アパートを出る。7時25分コンピュータ室。机の上とキーボードをウェットティッシュで拭き掃除をする。7時45分図書室に移り着替えをする。メールを見てメールを発信する。9時半から1008朝日放送を聴く。6月4日は虫歯予防デーだというので歯磨きについて説明していた。
10時からは12年生のペイント実習でコンピュータ室で過ごす。今日はシェイム先生出てきた。11時ごろにコンピュータ室にいたとき地震の揺れを感じた。弱い揺れであった。
午後フィジー大使館に証明書の発行依頼のメールを発信する。
午後4時の実習が終わってから、メールを1つ発信して帰り支度をする。4時45分下校する。遅くなったので途中で買物を済ませ5時15分アパートに帰りシャワーを浴び、洗濯をして、夕食は煮込みうどんとパンとレモンティーの夕食。18時半ベッドで渡辺淳一著「脳は語らず」を読んで就寝 20:00。

この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
6月1日(月) うすぐもり24 ℃ 湿度75% 日の出:6:10,日の入り:17:19 バヌアツ滞在398日目
2009/06/01(Mon)
夜中3時目を覚ます。「大西洋漂流76日間」の76日目から読みはじめ4時までで読了。本の中で、船で難破した人は3日以内にほとんどの人が死んでいるという医者の研究報告が書かれていた。急に海に放り出された疲労と飢餓と絶望と精神的ショックなどによるのだろう。いっぽうある医者の意見では海の上で水が無い場合には5日間であれば海水を1日に800-1000cc飲むのが良いそうである。原因ははっきりしないが、乗っていたヨットが夜に鯨か潜水艦かよくわからない大きな物にぶっかって沈没したのが漂流の原因になっているが、そのとき夜間であるにもかかわらず、機敏にヨットから緊急のゴムボートを膨らませそれに乗り移るということが出来たことが生還につながった第一であろう。それを突然夜間の転覆にもかかわらずそのパニックの中で海に潜ってゴムボートを取り出し膨らませたというのだから大したものである。次に今どこを浮いているか、どこへ流れているか冷静に自分の位置を知っていたことも大きい。しかしこのことは9回も船と遭遇しながら発見される幸運には繋がっていない。魚を食料に出来た水中銃や釣り道具なども魚を食料にして長い漂流を助けた。漂流の後半はゴムボートの空気もれを修理できずいつも海水につかっているゴムボートの中で生き抜いた精神力であろう。最後は偶然に島民の漁師が普段は行かない場所に海鳥を見てそこに行ってみようとして来てくれたことが発見に繋がっている。自分の努力は最大限して発見されることに尽くてみたが、それらは全て空振に終わり最後は偶然ともいうべき幸運が生還に繋がっている。
「人事を尽くして天命を待つ」に尽きるようである。
人間として出来る限りのことをして、その上は天命に任せて心を労しない。というとおりであった。
今日から6月。あと任期は10か月。これからは仕事の総仕上げの気持ちで精一杯努力してみよう。
6時までメールの原稿を作りこれから朝食の準備。朝食後、昼食のサンドイッチを作り6時50分のNHKニュースを見る。7時10分アパートを出て学校の手前でシェイム先生のカズンのサイモン デービッド ジョージに「おはようございます」と挨拶される。2006年に大阪、群馬に行ったことがあるという。ジョージのお母さんがマキラ出身だという。7時35分コンピュータ室を開けると直ぐに生徒が来て出席簿を取りにくる。コンピュータ室の机とキーボードをウェットティッシュで拭く。少しでも気持ちのいい機器で実習をしてもらいたい。ぼつぼつ12年生がコンピュータ室に来て、ペイントの実習にかかる。8時に図書室に来てタリスさんに挨拶をする。8時半、大阪朝日放送1008を聞くと、沢田研二の「時の過ぎ行くままに」を久しぶりで聞く。
