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5月31日(木) 晴れ時々くもり  日の出5時8分、日の入18時54分 ネパール430日目 気温最高33℃、最低20℃ 
2012/05/31(Thu)

3時起床。Ituneでラジオ体操をする。スイカを切っていただく。朝まで家計簿、銀行口座明細などを見て月末締めの作業をしておく。早くも5月がお仕舞いになる。名人戦は第5局目が京都ではじまる。ネパールは新憲法は出来なかったがこの先どうなっていくのか注目していくことにする。期待されて発足した最初のダハル政権だったがたいした事が出来ないうちに退陣してしまったようだ。そのあとの共産党のネパール政権もカナル政権もなにも出来ないまま退陣したようだ。その後の現バッタライだがマオイスト軍兵士の国軍への再編成の目どを作り、新憲法の形づくりを作りかけたが実現できなかった。しかし先の3人の元首相に較べると途中実現の期待感を持たせる場面を作ったのは事実であろう。今になっては今のアプローチではとても無理だと今回検討に加わった関係者は理解できたことだろう。とても無理だからと最初から次の論議はしばらくは出てこないだろう。11月22日選挙というが、各党がそれぞれの新憲法草案をマニフェストとして掲げるべきだと思うのだが元から民族毎の州の設置に危惧をいだいている、NCやUMLは曖昧にしてしないだろう。2008年の選挙で第一党になったにもかかわらず新憲法を作れなかったマオイストであるが、住民に納得してもらえる実現可能な民族州の提案が出来れば今度は絶対多数の301議席以上の獲得が夢ではないと思う。肝心のところで人の良さが出てきて妥協してしまい案外の頼りなさを見せ付けてきたダハルであったが、人気はまだある。ネパールで大統領を国民の直接選挙で選ぶとしたらNCから副議長のポーデル、UMLから国会議長のスバス ネンバン、マオイストからダハル 、モハン バイディア、バッタライの5人が出たとすると、矢張り
ダハル プラチャンダが一番票を集めることになるのはまず間違いなさそうだ。6時22分6時半朝食。朝食後にわのベンチでThe Rising Nepalを見る。UMLから離党して固有民族、ザナザティのために結党する人がでてきた。
被差別民族ダリッドの結党をするというのも出ていた。NCとUMLがこれまでの新憲法で既成勢力の権益を守ることばかりでこれまで虐げられてきた民族のことを考えていないということを見破られてしまったようだ。だから11月22日の選挙は認められないと主張しているのだろう。マデシフロントは11月22日の選挙を歓迎していると出ていた。
16時ラビンドラさんがオフィスのバスが早く出るから早く帰る支度をしてと声をかけてくれる。道路がデモで渋滞するらしい。16時50分バスが出る。17時15分ホテルに帰る。18時お風呂に入って夕食後19時過ぎ就寝。照明の電気が来ていなかった。

大使館からのお知らせ(12-48)5月31日
最高裁判所裁判官射殺事件の発生とその注意喚起
本日(31日)バネショールの路上において,最高裁判所の裁判官が拳銃で何者かに射殺されるという事件が発生しました。現在警察が捜査中で,この事件と現在の政治状況との関わりは判明していませんが,同様の事件が発生する可能性も否定できないことから,政府系施設等へはなるべく近づかないようにしてください。
また,人が多数集まっているところ,異様な状況が発生していると感じられる場所にも絶対に近づかないよ
うにしてください。

※この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない方がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。
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5月30日(水) 晴れ時々くもり  日の出5時8分、日の入18時54分 ネパール429日目 気温最高33℃、最低20℃ 
2012/05/30(Wed)

2時半目を覚ます。枕もとの置き時計が壊れているのに気がつく。秒針はちゃんと動くが時針と分針が文字盤にくっついたままで動かない。表のガラスを外して修理をする。1時間ばかりかかったが時針と分針も正確に動くようになる。どうせまた同じような状態になるだろうが、同じように直せる目どがたったのでなんとか来年3月までは使いたいものである。時計を動かさずそのままにしておけばいいのだが、掃除をしてくれるときどうしても手にとって雑巾で拭いてくれているがこれがよくない。こんどは時計に触るなとネパール語で書いて貼っておくことにする。
この夜中は蚊が出てこなかった。
ラジオが聞けなかったのでNHKTVを見る。民主化が進んだミャンマーに日本の企業や証券会社の投資進出がブームになっているというニュースを見る。ネパールとミャンマーを較べるとミャンマーのほうが土地も人口もGDPも約2倍の規模である。ネパールには無い海にミャンマーは面している。ミャンマーは軍政であるが過去の選挙で圧倒的な支持を集めたアウンサースーチーという国民的指導者が健在である。しかも地下資源が豊富という。アジアで孤立した独裁国家を続けてきた国として北朝鮮とミャンマーがあるがミャンマーの国は貧しく失業者も多い。隣国タイに逃げてきたミャンマー難民も20万人に及ぶという。今なおアメリカやオーストラリアなんどへの移住が図られている。
ネパールは貧しいが政治的自由があるから難民を出してはいないようだが、海外に出稼ぎ労働者を約200万人出している。今やその人たちの国外からの送金がネパールの国の成長を支えている。日本人で知る人は少ないと思うがネパールは海外からの難民を抱えている。1990年代から幸せの国と最近注目を集めるブータンから10万人以上の難民を受け入れている。ブータンの人口は約70万人。その6分の1ほどの12万人の人々がブータンからネパール・インドに難民として逃げてきたり、国外退去処分にされている。ブータンは王国という独裁国家だから私はこの国の国民で幸せですと言わない人は国外退去されかねないという不安を抱えていることは想像できる。ブータン旅行には滞在費というビザのようなものが必要とされる。旅行の繁忙期では一人一泊250ドル、閑散期で200ドルかかり旅行で見て回る場所は決められていてブータンの旅行代理店を通してツアーを組むことが必要とされる。まだ半分鎖国のような国なのである。こういう国が幸せの国を標榜しているのに胡散臭さを感じてしまう。難民を作っている理由は国が役に立たない人と認定して国外に追い出すか、この国では生きていけないと逃げて行くかのどちらかであろう。もう一つオーストラリアで日本の黒毛和牛の飼育が増えてきていてオーストラリアでも和牛の牛肉がブームになっているというニュースを見る。従来の硬い牛肉に較べて価格は2倍でも柔らかくて美味しいと人気が出てきているという。今やオーストラリアから日本と同じ飼料で育てた霜降り肉が世界に輸出されているという。なんといい種牛の精子もオーストラリアから世界に売られているという。本家日本の黒毛牛の霜降り肉は口蹄疫の感染の影響で今や輸出は限られているという。日本が長年育てたいいものがここでも世界にまねされて苦戦している事を知った。6時7分 6時半朝食。玉葱の炒め物のおかず。デザートはマンゴー。ネパールではアープと言う。朝食後昨夜は蚊が出なかったとラムさんに話をすると、昼間部屋の中を殺虫剤をタンスの裏までスプレーしたとのことであった。ネパールのTVを見る。野党の議員がバッタライは首相を辞めて政権を渡せと演説しているニュースであった。ホテルのネパール人に聞くとよくやっているのはバッタライと副首相のシュレスタぐらいで周りがよくなかったという。誰かに代わっても今より悪くなるだけだろうとも話していた。9時15分ホテルを出る。9時25分バスが来る。10時オフィスに着く。机を拭いて洗面所で石鹸で手を洗い席に戻る。10時20分
この日は被差別民族といわれるダリッドについて調べる。新憲法論議の最後にバフンやチェットリがこのダリッドを巻なだが23民族という形で見た記憶がない。極西部にはこのダリッドが多数を占める県が多い。カウンターパートにネパールの全ての民族からバフンとチェットリを外した一覧表を作ってダリットとザナザティを教えてくれと渡しておく。5時前にオフィスのバスは出発した。ホテルに戻ってお風呂に入り、Ituneでお気に入りを聞きながら夕食をいただき、8時前松本清張著「時間の習俗」を読んで就寝。

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5月29日(火) 晴れ時々くもり  日の出5時8分、日の入18時53分 ネパール428日目 気温最高31℃、最低20℃ 
2012/05/29(Tue)

ラジオ深夜便 午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕曲目リスト 思い出の流行歌:新三人娘(天地真理、小柳ルミ子、南沙織)集水色の恋、わたしの城下町、瀬戸の花嫁 17才 などを聞く
午前4時台 〔明日へのことば〕 下町の実験劇場に挑んで20年シアターX(カイ)芸術監督 上田美佐子さん
の話しを聞く。聞き手の人がしきりに話を明るく、テンポ良くしようとしているのが、伝わってくる。
今夜もどこからか蚊が涌くように次々出てきて5匹ぐらい召捕る。これでお仕舞いかと思ってもまた出てくる。一体どこから出てくるのか部屋を見てみるがわからない。驚いたことにまた飛んできて召捕った。
Google Talkをインストールする。2時20分 犬の鳴き声が今晩も賑やかだ。Ituneでラジオ体操をする。4時ベッドで休む。5時明るくなって起床。この頃は周辺の山は雲の中で見えない。空には雲がかかっているが厚い雲ではない。昼間にはいつものように晴れてくることだろう。新憲法草案はついに期限までに作ることが出来なかった。土壇場に来てようやく問題の難しいことに気がついたようである。今の延長線上では3ヶ月期限を延ばしたところで問題解決が図られるものでないことを当事者は学んだことだろう。これまでの経過を見ていると主要政党の代表の会合で一度は11州で合意と新聞に書かれたことがあって急に新憲法実現の可能性が浮上したが、今度は思いがけず、バフン、チェットリたちがダリッドなどの被差別民族を巻き込んでバンダを仕掛けバフン、チェットリ以外の民族の権利を優遇する新しい州を設けることに反対の姿勢を示した。この国の政治家の多くが高カーストと呼んでいるバフン、チェットリであり、同じ民族の意見が示されるとそれまで合意していたものに少々の手直しで形作りが出来るものではないことに気がついたようだ。モハンバイディアも11州案には被差別民族の権利保護が考えられていないとそれにこだわるのであれば党を割ると表明しだした。今のように土壇場に来て初めて問題の難しさを認識した主要政治家の代表は問題解決にギブアップしたというところだろう。制憲議会議員の中には少しでも長く議員でいられることの方が憲法を作ることよりいいと考えている人が多くいるのだろう。当初2年の任期が4年半になろうとしている。議員も選挙で落選したくないから11月22日の期日がまた延びてくれればそれに越したことは無い。政治家の言う期日は努力目標程度の意味でしかない。新憲法の論議の中で今の601人を減らす案が出されていたがそれも無しで今の人数で選挙をするのであろう。2008年の制憲議会議員選挙では小選挙区240、比例代表335、内閣指名26)でダハル議長率いるネパール共産党毛沢東主義派が229議席(小選挙区120、比例代表100、内閣指名9)を獲得して第1党となり、ネパール会議派が115議席(小選挙区37、比例代表73、内閣指名5)、統一共産党が108(小選挙区33、比例代表70、内閣指名5)であった。それからこれまで共産党毛沢東主義派が2回、統一共産党が2回政権をになったがついに肝心の新憲法を作れなかった。こんどの11月までの選挙では各政党が自らの理想とする新憲法を国民に訴えて、それが国民によって選ばれた政権が新憲法を作ってもらいたいものである。この国の政治家は土壇場になるまで真剣にならないようだし、問題の先送りが伝家の宝刀ともいうべき解決策と認識しているようだからいつになったら出来るのか多分誰も予想がつかないだろう。6時半朝食。ジャガイモ、三度豆、玉葱、人参の肉じゃが風煮込みのおかず。
The Rising Nepalによると野党は首相の退陣を求めているが与党は11月22日までの選挙までは政権を担当するといっている。ガネッシュさんに部屋に蚊が出てくる原因を調べてもらうように話をする。部屋に殺虫剤をまくという。9時15分ホテルを出る。乗客一人を乗せて9時25分オフィスのバスが来る。途中時間調整で数分停車して10時にオフィスに着く。先週金曜日の結果をカウンターパートに渡す。午前中追加の作表依頼があり昼食までに作り上げる。
12時40分昼食をいただく。13時すぎ日記をつける。午後は23民族といわれるダリッドについて勉強する。5時のバスで帰る。コティソールから今日も渋滞だった。先週忘れた筆入れが戻ってきた。時々忘れ物をすることがある。先週の金曜日は職場からそのまま事務所に行った。これまでは一旦ホテルに戻って荷物を置いて身軽にして出かけるようにしていたのだが、初めて多くの荷物を担いだまま行って少し気にはなっていたものだった。お風呂に入って、Ituneでお気に入りを聞きながら夕食をいただく。夕食後蚊とりマットをつけて19時半就寝。

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5月28日(月) 晴れ時々くもり  日の出5時8分、日の入18時53分 ネパール427日目 気温最高31℃、最低20℃ 
2012/05/28(Mon)

