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6月30日(土) 晴れ時々雨 日の出5時11分、日の入19時3分 ネパール461日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/06/30(Sat)

2時半に目を覚ます。いよいよ今日で6月が終わる。今月はようやく11日から雨が降るようになって雨季本番になった。新聞にはモンスーンの季節が来たと書いている。畑に水路が作られているようには見えないので、どこから水を引いてくるのかわからないがバクタプールの農家の水田も日に日に水を張った水田が増えている。田植え作業は手植えで女性が中心だが男性も朝から女性と一緒にしていた。今週は水曜日少し晴れ間があったが來週は毎日雨の予報。近くのバングラデシュやブータンからは大雨や浸水の被害のニュースが聞こえてくる。ネパールではまだ雨の災害のニュースはまだなくて水力発電のこの国では停電時間が短縮されて1日5時間から6時間になった。日本のように1日も2日も降り続くわけではなく1時間ぐらいで止む雨が普通である。カトマンド、ラリトプール、バクタプールの首都圏以外は舗装されている道路はまだ少ないから車での通行が雨で危険になる。先週は車の事故で11名死亡の記事があった。地方でブルドーザーが狭い道で動かなくなって通行出来なくなった話を聞いた。
Preloadimagesを修正始めたところで4時50分停電になる。今日の停電予定は4-7時と14-17時。バッテリーの照明とPCバッテリーで続きをする。4時53分 朝まで地図データ修正する。
6時15分朝食。朝食後The Rising Nepalを見る。一面に田植えをする女性の写真が載っていた。タナフで雨により
28日の夜土砂崩れがあり11名が亡くなったという記事を見る。午前中晴れ午後から雨の予報なので7時15分市場までウォーキング。8時に着いて45分間買い物。今日は珍しく大きなレモンを見つける。嬉しくなって10個買う。ジャガイモ、玉葱、マンゴーそれぞれ1Kg。キャベツとパンを買って帰宅する。汗をかいたのでシャワーを浴びてリュックサックと服を手洗いして屋上に干す。ジャガイモを茹でて日記をつける。10時40分 部屋でうとうとしながら「栄花物語」を読む。朝から強い日差しであったが昼食後1時雲がでてきた。天気予報では午後に雨。これから少し勉強。13時10分 14時半すぎホテルを出る。アボカドホテルに15時同僚を尋ねる。17時過ぎまで教えていただく。心配していた雨は降らなかった。17時すぎさよならをしてホテルに戻る。月末処理をして18時20分お風呂に入る。風呂上り日記をつける。明日へのことば 「人生はミステリーと冒険」 作家 樹のぶ子さんの話しを聞きながら夕食をいただく。流石に作家だけあってわかりやすいお話し。これまでの恋愛小説から初めて新聞に1年間ミステリーを書いたという。これまで読んだことのなかった作家。1968年に起こったというマルセル盗難事件の記憶はない。話の中で髪が少なくなってきて前髪がなくなってきたとの話しに同年代を実感させられる。2度離婚をしたという。「栄花物語」の「その子」に似た女性と感じた。なにものにも縛られずに充分に生きる事を考える人なのだろう。7時35分日記をつける。蚊取りマットをつけて「栄花物語」を読みながら8時半就寝

田植え バクタプール2012_06_29.jpg
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6月29日(金) 晴れ時々雨 日の出5時10分、日の入19時3分 ネパール461日目 気温最高29℃、最低20℃ 
2012/06/29(Fri)

2時目を覚ます。外は雨が降ったようで石畳が濡れていた。日記をつける。辰巳芳子さんの話の後半を聞きながらレモンを4個搾ってレモンティーを作る。その後Ituneでラジオ体操第一と第二をする。ファイアーフォクスのメール割り込みの問題を調べて、最新版を入れることにする。前のバージョンを削除して最新版13.0.1を導入する。しかし割り込みは直らなかった。5時ごろ雨が降り出す。6時15分朝食。三度豆の細ギリの胡麻和えのおかず。今朝のThe Rising Nepalには昨日新しいJICAボランティアがカトマンドに着いた記事が出ていた。JICAネパールが始まったのが1965年。青年海外協力隊員は1970年に3人が初めて派遣されてこれまでに1100人以上、現在は68人の隊員が活動中である。今回3人のシニアと5人の青年が派遣された。3人のシニアは地震災害管理。ソーラー発電。データベース管理でラリトプール、カトマンド、バクタプールへ、5人の青年はそれぞれシャンジャの青少年事務所、カスキの地域開発事務所、シンドパルチョークの健康管理センター、タナフの森林事務所、シャンジャの教育事務所に派遣される。3人のシニアは当ホテルでトレーニング期間の一ヶ月ご一緒する。9時15分ホテルを出る時は雨は上がっていた。道には水溜りが出来ていて車が走っても土ぼこりは立たないが、舗装道路は土ぼこリがあがっていた。9時半にバスが来てバクタプールに近づくにしたがって雨が降っていた。10時過ぎオフィスに着いた時には雨は止んでいた。10時10分FirefoxでInfoseekから新着メールの割り込みが入る問題を調べるが原因が見つからない。思いついてInfoseekのメールをYahooメールボックスに移し変えてInfoseekメールボックスを空にしてみる。新着メールが来た時だけ割り込むように変ったようである。午後電話でhtmファイルについてアドバイスをもらう。帰る頃雨がすっかりあがってカンカンデリになっていた。3時半過ぎホテルに戻る。荷物をかたづけてから日記をつける。16時23分 1番風呂に入れてもらう。再び辰巳芳子さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後卓球世界選手権を見る。蚊取りマットをつけて「栄花物語」を読んで就寝。
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6月28日(木) 晴れ時々雨 日の出5時10分、日の入19時3分 ネパール460日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/06/28(Thu)

夜中1時に目を覚ます。IE8でYou Tubeを見る。画面が早く綺麗になった気がする。マンゴーとヨーグルトをいただく。3時休む。5時45分起床。今朝は雲で覆われている。今日は雨になりそうである。6時20分朝食。パクチョイと豚肉の甘煮のおかず。料理に肉が入るのは珍しい。入るときはほんの少しだがそれがいい。豚肉1Kg,鶏肉1Kg,玉子30個それぞれも大体200ルピーから250ルピーの価格という。ネパールのルピーはインド通貨のインド ルピーに連動していて、インド経済の伸びが鈍化してインドルピーが安くなった影響でネパール ルピーも安くなっている。昨年3月末10,000円が8,700ルピーだったのが昨日は11,300ルピーぐらいになっているから1年3ヶ月で30%ほど円高になった。
今朝のThe Rising Nepalの一面には旧インドの宗主国イギリスのダンカン外相と首相の2人の写真を載せていた。
2人ともさえない顔で写っていた。ダンカンは大統領、副首相、各政党のリーダーとも会談して現在の政治状況を打開する事を進めるような話しをしたという。首相は大統領とも話しあい、リオの土産話をして、大統領から今の政治を打開するために尽力するよう求められた。野党は相変わらずで共産党のカナルは現在の管理内閣に選挙をする権限は無い。するには各政党の合意が必要と言っている。NCは法律家が解散した議員を再び短期間でも再雇用して議員復活させるのを90%の議員が望んでいると主張している。マデシのリーダーのバンダリがガッチャダールから党を追い出されて新党を立ち上げると出ていた。27県から約5,000名の新党の地域リーダーを集めて新党の名称と旗を決めたいう。バンダリは3年前にガッチャダールやウペンドラ ヤダフととものマデシ人民権利フォーラム(民主)という政党を立ち上げてガッチャダールを党首にして結成させたリーダーの1人。ウペンドラ ヤダフはこのあと新党に分離し、今回2つ目の分離ということになる。新党は、マデッシ、ダリット、イスラム教徒、女性党を含めるという。
シャラット シン バンダリは前回の制憲議員選挙でマホッタリ6区から選出されている。
連立で情報・広報大臣を務めリオにも行ったマデシ政党のラジキソール ヤダフがバッタライ首相は選挙までか自身の意思で無い限り辞める必要はないと言っていた。政府のスポークスマンの立場としては当然のの発言だが、野党から攻め立てられる首相には心強い発言であろう。マオイストの記事は主流派もバイディア派も無かった。
2月26日カトマンヅで起きて3人死亡した爆弾テロの犯人がビラトナガールで逮捕されたと手錠をはめられた容疑者が写真に載っていた。9時半オフィスのバスで出かける。今朝は携帯電話を部屋に充電したまま忘れてくる。オフィスに着いてホテルに電話して携帯電話を今日一日持っておいてもらい、もし電話がかかってきたらメールしてくださいと伝えてもらうようにお願いする。しかし今朝はネットに繋がらなかった。ネットに繋がったら今日からログインIDとパスワード入力が必要になっていた。それを設定してもらうまで午前中はネットにつなげなかった。昼食は1時半、〔明日へのことば〕   <時代を創った女たち>アンコール 前半 料理家・随筆家 辰巳芳子さん(H24.4.16放送)の話を聞きながらいただく。Google Sitesでページの移動をしてみる。午後3時ごろ大粒の雨が音を立てて降ってきた。5時帰るときはすっかり雨が上がっていた。雨が降って空を覆っていた雲が無くなって強い日差しで蒸し風呂のようになった。5時半バスを降りたマイティガールのあたりは雨が降った様子はなかった。10Kmぐらいの違いで全く雨が降ったり降らなかったりする。帰宅後お風呂に入り昼聞いた辰巳芳子さんの話を途中の続きから聞きながら夕食をいただく。夕食後You Tubeでマイク タイソンを見る。「栄花物語」を読んで就寝。
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6月27日(水) 晴れ時々雨 日の出5時10分、日の入19時3分 ネパール459日目 気温最高28℃、最低19℃ 
2012/06/27(Wed)

5時半起床。薄い雲に覆われて周りの山々は見えない。薄い雲を通して僅かに青空が見える。今日は日差しが射しそうだ。6時前、年配のガードマンが自転車に乗って帰って行った。若いガードマンが元気に庭木の剪定をして、いつものおじさんに代わってハサミの音が響いてきた。6時15分朝食。なすのピリカラ煮物のおかず。今朝のThe Rising Nepalの一面には共産党のカナルが首相の辞任を主張していた。共産党が首相候補者の名前を出し、NCにも呼びかけていてNCは10日以内に首相候補を出すとあった。しかし議会が解散しているのであるからバッタライ首相が辞めるといわない限り新首相でもないと思うにであるがどうしてこういう議論になるのか良く判らない。9時半オフィスのバスで出勤。空港を回ったので10時過ぎにオフィスに着く。IE6から8へアップするのを調べる。特に問題なさそうなので念のためシステム リストアーとお気に入りのエクスポートをしてから日本語と英語版のIE8をダウンロードする。そのあと導入する。結局ダウンロードに27分かかり、完了まで35分かかる。IE8にして少しスピードアップした感じがする。4時50分オフィスのバスで5時半帰宅。すぐお風呂に入る。隠居大学を聞きながら夕食。
夕食後You Tubeで羽生ー中原を見る。何度見ても大山さんの解説がすごい。アリーフォアマンも見る。
「栄花物語」を読んで就寝。

大使館からのお知らせ(12-56)6月27日
計画停電(週35時間)について
ネパール電力公社は計画停電表を公表しました。
御参考までに計画停電表を英訳したものを当館ホームページに掲載致します。
右計画表によりますと27日(水曜日)から,停電時間は週42時間から週35時間(1日平均5時間)とな
りました。

在ネパール日本国大使館ホームページ
http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/

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6月26日(火) 晴れ時々雨 日の出5時9分、日の入19時3分 ネパール458日目 気温最高28℃、最低21℃ 
2012/06/27(Wed)

