7月31日(火) 雨のちくもり 日の出5時26分、日の入18時53分 ネパール493日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/31(Tue)

2時目を覚ます。雨は止んでいた。駐車場の石畳はすっかり乾いている。静かな夜。犬の遠吠えが聞こえてくる。
ロンドン五輪で女子柔道57Kg級で松本選手が優勝した。金メダル第一号。小さいときから日本はせまい島国などと耳にした記憶がある。人口の変動は著しいが現在日本は人口で世界10位、面積で62位。意外に人口大国と思う。出場選手の数は293名で8位。首位は主催国のイギリスで542名。ネパールは人口で45位、面積で94位。出場選手の数は5名。日本はこの4年でスポーツ振興に予算を数倍増したようだから今回それが結果にどう現れるか楽しみなことだ。いよいよ7月も今日でお仕舞い。今月は25日にあったモニタリングを境に風景が変わった感じがする。実際の風景が変わっているわけではないのだが、気持の持ちようで風景がかわるものだ。それまで山あり谷ありのこれまでのネパール生活でワクワクした(Excited)な山はほんの少しで、落ち込む(depressed)谷がしばしばあった。これから8ヶ月過ごしていけるのかいなと心配な(anxious)ところも少しあった。時々今どこに居るかを考えると低空を飛行中という日々が多かった。少しイライラした(annoyed)こともあった。しかし幸いなことに混乱したり(confused)、取り乱したり(upset)するまでにはいかなかった。いつも読む本があったから退屈になることはなかった。若いときよく読んだ松本清張、城山三郎の作品を読み返した。これまで読んだ事の無かった、源氏鶏太の作品に出会って幸せだった。お気に入りの藤沢周平作品は既に読んだものばかりだった。自分で勝手に思い込んで取り越し苦労をするのは良くないことだ。とくにシニアは反省はしないほうがいいようだ。作家からアマさんになった人が病気を忘れてしまったと言っていた。渡辺淳一は彼女は自己中だから長生き出来ると書いていた。そうだろうと思う。シニアになったら思いわずらい心配性から卒業したほうがいいようだ。いくら心配してもお迎えが近いのには違いないのだから、そんなわかりきった事をとやかく思っても役にたたない。あと8ヶ月任期満了までいささかずうずうしく居座ればいいのかなと思っていたら、なんとこのままでずっと居てほしいと隣で思っていてくれたことを知って気持ちが軽くなった。
昨日も、午前、午後にネパールティーを取り寄せてご馳走していただいた。思い返すと今年になっていつもそうだった気がする。朝ナマステの挨拶ではじまり、夕方、サンキュー ベリマッチ 、シーユーでさよならをする1日だが以来元気が出てきた気がする。最近昨年手伝わせていただいたものが立派な本になった。一昨年のものと較べて良く見ると違いが一目瞭然であった。見る人が見ればわかるだろう。自分の作ったものが本の表紙からはじまってすべてのページで手直しのないままでカラー印刷されて作られていた。振り返って全て信用してくれていたんだということを改めて知って嬉しくなった。4時
6時朝食。キューリとワカメの酢の物のおかず。8時半バナナとマンゴーとヨーグルトのデザートをいただく。
オフィスのバスでオフィスへ。既にカウンターパートは仕事を始めていた。いつもどおり机の上を拭いて洗面をして10時半からパソコンに向かう。1つメールを発信して日記をつける。
暑中見舞いのメールを発信する。10月ダサインのトレッキングについて少しずつ内容を知って考える。
飛行機でカトマンヅからルクラまで。直線距離で約85km時間は約30分。ルクラは標高2840m。ここからエベレスト街道と呼ばれるトレッキングコースを標高3440mのナムチェバザールまで登りの約20Kmに8時間から10時間かかる。途中で1泊するのが普通だが初心者のシニアだから途中2泊。ナムチェバザールを見下ろす標高3750mにシャンボチェ空港がある。チャーター機専用の空港として利用されておりヘリコプターや小型機がシャンボチェ空港とルクラ空港を約10分で結んでいる。ここまでカトマンヅから直行便があればいいが、商業定期便はルクラまで。
シャンボチェ空港の先のエベレストビューホテルまで行くとエベレストやローツェが見える。
富士山とほぼ同じ標高のエベレストビューホテル近辺の気温は10月でももう寒くてペットボトルにお湯を買って湯たんぽがわりに暖をとって休むという。10月30日はエベレストでは満月でお祭りもある。健脚者はここから先のカラ パタール 5,545mを目指す人が多いが初心者シニアはルクラからエベレストビューホテルまでを4日ぐらいで登り、3日ぐらいで下れれば良いとするエベレストトレッキングの計画だが果たして歩けるかが問題だ。毎週7Kgの野菜をかついで3Kmの平地を45分かけて歩いている。平地でもきつくて途中で休みたくなる。同じ重さの荷物を担いで2840mから20Km、600m高さを登るのは連続歩行30分が限界。あるいは20分かもしれない。担ぐもの無しで登りたいがせいぜい3Kgまでにしておきたい。