今日も外から犬の吼える声が絶え間なく聞こえてくる。午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕曲目リスト青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~荒木一郎集 空に星があるように、君に捧げるほろ苦いブルース、今夜は踊ろうほかを聞きながら日記をつける。札幌の今日の日の出は4時でもう明るくなっているという。0時51分 日本時間4時7分。0時50分結局バッタライ政権は27日の期限までで憲法草案を作ることが出来なかった。この結果政府は議員選挙を11月22日に実施すると発表した。それに対して挙国一致内閣の大臣の中には反対しているものもいるという。バツタライ首相が2011年8月28日に選出され、国民の中で期待する人が多かったのだが、これまで約9ヶ月たったが憲法草案を作ることが出来なかった。2012年5月2日の挙国一致内閣の発足で一時期待を抱かせたがやはりだめだった。ネパールの政治のニュースはいつもこうだ。話し合いをして双方の理解が深まったが、何も合意にいたらなかった。あと3日間の時間が必要になったので次回はいついつに話しあわれることになった。憲法草案を作るのにあと3ヶ月必要だ。あと6ヶ月必要だ。と期日に間に会わなくても、期日を先送りしても誰も責任が問われることは無いようだ。
職場のカウンターパートからものを頼まれたとき、肝心なのはそれの完成期日であると思うのだが、いつもいつがDue Dateかと聞くのだが、いつも答えが返ってこない。仕方が無いから、こちらから何日かかるがそれでいいかと聞くとはじめて要望期日を言い出す。金曜日に言われた今回の作業は3日かかるよといったら日曜日に欲しいと言い出した。それじゃ土曜日にメールするように頑張るよと言って土曜日の朝メールした。
ネパール人は話し好きである。ガフ ガルヌスという言葉がある。おしゃべりをする。ということである。しゃべることが好きなのである。オフィスでもよく人がきておしゃべりをしている。しかし人の話しは聞いていない。相手もつまらなそうに別の仕事をしながら相手にしゃべらせている。不思議なことにオフィスの別の部屋にいる人が部屋に入ってきて電話でしゃべりだす人がいる。自分の携帯にかかってきてしゃべるのではない。人の部屋にある固定電話で外にかけて長々としゃべりだす人がいるのである。マナーというか常識外のことで不思議な光景がしばしばある。会議でも自分の長い話を終わると隣で人が話しだしていても平気で携帯電話にしゃべりだす人がしばしばいる。大勢の会議は遅れてくる人も多いし早く出て行く人も多い。会議のアジェンダも無いのが普通で話す人も何も配らず何も見ないで次第に自分の声に酔ったように声高らかにしゃべり続ける。皆が長々としゃべるのが当たり前のように演説が上手だが、誰も人の話しを聞いていない。質問はほとんど出ない。どうやら多民族国家のこの国では民主主義で物事を決めていく経験が無いようだ。外国援助が当たり前のこの国では憲法草案作成も外国のコンサルタントに指導を仰いでつくらないと出来ないと思う。平和憲法といわれる日本の憲法は連合国軍総司令部(General Headquarters)GHQの指導があって作られたのは周知の事実である。外国の指導もけして悪いものではない。軍隊を持たない、戦争をしないなどはどこ国でもそうありたいと望むことであろう。州の数でもめたり、少数民族を州に1つにするか、複数にするかなど、あまりに具体的な次元の問題を盛り込もうとするから出来ないのである。そんなことは何年もかかることで法律で改めていくべき問題である。憲法はもっと原則的に理想を掲げなければつまらない。今の議論を見ていると、皆が満足する解が無い問題を解こうと議論しているようなものに見える。無い答えを作ってみてもいくらでもケチがつくものでしかない。実りの無い議論に明け暮れているようで、お気の毒なことである。無駄なおしゃべり休むに似たりというところであろう。11月22日の選挙も政府の発表した期日どおりに行われはしないだろう。裁判所がもっと早くしろというかもしれない。これまでの様子を見ていると言った期日が守られないことが当たり前であるから1回や2回は延期されて早くて来年の5月頃になるのではないか。そこで憲法論議が開始されて3年くらいたった2015年5月ぐらいに出来ると予想させてもらうことにしよう。日本にいたときには先々どうなるか予想することは難しいといった言葉がよく聞かれたものだ。地震や台風など自然災害を身近に置かれている日本人は心配性の人が多い。
この国の人々は日本人より先々に持てる希望は多くはないようだが心配性の人は少ないように思える。農家の女性は心配しているより、よく働いているようだ。2時半 少し休んで5時起床。どこからはいってくるのか昨晩から蚊を5匹ほど召し取る。5時15分に大砲のような音が5度ぐらい轟いた。最初は雷の音と思ったがそうではなさそうだ。この国で聞いたはじめての大きな音が続いて起こった。何であるかはわからない。
どうやら今日は共和国記念日の祭日:Republic Dayなのでそれを祝っての祝砲だったようだ。6時半朝食後The Rising Nepalを読む。政府の発表した11月22日に議会議員選挙をするということに、NCもUMLはこれに対して断固拒否する、人を動員して抗議すると言っている。国会議長のスバス ネンバンだけが「憲法を作れなかった事を謝罪すると」国民に詫びていたのだけが大人の発言と好感を持てた。この人は法律家でリンブー族、モンゴリアンである。NC、UMLからここまで譲歩したのにマオイストが妥協しなかったと政府を非難するものもあった。早くも挙国一致内閣にいる意味がないと、共産党から副首相兼外務大臣になっていたイソワール ポカレルと通商、供給大臣に抜擢されていたネパール国民党のパラシュラム カプンが内閣を抜けると表明した。2008年4月12日に行われた制憲議会議員選挙で2年間の任期の601人の議員が選ばれた。2008年5月王政廃止、共和制に移行。2008年8月マオイストのダハル首相就任。2009年5月共産党のネパール首相誕生。2010年6月ネパール首相辞任。次の首相を決めるまで8ヶ月間17回の首相選挙をへてようやく次の首相が決まった。2011年2月共産党カナル首相誕生。2011年8月マオイストのバッタライ首相誕生。この間に議員の任期は1年が1回、3ヶ月が2回、6ヶ月を1回任期延長してきた。またまた6ヶ月の延長することになり最初からでは4年半となる見込み。
午前中はリュックサックと上着が汗の塩気で白くなってきたので日本から持ってきたアタックで手洗いする。
洗剤を日本から持ってくることを前任者から勧められたので持ってきたのは良かった。時々は洗濯も楽しめる。カンカンデリの屋上だから気持ちよくすぐ乾く。ExcelVBAで作ったプログラムの説明書をカウンターパートのために作る。
サルトリさんが掃除機で部屋の掃除をしてくれるのでものをどかすのを一緒にする。説明書は簡単に作る。
昼食は部屋でいただく。昼食後洗濯物を取り込みベッドで昼寝する。3時起きて、やりたかった一歩進んだコーディングを試してみる。15時40分 いいのがWebで見つかってそれも出来る。今日も昼間は大変の日照りだったが今年はクーラーをまだ使っていない。日本ほど湿気が無いせいかそれほどクーラーが無くても過ごすことができる。網戸を通して入ってくる外の風が心地よい。この夏は日本では電気を使うのを控えなければならないようだが、こちらでも省エネで過ごしてみることにする。17時30分 お風呂に入る。エアコンがほしくなるのは風呂上りだが少し我慢してエアコンをつけず、Ituneでお気に入りを聞きながら夕食をいただく。夕食後蚊取りマットをつけて就寝。23時目を覚ます。蚊に食われず済んだ。起きて見ると蚊がいるがなかなか捕まえきれない。
23時20分ホテルの自家発電のエンジンが止まる。月曜日の停電時間は11時ー15時と20時―23時で政府の電気が来ていた。すぐ電気がつく。火曜日の停電の予定は12時―17時である。
ラジオ深夜便 午前2時台 〔ロマンチックコンサート〕曲目リスト ポピュラー・ヒット年代史:1961年の作品から トラヴェリン・マン、悲しき街角、スタンド・バイ・ミー ほかを聞く。今日も犬の鳴く声が止まらない。

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5月27日(日) 晴れ時々くもり  日の出5時9分、日の入18時52分 ネパール426日目 気温最高30℃、最低19℃  0時の気温28℃、湿度75%
2012/05/27(Sun)

3時15分起床。NHKラジオは繋がらなかった。Ituneでラジオ体操をする。犬はこの時間静かになっていた。遠くから雷鳴が聞こえてくる。3時42分から Excel の基本シートから75個のDistrictのシートをコピーするExcel VBAを作りはじめる。5時半までに出来上がる。あっという間に75個のシートがコピーされる。次は別のExcelファイルの2つのシートのデータで75個のシートに更新をかけるプログラムを考える。これが出来れば25日の金曜日の午後から26日朝にかけてマニュアルでやった作業がプログラム化できることになる。
いよいよ今日が憲法制定の期限の日である。また3ヶ月延長を言い出した政府に対して最高裁判所は首相と副首相を呼び出して、3ヶ月延長などとは法廷侮辱罪だと言ったらしいが、今日の期限が守られなかったら裁判所が議員601人を首にできるわけでもないだろう。裁判所が国会を解散させて議院選挙を再度行わせる力があるわけでもないだろう。これまで3大政党とマデシグループの4者で会議を続けてきたわけだが肝心の最後はどのように決めるのか、決め方が決められていないらしい。裁判所は多数決で決めろといっているらしいが、野党のNCとUMLは揃ってそれに絶対反対と言っている。多数決では自分達の意見が通らないことがわかっているから絶対反対といっているのだろう。それなら相手の意見に近寄って飲めるものにするかというとこれまではそんな姿勢は見られなかった。
結局主張を言うだけで意見をまとめることをしてこなかったかその能力がなかったかである。与党のマオイストの中では副議長のモハン バイデアが220議席のマオイストの96人の署名を集めて、分派独立の姿勢を示している。
ここでもバッタライ首相は火種を抱えることになっている。マオイストは貧しく、教育をあまり受けてこなかった、社会の底辺にいた人たちによって支えられていると見られているが、現在の政府の中心にいるのは高学歴の高カーストであるバフンのプラチャンダやバッタライなどである。過激派、武闘派と見なされるモハン バイデアはプラチャンダやバッタライに批判的でマオイスト議員の4割を集める勢いらしい。朝食のおかずは冬瓜。朝食後The Rising Nepalを読む。昨日は首相公邸で3大政党とマデシを加えたトップ会談が開かれたがなんの話し合いの進展が無かったという。UMLは新しい提案をしたがマオイストが拒否したと言って非難している。マオイストはNCとUMLは変な民主主義だと非難し始めている。自分達の同じ主張を繰り返し言ってばかりで少しも話し合いの余地がないことと、投票で決めようとする事を絶対拒否と言っていることによる。結局夜になっても話し合いがされたようだが何も新しい展開はなかったようだ。今日の11時半からまた会議が開かれるということである。ぎりぎりの土壇場で妥協が図られるのか、なにもまとめれないのかいよいよ期限まであと13時間に迫った。Excel VBAを作る。11時過ぎ停電になる。
12時昼食。昼食後電気が来ないので近くのANGANとBlue Bardで買い物をして帰る。午後もExcel VBAでファイル更新を試みるがうまくいかない。17時お風呂に入る。夕食後日記をつけて再度チャレンジ。 19時13分までで75県の女子の計算がうまく出来た。これで明日は男子と合計を作って、説明書を作って終わり。なかなか面白いプログラムを作ることが出来て嬉しかった。19時15分。蚊取りマットをつけて就寝。 23時半目を覚ます。
エベレスト登山はこの日で雨季であるモンスーンに入る前の登山シーズンが終了した。これからエベレストでは雨季となり降雪シーズンとなり次回は雨期明けの10月になる。高地に住むシェルパ族がシェルパと呼ぶ山登りのガイドや沢山の荷物運びに欠かせない人たちもヨーロッパの山や日本の山で山岳ガイドとして出稼ぎに行く。
今シーズンは150人以上の人が登頂を果たした。その中で5月19日には日本の女性渡辺さん73歳もいた。女性の最高齢者である。なお最年少登頂者はこれらのお年寄りを支えて登らせるガイドをしている16歳のシェルパの青年である。今週だけで6400mのベースキャンプには200名以上の登山者が待機していて8000m以上には250名以上の登山ラッシュであった。登りに酸素を使いすぎて下山時に死亡したり、無理な登山の巻き添え事故で5月19日に亡くなった有名なシェルパもいた。何度もエベレストの頂上に世界の登山家をガイドした人であった。エベレスト登山も日本の富士山のように頂上まで登山者の行列の明かりが続く山に近くなってきているようだ。
1970年5月11日植村直己さんが日本人として最初に松浦さんと登頂してから42年エベレストは毎シーズン100人以上の人が登れる山になってきている。しかし死ぬ人も後をたたない。やはりお天気次第で荒天に見舞われると犠牲者が出てきてしまう。沢山の人が登れるようになったエベレストではあるが降りてこられなくて凍ったままの人が沢山いるという。そういう人を下ろすのは難しくて出来ないようだ。
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5月26日(土) 晴れ時々くもり  日の出5時9分、日の入18時52分 ネパール425日目 気温最高30℃、最低19℃ 6時の気温28℃、湿度74%
2012/05/26(Sat)

