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6月30日(木) 雨後くもり後雨 カトマンドの日の出4時41分日の入18時34分 5時8分 気温24℃、湿度80%ネパール98日目
2011/06/30(Thu)
昨夜寝る前から関節に違和感があってインフルエンザの症状に似ている。下痢はしていないが、夜中何度も小便にたった。水分補給に夜中にリンゴをむいていただく。夜中降っていた雨は3時ごろ止んだ。図書室にあった青山光二著「修羅一代」を読み始める。4時桃を切ってヨーグルトと一緒にいただく。朝4時半停電になる。5時バッテリーで日記をつける。5時14分自家発電の電気が来る。昨日新隊員の歓迎会が7月29日にあるというメールをもらった。おとといの歓迎会と同じものを3月25日にやってもらった記憶があるのだが、いよいよポスティング前の歓迎会がさっぱり思い出せない。あったのかもしれないが参加しなかったのかもしれない。4月22日の金曜日にホワイトホースで宴会があったがこれは同期の隊員同士の懇親会であった。「ボンベイマサラ」というレストランも記憶にないから欠席したのであろう。マサラとはたしか香辛料のことである。インド料理の店のような気がする。しょっぱくて唐辛子の効いた辛いインド・ネパール料理は食べれないので今回も欠席させていただくことにする。どうも体調が本調子ではないが何が原因かわからなかったのでJICAで支給してもらった薬袋から総合風邪薬を1つ飲む。いつものように9時15分ホテルを出てバス乗り場に25分に着いたが今日のバスは35分頃にようやく来た。ラビンドラさんに名刺を渡す。事務所には10時8分着く。パソコンを立ち上げ日記をつける。今日は第二号報告書を見てからプレゼン資料の整理をしよう。10時半停電になる。11時電気がくる。次回のレポート期限を9月23日(金)とする。次回は活動計画表の作成が必要となる。午後4時50分お仕舞いにしてバス乗り場に行くと今日はバスがでないという。仕方なく途中まで教育局のバスに乗る。雨降りでバスも混んでいて満員になっても押し込むので途中で出たくなったが我慢してババマハルまで乗る。運賃は12ルピー。歩いてホテルに帰る。夕食はチーズピザの残りを2枚いただく。風呂に入ってベッドで「修羅一代」を読んで就寝。雨は降り続いていた。日本大使館から以下のメールが来ていた。
コレラの発生と衛生管理の徹底について
カトマンズ市内でのコレラの発生が新聞等で報じられております。日頃から衛生管理には留意されていると
思われますが,今後は,下記の点に特に留意してください。
1)口に入れる水・氷は、ボトル水などを使用してください。煮沸すれば、さらに安心です。タップ水を用
いる場合は必ず煮沸して下さい。
2)レストラン等でも、安全の確認できない水・氷は極力避けてください。
3)トイレ後や食事前の手洗いを徹底してください。石鹸+流水での手洗いが原則です。
4)下痢を発症した場合は、脱水にならないように注意し、早期のクリニック受診を心掛けてください。
夜中中雨音が聞こえていた。何度か小便にたった。夜中汗をかいたので下着をとりかえる。昨日は1日雨だったので出した洗濯物が戻っていなかったので下着はTシャツを着る。汗をかいたので少し身体が軽くなる。
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6月29日(水) 雨後くもり カトマンドの日の出4時40分日の入18時34分 5時45分 気温25℃、湿度75%ネパール97日目
2011/06/29(Wed)
4時目を覚ます。夜中雨の音が聞こえていた。ベッドの中で「鬼平犯科帳15」を読んで5時起床。スイカを食べておはようパーソナリティを聞きながら日記をつける。「弁当男子」というのを聞く。節約と健康志向で学生と独身男子の勤め人の中にも弁当を持参してくる男が増えてきているというものだった。会社の中にはオフィスに冷蔵庫を置いた会社もあり、その中に持ってきた弁当を入れておくという。昔は会社にカフェテリアがあったオフィスではもっぱら昼食はそこを利用していたが、食堂が無い貸しビルのオフィスでは外の店で食べていた。福岡では外の店の新鮮な魚の昼食を楽しみに食べたものだが、東京の五反田などではもっぱらサンドイッチと飲み物を昼食に持っていた。バヌアツの2年間もサンドイッチとレモンティーを作って持っていった。ネパールでも同じである。ネパールではそれにお腹が空けばいつでも、ヨーグルトとロティと呼ぶパンとタルカリと呼ぶ野菜料理をおかずに加えることが出来る。大阪市は失業率日本一で手当が市の財政を圧迫している。日本で1人がもらう失業手当はネパールで働く人の何倍もあるだろう。ネパールでは職場が少ないので大学生の多数は外国に出稼ぎに行くという。日本とネパールでもっとお互い助かることがあると思うが人の移住は簡単ではない。6時20分 6時半朝食。プロジェクトについてお話を伺う。プロジェクトの評価の難しさを学ばせていただいた。7時45分 9時15分ホテルを出る。今日も雨上がりで少し蒸し風呂のような感じであった。9時半過ぎバスが遅れて来た。青年隊員のドュリケルの話を聞く。10時10分オフィスで仕事開始。10時40分ラジャンドラジーが顔を出す。12時半停電になる。バッテリーで13時まで続ける。
バッテリーが50%に近づきかえり支度を始めたら13時10分電気が来る。また気をとりなおしてはじめると5分でまた停電になる。これから帰ろうとするとまた電気が来る。埃だらけの扇風機をはずして洗面器で水洗いする。13時45分から再度作業を始める。セネガルの首都でありダカール州の州都であるダカールはアフリカ大陸の西端に位置し大西洋横断貿易において重要な位置を占め、この地域の主要港湾である。2000年ダカールで開かれたWorld Education ForumでFramework for Action :Education for All (EFA)が唱えられ、
ここでMeet the Basic Learning Needsのためにthe six EFA goals by 2015が掲げられた。この6つを理解する。
Goal 1はthe provision of pre-primary education to children, aged 3 and aboveとあり、5歳からのプライマリースクールの就学前教育の充実をあげている。ネパールでは3歳と4歳の児童のためにECD:Early Childhood Developmentというのと、PPCs:Pre-primary Classesという、幼稚園のようなものがある。
Goal 2は“Ensuring that by 2015 all children, particularly girls, children in difficult circumstances and those belonging to ethnic minorities, have access to and complete free and compulsory primary education of good quality.” And although "Ensuring access to all children to basic and primary education" is the first priority of governments, still there is a lack of policy for compulsory basic education in Nepal.2015年まで全ての子供たちにbasic and primary educationの就学の機会を与える。
Goal 3はThe expansion of formal education beyond the primary level has been the most common strategy to address the learning needs of the youth.プライマリースクールに続くセカンダリースクール教育の充実と若者への提供を掲げる。
Goal 4はReducing adult illiteracy: “Achieving a 50 percent improvement in levels of adult literacy by 2015, especially for women.大人の識字率を2015年までに50%向上する。
Goal 5はby 2015, with a focus on ensuring girls’ full and equal access to and achievement in basic education of good quality”.2015年までに女子の教育機会の提供を男子と同じ水準にする。
Goal 6はImproving all aspects of quality education: “Improving all aspects of the quality of education, and ensuring excellence of all so that recognized and measurable learning outcomes are achieved by all, especially in literacy, numeracy and essential life skills.”教育の質を上げて、
読み書き、計算、本質的に生きていくためのスキルを身につけさせる教育を提供する。ということのようである。15時頃から雨が降ってきた。このところ毎日夕方に雨が降る。雨は1時間から2時間で止む。それからまた夜に雨が降ってくる。これは少し長いようだ。しかし朝になると雨が上がることが多い。今日も5時半バスを降りる頃雨が上がってほしいものである。 16時8分 雨は降り続いた。バスの下車の近くのレストランでチーズ ピザを食べる。2切れしか食べれなかったので残りを持ち帰りにしてもらう。アルミホイールに入れて手に下げれる様にしてくれた。ホテルに帰ったら風呂が空いていたので入る。熱いお湯で気持よかった。体重を計ったら65Kあった。風呂上り、クーラーにあたって日記をつける。6時47分 ピザをレモンティで2切れいただく。そのあとマンゴーを切ってヨーグルトをいれていただく。とても美味しかった。今日は疲れたのでベッドで「鬼平犯科帳15」を読んで早く休む。19時10分夜中まで何度か起きて「鬼平犯科帳15」を読了。
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6月28日(火) 雨後晴れ カトマンドの日の出4時40分日の入18時33分 6時15分 気温27℃、湿度80%ネパール96日目
2011/06/28(Tue)
5時起床。昨夜来の雨が降っていた。日記をつける。6時には雨が上がって少し青空が見えてきた。山には雲がかかっている。6時半朝食のとき今日がお祭りで休日だという話が出る。5月のはじめ頃、見に行った大きな山車がジャワラケルにあったが、その祭りが今日で終わるという。教育省だけでなく、民間会社も休みで、カトマンドだけではなくネパール全土で休日だという。ネパールのカレンダーには祭日はピンクで印刷されているものだが、そうはなっていない。今日のお祭りの休日は毎年決まった日が休日になるわけではないという。今月はこれで先週の水曜日に続いて休日である。朝食後、ホテルの支払いを小切手と現金で済ます。バヌアツの時には銀行と不動産屋に出かけていたことを考えると小切手で支払えるので便利である。レモンを搾ってレモンティーを作る。9時25分 10時から休日でなかったらやっている昨日のオフィスの続きを今日もすることにする。10時9分 午前中少し雨が降り出したがすぐあがった。昼食は食堂でネパールティーをいただき朝作ったサンドイッチとバナナをいただく。13時前5名の新しいSVが到着する。皆さんピカピカの一年生といったまばゆい感じであった。30分ほどして出て行った。午後は3時半までで半分ほどの50ページまでの資料からPowerPointを作り、今日の作業を終わることにする。これから出かける16時半まで「鬼平犯科帳15」を読んで過ごす。16時お風呂が出来たと電話をもらい熱いお風呂に入る。16時半までクーラーで汗を取ってホテルを出る。汗をかかないようにゆっくりJICA事務所まであるき、4時55分着く。しばらく待って新しく来た青年8名、シニア5名と近くのネパール料理の店に行く。ヒマラヤビールで乾杯してから、チャーハンとナンとカレーの夕食をいただく。丁度シニア男性お二人と助産師としてポカラから4~5時間の病院へ赴任するという青年とご一緒のテーブルで楽しい会話が出来てお開きの7時過ぎまであっという間の感じであった。ホテルまでタクシーを呼んでくれたというのをキャンセルしてもらって、夕方雨が降った止み間を歩いておしゃべりをしながらホテルまで帰る。7時半ホテルについてクーラーにあたってよく冷えたスイカをいただきItuneでお気に入りをききながら日記をつける。まもなく雨が降ってきて誠に運が良かった。ネパールに来てから早くも3ヶ月が経ったわけである。今日会った男性の青年もシニアも表情や話し振りは元気そうにふるまっているように見えたが3ヶ月前より見るからに痩せて、やつれたという感じの人が多かった。中には正直に6Kg痩せたという人もいた。やはり肉も魚もチーズもハムもアルコールも何でも食べれた飽食の日本から、食べるものの違うネパールでたった3ヶ月で皆さんダイエットできたわけである。これは最初のオリエンテーションで聞いた通りになっていた。駒ヶ根で65Kgだった体重がネパールに来て今は64Kgになっているが、駒ヶ根の食事とカトマンズの食事を較べると体重が減ったのは仕方が無い。おまけにこれまで3回下痢をした結果である。ウパエ チャイナである。最近最初知らなかった果物やヨーグルトをこの頃はよく食べている。スイカ、桃、リンゴ、マンゴー、ライチ、レモン、バナナなど美味しい果物が豊富にあっていつも冷蔵庫にある。これらのお陰もあって体重の減少は止まっているように思う。下痢はいつも油断はできない。腹八分目で食べ過ぎないことが大切だと思う。体重が減り続けては困るが、62Kgくらいまでであればなにも心配する必要はないと思っている。もっぱら果物で少し食事を楽しませていただいくことにする。20時 「鬼平犯科帳15」を読んで21時就寝。