2012年5月26日ダウラギリ 8167メートル登頂に成功した、日本人初8000m級峰14座制覇日本人登山家の竹内洋岳さんの登山はガイドも使わず酸素ボンベも使わず、担ぐ荷物を少なくして単独で登頂を目指すという登山のスタイル。前日の25日14時20分にダウラギリ 8167メートルの7200m地点に達して宿泊。26日午前1時半に出発し、頂上8167mにたどりついたのが午後5時半。16時間がかりの無酸素でガイドなしの単独アタックだったという。初心者シニアも担ぐ荷物の負担は無くして身軽に登るのでなければ無理だ。ポジティブ シンキングをモットーとしている我だが、身の程知らずのチャレンジで同行者に迷惑をかけることがないか良く考えないといけない。高山病という目に見えない難敵もある。17歳で富士山に登ったときは、軽いナップサックを担いだだけだった。標高2400mの新五号目に夜バスで着いて、頂上まで続く人の後ろに並んで徹夜でひたすら前行く人のお尻を見て登り続けて頂上に朝着いた。ス走りを走って降りた。ひどくくたびれた富士登山だった。
5時オフィスのバスで帰宅。6時お風呂に入る。〔明日へのことば〕 <列島インタビュー>アンコール ドラマの”時代”を忠実に再現するために 時代考証家 天野隆子さん(H24.7.4放送)の話を聞きながら夕食をいただく。
「二人が消えた夜」を読んで就寝。少し寝て目が覚めて枕もとの明かりで読み続ける。


大使館からのお知らせ(12-64)7月31日
UMLユースフォース(学生団体)による抗議活動の実施(一部訂正)
昨日(30日)配信しました「大使館からのお知らせ(12-63)」につきまして,抗議活動の日程に誤り
がありましたので下記のとおり訂正致します。

・7月31日(火)~8月1日(水) 午後4時~4時30分 交通封鎖(バネショール)
・8月2日(木)~4日(土)   午後4時~4時30分 交通封鎖(ネパール全土,特にタライ地域)
・8月4日(土)         午後6時~ トーチラリー(ネパール全土,特にタライ地域)
・8月5日(日)~8月6日(月)  午前6時~午前10時 バンダ(カトマンズ盆地内)
・8月7日(火)~8月8日(水)  首相・閣僚への活動妨害
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月30日(月) 雨のちくもり後雨 日の出5時25分、日の入18時54分 ネパール492日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/30(Mon)

71時目を覚ます。犬の遠吠えが賑やかだった。雨は止んでいたが駐車場の石畳はまだ光っている。
今日はバヌアツでは独立記念日。1年目は海辺を歩いて魚をもらった。2年目は釣りをしていたのを思い出す。
是非又来てくださいといわれたバヌアツにはまた行かなければならない。「I came to think of Vanuatsu as my second home.バヌアツは私の第二のふるさとになりました」と別れの挨拶をしたとき拍手をしてくれたのが思い出される。実に面白いことが沢山あったバヌアツと較べるとネパールはそれが無いわけではないのだろうが、簡単に楽しめるものではない。バヌアツの楽しさをネパールで求めて過ごしたらネパール人から遊離してしまいそうだ。ネパール人はもくもくと働く人々でサボる人もいるが遊ぶことはとても少ないようだ。ネパールのロンドン オリンピック出場者は男2名、女3名で種目は競泳、射撃、クロスカントリー。海の無いこの国で競泳とは意外だが、今はプールで泳ぐ時代。海が無くても泳ぎはできる。2時20分
27日のダーディンで起こったプリティバ ハイウェイの土砂くずれで沢山の車が8時間停車した写真とカトマンヅ市内の1人ゴミ回収車の写真をよいとこにアップする。3時半雨音がしてきた。もう犬の鳴き声はない。久しぶりでラジオ体操1,2をする。体が熱くなる。レモンを5個搾ってレモンティー2.6リットルを作る。メールを1つ発信する。5時10分外が白んでくる。鶏の時の声、鳥の鳴く声が聞こえてくる。
日本は酷暑のようだが、ネパールの夏の暑さは易しい。今年は日本の節電を考えて、部屋のエアコンの冷房はまだ一度もつけないで過ごしている。バヌアツでも2年間、部屋のエアコンをつけたことが無かった。窓はいつも網戸にしているのでいまもひんやりした1330mの高原の冷気が入ってくる。雨季のこの時期、たまには豪雨もあるから朝出かける時はガラス戸にしていく。日本の暑さは厳しい。しかも蒸し暑さはこたえる。ネパールはそれと較べると大変過ごし易い。今日は薄い灰色の雲が空を覆っているが、それを通して少し明るい空がすけて見える。今日も日中は陽が射すだろう。5時24分 6時朝食。デザートに初めてネパールでコトと呼ぶフルーツが出た。英語でジャックフルーツといい大きな果物で2.5Kgで125ルピーだったという。濃厚な甘いこれまでに食べたフルーツでは形容できない味だった。いつものオフィスのバスにはお母さんと幼いかわいい女の子が乗って天使の笑顔を見せてくれた。10時5分オフィス。雨は降っていたが14時50分音をたてて大雨が降ってきた。