3時ごろまで作業をする。一休みし4時から続き。4時半停電になる。昨日から計画停電は週56時間に。今日は4時半ー9時と13時ー17時。昨夜から蚊を7匹ぐらい取った。どこから入ってくるのかわからない。5時ホテルの自家発電で電気が来る。5時15分までで作業を終える。結果をメールで送っておく。6時過ぎ雨が降ってきた。大した雨ではない。町が乾燥しているので雨降りは有難い。カトマンヅの雨は小雨は少なくて降る時はざっと1時間ぐらいで止むことが多い。傘をさしてもびしょぬれになるからネパール人の多くは雨宿りをしている。カッパを着ているのでないと雨が降ったら歩けない。今朝もカッコーの声が鳴り響く。6時半朝食。The Rising Nepalによると裁判所がこれまで話しあったことでまとまるとこまで憲法をつくれ。多数決でも決めろといっている。NCと共産党は多数決で決めるのを拒否している。州の数と民族は州に複数民族は譲れないといっており、マオイストとマデシは州に1つの民族を譲れないといっている。マデシは州を明確にしなければ憲法の意味が無いと言っている。果たしてこんな状態で明日までに憲法を決めることができるのだろうか。いずれにしても明日は夜中まで政権議会が開かれていることになりそうな様子である。この国では、議論を重ねて相手との相違は理解してもその溝を埋めるとの知恵が働かないようである。
明け方降った雨は止んで、駐車場の石畳は既に乾いている。8時市場へ買い物に出かける。土曜日は街中のゴミをトラックに積んでいる。カリマティの市場へ行く途中骨が浮き出た牛が歩道に身体を横たえたまま車道を見ていた。もう立てないようで垂れ流しであった。昨日はオフィスからの帰り道のアルミコハイウェイで死んだ牛が横たわっていた。牛も生きていくのが難しいようだ。市場ではスイカ5.5Kgと小さなレモンを15個、ジャガイモ1Kg,玉葱1Kg、キャベツ1.8Kg,人参7本を買って帰る。全部で10Kgぐらいになると流石に重くて街をトレッキングを思いながら約1時間ゆっくり歩いて帰る。すっかり汗をかく。汗で濡れた上着を手洗いして屋上に干す。昨夜はあまり寝ていないのでベッドに横になって休む。12時昼食は部屋でいただく。午後は松本清張著「カルネデスの舟板」を身体を伸ばして読む。部屋の掃除をしてくれる。シーツ、枕カバーをすっかり新しく取り替えてくれて有難い。26日は翌月の部屋代を払う日であるのを思い出してフロントに小切手で600ドル、ネット代450ルピーを支払う。3時50分お風呂の準備が出来ましたと電話をもらう。いつもより早いお風呂に入る。湯船に入って身体を伸ばせるのが嬉しい。風呂上り日記をつける16時20分。夕食をいただく。夕食後レモンを5個搾りレモンティーをつくり冷蔵庫に冷やしておく。ポットの水も沸かしておき冷やしておく。夕食後ベッドに横になり休む。22時45分目を覚ます。足を蚊に刺されていて痒くなっていた。ベッド脇の壁に丸々と膨れた蚊が止まっているのを見つけ手で叩くと真っ赤に壁が染まった。歯ブラシと雑巾で壁の血を取って置く。この時間犬の吼える声の合唱で賑やかである。3頭ぐらいが絶えず声を張り上げている。全く煩い限りである。
さらに蚊を2匹召捕る。又休む。
この日登山家竹内ひろたかさん41歳が、ダウラギリ 8167メートルの頂上に立った。ネパールのミャグディ県とドルパ県の県境の山である。1995年にマカルー1峰8463メートルを登頂して以来世界の8000m級の14の高峰全てを登頂した世界で29人目、日本で最初の登山家という。前日の25日14時20分に7200m地点に達して宿泊。26日午前1時半に出発し、頂上8167mにたどりついたのが午後5時半。16時間がかりの無酸素でガイドなしの単独アタックだった。ダウラギリの頂上は風が強く、視界が悪かったという。
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5月25日(金) 晴れ時々くもり  日の出5時10分、日の入18時51分 ネパール424日目 気温最高33℃、最低19℃ 0時の気温28℃、湿度70%
2012/05/25(Fri)

太い犬の声で目を覚ます。昼間は死んだように寝ているが夜になると元気によく吼える。
ラジオは午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕 思い出の流行歌:股旅、道中もの歌謡作品から 旅笠道中、上州鴉、勘太郎月夜唄 などと生まれる前の歌ばかりで途中でやめる。3時15分ラジオ体操をする。
5時停電になる。今日の停電は5時―10時と14時―19時。ひんやりした空気が網戸を通して入ってくる。
昨年に較べて今年は雨が少ない。先週は大雨が40分ほど降ったがそれから降らない。夜中よく吼えていた犬も明るくなると静かになる。街の中の人が集まっていたテント小屋は政治休戦になってか、からっぽで開店休業のようだった。ネパール国民のなかには王政時代のほうが良かったという人が出てきている。現在の政治家の汚職はかつてないほど酷いという。外国人にはよくわからないがネパール人にはよくわかっているようだ。601人制憲議会議員が2008年の選挙で選ばれて2年の任期で憲法を作れず、さらに2年任期を延ばしたがそれでも作れず今又任期を延ばそうとしている。この間首相がマオイスト→共産党→共産党→マオイストと4人目である。
この次は王政時代に何度も政権を務めたナショナル コングレスNCに政権を渡すことになっている。
NCは早く首相は辞めて自分達がかわってやってやると言い出している。バッタライ首相は憲法を作ったら辞めると言い出している。憲法を作れるのは自分しかいないと思っているようである。たしかにNCに新しい州や憲法を作る熱意があるとは思えない。今までやってきたことは全てご破算で願いましてということになりそうである。これまでにネパール人に憲法は出来ますかと訊ねると大抵の人の答えはわからないというものであった。中には出来ないでしょうと答えた人もいた。出来るでしょうと答えた人は一人もいなかった。やはりネパールのことはネパール人が良くわかっているようだ。5時44分 新聞配達人が自転車にのって新聞を持ってきた。彼は新聞を敷地の玄関の高い塀越しに中に放り投げる。地面に落ちている新聞を拾い上げて読んでいるのである。随分乱暴な新聞配達である。新聞の値段はThe Kathmandu Postが5ルピー(5円)、The Rising Nepalが4ルピー(4円)である。ホテルは長期契約にしているのでこの値段で配達してもらえるが最近のインフレで町で買う時は10円に値上がりしたという。このところネパール10%を超えるインフレになっているという。銀行の金利が10%といっても目減りする。昨年3月の1000円は870ルピーだったが、先日は1000円が1100ルピーぐらいになっていた。6時半朝食。オクラのおかず。納豆のようにご飯にかけていただく。朝食後The Rising Nepalを読む。最高裁が政府に5月27日の憲法制定の期限を守れ。3ヶ月延長は認められない。27日までに新憲法を作れという記事が出ていた。もう憲法論議は消えたようで緊張感のない会議の写真が載っていた。主要3党とマデシの会談もやっているようだが、最高裁の指摘に対してどうこうの議論は全くされていないようである。先日のジャラクプールの爆弾テロで亡くなった人に100万円の見舞金。負傷した人に治療費が支給されるという記事が出ていた。8時20分
今日はサンカルジーから宿題をもらう。日曜日までに結果が欲しいという。5時間ぐらいはかかる作業である。
今夜と明日でなんとか結果を出すようにする。この日14時半までで半分ほどやる。3時のバスで帰る。そのまま事務所へ3時50分つく。4時10分から学校保健プロジェクトの話を聞く。いい仕事をしても日本人がいなくなった後果たしてネパール人だけでいいものを引き継いでいけるかが肝心だと思う。大抵活動している間は歩調を合わせていい事をしているふうにしているが音頭取りがいなくなったら元の木阿弥になってしまうのではつまらない。関係部門で話しは出来ているようであるが、日本人に替わるネパール人の音頭とりが育っているかが肝心ではないかと思う。5時に終わる。5時半過ぎホテルに帰る。お風呂に入り夕食後日記をつける。これから昼間のオフィスの作業の続きをする。
19時半

大使館からのお知らせ(12-46)5月25日
憲法制定期日(5月27日)の注意喚起
5月27日の憲法制定期限に向け,現在主要政党・民族グループ間の交渉が大詰めを迎えているところですが,これに伴い,今後国内の政治情勢についても,不確定要素が強まることが予想されます。
現在まで大使館には,明日26日午前11時からラトナパークでチェトリ族らによるマス・ミーティングが実施されるとの情報が入っており,同付近では交通渋滞等が予想されます。
さらに,27日前後には不測の事態が発生することも考えられますので,報道等に十分注意して,外出はできるだけ避けるようにしてください。
また,CAビル(ニューバネショール),政府系施設,軍・警察関係施設・繁華街及び多数の人々が集まっているところには不要不急の場合を除き,絶対に近寄らないようにして,異様な事態を目撃した場合はすぐにその場を離れてください。さらに,この期間中は,できるだけ公共交通機関の利用は避けるようにしてください。

大使館からのお知らせ(12-47)   5月25日
計画停電(週56時間)について
 ネパール電力公社は計画停電表を公表しました。
御参考までに計画停電表を英訳したものを当館ホームページに掲載致します。
右計画表によりますと25日(金曜日)から,停電時間は週62時間から週56時間(1日平均8時間)となりました。

在ネパール日本国大使館ホームページ

http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/

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5月24日(木) 晴れ時々くもり  日の出5時10分、日の入18時51分 ネパール423日目 気温最高33℃、最低19℃ 3時の気温28℃、湿度65%
2012/05/24(Thu)

3時半目を覚ます。昨夜は蚊取りマットをつけて寝たせいか蚊に食われなかった。夜中目を覚まさず朝まで寝れたせいか頭がすっきりする。そとはまだ暗いがカッコーの鳴く声が聞こえてくる。昨日の朝帰国した青年から「車が走っているにも関わらず静かだし、道も街もキレイで感激でした」とあった。ネパールから日本に帰って静けさと清潔さは誰もが感じる第一印象のようだ。日本の家の周りを歩いてみると見かけるのは老人ばかりという気がした。行き会う相手の方からみるとこちらも頭が白くなった老人であるのは変わりない。前回帰ったとき歩道を歩いていたら、前方から来た紳士が足どりが頼りなくそのうち足がからんで歩道の真ん中に一人でこけてしまっていた。静かなのはいいが人があまり出てこなくなった住宅地はとても寂しくなっていた。今度帰国したら日本の賑やかなところを覗いてくることにしてみよう。まだ暗い外では犬の鳴く声も賑やかだ。カッコーの声と小鳥に鳴き声も聞こえてくる。バヌアツでも鶏の時の声が聞こえてきたがここでも同じである。バヌアツでかカッコーの鳴く声やギャギャーと鳴くカラスやボーボーと鳴くはとの声はは聞けなかった。カトマンヅはゴミが多いせいかカラスが多い。日本のカラスとは種類が違う。時々ねずみの死骸をつついて食べているカラスを見る。市内に寺院が多いせいかハトも多い。犬もとても多い。ネパールの犬は野良犬が多い。残飯をあさって生きなければならない犬は毛並みが悪く皮膚病にかかった犬や足を怪我した犬をよく見る。中にと時々狂犬病にかかっているのではないかというような、表情がきつくなった犬を見ることもある。あまりみかけることは少ないが飼い犬もいる。そういう犬は太っているか毛並みがいい。
先日は73歳の日本人女性がエベレスト登山に成功したというニュースがあったがその一方エベレストでは今月6人が死亡、9人が負傷というニュースがあった。登頂に成功した後酸素ボンベの酸素が無くなり8,650m付近で死亡、ドイツの82歳の人は8,700mで死亡、シェルパのうち1人がクレバスに落ちて死亡し、他の1人が高山病で死亡とあった。9人の負傷者は怪我をしたり目が見えなくなってカトマンズに下ろされて治療を受けるという。天候が悪くなって約150名の登山者たちが世界の最高峰を目指して待機しているという。一人の成功者の陰に多くの無念な思いをしている人もいる。4時50分外が明るくなってきた。6時20分まで49ルパンデヒを更新する。6時半朝食。ひじきのおかず。今朝のThe Rising NepalではNCとUMLが首相の退陣を要求し、マオイストとマデシがこれを拒否したとでていた。NCの副首相で防衛大臣についていたシタウラはこのままいても仕方がないので辞任するという。マオイストのモハンバイディアとタパは27日の期限を守れといっているが彼らが準備していた明日のバンダは取りやめるという。まるでマッチポンプのような態度である。大統領のヤダフは27日の期限に向けて主要政党は話し合えと言っていたが各政党はその気分はすでにはるかかなたに飛んでいる。27日の期限をつけた最高裁ではまた3ヶ月延ばすというのにどう対処したものか相談を始めたようである。答えの無いような問題を議論して解答を作ってもいくらでもケチがつく性質のことだけにまじめに考えるのが馬鹿馬鹿しいことなのかもしれない。たった一つ大統領のヤダフの言葉を残しておく。
”None of the communities or classes are Madhesi,Himali and Pahadi,
we all are first Nepali
流石に大統領の言葉に感心した。7時50分
9時15分ホテルを出る。10時オフィス。今日はカウンターパートはきていた。
ご前中データチェックの資料を作りカウンターパートに説明してアウトプットをわたす。
42ムスタンの記事を更新し写真を追加する。カプリバスタのブダドール タパさんからメールが来ていた。
4時40分店仕舞いとする。5時オフィスのバスで帰宅。マイティガールまでいつものように大渋滞だった。ホテルに帰り荷物を片付けてからお風呂に入る。夕食後7時半就寝。 23時45分目を覚ます。
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5月23日(水) 晴れ時々くもり  日の出5時10分、日の入18時50分 ネパール422日目 気温最高33℃、最低19℃ 3時の気温28℃、湿度68%
2012/05/23(Wed)