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6月27日(月) 晴れ夜雨 カトマンドの日の出4時40分日の入18時33分 4時30分 気温26℃、湿度80%ネパール95日目
2011/06/27(Mon)
3時過ぎに目を覚ます。ラジオでおはようパーソナリティを聞きながらIDE HDD 2.5INC 60GBをAuctionで見る。大阪は金土日は夏日だったようだ。5時半雨上がりの朝は山が良く見えた。5時半綺麗に見えていた山は6時には雲がかかって見えなくなった。6時半朝食。おかずは切干大根の煮物。写真の皆さんは5名が昨日帰られ、残られたお二人は今朝5時に出かけたということであった。今週は先週まで作ったチャートとそのもとになったTableの理解を図る。今日は全体のサマリーをまとめてパワーポイントで説明できる資料にまとめておこう。9時までネパール語の復習をしてホテルを出る。雨上がりに熱い陽射しで少し蒸し風呂のような感じ。1300mの高地で暑いのだから平地はいかほど暑いことかと思う。10時10分オフィスに出る。今日はサンカルジーはバンコックへ出張。ラジャンドラジーは今日もお休み。隣の事務所に勤める同僚に電話したら今日は学校に出ているとのことだった。10時20分 13時45分までPowerPointにReportの内容を説明形式に作る。13時ミルクティーを持ってきてくれる。オフィスの食堂でヨーグルトとロティとジャガイモのタルカリをいただく。教育省の人が2組訪ねてくる。4時30分まででFiger3.7まで終える。明日又続きをする。16時40分これから帰り支度。いつものバスの出る隣のスポーツ省の建物に行こうとしたらいつも一緒に乗る、
教育局のラビンドラ クマール ブダプリティさんが戻ってきていつものバスがないという。仕方なく教育局のバスに乗って途中まで行って、公共バスに乗り換える。先日はラビンドラさんにバス代を出してもらったので今日は払わさせてくれといったがどうしてもいいからというので自分のバス代12ルピーを支払う。
ラビンドラさんから明日は教育省は休みだが知っているかと聞かれた。はじめて聞いたのでありがたかった。なにかのフェスティバルだとの事であった。バスを降りて近くの店でパンを買いホテルに戻って荷物を置いて、いつもの店に行き今日はハーフではなくフルでチョウメンを食べる。リンブーとグルンの子供たちのチョウメンハーフを食べているのを見ながらいただく。スンダリケティにさよならをして店を出る。ホテルに戻ってロビーのバナナを2本持って部屋に戻り荷物を片付ける。お風呂に入る。風呂上りクーラーにあたりながら良く冷えたスイカとマンゴーをいただく。そのあとUtubeで昨日の続きの坂田ー大竹の囲碁を見終わって「鬼平犯科帳15」を読んで23時就寝。
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6月26日(日) くもり後晴れ後雨 カトマンドの日の出4時39分日の入18時33分 4時30分 気温26℃、湿度79%ネパール94日目
2011/06/26(Sun)
夜中3時15分目を覚ます。Webでレノボの保守マニュアルをWebからダウンロードしてパソコンのキーボード交換の仕方を調べる。鍵盤の交換は後ろの4つのねじをはずして鍵盤を前にずらすだけで取りはずしができて、次に新しいのを入れて10分もあれば出来そうなことを知る。Thinkpad T43の英語キーボードへの換装を今度帰ったらやってみようと思う。6時写真の皆さんはマイクロバスで出かけていった。6時半朝食。朝食後おしゃべりをする。「今日をいい一日にしなければいけませんね」という同僚の言葉でおしまいにする。部屋に戻って「太陽がいっぱい」などを聞きながらレモンを搾る。この時間に少し陽射しが出てきた。ホテルの図書室へ本を返して新しい本を借りてくる。8時半 午前中はThinkpad T43の換装できるHDD仕様を調べる。
そのあとメールを発信する。陽が照ってきたので朝出したズボンも乾きそうである。いつも給水車が来ては水を入れているタンクが昨日の豪雨が入り込んだようでバケツで茶色い水をくみ出していた。電話で13時まで断水だという。昨日濡れた靴を屋上に干してくる。洗濯物はまだ干していなかった。12時 いつもの給水トラックが来て水を入れていった。13時に水道を開けると最初茶色い水が出てきてそのうち綺麗な水が出てきた。これからネパール語の復習。3時ロビーで部屋の掃除を待っていたら写真の一行が戻ってきてロビーで休んでいた。朝から少し強行軍のようで大分お疲れのご様子であった。しばらくしてまたマイクロバスで出かけていった。雨が降りそうになってきたので屋上に干しておいた靴を取りに行こうと部屋を出たら出口に靴がありがたいことに置かれていた。4時過ぎになって昨日同様強い雨が音をたてて降ってきた。昨日の強い雨もこの時間で1時間ぐらいで止んだんだが今日もそのうち止むのだろうか。16時半。今日はタンクに泥水が入ったのでお風呂は休みとのことであった。夕食を食べに出かけようかと思ったが雨が止まないのでパンとヨーグルトとレモンティとリンゴをいただく。夜はUtubeで坂田ー大竹の囲碁を見て21時就寝。
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6月25日(土) 雨 カトマンドの日の出4時39分日の入18時33分 5時18分 気温27℃、湿度75%ネパール93日目
2011/06/25(Sat)
朝4時半起床。明るくなってきた。空一面の雲におおわれて雨が降り続いている。窓を開けて網戸にする。外のさわやかな空気が入ってくる。6時半朝食をいただく。今日のおかずはキャベツの煮物。雨は時々小降りになるが止まない。11時半になってようやく雨が止む。これから街に出かける。11時35分 地図を出かける前に良く見て行くのだが、タメルの迷路のような道に入るとどこも同じように見えるので未だに街を覚えられない。出かけるまで雨が降っていたので王宮前広場の人出は少なかった。道路端の出店も少なかった。今日も街の入り口で先週より大きい桃を3つ買う。以前行った店で食事をする。そのあとタメルからカリマティの方向に歩くとHanuman Dhoka Durbar Squareという王宮に出た。入園券を販売する女性から声をかけられたのでJICAの身分証明書を見せる。この国ではこれで入園料は免除してもらえる。色々なところで関所のように入園料がかかるのだがこれをもっているおかげで回り道をしないでいつもまっすぐ歩ける。カリマティまでいろいろ変化に富んだ町並みだったので地図では1Kmちょっとあったのだがそんな遠くの感じではなかった。市場ではじめてザクロを買ってみた。マンゴーを1Kgとリンゴ2個、スイカ、ライチを買って歩いて帰る途中で雨に降られた。少し雨宿りをして傘を出して歩きパン屋でパンを買い、ホテル近くの店でヨーグルト1Kgを買って帰る。途中強い降りで道路が川のようになって靴もズボンもシャツも水びたしでホテルに帰る。冷えたスイカをいただいてから、荷物を冷蔵庫に整理して入れ、ズボンを濯ぎ洗面所に干す。10年ぶりになるか懐かしい方からのメールがあってすぐ返信してからお風呂に入る。風呂上りItuneを聞きながら日記をつける。雨はまだ降っているようだが山が見えてきた。6時13分。いつもの店に夕食に行く。傘を持って出たが雨は止んでいた。けなげによく働くグルンの女の子とスンダリ ケティが笑顔を見せてくれた。6時45分ごろ店から出てもまだ明るかった。ホテルのロビーでネパールティとバナナを1本いただいて「金子みずず」の本を読む。部屋に戻って紅茶を作る。「鬼平犯科帳14」を読んで20時就寝。
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6月24日(金) くもり後雨 カトマンドの日の出4時39分日の入18時33分 5時47分 気温25℃、湿度62%ネパール92日目
2011/06/24(Fri)
4時半目を覚ます。昨夜は1度も起きなかった。5時までベッドで「鬼平犯科帳14」を読んで5時起床。お気に入りをItuneで聞きながら、レモンを搾りレモンティーを作る。5時半から日記をつける。夜中に雨が降ったようで前の道に水溜りが出来ていた。今日はくもっていてまわりの山々も雲がかかっていた。今朝は生垣の延びた枝を先輩が指導されたとおり、紐をはって切っていた。6時には写真同好会の皆さんはマイクロバスに乗って出かけて行った。きっと朝早いネパール人の生活の写真を撮りに出かけたのであろう。6時半朝食は珍しく厚揚げのおかずがでる。先輩からナガルコットの話を聞く。9時15分今日もバスでは青年とおしゃべりをしてオフィスへでかける。きょうもサンカルジーは既に来て仕事をしていた。フラッシュ レポートのチャートをUSBで渡す。今日は3月25日に来てから3ヶ月たったので3ヶ月目に提出する1号報告書をWebサイトのボランティア ポータルから登録してみる。2種類の添付資料はメールの添付でコーディネーターへ送付する。
今日は金曜日で2時45分お仕舞いで3時のバスでホテルへ帰る。朝プラカーシュさんに話していた、汚れていた部屋の窓は綺麗に磨かれていた。お風呂に入りさっぱりする。雨が降ってきたので夕食は外に出かけずに部屋であるもので済ます。夕食後ベッドで「鬼平犯科帳14」を読んで夜7時就寝。9時半人声で目を覚ます。ホテルの庭では賑やかな会話が11時ごろまで続いていた。ベッドで「鬼平犯科帳14」を読んで就寝。雨はそのあと夜中中降り続いたようであった。
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6月23日(木) 晴れ カトマンドの日の出4時39分日の入18時33分 4時26分 気温27℃、湿度75%ネパール91日目
2011/06/23(Thu)
4時起床。ネットを見ると岩手・青森で今朝震度5弱の地震があり津波警報が出されていた。将棋名人戦で森内が羽生を破り名人返り咲きを見る。羽生はミスの多かったことが敗因だとコメントしていた。カトマンドの日の出の時間を見ると今日から遅くなっていく。昨日あたりがカトマンドの夏至ということのようだ。1月21日の日の出は6時25分で一番遅くて冬至のようだ。これから少しづつ朝日が出るのが遅くなっていく。一休み。Ituneで「ひまわり」などを聞きながらりんごと桃をいただく。5時半 英語復習。
6時半朝食。今日はこれまでで一番人が多かった。関西・四国から写真をとる年配の方々であった。88歳の方も参加しているという。ネパールの田植えや田舎の写真を撮っているという80歳を越えたという方は今年ネパールが2度目で秋の収穫の時期来るかもしれないとのことだった。いくつになっても楽しめるものを持って海外にまで足を運ぶ気持を学びたいものだと思った。今日は職場の近くの仲間達との夕食会に参加する。
若い人たちと話しが出来るのは楽しくありがたいものである。今日も晴れているが山々は雲がかかっている。
9時15分ホテルを出たところで昼食を忘れたのに気がついた。部屋に戻って冷凍庫で冷やしていたレモンティーとサンドイッチとバナナを袋に入れて17分ホテルを出なおす。バスストップには24分に着く。少ししてバスが来る。青年隊員の隣にかけておしゃべりをしてくる。オフィスではいつものとおりサンカルジーが来ていた。昨日の休みのことをおしゃべりする。仕事の準備をして手洗いに行き、昨日の作業結果をUSBにコピーしてから日記をつける。作ったグラフを手直しして4時50分お仕舞いにしてサンカルジーとトイレで小便をして玄関でフェリ ベトーンと言って別れる。同僚が玄関に迎えに来てくれていて、一緒に青年のオフィスを訪ねて同僚の家を訪ねる。オフィスから歩いて10分ぐらいのところの住宅の1階と半地下が借りている住まい。地下も窓があって食堂になっている。広い食堂には6つの椅子が備えられていて、冷蔵庫と水まわり、ガスコンロがありカレーを温めて、米を高圧釜で炊くだけに準備されていた。ビールで乾杯してポテトチップスをいただく。カレーは久しぶりの日本のカレーでご飯もじゃがいもの入ったルーも美味しかった。米は日本の米と変わらなかった。1Kg80ルピーということであった。日本の米は300円以上するであろうから米が日本でネパールの価格になったら日本で米を作るのは無理になるであろう。青年のお父さんはシニアで中国に行かれていて、青年がネパールに赴任の際成田までお父さんが一時帰国して見送りに来てくれたといういい話しを聞くことができた。ネパールの家庭では親と子供が強い絆で結びついているのを皆が感じていることで話がでていた。8時にバスが最終になるというので7時40分ごろお開きになる。同じカトマンドに帰る青年と暗い夜道を本通りまで約15分あるく。しばらく待って来たバスは満員だったが2人で乗る。運良く途中から2人座れる。マイティガールまで約15分。夜は昼間より渋滞が少なかった。そこでさらに市内へ帰る青年にさよならをしてホテルまで10分歩く。ホテルの庭で同期の青年に声をかけられ、すこしおしゃべりをする。ホテルに帰ってお風呂に入る。風呂上りスイカと桃をいただく。紅茶を作って「鬼平犯科帳14」を読んで夜10時就寝。