カトマンドの街にはハイアー セカンダリー スクール(H.S.S),カレッジという高校の新しい横断幕が目につく。この国では小学校5から中学まで10年間の学校のあとSLCという中学校卒業認定試験がありこれに受かると高校の2年を経て大学進学になる。隣の私立高校では6月13日のSLC試験の結果発表を受けて生徒募集を6月15日から6月21日頃までしていた。H.S.S/カレッジの入学者はSLCの試験の結果で合否判定され特に各学校で入学試験はない。理科系のPhisicsと文科系のAdministrationや経済Economicsなどのカテゴリーで募集しているところが多い。その合格者発表が昨日6月25日に学校の壁に貼り出されていて大勢の学生が見に来ていた。1982年創立のこの高校は英語で授業されで優秀な学生が集まると評判の高い私立高校。授業料も高いらしい。この国の暦は独自の暦を使っている。国の会計年度も学校の新年度も4月1日から翌年の3月31日までであるが、ネパール暦の4月1日は西暦では今年は7月16日の月曜日になる。だから今入学者の発表がされてほぼ3週間で新しく高校生生活がはじまる。6月18日にリオの環境サミットに出発したバッタライ首相はインド首相などと会談して一行21名とともに昨日帰国した。新憲法の成立を達成出来ず、身内で党を割る事態にあって、元気はなかったであろうが、ラテンの空気にあたって鋭気を養えたことであろう。野党は今の制憲議会解散の事態を引き起こした責任といって非難の集中砲火を浴びせかけ続けるだろうが、新憲法作成過程で野党はいつも反対ばかりで何一つ協力しようとしないとみている国民も多くいる。国民の中には今期待できる人はバッタライしかいないと見ている人も多い。本人も11月22日の選挙までは辞めないと言っているがどこまで辛抱できるだろうか。レモンを搾ってレモンティーを作る。部屋代の小切手を書く。5時10分ベッドで「栄花物語」を読んで休む。6時15分朝食。オクラのおかず。醤油をかけて納豆のようにしてごはんと一緒にいただく。朝食後家賃とネット代を支払う。今日のThe Rising Nepalには昨日リオから帰った首相の記者会見の写真と記事が出ていて野党が求めている辞任をきっぱり否定していた。バッタライの左にシュレスタ副首相。右にガッチャダール副首相。その隣にヤダフ情報・広報相が並んで写真に写っていた。いつもどおり9時23分ババマハルでバスを待つ。35分になっても来ないので電話をすると行くという。45分にバスは来た。遅れていたからだろうがオフィス近くのバス乗り場には10時過ぎになっていたが既に待つ人は一人も居なかった。オフィスには10時15分着く。ラビンドラさんが市内で学生がデモか何かでバスが遅れたという。10時20分オフィスに出る。机を雑巾がけして洗面をして10時25分作業開始。 午前中main.htmlのonMouseOver=でDistrict名をカタカナに変えた表示に75個を変更する。画面が出る時出てくるメッセージTo help protect your security,IE…を出さない方法を調べて、IEのTool Option AdvanceでSecurityのチェックをして出さなくする。午後地図をダブルクリックしてプログラムが起動するようにする。4時40分店仕舞いして5時のオフィスのバスで帰る。途中から雨が降り出す。バスを降りてからカッパを着てホテルまで濡れて帰る。国家公務員共済組合連合会から年金額の改定通知郵便が届いていた。すぐお風呂に入り、夕食後パソコンのNTREGOPTをする。「栄花物語」を読んで就寝。
22時半蚊の鳴く声で目を覚ます。両腕を食われていた。メンソレをつけて、蚊取りマットをつける。部屋を明るくして蚊を探すが見つからなかったが時々小さな蚊が素早く飛ぶのを見る。ネットからネパール国歌と歌詞をダウンロードする。結局3匹蚊を召捕る。3匹目では手が赤くなった。ベッドで「栄花物語」を読んで休む。
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6月25日(月) 雨時々曇り 日の出5時9分、日の入19時3分 ネパール457日目 気温最高26℃、最低20℃ 
2012/06/25(Mon)

3時半起床。雨は止んでいた。犬の声もしない。静かな夜。「栄花物語」を読んでまた休む。5時半起床。
雨は止んで空には雨雲は無い。うす雲をとおして青空が見える。久しぶりに周りの山並みも見える。日差しも出てきて週のはじめにふさわしい明るい静かな朝。6時15分朝食。冬瓜に煮物のおかず。朝食後庭でネパールティをいただきながらThe Rising Nepalをみる。一面は共産党のカナルが現在の政治危機を煽り立てて議会解散しているので新年度予算決定に言及していた。共産党のネパールは議員の復帰の可能性を述べていてUNMIN(United Nations Mission in Nepal国際連合ネパール支援団)がネパールの平和促進を遅らせていると非難していた。既成政党から見るとUNMINがマオイスト寄りに動いていたようにみえるようだ。ネパールは新党のバイディア派がまだ武器を隠し持っている懸念を示していた。マオイストの新党のバイディアが大統領のヤダフに面会し現在の政治状況の打開のために各党代表者による円卓会議の開催を大統領の手主導でするよう申し入れた。またマオイスト革命の会合の写真が掲載されていて、主要メンバーの肩書きが決められた。議会解散で政治危機を言っているのは主要政党のリーダーだけで新憲法作成期限にあったバンダ続きからみるとはるかに国内は議会解散している今の方が静かで国内の危機は感じられない。NCや共産党は危機感を盛り上げようと街頭デモなど参加の学生に働きかけて続けようとしているがこれまではあまり盛り上がりはない。7時半
9時前念のためバスの運転手に電話しする。月曜日に休むことが多いのだ今日は来ると言う。舗装されて無い道は雨に濡れていて埃は立たないが、舗装されている道路は土ぼこりが立っていた。バクタプールの農家では今日も水を張った水田が増えていて朝から男女で田植えをする風景が見られた。10時10分既にカウンターパートは仕事をしていた。今朝はネットに繋がらなかった。先週からの地図とのリンクのとりかたを見てみる。ネットに繋がらず調べることが出来なかった。オフィスで繋がらないのは珍しい。今日は降りそうで降らなかった。夜中に降りそうである。
地図とのリンクのとりかたのプログラムはついに理解できなかった。理解できないまま形作りをして使い物になるか、作業を進めることにする。17時オフィスのバスで帰る。帰り道はいつものような大渋滞で17時45分帰る。荷物片付けをして6月24日の五木寛之さんの15回目富山県の歌の旅人を聞きながら日記をつける。6時過ぎお風呂に入る。風呂上りに歌の旅人の続きを聞きながら夕食をいただく。デザートはバナナとマンゴーとヨーグルトをいただく。夕食後お湯を沸かして紅茶を作りながら23日と24日の読売新聞を読む。19時50分日記をつける。ベッドで「栄花物語」を読みはじめると20時停電になり就寝。
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6月24日(日) 雨時々曇り 日の出5時9分、日の入19時3分 ネパール456日目 気温最高23℃、最低20℃ 
2012/06/24(Sun)


0時目を覚ます。久しぶりでラジオ深夜便で美空ひばりの歌声が聞こえてくる。0時半雨音が聞こえてくる。
昨日のhtmの続きをみる。ベッドで休んで5時起床。朝に雨は止む。今朝のThe Rising Nepal朝刊一面はバクタプールで田植えをしている写真が載っていた。共産党のカナルは相変わらずの政府批判。NCはマオイストからの政権移譲があれば受けると相変わらずの姿勢。ともに街頭政府批判活動を続けていくという。この2つの既成政党は譲歩に譲歩を続けたマオイスト政権の反対ばかりしていて何も決めることに応じてこなかったというネパール人も多い。
マオイスト分裂の記事をアップする。雨が上がって埃が消えて空気が良くなった。9時 また雨が降ってきた。昨日もそうであったが割合長く雨が降る。昨日見たカトマンド市内を流れるバグマティ川は溜まったゴミをかなり流す流れを作っていた。今日の雨でまた一層の流れを示していることだろう。真っ黒な色には変りは無いがくさい臭いは上まで漂ってこないほどの流れになっていた。農家では今日も水田を広げて田植えをしていることだろう。雨音を聞きながら「蒼い描点」を読んで過ごす。箱根で「山の斜面に羊腸とつけられた道をさした」という記事を見て「箱根八里」の詩と滝廉太郎の作曲のいきさつを見る。小田原から芦ノ湖までの4里、ここから三島までの4里を箱根8里という。ウェブサイトで2日のウォーキング記事を見る。一度歩いてみたくなった。
午後雨が止む。「蒼い描点」をだいたい読み終わったところでレインコートを手に下げて部屋の掃除を頼んで散歩に出かける。出た時はこぬか雨が落ちていたがしばらくして止んだ。昨日みたバグマティ川まで歩いてみる。川は黒から土色に変わって昨日と同じように流れていた。水溜りの出来た泥だらけの道をゆっくり歩いて30分ホテルに帰る。
掃除の済んだ部屋で日記をつける。14時45分 ベッドで山本周五郎著「栄花物語」を読み始めて昼寝する。
5時半お風呂が出来たと電話で目を覚ます。5時50分風呂上り。倍賞智恵子さんの中標津でのお話を聞きながら夕食をいただく。夕食後「栄花物語」を読み就寝。
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6月22日(土) くもり時々雨 日の出5時9分、日の入19時2分 ネパール455日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/06/23(Sat)

3時まで地図情報に県名を表示する仕方を学んでベッドに休む。5時起きて続きをする。
5時45分音をたてて雨が降ってきた。今朝もカッコーの声が聞こえてくる。6時15分朝食。大根におでん風煮物のおかず。7時20分少し霧雨の中カリマティの市場へ向かう。市場の近くで日の丸をドアに書いている大きなゴミ回収トラックを見た。英語で日本の人たちのお陰で贈られら車とドアに書いてあった。市場でネパールの女性から名前を呼ばれる。どなたか思い出せなかったが事務所のナショナルスタッフだったようだ。いつもの果物はマンゴーとレモン9個野菜はジャガイモ、玉葱、それぞれ1Kgと、キャベツ、人参500g、ねぎ3把を買う。9時45分ホテルに帰る。お湯を沸かし紅茶を作る。部屋の椅子に座って「蒼い描点」を読む。12時昼食。珍しく長く続いた雨が午後1時半ごろ気がつくとやんで少し日差しが出てきていた。13時45分マヨネーズが少なくなっていたので近くのブルーバードへ出かけたがいつものが売り切れで無かった。仕方なく大きなスーパーへ向かうが気が変わって遠くのセルウェイまで足を延ばす。セルウェイでラップを2本とマヨネーズと砂糖を買う。買い物を済ませて店を出ようとすると雨が降り出していた。雨具を持たず出てきたので仕方なくしばらく雨宿りをする。立って道路を見ていた後ろから雨宿りをしている青年男女の日本語の会話が聞こえてきた。アルバイトは無いかという話しで、ネパール語が話せないと難しいよと聞こえてきた。少し小降りになってきたところで歩き出す。しばらく行ってまた降りだしたので又シャッターが降りている店の軒下でしばらく雨宿り。小降りになってまた歩き出したらやんでくれた。帰り道の小さな店でパンとヨーグルト1Kgを買ってホテルには16時45分帰りつく。レモンを4個搾りレモンティーを2.5リットルつくる。ジャガイモ1Kgを洗って茹でる。17時22分日記をつける。お風呂に入り、Ituneでお気に入りを聞きながら夕食をいただく。夕食後「蒼い描点」を読んで19時就寝。
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6月22日(金) くもり時々雨 日の出5時8分、日の入19時2分 ネパール454日目 気温最高27℃、最低21℃ 
2012/06/22(Fri)