1時15分起床。両手を蚊に食われて目を覚ます。起きてすぐ1匹を両手で召捕る。手のひらが真っ赤になった。
スイカを切っていただく。レモンを搾ってレモンティを作る。足に蚊がまとわりつくので電子蚊取りマットをつける。
3時15分ラジオ体操をする。少し休んで5時半起床。人口グラフを1から27までつくる。6時半朝食。焼きなすのおかず。今朝のThe Rising Napalによるとシュレスタ副首相の談話で時間が足りないから3ヶ月延期すると出ていた。最高裁が5月27日を延ばすことは許されないと判断を示していることにはどう対処するかは言及されていなかった。最近の新聞記事をみるとようやここにきてく連邦制と民族の権利保護をそれに含めることの難しさがようやく浮き彫りになってきた感があった。その解を作るのはほぼ不可能に見えるのだがこの国の政治家はその解の作成にあと3ヶ月必要という結論を出したようだ。しかしこの問題解決にはとても3ヶ月では答えが出せないだろう。1年かけても果たしてどうだろう。全ての民族は平等、公務員の採用は民族の人数比率に応じて平等に採用することなどの原則論を憲法にうたえば誰も文句は言えないと思う。結局いろいろ議論した末にそういったところでまとまることになると思う。今の議論をみていると一方の民族の言う事を聞けば他方の民族が黙っておれないような議論にすぎるように感じる。
民族やカーストの看板を背負ったこの国の指導者達に今回の憲法をまとめるのは無理があるような気がする。
テレビでバフンの政治家がザナザティなどという文言を連発しているのを見るとバフンとチェットリ以外の人たちは果たしてどう感じるのだろうと見ていて思う。ザナザティとかダリットという文言は人を差別した言葉に聞こえてくる。8時ガンガジーに電話する。バスは出るという。9時15分ホテルを出て9時半バスに乗る。空港を回って10時過ぎオフィスに着く。サンカルジーもしばらくしてくる。チトワンのワークショップは当初19日から26日であったが延期になった。
今朝の作業の続きをする。10時17分  11時半までで50Kapilbastuの人口推移グラフを作る。13時半までで75までの
人口推移グラフを作る。昼食は昨日聞いた檀ふみさんの私の新人時代の2回目を途中まで聞く。
午後は16時半までに幼稚園児と高校生までの人口比と教師の1人当たり生徒数の計算を75県でする。5時オフィスのバスで帰る。マイティガールでクリシュナ プラサドさんとおしゃべりをしてさよならをする。ホテルに戻ってお風呂に入り、夕食をいただいて20時就寝

大使館からのお知らせ(12-45)5月24日
Nefinバンダの終了について
大使館に入った情報によりますと,Nepal Federation of Indigenous Nationalitiesのバンダにつきましては,政府と合意したことから,終了となりました。
また,本日午後には,ネパール商工会による平和的デモ行進が予定されておりますので,ラトナパーク周辺では渋滞が予想されますのでご注意ください。
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5月22日(火) 晴れ時々くもり  日の出5時11分、日の入18時50分 ネパール421日目 気温最高33℃、最低19℃ 1時の気温28℃、湿度70%
2012/05/22(Tue)

〔明日へのことば〕  私を変えた「オペラ座の怪人」ミュージカル俳優 高井 治さんの話しを聞きながらブログにポカラの写真をアップする。2時「忍びの旗」を読んで休む。4時半起床。暗い外からカッコーの鳴く声がよく聞こえてくる。
6時半朝食。朝食後庭でネパールティを飲みながらThe Rising Nepalを読む。今日もネパール先住民民族連盟(NEFIN)主催のバンダの3日目がある。昨日も道路で焼かれたバイクの写真が1面にあった。大統領が各政党に歩み寄って27日の期限までに憲法草案をまとめてほしいと呼びかける記事があった。3党とマデシが話し合ったがまとまらなかったとあった。先週新聞が一斉に11州で合意というのは棚上げされたようになっている。昨日はマオイストが10州を提案したがNCとCPN-UMLが拒否したとあった。先週はまとまるかと思われたがあと5日に期限で果たしてどうなるか、バッタライの挙国一致内閣の樹立で出来るかと思った憲法草案作りはダメかもしれない。出来ないで残念がる人もいるだろうが、出来なくてホットする人たちも多くいるのは事実だろう。こんな難しい問題がそんなに簡単に答えを出せるわけが無いと最初から思っていた。この新しい州を決めるのは棚上げにして憲法は原則的なことを述べるに留まっておればいいのにと思っていたのだが、それを決めるのは所詮無理な問題を解こうとしたことであったようだ。7時45分 午前中「忍びの旗」を読了。11時停電になる。今日の停電は11時―17時。12時から自家発電の電気が来る。11時半昼食後池波正太郎著「黒幕」を読む。時々警察の車のサイレンが聞こえてくる。日本の真夏のような日差しが一日中あった。17時半お風呂に入る。夕食は檀ふみさんの私の新人時代を聞きながらいただく。夕食後「黒幕」を読んで19時就寝。


大使館からのお知らせ(12-44)5月22日
Nefinバンダの継続について
大使館に入った情報によりますと,本日まで行われていたNepal Federation of Indigenous Nationalitiesのバンダにつきましては,政府との合意が得られず,現在のところ明日も実施されるとのことです。
しかし,現在も政府との話し合いは続いていることから未明の決着も予想されますので,報道等にご注意ください。
また,バンダが実施された場合は,自転車でも襲撃される場合があるとのことですので,十分ご注意ください。


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5月21日(月) 晴れ時々くもり  日の出5時11分、日の入18時49分 ネパール420日目 気温最高32℃、最低19℃ 3時の気温27℃、湿度70%
2012/05/21(Mon)

2時半起床。NHKラジオは聞けなかった。朝6時まで挙国一致内閣をアップする。6時半朝食。かぼちゃの煮物のおかず。The Rising Nepalは昨日のバンダの記事とマオイストの戦争行方不明者の記念式典とマデシから情報大臣に起用された人の発言記事であった。昨日からバンダを主催しているのはThe Nepal Federation of Indigenous Nationalities(NEFIN)ネパール先住民民族連盟。ネパールに先住する民族がカースト(身分制度)の下層に置かれ不平等な扱いを受けていると主張する多くの民族から構成されるグループだ。この国は昨日から3日間のバンダをやるという。今日はその2日目である。今日は昨日パンが買えなかったので昼食のパンが無いという。今日もパンを買えないかもしれない。昨日のバンダの被害が出ていた。カトマンド市内では火をつけられたバイク8台、壊されたバイク18台、車6台、ツーリストバス1台、
ローカルバス2台。74名が検挙された。カトマンド市街では壊されたトラック7台、バス3台、車4台、16人検挙。
マデシ出身の情報大臣は3党合意の11州案は認められないと言っていた。開けていた店の品物を群集が道路にほうり投げられていた店があったという。8時 日記をつけてベッドで休む。9時半起床。しばらくぶりで写真をアップする。アップ中に停電になる。池波正太郎著「忍びの旗」を窓際の椅子にかけて時々うとうとしながら読む。12時過ぎに、ジャガイモとレモンティの昼食をいただく。ふと戦後の食糧難の時着物をもって農家を訊ねて食べ物を交換しに歩いたというお母さんがいたという話を思い出した。きっと自分自身もお腹を空かせて子供達のための食料の芋などを求めて歩いたのだろうと思った。今回のバンダの前に調整員の方が電話で食料の備蓄をするように言ってきてくれたことが今になって理解でした。これまでの1年の生活であったバンダはどことなく中途半端で空いている店もあったので買い物は何とかなるだろうと思っていたが、昨日のようにどの店が閉まってしまうと、食料の備蓄の必要なことの必要性がわかってくる。昨日は朝から一番の繁華街を見て歩いたが今日は市場がどうなっているか午後から歩いてみることにする。12時40分 13時ホテルを出る。近くの店を覗いたらなんと開いていた。パンも売られていた。少し硬かったからバンダの前に仕入れていたパンであったのだろう。先日近くの店で25円で売られていたものが30円にしていた。ヨーグルトはどうかという。普段冷蔵庫に入れてあるものが外に出して売られていた。ハエがたかっていて不潔そうだった。これまで50円で売っていたのが55円にしていた。これは見合わせた。マイティガールから近くの市場へ歩いてみた。今日も人々は傘を日傘に使って歩道ばかりでなく車道を歩いていた。警察の車両が時々通るだけで一般の車もバイクもほとんどなかった。野菜市場は入り口が扉で閉められていた。それを見て引き返すことにした。2時前にホテルに帰る。帰ってから昼寝をする。3時半目を覚ます。この時間ネットもバンダで繋がらずお休みらしい。
「忍びの旗」を読んで過ごす。5時前お風呂に入る。夕食後日記をつける。日本からの金環日食の写真を見る。夕食後は湯川れい子さんの「私の新人時代」を聞く。19時に停電になる。外からカッコーの鳴き声が聞こえてくる。今日の停電は19時から23時半であった。直ぐにホテルの自家発電のエンジンが鳴り出す。ベッドに横になり「忍びの旗」を読んで就寝。 23時45分起床。蚊に食われたようで右足が痒い。起きてから2匹召捕る。まだいるので蚊取りマットをつける。ラジオで昭和37年、1962年 50年前の歌を聞く。「星屑の街 三橋美智也」「遠くへ行きたい ジェリー藤尾」「川は流れる 仲宗根美樹」「下町の太陽 倍賞智恵子」「赤いハンカチ 石原裕次郎」「恋は神代の昔から 畠山みどり」「素敵な16歳 弘田美枝子」「レモンのキッス ザ ピーナッツ」「電話でキッス ダニー飯田とパラダイス キッス」「いつでも夢を 橋幸雄 吉永小百合」などを聞く。


金環日食

金環日蝕
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5月20日(日) 晴れ時々くもり  日の出5時12分、日の入18時48分 ネパール419日目 気温最高29℃、最低17℃ 11時半の気温28℃、湿度70%
2012/05/20(Sun)

2時半目を覚ます。3時15分ラジオ体操をする。ネパールよいとこにカトマンヅへの行き方を追加してアップして同級生にメールしておく。6時半朝食。昆布の佃煮風のものを乾燥昆布から作ったというので作り方を教えてもらう。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。11州で4者合意と新聞記事でまとまるかと思われたが今日の記事では、プラチャンダがマデシと話し合って、11州をいいとは思わないと言い出したという。一方合意したはずの共産党やNCからも5州案だと言い出したようだ。また19ある少数政党は国会で決めることを4者がホテルなどで話し合って決めるのはおかしいと言い出してきた。バッタライ首相はこれが永久的なものではないと言って説得しようとしている今日の新聞の記事をみると今日も含めてあと8日で合意できる憲法ドラフトが出来るか混沌としてきた。基本的にネパールで民族をくくる州などを作るのは今後に禍根を残す。ユーゴスラビアがチトーの死後分裂して内戦したように民族自治区を作ることは将来独立の芽を育てるようなものでけしていいことではないと考える人がいるのも事実である。土壇場に来て今やっている事が本当にいいことなのだろうかという思いがあるのだろう。10時前街に買い物にでかける。今日のバンダは道路から警察車両以外自転車のテンプーぐらいしか走っていなかった。歩く人は傘を日傘としてさして歩道ばかりでなく車道にも歩いていた。普段賑わうタメルの街の店店はシャッターを下ろし、走るバイクを呼び止めて走るなと声をかけていた。タパタリでは走っていたバイクが燃やされたという。バネソールでは走っていたタクシーが3台焼かれたらしい。11時過ぎすっかり汗をかいてホテルに戻る。明日も今日同様のバンダが続くという。12時
昼食後昼寝をする。14時起床。バッタライの改造挙国一致内閣の顔ぶれを見る。5時前お風呂に入る。Ituneで演歌を聴きながら夕食をいただく。17時45分日記をつける。18時半照明の電気が無くて就寝。

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5月19日(土) 晴れ午後一時豪雨後くもり  日の出5時12分、日の入18時48分 ネパール418日目 気温最高29℃、最低17℃ 11時半の気温28℃、湿度70%
2012/05/20(Sun)