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6月22日(水) 晴れ カトマンドの日の出4時38分日の入18時33分 5時 気温27℃、湿度80%ネパール90日目
2011/06/22(Wed)
3時目を覚ます。スイカを食べてから「ネパールの政治情勢に関するレポート」を4時までで読了。4時にまた休む。5時起床。Ituneで「ティファニーで朝食を」「ドクトルジバゴ」を聞きながら日記をつける。これからレモンを搾ってレモンティーをつくる。6時半朝食。おかずは三度豆の醤油みりんいため。ヨーグルトもでる。今日は国勢調査の記念日で役所は休日と聞いた。今日は年配のカップルが多かった。朝くっきり見えていた山は雲に覆われていたが青空で強い陽射しが照っている。7時50分 朝冷蔵庫の中に溜まった氷を溶かす。9時カウンターパートに電話したが携帯の電源をきっているらしく繋がらなかった。9時25分いつもの場所でバスを待ったが来なかった。やはり休みのようなのでホテルに帰る。ヨーグルトを食べて今日は部屋で仕事をする。11時半まで仕事をして休憩。昼食後ホテルを出てカリマティの市場へスイカを買いに行く。スイカとレモンを買って13時23分市場を後にしてワールド トレード センターまで歩いて18分であった。ANGANでいつものパンを買って出たのが13時46分、ホテルには14時に着く。掃除待ちでロビーで金子みずずの本を読む。掃除が済んで気持ちよくなった部屋でエアコンをつけて日記をつける。14時33分
5時過ぎまでChartの作成作業をする。お風呂に入ってから、6時15分いつもの店に夕食に行く。食事中電話がかかってくる。チトワンで知り合ったラム青年だった。ホテルに帰ってネパールティーをいただく。部屋に戻って9時40分までItuneを聞きながら作業を終える。「鬼平犯科帳14」を読んで夜10時就寝。
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6月21日(火) 晴れ カトマンドの日の出4時38分日の入18時32分 5時21分気温25℃、湿度80%ネパール89日目
2011/06/21(Tue)
4時半起床。山の稜線がくっきりと見えた。最近には珍しく薄い青空が見えた。今であればバクタプールからヒマラヤが見えるかもしれない。今週末に来る23年1次隊との夕食会で6月28日(火)17:00、事務所ロビー集合のメールがあった。今回のシニアは5名と聞いている。シニアは1ヶ月の研修期間はこの木戸ホテルで、青年たちはドミトリーで暮らす。早いものでもう3ヶ月が経った。3ヶ月ネパール語はちっとも学習しないので身につかない。今週から再び勉強をはじめることにする。1時間前までよく見えていた山には雲がかかってきた。6時朝日が照ってきた。6時半朝食。今朝のおかずはヒジキの煮物。バングラデシュからネパールに旅行に来ていた青年とおしゃべりをする。カトマンドはバングラより空気がきれいで道もいいという。1人あたりのDGPではバングラの方が高いがカトマンドの方が豊かな感じがすると言っていた。今の時期はバングラも雨季で川が氾濫する被害が出るという。今日のお昼の飛行機で1時間でバングラに帰るとのことだった。任国外旅行で行って見たいと思った。7時半 今日はバクタプールから見る山々の向こうに雲か見分けがつきにくかったが、白いヒマラヤか見えたような気がした。バクタプールの水田では今日も田植えをしているのが見えた。10時いつものようにサンカルジーはすでに来てパソコンに向かっていた。10時9分今日は午後2時で仕事を切り上げてサンカルジーにフェリ ボリ ベトーンと挨拶をしてオフィスをでる。外は真夏の暑さだった。サノティミでバスに乗り、ババマハルで乗り換え、タパタリ交差点でバスを乗り途中で歩いて3時5分前JICAオフィスに行く。3時から小倉清子さんの講演を聞く。1957年栃木県生まれ。1981年東京大学農学部卒業。1993年よりネパールに在住。1990年、偶然滞在していたネパールで民主化運動(ジャナ・アンドラン)に遭遇し、衝撃を受ける。そのときのドキュメントを1050人へのインタビューをもとに「王国を揺るがした60日」として出版した。また、2006年の民主化運動(ロクタントラ・アンドラン)のドキュメントを「ネパール王制解体―国王と民衆の確執が生んだマオイスト」にまとめた。「マオイスト」として知られるネパール共産党毛沢東主義派の本拠、ロルパ郡まで潜入し、その実態を明らかにした。プラチャンダ議長のインタビューも掲載されている。インターネットの「アジアプレス・ネットワーク」に時々「小倉清子のカトマンズ・ジャーナル」と題する記事を掲載している。ネパールの特に政治については貴重な情報源である。とネットにあった。話しを聞いて、新憲法に入れることになっているという連邦制の中身が難しい問題であることを認識した。マオイストは新しく設ける連邦制という州になかには“Autonomous Regions(自治領域)”、“Protectorate Regions(保護領域)”、“Special Regions(特別領域)”と呼ばれる領域が指定される。Autonomous Regions は特定のカーストやコミュニティー、言語グループの人口密度が高い領域。Protectorate Regions は存続が危機に瀕していたり、人口が少ないカーストやコミュニティー、言語グループを保護するための領域。Special Regions は経済的、社会的に遅れたコミュニティーをターゲットにした領域である。ネパール会議派やUML の多くのリーダーは、州を民族やカーストに基づいて分けた場合、国家を分裂させかねないとして、この案に反対しているという。一方、マデシ系の政党はインド国境に接するタライ一帯を一つの“マデシ自治州”にすべきと要求しているという。憲法にはそもそも誰もが反対しない原則論を、例えばネパール国民はカーストや民族の差別は認めない。国民は全て平等である。などをうたえばいいと思うのだが、それを実現させる為の具体的な方法論である形まで盛り込むのが憲法の必須の条件になっているようであった。これでは8月までに決めるのはなかなか難しい課題だと知った。5月28日の前後でよく民族が憲法に自分たちの権利を盛り込む要求の「バンダ」をしていた意味がよくわかってきた。マオイストと国軍の統合は出来るだろうと思った。話を聞き終わって警察に勤める仲間から車に乗らないかといってくれたので運転手つきの警察の車にホテル近くまで乗せていただく。ホテルへ帰って、お風呂に入ってから近くのレストランで食事をする。レストランを出て帰り道、バイクの青年から木戸ホテルの道を聞かれたので、後ろに乗ってホテルまで道を教えながら帰る。部屋に戻りItuneを聞きながら、リンゴをいただく。その後紅茶を作る。19時40分 「ネパールの政治情勢に関するレポート」2011 年6 月17 日作成―小倉清子著を途中まで読んで夜10時半就寝。
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6月20日(月) 小雨後晴れ カトマンドの日の出4時38分日の入18時32分 5時40分気温25℃、湿度82%ネパール88日目
2011/06/21(Tue)
5時起床。雨は止んでいた。ホテルから見える周りの建物の屋上に干してある洗濯物は濡れたままにしてあるのが3箇所見えた。今日また洗いなおすのだろうか。今週は21日午後3時からネパール在住のジャーナリストから「ネパールの政治状況について」という話しが1時間半ある。ぜひ聞いてみたいと思っている。今の政治がどれほど安定しているのか。今の平和は今後どうなる可能性があるのか。新憲法制定が今後どうなるのかなどを学んでみたい。23日は仲間の夕食会の案内をいただいく。帰りが夜の移動になるので安全が気になったが、折角の案内をいただいたので参加することにする。朝新聞を放り投げて行く自転車に乗った新聞配達人は今朝は地面が濡れているので屋根のあるガードマンの小屋に入れていた。
この部屋から見える近所の建物の屋上などに干してある洗濯物は昨日の雨降りの間もづっとそのままになっているものが3箇所見える。今朝は雨は止んでいるが地面は濡れている。朝食のおかずはオクラ。庭に出て見ると今日も少し雨が降っていた。朝のバスでみると、バクタプールの田植えはこの週末で大体おえたようであった。先週金曜日に女が総出で田んぼに出て田植えをしていた。日本でも田植えは女の仕事だと聞いた。男は田植えの段取りはするという。10時オフィスにはサンカルジーとクリシュナ ドンガナさんがPCを覗き込んで話しをしていた。道具を出して、トイレに行ってこれから仕事。10時16分 サンカルジーは日曜日からタイのバンコックへ行くのでそれまでにいまの作業を終えて欲しいといわれる。ワードのチャートを新しく作るもので置き換えをはじめる。昼食は部屋で持参のサンドイッチをいただく。午後教育省でコンピュータの仕事をしているというグビンダ ラム パネルという青年がサンカルさんを訪ねてくる。丁度MTGで部屋に居なかったのでおしゃべりをする。大学のマスターでコンピュータ サイエンスをマスターコースまで学んで教育省のコンピューターオフィサーを5年務めているという。ザティはバフンだと言っていた。4時50分オフィスの玄関を出ようとするといつもバスで顔を合わす、おじさんが今日はいつものバスがないという。別の事務所から出ているバスに乗って途中で降りて一般のバスに乗り換えて帰るから一緒に乗っていってあげると言ってくれる。それに乗って、空港に曲がる道のところで降りる。しばらく待って来たバスに乗って、ババマハルで降りる。料金を払おうとしたらおじさんが金は払ったという。おじさんに払おうとするといいと言って受け取らなかった。ダンネバード、ナマステと言って降りる。いつもの店で夕食をいただきホテルに戻りロビーのバナナを2本持って部屋に戻る。洗濯物が届いていた。荷物を片付けネットを見てたら風呂が空いたと電話をもらう。お風呂に入って風呂上り部屋でスイカとスモモをいただく。ネットを見て「鬼平犯科帳14」を読んで夜10時半就寝。
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6月19日(日) 雨 カトマンドの日の出4時38分日の入18時32分 7時24分気温26℃、湿度80%ネパール87日目
2011/06/19(Sun)
4時半目を覚ます。ベッドの中で「鬼平犯科帳13」を読んで5時半起床。昨夜来の雨で道には大きな水溜りが残っている。6時半朝食。白菜の旨煮。デザートに良く冷えたマンゴーがでる。朝食後ロビーでNHK TVのチリであった250Km耐久マラソンを見る。8時部屋に戻りネットで父の日のメールを見る。朝また雨が降り始める。8時半 部屋で英語ボキャブラリーカード75から復習。昼食は朝のサンドイッチを部屋でいただく。午後「鬼平犯科帳13」を16時までで読了。この頃雨がやっと止む。17時いつもの店まで歩いて夕食をいただく。そのあと近くの店でダヒ(ヨーグルト)を売る店を探したらホテルの近くの店で1Kg入りを売っていた。18時ホテルへ帰って紅茶を作り18時25分 お風呂に入る。風呂上り日記をつけてレモンを搾りレモンティーをつくる。朝出したズボンなどの洗濯物は帰ってこなかった。1日雨降りだったので乾かなかったのだろう。
22時就寝。
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6月18日(土) 雨 カトマンドの日の出4時38分日の入18時32分 7時24分気温26℃、湿度73%ネパール86日目
2011/06/18(Sat)
夜中から降っていた雨は朝になっても止まずに降り続いている。朝から雨だったのはここに来てから初めてかもしれない。朝食のとき昨日の村の訪問の話を伺う。70名ぐらいの村人が中には3時間も歩いて来た人もいたそうだ。よい話を感謝されたという。とてもいい訪問だったようだ。専門家の方から養蚕の話しを伺う。朝国勢調査で青年がホテルに訪ねてくる。長期滞在者の調査をされる。今日は野菜市場を教えてもらったので行ってみたいと思ったが雨が小降りになるまで待つことにする。8時 Google Earthでカトマンドの地図を見る。ThapathaliとMaitigharと木戸ホテルと庭の3つの白いテーブルを見ることができた。8時45分雨が上がったのでこれから買い物に出かける。まずいつもの市場に行く。今日はスイカは売ってなかった。ライチとレモンを買い、朝聞いたカリマティの市場に行く。以前訪ねたサヤミの家のそばにあった。野菜中心だったが、スイカも果物も生きた魚も売っていた。マンゴー1Kgとリンゴ1Kgとスイカ3.88Kgを買う。帰りはテンプーにワールド トレード センター近くまで乗って歩いて11時過ぎ帰宅。サンドイッチとレモンティとレイチのデザートで昼食をいただく。日記をつけてこれから一休み。13時半起きてレモンティーを作る。宿泊客の吹く尺八の音がホテルに響く。3時前ホテルを出て、タメルへでかける。先週同様の人出でにぎわう。タメルの入り口でスモモを買って今日は「桃太郎」でワンタンメンをいただく。雨上がりで道がぬかるんでいて靴とズボンが泥で汚れてしまったので明日洗濯に出そう。どうやら靴の底の接着が取れて水漏れするようになったようだ。雨季になって靴を売る店が目につくようになってきた。靴の水漏れ修理が出来ないか試してみて、無理だったら来週靴を買いに出かけてみよう。5時過ぎホテルに帰宅。リンゴをいただき「鬼平犯科帳12」を読了。ベッドで「鬼平犯科帳13」を読んで眠ってしまい、7時過ぎ風呂が空いたと電話で起きる。風呂に入ってからレモンティを飲んで日記をつける。夜10時就寝。