3時目を覚ます。鶏の時の声が聞こえてくる。犬の吼える声が無い静かな夜である。今週は毎日雨が降るようになってきた。お陰で気温が下がってきた。マンゴーを切っていただく。椅子に座って2012621 「日本の自然・文化・誇りを描く」記録映画監督 飯塚俊男さんの話しを聞く。
パソコンがおそくなってきたので、高速化のためのシステム設定をする。昨夜はディスクのデフラグメンテーションをした。今朝はレジスターの最適化をする。NTREGOPTを使ってみる。レジストリーのバックアップを取ってから、NTREGOPTをダウンロードしてから早速実行する。5分ぐらいの時間で終わる。6時 スタンバイの終わり方が早くなった。NTREGOPTは時々、パソコンが遅くなったと感じてきた時は実行するといいプログラムのようだ。
6時15分朝食。小松菜のおひたしのおかず。朝食後庭にでてThe Rising Nepalを読む。バッタライ首相がブラジルのリオでインド首相とノルウェー首相と会談したことが出ていた。NCは固有民族の新憲法の扱いでザナザティが新党を作る動きを封じる目的でこれらの人を加えた新憲法検討会議を開くことにした。UMLのカナルは相変わらず7州案で1州に複数の民族に配慮した州の案を主張している。バイディア派からは早速下部組織の写真を載せてPRに努めていた。選挙の責任者が選挙を実施するには各政党の合意がないと不可能だと言っていた。また11月22日の実施の期間も余裕がなさそう。政府が発表した通り実施できるかこれからの話しあいによる。9時35分オフィスのバスで10時過ぎオフィスへ。カウンターパートさんも今来たところだった。
一日Webサイトでhtmlの基本を学ぶ。14時40分カウンターパートにありがとう。良い週末を。また月曜日といってナマステといって別れる。外に出ると小雨であった。運転手のガンガジーに今日はプリティブ大王のスタチューのあるところで下ろしてもらう。小雨の中レインコートを着て砂糖を買ってホテルに4時前帰る。4時半気持のいい一番風呂に入って汗を流す。日本の梅雨のような蒸し暑さであったがまだ日本よりは大したことは無い。今週も1週間が終わった。金曜日になるとほっとする。このところ身体の調子はいい。今週から雨が降り始め気温が下がったからだろう、今日の帰りのバスの中では何度も大きな咳をする人がいた。今週は大勢の隊員が任期満了で帰国していった。日本とかけはなれた環境で青年達にとっては苦労の多かった2年間で泣いて過ごした人もあったことだろう。その経験がこれからの長い人生を支えるものになるに違いない。シニアにとっても同じである。大きな成果を残せた人もあったようだ。そうでなくてもネパールの人に寄り添い続け、無事に帰国するところまでこぎつけた人はそれだけで成果と言えるであろう。17時15分 夕食は2012618 挫折への共感、文学と映画を追いかけて 評論家 川本三郎さんの話を再度聞きながらいただく。夕食後映画成瀬巳喜男監督作品を見る。「蒼い描点」を読んで19時就寝。22時15分目を覚ます。外は雨は止んでいたが駐車場の石畳が雨でひかっている。昼間のhtmlの学びの続きをする。
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6月21日(木) 晴れ時々雨 日の出5時8分、日の入19時2分 ネパール453日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/06/21(Thu)

1時15分起床。ラジオを聞きながら日記をつける。今日が日本では1年で昼の長さがもっとも長い「夏至の日」。大雨が又降るという。消費税増税法案の採決は当初の今日を先に延ばし会期を79日間、9月8日までに国会を延長するという。社会保障の改訂では受給条件で支払い期間が今の25年から10年に改められるという。レモンを4個搾ってレモンティを2.5リットル作る。Ituneでラジオ体操をする。「蒼い描点」を読んで休む。時々蚊の音が耳元でするが捕まえられない。6時15分朝食をいただく。トマトと玉葱に煮物のおかず。朝食後The Rising Nepalを見る。飛行機の爆音はきこえるが雲で見えなかった。バッタライ首相はリオのサミットに出席中で「環境保護で世界の連帯」を呼びかけたとあった。議会解散した5月27日以降はじめてNCの本部に主要政党とリーダーが集まって会合の写真がでていた。そこでは政治危機には各政党のコンセンサスが必要だということが話しあわれたようだ。元首相のネパールが議会解散に至ったのは外国による内政干渉が原因だということに各パーティの合意にしたいという発言があったという。一面にはプラチャンダがバイディア派の新党を批判していた。この行動は折角手にした果実を無駄にするものでまがいもののマオイストだと非難している。共産党のカナルはマオイストによる解散、選挙への抗議活動を続けていくということと、新憲法の州には単独の民族優先ではなく複数民族を含めるというかねての主張を繰り返していた。ラムさんから蚊取りマットをもらう。今日も9時33分オフィスのバスで出勤する。今朝はカウンターパートはもう来ていた。机の上を雑巾で拭いて手洗いして雑巾を濯いで10時15分作業開始。今日は朝から降りそうな曇り空で暗くなってきた。10時25分 午後普段扱ったことの無いhtmファイルのソースを開いてアベンドを起こしWordをおかしくしてしまったようだ。パソコンの動きが極端に鈍くなってしまう。不要なファイルの削除をするところまでして店仕舞いにする。
午後降っていた雨は5時帰る頃は止んでいた。オフィスのバスで帰える。今日もコティソールあたりから大渋滞であった。バスを降りて角の店でパンを買う。お風呂に入り、ラジオを聞きながら夕食をいただく。パソコンで日記が入力できなくなっていたのに気がつきOffice2007の修正をしてみたがいつまで待っても起動しない。削除して入れなおそうとしてみたが削除も起動しなくなっていた。System Restoreもしてみたが出来なかったとメッセージがでてきた。そのうちに1ヶ月あまり前に入れたClockファイルがウィルスの脅威と表示されてきた。それを隔離して、初期起動プログラムからもはずしたら今度はOffice 2007のリペアーが動きはじめてこれが終わるといつもどおり使えるようになった。20時50分 ディスクCとDのファイルのチェックとデフラッグをして22時就寝。

大使館からのお知らせ(12-55)6月21日
計画停電(週42時間)について
ネパール電力公社は計画停電表を公表しました。
御参考までに計画停電表を英訳したものを当館ホームページに掲載致します。
右計画表によりますと21日(木曜日)から,停電時間は週49時間から週42時間(1日平均6時間)となりました。

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6月20日(水) 晴れ時々雨 日の出5時8分、日の入19時2分 ネパール452日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/06/20(Wed)

2時15分目を覚ます。犬も寝たのか静かであった。ネパールよいとこの記事を更新する。6時15分朝食。株の煮物のおかず。今朝のThe Rising Nepalの一面にはバイディア派の新党結成の写真と記事が出ていた。バイディアがあぐらをかいて座って話していて左にタパ、右にガジュレルが座って眠たそうに聞いているあまり元気そうでない写真があった。ネパール人の話しは長いから聞くのも辛抱がいる。下のほうには会議派の元首相デウバが10ヶ月ぶりに党の会議に出席したという記事が出ていた。他党が党の分裂など起きているので党の結束の作業をするらしい。首相を辞めてマオイスト政権になり仕事を休んでいたらしい。読売新聞はギリシャの選挙結果と民主党の小沢派の議員の動向の記事あった。この時間雨が降りだしたが30分ぐらいで止んだ。9時前念のためバスドライバーに電話をしてバスが来る事を確かめる。9時半オフィスのバスに乗る。途中バクタプールの農家の水田では田植えをしていた。珍しくカウンターパートが来ていなかったので自分の机の雑巾がけだけでなく部屋の雑巾かけと床のゴミ拾いをしておく。雑巾が真っ黒になるほどの埃であった。洗面所の水道が雑巾を濯いでいたら水が止まった。オフィスの水は毎日下からポンプで屋上の水タンクに貯めている。空になったのだろう。時々水道が出ないからペットボトルに水を貯めて予備を置いている。10時半。今日は先日来アップした写真がなかった人のデータを探してみる。10時半にオフィスに電気が来た。今日のオフィスの停電は7時ー10時半と17時半から21時半だからオフィスのワークタイムは電気がある。一日データのなかった議員の情報を整理する。お昼に昼食後歯を磨いて洗面所でうがいをしようとしたら水は出てきたが茶色い水が出てきた。16時45分オフィスを出る。5時のバスに乗る。今日も空港へのコティソールからマイティガールまで渋滞していた。バスを降りたら雨が降りだした。傘をさしてホテルに5時45分に帰る。お風呂に入ってから三木卓さんの話を聞きながら夕食をいただく。「蒼い描点」を読んで就寝。
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6月19日(火) 晴れ時々雨 日の出5時8分、日の入19時2分 ネパール451日目 気温最高28℃、最低19℃ 
2012/06/20(Wed)

2時15分目を覚ます。昨日は雨が降って気温が下がった。網戸を通して入ってくる外の空気がひんやりする。
雨音がしてくる。昨日も今頃降っていた。三月から四月のバヌアツは夜中に毎日のように大雨であったのを思い出す。ようやくネパールにも雨の季節が来た。昨年は雨が多い年と聞いたが今年のネパールはここまで雨が少なく旱魃の年であった。どうやらモハン バイデア派は新党を結成するようだ。2008年に出来た最初のダハル内閣で国防:ラム・バハドゥル・タパや法務:デブ・グルン、財務ーバブラム・バッタライ、情報通信:クリシュナ・バハドゥル・マハラなどのうち今回のバッタライ内閣では閣外に置かれて反主流派になったラム・バハドゥル・タパやデブ・グルンが新党の中心になるようだ。モハン バイデアは年齢が最長老だけに新党のシンボルとしてトップに置かれる。
グループは制憲議員の75から90人を結集すると言っているがどうだろう。レモンを3個搾ってレモンティーを2リットリ作る。Firefoxが動かなくなったのでIPLをする。4時半から昨日の続きをする。5時5分までで75ダルチュルまで更新する。次は27カトマンド。6時15分朝食。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。雨は上がっていた。
首相がブラジル リオの国際会議に39人を引き連れて昨日出国したニュースが写真つきで出ていた。貧乏なネパールでそんな旅費がどこから出てくるのかと見たら国連事務局長の招待でとあった。その下にバイディア派の新党結成の記事が出ていた。53人の議員で発足すると書かれていた。
4年前に220議席を取って最初に発足したマオイスト政権で防衛大臣をしたタパや法務大臣をしたグルンが主要メンバーとして名前を連ねていた。ダハル側のコメントは書かれていなかった。他の政党は11月22日の選挙でマオイストグループで三分の二の議席を取るためだろうと警戒をしているようだ。新党はマオイストの中で武装闘争を主導してきた人たちでこれまでの議長のダハルの柔軟路線の党運営を他党に妥協ばかりしてきた修正主義と批判していた。
国軍へのマオイスト軍人の統合問題では批判を強めていたし、今回の新憲法問題でも決まりそうになった最終フェーズでまったをかけたようであった。ダハルの最終フェーズの断念はバイデア派の反対によるものがあったと見ている。マオイストは220の議席を獲得したがそのほとんどは若い男女である。日本の小泉チルドレン、小沢チルドレンと同じでリーダーの意思に従う人たちが多いのだろう。議長のダハルの人気でマオイストブームが起こって沢山の議員を生んだが4年間の政治に失望している国民も仲間の多いだろう。新党はマオイストグループへのカンフル剤としての役割を果たす可能性も持っている。9時15分ホテルを出る。隣のカレッジの狭い道路が車とバイクで身動きが取れない渋滞になっていた。歩くのにも時間がかかる。オフィスのバスは9時35分ごろくる。久しぶりにスンダリケティを見た。オフィスに10時過ぎについて先ずカトマンドのデータをアップする。メールをして10時45分から昨日依頼のあった作業を始める。川本三郎さんの話しを聞きながら昼食をいただく。16時20分作業結果3ページを説明して資料を渡す。そのほかのデータのダウンロードをする。午後一時雨が音をたてて降ってきた。夕方帰るときには止んでいて助かった。5時半ホテルに帰る。6時半お風呂に入る。風呂上りお昼の続きの川本三郎さんの話しを聞きながら夕食をいただく。『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』、『断腸亭日乗』(1917年 - 1959年、日記)『白秋望景』を読んで見たくなった。夕食後、2012/6/19 「ライバルと歩んだ私のマラソン人生」オリンピック・メダリスト 有森裕子さんの話を聞きながら就寝。
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6月18日(月) 晴れ時々雨 日の出5時8分、日の入19時1分 ネパール450日目 気温最高25℃、最低19℃ 
2012/06/18(Mon)