5時バスが出るまで降っていた雨が市内マイティガールでは止んでいた。セントジュビエールの門で一人のスンダリケティを見る。門を曲がる時振り返ったら目があった。ホテルに帰ってすぐお風呂が空いて入る。風呂上り「平和への願い、横井庄一の心を残したい」横井庄一記念館・館長 横井美保子さんの話を聞きながら夕食をいただく。
日曜日の10時から16時まで開館していると聞いた。ネパールのお土産をもって帰国したら名古屋に横井美保子さんをお尋ねしようと思った。ボランティアの日々は山あり谷あり感情が揺れるものである。Excitedなときもあれば、depressedにもなる。Anxiousになることもあればannoyedにもなる。Upsetになることもあればconfusedすることもある。そんな時横井さんや小野田さんだったらどうしただろうと思う。流石日本にはいろいろな先人がいた。18時50分
「二人が消えた夜」を少し読んで就寝。

大使館からのお知らせ(12-63)7月30日
UMLユースフォース(学生団体)による抗議活動の実施について
当館に入った情報によりますと,UMLユースフォースは政府決定(元首相・閣僚に対する前功儀礼の実施)に
反対するため,抗議活動を以下の日程で行うとしています。
・7月30日(月)~7月31日(火)午後4時~4時30分 交通封鎖(バネショール)
・8月1日(水)~3日(金)   午後4時~4時30分 交通封鎖(ネパール全土,特にタライ地域)
・8月3日(金)        午後6時~ トーチラリー(ネパール全土,特にタライ地域)
・8月4日(土)~8月5日(日) 午前6時~午前10時 バンダ(カトマンズ盆地内)
外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
また,今後の報道等に注意してください。
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7月29日(日) 雨のちくもり後雨 日の出5時25分、日の入18時54分 ネパール492日目 気温最高28℃、最低20℃ 4時の気温26℃、湿度83%
2012/07/29(Sun)

4時起きてメールを出す。ネパールでは日曜日は休日ではなく週の仕事開始の日。普段は在宅勤務をしているが、今日は頼まれたので出勤する。昨年は1回、今年は始めての日曜出勤。しばらくしていた雨音が止んでいる。最近は明るくなると雨が止むので有難い。ブータンはこの頃大雨と聞いたが、タイも毎日雨だと、昨日のメールにあった。
農業国のネパールではこの時期雨が降らないと困る。電気を作る大部分を水力発電に依存しているこの国では発電の点からも水が必要だが毎日よく雨が降っているのだからそろそろ停電解除のニュースを期待しているのだが6月27日に週35時間の計画停電に短縮されて以後まだない。いつになることだろう。4時半ベッドで富島健夫著「二人が消えた夜」を読む。5時半起床。雨は止んで駐車場の石畳はかなり乾いていた。雨雲はカトマンヅの空を広く広がっているが、雲の隙間からは明るい空が見えている。昼間には雨も降り出しそうだが暑い陽射しもありそうだ。
6時朝食。好物のオクラのおかず。ご飯をお変わりする。いつも少しだけよそってくれるのに普通によそってくれたので少し食べ過ぎた。The Rising Nepalを見る。昨日はカトマンドから直線距離で100Km、道路の距離で200Kmぐらいのパルパ県で17人乗りの車が道路から約80m下の川に落ちて16人が死亡というのが出ていた。カトマンドからインドに出稼ぎに行ってそこに住んで亡くなった方の遺体を古里のカトマンヅに運ぶ途中の人たちだったという。夜中じゅう、インドからカトマンヅへ車で向かう途中のパルパで起こった事故。今年の雨季は車での大量死亡事故が多い。陽が出てきて青空が顔を出す。9時半のオフィスのバスで出かける。今朝は掃除のゴンガおばさんのに奥の部屋の拭き掃除をお願いする。おばさんが終わってから汚い机などを石鹸をつけて丁寧に拭き掃除をする。元気で声の大きなグルン族のおじさんが訪ねてきておしゃべりする。カスキの隣のラムジュンの生まれでNCDで遠隔教育を推進するデピュティ ダイレクターという肩書きのデペンドラ グルンという人。14時半青年が訪ねてきてFlashシステムをコピーしてくれという。カウンターパートに電話で話をする。USBにFlash 7をコピーしてあげてくれという。青年のUSBをセットしても認識しない。差し込む金属部分が少し動く。別のUSBをいうと沢山ウィルスに感染した重要なファイルがあるからフォーマット出来ないという。明日また訪ねてくると言って帰った。4時半で店仕舞い。雨が少し強くなる。レインコートを着て傘をさしてオフィスに鍵を掛けて出る。マイティガールでバスを降りたときは止んでいた。アンガンでパンを買って5時45分帰宅。すぐお風呂に入る。風呂上り〔明日へのことば〕何度も聞いた教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話しを聞きながら夕食をいただく。夕食後ガネッシュさんからいただいた珍しい果物を食べる。夕食後紅茶をつくり冷やしておく。汗でぬれた衣類を手洗いして洗面所に干しておく。20時日記をつける。「二人が消えた夜」をちょっと読んで就寝。