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6月17日(金) 晴れ カトマンドの日の出4時38分日の入18時31分 5時11分気温26℃、湿度74%ネパール85日目
2011/06/17(Fri)
3時目を覚ます。3時15分からおはようパーソナリティ道上洋三ですを聞きながらブログの更新をする。
Craving Explorerを更新する。歌のダウンロードを試みたが回線が40KBと遅くて30分以上かかるとわかってあきらめる。レモンティを作る。今日も昨夜降っていた雨が上がって良いお天気になりそうである。週末になった。今週は早く過ぎた感じがした。こんな一週間がありがたい。7時過ぎから9時まで英語ボキャブラリーカードの復習71から75まで。朝ホテルを出た時は強い陽射しで日傘をさしている人もいた。日中は作業をして昼食は部屋でいただく。2時45分本日閉店にして3時のバスで帰る。ホテルに帰ってクーラーをつけて音楽を聴いて「鬼平犯科帳12」を読む。5時ホテルを出ていつもの店で夕食をいただく。帰り少し雨がパラつく。ホテルに帰ってお風呂に入る。5時45分部屋に戻り音楽を聴きながら日記をつける。18時空一面雲に覆われる。夜に雨が降りそうである。18時5分 「鬼平犯科帳12」を読んで19時就寝。21時目を覚ます。
しばらくして又休む。
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6月16日(木) 雨上がり、晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時31分 0時58分気温27℃、湿度76%ネパール84日目
2011/06/16(Thu)
昨年の今日の日記を見てみるとバヌアツから帰って85日目で朝6時半公園でラジオ体操をしてカッコーの声を聞いていた。今年の今日はネパールに来て84日目でカッコーの声を聞いている。昨年の明日17日にJICAの1次試験の結果の発表をネットで見た。あれから1年早いものである。これから本を読んでひと休み。0時54分 1時半休む。3時過ぎ目を覚ます。ネットバンキングを2つしてからおはようパーソナリティ道上洋三ですを聞く。昨夜からの雨はまだ降り続いている。4時 ベッドで休み5時起床。雨が止んでいた。カトマンド盆地を囲む山々がくっきり見える。窓を開けて網戸にする。今日のようなお天気だったらカトマンドからナガルコットに行けば白い山々のヒマラヤが見えるかもしれない。ネットでインドのマルワリについて見てみる。インドの近江商人といわれているという。インド西部の砂漠地帯をカバーするラジャスタン州出身のMarwari(マルワリ)だ。マルワリとは「マルワール地方出身者」という意味だが、通常インド人の間でマルワリといえば、先祖がこの地方出身の商人やビジネスマンのことだ。彼らの多くは敬虔はヒンズー教徒で菜食主義者だ。マルワリの人口のほうがパルシー(パルシーの説明については「インドの財閥〓タタ財閥」の人口より多いこともあって、インドではマルワリ系の財閥のほうがパルシー系の財閥より数は多い。数あるマルワリ系の財閥の中でビルラ財閥はその筆頭であった。を見る。マルワリ相手のビジネスで誰もが直面することは、彼らがお金には厳しいということだ。価格交渉がシビアだし、得た利益の蓄財にも熱心だ。投資したお金を長く寝かせておくことも一般的には避ける傾向がある。「果てしない値切りに辟易とした」とか、「工業に投資するにしても、とにかくスグ資金の回収をはかる」といった話は大体マルワリ系の企業を相手にしての話だ。カトマンドのこのホテルの周りにもインドのマルワリのお金持ちが多く住んでいると聞いた。周りの道を良くしようといった話にもお金持ちの彼らはビタ一文協力をするようなことはしないらしい。当初は高利貸しや商業に従事していたが、第1次世界大戦以降に工業を中心とした近代産業分野に積極的に乗り出し、インドの近代化に大きく寄与しインドの大企業の2割をマルワリ・コミュニティが占めているともいわれているという。ネパールのネワール族はマルワリのように産業分野でも活躍が著しい。
明け方雨が止んで山がくっきりと見えたが、みるみるカトマンド盆地に降った雨が朝日で暖められたのか雲が涌くように立ち上りまたたくまに山を隠してしまった。朝日が出る。朝食後英語のボキャブラリーカードを71まで復習して9時14分ホテルを出る。いつもの職場のバスで10時前オフィスに着く。今日も報告書のグラフを見直して作る。4時半でお仕舞いにして明日で一応終わりそうでオフィスを「フェリ ボリ ベトーン:また明日会いましょう」と言って後にする。バスは4時53分に発車して、ババマハールには5時18分に着いた。いつもの店で夕食をいただき、ホテルに17時50分帰る。ホテルで日記をつけていると6時過ぎに雨が音を立てて降りだした。メールに6月16日青年団体による抗議活動の実施について
当館に入った情報によりますと,共産党UMLの下部組織である,ユースフォースと呼ばれる青年団体が中心となって,明日(17日)会長が逮捕されたことに抗議するためネパール全土においてバンダを実施すると発表しました。殆どの工場,店舗,学校は閉鎖することは勿論のこと,カトマンズ盆地においても道路封鎖状態となり,車両に放火したりする行為に出ることも予想されることから,緊急車両,外交団車両,ツーリストバスを除く一般車両,公共バスなどは通行不能となると思われます。つきましては,不要不急の外出はなるべく控えられるよう,また,万が一外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
とあった。果たしてどうなることか。困ったものである。19時22分携帯にメールが入り、政府と話し合いの結果バンダは中止になったとあった。「鬼平犯科帳12」を読んで20時就寝。
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6月15日(水) うすぐもり カトマンドの日の出4時37分日の入18時31分 5時23分気温27℃、湿度75%ネパール83日目
2011/06/16(Thu)
1時45分目を覚ます。NHKラジオ5時のニュースを聞きながら日記をつける。3時休む。5時起床。窓を開けて網戸にすると外の冷気が入ってきて気持がいい。5時25分 6時半朝食。今日のおかずは冬瓜。9時まで英語ボキャブラリーカードを61から65まで暗唱。9時14分ホテルを出る。今朝もバスで一緒になった青年隊員とおしゃべりをする。今日も10時オフィスにはサンカルジーが出てきていた。昼食は1時15分食堂でじゃがいものカレー味とヨーグルトとミルクティーをいただく。今日で92ページの半分ぐらいまでのうちの表で少し手直しをしたほうがよさそうなものを選んで作ることにした。16時までで92ページのうちの52ページまでの表を見直す。ネパール事務所便りを見ていたら今月末に着任する予定のシニアの中にバヌアツでご一緒した女性の名前があった。何度もボランティア経験のある人である。4時45分さよならをしてバス乗り場へ。5時のバスでホテル近くのババマハルで降りていつもの店に行く。食事が運ばれるのを待っていたら事務所から電話があった。食事を終わってホテルに戻り庭のベンチにかけて電話をしてみる。心配するような電話ではなかった。部屋に戻ってしばらくしてお風呂が空いたと電話をもらって入浴する。風呂上りクーラーにあたりながらスイカをいただく。ネットを見てからベッドで「回天の門」を読んで20時就寝。22時45分に雨音で目を覚ます。ラジオ深夜便は2時台でジャズをしていた。メールの原稿をつくる。23時45分から3時台で昭和歌年鑑:昭和31年の流行歌リンゴ村から、しあわせはどこに、愛ちゃんはお嫁にを聞きながらレモンティを作る。美空ひばりが歌う、力道山の歌が出てきたがこの歌は知らなかった。三橋美智也、コロンビアローズ、大津美子など懐かしい歌声を聞く。0時40分
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6月14日(火) 晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時30分 5時53分気温26℃、湿度75%ネパール82日目
2011/06/14(Tue)
5時20分起床。今日はネパール暦で2月:ジェート月の31日の月末である。明日から3月:アサール月でカレンダーが変わる。ネパールの公式暦はビクラムサンバート:ビクラム暦を使っているからオフィスでは今日は14日:チョウダ ディンではなく31:エクティス ディンである。部屋のカレンダーは日本のカレンダーとネパールのカレンダーをかけている。今年はこれまでよく雨が降ったという。今朝も音を立てて雨が降っていたが明るくなって止んでいた。電力は水力発電だけのこの国は最近の雨のお陰で発電量が増えて明日から1日の停電時間が短縮になる。6月から9月までの雨季は日本の梅雨と違って長く降り続くものではない。日本であれば雨が降ると傘が一斉に開くが、こちらで雨が降り出すと、傘を取り出して歩く人より、雨宿りをして止むのを待つ人が増える。傘を持たない人は雨の中を歩く人もいる。雨に当たるのが気持いいというところもある。雨が止むと陽が差すことが多いからすぐ乾くようである。黒靴は雨季でも使えるビニールの靴を持ってきたのは良かった。通勤はいつもそれを履いていく。いつでも雨が降ってもいいように傘はリュックサックに入れてある。昼間の強い陽射しのときに日傘として使っている人がいるのでマネをして時々暑い陽ざしの時は出してさしている。6時半朝食。今日のおかずはねぎと油揚げの煮物。エベレスト遊覧飛行の話しを伺う。ヒマラヤの中でもエベレストは目立って聳え立っていて下から見上げるようにして飛ぶらしい。7時45分部屋で日記をつける。9時15分ホテルを出て、バスを待っていて、昼食を冷蔵庫に入れたままで持ってくるのを忘れたのに気がついた。時々昼食を持ってくるのを忘れたのはバヌアツでもあった。バスでは今日も青年隊員が乗っていたので、隣に座らせてもらっておしゃべりをする。午後職場を訪ねてくれるという。10時今日もサンカルジーが既に事務所に出ていた。これからレポートの作表を今週で仕上げる段取りを考えてみる。10時8分 とりあえず今週を目処に仕上げるつもりでやってみる。昼食を忘れたので13時15分サンカルジーとキャンティーン:食堂に行き、ロティ(発酵しないパン)3枚とジャガイモのおかずを2種類とヨーグルトとお茶をいただく。サンカルジーに今年の海外出張を訪ねたら6月27日から5日間、タイのバンコクに行くと言う。タイへは数回行っているという。その他の海外へは何処に行ったか訪ねると、インド、パキスタン、バングラデシュ、ドバイ、スェーデン、ノルウェイなどへいずれも仕事で行ったと言う。今回は教育省から1名、教育局からサンカルジーの1名の2人で行くという。教育局の代表で行くのだから来年4月でやめないでもっと居てくれと言ったら、まだやめるのは決めていないといっていた。明日はご馳走してもらうからと言って昼食はサンカラジーがご馳走してくれた。2時半ごろ青年隊員が事務所に訪ねてきてくれた。おしゃべりをして記念写真を撮る。その後食堂でネパールティとヨーグルトをいただいておしゃべりをする。3時半事務所に帰って、4時今日作った作業分をメールしておく。4時45分片付けてフェリ ベトーンと言ってさよならをする。5時のバスに乗って帰宅。ホテルの食堂で忘れ物の昼食分とネパールティーをいただいて夕食にする。夕食後6時部屋に戻って日記をつける。甘いスイカをいただいて6時45分お風呂に入る。風呂上り蚊とり電子マットをつける。「回天の門」を読んで20時就寝。
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6月13日(月) うす曇り カトマンドの日の出4時37分日の入18時30分 3時23分気温27℃、湿度75%ネパール81日目
2011/06/14(Tue)
3時過ぎ目を覚ます。右腕先を蚊に刺されていて薬を塗る。枕元のボードに止まっている蚊を見つけて叩くと赤い血が飛んだ。3時15分から久しぶりに「おはようパーソナリティ道場洋三」を聞く。この10月4日に100歳になる日野原重明さんが今日のゲストだという。5時前休む。6時起床。今朝は薄い雲がかかってカトマンドを囲む山々がもやの中に隠れて見えない。6時半朝食。今日のおかずは納豆のようなお気に入りのオクラ。