3時15分起床。今朝と今週一週間の天気予報を見ると雨である。いよいよ雨季入りのようだ。雨が頼りの農家では待望の雨でようやく田植えが出来るところも多いだろう。また今日は日の出の時間が昨日より1分遅くなった。今年になって一番早い日の出は5時7分であった。これから年の後半に向けて段々昼間の時間が短くなって行く。
4時から57バンケの更新をはじめる。外からかすかな雨音に気がついた。日本の梅雨の雨音のように静かな雨である。4時25分バンケの更新終わる。続いて58バルビアの更新を4時50分までで終わる。応答が遅くなってきたので休憩する。フルーツとヨーグルトをいただき、59スールケットまで更新する。5時20分休憩。
朝には雨が上がっていた。6時15分朝食。おくらのおかず。16日読売新聞朝刊でオーム手配の犯人逮捕の記事をみる。朝食後庭でThe Rising Nepalの17日一面でモハンバイディア派の集会の写真と記事をみる。数百人の主に若者を集めたようだ。党を革命精神に戻すと主張し今は日和見的になっていると批判していた。党は割らないといっているがRising Nepalの18日の記事では党名を現在のマオイストの前に「革命的」をつけた党名を掲げていて75人から80人の制憲議会議員で新党に発足させると出ていた。ネパールー日本の直行便が9月18日に最初のフライトを飛ばすことで準備していると出ていた。当初は茨城 牛久の施設の問題で羽田からの深夜の離発着になる見込みという。
週に水曜と日曜、2便で運行する。18日の記事では大統領が首相や各党のリーダーを大統領官邸に集めてお茶会を開いたという写真と記事が出ていた。国会議員は5月27日に解散になって、新憲法論議も先送りになって議員も暇になったからこういうおしゃべりの会合には皆さん喜んで出てくるようである。
今朝は8時50分バスドライバーに電話をする。今日はチャッカジャムでバスは行かないという。早速ホテルを出る。ガネッシュさんにチャッカジャムを尋ねるとバッタライ首相が今日ブラジル訪問するというので交通整理をしているという。直ぐホテルを出てババマハルのいつもの乗り場でローカルバスを待つ。しばらくして9時4分サノティミ行きのバスに乗れる。運良く席を少し詰めてもらって座ることが出来てラッキーであった。サノティミの玄関には9時45分に着く。9時55分オフィスに出る。今朝はカウンターパートは既に仕事をしていた。メールを発信して今朝の続きをする。10時45分
午後になってカウンターパートから作業を頼まれる。いつまでにと訊ねると答えがないので20日水曜日までとする。午後大雨が降ってきた。運良く、帰るときには雨が止んでいた。コティソールまでオフィスのバスに乗って、そこからテンプーに乗り換えて5時45分につく。荷物を片付けてお湯を沸かす。6時半お風呂に入る。2012617 「挫折への共感、文学と映画を追いかけて」 評論家 川本三郎さんの話しを聞きながら夕食をいただく。夕食後8時50分までに72カンチャンプールまでアップする。松本清張著「蒼い描点」を読み始め21時就寝。

大使館からのお知らせ(12-54)6月18日
サネパ周辺での痴漢の発生について
大使館に入った情報によりますと,サネパ(サミット・ホテル,ブリティッシュ・スクール,ノルウェー大
使館)周辺で外国人女性(東洋人を含む)を狙った痴漢が多発している模様です。
ほとんどが夕暮れ時に自転車やオートバイに乗った男が体を触っていくものですが,脇の小道に引きこまれ
そうになったという事件も発生しているそうです。万が一そのような被害にあった場合は,すぐに大声を出
して助けを求め,近くのお店や民家に飛び込んで,身の安全が確保できたら警察に通報してください。
また,なるべく夜間の一人歩きは避けるようにしてください。さらに被害に遭った方は大使館へもご連絡お
願いいたします。
※ この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない
方がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。
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6月17日(日) 晴れ時々雨 日の出5時7分、日の入19時1分 ネパール449日目 気温最高31℃、最低19℃ 
2012/06/18(Mon)

0時15分目を覚ます。昨日の続きを30ダーディンからアップする。1時半休憩。フルーツとヨーグルトをいただく。
今日の天気予報によると午後雨が降るという。雨が埃を落としてくれるから空気が綺麗になって有難い。ただ、車は雨が降ると土ぼこりで大変汚れてしまう。33バラから続きをする。2時20分バラの15人アップ。2時25分から34パルサの12人に取り掛かる。2時45分34分パルサのアップ終わる。一休み。蚊が目の前に飛んでくるが召捕れない。
4時半起床。35チトワンから再開する。5時15分 36ゴルカまで終わる。5時21分 音をたてて雨が降り出す。
わずか10分ほどの雨が2度降っただけで止んでしまった。
6時15分までに39サンジャまでアップを終わる。朝食後昨日のThe Rising Nepalを見る。SLCの結果の以下の記事を見る。女生徒のトップの成績は800満点の743点 92.87%でカトマンドのニケタンスクールのアヌパマ トッパーさんであったと写真つきで出ていた。歴代の最高点はプラバット私立高等学校のサミクシャ パンデイさんで92%であったという。男子生徒の最高はモラン県ビラトナガールにあるビダヤ マンディール(ヒンズー教のお寺の意味)スクールのアン カリコテ君で759点 95.9%であった。また必修試験の数学ではカトマンドのチルドレン パラダイス高等学校のアニ ラマ君が100点満点だった。と出ていた。NHKストリーミングサービスで佐藤卯一さんの話を聞く。
いいお話でったのでストリーミングサービスの番組をパソコンにダウンロードする仕方を調べてみる。
ダウンロードを調べてOrbit Downloaderをダウンロードしてインストールしてやってみたがうまく出来なかった。
今日は40カスキから。50カプリバスタまでを目指す。8時半に作業を再開。9時50分までで45バグルンまでアップをする。これから休憩。ここまでで疲れてしまい「マラッカ海峡」を読了して椅子でうとうと居眠りをしてやすむ。11時半停電になっていることに気がつく。今日の停電は10時―13時と17時―22時。12時昼食をいただき日記をつける。
13時5分電気が来ていることに気がつく。午前中の続きを始める。46グルミから。49ルパンデヒまで14時6分更新が済む。一時休憩。網戸をとおして外でゴミを燃やすくさい臭いが入ってきた。仕方なく窓を閉める。この近所でも時々ものを燃やす。ゴミにはプラスチック袋などが多いからいやなにおいがしてくる。この臭いがしてくるとがっかりさせられる。少し暑いが窓を閉める。51アルガカンチまで更新してOrbitの使い方を見る。少し進める。16時
お風呂に入ってから大村智さんの2日目のお話を聞きながら夕食をいただく。夕食後「世界のために、日本のために出来ること」 青年海外協力協会・会長 金子洋三さんの話を聞く。夕食後56ダンまで更新をする。
阿川弘之著「論語知らずの論語読み」を読んで19時就寝。
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6月16日(土) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入19時1分 ネパール448日目 気温最高32℃、最低20℃ 
2012/06/16(Sat)

夜中1時15分目を覚ます。右腕がどうやら蚊に食われていた。電子蚊取りマットをつけてメンソレータムをつける。日記をつける。起きたとき、さかんに鳴いていた猫と犬の鳴き声が遠くになった。39のサンジャからデータの修正の続きをする。1時35分朝までに27カトマンドにかかる。6時半朝食。今日のThe Rising Nepalによるとマオイストの拡大集会でダハルが党の合意無しには何処にも行くことは出来ないと言ったようである。バッタライは党の結束の為にはいつでも身を引く覚悟は出来ていると言った。これらは党を割ると言い出したモハンバイディアに対してのメッセージなのであろう。モハン バイディアは事細かくダハルのこれまでの過ちを明確にしろと言っていたがそうしたのかははっきりしていないがそれはしなかったようである。これでモハンバイディアが矛を収めることになるかはわからない。
新聞の一面にはダハル プラチャンダとその右隣にクリシュナバハドール マハラその右隣がバッタライでその右隣にシュレスタ副首相と並んで写真にとられていたが肝心のモハンバイディアは写真に写っては居なかった。プラチャンダの左隣は教育大臣、その左隣にはプン財務大臣が写っていた。バッタライはこの先やる気は出てこないだろうが、しきりに首相にしがみついているわけではない、いつでも辞める用意は出来ていますよと言いながら続けて行くしか仕方ないようである。ダハルはNCのコイララにもUMPのカナルとネパールにも話し会って前に進もうと呼びかけは怠らない。一体解散した601人の制憲議会議員は失業して報酬はもう出ないのか。相変わらず報酬がでているのかそれはわからない。1ヶ月前に較べるとなにをしているのかわからない死に体内閣になってしまった。7時過ぎ市場へ買い物に出かける。いつものレモン、キャベツ、玉葱、ジャガイモ、人参、マンゴーを買って9時過ぎホテルに帰る。帰って続きの作業をする。昼食後カトマンドのデータ修正が終わる。13時停電になる。今日の停電の予定は5時ー8時と13時-17時であった。13時15分ホテルの自家発電の電気が来る。 14時25分 自家発電が止まる。ここで「マラッカ海峡」を読んで休憩。15時自家発電がくる。認定議員をダウンロードする。15時15分終わる。モモのようなリンゴのようなすっぱい果物をむいていただく。これからウェブサイトを更新する。16時お風呂が出来たと電話をもらい1番風呂に入る。16時半少し早い夕食を三木卓さんの2日目の話しを聞きながらいただく。夕食後は29ラシュワまでウェブサイトを更新する。
「マラッカ海峡」を読みながら19時就寝。
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6月15日(金) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入19時 ネパール447日目 気温最高33℃、最低22℃ 
2012/06/15(Fri)

2時半に目が覚める。冷えたレモンティーを飲んで日記をつける。3時半から24カブレパルチョークからデータ編集の続きをする。朝食までに30ダーディンまで修正する。6時15分朝食。カトマンド ポストに明日土曜日、ゴビンダ マイナリさんがカトマンドに帰ってくるという記事を見る。ガネッシュさんによると昨日のTVでは今日金曜日に帰ってくると言っていたという。昨日の6月帰国者の帰国報告会の話を聞く。この国で初めて看護婦の国家試験を作ったシニアの話があったという。お国の仕組みにかかわる仕事が出来て幸せな2年間の活動であったことだろう。昨日のSLCの結果を報じていた新聞をスタッフに話していただく。合格率が悪くなっていることが今後問題にされてくることだろう。
試験直前にバンダが頻発したことを原因にあげていたのが多かった。また英語で不合格者が多く、特に公立学校に対策が求められるだろう。1月10ドル 800ルピーほどの授業料を取る私立学校は小学校1年生から英語教科があるが、授業料は無料、教科書も無料といっている公立学校だが、英語は選択科目にして授業料を取り始めたと聞いた。これでは差がつくのは仕方が無い。今日は午前中34パルサまで修正する。昼食は2012614 2億人を熱帯病から守った化学者 北里研究所名誉理事長 大村 智さんの話を聞きながら昼食をいただく。知らない人であったがおおきな薬を開発した研究者のようであるであった。明日の続きも楽しみなことである。午後も引き続き作業をする。15時に停電のなる。そとへパンを買いに出かける。今日の午後の停電は15時―20時。戻って作業する。16時50分お風呂に入る。夕食もお昼に聞いた大村 智さんの話を再度聞きながら夕食をいただく。夕食後「マラッカ海峡」を読みながら19時就寝。
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6月14日(木) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入19時 ネパール447日目 気温最高33℃、最低20℃ 
2012/06/14(Thu)