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7月28日(土) 雨のちくもり 日の出5時24分、日の入18時55分 ネパール491日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/29(Sun)

4時半に起きて新しいメニューを作りはじめたところで5時過ぎ停電になる。きょうの停電は4時ー7時と14時―17時。
昨日第30回目のオリンピックがロンドンで開会式で始まり、今日から競技が開始される。ロンドンでの開催は3回目で世界最多。ネパールからも男子2名、女子3名の選手が出場する。
明るくなる前から雨音がしていた。今日は低い灰色の雨雲に覆われている。小鳥と鶏の時の声で賑やかないつもの朝がはじまる。土曜の朝になると冷蔵庫は空っぽになる。市場に行くときは雨がまだ止んでいないかもしれない。
5時17分、自家発電のエンジンがうなりだし、電気がくる。6時朝食。味付け海苔が出る。久しぶりで醤油をつけてご飯をいただく。朝食後支度をして7時出かける。いつものおじさんの店でジャガイモ、玉葱1Kgづつ。30円と25円。
レモンを10個60円。キャベツ1.2Kg35円。マンゴー2Kg80円、ヨーグルト1Kg100円締めて約7Kgで330円。
2時間の買い物ウォーキングで汗をかいてホテルに帰りシャワーを浴びる。ジャガイモを茹でて、リュックサックとズボン、シャツ、パンツを手洗いして屋上に干す。10時。今日も雲が空を覆っている。午後には降りそう。降るまでには乾きそうなので取り込むのを忘れないようにする。ミナさんが部屋の掃除をしてくれる。以前目を悪くしたとき目薬を3本あげたが、それがとってもきいたと有難うと言ってくれる。11時45分「人生180度転じてボランティアに」 1、2 一般社団法人日本駆け込み寺代表 玄秀盛さんの話を聞きながら昼食をいただく。昼食後12時45分屋上の洗濯物を取り込む。宇崎竜堂の身も心もを聞く。黒くもがかかってきたので洗濯物を取り込んだとたん雲間から強い日差しが射してきた。2つメールに返信しておく。14時15分 ホームページの初期画面作りに取り掛かりついに15時45分完成する。   http://nepal.24vip.org/home/ 画面にカーソルを当ててクリックしてプログラムが走る仕方を作ってみた。
16時お風呂に入る。今日もおかずにバナナを2本つけてくれていた。16時半雨が降り出す。たいして強くない雨が30分で止む。今日も向かいの建物の屋上には干したままの衣類が雨にぬれていた。17時 お気に入りの曲をItuneで聞きながら夕食をいただく。松本清張著「塗られた本」を読んで就寝。少し汗をかいて目を覚ます。22時だった
雨音がしていた。ぬれた服を脱いでハンガーに掛けておく。キーホールTVを見るとNHKでは男子平行棒、別のロンドンオリンピックのチャネルでは女子重量挙げをしていた。三宅宏実が銀メダルに入賞。お父さんはメキシコオリンピック重量挙げフェザー級で銅メダルを獲得した三宅義行。おじさんの三宅義信はローマでは銀メダル、東京オリンピック、メキシコシティオリンピックでは連覇を達成している。ウェイトリフティングはオリンピック種目では最短時間で結果が出る種目の一つのようだ。当然のことだが出てくる選手の身体つきがみんなよく似ていて面白い。細くて背の高い選手はいない。ボクシングや柔道などの格闘技と同様体重別になっているから軽量級にはアジアの選手が多く重量級ではヨーロッパの選手が多い。アフリカからは選手が出てこない。手足の長いアフリカの人には重量挙げは向かないのかもしれない。女子柔道日本―ハンガリー戦を見る。終始押しているように見えた日本だったがハンガリーの足賭けに転んで一瞬で敗れてしまった。呆然としている日本選手と喜びで泣き出したハンガリー選手の表情が対照的だった。23時
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7月27日(金) 雨のちくもり 日の出5時24分、日の入18時55分 ネパール490日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/27(Fri)