9時まで英語ボキャブラリーカード51から55まで復習。9時15分ホテルを出て事務所のバスに乗る。月曜日の今日はお客さんが先週金曜日ほど無かった。青年隊員とおしゃべりをしてくる。アルジャンジーが途中から乗ってくる。週に2日カレッジでコンピュータのレクチャラーを勤めているという。今日は試験をしたといっていた。朝から何も食べていないのでこれからキャンティーンで食事をすると言って食堂に出かけた。事務所は珍しくサンカルジーはまだ来ていなかった。机を拭いてから仕事の準備をする。シュリー ラム スベディという人がコンピュータ室に入って仕事を始めたので挨拶する。電気関係を見ているという。10時18分。11時風邪を引いたと言いながらラジャンドラジーが出てくる。先週はチトワンから帰って事務所に顔を見せなかったが風邪をひいていたらしい。鼻をぐずぐずいっていて時々くしゃみもしている。高血圧で糖尿病だと言っている。12時サンカルジーが出てくる。12時過ぎネパールジーがサンカルジーを訪ねてくる。午後にラジャンドラジーが帰って行った。今日はサンカルジーと年金について話をした。来年4月で20年勤続になるので年金の受給資格ができるという。年金支給は現行給与のの60%だそうだ。来年4月で退職することを考えているという。定年まであと10年を残して出世コースに乗っている人だと思っていたが、出世の限界を感じたのかもしれない。ネパール人には珍しくよく仕事をする人だし、よく出来る人だから、退職してからの考えがあるのだろうが、それは聞きそびれた。なんとか来年4月にやめるのを1年延ばしてもらえるようにしたいものだ。午後は依頼された作業の整理をして今日は4時45分でお仕舞いにする。5時の職場のバスでバーバマハルで下ろしてもらい、買い物をして夕食をいただき7時前ホテルに帰る。しばらくしてお風呂に入る。風呂上りクーラーを当たり、Ituneで石原裕次郎を聞きながら日記をつける。今日は大使館からのお知らせ(11-32)6月13日 計画停電短縮(週28時間)についてこのたびネパール電力公社は,15日より実施の計画停電表を公表しました。停電時間は,週42時間から週28時間(1日4時間)へ短縮となりました。とあった。来た当初の1日14時間停電から随分短縮になった。最近では停電はほとんど気にしなくて生活できている。20時15分
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6月12日(日) 晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時30分 5時33分 気温26℃、湿度75%ネパール80日目
2011/06/12(Sun)
4時45分起床。小鳥の声、カッコーの鳴き声が寝ていて聞こえてきた。今朝は東の山と朝日でピンクに染まった空が美しかった。3ヶ月が経とうとしているこの時期にカトマンドの印象を書いておく。「幼稚園から大学まで学校が多い。特に小学校が多い。子沢山のこの国の平均年齢が約21歳で日本の45歳と較べると小さな子供が大変多いが、親が子供の教育には熱心のようだ。町で大きなスクールバスをよく見かける。プライベートスクールという私学のバスだ。小学校、中学校、高校はネクタイをした学校の制服を着ている。大学は制服はない。山の地方では子供も小さい時から家の働き手になっていて学校に行けない子供も多いらしい。ガバメント スクールと呼ぶ公立学校は授業料は無料という。教師の待遇も、プライベートの場合より恵まれていると聞くが、内容と評判はどうもプライベートスクールに劣るようだ。街で日本製品で1番目にするのは、タクシーでスズキ製であることだ。それもかなり古い。小型自動車は韓国のヒュンダイをよく見る。大きなバスはインド製のTATAが多い。バイクは日本のホンダが多い。電気製品は日本のSONYの看板も見るが、韓国のサムソンも良く見る。ノートパソコンでは中国製が多いが、日本製のTOSHIBAを見ることもある。健康に関しては子供の多くは身長・体重とも日本人より小さいようだが成人になるとメタボの男女をみかける。菜食の人が多いようだが、米を食べる量は日本人の2倍は食べる。日本人も以前は米を茶碗に何杯もお代わりをしたものだが、最近は腹八分目が浸透して、食事を控えめにする人が増えているが、この国では太っているほうが豊かに見えていいという考えがあるらしい。味付けは塩気が多くてしょっぱいものが多い。唐辛子は良く使う調味料だけに辛い味が多い。従って、高血圧、糖尿病も多いようだ。街の中でゴミを野焼きしているのを良く見る。飲料水のペットボトルと買い物袋のビニールが一般に多く流通しているので、こうしたビニール製品も野焼きされるていて、街の空気汚染源の一つになっている。朝起きて窓をあけると、野焼きの気持悪い臭いがしてくることがある。ビニール製品などを野焼きすることの危険性は「ダイオキシン」という発癌物質を出すということで日本では危険性が浸透したことだが、この国ではそうした教育はされていない。街中で道路が舗装されていないため車が走ったり風が吹くと砂埃が舞い上がる。大きな塀で囲まれた屋敷の回りの道でもそんな道路が整備されないままになっている。お金持ちの住人たちが金を出し合って道を整備するということはないという。6時半朝食。今日のおかずは茄子の煮つけ。朝食後1ヶ月間、途上国の妊産婦と女性を守る活動でネパールで仕事をされているというNGOの方と少しおしゃべりをする。
5月23日(月)ネパール政府は,最低賃金を現行の月額4600ルピーから6200ルピーに,また日雇い労働者向け日当を日額190ルピーから231ルピーに引き上げることを正式に決定しました。尚,新賃金は2011年3月15日より遡及して適用されます。」というニュースがあったが山の地方では小さな子供の世話をする保母の給料は月に1800ルピーだと聞いた。田舎では小さな子供の世話はその兄弟がよくしている。子供が家族の貴重な働き手となっている田舎では子供の数は多い。5歳で既に結婚相手が親に決められて、10歳で結婚相手の家庭に入る子供もいるという。そういうところでは学校になかなか行けない。都会であるサノティミの教育局で働く人の子供の数は2~3人ぐらいが多いようだ。カトマンドでお金のかかる大学には月の月謝に12000ルピーかかるところがあるという。日本同様、子供の教育費用がかかるのは、カトマンドも同じになってきている。ただこの国の大学生で国内で働けるのは4人に1人であとの3人は外国に仕事を探さないとならないと聞いた。国内で産業がまだ少ないので、外国に目を向けざるを得ない。その外国で日本はみんなが行きたい国だという。しかし日本に行くのもビザの取得が簡単ではないという。昨日タメルの雑踏を歩いていたら、「日本人彼女募集」と漢字で印刷したTシャツを着ていた青年が居た。中国人かモンゴル系ネパール人のようだった。今日はいいお天気になって暑くなりそうだ。昼までで「鬼平犯科帳10」を読了。
午後はクーラーをつけて部屋で「鬼平犯科帳11」を読みはじめる。4時過ぎお風呂に入る。風呂上りクーラーに当たって日記をつける。良く晴れていたが午後一時音を立てて雨が降っていたが今は止んでいる。前の道路の穴には水が溜まっている。夕方紅茶を作る。パンと紅茶とバナナの夕食をいただく。夕食後「鬼平犯科帳11」を読了。夜ベッドで藤沢周平著「回天の門」を読んで就寝。20時
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6月11日(土) うすぐもり カトマンドの日の出4時37分日の入18時29分 5時33分 気温26℃、湿度75%ネパール79日目
2011/06/11(Sat)
夜中2度ほど目を覚ましたがそのまま寝て、4時45分起床。お湯を沸かす。ネットで将棋名人戦の棋譜を見る。どの勝負も最終図で何故投了なのかよく判らないものが多かった。プロでなければ投了図以下まだまだ勝負の行方はどちらになるかわからない。5時半日記をつける。朝方はカトマンド盆地を囲む山の頂がくっきり見えた。4階の屋上に出て見てその先のヒマラヤが見えるか見てくるが山のかなたはもやっていてヒマラヤは見えなかった。朝食は切干大根の煮付けが出る。昨日の帰国報告会の話で地方で活動した青年やシニアの話しを同僚から聞く。朝食後庭に出てチトワンの研修に出ていたラム青年に電話をしてみたがスイッチが切られているとのメッセージが流れてきて繋がらなかった。9時まで部屋で「鬼平犯科帳10」を読んで買い物に出かける。いつもの野菜売り場のスンダリおばさんから3.5Kgのスイカとリンゴ4個を買う。レイチを2個おまけしてくれる。レイチが今の時期どこでも売られるようになった。甘みがあるからか、ミツバチのようなのが沢山たかっていた。砂糖を1Kg、キューリ1本、小さなレモン25個を買う。少し疲れたので衣類の市場には入らずに10時半にホテルに帰る。部屋の掃除中ということでロビーでボランティア雑誌クロスロードを見る。11時前部屋に戻って網戸をしていても外の風が入らないので窓を閉めてエアコンをつける。日記をつける。昼食はホテルの食堂でミルクティーをいただいて朝のサンドイッチをいただく。午後、部屋で内田康夫著「城崎殺人事件」を読んでうとうと昼寝をする。3時目を覚ます。少し元気が出る。「鬼平犯科帳10」を読んでから「地球の歩き方」を見て、夕食を繁華街のタメル地区で食べることにする。4時過ぎホテルを出る。土曜の休日で王宮前の広場では今日もバレーボールを見る人たちが人垣を作っていた。道端の店に人が群がり大変な賑わいであった。5時「おふくろの味」に入る。ビルの2階でタメルの路店が見える40席ぐらいの店で肉野菜炒め定食をいただく。タメルの細い道沿いはネパール料理の香辛料や野菜果物を売る店が並びお客さんも大勢だった。ここでスモモを5個買う。まだ緑色だが2~3日で赤くなるのだろう。タメル地区の人出は凄かった。木戸ホテルから歩いて1時間のところだが御徒町のアメ横という感じで、なかなか活気がある。これから土曜日はタメル地区の店を散策するのも面白そうである。日本食の店もいくつかある。西の空がだいだい色に染まるのを見ながらまだ明るいうちにホテルに帰る。ホテルでは良く冷えたマンゴーをいただく。ネパールティーもご馳走になる。6時55分お風呂が空いたと電話をもらう。熱いお湯につかり汗を流す。7時15分風呂上り日記をつける。7時40分。ベッドで「鬼平犯科帳10」を読んで20時就寝。
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6月10日(金) 晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時29分 6時7分 気温25℃、湿度75%ネパール78日目
2011/06/10(Fri)
5時半起床。今日も気持のいい朝である。やっと週末が来たという感じである。今日は15時で終わるから17時までの帰国報告会に出てみようかと思う。7時半には陽が差して今日も暑くなりそうになってきた。昨日帰国の挨拶をされたシニアの女性は着任して3ヶ月は泣いていた。JICAオフィスに相談に来る日々だったという。それが2年経って帰国に際して得がたい貴重な日々だったと話していた。一緒に着任した仲間が停電で真っ暗な中で日本に帰ろうかと思ったという話も聞いた。ネパールに着てからもうすぐ3ヶ月がた経とうとするこの時期が自分に何が出来るのだろうかと思い悩む頃なのだろう。3ヶ月が経つと次の隊次が来る。修了して2週間で派遣であったから丁度今日ぐらい駒ヶ根の修了式の頃だろう。7時47分これから出かける支度をして英語ボキャブラリーカード46から50まで暗唱する。9時15分ホテルを出る。10時いつものようにサンカルさんがもう出ていた。チトワンにもきたクリシュナ ドンガナさんも来てパソコンを覗いていた。
午前中は出張報告書と出納簿を作ってメールで送付する。Flashシステムのコピーをお願いしたが、書かれたUSBでウィルスが検出された。念のためUSBをフォーマットして再度のコピーをお願いする。11時45分
昼食後Flashシステムのインストールをする。その後Update,それからデータのインポートをする。2時40分でオフィスを後にする。出たところでコイカのセオンジュさんが2階から声をかけてくれて今日は事務所のバスが無いと言う。ありがとうと言ってサノティミのバス停まで歩いてバスを待つが、来るバス、来るバス満員であきらめる。仕方なく本道まで15分ぐらい歩く。本道では直ぐバスが来て、ババマハルまで。そこでテンプーに乗り換えてJICAオフィスの近くまで。JICA報告会の3階会場には4時過ぎ着いた。会場を覗いたが満員だったので、あきらめて書類を入れた封筒を4階受付に預けてオフィスを出る。スーパーマーケットのセルウェイで45mラップを2本買って道の脇でレモンを売っていたおばさんから4つレモンを買う。そこからテンプーに乗ってタパタリ交差点まで。いつもの店で夕食をいただきホテルに5時過ぎ帰宅。お風呂に入って風呂上り、エアコンをつけて日記をつける。18時19分 ベッドで「鬼平犯科帳10」を読んで20時就寝。
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6月9日(木) 晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時28分 5時20分気温25℃、湿度73%ネパール77日目
2011/06/10(Fri)
4時45分起床。ネットへ繋がらない。紅茶を作る。気を取り直して接続を試みるが矢張り繋がらない。ガネシュさんに話したら昨夜からプロバイダーに繋がらないということであった。1階のロビーのPCも繋がらないし、念のため別の部屋のLANケーブルに繋いで見たが同様に繋がらないので、プロバイダーの問題で繋がらないということのようだった。6時8分停電になった。6時半朝食。今朝のおかずはかぼちゃであった。