0時目を覚ます。網戸を通して外から涼しい風が入ってくる。日記をつけてから41マナンからデータのダウンロードをしていく。0時半 36ゴルカまでを2時10分で終わる。これから一休み。レモンを3個搾ってレモンティーをつくり冷蔵庫に冷やしておく。マンゴーとバナナを切ってヨーグルトと混ぜていただく。3時過ぎまでに35チトワンのデータをダウンロードしてからベットで一休み。5時起床。きょうのカトマンドはうす雲で覆われていて周りの山々も見えない。
カッコーの鳴き声を聞きながら作業をする。5時8分
6時半朝食。ジャガイモと玉葱三度豆などの煮込みのおかず。朝食後停電になった。今日の停電は7時―10時半と17時半―21時半 直ぐに自家発電を動かしてくれたのでデータのダウンロードを続ける。9時半まででカトマンヅの11の選挙区と28の比例のダウンロードを終える。残りは任命議員の26人これは後回し。この作業でバッタライ首相はゴルカの小選挙区から、奥さんのヒシラ ヤミ バッタライがカトマンド7区の小選挙区から当選していることを見る。73 ダデルドゥーラ から王政時代首相を務めていたシャー バハドゥール デウワは小選挙区から、どうやら奥さんらしいアルジュ ラナ デウワが比例区から当選している。この女性はこれまでに健康大臣を務めたことがある。
ネパールの制憲議会議員の名前を見ると名前の最後に、グルンやライ、タマンやマガール、バフンやチェットリ、カミ、サルキ、ヤダフなど民族名を名前に付けている人が多い。中にはネパールという姓やネパーリーという姓をつけて名乗っている人も居る。元首相で共産党のネパール首相というのがいた。ネパールに来た当初ネパール人に民族を訊ねたがネパールに固有に住んでいたザナザティと分類されている人たちは自分の民族を躊躇なく答えてくれた印象があったが、中には私はネパーリーだといい、カースト、ザティを言わない人も時々いた。ダリットというと不可蝕民族などと訳されていてその人の触ったものはけして触らないなどの差別が過去にはあったと聞くが、ダリットに分類されている職業カーストのカミを名乗る議員も居る事を知った。またザナザティ ダリット党というのもあることを知った。57バンケまで編集してから昼食は2012612 わが人生の出会い、そして別れ 詩人・作家 三木 卓さんのインタビューを聞きながらいただく13時すぎ58バルディアから編集を続ける。6時すぎお風呂に入る。
風呂上り三木 卓さんのインタビューの2日目を聞きながら夕食をいただく。三木 卓さんも五木寛之さんと同じ年代の方。戦前から2歳で中国の大連に渡り戦後は満州国の首都、新京に住んでいた。新京は1932年建国当初9万の人口が移住政策で1945年敗戦当時86万3千人に膨れあがっている。貧しくて食料にも不自由したせいか幼い時からいくつもの重い病気にかったという。お父さんは戦後日本に帰れず42歳で亡くなっている。お母さんの実家の静岡に
帰って少年時代から高校までを過ごしている。静岡高校から早稲田のロシア文学に進んで、そのあと会社勤務から詩人、芥川賞を受賞し小説家として今日にいたる。25歳で結婚して詩人の奥さんをがんでなくされ最近「K」という奥さんのことを書かれた作品を出されている。吉村昭さんを書いた津村節子さんの『紅梅』のような作品らしい。吉村昭さんは幸せな家庭であっただろうと想像できたが三木卓さんはKとの出会いから死別までの47年間を描いたこの小説の冒頭で「たしかに夫婦でありいっしょに暮したのだが、つまるところ、ぼくには、この人がよくわからなかった」と書いている。とてもよく理解できる感想である。話を聞くと幸せな家庭生活ではなかったように感じた。奥さんは感性の鋭い女性で一人でいることが好きな人であったそうだ。
夕食後ミッドナイトトーク 石田衣良さんの話を聞きながらデータの編集を21時までする。41マナンから71カイラリまでの編集を終え、あとは24から40カスキまで。蚊取り電気マットをつけて21時半就寝。
った。またザナザティ ダリット党というのもあることを知った。
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6月13日(水) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入19時 ネパール446日目 気温最高32℃、最低20℃ 
2012/06/13(Wed)

3時15分目を覚ます。NHKTVで台湾の大雨の洪水のニュースを見る。これから61ジャジャルコットから57バンケまでのデータのダウンロードをする。3時35分 4時34分までで57までダウンロードが終了。5時41分までで52ピュータンまでのダウンロードが終了。一休みをする。 8時の停電までに46グルミまでのダウンロードをする。今日の停電は8時―12時と19時ー21時。6時半朝食。朝食後The Rising Nepalを読む。UML共産党でザナザティを配慮した憲法の州案を作ったとでていた。共産党のザナザティの議員が先の憲法作成の過程で共産党のリーダーの熱意の無さから党を割る動きに対応してそれを防ぐ意味の対応である。ライ族やグルン族の議員の脱退を阻止する意味合いがある。
マオイストは議長のダハルと副議長のモハン バイディアが3時間半にわたって、バイディアの家で話しあい、6月15日の拡大会議でプラチャンダのこれまでの新憲法草案つくりと軍の統合に関する誤りを表明することなど、党の方針はイデオロギーに基づいて決めることなど、モハン バイディアの主張をダハルが呑んで、バイディアが党を割ることを止める方向の話しあいが出来たらしい。15日の拡大会議がどうなるか注目である。この国の話しあいでは合意に達したというのが無くて大抵理解が深まったが再度話し合うことが次回はいつに決まったというものが普通である。
NCとUMLがマオイストが相談もなく議会を解散し、総選挙を11月22日すると言っているが、政党の合意がないと選挙は出来ませんよと再度主張している。今後とも抗議活動を続けると表明している。42ムスタンまでデータロード 8時40分 この日は42ムスタンから75までダウンロードしたデータをペイントで補正をしてみる。42-55までと71-75までの19県の補正を済ます。ペイントで初めてエラーが出て修正出来ないのが出てきた。4時20分お風呂に入る。夕食は昨日も聞いた齊藤 堯さんのお話を聞きながら夕食をいただく。「マラッカ海峡」を読みながら19時半就寝。

今年の3月20-29日に実施されたSLC試験の結果がこの日17時に発表された。

SLCは小学校:5年間:1年生ー5年生、ローアーセカンダリースクール:前期中学校:3年間:6年生―8年生、
セカンダリー スクール:後期中学校:2年間 9年生ー10年生の合計10年間の中学校終了認定試験である。
今年は419,049名受験して合格者は197,638名 合格率は47.16%であった。
この合格率は昨年が55.50%,2年前が64.31%で悪くなっている
小学校の教師も、公務員試験も民間試験もこのSLCをパスしていることが受験の前提にしているところが多い。
合格ランク特:17,760名 合格者の9%、1:77,257名 合格者の39.1%、2:93,830名 合格者の47.5%、3:8,791名 4.4%
ネパールではこのあと2年間のハイアーセカンダリー スクール:高校があって大学に進学する。大学は医学部や工学部が人気がありSLCを特ランクで合格しないと難しいという。
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6月12日(火) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時59分 ネパール445日目 気温最高32℃、最低20℃ 
2012/06/12(Tue)

4時起床レモンティを飲んで日記をつける。齊藤 堯さんのお話しを再度聞きながらレモンを3個搾ってレモンティーを作る。まだ暗いそとからカッコーと小鳥たちの声が聞こえてくる。このカッコーの声も忘れられない思い出になるだろう。4時45分外が白んできた。セキュリティのおじさんのボックスの照明も消えた。朝食まで昨日の続きをする。
6時半朝食。きゅーりとワカメの酢の物のおかず。朝食後The Rising Nepalと読売新聞の土曜日の朝刊を見る。
ロビーのNHKTVは韓国釜山の万博のニュースをしていた。バッタライ首相が27カ国の外国大使を集め現在の政治情勢を説明した。なんとか各政党の参加による11月22日の選挙を行いたいとあった。現在の野党の政府批判が続いては選挙を実施するのは難しいと考えはじめているようである。読売新聞では8日に近畿が梅雨入りしたとあった。7時半まで日記をつけてブログを更新して続きをする。22ドラカから17ダヌシャまでの更新をする。昼食は齊藤 堯さんのお話を再度聞きながらいただく。5時半お風呂に入る。夕食は寺内タケシさんの2回目のお話をききながら夕食をいただく。夕食後75ダルチュラからデータを取り出す。「マラッカ海峡」を読みながら19時半就寝。
22時目を覚ます。レモンティを2杯飲んでデータの少ない後ろの72カンチャンプールから62ドルパまでデータをダウンロードする。23時半就寝。このところ細くなった髪の毛がよく抜ける。
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6月11日(月) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時59分 ネパール444日目 気温最高32℃、最低18℃ 
2012/06/11(Mon)

11時半目を覚ます。ラジオ深夜便午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:吉田 正(作曲)作品集(1)異国の丘、有楽町で逢いましょうなどを聞きながらレモンを搾りレモンテイーを作る。吉田 正さんは平成10年6月10日に亡くなられている。フランク永井の多くの曲や三浦洸一 「東京の人」「踊子」などのなつかしい曲が思い出される。16シラハまでのデータをダウンロードする。0時45分 
今日の札幌の日の出は3時55分という。曇っているようだがもう朝日が出ている頃である。1時すぎ久しぶりの雨音がしてきた。農家の人も心待ちにしていた久しぶりの雨である。2時15分13コタンまで修正してラジオを聞きレモンティをいただく。1972年のこの日、田中角栄が日本列島改造論を政権公約に首相に立候補したとニュースで聞く。『日本列島改造論』(にっぽんれっとうかいぞうろん)は、田中角栄の主張および著書。実際に執筆したのは後の通産事務次官小長啓一で6月に日刊工業新聞社から刊行され、当時発行部数91万部、年間4位(出版科学研究所調べ)のベストセラーとなった。田中は、同年7月の自由民主党総裁選挙で当選し、首相となった。首相に選ばれたTVを霞が関ビルの前で見ていた事を昨日のことのように思い出される。雨は30分ぐらいで止んだようだ。2時36分もう少し続きをする。
6時半朝食。パクチョイの甘煮のおかず。朝食後読売新聞とThe Rising Nepalを読む。The Rising Nepalの一面に48ネワルパルシの広いトウモロコシ畑で実のならないトウモロコシを全て刈り入れた写真が出ていた。この2ヶ月の旱魃でトウモロコシが出来なかった。バッタライ首相はヤダフ大統領と話しあいをしたと出ていた。UML共産党は引き続き
政府への抗議デモ、集会を続けるという。8時 10時半までで14ウダヤプールまで更新する。10時半停電になったので買い物に出かける。スーパーブルーバードとアンガンと近くの店でカミソリ、歯磨き、パン、ヨーグルト1Kgを買って帰る。今日の停電は10時半―15時と20時ー23時。11時半に戻り15サプタリまで更新する。昼食を「暦に知る、日本人の情感(2)」女子美術大学名誉教授 岡田芳朗さんの話を聞きながらいただく。昼食後明日への言葉の番組ファイルの名前を更新する。1時半休む。2時部屋の掃除にサリトリさんくる。
4時半お風呂に入る。5時半201269 「理想の終焉」を見つめて 京都大学・こころの未来研究 センター教授 カール・ベッカーさんの話を聞きながら夕食をいただく。昨夕の齊藤 堯さんのお話と今日のカール・ベッカーさんのお話しは2つセットで自分に与えられた問題として自分の答を準備していくことの必要性を学ばせていただいた。夕食後「マラッカ海峡」を読みながら19時半就寝。22時半ごろ犬の大きな鳴き声で眼が覚める。そのまま休む。

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6月10日(日) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時59分 ネパール443日目 気温最高32℃、最低20℃ 
2012/06/10(Sun)

夜中0時に起きる。ラジオ深夜便 午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕曲目リスト 平成の歌謡スター:夏川りみ集 涙(なだ)そうそう、時代、愛よ愛よ(カナヨカナヨ) ほか を聞きながら日記をつける。時々網戸を通して涼しい外の冷気が入ってきて気持いい。先ほどまで聞こえていた犬の鳴き声が遠くなった。0時22分 
05のモランを更新して4時休む。5時起床。06スンサリのデータを集めて5時50分までに更新を終わる。網戸から入ってくる空気が気持いい。カトマンヅが高原である事を感実感するときである。昨夜来蚊が目の前に出てきたのだがとうとう召し取ることが出来なかった。けっこう動きが早かった。6時15分朝食。朝食後庭でThe Kathmandu PostとThe Rising Nepalを読む。ダハルが現在の政治空白を打開する選択肢として解散した制憲議会を再召集して11月22日までの選挙前に新憲法を作るというのがあった。そのための新憲法の前提条件は民族を尊重する州を作ることである。また全ての政党の合意が前提であるというこををダハルの案として出ていた。まるで大統領になったつもりの発言のようにも見える。NCもUMLもそれに対しては拒否のようだ。2~3日前の記事ではUMLのカナルはこれまでに95%は出来ている。あと少しで出来ると言っていたが、本心から言っているとは思えない。答えの無い問題を議論するようなものであるから半年議論しても決める気にならなければいつまでも決めることの出来る問題ではない。ダハルがこんな不思議な事をいいだしたのは、モハン バイディアが今月中に党を割って新党を作るということをいかにして止めさせるかに腐心した結果の苦し紛れの発言としか見えない。バッタライは選挙をした後で新憲法を作ると同じ今日の新聞で載っている。ダハルとバッタライにはダハル発言のバッタライへの事前の説明は無かったようである。肝心の時になると、粘りのないダハル プラチャンダの弱さを見た今朝の新聞の記事であった。ダハルが首相をしていたらそろそろ今週あたりで辞職発表といったところだろうが、バッタライは辛抱して耐えて頑張っているが果たして11月の選挙まで居続けることができるだろうか? 7時45分ホテルを出てカリマティの市場へ行く。スイカはほぼ終わりごろの感じになっていてもっぱらマンゴーが沢山出てきた。マンゴーとレモンとねぎを買う。スイカは見合わせる。汗をかいて9時半ホテルに帰る。汗で濡れた服と下着とリュックサックを手洗いして屋上に干す。10時前停電になったが直ぐホテルの自家発電の電気がくる。今日の停電の予定は10時―13時と17時―22時である。今日は9のサンクワサバまで更新しよう。10時12分 12時昼食。13時まで休んでいると電気が来る。2時45分までで10ボジプールまでアップ終わって一休み。松本清張著「空白の意匠」を読む。4時半お風呂に入る。 風呂上り2012 6 3 進行性筋委縮症とともに60年 点訳ボランティア 八王子 六つ星会 齊藤 堯さんの話を聞きながら夕食をいただく。
齊藤さんは21歳の時以来60年難病にもかかわらず奥さん75歳の介護でご不自由なお体にもかかわらず人のためのボランティアを続けていらっしゃる。老後をどう生きるかを考える人々への道しるべを与えていてくれている方である。すきやき風味の沢山の野菜の夕食をいただいて谷恒夫著「マラッカ海峡」を読みながら19時就寝。
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6月9日(土) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時58分 ネパール442日目 気温最高33℃、最低19℃ 
2012/06/09(Sat)