2時半目を覚ます。6時のニュースで天皇皇后がイギリス訪問中のニュースを聞く。今日は日本は快適なお天気だという。3時15分ラジオ体操をする。ネパールよいとこにまず入国手続きの説明書を最初のページに追加する。5時40分 6時半朝食。なすの煮物のおかず。朝食後庭でネパールティをいただきながらThe Rising Nepalを読む。昨日バッタライの第二次挙国一致内閣の大臣の担当が決まって載っていた。今日の新聞ではマデシの11州反対の記事は出ていなかった。どうやらそれで決まりのようである。7時15分ホテルを出てカリマティの市場へ向かう。途中7時35分頃前方100mもない道路で車が大きな音を立てて横倒しに倒れフロントガラスがすっかり落ちた。横から出てきたところ別の車にぶつかったのかどうして横倒しになったのかはよくはわからない。車は人々によって、すぐに横倒しを元通りに直された。顔から血だらけの運転手と思われる男が肩を抱えられて歩いて去っていったがまたしばらくして腕から血を流している青年が歩いて出てきた。警官もいたが大勢の群集が集まってきた。肝心の当事者が去って行くのを警官は見過ごしたのかとがめなかった。血を流していた2人の写真を丁度カメラに撮っていた。市場に着いて最初にスイカを見る。今日ほどスイカの多く出た日は無かった。大きなものが多かったが6.5Kgのものを買う。キャベツ1.5Kg。ジャガイモ1Kg、人参。トマトは1Kg100円、レモンは1Kg250と高くなっていた。10時前ホテルに帰る。ミナさんが部屋の掃除をしてくれる。荷物をおいてもう一つの市場へ出かけレモンを買い、町へ出て壊れたチャックを買う。い、ルドラクシャRudraksha(ルドラ( "シヴァ")とアクシャ( "目")から成るサンスクリット語の合成語)と呼ばれる、森の中に自生していたり、栽培もされている大型の常緑広葉樹の種子からヒンドゥー教の数珠を作っているがそれが売られていた。1つ買う。ホテルに11時過ぎ帰り、汗で濡れた上着2つとリュックサックを手洗いして屋上に干す。12時「タンザニアの逞(タクマ)しき路上商人たち」国立民族博物館・助教 小川さやかさんの面白い話を聞きながら昼食をいただく。12時半屋上の洗濯物がほぼ乾き雲が出てきたので取り込む。13時疲れて寝る。14時起きて日記をつける。14時15分音をたてて大粒の雨が降り出す。窓の雨が降りあたり水が内側のカーペットを濡らしてきた。窓の隙間から水が漏れてきたので雑巾代わりの靴下でふさぐ。雷の音も聞こえてくる。停電になり水の浸入がひどいのでフロントに電話する。ラムさんとサルトリさんが雑巾をもって駆けつけてくれる。つでにチャックを縫う糸を持ってきてもらうようにお願いする。今日からトレッキングに出かけた同僚のことを思う。雨は降り始めてまだ30分にもならないが今年一番の土砂降りになった。こんな時は傘をさしていてもびっしょり濡れてしまう。降り始めて30分がたって空の雲間から青空が見えてきた。まだ雷がなっているが土砂降りの峠は越えた。この雨のお陰で少し涼しくなりそうである。サルトリさんが黒い糸を持ってきてくれた。これでソフトバッグのチャックの繕いができる。14時50分。丁度1時間でソフトケースのチャックを交換して縫いつける。外は雨が上がって既に前の駐車場の石畳の半分は乾いている。4時半お風呂に入る。渡辺さん73歳がエベレストに2度目の登頂をしたというニュースを聞く。6時45分。
今朝の新聞に載っていた挙国一致内閣の顔ぶれを見てみる。マオイストは若い実務型の感じの人が多く、UN、共産党からは党の官房長官といったまとめ役、マデシやその他は一匹狼的な自ら党首につているような人が多かった。
21時就寝。
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5月18日(金) 晴れ時々くもり  日の出5時12分、日の入18時47分 ネパール417日目 気温最高30℃、最低17℃ 11時半の気温28℃、湿度70%
2012/05/18(Fri)
0時半目を覚ます。スイカを切っていただく。3時15分ラジオ体操をする。4時まで59 スルケットまでやる。しばらく休む。5時起床。停電になる。日記をつける。5時7分自家発電のエンジンが鳴り出し電気がくる。6時半朝食。キンピラゴボウのおかず。ラムさんに尋ねるとネパール人は料理の仕方を知らないからごぼうを食べないという。ごぼうは1Kgあたり200ルピーするという。ジャガイモが30ルピー。玉葱25ルピー。キャベツ20ルピー。オクラは60ルピーだからごぼうがいかに高価であるかを知る。今日の新聞によるとマデシが11州に反対と記事があった。何故11州なのか主要3党に質すが満足な答えがないという。挙国一致内閣に大臣などを出しるが、要求が聞き入れられない場合は大臣を引きあげると言っている。9時前にガンガジーに電話する。今日はバンダでバスは走らないという。9時15分までで68のバジャンまでアップする。あと7つで一区切り。9時21分 やっと11時25分までに75までアップする。
11時34分自家発電が停まって停電になる。少し休憩。しばらくして自家発電の電気が来る。
12時昼食。午後Dropboxのフォルダーが削除されてしまう。Webサイトから復元をしてフォルダーが再生される。午後3時、まだ暑い日差しの外に出る。道路際に完全防備の警察官が並んでいたが、デモ隊の姿は無かった。道路は車は少なかったがバイクや車も走っていた。事務所で出張の精算を済ませ4時過ぎホテルに戻る。5時過ぎお風呂に入る。夕食後7時就寝。

大使館からのお知らせ(12-42)5月18日
チェトリ族ストライキの終了について
大使館に入った情報によりますと,チェトリ族は昨夜政府との話し合いで合意を得たとして,無期限バンダを終了すると表明したとのことです。
しかし,先日お知らせしたとおりRPPネパールによるバンダが予定通り本日早朝より行われており,各主要交差点に活動家らが集まっているとの情報が入っておりますので,外出は避けるようお願いします。
今後の報道等に注意してください。

大使館からのお知らせ(12-43)5月18日
RPPネパールのストライキ終了とネワール族の集会実施について
大使館に入った情報によりますと,明日予定されていたRPPネパールのストライキは中止するとしたとのことです。
しかし,明日19日ネワール族がラトナパークで集会を予定しております。これにつきましては,交通封鎖等は行わないとのことですが,ラトナパーク周辺の交通渋滞が予想されますので,ご注意ください。

バグマティ川のスラムが破壊された
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5月17日(木) 晴れ時々くもり  日の出5時13分、日の入18時47分 ネパール416日目 気温最高32℃、最低17℃ 6時の気温27℃、湿度65%
2012/05/17(Thu)

5時起床。停電していた。今日の停電予定は5時ー10時と16時―20時半。非常灯を点けて小さいレモンを6個搾りレモンティーをつくる。朝窓の金網にいた蚊を2匹見つけて召捕る。昨夜は蚊取りマットを点けて寝て食われなかった。
5時27分自家発電のエンジンの音が高らかに鳴り出し電気がくる。この騒音はご近所には煩いと思う。それで電気がを使わせてもらうことが出来る宿泊者にとっては仕方がないと我慢出来るが、もしこれが日本であればご近所からのクレームが警察にいくことだろう。停電の時は5時半前からいつもこの騒音は腹立たしくなるのではないだろうか。
6時半朝食。椎茸、ジャガイモ、人参の煮物。椎茸は日本から買った乾燥もの。とても肉厚で美味しかった。昨夜はバンダは今日から無期限という連絡があったが、今日はまだバンダの影響は出ていないという。バスの運転手ガンガジーに電話して今日バスが来るか聞いてみることにする。今日のThe Rising Nepalにはバッタライの挙国一致内閣の新しい顔ぶれが大統領立会いの下宣誓式の写真が一面にあった。5月6日にはマオイスト、マデシ、NCコングレスから選ばれた顔ぶれで宣誓式がおこなわれている。前回は入閣を拒否していた共産党から副首相と女性の大臣の2名が出され、その他少数政党から5名が宣誓した。これらの新しい大臣のポストは未定という。これでこれまでに副首相兼任の大臣は3人。マオイスト、マデシ、共産党で1人づつ。大臣ポストはマオイスト:4、マデシ:4、NCコングレス:2、共産党UPN-UML:1、その他:5。首相を含めて20名の陣容が決まった。憲法草案は27日までに出来そうなムードの記事である。 8時ガンガジーに電話すると今日はバンダでバスは休みという。サンカルジーに今日はホテルにいるとメールしておく。昨夜の続きをする。8時15分 今日は16から午後4時の停電までに43までやる。
10時前出かける支度をしてホテルを出る。いつものANGANはバンダで休み。道路もバイクと警察車両が通るぐらいで車が無い。ブルーバードスーパーは開いていてマヨネーズと紅茶とカミソリを買う。帰り道パンを買う。ホテルに11時前に帰る。掃除が済んでいた。12時まで続きをして「本土復帰40年、明日の沖縄を信じて」大田平和総合研究所主宰 大田昌秀さんの2日目の話を聞きながら昼食をいただく。昼食後椅子にかけたままうとうとする。13時半から続きをする。16時予定通り停電になる。5時お風呂に入る。風呂からあがって堀内孝雄の歌を聞きながら夕食。夕食後続きの作業をして51 アルガカンチまでしてお仕舞いにする。蚊に腕を食われる。すばしこい蚊で召捕れず。20時25分 21時就寝


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5月16日(水) 晴れ時々くもり  日の出5時13分、日の入18時46分 ネパール415日目 気温最高31℃、最低18℃ 2時の気温27℃、湿度62%
2012/05/16(Wed)

0時半目を覚ます。ラジオで明日へのことば「本土復帰40年、明日の沖縄を信じて」大田平和総合研究所主宰 大田昌秀さんの話を聞く。3時15分ラジオ体操をする。 6時半朝食。The Kathmandu PostとThe Rising Nepalの1面に11州で合意のような記事が出る。まだ6つの州の帰属が決まっていないし、マデシのガッチャダールが1つのマデシになっていないことで不満を述べている。議員数は下院が小選挙区直接で171、比例で140の合計311.上院は11州からそれぞれ5名づつと首相任命の10人の65の上下合計371というのも出ていた。大統領を直接選挙で選び、首相は議員の選挙で選び役割は偏りなく分配するというものである。まだ帰属が決まっていないのは
09 Sankhuwasabha サンクワサバ、10 Bhojpur    ボジョプル、43 Myagdi    ミャグディ  
45 Baglung    バグルン 、    54 Rukum     ルクム、  55 Salyan     サルヤンの6つである。
連立参加を拒否していた共産党UMLが2人の大臣を出すことにしたという記事も出ていた。
副首相兼エネルギー大臣と女性の教育大臣に就任する。
オフィスのバスが早く来て交差点を渡ったところでバスにのる。10時過ぎにオフィスへ。午前中Google Sitesのページ移動の仕方を確かめる。午後1から10までのページを修正する。5時前バスが出てホテルには5時半前帰宅。お風呂に入り、夕食は「本土復帰40年、明日の沖縄を信じて」大田平和総合研究所主宰 大田昌秀さんの話を聞きながら
いただく。18時30分から日記をつける。18時50分照明の電気も来た。
「小説の散歩道」を読んで19時半就寝。20時頃携帯に電話があった。起きて手にとったら切れる。こちらからかけ直すが繋がらない。3度試みたが繋がらない。諦めてベッドに横になったら又電話がきた。明日から4日間の連続バンダになりそうなので食料を備蓄すること。町で群集に近づかないことなどの注意であった。電話を聞いてしばらく寝付かれず起きて続きをして11から15までをやって23時ごろ就寝。

大使館からのお知らせ(12-41)5月16日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,明日17日(木),チェトリ等の民族グループは,ネパール全土でバンダを実施すると発表しております。そのため,車両での外出はなるべく避けてください。やむを得ず外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。また,今後の報道等に注意してください。
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5月15日(火) 晴れ  日の出5時14分、日の入18時46分 ネパール414日目 気温最高32℃、最低17℃ 6時の気温27℃、湿度66%
2012/05/16(Wed)

2時半に目を覚ます。3時15分ラジオ体操をする。レモンを搾りレモンティーを作る。野菜を洗って冷蔵庫に入れる。
スイカを切っていただく。4時停電になる。今日の停電は11時―17時。4時5分に電気が来た。日記をつける。5時40分休む。6時半朝食。ピーマンのおかず。焼きなすのようなピーマン焼きのおかず。昨日のポカラ発ムスタンのジョムソン行きの飛行機事故の新聞記事をみる。新聞によるとジョムソン空港への着陸しようとしたが機長は管制塔に天気が悪くて着陸出来ないからポカラに引き返すと連絡してきたという。そしてポカラに向かうべく旋回をしていたとき空港から西1.8Kmの山肌に衝突した。16日の新聞には機体の後ろ半分は無傷で山肌に残った写真があった。崖に近い山肌に平行に近くぶつかったように見える。ムスタンのヒンズー寺院への巡礼ツアーのインド人16人デンマーク人カップル2人、乗員3人の21人が乗っていてパイロットと副操縦士とインド人13名の合計15名死亡。スチワーデスとデンマーク人の2人とインド人の2人が助かったという。遺体はネパール空軍によってカトマンヅに運ばれ、助かった人はポカラの病院に入院したという。ネパールの71番目の航空機事故という。9時15分ホテルを出てオフィスのバスで10時過ぎ着く。午前中はWebサイトを更新。昼食後3時までで東部を修正する。3時から4時半まで出張の精算と報告書を作成してサンカルジーと事務所へメールしておく。4時45分鍵をかけてオフィスを出る。5時バスでホテルに5時半過ぎ帰宅。お風呂に入ってから「単独航海に生涯を賭けて」ヨットマン・冒険家…斉藤実さんの話を聞きながらの夕食後7時すぎから日記をつける。蚊がいたので蚊取り電子マットをつけようとしたら、無くなっているのに気がついた。電話をして持って来てもらいつける。池波正太郎著「小説の散歩道」を読んで20時就寝。

この日の午後ネパール国会で新興航空会社BBエアーによる茨城空港とカトマンヅ間の直行便の路線開業が承認された。7年前に大阪―カトマンヅの直行便が廃止されて以来直行便が望まれていた。大韓航空はカトマンヅと直行便を運営していて韓国経由で日本に帰る日本人旅行者も増えてきている。10月のダサイン、ティハールの大型連休の頃に1番機が飛ぶ見込みである。水曜と土曜の週2便でカトマンヅを夜中23時半に発ち茨城に翌日昼の12時着。8時間のフライト。茨城空港から東京都内までバス代500円で80分で結ぶという。日本では地方空港が次々に作られたが果たして存続できるのだろうかと思ったものだが今回のように地方空港が直行便を実現できることを教えてくれて目からうろこの思いがする。四国の高松空港は韓国のインチョンと中国上海便があるということだし、以外に今後日本の地方空港からの国際便が出てくるかもしれない。
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5月14日(月) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時19分、日の入18時51分 ネパール414日目 気温最高31℃、最低16℃ バンダの日
2012/05/15(Tue)