朝食後、繋がるようになったとガネッシュさんが言ってくれたので部屋のPCでやってみたら繋がったのでホッとする。朝食後ネットに繋いでメールを3つ発信する。8時 9時過ぎまで英語のボキャブラリーカードを41から45まで暗唱する。9時15分ホテルを出る。9時26分職場のバスで出かける。10時今日はサンカルジーが既に出てきていた。朝から出張報告書を出してくれというので昨日作ったた出張報告書を英語に換えて、最終日にあったお偉方のスピーチを追加して11時15分までにメールの添付で送っておく。午前中ワールドエディケーションのコイララさんが尋ねてきて出張報告書作りに協力してくれて助かった。昼食後コンピュータ室の机の上を清掃する。メールを見たら中国との国境のDolakhaに帰ったシュレスタさんから写真の返信メールが届いていた。暑かったチトワンから直線距離では100Kmほどのヒマラヤの町ドラカは涼しいCoolな気候だと書いてあった。昨年結婚したという青年はネワール人で、IBMのPCを買収したレノボのPCを使っていた。この国の経済界に進出しているネワール族の人々だが今回のワークショップに参加した人の何人かはネワール人だった。最初に写真の返信をしてくれたのがネワール人であった。シュレスタさんという名前はネワール族のポピュラーな姓のようだ。今住むホテルは日本人が創業者でその名前がホテルの名前になっているが、現在のオーナーはネワール人でやはりシュレスタさんと聞いた。以前4月のバンダの日にお尋ねしたIT企業の経営者もシュレスタさんといった。日本企業のビジネスパートナーとしてIT企業を経営していた。ネワール人の経済界での活躍はずば抜けている。Dolakhaに帰ったシュレスタさんも産業がこの国にもっとあったならビジネスマンで成功しそうな青年であった。午後は昨日出来て来た昨年度11月のFlash 1 Reportを見て詳しいレポートからサマリーレポートを作って見る。午後は電気がこなかったのでいつの間にかバッテリーが50%を切って注意のメッセージが出てきて、停電だったことを知る。トイレに行って今日もこれから帰る準備。16時40分事務所を後にして、バス乗り場へ。バスを待つ間、庭の花と役所の一角に住まいを持って色々な仕事をしているタマン族の家族の写真を撮る。17時のバスでババマハールで降りて、昨日の店でパンとレモンを買ってホテルへ。18時入浴して18時半から隣の日本料理の「田村」でシニアと専門家と事務所スタッフによる懇親会に出席。自己紹介をした後、帰国される女性シニアがネパールの踊りの衣装でダンスを披露される。バイキングスタイルの日本料理を久しぶりに堪能する。お酢がきいた料理や、てんぷら、焼き鳥、餃子など久しぶりの日本の味で沢山食べる。最後にのり巻きとよく冷えたそばがでてきていただいた。明日は9時から17時までJICAオフィスでは帰国報告会があるという。最後まで残って9時半お開きになる。ホテルロビーに行くとはじめての果物のレイチがあった。美味しくいただく。部屋に戻って日記をつけて、ベッドで「鬼平犯科帳10」を読んで22時半就寝。
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6月8日(水) 晴れ カトマンドの日の出4時37分日の入18時28分 ネパール76日目
2011/06/08(Wed)
5時半起床。今朝はもやっていて盆地を囲む山々は見えなかった。小鳥のさえずりと、雄鶏の時の声とカッコーの声が聞こえてくる。朝の空気がひんやりしていて気持がいい。1週間のチトワンでは朝、夕のホテルから学校までの行き、帰りに日の当たるところを歩いたが陽差しが強いので傘をさして歩いたりしたから、ほとんで日焼けはしなかった。今回は現場の教育事務の人たちとカウンターパートとの協業の実態を学ぶことが目的だったが、若者から年配までいろいろな人が、教育システムを難しくない、易しいと言ってやっていた。ワークショップは土日もあったが文句を言う出席者は居なかった。この国の若者は外国に職を探すのが普通のようだが、教育局というこの国では恵まれていると思われる職場に勤めている人たちの中にも外国で勉強したい、仕事をしたいという希望を持っていることを知った。それほどに今の職場でも仕事を続ける魅力が薄いようだ。それぞれ能力のある人々だけに全く自然のことかもしれない。6時20分。朝食はパクチョイの煮物。部屋で英語ボキャブラリーカードを36から40まで暗唱して9時15分ホテルを出る。電気がきていた。10時からネットに繋ごうとするが繋がらない。Disable Enableをくり返してみるが繋がらない。機械室の別のLANケーブルに繋いだらネットに繋がった。今日は昨日までの出張の報告書を作り、出納帳を作ってみる。今日は4時40分までで帰り支度をしてバスで帰る。ホテルへ帰る道沿いの店でレモンを買ってホテルに帰る。夕食はいつもの店でいただく。帰り以前話しに出ていた店を探すが見つからなかった。ホテルに戻ってしばらくTVを見て、ネパールティーとバナナをいただく。部屋に戻って日記をつける。有線LAN接続でオフィスと同じエラーで接続できず、無線LANで接続する。ベッドで「鬼平犯科帳10」を読んで22時半就寝。
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6月7日(火) 晴れ チトワン7日目 ネパール75日目
2011/06/08(Wed)
4時半起床。夜中雨の音がしていたようだった。ベッドで「鬼平犯科帳9」を5時までに読了。朝の鳥の声が賑やかである。昼間は日本の夏のような暑さになるが、朝はそれほど暑くなくて気持ちいい。ようやく7日目、最終日である。この国のセミナーは、朝の軽食とミルクティーが8時から9時、昼食が11時半から12時半、午後のお茶が軽食とミルクティーが出て、それは主催者が準備している。参加者の宿泊費用も主催者持ちのようである。昨日の午後に係りが参加者から航空機のチケットの伝票や宿泊伝票のようなものを回収していた。それらの出張にかかわる経費は一括して主催者が処理するようである。参加者に尋ねるとこのような仕事にかかわる出張は年に2回から3回あるという。暑い部屋にもかかわらず汗をかきながらデータ入力や説明のあったことをよくやっていた。今回のワークショップは難しくは無かったと言っていた。ネパール語が理解できてくると楽しいのだろうが今回は楽ではなかった。今日も一日笑顔で過ごすことにしよう。5時40分まで名簿を更新。6時フロントへ荷物を預かってもらい食事に行く。6時35分フロントに戻り精算をする。小切手で精算をしようと思っていたが、持っていた現金で足りたので、現金で支払うことにする。7時過ぎホテルを出て学校まで歩く。なんと太さ30cmぐらいの木が根元から折れていた。昨夜の強い風で折れたという。台風が来たという人もいた。朝食のお茶では大豆と知らない豆のカレー炒めとミルクティーとレモンティーと水をいただく。9時ぐらいから教育局のホームページの説明などがある。10時ごろから強い雨が降ってきた。12時までには止む。11時半からサノティミから来た教育局のお偉方が3人が皆の前に座りクロージングの挨拶を立った。出席者の2人が先ず話し続いてクロージングのスピーチのためにきた3人の計5人の人が入れ替わり話しがあったが、皆さんの話が長くて終わったのは13時10分ぐらいになっていた。一人当たり20分平均のスピーチであった。いつものホテルで昼食を食べる時間があるかと心配したがラム青年に誘われて昼食会場へ行き、カレーとヨーグルトをいただく。昼食会場でサンカルジーにありがとうと挨拶して13時35分昼食会場のホテルを後にする。道路に出て歩き出したら運良く空のリキシャが来たので空港玄関まで乗せて貰う。空港カウンターには13時50分に着いた。空港税142NPRを支払いチェックインを済ませる。大雨が降ったので飛行機に遅れなどが起こるかと心配したがそれはないようであった。同じ飛行機に乗る予定の参加者も何人かいるようである。今日のように大雨が降ったあとにバスでカトマンド行きとなると土砂崩れなどの危険が伴うものらしい。2時55分発となると3時15分ごろカトマンド着である。カトマンド空港からホテルまでバスにしたいがどういうことになるやら。2時半。飛行機は遅れて3時ごろ着いた。19人乗りの小さなBeech 1900Dというのだった。座席は決まっていなくて最後の乗ったので一番後ろの3人掛けの席に2人で座った。3時15分離陸して、しばらくして山を飛ぶ。山の頂上の道がはっきり見える。山深いところも道がついていて人の生活がしのばれる。山をいくつか越えるともうカトマンド盆地に着陸であった。着陸は3時35分。20分のフライトで夏の東京から標高1300mの軽井沢の高原に来た感じである。国内線の到着口もタクシーの勧誘を受けるが下の道路まで歩いてから流しのタクシーを頼む。途中渋滞していてひどい道を走って木戸ホテルまで運んでもらう。部屋で一息ついて風呂に入り、外にパンを買い、いつもの店で夕食をいただく。塩気を少なくと言ったのだが、別のお客さんに作ったものが来たのか今日はしょっぱくて半分食べられず残した。リンブーのおばあんから何処に行ってたのと聞かれたからチトワンと答える。ホテルに戻りニュースを見てから部屋に戻り、メールを見て、日記をつける。喉が渇いたのでスイカをいただく。写真をアップしてブログを更新する。0時就寝。
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6月6日(月) 晴れ チトワン6日目 ネパール74日目
2011/06/08(Wed)
3時に目を覚ます。そのまま寝て5時15分起床。今朝もいいお天気のようだ。昨日はテクニカル担当のアルジャンジーが来た。夕方は一緒にプールで泳ぐ。抜き手で泳いでいた。プールで見る限りネパール人でまともに泳げる数少ない一人であった。ラジャンドラジーは平泳ぎをしていたがほとんど進むまなかった。若者も多くプールにいるのだがボール遊び中心で泳ぐとクロールをする人が多いが水しぶきばかりであまり進まなかった。昨日は皆が上手に口をつけづに飲むペットボトルの水を、ステンレスのコップをもらって良く飲んだ。冷たい水ではないのだが暑いので、飲んだら汗をかくのはわかってはいるが、お腹にこないので、飲むことにした。小便は昼食時の11時半と16時の2回行った。我慢すればできないことはないが、機会があるごとに並んですることにしていた。今日もお腹はありがたいことに調子がいい。いよいよワークショップは今日と明日ということになった。あと2日気をつけて元気で帰らなければ。5時40分 6時ロビーでネット接続を試みたが今朝も繋がらなかった。仕方なく外に出かけて昨日の店で朝食をいただく。この店でも床を箒で掃いていた。それが済むまで外の椅子に座って道路をながめる。この国ではトラクターも朝から大勢の人を乗せてバスの代わりをしている。リキシャが3台空で走っていた。リキシャは日本でも昨年行った小樽でも走っていた。日本は観光地の名所めぐりで料金は高かったと思うがこちらのリキシャはホテルから歩いて20分の学校まで30ルピーであった。土地の人はもう少し安いのかもしれないが、バスやテンプーがいつも超満員なのに較べると客待ちをしているリキシャが多いような気がする。リキシャはお金に余裕のあるネパール人乗り物のようである。こちらのリキシャやタクシーは1回乗った客からしっかりお金を稼がないと商売が成り立たないのか、少しでも多くとろうとするようで少し疲れてしまう。バスやテンプーではそういう経験は無いがいつも超満員なので疲れてしまう。従って少々の距離でも歩くようにしているが、カトマンズでも昼間は暑くなってきたので日中歩くのは見合わせている。チトワンは日本の真夏の暑さであるが日本の35度を越える猛烈な暑さというものではない。ネパールの南部のタライでは夏に41度、42度になることがあるという。ここでは昼間は傘をさして歩いて丁度いい。7時15分停電になった。これから出かける支度をして7時半ホテルをでてワークショップ会場の学校へ出かける。歩いて学校絵へ。お茶で大豆の朝食をいただく。
午前中は9時からネパール語のフォントの説明がある。続いてインターネット。教育局のホームページの活用の仕方。11時過ぎに昼食。いつものホテルまで歩いていく。今日も自分でとる。ヨーグルトも出なのでいただく。午後はインターネットだったがそれぞれのノートパソコンで無線ランや有線ランへの接続になかなか接続できずに困った。ネパールの教育局へのネット接続もなかなか表示できないで困った。回線が遅いのか、Webサイトを載せているサーバーの能力が足らないのかとにかく検索に時間がかかった。17時で学校を後にする。この学校の生徒は1年生から10年生まで1400人で先生は57人いるという。チトワンでも大きなプライベートスクールという。17時ラム青年と歩いて帰り、ホテルによってワークショップ参加者と挨拶をする。空港からナラヤンガートの街まで歩いてナラヤニ川に架かる鉄筋の橋を見に行く。この国の5番目に長い橋という。バスが走ると揺れるので危険を感じて直ぐ橋をおりる。ホテル グローバルの近くまでラム青年に送ってもらいいつもの店で夕食をいただく。青年が寄って来て日本語で話しかけられる。ホテルに戻り、下着とワイシャツとズボンを手洗いしてシャワーを浴びる。途中停電になる。シャワーを浴びてから日記をつける。これからロビーで清算を確認してネット接続を試みる。20時22分 ネットは今日も繋がらなかった。ホテルの清算はできていなかった。明日の朝までにすると言うことだった。部屋に戻って「鬼平犯科帳9」を読んで21時就寝。
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6月5日(日) 晴れ チトワン5日目 ネパール73日目
2011/06/06(Mon)