0時15分目を覚ます。レモンティとバナナをいただいて、昨日聞いた角谷敏夫さんの話しを再度聞き、
相田みつおさんの詩「人間だもの 命の根」を写す。「涙をこらえて悲しみに耐えるとき。愚痴を言わずに苦しみに耐えるとき。言い訳をしないで黙って批判に耐えるとき。怒りを抑えてじっと屈辱に耐えるとき。あなたの眼の色が深くなり、命の根が深くなる。」昨日はNCとUMLと小政党主催によるデモ行進があってその前に学生が撃たれたというニュースがあった。今日は別の政党主催のデモがあるという。明日に予定していた与党のマオイスト、マデシのデモは中止と発表された。野党グループのデモに対して与党グループが力の誇示をしてみても無用の混乱を招くだけになると判断してじっと耐えることにしたのだろう。追い込まれているのはバッタライばかりではなく共産党のカナルも会議派のコイララも同様である。お互いに粘り腰で土俵際で踏ん張っているがバッタライに対するダハル プラチャンダの支持がどこまで続くかが鍵になるだろう。バッタライに較べて意外に粘りがない姿をダハルはこれまで見せてきているだけにあまりあてにならない。モハン バイディアはどうもそっぽを向いていてバッタライを批判をするばかりで野党と同じで力にならない。マオイストのタパもバイデアと同じでマオイスト政権になってもお呼びが無く反主流派でいじけてしまって外野席から野次を言うばかりがリーダーの役割と心得ているようで役にたたない。この国では国民の内閣支持率というモニター調査がない。それがあればあるいはバッタライの粘り腰に力がはいるかも知れないし、簡単に土俵を割ることになるかもしれないのだが、一般に政権にある者は自分の人気を過信する傾向があるようである。1時半。今夜も犬の鳴き声が止まらない。日本のネパール人の再審決定でネパール人も喜んでいる。
3時40分までで04ジャパまで更新を終えて休む。外では犬がまだ吼え続けている。5時起床。1つメールをして続きをする。6時半朝食。再審が決定されたという読売新聞を読む。庭で新聞を読む。The Rising Nepalを見る。野党の集会の写真が1面にでていた。デモの参加者はあまり多くなかったようである。8時前リュックサックを担いで野菜市場へ出かける。砂糖,ジャガイモ、玉葱、マンゴーを1Kgづつとキャベツとレモン10個と人参7本パンを買って帰る。すっかり汗で濡れた下着を換えて日記をつける。9時40分 部屋の椅子に座って松本清張著「真贋の森」を読んでうとうとする。サルトリさんが部屋の掃除をしてくれる。日本は梅雨に入って蒸し暑くなったようである。11時半おきて続きをする。昼食後05モランでデータを揃える。2時半外からスピーカーをとおしての演説が聞こえてくる。男女の弁士は途切れなく声を張り上げている。一休みをしてヨーグルトとマンゴーミックスを作っていただく。今日のデモと集会は旧王制を信奉する政党RPPネパールという。退位したギャネンドラがスポンサーで支援しているのかもしれない。
この元王様は国民に人気が無かった王様だったから大勢にはならないだろうが、今なお昔の王政の時の方が良かったという人が時々いる。4年前のマオイスト政権に期待感が大きかったのにさっぱり成果が出ないばかりか今日ほど汚職が酷くは無かったと聞く。多分今でも昔も汚職の多いのは変わりなく今では自由にものが言えるしメディアが自由に書けるだけ、そういった話を聞く機会が増えただけだろう。外国の援助金で自分の懐を暖めようとするのはどこの国でも変らない。昔は日本もそうだっただろうし今でもどこでも汚職行為は大なり小なりあることに違いはない。3時50分お風呂に入る。5時 2012 6 2 森林再生への道 菌類学者 白砂青松再生の会 会長 小川 真さんの話しを聞きながら夕食をいただく。夕食後レモンを搾ってレモンティを作る。そのあとジャガイモを茹でる。17時半
松本清張著「紙の牙」を読んで19時就寝。
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6月8日(金) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時58分 ネパール441日目 気温最高33℃、最低19℃ 
2012/06/08(Fri)

3時に起床。今日はUML・NC・小政党がかねてから呼びかけていたデモがある。ネパールではしばしばバンダとよぶゼネストがある。ネパールの誠に悪しき習慣のようなものである。誰が主催者で何のための目的がわからないバンダというものがほとんど1~3日前に突然発表されて国全体の活動が休みにされる。これを政府は主催者に話し合いを呼びかけて止めさせようとしているが事前に取りやめることはあまりない。バンダになると道から警察車両以外は消える。うっかり走ると車をひっくり返され焼かれてしまう。店を開けていると店の商品を外にほうりだされ店をこわされてしまうこともある。翌朝の新聞にはバイクが何台、車が何台焼かれたというのが載る。バンダ主催者のデモ行進を町で見るのは難しい。それほどの人が動員されているわけではない。これまで偶然遭遇したデモ行進で最大で150人ぐらいのものがあった。今回のようなデモ、集会というケースはこれまでではあまり無かったように思う。今回のデモが今後の雛形になってバンダがなくなればいいことである。悪しきバンダを憎んでいるネパール人もいる。どれだけネパールの国の損失になっているかわかっていないネパール人が多い。よく知らずこれに遭遇した外国の旅行者が最も直接的な被害をこうむることになる。こうした不自由を体験したほとんどの人は再度この国には来ないと思ってくれないだろう。バンダになれば役所は休むが農家は休んでいるわけにはいかないが市場も閉められるので農家も被害は大きい。納期で仕事をしている民間企業もバンダをどうしのぐか当然自衛の対策を用意している。事務所は道路に面したところでバンダの日仕事をするわけにはいかないから表道路から引っ込んだところであればと考えるであろう。働くスタッフがバンダの日に事務所に出てこれるところに住んでいるかも把握出来ていなければならない。無法なバンダに付き合って休んでいては企業は成り立たない。だからといってその対策が十分考えられていないとそれをしのぐのは難儀なことである。観光業では一度来たお客さんのまた来ていただく、リピーターを作るのが肝心である。ここのホテルには日本人のお年寄りで何度も顔を見せるグループがある。ネパールのバンダや停電や飲めない水道などのハンディはあってもここのホテルのスタッフの人たちの親切がリピーターを生んでいるのだろう。2012 5 24「忘れられた画家を発掘して」画廊主 星野桂三さんの話を聞く。5時半に自家発電が動き出す。昨日の続きをする。6時半朝食。朝食後庭でThe Kathmandu Postを見る。日本で15年殺人の容疑で刑務所にいたネパール人の再審の記事が出ていた。無罪と判断されてすぐ釈放されてふるさとのイラムに家族と里帰りするような記事だった。The Rising Nepalではバッタライ首相が2人の首相経験者と面談して今日の状態を打開することをお願いしている記事であった。ダハルはカナルの家を訪ねて協力を要請している。UMLとNCと19政党の代表者は今日デモと集会をしてバッタライ政権が発表した選挙の不当性を訴え政権をよこせと訴えようとしている。今日は出来るだけ大勢人を集めて、マオイストから譲歩を引き出そうという作戦である。NCはバッタライ政権が新憲法を作れなかったら自分達に政権が渡されると楽しみにしていたら、なんと一番恐れていた選挙をすると言われて、黙って居られない。NCの総裁のコイララは前回の選挙でマオイストに敗れて落選している。UMLの書記長だったネパールもマオイストに敗れて落選した。今後半年もマオイスト政権の下で選挙をされてはどんな結果になるか不安で仕方が無い。なんとかマオイストから政権を奪回してNCの政権のもとで選挙をしたいと考えている。だから政府が選挙を発表したのはけしからん話でそれは議会の合意で決めるべきものだと主張している。日本は民主主義の国だ。民主主義の最終決定は多数決だ。多数決は不満な人が居ても物事を決める不公平な決め方でもある。ネパールに民主主義は出来ていない。多数決の決め方はなじまない。皆でとことん話し合って全ての人の合意で物事を決めるのがネパール流であるようだ。NCやUMLの中には新憲法論議は95%は出来ているのでもう少し時間をかければ出来るから制憲議会を続けようと言っている。それはバッタライ政権のシュレスタ副首相が最高裁に話しに行ったら、ふざけるな、又か、法廷侮辱罪だとなって認められなかった経緯がある。しかし人脈のあるNCやUMLには最高裁も説得する人脈があると自信を持っているのかもしれない。ネパールではアフノ マンチェ。自分の人脈に繋がる人間のためにはなんでもしてくれるという人脈がある。マオイストには出来なかった制憲議会の延命も自分達に任せておけという考えがありそうである。バッタライ首相はいつでも辞める準備は出来ていると言っているが、以前は新憲法を作ったら辞めるといっていた。今は選挙をし終えたら辞めるといっているようだ。バッタライはここで辞めてもネパールの政治状況が良くなるとは思っていないようで頑張っている。ダハルもサポートしているふうに見える。しかし頑張っていてもつらい気持でいることだろう。8時45分
午前中01と02の議員の写真をアップする。11時半皆さんが部屋の掃除をしてくれる。小さな白い花を水に浮かべて持ってきてくれる。床を掃除機で掃除してもらう。12時 2012 6 4 明日への言葉「塀の中の中学校教師35年」 元法務教官 角谷敏夫さんの話しを聞きながら昼食をいただく。昼食後少しうとうとする。12時45分から午前中の続きをする。今日のNC,UMLのデモの様子を見に行こうかと考えていたところ11時ごろ携帯にメールが入った。
繁華街タメルのあたりで学生が撃たれたという内容であった。この外出注意のメールと先日傘をさしてこの炎天下2時間半ほど歩いて頭痛がしたのを思い出して外のカンカンデリ見て出かける事を見合わせることにした。
以下のメールも来ていた。午後も続きをする。
03のイラムまで終える。04ジャパの途中までして5時半お風呂に入る。2012 6 1 木の命を挽(ヒ)き出す 木工芸家 川北良造さんの話を聞きながら夕食をいただく。食器を洗い終えて18時50分日記をつける。
松本清張著「黒地の絵」を読んで就寝。19時半


大使館からのお知らせ(12-51)6月8日
学生活動家襲撃事件の発生とその注意喚起
本日(8日)午前7時30分ころナヤ・バザールの路上において,UML系学生活動家が何者かに拳銃で襲撃されるという事件が発生しました。現在警察が捜査中ですが,昨日UML系学生らとNC系学生活動家らとの間に抗争が発生していたとのことで,今回はその報復との情報もあります。
本日午後からNC,UMLを中心とした22政党による政府への抗議活動が行われますが,この活動へは学生団体も参加することから,不測の事態が発生する可能性が出てきました。そこで,ラトナパーク周辺への外出は避けるようお願いします。また,デモ行進や人が多数集まっている場所,異様な状況が発生していると感じられる場所には絶対に近づかないようにしてください。