22時半目を覚ます。1時10分まで起きて昨日のまとめをする。休む。5時起床。6時1階の食堂に行っていつものメニューをオーダーする。朝食後、英文の出張報告書を作る。精算、チェックアウトをして7時45分にホテルを出る。銀行の向かいで待つようにと言われたが昨日は気をつけて探して帰ったが見つからなかったのでタクシーに乗ってバンクを訊ねてみたら、銀行の前に止めてくれた。Nepal Rastra Bankと大きく看板が出ていた。国立ネパール銀行であった。日本でいえば日銀に相当する銀行である。8時15分サンカルジーに電話してネパール ラストラ銀行の迎えに来ていると電話する。9時ごろになってサンカルジー姿を現す。学校のバスと乗り合いバスが通り過ぎたあと街宣車の一団が過ぎた後道路のところどころを車で塞いで通れないようにしていた。10時過ぎから通るのはバイクや自転車だけになった。バス、タクシー、自家用車などは道路を走れなくなった。バンダらしいバンダをポカラに来て初めて目にすることができた。おまけに今日はしばらくの間マチュピチュレが良く見えた。国立銀行向かいの飛行機とバスの切符発券しょはネットカフェもしていて、そこに入ってコンピュータを使っている人がいた。10時半過ぎになって学校へ行こうという一団がでてきたのでその人たちについて行く。学校は開いていて生徒達は普段どおりに授業をしていた。カピルバスツのタパさんが電気の来ているコンセントを見つけてくれたのでその電源を使って日誌をつける。タパさんがさよならといって帰って行った。11時22分 日記をつけていたらサンカルさんが来て昼食を食べろというのでいつも行く学校近くの食堂へ行くともう誰も残っていなかった。ラジオで今朝ポカラからムスタンのジョムソンに向かった1番機が山にぶつかって15名が死亡、2~3名の生存者がいるニュースを伝えていた。出席者はほとんど帰途につたらしい。店の若い男女とおしゃべりをする。空港の方向を聞く。食事を終えてホテルに荷物を取りに帰るというサンカルさんと途中まで一緒に歩く。空港行きの道で別れる。空港まで20分ぐらいやや下り道を歩く。まだ12時半で15時10分までに時間があったので空港周辺を歩いてみる。今朝の事故の関係者か見送りの人か空港の外の道路際には市民が大勢たっていた。13時すぎ空港のチェックインカウンターに行くと前のブッダエアー608便13時40分発に乗れるというのでかえてもらう。早く帰れることになってラッキーであった。飛行機は往路と同じATR42-320 42人乗りで乗客は半分ぐらいであった。13時45分プロペラが回りだし、勢いよく離陸しポカラの街を飛行機からみる。人が多くなく静かで埃っぽくなくいい町であった。ただ昼間はとても暑かった。ポカラから山あり川あり、山の尾根の道や、段々畑をみてカトマンヅには14時15分着陸した。下の道路まで歩いて14時半バスに乗る。途中白い揃いのTシャツを着た大勢の青年の一団とそれを監視する完全武装の警官達が前後左右について車道をカトマンヅからバネソール方向へ歩いてきたので大渋滞になっていた。ホテルには13時15分に着く。今頃ポカラの待合室に座っているはずだったと思う。荷物を片付けて16時過ぎに市場に買い物に出かける。パン、砂糖、トマト、ジャガイモ、玉葱、人参、キャベツ、レモンを買う。いつもの場所で笑顔の素敵な奥さんからはスイカを買う。重い荷物を担いでホテルには17時半過ぎ帰る。直ぐお風呂に入る。熱いお湯のお風呂でとても疲れがとれる。ポカラのホテルの水シャワーでは汗は流せるが疲れはとれなかった。紅茶、野菜炒めとサンドイッチの夕食をいただいてベッドで横になって19時就寝。
22時半目を覚ます。蚊に食われて痒かったがそのまま寝る。

大使館からのお知らせ(12-40)5月14日
ゼネラル・ストライキの実施について
大使館に入った情報によりますと,(1)18日(金)19日(土)の2日間,RPPネパール(国家民主党)がネパール全土でゼネラル・ストライキを,
(2)20日(日)21日(月)22日(火)の3日間,Nepal Federation ofIndigenous Nationality(NEFIN)がネパール全土でゼネラル・ストライキを実施するとのことです。
 5日間の長期に亘る模様で,食料等の物流が途絶えるおそれがあるため,水や食料等の準備をしておいてください。また,この間に地方へ旅行等を予定している方は,移動ができなくなるおそれもあるので,なるべく中止するようお願いします。
この期間中,人が多数集まっている所や政府,警察施設付近には近づかないようお願います。
今後の報道等に注意してください。

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5月13日(日) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時19分、日の入18時51分 ネパール413日目 気温最高30℃、最低17℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/14(Mon)

0時目を覚ます。2時まで先日の新聞に載っていた大変遅れている4つのナショナル プロジェクトについてネパールよいとこに入れておく。31マホッタリのタライ カトマンヅ高速道路計画。24カブレパルチョークのメラムシ川の水をカトマンドへ供給プロジェクト、57バンケの農地拡大のためのシクタ灌漑プロジェクト。22ドラカのネパールと中国を流れるタマコシ川456MW水力発電開発プロジェクト。2時休む。4時起床。今日は朝から曇り空である。
6時半朝食セットを食べて湖畔を散歩してくる。中国の国旗をつけた自転車に荷物を沢山載せて走っていた青年2人づれを見た。中国からネパールまで自転車で走って来たようであった。部屋で下着を手洗いする。今日はどこまで行けるかゆっくり歩いて行くことにする。7時50分 नेपाल 8時過ぎホテルを出て学校まで歩く。約30分で学校に着く。
今日はFlash2のデータエントリーの練習であった。カウンターパートからバンダがひっきりなしにあるので明日でワ-クショップをお仕舞いにして明日カトマンドに帰るという。ホテルのフロントに電話して明日チェックアウトする事を伝える。切符を水曜日から明日の便に変えてもらうように頼む。昼前に確かめたら変更できたという。昼食はダルバートをいただく。午後はExcelの関数のテストなどをする人もいた。ソフトウェア開発をしているコンサルタントをしているという青年が来ていたので話しをする。15人ほどの社員を抱えて会社の社長をしているということであった。サンビダン コイララさんと一緒にフラッシュ システムの開発を2人でやっているということだった。役所の仕事だけでなく、プライベートカンパニーのソフト開発もしているということであった。午後は夏の日差しが射して暑くなった。
4時お茶になる。外がにわかに暗くなって雨が降りそうになってくる。4時15分停電になる。4時40分DOE Department Of EducationのDirector GeneralのMahasaram Sharmaが来る。サンカルジーの挨拶の後20分足らずスピーチをして17時32分帰った。アルジャンジーのネパール版ウエブサイト構築ツールJoomalaの説明がある。18時半サンカルジーがあなたは使うことがないし必要ないだろうから帰っていいと言ってくれる。先に失礼してタクシーで帰る。ホテルに7時帰ってシャワーを浴びる。夕食をいただいて、部屋に戻り日記をつける。20時半携帯にメールが入る。明日14日リンブーやその他のグループのゼネストがあるというものだった。20時42分 21時就寝


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5月12日(土) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時20分、日の入18時50分 ネパール412日目 気温最高26℃、最低16℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/12(Sat)

夜中目を覚ましてネットに接続を試みたが接続できなかった。ラジオ深夜便の明日への言葉の柳生博さんの番組を2つと黒田杏子さんの番組を2つ聞きながらシャンプーで頭を洗いシャワーにあたる。下着を手洗いする。5時半起床
今日は山の向こうに白い山が少し姿を見せる。6時15分1階に下りて朝食の注文をする。今日は朝のセットメニューを頼む。フレークにホットミルク。トースト2枚。ゆで卵2個。マンゴージュース。ミルクコーヒー。今日はレストランで一人きりで他の客はいなかった。フロントで新聞を読んで待っていた。フロントの青年に今日はバンダはあるかと聞くとあるという。準備が出来たというので席につくと最初にマンゴージュースとミルクコーヒーが前に置かれる。しばらくしてゆで卵。その後しばらく待たされてフレークとホットミルクがでてきた。そのうちトーストのこげたのを削っている音が聞こえてきてしばらくしてこげて削られて薄くなった小さな硬くなったまだこげがついているパンが2枚出てきた。出てくる順序が悪かった。ミルクコーヒーは最後に飲む時はぬるくなっていた。食後屋上に上がって景色を眺める。タオルをしいて山を見ながらヨガをしている青年がいた。あれがアンナプルナだと教えてくれた。部屋に戻って日記をつける。7時15分 8時サンカルジーに電話する。今日もバンダなので会場を移してやるそうだがわかりにくいところでやるらしい。昼食を一緒に食べよういう。午前中Webサイトの名前を変更する。目につく修正を終える。11時。メールをしてお仕舞いにする。停電になった。昼はサンカルジーの電話を待ったがこなかったので12時半ホテルを出ていつもの店に。なすみそ炒め定食をいただく。韓国の青年が隣のテーブルに来た。13時45分店を出ると丁度雨が降りだした。ホテルに戻って部屋を203に変更する。ムセンLANが弱いながら繋がるようになった。まずまずこれでネットを使うことができるようになる。雨は強くなってきて雷も鳴る。14時半 大きな雨音を聞きながら「人生、これ修行」天台宗大阿闍梨…酒井雄哉さんの話を聞く。14時47分 .datファイルの再生プログラムで手間をかける。6時夕食は野菜ピザとコーラをいただく。写真が見れる。夜雨が降り続く。カトマンドより雨が多いようだ。20時就寝。



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5月11日(金) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時21分、日の入18時49分 ネパール411日目 気温最高29℃、最低18℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/11(Fri)

夜中2時半に起きる。下痢は止まっていた。昨日1日休めたのは有り難かった。昨日の続きをする。74バイタディを3時半まででアップする。残り1つになった。5時15分までで75ダルチュラをアップする。4月9日に01タブレジュンをアップしてはじめた作業であった。1ヶ月で75県まで終えることが出来た。あとネパール全国の数字をまとめてアップすれば一応の完成である。5時半 6時過ぎ1階に下りて朝食の注文をする。今朝はパンケーキとホットミルクとファンタでいただく。
新聞に国の4つのナショナルプロジェクトが首相府で評価された記事があった。どれも期日に遅れているもので、理由としてはガソリン不足、建設業者のマネージメント不足などがあげられていた。1つはタライのマホッタリからカトマンヅを結ぶ道路建設。2番目はカブレプルチョークのメラムジの飲料水供給プロジェクト。3番目がシクタの灌漑事業。4番目はドラカの電力供給プロジェクトである。7時35分携帯にメールが入る。昨日のバンダは今日も継続してあるので不必要な移動はしないようにという注意であった。今日もワークショップは休みになるかも知れない。2番目のメラムジの飲料水はネパールでは25年来大臣が変るたびに今度こそというが実現できていない有名な案件という。ここに出てくる湧き水はそのまま飲める美味しい水だという。これをカトマンヅの飲料水問題を解決するというのがこのプロジェクトだという。7時42分 ムセンLANが繋がらなくなってフロントに電話をしてきてもらう。2つの回線があってそれぞれのパスワードを確認する。8時28分サンカルジーに電話をする。今日もバンダで休みという。主催者は昨日に続いてチェットリやブラマンなどの民族である。ホテルで過ごさせてもらうことにする。とりあえずこれでネパールよいとこの全国の数字を今日作ることにする。8時32分
データを作ったがネットに繋がらない。来てもらって見てもらったがだめ。1階のフロントなら繋がるというのでこれから行ってやってみる。9時51分 1階のフロントでは直ぐ繋がった。午前中よく晴れて山の向こう側にヒマラヤが良く見えた。しかししばらくして雲に隠れた。作業をしてから部屋を2階に替えてもらうことにする。明日から403から203に移ることにする。部屋で休んで12時昼食に出かける。昨日食べた食堂で豚肉のしょうが焼きをいただく。200ルピー。
部屋に戻ってネットに繋ごうとしたが矢張りつなげなかった。13時 城山三郎著「非常口の男」を読んで休む。15時からネパールの初等中等学校事情を改める。15時半 一休みして再度ネパールの初等中等学校事情を改める。
5時45分
1階に下りて夕食の注文をしてフロントでネットに接続してメールをする。フロントの青年に明日はバンダはあるかと聞くと無いという。バンダは今日までで終わりだという。6時過ぎスパゲッティと野菜サラダとコーラの夕食をいただく。スパゲッティは昨日食べたものと同じであったが中身は硬い鶏肉の細切れが沢山入っていた。野菜サラダは人参、玉葱、キューリ、キャベツが大きく切られて大皿に綺麗に並べられていたが、バーベキューの野菜炒めとして使うのでは食べられそうだが、そのままサラダとして食べるのには大きすぎてキューリとキャベツ以外残した。夕食後はGoogle Sitesの管理パネルの表示を確かめたがうまくできなかった。ロビーにあったTHE KATHMANDU POSTをフロントに言って借りて、部屋に戻る。 今日の新聞では残り17日と出ていた。部屋に戻るとすぐ停電になったので就寝。19時 夜中23時半目を覚ます。


大使館からのお知らせ(12-38)5月11日
在留確認の実施について
標記の通り,在留確認を実施します。つきましては,以下のとおりご協力をお願いいたします。
1.当館に提出された「在留届」の記載事項に変更(同居家族の増減、転居、婚姻、帰国等)があった方
は,以下のメールへ届出をして下さい。
また,既に帰国されている方は,帰国日,居住先及び連絡先を必ずご連絡下さい。
E-mail;japanese.nepal@mofa.go.jp
2.なお,本件につき御不明な点がありましたら,以下に御照会下さい。