夜中2時ごろ目を覚ます。そのまま寝て4時45分起床。今日も小鳥の鳴く声で賑やかである。昨日はペットボトルの水もよく飲んだ。みんなが飲んでいるものだから大丈夫だろうと喉が渇いたら我慢しないで飲むことにしていた。今朝もお腹の調子は良かった。昨日は小便は昼食時とコンピュータ研修の時と2回した。汗をかくせいかあまり小便をしたくはないがすることにした。まっ暗いトイレには出来るだけ行きたくない。こちらの人のなかにはやたらと手や身体を触りたがる男がいる。街で若い男どおし手をつないで歩いているのを時々目にすることもある。ラジャンドラジーもにやにやした目で時々身体をさわってくるが、気味が悪いのであまり近づかないようにしている。この研修でよく話しをしに隣にきてはいろいろ日本の事を聞きに来る男がいるが、親しげに手をさわるのだが、本人は親愛の情を示しているようなのだがいい気持がしない。日本ではホモというが、この国では男どおしの関係がおかしくおもわれないのかもしれない。刑務所や蛸部屋のようなところではそういう関係があるようである。「邂逅の森」では鉱山でのそういう場面が書かれていた。どうもこういう人に共通点がある。なんとか日本に連れて行って欲しいと言ってくることである。豊かな日本に憧れをもっているようである。この国で日本への入国のビザは簡単には手に入らないらしい。ここまで心配していた体調は問題なくきていてありがたい。部屋では蚊の対策のお陰で夜中には1度も刺されていない。夜中蚊の鳴き声を聞かずに過ごせるのはありがたい。いよいよシステム研修も後半戦である。毎日暑いが皆さん熱心にやっているので見ていて面白いところもある。やはり自前のノートパソコンを持ってきている人はやり易そうだが、学校のデスクトップを使っている人はレスポンスの遅いので苦労いているようだ。Windows XPでメモリーが256MBだけに大きなプログラムでは少し負担が大きいようだ。あと256MBあれば、動きはよくなると思うのだが、辛抱しながら使っている。5時45分 フロントで無線ランは稼動していなかった。仕方なく部屋に戻り今日の更新は帰ってからにする。出かける支度をして昨日の店に行く。パンと紅茶とミルクとゆで卵の朝食をいただく。ホテルに戻って再度ネットにつなごうとしてみたが矢張り繋がらないのでフロントマンに無線に繋がらないと伝えると奥に入って行ってなにかして、無線ランには繋がるようになったが、Webサイトに繋がらない。これまでもこういう状態から何の拍子にか繋がったのでそれを待つことにする。7時 そろそろ出て行く客が増える。ホテルのレストランは6時からであるが、床の掃除も6時から始まる。赤いサリーを着た女性が大理石の床に溜まった埃と砂とゴミを巻き上げられるので食べていてもかなわない。レストランが始まる前に掃除をすればいいものをと思うのだが、日本では客の前で埃を巻き上げる掃除はしないだろう。そのあと雑巾で床を拭く。フロントでもどこでもそうである。今日は7時5分に一団が出てきたのでお先にどうぞ。場所はわかっているからと先に行ってもらう。今朝は傘をさしてゆっくり汗をかかずに歩いて行く。今日も暑い一日だった。今日はワールドエディケーションのサンビダン コイララさんがデータベースからExcelにデータを落とすやり方と、データベースへUSBからデータをInportするやり方とExportする仕方を説明した。昼食は11時過ぎにいつものホテルの大きな部屋で好きなだけ皿に取るやり方のカレーであった。ヨーグルトもあった。食べられるだけいただき美味しかった。午後は4時15分で生徒たちはお仕舞いで3台のスクールバスで帰って行った。お茶をしていて昨日と同じジャガイモのピロキシをいただく。昨日もライさんとおしゃべりをする。大学は英語を学んでマスターまで出たという。5年ほどセカンダリースクールで英語の教師をしていたという。ネパールは自然の資源に恵まれているというのでなにかと聞くと、水資源は8300万メガワットの水力発電のポテンシャルがあるが利用できているのは700万メガワットだけだという。また森はブラジルに次いで世界第二の資源を持っているという。マオイストと政府軍との内戦は休戦したが3年以内に内戦がまた起こる確率は30%はあり、まだ油断できないという。半年前に買ったラップトップPCは中国製で2GB、320GB,2GHZでWindows 7で49000ルピーだったと言う。ネパールではまだ多くはWindowsXPを使っているが中にはVistaや7を使っている人もいる。今日は5時前に帰る。帰り道で軽い食事をしてホテルに帰る。ネットは繋がらないという。汗をかいた下着とワイシャツとズボンを手洗いする。ズボンも毎日汗に濡れる。プールで今日は縦に4往復泳ぐ。部屋に戻りシャンプーとシャワーを浴びてから日記をつける。19時45分 21時までベッドで横になって休みフロントでネット接続を試みたが接続は出来なかった。部屋にもどり「鬼平犯科帳9」を読んで21時就寝。
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6月4日(土) 晴れ チトワン4日目 ネパール72日目
2011/06/04(Sat)
4時半起床。3時に1度目が覚めたがそのまま寝続けた。夜中に蚊に刺されず助かった。お腹の調子は良い。今日は土曜で週1回の休日だが、合宿研修のため今日も研修をする。とても暑いが皆さん熱心で暑い中、昨日は学校情報や教師情報のデータエントリーをしていた。それぞれのディストリクトで学校が100から数百もあるディストリクト:ジッラ:郡がある。お国全部で32,100ほどの学校情報をそれぞれで入力する。その学校が1年から12年までの何年生を教えているかから、それぞれの学年の男女の生徒の数、ダリットの男女生徒の数、ザナザティの男女の数、最終進学試験を受験した男女の数と合格した男女の数などを入力するものと、コンピュータがあるか、トイレがあるか、更新計画があるかなどのYes,Noを答えるものとがある。教師のエントリーでは賞罰などもある。賞はアワード、罰はパニシュメントである。シャム クマール ライ青年のRasuwaはヒマールに近い小さなディストリクトだそうだが、107の学校があって1番大きい学校は約700人の生徒、小さい学校は50人ほどの学校だという。4時45分から日記をつけていたら5時10分に停電になった。この5年にもなるPCのバッテリーは能力が下がっていて1時間半程度である。昨日のシャムさんのPCは新しくて4時間ほどPCの電池が使えていた。自分のPCを持ってきた人が使うコンセントが足らなかったのでシャムさんは電池でやっていた。時々コンセントが空いているときACコンセントを使って充電しながら使っていた。5時20分電気が来た。電池は99%から90%になっていた。5時28分もうリュックサックを担いで出て行く客がいる。今日も雲1つ無く晴れたお天気のようだ。これから支度をしてロビーでネットをしてホテルのレストランで朝食をいただく。5時54分ネットに繋がる。ブログを更新する。今日も昨日と同じモーニングセットCで組み合わせを注文をしてロビーでネットにつないで待つ。蚊を1匹召捕る。7時半サンカルジーとコイララジーと出かける。今日は学校まで歩く。8時学校はまだ部屋は鍵がかかっていた。もうお茶には人が集まっていて豆の朝食を食べていた。水とお茶だけいただく。9時前からデータエントリーを昼まで。いつものホテルまで炎天下の元傘をさして歩いて行き、今日はホテルにいくつかあるバンガローに5~6人づつ入ってカレーと野菜のピリカラ炒めを取っていただく。食事の後、記念写真を撮る。午後は1時15分から4時ごろお茶。カレー煮のジャガイモを包んだピロキシ風のおかずをいただく。お茶と冷えた水をいただく。みんなの口をつけづ飲む仕方をマネをして飲んだが出来るものであった。5時過ぎコンピュータ室利用の時間切れになって学校を後にしてホテルに帰る。汗で濡れた下着とワイシャツとズボンを手洗いして風呂場に干しておく。プールで泳ぐ。若者たちがボール遊びをしていたので邪魔にならない深みで横に2往復泳ぐ。部屋で頭をシャンプーしてシャワーを浴びる。夕食は外に出てしばらく歩き綺麗な店を見つけたのでそこでいただく。蚊も3匹召捕る。朝は6時半からやっているというので明日も来ることにする。部屋に戻ると参加者と顔をあわせプールで泳ごうと誘われたが、今日はもう泳いで疲れたからと断る。部屋に戻って日記をつける。今日も休みにもかかわらず皆さんよくやっていた。若い人立ちはとても元気で良くセンスを感じられる。年配者も辛抱強くよくやっていた。先生の給料も知ることが出来たが、しきりに日本の教師の給料を聞く人もいた。19時半。20時まで名簿の更新。これからネットにつなげると今日は直ぐ繋がった。メールを見てブログを更新する。部屋に戻って「鬼平犯科帳9」を読んで21時就寝。
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6月3日(金) 晴れ チトワン3日目 ネパール71日目
2011/06/03(Fri)
昨夜は本を読んで照明を消さずに寝てしまった。朝4時半起床。夜中には蚊に刺されなかった。夜中に雨音がしていたのは気がついたが朝まで一度も起きなかった。髭をそり歯を磨く。今日もお腹の調子は良いようだ。日記をつけてこれから朝食をなににするか考える。目の前の鏡を見るとこのところ頭のカミが細く、薄くなってきていることを知る。
頭がはげるのは時間の問題かもしれない。6時レストランで昨日と同じセットCでソーセージをベーコンにジュースをフルーツかえて注文しておく。待つ時間はフロント横で日記をつけることにする。今朝はネットに繋がらなかった。向かいでノートパソコンを使っている青年の聞くと、無線ランはノット ワーキングだという。フロント係りもノット ワーキングという。フロント周りも蚊が多い。小さな蚊が足元を脅かす。昨夜足を蚊にズボンの上からだと思うがよく刺されたので厚手のズボンをはいて行ったので今朝は刺されなかった。今日は15分で準備が出来たと声をかけてくれた。昨日のようにいつになったら出てくるのか気をもんで待つより何かして待つほうが時間が早く過ぎていく。注文したベーコンはソーセージになっていたので尋ねるとソーセージしかないのだという。シリアルは昨日と同じコーンフレークを頼んだつもりだったがMuseliというものが来た。しかし美味しかった。果物はバナナとリンゴとスイカが小さく切って皿に並べられていて最初から出てきた。タトパニもお願いする。今朝の朝食の客もただ一人であった。今朝は良く晴れた。昨日同様暑くなりそうである。7時10分これから出かける支度をする。7時半フロントでホテルのマネージャーという人とおしゃべりをする。生まれはポカラでお父さんは既に亡くなりポカラで生まれたお母さんもチトワンに来て住んでいると言う。子供は男の子2人、女の子2人で30になる娘さんは結婚していると言う。妹さんは日本のホテルで働いているという。25の息子はカトマンドで働いているという。毎日このホテルに住んでいて金曜日になると自宅まで17Kmの道をバイクで帰り、土曜の休みを過ごすとホテルに帰ってきて1週間を過ごすと言う。ホテル グローバルが出来て26年になり部屋数は38部屋、従業員は55人いるという。お客さんで多いのはネパール人に次いでタイオランダ、ドイツ、日本人などが多いと言う。朝から晩までよくホテルで見かける人であった。7時半過ぎ2人が顔を見せる。今日も遅くなったからとリクシャで学校まで運んでもらう。今日はもう大勢の参加者が来てお茶を飲んでいた。今日は各自データ入力の実習である。途中お茶ではネパール料理はお茶だけにする。昼食は昨日のホテルで今日は自由に取るスタイルだったので食べられるだけにして満腹した。午後も29RasuwaのDistrict Education Officeに勤めているライ族のシャム クマール ライ青年のデータエントリーを見て、お茶ではおしゃべりをする。ネパール語が上手だと言われる。16時サンカルジーが暑いから部屋に戻って休むように言ってくれたので、ホテルに戻る。汗で濡れた下着とワイシャツを手洗いして日記をつける。プールでひと泳ぎをする。17時5分。プールから上がってビニールベッドに横になっていたら雨が降って風が出てきた。ホテルの人が急いでテーブルの傘を片付ける。風が出るとプールに木の葉などが飛んでくるのでその掃除を網のついた長い竿ですくい始めていた。部屋でシャワーを浴びてから、フロントロビーでネットを見てブログを更新してから、レストランが週末で大変込んでいたのでプールのテーブルに夕食を持ってきてもらうことにする。プールで食事のあと部屋で鬼平犯科帳9」を読んで21時半就寝。
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6月2日(木) 晴れ チトワン2日目 ネパール70日目
2011/06/02(Thu)
4時45分カーテン越しに外が明るくなり始めて起床。お腹の調子は良くなった。顔を洗い髭剃りをしてから日記をつける。ホテルの朝食がいつから食べられるのか昨夜聞かなかった。部屋にはホテルの案内書は無い。