※この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない方
がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。

大使館からのお知らせ(12-52)6月8日
マオイスト及びマデシによるデモ行進の中止について
10日(日)に予定されておりました,マオイスト及びマデシによるデモ行進・集会は中止となりましたのでお知らせします。

※この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない方
がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。
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6月7日(木) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時58分 ネパール440日目 気温最高32℃、最低17℃ 
2012/06/07(Thu)

0時15分目を覚ます。ラジオ深夜便、午前3時台 〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和32年の流行歌
東京のバス・ガール、有楽町で会いましょう、港町13番地などを聞きながら日記をつける。
午前4時台 〔インタビュー・スペシャル〕 エレキの神様50年、生涯現役サウンドの秘密(1)
ギタリスト 寺内タケシさんの話を聞きながら日記をつける。レモンを3個搾りレモンティーを作る。3時15分Ituneでラジオ体操をする。蚊がいたが召捕れなかった。松本清張著「明治金沢事件」を読了。休む。5時半起床。
今日も良いお天気になる。、今回のネパールでは既に国会議員の任期を延ばせないことを最高裁判所が言い渡していたので、国会を解散しバッタライは選挙管理内閣を宣言している。日本では国会で内閣不信任決議が可決した時の対抗策として内閣が解散をする権限を持っている。内閣といっても実質的には首相の専権行為であり衆議院を解散して40日以内に総選挙を行いその後30日以内に国会を開くがその前に内閣は総辞職して新しい首相を選ぶということになっている。ネパールではとりあえず半年後の選挙日程を発表したが全く選挙運動や政権公約づくりを開始したふうには見えない。これも残り期日が1ヶ月を切らないと作業にかからないだろうからまた遅れることになろう。
6時半朝食。ヒジキのおかず。朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。野党のNCとUMLから辞任を突きつけられているバッタライ首相は昨日NCのデウバ元首相とUMLのネパール元首相と個別に会談し選挙管理内閣への協力を求めた。デウバからは解散した議員を元に戻して話し合えと要求したのに対して、バッタライは各主要政党のリーダーの意見を良く聞いて皆が同じ要求ならそうしましょうと答えたという。UMLのカナル議長はネパールの政治は全体主義になっている。出口の無いトンネルに入ったようなものだと言っている。金曜日のNCと共闘する抗議行動を呼びかけている。NCのザナザティのリーダーはNCのリーダーに対して自分達の要求を真剣に考えなければ抗議行動には参加しないと言っている。マデシのガッチャダールはバッタライ政権の発表した選挙を支持する。11月22日の選挙の日程が変ることがあるかもしれないがこれだけが現在取りうる手段と言っている。やはり予想したとおりもう11月22日が遅れることを示唆する発言が出てきた。ガッチャダールの派閥から防衛大臣を務めていたバンダリが派閥を割って新たな政党を作ると出ていた。今日は日本で殺人で最高裁で無期刑が確定していたネパール人の再審裁判が開かれる決定が出た。すぐにもネパール人は釈放されるという。ネパールの新聞でもこの事件は報道され知っているネパール人は多い。聞いてみると彼は無実と信じている人が多いようである。8時15分
午前中は20シンヅリまで選挙情報を追加する。昼食は5月26日深夜便熊本の講演会「“母なるもの”について」東京大学大学院教授 姜 尚中さんの話を聞きながら昼食をいただく。12時45分ご前中の続きをする。13時20分まででカトマンヅを更新する。 15時50分までで50カピルバスツーまで更新する。
17時半まで松本清張著「柳生一族」を読了。お風呂にはいる。夕食は2012 5 31 ~列島インタビュー・アンコール スペインで大活躍!日本人闘牛士 闘牛士 濃野 平さんの話しを聞きながらいただく。夕食後日記をつけて18時40分松本清張著「黒地の絵」を読んで就寝。 22時蚊に食われて目を覚ます。電子蚊とりマットをつける。ライチとバナナをいただきまた休む。

大使館からのお知らせ(12-50)6月7日
各政党によるデモ行進及び集会の実施について
当館に入った情報によりますと,各政党は,以下の日程でデモ行進及び集会を実施するとしています。
(1)UML・NC・小政党
  6月8日(金)11:00~13:00 デモ行進(各主要交差点からラトナパークへ)
          13:00~ 集会(ラトナパーク)
(2)RPPネパール
6月9日(土)11:00~13:00 デモ行進(各主要交差点からラトナパークへ)
       13:00~ 集会(ラトナパーク)
(3)マオイスト・マデシ
6月10日(日)未確定 (判明次第お知らせします)
当日は,市内各所で交通渋滞が発生すると思われます。また群衆には近づかないようご注意願います。
※この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない方
がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。
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6月6日(水) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時57分 ネパール439日目 気温最高32℃、最低18℃ 
2012/06/06(Wed)

1時目を覚ます。5月27日の歌の旅人14回目、静岡を聞きながらスイカを切りいただく。これから母に手紙の返事を書く。ベッドで休んで松本清張著「面貌」を読む。5時起床。ネパール2008年選挙の結果を見る。6時半朝食。オクラのおかず。納豆のようにご飯にかけていただく。昼食後庭で今日のThe Rising Nepalを読む。UMLのカナル、ネパール、オリ、バムデブ ガウタムの4人のリーダーがマオイストに対して非難声明をあげていた。勝手に首相が議会を解散したのがけしからん。勝手に議員選挙を11月22日に決めたのはけしからん。UMLのザナザティを扇動してUMLから脱退させてUMLを弱体化させているのはけしからん、マオイストがネパールを危機的状況にもたらしているといったものである。マオイストの大会では憲法を作れなかったのはUMLとNCの責任だったと非難し、プラチャンダが議会議員を元通りの職に戻すことができるのは大統領の権限だと言っていた。下駄を大統領に預けた格好である。バッタライ首相は最高裁から解散して選挙をしろと選択肢を与えられたのだからそれをしたまでだが、野党の非難をかわすのにプラチャンダの発言はなかなか賢い。もし大統領がそうしたら、それに対して最高裁はコメントをつけざるを得ないが、いつまでも自分の身分を延長して給料をもらい続けることを許すことは出来ないだろう。プラチャンダが最高裁に文句を言えと言わずに大統領の決めることには従おうと言ったことの賢さには感心した。バッタライ首相が6月5日の世界環境保護デーで自転車を前にしてネパールがThe group of developed countries(LDCs)の環境保護のリーダーになるのだと語っていた。8時12分
9時15分ホテルを出る。今朝もガンガジーのバスに乗って10時オフィスに出る。サンカルジーにナマステと挨拶して今月の予定の話をしておく。今日は2008年この国では画期的な制憲議会選挙の結果を整理する。この時は3種類の方法で議員を選出している。県ごとの小選挙区制と県の全体での比例制と政権による指名制の3つである。日本の比例制は国全体の票で議員を配分しているが、そのときの比例制は県ごとの得票数での比例で議席を配分していた。
04の人口約81万人のジャパ県では小選挙区が7つ置かれて、比例制で10議席の枠の合計17議席の定員が置かれていた。それまでは会議派と共産党とそれ以外の党が争っていたところに、内戦で戦ったマオイストとの4者の争いとなった。小選挙区ではその区のトップ得票者しか当選しないから各党の力較べとなる。各党も表を集められそうな顔役を小選挙区に立てて比例区には新人を立てる傾向にあったようである。比例制の定員が多すぎるように感じた。4時45分サンカルジーに「それでは次回18日に会いましょう。お元気で」と挨拶してオフィスを出る。
ホテルに帰り直ぐお風呂に入る。夕食後2リットルお湯を沸かして紅茶を作り冷やしておく。
松本清張著「破談変異」を読んで就寝。
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6月5日(火) 晴れ時々雨  日の出5時7分、日の入18時57分 ネパール438日目 気温最高31℃、最低19℃ 
2012/06/05(Tue)

夜中目をさます。スイカを切っていただく。ベッド松本清張著「種族同盟」を読了。5時起床。日記をつける。部屋の中を探したが昨夜の蚊を見つけることができなかった。今日も暑くなりそうである。6時半朝食。なすの煮込みのおかず。朝食後庭でネパールティを飲みながら昨日のThe Rising Nepalを読む。プラチャンダが党を割らないためにはどんな犠牲もいとわないと言っていると書いてあった。副議長のモハン バイディアが今月29日に新党結成をすると言っていることに対して答えたものである。今日はネパール政府の指定した世界環境保護デーWorld Environment Dayの休日という情報もあるが、昨日ガンガジーに聞いたら今朝はバスが来ると言う。出かけてみることにする。9時半に来たバスには女性1人乗っているきりであった。途中乗ってきて終点ではほぼ満員になった。今日はNGOについて見てみる。ネパールでは女性児童社会福祉省という役所のなかに社会福祉評議会(SWC)というのがあってここが外国のNGOの活動を見ている。国内NGOは昔は王族関係者しか認可されなかったが現在では約30000にもSWCに登録されていて今なお増え続けている。外国NGOは事前にネパール政府にプロジェクトの事前許可を得ることが必要で必ずプロジェクトを行う地区で登録されているNepalのNGOをカウンターパートに立てることが必須になっている。
外国NGOは直接裨益者に支援することは出来ず必ず現地NGOを通して事業実施をすることになっている。年間10万ドル以上の予算のプロジェクトを行う外国NGOはSWCと一般協定書を締結することが求められている。この一般協定書の効用は外国人事業従事者のネパール長期滞在ビザの発給(最大1年 延長は更新が必要)、免税措置、現地NGOとの調停などに影響がある。2012年SWCに今日までに登録している外国NGOの数は207件で日本のNGOは11件登録していた。10万ドル以上のプロジェクトは登録が義務付けられているが登録されていた11件はそれより小さい規模のものでも登録されていた。やはりアメリカが62件とダントツに多い。その他イギリスが多く、ドイツやフランス、イタリア、スイスなどヨーロッパの国々が多く韓国もある。4時40分少し薄暗くなってきて小雨も降りだした。店仕舞いして部屋に鍵をかけて出る。バスがカトマンド市内に戻った時は雨は止んでいた。しばらくしてお風呂が空いて風呂に入る。風呂上り母から届いた手紙を読む。庭で読売新聞を読んで汗をとる。17年ぶりに捕まった菊池直子の写真があったが指名手配時の写真とは別人に見えた。野田改造内閣の新防衛大臣森本の評判はいいようであった。これまで扱いやすかったプアーな2人の後だけに防衛省の関係者もやりにくいことだろう。71歳と高齢者ではあるが専門家がどこまでいい働きをしてくれるのか注目していくのが楽しみなことである。夕食はエベレスト ゴーキョとインドの話をききながら美味しくいただく。夕食後久しぶりに御岳百草丸を飲んで19時半就寝。
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6月4日(月) 晴れ時々雨  日の出5時7分、日の入18時56分 ネパール437日目 気温最高31℃、最低19℃ 
2012/06/04(Mon)