1時半、雨音で目を覚ます。今降っていれば朝出かける時までには大抵止んでいる。こわい顔つきのネパール青年が、雨音が好きだと詩人のようなことを言っていたのを思い出す。長雨だったり、途方も無い土砂降りが降る日本の雨音が好きだとは思ったことは無いが、雨音がいいと思うようになってきた。水や電気があたりまえに来ない、つち埃がひどいカトマンドではホットする。昼間雨が止むと水溜りの出来た舗装していない道では泥水に気をつけながら歩き、そこを出て車の走る舗装道路では土ぼこりと車とバイクの廃棄ガスがひどくなる。それを吸わないようにマスクを2つ重ねて縫い付けた特性マスクをつけている。昨年は3月に来て年末までに咳が止まらなくなった。帰国したらすぐ直った。以来外を歩く時はマスクをしている。お陰で昨年末のような咳はでていない。ここでは歩く人だけでなくバイクでは普通で、車の運転をする人でもマスクをつけている人がいる。交通警察官はマスクをつけている人が多い。白いマスクはすぐ汚れるからだろう、黒やこげ茶色のマスクが多い。女性はピンクのマスクをする人もいる。白いマスクをするのは日本人が多い。外国生活では目立つ格好をするなという話をされた。しかし色が白く、めがねをかけ、腕時計をして、白いマスクをして、こざっぱりした格好で荷物を担いでいる日本人はこの国では目立つ存在だろう。今週もやっと金曜日がきた。現役時代も金曜日がくるとホッとした。月曜日が来るとうっとうしくなった。自殺と曜日も相関がある。日本では月曜日が一番高くて曜日が進む毎に減っていき、土日が最も少なくなる。ネパールでは土曜日が休日で週の初めは日曜日だから日曜日が一番多いのだろうか。ネパール人の自殺率は日本人の半分以下と低い。海外出稼ぎ者の中には自殺者が多いと聞いた。ネパール国内では日本のような生活上のストレスが少ないのだろう。他殺はネパールは日本の数倍の多さだ。日本人は人と比較をしすぎるのだろう。几帳面と日本人を言えると思うが、そういう人はそうでない人を注意したがる傾向がある。また人の悪口もよく耳にする。ネパールで人の悪口を聞いた記憶があまりない。一度だけ副首相のガッチャダールを「この人は悪い人だ」と言うのを聞いたことがある。白波五人男のような泥棒:汚職で有名らしい。バヌアツでも同様だった。バヌアツで司法大臣をしていた人を「あの人は悪い人だ」とは言わず「あの人は良い人ではない」と聞いたことがあった。海辺であった司法大臣は大金持ちだった。日本では人に教育的指導をしたがる人が多い。現役時代指導的立場にいたシニアボランティアの中には、だれかれ構わず注意をしたがる人がいた。バヌアツでは注意と悪口を言われたことがあった。こういう人は見境無くだれにでも注意していた。自分の考えにあわないものに我慢できないようだった。こういった人は例外なく任期半ばで任国の人々の悪口をならべて帰国していった。ネパールでもやはり同僚に教育的指導をされたことがあった。的外れの不愉快なものだった。やはり心配していたとおり任期そうそうに帰国していった。職場のネパール人に教育的指導をして相手にされなくなったらしい。こういう人は共通して海外生活、それも先進国で生活経験のある人ばかりで、外国語に自信を持っていた。日本人同士群れることが好きで、青年隊員を引き連れたい人が多かった。青年隊員との交わりは楽しいが、青年に甘えてばかりいるのはみっともない。バヌアツでもネパールでも横井庄一さん小野田寛夫さんの一人で生きていた生活を思い浮かべて、今後の残された人生を生きるための修行と認識して毎日をすごしてきた。日本には見習いたい沢山の人がいる。3時半 Ituneでお気に入りを聞きながらレモンを5個搾りレモンティーを2.6リットル作る。4時半お見舞いのメールを送る。ベッドで休んで5時15分起床。雨が止んだ。小鳥の声と鶏の時の声が響く。昨日シンドパルチョークから部屋を訪ねてきた先生の携帯から大きな鶏のコケコッコーの鳴き声が聞こえてきたのを思い出した。携帯の受信を知らせる音に設定していたものだった。かなりのお年と見えたがなかなか面白いことをすると感心した。雨が降って雨雲がかなり薄い色になっている。今日も日中は日差しがありそうだ。
5時半 6時朝食。パキスタンのお話を伺う。The Rising Nepalは汚職で捕まった元大臣への判決、マオイストのプラチャンダをはじめとするリーダー達の財産を査察することや、外国の内政干渉を批判していたバイディアが中国から自分達の新党を民衆の党だと認められたなどという記事が出ていた。各党のコンセンサスを図る話し合いがはじまるようなのもあった。7時35分 いつものバス乗り場でスンダリケティを見かける。しばらく見なかったので卒業したのかと思っていた。不思議なことに目の前まで来てまた学校へ戻って行った。9時半オフィスのバスに幼い女の子が天使の笑顔で楽しい人時を過ごさせてくれる。10時過ぎオフィスに出る。バララムさんが来る。
14時19分まででTopページを作る。今日もネパールティを午前、午後2回ご馳走になる。今年に入っていろいろ気を使ってくれていることがわかる。3時オフィスのバスで3時40分帰る。4時20分お風呂が出来たと声をかけてくれる。食材を調理場に出して一番風呂に入る。風呂からあがると調理したての夕食のおかずとトーストを部屋に届けてくれる。〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を再度聞きながら夕食をいただく。その後、ミナさんがお皿にバナナを載せて部屋に届けてくれた。ホテルのみなさんの親切がネパール生活をささえ、励ましてくれている。感謝、感謝の日々。17時半 ネパールよいとこを更新する。18時45分小雨が降ってくる。