電話の使用説明書も無い。部屋からホテルに木々が植えられた中庭とプールが見える。小鳥たちの鳴き声が聞こえる。早く食事をして少しネパール語を勉強しておこう。日記をつけてこれからレストランを覗きに行く。5時45分 朝食は6時からだという。メニューを見て、朝食Cという320ルピーのものを注文する。スイカのジュース。コーンフレークと牛乳。オムレツ、ソーセージ、ジャガイモ、コーヒー。客は自分だけなのに注文して15分して出てこないので督促するとあと15分かかるという。結局注文してから30分してようやく出てくる。食事が終わったのは6時50分であった。税金などが加算され398ルピーということであった。7時部屋に戻り日記をつける。ネパール語を復習してこれから今日の支度。7時10分 今日は雲1つ無く晴れ渡った。フロントでネットにブログを更新する。出かける前小便をしておく。7時50分ホテルを出てリクシャに乗って8時小学校につく。セミナールームの準備をしてから9時半、お茶にして辛い大豆とカレー味のじゃがいもを包んだピロキシとファンタとネパールティーをいただいて10時20分教室に参加者が集まってくる。ノートPCを持ってきた受講者もいて各々のPCにUSBからソフトをコピーしてソフトのインストールをするところから始めている。午前中に出席してきたのは15名ぐらいであった。11時10分 昼食はしばらく歩いた普通の民家の中にある2室だけのホテルの食堂でネパールのかなり上等なカレー料理だった。今日もご飯もおかづも多くて残してしまった。次回からご飯は半分にしてもらうことにする。午後からは約40名の参加になって部屋には扇風機がいくつも高い壁について回していたが暑かった。午後は13時45分から15時半までData Entry、Teacher Profile Inputの説明。朝出て初めて小便をする。昼間8時間半も小便に行かなかったが暑かったので汗で出たらしい。16時10分からバルミキ シクシャ サダンの校長先生が来て15分挨拶をした。16時25分から16時50分までProposed TMIS Operational Mechanism at DEOで今日の研修1日目終了。帰りは歩いてホテルまで25分かかった。部屋で朝のお茶の時間に出たじゃがいもを包んだピロキシをミネラルウオーター1リットルといただく。ラジャンドラジーが夕食を誘いに来てくれたが、ピロキシだけでお腹が落ち着いたので、無理に食べると大抵お腹を壊しているので、ご無礼をする。汗をかいた下着とワイシャツを手洗いしてからプールで縦を往復泳いでくる。プールのビニールベッドで横になっているとさかんに蚊が飛んできたので追い払うのに追われた。部屋に戻ってシャワーを浴びて日記をつける。2つの電子蚊取りを点けて、部屋を冷やしておく。昨夜はお陰で蚊に刺されず助かった。これからフロントにネットをしに行く。19時10分 なんと思いがけなく昨日と同じで無線ランとの接続は出来るのだがネットに繋がらない。昨日変えたというパラメーターは繋がった状態からそのままで変えていないにもかかわらずである。昨日CMDのセットをしていたようで、それは確かめるだけにやっていたようで、説明にはなかったが、そこをもっと良く聞いておくべきだったと後悔するが仕方が無い。といっていても繋がらないので仕方なく昨日のディネッシュ パディットのサポートをもう一度お願いする。8時にホテルに来るとフロンと係りから聞いたが8時12分まだ来ない。夕食はピロキシ1個ではお腹が空いてきた。これが済んだら終わる時間によるがホテルで夕食をしようかと考える。先ほど見たチョウメンがとても美味しく見えた。美味しく見えるということはお腹が空いたからである。20時20分。再度ネット接続を試みたら今度は繋がった。20時24分 ネットでメールを見て、ブログを更新して、内閣不信任案否決のニュースを見て、名人戦宝塚の第五局の手順を見てお仕舞いにする。9時過ぎレストランで野菜チョウメンを頼んで夕食の出来るのを待っていたら二人が帰ってきた。チョウメンはメンの腰があって大体日本の焼きそばと同じで美味しかった。165ルピーで税金が加算されて205ルピーだった。部屋に戻ってみると右足を蚊に沢山刺されていた。ズボンの上から刺されていたようである。薬をつけておく。日記を書いて、これから「鬼平犯科帳9」を読んで就寝。21時40分  22時半就寝。
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6月1日(水) 晴れ カトマンド 日の出時刻:4時38分 日の入時刻:18時25分 0時6分の気温26℃ 湿度76% チトワン1日目 ネパール69日目
2011/06/01(Wed)
今年の日本の梅雨入りは例年より1週間から10日早いそうだがカトマンドは例年6月から9月までが雨季というが4月、5月は例年より雨が多かったという。こちらの雨の降り方は日本のように1日雨が降り続けることはない。今日はお天気だと思っても、山に囲まれたカトマンド盆地に厚い黒雲がかかってきて雷と大雨が1時間ぐらい降っては止んだあとは太陽が雨を乾かし埃がまうという毎日を繰り返している。傘はいつも手放せないが蒸し暑さは日本の梅雨ほどではない。何日も雨が続く日本の梅雨は農作物にとって大切なものと理解はしていてもいつも楽しい季節ではなかったが、カトマンドの雨季は少しもうんざりするものではない。以前ネパール人が言っていた雨音が好きだという気持がわかってきた。さっきまでかんかんデリだったそとからザーと雨音がするとホッとする。大抵そのうちに上がるからという気で居れるからでもある。きっと雨が欲しくなる乾季があるからこそ雨のありがたみを強く感じるのであろう。ここ10年で人が急増したカトマンドでは水問題がある。国家公務員の役所の職場でも1日中断水のこともある。トイレの洗面の水も全く出ない時がある。生活用水の確保の為各家では井戸を掘ったり、屋上に水タンクをつけて電気が来る時に貯めてるところもある。飲料はペットボトルから様々な大きさのポリタンクに入れられトラックに積まれて届けられるビジネスが出来ている。水道の管の老朽化が原因での漏水も多いようで時々街中で漏れているのを見ることがある。上水道菅が痛んで漏れるとそこから雑菌が入って水道を汚染してしまうことにもなる。ネパールは大きく5つのビカース チトラ:Development Area:開発地域に分けており、その1つが首都のあるセントラル リージョンである。セントラル リージョンには全国75あるジッラ:郡の19がある。カトマンドはその1つのジッラ:郡である。ことしの教育システム研修は19の郡の担当者2名づつを集めてチトワン郡という南のインドと国境を接する場所で6日間の日程で開かれる。とても暑くて蚊の多いところだそうだ。なんとか病気にかからず健康で戻って来れるように、今回の目標はそこに置く。宿ではもう50年ぐらい使った記憶が無い昔なつかしい蚊帳を出してもらうことを頼むことにする。念のためホテルの電子蚊とりマットを6個持っていくことにする。2個しかないから朝4個お願いしよう。2時半までで「流氷への旅 下」を読了。昨年9月に歩いた北大を思い出した。3時15分から久しぶりで「おはようパーソナリティ道上洋三です。」を聞きながら日記をつけてネットで振込み、メールを送る。ベッドで休んで5時半起床。日記をつけてメールに返信する。6時半ラジャンドラジーから電話がある。6時半朝食。ギャネッシュさんから今日のいりこはブルーバードという10日ほど前に出来たという新しく出来た店から買ったものと教えてもらう。今度覗いてみることにする。9時半にホテルにタクシーの手配を頼む。朝食に出すのを忘れていたというヨーグルトと日本茶を部屋に持ってきてくれる。蚊とりマットを4個お願いする。8時10分これから出かける支度をする。9時半ギャネッシュさんがメーターのタクシーを見つけてきたからといってタクシーがくる。メーターどおり払えばいいのであればと思ってのるとしばらくしてメーターを消したので何故かと訊ねると空港へ行く時はメーターは使わないで400ルピーだという。それなら他を探すからホテルまで戻ってくれと言うと250ルピーだという。ギャネッシュさんから150ルピーくらいと聞いていたので150ルピーで行かないなら降りますと言うとそれでは仕方ないという仕草で走り出した。国内線乗り場に約20分で着いて150ルピーを出すと何か文句を言い出す。結局100ルピー足して250ルピーで領収書にサインをしてもらった。地球の歩き方のネパール編では空港から市内までは400ルピー、21時以降は500ルピー、市内から空港は交渉制で昼間なら250ルピーから300ルピーが目安と書かれてあった。国内線は国際線より少し遠いようだ。沢山あるカウンターでBuddha Air は直ぐわかった。E-チケットを出すと角のナビル バンクで空港税170ルピーを払うよう言われる。そこでは目をつけていた男がつきまとい親切にアドバイスをするそぶりをして挙句の果てはチップを要求する。いつまでも脇を離れないので5ルピーを渡すと離れていった。ラジャンドラジーから電話があり10時半頃Buddha Airのカウンターに姿を見せる。11時に約40人乗りのプロペラ機には約半数の20人の客と2人女性客室乗務員を載せて空港を約10分滑走し11時10分離陸した。カトマンド盆地を囲む山の南西の山を越えてしばらくすると全く違った風景である全っ平らなタライの平原の田んぼのみどりが見えてくる。最初は平らでこれは海だろうか、こんなところに海があるわけないから大きな池かと思ったりした。すこしうとうとしたら、もう着陸していた、11時半離陸してわずか20分であった。料金は78US$であった。やはり暑かった。昔、春に神戸から沖縄に行った時を思い出された。でも覚悟していたほどの暑さではなかった。空港から歩いて約10分のBharatpur-10 CHITWAN 「HOTEL GLOBAL」に昼過ぎチェックインする。ホテル代は1泊税サービスがついてネパール人はツインルームのシングルユースで1300ルピー。ツインルームを2人で使って1600ルピー。外人の場合はシングルルームは2000ルピーということであった。ラジャンドラジーがフロントマネジャーと部屋代の交渉をしていた。こういうことはサンカルジーはラジャンドラジーに任せている。ラジャンドラジーは今回のセミナーの事務方を引き受けているようであった。ラジャンドラジーがチェックアウトの際は自分にお金を渡してくれと言うので、支払いは小切手ですると伝える。直接ホテルに支払ってホテルの領収書を取っておくのが肝心である。301と302の2つの部屋のうち302を使わせてもらう。ラジャンドラジーはサンカルジーと301を使うことになる。クーラーもあり、電気はホテルの自家発電がありネットは部屋では出来ないがロビーの周りで無線の利用が無料で出来るというものだった。持ってきた荷物を片付けてネットを試しに行くと今日は故障していて使えないということであった。部屋の近くにホテルのプールがあった。レストランは少し高級そうな感じがした。ラジャンドラジーは外で食料を買ってきていた。思いがけなくリゾート気分を味わえる雰囲気で来て良かったと思えてくる。2時半から1時間部屋のベッドで横になり休む。サンカルジーが着いてこれから郡の教育事務所に少し遠いから自分たちだけで行くという。少し休ませてもらう。地球の歩き方を見て隣の町「ナラヤンガート」までの行き方をフロントで聞いて道路まで出る。やはり暑い。帰宅のラッシュ時でバスは立っている人でぎっしりで行く元気が無くなってしまう。ホテルのそばの店で焼きそばとコーラの夕食をとる。ホテルに戻るとワイヤレスランが使えるというのでこれから試しに出かける。事務所から携帯メールが届いたと返事があった。17時20分 ホテルのフロント周辺で無線LANを試してみるがPCと無線LANは繋がるのだが、Webサイトに繋がらない。エラーメッセージに指示に従ってやってみるが結果は同じであった。これまでも同じ状態で繋がらなかったことは何度もあったが、何故、あるときは繋がり、あるときは繋がらないか原因を理解出来ていなかった。今日それが判るとすれば有難い事である。30~40分したらメンテナンス担当者が来るというので部屋に戻って待つことにする。6時18分 部屋で待っていたら20時サンカルジーが帰ってきた時ベッドで寝ていた。夕食を誘われたがもう済ましたと答える。明日は7時半に出かけるという。食事はホテルを出てから食べると言う。結局部屋の電話は無かったようなのでフロントのマネジャーのSukさんの携帯に電話するともう自分の家に帰っているという。設備の担当者が来なかったのでこれから電話してこちらに連絡するという。先ほどのフロントでのネット接続作業中足を蚊に刺されて痒くなった。この302号室にも蠅も蚊もいた。今日は電子蚊取りマットをつけて休もう。どうも今からでは電話が来るとは思えないから、これからフロントでネットを確かめに出かける。8時半からフロントでやったが結果は同じであった。フロント係りが後10分したらネット担当が来ますと言ったがその言葉どおり、しばらくしたら青年が来た。いろいろ調べて繋がるようにしてくれた。その仕組みを学ぶ。Ping yahoo.co.jpやPing yahoo.comやPing 192.168.1.1などPingの意味を説明してくれて無線のInternet ProtcallのPropertiesのTCP/IPでObtain IPadress の2箇所をAutomaticallyのOKで変えて繋がるようになった。いつのまにか特定のIPアドレスを入れていたようだった。ディネッシュ パディットという30歳の青年はソフトウェア ハウスのビジネスを経営していて、ここのホテルは彼の顧客の1つだという。ただ繋がるようにしてくれただけではなく、とてもわかり易く説明してくれて9時3分帰っていった。今晩も一つ学ばせていただいて大変ラッキーであった。ブログを更新して、メールの返信をしてから、お礼のメールを早速出しておく。今日は汗をかいたので、プールで泳いできてから休むことにする。半ズボンに掃きかえて部屋から歩いてすぐのプールを縦に往復して泳ぐ。横泳ぎをしながら空を見ると星が良く見えた。回りまわりのやしの大木に囲まれたプールを1人で泳ぐ。反対側では足が立たない深さだった。往復して上がると飲んでいた数人のネパール人が素晴らしい泳ぎだと声をかけてきたので握手する。私学校の教師たちのようでこれが自分だ写真が載った小冊子を取り出しくれた。部屋に戻ると10時であった。このホテルの部屋にあった電子蚊取りと木戸ホテルから持ってきた電子マット蚊取りをつけて蚊の殲滅を図ったがまだ元気に飛んでいる。今夜も刺されるかもしれない。22時8分 持ってきた「鬼平犯科帳9」を読んで就寝。
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