3時半過ぎ目を覚ます。3時45分からNHK TVを見る。17年逃亡したオームの菊池直子が相模原市で捕まる。今日野田改造内閣発足。辞めさせないと言っていた問責決議された田中防衛相と前田国交相交代させるのが主目的。これまで問責決議された人は必ず交代させられている。今回は他の大臣3人を巻き添えにして内閣改造という名目にして交代させる。新しく指名される人は若い人たちで交代させられる人はそろって高齢者が多い。よほど経験豊富な高齢者でないと大臣は務まらないということのようだ。田中は70歳をすぎて初めて念願の大臣に任命してもらったわけであるが、知識の欠如した人間では大臣が務まるわけではないことを実証してみせた例として後世に名を残すことになった。スイカを切っていただき、レモンを3個搾ってレモンティを作り冷蔵庫に入れておく。今朝も冷気が網戸を通して入ってくる。空は雲一つ無い。今日も暑くなりそうである。昨日は午後頭痛がしていたが夕食後頭痛薬タイレノールAを飲んで寝たら頭痛が取れた。ネパールの孤児院でお金が無くて運営が困難とのニュースを見る。国の運営ではないNGOの運営では寄付金が集まらないと運営に行き詰る。一時欧米への国際養子縁組が起軌に乗った時期もあったようだが汚職などで問題化して禁止になったことも影響しているらしい。NGOの施策に対してお国が金は出さぬが口は出すというと運営に励みが出てこないことになるのだろう。孤児院には内戦で両親を亡くした孤児たちが世界の若いボランティアたちによって支えられている。この国の予算では教育費が一番多いがそのほとんどは教師の人件費であり、施設や教科書、昼食費などの予算はほとんど外国からの援助によっている。6時半朝食。
朝食後The Rising Nepalを見ると第一面に昨日のバッタライ首相とダリッドの女性リーダーが握手している写真が載せてあった。昨日は野党よNCとUMLの首相とマオイストを非難する声明を載せていたが今日は政権側の記事で埋められていた。今度の選挙ではこの国で約15%いるダリッドの指示をどちらが集められるかが肝心になる。これはこの国の最大民族のチェットリの人口に匹敵する。9時15分ホテルを出ていつもバスを待つところの手前の木陰に立ってバスを待った。約10分待ってバスが来る。今朝はカウンターパートは仕事をしていた。今日はDalitとJanajatiのことを調べる。もともとこの国にこの文言があったわけではない。インドに今のアフガニスタンからイスラム教徒が進出してきてムガール帝国が樹立した再、インドのヒンズー教徒が東北のネパールに逃れてきたのがこれらの文言が使われるようになった。Dalitというのはインドが発祥でヒンズー教徒が作ったカースト:身分制度である。日本の江戸時代、から士農工商、穢多・非人という身分があって士と農工商と農工商と穢多・非人には大きな身分的格差があったという。農工商の三つについてはほぼ同列であったという。公家・僧侶・神主・検校・役者も相当数おり、これらも公認の身分を保持していたという。Dalitとはヒンズー教で僧侶を司る職業カーストのインドではバラモン、ネパールではバフンと呼ぶ民族が特定の職業を最下層の身分に定め職業も定め、職業カーストとしたようである。日本の穢多・非人が死んだ牛馬の死体処理や皮革加工など職業に限られるけがれた仕事に限定されたのと同じである。Dalitのなかにも動物死体処理専門、皮革加工専門、ごみ掃除専門、などの職業カーストといわれるものを作り上げ、支配者は
トップカーストといわれるブラマン・バフンは聖職者や教師、現在では役人、チェットリは軍人・警察・役人などの支配者としての職業についている。Dalitの成り立ちはムガール帝国の余波で起こったインド人がネパールの西部から進入してきてもたらされたのと800Kmにも及ぶインドとの国境線をはさむ南のタライに浸透してきたインド人からもたらされたものと2つの系統にわけることができる。18世紀チェットリ族のシャハ王朝が成立する前までカトマンド、バクタプール、ラリトプールにはネワール族のマッラ王朝が治めていたがネワール族のなかでもカーストを作ってDalitというものを最下層に位置付けていた。ネワール族のマッラ王朝を滅ぼしたチェットリのシャハ王朝はDalitとは別にネパールに元から住んでいる固有の住民をJanajatiと呼んで区分することにした。バフンとチェットリ以外をDalitかJanajatiという呼び方に区分けした。Dalitに区分された民族は23ともいろいろな説がある。Janajatiに区分された民族は53とも60ともいろいろ説があるがまだ明確でない。しかしこの区分を作ったのは支配者層のバフン・チェットリである。TVに出てくる政治家の多くはバフン、チェットリ、ネワールである。DalitとかJanajati とか口にするのはバフン、チェットリの人たちである。民族を訊ねるとDalitの人は自分はネパール人と答えて民族はけして言わない。
Janajatiの人は自分はリンブーと答えるがJanajatiだなどと答える人はいない。民族にほこりを持っているのが普通だ。ネットを見ていたらUML共産党の中のJanajatiの人々が先日の新憲法論議で党のリーダーが民族の権利保護に消極的だったと見て、脱党する人が60人にものぼっているという記事が出ていた。そのリーダーに副議長のライさんという人の演説している写真が出ていた。ライさんはモンゴリアン ライ族である。王政の時代ネパールはNCネパールコングレスという王様から政権を付与される受け皿の政党と野党の共産党の2大政党であった。カトマンドなどの都市部ではインテリなどに野党共産党は人気があって、全ての議席を共産党で独占したこともあったという。しかし王政が終焉して新憲法を作るになってバフンの共産党のリーダー達はその保守性を見せ付けた。前に首相をつとめた共産党のネパールも前首相を務めた共産党のカナルもバフンなのである。この国の役人はバフンとチェットリとネワールでほとんどを占めている。ここに固有の民族の権利拡大をいかにインテリが支持してきた共産党といえども
踏み出せないでいた。5時のオフィスのバスで帰る。空いていたお風呂に直ぐ入る。夕食後松本清張著「証言の森」を読んで就寝。夜中蚊に食われるが召捕ることができなかった。蚊取りマットをつけて休む。

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6月3日(日) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時56分 ネパール436日目 気温最高31℃、最低19℃ 
2012/06/03(Sun)

0時賑やかな人の声で目を覚ます。日記をつける。しばらくして人声はしなくなり犬の吼える音に変る。0時20分
「美味放浪記」を読んで休む。昨日ベッドの枕元にボードをつけてくれたが、そのペンキの臭いで気持悪くなる。
今日外してもらうように頼むことにする。ネパール民族人口構成表を作り直して更新しておく。6時半朝食 朝食後庭でThe Rising Nepalを読む。NCの総裁コイララのマオイスト非難声明を載せていた。11月22日選挙をすると政府が勝手に発表したのはけしからん。主要政党の話し合いではNCは柔軟に対応したのだがマオイストがかたくなでまとまらなかった。現在の政治危機の責任はマオイストにあるという。UML共産党の副議長で元首相ネパールが同じようなことを言ってに政治危機をあおっていた。2008年の選挙ではNCのコイララもUMLのネパールもマオイスト旋風に落選している。選挙がこわいのかもしれない。5月27日の新憲法論議までバンダやデモが頻発したが新憲法作成を断念して11月22日選挙をすると発表して以来バンダは止まっている。NCとUMLは政治危機をあおりたてて他政党に呼びかけてデモの動員を図っているようで自作自演の政治危機を作ろうとしているふうに見える。どれほど動員できるか影響力が見ものだ。マオイストではモハン バイディアが今月の結党を目指しているらしい。マオイスト220、NC110、UML108だったが、バイディアは90ぐらい集めるといっている。そうなるとマオイスト130、NC110、UML108、マオイスト急進派90となる見込みである。7時半 既に外はカンカンデリである。今日も暑くなりそうだ。停電になる10時前傘をさして出かける。雨傘を日傘にして歩く。何軒も手作りの銅製の鍋を売る店が並んでいるタメルで銅製の小さな鍋を見る。ネパールの記念に1人か2人用の銅製の鍋を見てみる。実用的には日本の陶器製のがいいかもしれないが手作りの銅製というのが面白いかと思った。今日は見るだけにして帰り道、パンとヨーグルトを買って11時半ホテルに帰る。パンもヨーグルトも少し値上げしていた。最近カトマンヅはインフレ率が10%と聞いた。昼食をいただき部屋の椅子に身体を伸ばして池波正太郎著「仕掛け人・藤枝梅安 殺しの四人」を読む。2時45分スイカを切っていただき日記をつける。4時までで「仕掛け人・藤枝梅安 殺しの四人」を読了。昼間熱い中を歩いたせいか頭痛がする。頭痛がした記憶は無いがタイレノールAというのがあったので試してみることにする。4時半お風呂に入る。髪が伸びてきたので少しすきバサミで切る。風呂上り紅茶2リットリに砂糖を入れて冷ましておく。17時
夕食後タイレノールAを1錠飲んでおく。 松本清張著「火と汐の証言の森」を読みながら就寝。


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6月2日(土) 晴れ時々曇り  日の出5時7分、日の入18時55分 ネパール435日目 気温最高28℃、最低19℃ 
2012/06/02(Sat)

夜中目を覚ます。天気予報どおり雨が音をたてて降っていた。そのまま休む。4時目を覚まし「時間の習俗」を読む。
5時前の駐車場の石畳はほとんど乾いていた。空はうすい雲で覆われているが周りの山々はくっきり見える。5時15分 6時半朝食。キューリとワカメの酢の物のおかず。美味しかった。7時半いつものように買い物に出かける。8時15分カリマティの市場でスイカ5Kg,ジャガイモ1Kg,玉葱1Kg,キャベツ1.5Kg,人参7本、レモン10個、ねぎ、三度豆を買う。昨夜の雨で下がぬかるんでいた。10時前ホテルに戻り、汗でびっしょり濡れた上着とリュックサックを手洗いして屋上に干す。ジャガイモをゆで、ねぎの葉っぱを取って洗ってから日記をつける。10時52分 部屋で椅子に座って「時間の習俗」を読むうちにうとうとする。昼食後すっかり乾いた洗濯物を取り込む。
午後「時間の習俗」を読了。昭和37年 1962年今から50年前のものであった。5時前入浴。5時過ぎ夕食。
7時 檀一雄著「美味放浪記」を読んで就寝。

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6月1日(金) 晴れ時々雨  日の出5時8分、日の入18時55分 ネパール431日目 気温最高28℃、最低19℃ 
2012/06/01(Fri)

6月1日(金) 晴れ時々雨  日の出5時8分、日の入18時55分 ネパール434日目 気温最高28℃、最低19℃ 
0時の気温29℃、湿度72%

3時目を覚ます。3時15分からラジオ体操をする。ラジオのニュースによると円がユーロとドルに対して値上げしているという。ユーロが96.80円、ドルが78.36円と円高になってきた。ギリシャ、スペイン、イタリアなどの金融危機を発端としたヨーロッパの経済不安からインド経済も低迷してきているという。ネパールの通貨は、直接国際為替市場の相場に連動しているのではなく、インド通貨の傘の下にある。ネパール経済の好悪に関係なく、インドが好景気ならネパールも連動して良くなると言う構造で、インドルピーに対するネパールルピーはほぼインドルピーの2/3の64/100に固定されている。インドの通貨の下落はネパールの通貨に連動して2012年1月月末には1ドル78ルピーであった交換レートがついに90ルピーまでになってきた。海外の約200万人の出稼ぎ労働者の国内送金がGDPの約19%のネパールにとって国内送金が増えるわけだからネパールにとっては有難いことである。ネパールの輸入の約65%がインドからであるからここでは為替変動があるわけではない。5時58分自家発電が止まって電気がこなくなった。6時また自家発電のエンジンがして電気がくる。朝食後ためしてがってんで腰のあるうどん吉田のうどんとないうどん伊勢うどんの作り方の違いを見る。むかし食べた香川の讃岐うどんが食べたくなった。昨日撃たれて殺された最高裁判所判事の話を聞く。インド製のバイクに乗った2人組みに公用車の韓国製のKIAに乗ろうとしたところを7発撃たれて2つ病院をたらいまわしに担ぎ込まれたが亡くなったという。ボディガードも負傷したらしい。3~4年前に発生した身代金誘拐犯人から金を受けて判決に手心を加えた汚職裁判官のうわさのあった人であるという。この事件は議会解散後の無政府状態になる序曲といったものでは無さそうである。今朝のThe Rising NepalではUML共産党がバッタライ政権への参加者を引きあげると出ていた。マオイストが出てきてこの国に共産党を標榜する党が2つあっても存在意義を出せない。今回の新憲法策定論議ではマオイストに近づいてみたり離れてみたり結局建設的な存在感を見せずじまいのお邪魔虫の感じしか残らなかった。今のままではUML共産党は次の選挙で壊滅的な結果になることが予想できる。9時15分ホテルを出ていつものバス乗り場でバスを待つ。9時45分まで待つが来ない。ドライバーに電話すると今日は行かないという。今日は午後も早仕舞いだから出かけるのを止めることにする。ホテルへの帰り道パンを買ってかえる。汗ばんだ服を脱ぐ。カウンターパートのメールしておく。一日大使館作成の資料を見る。掃除をしてくれたミナさんが目を痛くして医者に行ったと聞いたので予備の目薬を試しに使ってもらう。昼食は部屋でいただく。
午後も資料を見る。17時過ぎお風呂に入る。風呂上り夕食をいただき、「時間の習俗」を読んで19時半就寝。
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