井上靖著「星と祭」を読む。思いがけなく冒頭にルクラからキャラバンを組んでエベレスト街道を進みナムチェバザールへ行き、さらにエベレストの麓のソコカラタンボジェへ行ってラマ教の僧院で月見をするという記事で始まていた。それも9月29日の13時半羽田を発ち香港、バンコク経由でニューデリーに同日23時45分着。ここで1泊して翌日30日にカトマンヅに入る。10月1日にルクラに入り、2日にルクラからナムチェバザールまで。3日にナムチェバザールから目的地タンボチェまでキャラバンを組んで歩くとなっている。その翌日10月4日が満月。それを見て5日にそこを発ちカトマンズに7日にはいり、3-4日休養して東京に13-4日に戻るという日程が出ていた。この本の初版は1975年3月だがその頃はまだバンコクーカトマンズ便がなかったようだ。エベレストの麓からの満月を見るだけの目的で旅を計画した人があった事を知って、折角ここにいてエベレストを見ないで帰るのはもったいないといわれたがたしかにそうだと思う。10月のエベレスト(N-27 59 17,E-86 55 31)の満月を見てみると、10月1日と30日は満月で15日が新月だった。http://star.gs/cgi-bin/scripts/getuin.cgi ネットでいろいろ知ることができて便利な世の中になっている。
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7月26日(木) 曇り時々日差し 日の出5時23分、日の入18時56分 ネパール489日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2012/07/26(Thu)

1時目を覚ます。静かで雨は降っていなかった。日記をつける。創氏改名を見る。昨日撮った写真をアップしてメールで送る。実に便利な時代になってありがたい。東北の被災地で子供のお世話をしている青年がタイに来ているというのを見て初めてフェースブックにメッセージを入れる。カトマンドにはタイから来るのが一番大きな飛行機だ。
トンガでは空港に迎えていただきヨットで海に遊び、車で島中を回りご馳走をいただいて空港に送っていただいた。
26日はいつも部屋代を支払う日。この日が来ると1ヶ月が経ったんだなと月日のたつ早さを感じる。バヌアツの時は、1ヶ月ごとに、銀行へ並んでお金をおろし、電力会社と電話局の窓口で毎月の支払いに並び、不動産会社にアパートの家賃を支払いに出かけた。郵便の投函は中央郵便局の窓口で並んでいた。ネパールではホテルの支払いは銀行発行の小切手に記入すれば済む。電気代も電話代も必要ない。郵便物はホテルのフロントに切手代を渡せば、郵便局に投函してもらえる。ネパールに来る前は自炊することを考えていたが、来て見て生鮮魚肉や食材を揃えるのが簡単ではなさそうだったので諦めてホテルぐらしてをはじめた。ホテル暮らしは油断すると食事が偏って体調不良になったケースを耳にしていたから、工夫を重ねついにホテル暮らし究極の食事法を完成させた。お陰で駒ヶ根研修所のご馳走で少し増えた体重まで戻って一定している。どうもビールを飲んでご馳走を食べた後ては下痢をしていたようなので、普段と違う、ご馳走を食べたあとは御岳百草丸を飲むようにしている。
ネパールのビールは自分の身体に合わない様なので最近は飲まないようにしている。
昨日は思いがけなく身にあまる言葉をいただき、任期延長を求められた。これほど嬉しい申し出はない。
自分はカウンターパートに突っ込みすぎず、はなれず、寄り添っているだけでいいんだと思ってやってきた。最初はいつも手伝うことがあったら言ってねと声をかけるようにしていた。しかし人にものを頼む時、頼む側もそれなりの手間がかかるのを知っているから頼まれることが無くても、それはそれでいいと思っていた。ただ一生懸命仕事をしているカウンターパートの隣であくびばかりしていては邪魔になるだけだから、自分もテーマを見つけて毎日を楽しく過ごすものを見つけるようにしてきた。頼まれることの多くは時間をかければ出来るものが多かった。ただそれでは毎年毎年、時間をかけてばかりいるのは面白くないからプログラムで出来ないかを考えることにした。それぞれの作業のプログラム化ではこれまで使ったことがあるVB6を考えたがそれと類似のVBAがもっと簡単にできそうだったのでそれを学習して作ってみた。初めて作るものだから、作った後は作り方を、英語で詳しく書いておきカウンターパートにも渡した。お陰でVBAを学ばせてもらえてよかった。VB6の知識が役立って、AccessやExcelデータをプログラム化をVBAでできた。バヌアツで初めて学習して生徒に教えた言語がVB6だった。ネパール統計局のホームページに面白いデータをいろいろ見た。昨年学習して作ったネパール紹介の記事をウェブサイトにまとめたらと同僚から話をもらったのがウェブサイトをつくるきっかけとなった。簡単にウェブサイトを作れるグーグルサイトを教えてもらったのは有り難かった。これまで知りたいと思っていた内容を盛り込んで「ネパールよいとこ」というのを作ることができた。カウンターパートの横で緊張感をもって好きな事をして居るだけでいいのだから有難い。ただいつものを頼まれてもいいように体力の余裕は残すようにしている。言われた事をするのは誰でもできる。そのあと自分がいなくなったらもっと手早くスマートに出来るように自動化、プログラムを考えるのが、頭の体操にいい。これまでいつもそうしてきた。カウンターパートから日本人と仕事をするのが好きだと言われたことがあったから、なんとか一緒に仕事を出来るペースになってきたかなとは思っていた。