大使館からのお知らせ(12-39)5月11日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,明日12日(土),チェトリ等の民族グループは本日に引き続き,ネパール全土でバンダを実施すると発表しております。
そのため,車両での外出はなるべく避けてください。やむを得ず外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
また,今後の報道等に注意してください。

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5月10日(木) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時21分、日の入18時49分 ネパール410日目 気温最高29℃、最低18℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%パール410日目 気温最高29℃、最低18℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/10(Thu)


夜中3度起きる。矢張り下痢になった。御岳百草丸は飲んでいるがそれでも下痢をする。6時起床。大雨であった。6時25分まで日記をつける。6時半朝食に1階食堂に下りる。今日はトーストとホットミルクとコーラをいただく。ヨーロッパのグループの一団が既に食堂に大勢座っていた。話し声でドイツ人のようだった。朝食後雨が止んでいた屋上に出て写真をとる。素晴らしいという白い山々ヒマラヤはまったく見えなかった。屋上から部屋に戻ってきたらまた音をたてて雨が降り出したがしばらくして止んだ。7時25分ごろになって停電になった。8時過ぎ外出の支度をしていたら携帯にメールがくる。今の時間全土でゼネストが行われているから不急の移動はやめてくださいとあった。きょうのワークショップはやるのだろうと9時前に出かけようとベッドに横になっていたらサンカルジーから電話が来た。今日はバンダでワークショップは中止だからホテルにいてくれということだった。出かける前に電話をもらって有り難いことであった。この日のバンダの主催者はチェットリやブラマンなどの民族によるものだった。これまでこの国で一番の多数民族である。多数民族のこれまでの既得権益を新憲法でどこまで守れるかというのが彼らの関心事なのだろう。停電中なのでホテルで「鮮やかな男」を読んでいたら9時15分に天井のファンが回りだした。電気が来たのだがパソコンのコンセントがあまくて電気が来ない。フロントに電話96番してコンセントを持ってきてもらいなんとかPCに電気が来て充電が始まった。この時間番組が送られてくる。有り難く感謝する。9時45分。お昼までベッドで休む。12時半頃昼食に出かける。日本語のメニューが書かれていた近くの店に入り親子丼を頼む。店の主人とおしゃべりをする。本人はマガール族で奥さんはチェットリだという。3人の男の子と1人の女の子があって2人の男の子はサウジアラビアに出稼ぎに行っているという。長男が5日前に次男が1ヶ月前にでかけたという。2人孫がいておじいさんとおばあさんが面倒をみている。日本料理は日本に行ったことは無いが日本人の友達から教わったという。日本人グループが2組来ていたから日本語で書いたメニューの宣伝効果によるものに違いない。親子丼を頼んだが美味しかった。ご飯がパサパサした米で残り物の米で団子になっていたので少し残した。ネパールには日本人も来るのだから日本人向けの料理を覚えてもらうのは良いとおもった。13時半ホテルに戻る。部屋は掃除されていたがしーつなどは換えていなかった。13時40分から日記をつける。15時半に停電になる。それまでWebサイトの更新をする。電気が来るとWebサイトの更新をして73のダデルドゥラまで5時35分でアップする。残りあと2つになった。
食堂に夕食の注文に下りる。スパゲティナポリタンとポテトフライとコーラにして出来たら部屋に電話をしてもらう。6時5分電話をもらってレストランヘ。客は一人きりだった。スパゲティは美味しかった。ポテトフライは大皿で食べきれず半分部屋に持ち帰りにしてもらう。ここにはカトマンドにあるThe Rising NepalはなくてKatomandu Postしかなかった。それの1面にはあと18日というカウントダウンが青色の数字で出ていた。憲法草案期限の27日まであと18日になったという意味である。TVでは各政党の会合を写していた。テーブルに分厚い資料を置いて政治家が議論している様子が映されていた。部屋に帰って7時半ベッドで休んでそのまま就寝。

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5月9日(水) 晴れ時々雨 ポカラ 日の出5時22分、日の入18時48分 ネパール409日目 気温最高28℃、最低17℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/09(Wed)

3時に目を覚ます。照明をつけたままであった。日記をつけはじめる。3時30分停電になる。4時まで日記をつけて休む。5時に電気が来る。ベランダに出てみたが少し曇っていて白い山の景色は見られなかった。カトマンヅからブッダエアーで結んでいる先の空港を見てみる。お腹の調子は少しゆるくなったがまだ大丈夫である。
6時半食堂に行ってみる。朝食はコーヒー、りんごジュース、トースト、オムレツ、野菜いためをいただく。朝食後湖畔まで歩く。湖畔にジャカランタの花が湖の面に浮かんでいた。ホテルに戻って日記をつける。停電になっていた。
今日は8時に集合だが皆ダルバートの朝食を食べる。ホテルで食事をとるので9時に出てくればいいとサンカルジーが言ってくれたのでそうさせていただく。7時45分ブログを更新する。8時20分ホテルを出る。タクシーでワークショップ会場の学校まで。8時半着。既に作業を始めていた。今日は教師のデータ入力を見る。教師の情報としては、教えた履歴:Teaching Detail,教育資格:Edicational Qualification,給与情報、Income Detail,新聞記事の実績:Press Allowance,研修実績:Training Detail ,賞の実績:Award Detail,出版実績:Publication Detail,罰実績:Punishment Detalilなどのデータを入力。9時45分停電になり部屋が暗くなり、天上のファンが停まり暑くなる。10時電気が着たが10時20分又停電になる。Casteではブラマンやチェットリやグルンやビスワカマなど入れるが、Ethnicityにはブラマン、チェットリはなにもいれずブランクだが、グルンなどはザナザテイ、ビスワカマはダリッドを入れていた。
教師の担当する科目にはネパール語、英語、数学、経済、保健、社会学m地理などがあった。昼前Flashソフトウェア開発をしているNGOのサンビダン コイララが来てFlashシステムの導入の仕方を説明する。今日は全校生徒の朝礼を見る。昼食は一緒にネパール料理をいただく。午後は、Data Entry Report、Data Base 、Utilityの説明をする。Excelの便利な機能、VLOOKUPやCONCATENATEなどの説明もある。皆真剣に聞いてるしよく質問がでてくる。
この日は説明を聞いているとき隣に座っていた43ミャグディから来ていたビクラム リジャルさんという人を知る。名前と住所とメールアドレスをノートに書いてくれといってきたのでこちらも書いてもらった。ミャグディというと丘陵地帯42ムスタンと45バグルンと44パルバットに接している。清潔な感じのする青年であった。
4時半過ぎまで。タクシーでホテルに帰る。午後少し雨が降る。ホテルに戻ってシャワーを浴びて日誌をつける。
夕食は6時にかにのサンドイッチとマンゴージュースとコーラをいただく。7時ベッドに休む。

大使館からのお知らせ(12-36)5月9日
トーチラリーの実施について
大使館に入った情報によりますと,本日(9日)チェトリ等の民族グループは,17時30分からラトナパークでトーチラリーを行うとしています。
そのため,上記時間帯において,ラトナパーク近辺では交通渋滞が発生すると思われますのでご注意ください。また,群衆には近寄らないようにして下さい。

大使館からのお知らせ(12-37)5月9日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,明日10日(木),明後日11日(金),チェトリ等の民族グループはネパール全土でバンダを実施すると発表しております。
そのため,車両での外出はなるべく避けてください。やむを得ず外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
また,今後の報道等に注意してください。

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5月8日(火) 晴れ 日の出5時18分、日の入18時41分 カトマンド408日目 気温最高30℃、最低17℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度68%
2012/05/08(Tue)

しばらくして電気が来る。1時間ほどして停電になる。また4時ごろ電気が来たがネットに繋がらなかった。
5時前起床。今日からポカラへ出張である。ポカラで西の36から51までの16地区の教育事務所担当者32名を対象に
教育局主催の研修に参加する。8時半カトマンヅ空港発、30分足らずでポカラ着の予定。5時11分。
71カイラリをアップする。今日はうすい雲がかかっていて周りの山々がぼんやり見える。今日もいい天気になりそうだ。6時朝食。読売新聞で北アルプスで遭難死した記事をみる。60代から70代の山好きの医師のグループだった。
別の遭難で8000m級のヒマラヤを登った70歳代の経験者が亡くなっている記事もあった。
山の天気は今でも冬の時と同じことがあると書いてあった。6時半ホテルを出る。マイティガールでは女性もまじったミリタリールックの兵士の一団が駆け足でトレーニングをしていた。もう警察の一団がマイティガールのいつもの場所に並んでいた。6時40分空港行きバスに乗る。7時空港に着く。国内線出発まで歩いて7時10分着。サンカルジーも7時20分来る。ブッダエアー605便8時30分発に搭乗。9N-AIM ATR 42といって42人乗りのフランスで作られた双発のプロペラ機で8時45分発。9時10分ポカラ着。タクシーで会場のShree Janapriya High江rSecondary Schoolまで。会場の学校は小学校から高校まで揃っている公立学校で隣では小さな小学校の生徒の授業が外から見れた。この学校の壁に大きな英語で「One good head is better than a hundred strong hands」というThomas Fuller という人のQuoteことわざが書かれていた。お茶とダルバーとの軽食を食べてから10時から約30名の出席者が揃って照明のないくらいコンピュータールームでワークショップ開始。最初にネパール語と英語で挨拶をする。その後サンカルジーが1時間ほど説明をして最初は教師のデータの更新。昼食は持参していたので教室でいただく。午後2時45分から3時半まで解説。4時半で一日目は終了。この日はルンビニ州50カピルバスツから来ていたブッダ バハドール タパさんという29歳のマガール族の青年を知る。仏陀と同じ名前である。仏陀はルンビニ州49ルパンデヒで生まれたが、お父さんは西隣の50のカピルバスツの王様、お母さんは東隣のナワルパシに住んでいたという。この日の参加者は3ヶ月ほど前に政府から配られたという新しいノートパソコンを持ってきていて使っていた。バハドールさんもデルのPCで5時間ほどバッテリーが使えるという。彼は29歳。一人息子は7歳。奥さんもマガールで小学校の教師をしている。お父さんは52さいという。今日は教師マスターをみる。教師は3つのグレードがある。地域手当が出て山岳地帯などでは数千円の手当てが出る。学校の前でホテルにタクシーを止めてホテルに電話してタクシー運転手と場所を説明してもらう。タクシーがフェワ湖畔に着いたところにバイクに乗った青年がきてホテルまでタクシーを先導してくれた。タクシー代は150ルピーを渡す。5時過ぎホテルにチェックインする。荷物を部屋において屋上など案内してもらう。今日はうすぐもりで素晴らしいという景色は見られなかった。夕食は1階のレストランでチョウメンとチキンのステーキを注文してホテルを出てフェア湖のほとりを散歩する。大きなバスから大勢の白人の客がバスの屋根の上から降りてきた。
6時前ホテルに戻るとさっきの客の多くがチェックインしていた。夕食のチョウメンは塩ヌナを少なく、からしピロを入れないでナラケコと言っておいたのだが、辛子がきいていた。コーラも注文いただく。
夕食後部屋に戻ってシャワーをあびる。下着とワイシャツを手洗いする。ムセンLANの接続を確かめて少し日記をつける。21時ベッドに横になる。照明をつけたまま本を読み出したがすぐ寝たようだ。

大使館からのお知らせ(12-35) 5月8日
タパタリ周辺での暴動について
大使館に入った情報によりますと,本日(8日)警察は,タパタリ周辺でバグマティ川沿いに住むホームレスの強制排除を行っているとのことです。
ホームレスもこれに抵抗し,警察や車等への投石等を行っている模様であり,大変危険な状況になっております。外出の際は,タパタリ周辺の通行を絶対に避けるようにお願いします。
また,今後の報道等に注意してください。

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5月7日(月) 晴れ 日の出5時19分、日の入18時41分 カトマンド408日目 気温最高28℃、最低15 ℃ 9時の部屋の温度25℃、湿度70%
2012/05/07(Mon)