8:30 日本時間の6時半からの「おはようパーソナリティ道上洋三」を聞く。あい方のあきよしえみさんは5月30日に結婚して今日はうのえみさんという。楽しい番組である。11時から4時間目の授業でコンピュータ室へ行き動かない22番のPCのカバーを外すと取れていたコネクターを見つけ接続して見たがそれでもモニターにデータが届かない。原因がつかめないまま外カバーを元に戻す。図書室で過ごす。午後は11年生のクラスが2つと13年生のクラス。今日はまだシェイム先生は来ていない。12:30
インターネットは今日は朝繋がったがその後回線が繋がらない。これからAccessの問題を見る。
午後1時からはLinさんの担当となっていたがLinさんは現れなかった。女生徒の1人が使うキーボード実習のソフトの動きがおかしいので、別のマシンでやってもらい、ソフトをアンインストールしてからインストールをやり直す。2時からはジャスティン ヤングの担当とのことで図書室で過ごす。3時から13年生のクラスに教室を覗きフラッシュ ドライブのデータを印刷したいという生徒のフラッシュ ドライブをサーバーで見るとウィルスに感染しているようなので、AVGでウィルス チェックをかけると6個見つかリ削除して、印刷してあげる。インターネットでダウンロードしたというNOKIAの携帯電話の写真を印刷したいというので見るとやはりウィルスに感染しているフラッシュドライブであった。感染しないように注意して印刷してあげる。これまで、感染しているフラッシュ ドライブを使っている生徒が気にせず使っているので、すぐパソコンが即死する現象が出ていて、その度にOSのインストールをして使えるようにしていたが、最後の手段として、サーバー以外USBポートを使えない様にしてみた。これは効果があったようで、1週間たったが、まだウィルスで死ぬパソコンは出てきていない。やはり月曜日はシェイム先生はお休みのようだ。15:45 16:00まだコンピュータを使いたいという女生徒1人と男子2人を部屋に残して、校長先生に挨拶して16:30下校する。帰り道、バスから降りてきたSVに出会い挨拶をする。アパートに帰宅後買い物に出る。JICAオフィスに5時過ぎ郵便物を取りに寄る。いつものように時間外にもかかわらず、所長以外の日本人スタッフ全員が仕事をしていた。深瀬先生から封筒が届いていた。地下の図書室でしばらく新しい本を選ぶ。町に買物に出かけ18時前にアパートに帰宅。しばらくして汽笛の音がしたので、埠頭を見ると、暗闇の中、豪華客船が煌煌と明かりをつけて泊まっていた。6時15分気がつくと暗い沖へ出航していくところであった。気がつかなかったが、今朝入港したパシフィック サンのようであった。深瀬先生の封筒からは北海道新聞5月19日のひと2009というコラムでシニア海外ボランティアに参加した前栗山町長という見出しで 川口幸太郎さんの紹介記事と写真の切り抜きが出てきた。2年間よいお仕事をされた川口さんは見習いたい先輩である。いろいろと気にかけていただき、ずいぶん励まされマタソーの楽しい思い出も作らせていただくことが出来た。夜ヌーナの砂浜に仰向けに寝て満天の星を見ながらシベリアのお話なども伺うことができた。帰国の際は心ばかりの送別の夕食会に参加いただき楽しいひと時を過ごさせていただいた。その後お湯でシャワーを浴び、洗濯をして、夕食は少し冷えてきたので煮込みうどんと肉じゃが、デザートは大きなパンプレムース 1個をいただく。夕食後ベッドで借りてきた「あらすじで読む 日本の名著2」を読む。「近代日本文学の名作が2時間でわかる!」と表紙に書いてある。
夏目漱石「三四郎」、芥川龍之介「藪の中」、谷崎潤一郎「刺青」、川端康成「古都」、火野葦平「麦と兵隊」、井伏鱒二「ジョン万次郎漂流記」、石川達三「蒼ぼう」、井上靖「天平の甍」、三島由紀夫「潮騒」を読む。21:00就寝。
この記事のURL | ボランティア ライフ | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