昨日はカウンターパートが物事にポジティブに取り組む姿勢がいい。自分より若いといってくれていた。カウンターパートは45歳。物事にポジティブに取り組むというのは自分のモットーとしていたことで、カウンターパートに話したことは無かったが、それを言ってくれたことは嬉しかった。
部屋代の小切手とインターネット利用書を書いてお金を準備する。6時朝食。きんぴらごぼうのおかず。
朝食後支払いをする。9時半過ぎオフィスのバスが来る。バクタプール道路の途中で、警官の指示で車をユーターンして手前のバス道路まで戻ってオフィスにいつもより少し送れて到着。いつもどおりカウンターパートは既に来てパソコンに向かっていた。昨日の写真の整理をする。新年度のはじめだけにミーティングが多い。16時35分で店仕舞いをする。17時オフィスのバスで17時35分帰宅。お風呂が空いているということで直ぐ入る。携帯電話で家に電話をかける。「医学も音楽も私の喜び」鹿児島大学教授 米沢傑さんの話を再び聞きながら夕食をいただく。夕食後、マンゴーとバナナとヨーグルトのデザートをいただく。「浪人列伝」を読んで少し横になって休む。
9時起きて日記をつける。新しく作ったメニューをアップする。今は見れるが
どう言うわけか1日で消されてしまっていた。もう一度経過を確かめてみる。22時就寝。

大使館からのお知らせ(12-62)7月26日
感染症広域情報の発出(「狂犬病~もし咬まれたら,すぐ医療機関へ」)
標記の件につきまして,「外務省海外安全ホームページ」の広域情報及び「在ネパール日本国大使館」ホー
ムページの「新着情報」に掲載されておりますので,ご覧下さい。
○狂犬病
 狂犬病は,日本などの一部の国を除いて全世界に分布しており,毎年,世界中で55,000人以上の人が狂犬
病感染で死亡しているといわれています。感染すると潜伏期間経過後,発症した場合ほぼ100%死亡しま
す。予防方法等詳しくは下記のホームページでご確認下さい。
外務省 海外安全ホームページ
http://www.anzen.mofa.go.jp/
在ネパール日本国大使館
http://www.np.emb-japan.go.jp/
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7月25日(水) 雨時々曇り 日の出5時23分、日の入18時57分 ネパール488日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2012/07/25(Wed)

0時半雨音で目を覚ます。このところ夜中に雨がよく降る。大抵朝止んで午後又降る。夕方止んで夜また降る。昨日朝出かける頃は強い雨ではなかったが傘をささず雨の中を歩く人を何人も見かけた。民族衣装を着てサンダルかはだしで何ももたず雨にぬれて歩く女性の姿は痛々しい。1時12分 ネットで皮膚のかゆみの原因などを見る。蔡篤俊(さいとくしゅん)のサイトも見る。常識はかゆいとかくからよけいかゆくなるからかかないこと。しかし私はかゆみがあればかけばいいと考え、患者さんにもそう指導しています。皮膚のかゆみは、体のなかにたまった毒を排出しようとする作用なのですから、その毒をかくことによって、かき出してしまえばいいのです。たとえかいて血がでてもその血は悪い血だからかいて出してやればいいという。いろいろな考えがあるものだ。マンゴー、バナナ、ヨーグルトミックスをいただきながら 〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を聞く。
雨音が次第に大きくなってきた。2時半 「浪人列伝」を読んで就寝。5時15分起床。雨音と鶏の時の声と小鳥の声がよく聞こえてくる。薄墨のような灰色の雨雲が空を覆って周辺の山々も見えない。その雲のわずかな隙間から明るい空が透けて見える。飛行機で離陸したら間もなくぎらぎらひかる日差しと青空に飛び出すことだろう。5時半
6時朝食。茄子のピリカラ煮物のおかず。雨がやんだので庭に出て昨日のThe Rising Nepalを見る。薄墨色の雨雲が空を覆っているが遠くの雲の下は明るい。7時8分 今朝、気に入ったボキャブラリーカード:
Don’t be afraid to take chances and do new things. 冒険を恐れずに新しい事をやりなさい。
9時半過ぎいつものバスを待つ場所でオフィスのバスに手をふって見送り、事務所の車を待つ。白い車で来ると思っていたので白い車ばかりを目で追っていたがなんと赤い車であった。目の前に停まっていた赤い車の中から声をかけられるまで気がつかなかった。10時少し過ぎてオフィスにつく。次長とコーディネーターがカウンターパートとバララム ジーに挨拶の後1年たってのモニタリングの感想や要望などいろいろ質問をする。最初にどうぞ率直に話してくださいと一言口を出す。それに対して話しをしてくれる。2人からなんと来年3月の任期を延長してもらえないかという話が出る。全く予期していなかった話で驚いた。リップサービスだと思ったがそれでも嬉しかった。10時半までで話しは済んで隣のプロジェクトルームや屋上の素晴らしい眺めをご案内する。10時55分玄関でさよならをする。スタッフが帰った後に部屋に戻ってからも任期延長の話を繰り返されたので本気の希望らしい。