1時半目を覚ます。5時のラジオのニュースを聞く。日本は竜巻のような突風で被害が出たという。フランス大統領選挙でオランドがサルコジを破って社会党としてはミッテラン以来17年ぶりに当選。2人とも57歳だった。再選を目指した現職大統領の敗北は、81年のジスカールデスタンさん以来31年ぶりという。3時15分ラジオ体操をする。
67バジュラをアップする。4時半。ベッドで休んで5時半に起きる。68バジャンをアップする。網戸から入ってくる外の空気が冷たい。カッコーの声が聞こえてくる。また外の室外機の裏にはとが卵を2つ抱いている。これで4回目か。雛が孵るまで抱いていればいいがいつも途中で卵をつついて壊してしまう。5時53分
6時半朝食。ご飯が美味しくて少しおかわりする。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。バッタライの改造内閣に共産党は閣僚を送るのを拒否すなわち参加を拒否することにしたとでていた。マデシ政党にいいポストを取られたことと数で優遇していると批判していた。首相はプラチャンダやマデシのガッチャダールや大勢の人と共にカスキ県ポカラ川の洪水で流された現場視察の写真が一面に出ていた。この大事な時期に要人が大勢カスキに見舞いに出かけるとは信じられないことである。今月27日に迫った憲法草案作成の仕事は果たしてどうなるのだろうか。やはり出来なさそうである。昨日の日曜日が仏陀のお祭りで祭日だったため銀行が開いていなかったので10時に銀行へ行ってお金を下ろしに行く。支店長室を覗くと不在だったので窓口に並ぶ。3番目だったがなぜかカウンターに4人係員がいるのだが並んでいる人に応対しているのは端の1人の女性だけだったのが不思議なことであった。300ドルをルピーで下ろす。1ドル85.95ルピーの交換率であった。少し前は80ルピーを切っていた。最近またドルが上がってきていたのを知らなかった。ホテルに戻って支度をして11時ホテルを出る。マイティガールまで裏道にもかかわらずぎっしり車が渋滞して動かなかった。ババマハルからサノティミ行きのバスに直ぐ乗れた。しかも親切に席を譲ってもらえたので有り難かった。コティソールまで大渋滞だった。12時オフィスの玄関に着く。オフィスではサンカルジーが仕事をしていた。フラッシュレポートのグラフの不具合を言われてすぐ直して訂正を渡す。13時10分昼食をいただき午後は新しく発足した挙国一致内閣とも呼ぶ改造バッタライ内閣の新しい閣僚の写真と担当を見る。副首相のマデシのガッチャダールが内務大臣と防衛大臣という日本でいえば警察庁長官と自治大臣と防衛大臣を一人で兼ねるような大きな権力を握っているのに較べて、灌漑大臣などという誠に小さな権限に見える大臣もあった。ほかに建設大臣のようなものもあるのだから灌漑大臣などはそこに含んでも問題なさそうに思える。マデシの面々は一筋縄ではいかないような顔つきでネパールコングレスやマオイストの方がインテリ風に見える。4時40分お仕舞いにして帰る。コティソールまでオフィスのバスに乗りそこからローカルバスで帰る。6時お風呂に入り、夕食をいただき、あしたの支度をして20時半就寝。22時半目を覚ます。蚊にくわれたので蚊取りマットをつける。しばらくして1匹召捕る。手が赤い血がはじける。23時24分停電になる。今日の停電は19時―23時半で電気が来るかと待つが来ない。23時37分。
これから休む。



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5月6日(日) 晴れ 日の出5時20分、日の入18時40分 カトマンド407日目 気温最高25℃、最低15 ℃ 9時の部屋の温度24℃、湿度70%
2012/05/06(Sun)

23時45分目を覚ます。ラジオを聞きながら63ジュムラをアップする。3時15分ラジオ体操。朝までに64カリコットをアップする。ラジオを聞いていたら39年前の昭和48年の今日NHK杯ダービー トライヤルでハイセーコーが10連勝をしたと聞く。初めて府中で美しいサラブレッドを見た日であった。三浦がエベレストのサウスコルから3Km 滑った日ともいう。6時半朝食。小松菜のおひたし。朝食後庭に出てThe Rising Nepalを読む。第2次バッタライ内閣の新らしい閣僚が決まった。CPN-UML共産党は今日日曜日に名簿を出すようだ。予定では昨日夕方5時からの新閣僚の発表が4時間遅れて夜9時からになった。副首相のガッチャダールは内相兼任で再任。外相のシュレスタはどの閣僚か未定であるが再任。その他、マオイストから4人、マデシから4人、UNから2名の名前があがった。この10人のうち6人のポストが未定。全党参加の内閣を作って新憲法を決めようというバッタライの考えらしい。果たしてこの先まとめきれるだろうか。同じ新聞の1面にポカラでセティ川の氾濫で14名死亡50名行方不明という記事が出ていた。3日間続いた雨の影響で3つの家と27の家畜と1つの吊橋も流されたという。朝食後NHK杯将棋トーナメントを見る。8時半停電になる。今日の停電は9時ー13時と17時―22時半であるが最近少し時間が前後して停電になる。しばらくしてホテルの電気が来てパソコンは使えるようになる。このところ朝晩冷えるので風邪を引いている先輩がいたが、自分も少し風邪気味になった。10時停電になる。リュックサックとPCスポンジカバーを手洗いして屋上に干す。吉村昭著 零式戦闘機」を読む。10時半自家発電のエンジンがうなりだす。自家発電かとPCをつけたが電気は来ていなかった。10時48分 城山三郎著「鮮やかな男」を読む。昼食後、携帯電話でラザンドラジーにメールをしてから電話をする。明日電話するという。12時45分にホテルの自家発電の電気がくる。66フムラまでアップ。EとGを75まで作成。セティとマカハリをアップする。18時お風呂に入り夕食をいただく。セティとマハカリの2つの州を作りアップして19時半まででお仕舞いにする。「鮮やかな男」を読んで就寝。20時

ネパールはジャカランダの紫の花が満開
ジャカランダ
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5月5日(土) 晴れ 日の出5時20分、日の入18時40分 カトマンド406日目 気温最高27℃、最低14 ℃ 1時の部屋の温度24℃、湿度66%
2012/05/05(Sat)

23時45分起床。ラジオ深夜便”真夜中の夢の競演”五輪真弓&秋葉豊とアロー・ナイツを聞きながらスイカを切って食べる。右腕に3箇所赤くなっていたのみに食われたようなあとがあったのでメンソレを塗る。外では稲光と雷が鳴り続ける。少し雨も降ってきたようだ。1時5分 60ダイレキをアップする。61ジュジャルコットのデータを揃える。3時15分ラジオ体操をする。3時半停電になる。今日の停電予定は4時―9時と13時ー18時だがこの頃停電の時間が少しずれる。ベッドで休む。5時20分外が明るくなってきて起きる。まだ電気がこないがホテルの自家発電は5時20分ぐらいになると点けてくれるので日記をバッテリーでつける。昨夜のニュースでは北アルプスへ登山したシニアの6人のパーティが白馬岳の山小屋へ予定になっても帰ってこないと報じていた。60代から70代のパーティだという。62歳の女性が単独登山で遭難のニュースもあった。日本は連休中全国的にお天気が良くなく山は吹雪いていたようだ。山はいつでも油断できない。5時半自家発電のエンジンがうなりだす。61のジャジャルコットまでアップする。メールを発信する。6時半朝食。ニラの卵とじのおかず。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。少し雨が降ってくる。バッタライ首相のもとに主要3政党が大臣をだして挙党政権を作るという。マオイストは副首相兼外相のシュレスタとエネルギー相のボガティを推薦していてNCコングレスは今日人選するという。共産党とマデシは入閣に未定だという。モハンバイデアとラム バハディール タパが3党合意を認められないと言っているようだ。今日夕方5時に新内閣の組閣をするという。7時50分
8時いつものようにホテルを出てカリマティへ買い物に出かける。ジャガイモ・トマト・キャベツ・人参を買ってホテルに10時戻る。昼食後 電気が来ないので「密航船水安丸」を読了。夕方4時過ぎ入浴。
62ドルパまでアップする。夕食後19時半就寝。


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5月4日(金) 晴れ 日の出5時21分、日の入18時39分 カトマンド406日目 気温最高29℃、最低12 ℃ 4時の部屋の温度23℃、湿度66%
2012/05/05(Sat)

夜中2度目を覚ます。犬の鳴く声がいつまでも続いていた。3時20分目を覚ませラジオ体操をする。この時間は冷える。ズボンと上着を着る。この時間は遠くで犬の鳴き声がしている。スイカを切っていただいてから、57バンケからはじめたが4時半停電になる。しばらく非常灯の明かりとPCのバッテリーで続ける。
5時20分のホテルの自家発電の電気が来る。ネパールガンジーの写真をみる。コピー禁止の写真のコピーを試みる。6時半朝食。朝食後庭のベンチでThe Rising Nepalを読む。各政党の代表者が集まった写真が一面に出ていて2日間でバッタライ首相が2つの問題である州の数と統治の仕方易しく言えば議員の数などを2日間で提案するというのが決まったと書いてあった。バッタライに下駄を預けた形であるがその答えにまた反対するのでは27日までには決まらない。バッタライは身を引く用意がある。次はネパーリーコングレスだと言ったと書いてあった。9時15分ホテルを出て9時半のオフィスのバスで10時過ぎオフィスへ。掃除のおばさんが部屋の掃除をしてくれていた。10時21分
57バンケをアップする。10時50分 14時40分までで59スルケットまでアップしてオフィスのバスで帰る。15時半ホテルに戻り、荷物を置いてスイカを食べて事務所へ出かける。パスポートとVisaのコピーをもらって買い物をして帰る。
お風呂に入ってから夕食をいただく。18時半から日記をつける。夕食後「密航船水安丸」を読んで就寝。
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5月3日(木) 晴れ 日の出5時22分、日の入18時39分 カトマンド405日目 気温最高29℃、最低14 ℃ 1時の部屋の温度24℃、湿度62%
2012/05/03(Thu)

0時15分目を覚ます。紅茶に砂糖を入れて冷やす。ラジオで昭和20年代の歌謡曲をしていた。外では大きな声で鳴き続ける犬がうるさい。午前4時台 〔明日へのことば〕わが味覚人生 無国籍料理シェフ 熊谷喜八
を聞きながら過ごす。1時半から昨日の続き。犬が鳴き続けている。3時15分ラジオ体操。4時休む。
5時起床。レモンを搾ってレモンティーを作る。6時15分までで52ピュータンをアップする。写真を見る。直ぐ返信をする。6時23分 6時半朝食。パクチョイの甘煮のおかず。今朝のThe Rising Nepalではバッタライ首相がジャナカプールで爆弾テロで負傷した人を見舞いしている写真が一面であった。またバッタライがバンダを仕掛けるグループに「政府が話し合いをするからバンダはやめてほしい」と呼びかけていた。またNCコングレスのクリシュナ プラサド シタウラとネパール共産党のカナル前首相がバッタライ首相のリーダーシップにかけて2-3日で問題を解決してサインするという話が出ていた。5月27日までに話がまとまる希望が出てきた感じがする。8時15分 9時15分ホテルを出てオフィスのバスで10時すぎオフィスの鍵を開ける。11時半までで53ロルパをアップする。エージェントとホテルにメールする。昼食後12時36分から再開。
56ダンの途中でお仕舞いにする。ラビンドラさんがバスが来ないというのでコティソールまで行くバスに乗った。玄関口でいつものバスが出るところであった。コティソールで後から来たバスに乗る。綱渡りでホテルに帰り着く。17時45分。お風呂に入り、夕食はレイチェル カーソンの日本協会の女性の話を聞きながら夕食をいただく。夜雨が降ってきた。久しぶりの雨であった。19時25分。これから「密航船水安丸」を読む。雷も鳴っている。稲光も時々光る。20時就寝。

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5月2(水) 晴れ 日の出5時23分、日の入18時38分 カトマンド404日目 気温最高30℃、最低15 ℃ 2時の部屋の温度24℃、湿度62%
2012/05/02(Wed)

1時半目を覚ます。帰国する青年と帰国した同僚のメールを見る。日記をつけて昨日の続きをする。3時15分ラジオ体操をする。ルンビニ州と46グルミ県をアップする。4時に休む。5時起床。
学校情報を51から61まで作る。6時5分 6時半朝食。ねぎの酢味噌あえのおかず。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。バッタライ首相のムスとした顔写真とこの政権で憲法草案作成を期限までに実現するという決意を言ったようだが、NCコングレスや共産党にもっと真剣にしてくれと非難していた。一方NCコングレスの官房長官ともいう役割のクリシュナ プラサド シタウラも政府は合意に真剣にしてくれと言ったと書いている。今朝の新聞記事を見るとどうやら5月27日までにまとめるのは難しかもしれないという印象を受けた。
9時15分ホテルを出る。9時半オフィスのバスがくる。10時オフィスに着く。今日もオフィスの鍵を開けて入る。カウンターパートは今日は外で仕事。昨日の続き。10時半から11時半までで47パルパのアップを終わる。
16時半までで51アルガカンチまでアップする。17時オフィスのバスで帰宅。17時45分うれしいメールが来ていて感謝であった。すぐ返信してからお風呂に入る。風呂上り長岡の花火で映画を作った監督の話を聞きながら夕食をいただく。夕食後お湯を沸かして紅茶を作る。「密航船水安丸」を読んで20時就寝。


大使館からのお知らせ(12-33)5月2日
バンダの実施について
本日,ネパール各地でバンダが実施されております。
ナワルバラシ郡,ルパンデヒ郡,カピラバストゥ郡,ダヌシャ郡,マハッタリ郡,ダン郡,バルディア郡及び,ジャパ郡からカンチャンプール郡にかけたイースト・ウェストハイウェイ。さらに,ネパール極西部及び東部でも実施されております。このため,遠出を予定されている方及び近郊にお住まいの方はご注意下さい。

大使館からのお知らせ(12-34)5月2日
バンダに関する注意喚起
ブラーマン組織は,本日(2日)東ネパールでバンダ(ゼネラル・ストライキ)を実施しておりますが,明日(3日)はマクワンプール郡,チトワン郡,ダディン郡,ヌワコット郡,カブレパランチョーク郡,シンディパルチョーク郡でバンダを実施するとしております。
この地方にお住まいの方は十分ご注意ください。また,この地方にお出かけ等を予定している方は,旅行の是非を検討してください。
1時半目を覚ます。帰国する青年と帰国した同僚のメールを見る。日記をつけて昨日の続きをする。3時15分ラジオ体操をする。ルンビニ州と46グルミ県をアップする。4時に休む。5時起床。
学校情報を51から61まで作る。6時5分 6時半朝食。ねぎの酢味噌あえのおかず。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。バッタライ首相のムスとした顔写真とこの政権で憲法草案作成を期限までに実現するという決意を言ったようだが、NCコングレスや共産党にもっと真剣にしてくれと非難していた。一方NCコングレスの官房長官とモ言うべきクリシュナ プラサド シタウラも政府は合意に真剣にしてくれと言ったと書いている。
今朝の新聞記事を見るとどうやら5月27日までにまとめるのは難しくなった印象を受けた。




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