活動の中でモニタリングというのはプレッシャーがあるものだが思いがけなくいい話ばかりをしてもらって感動した。
これまでの人生で今日ほど褒められた話をしてもらったことはなかった。
お陰でこれまで通りで来年3月までここに居させてもらってもいいんだということを確認させてもらえた。
今朝はその気持を持たせてくれた激例会のようなものになった。4時35分までWebページを飾る写真を選ぶ。いい思い出を沢山もらえたこの5年間を振り返る。20枚に絞り込むのが大変だ。5時オフィスのバスで帰る。19歳の青年とおしゃべりをして帰る。今年+2を終えて教育局で仕事を始めたという。コンピュータを勉強してCとC++を使ったことがあるという。日本の大学へ行きたいという。日本の大学入学の仕組みを説明する。マイティガールでパンを買ってかえる。お風呂が空いてるといわれてすぐ入る。熱い広いお風呂で身体を伸ばす。風呂からあがって荷物を片付けて日記をつける。6時半雨が降ってきた。〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(2)教育研究者 大田 堯さんの話を聞きながら夕食をいただく。大田さんのいい話を聞けて良かった。日本では教育は上からものを教える、させるの使役動詞が多いが、共に育てる、共育というお互いが響きあう感動を分かち合うもので命を育てるもので共育はアートだと言う。戦前、戦後70年間教育をして方の若々しい話しに感心する。大津の命を殺す教育を繰り返してはならないと思った。
Never make the same mistake again.
韓国・中国の人々へお詫びの話しも共感できた。夕食後「浪人列伝」を読んで就寝。

大使館からのお知らせ(12-61)7月25日
感染症広域情報の発出
標記の件につきまして,下記の項目が「外務省海外安全ホームページ」の広域情報及び「在ネパール日本国
大使館」ホームページの「新着情報」に掲載されておりますので,ご覧下さい。
○「北米地域:ウエストナイル熱・脳炎」
○「海外における麻しん(はしか)の発症に備えた注意」
○「海外へ渡航される皆様へ(動物検疫に関する注意)」
○「夏休み中に海外へ渡航される皆様へ(海外で注意すべき感染症について)」
外務省 海外安全ホームページ
http://www.anzen.mofa.go.jp/
在ネパール日本国大使館
http://www.np.emb-japan.go.jp/
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7月24日(火) 雨 日の出5時22分、日の入18時57分 ネパール487日目 気温最高29℃、最低19℃ 
2012/07/24(Tue)

2時半目を覚ます。大きな雨音で網戸を閉める。レモンを5個搾ってレモンティを2.6リットル作る。「幸福という名の不幸 下」を読了。これは作者が43歳の時発表された。この人の作品は初めてだった。魅力的なヒロインと友人マキはちょっと男性作家では書けない。異性に気持を伝えることは難しいがこんなにもよく女性は男を見ているのかを知る。お見合いをする前には一度読んでおくといい。6時朝食。冬瓜と豚肉の甘煮のおかず。朝食の時はまだ雨が降っていた。3ヶ月ぶりにもどられる富山の方とお別れの言葉をかわす。今日バンコク経由で明日早朝関空に帰られる。来年3月まで頑張ってくださいとお励ましをいただく。また11月お互い元気でお会いいたしましょうとご挨拶する。7時2分予定されていた今日のラリトプールのバンダは取りやめになったと携帯にメールが入る。9時15分雨の中でかける。10時オフィスに着いた時はやんでいた。途中の川で水かさが高くなっているところがあった。めずらしくカウンターパートは10時にバイクの後ろに乗ってきた。朝、24Vipにサブドメインを登録しなおす。アカウントを新規作成してFTPアカウントの新規登録をする。11時15分。昼前の12時25分から14時10分まで次のプロジェクトのミーティングに参加する。教育評価、マネジメント支援、キャパシティ分析システムといったもののプロジェクトの意見を聞く会議だった。幹部達だから皆さんよく話をしてくれる。ナショナルスタッフのラムサールさんがキーマンだった。FTTTPが新たに設定できなかった。4時40分店仕舞い。帰るときは雨は止んでいた。5時のオフィスのバスで帰宅。お風呂に入って、「人生、これ修行」天台宗大阿闍梨 酒井雄哉さんの話をききながら夕食をいただく。夕食後オフィスでうまく行かなかったFTTTPをやってみるとアップロードが出来るようになった。FTTTPの設定の仕方が問題だったようだ。
また雨が降りだした。柴田錬三郎著「浪人列伝」を読んで就寝。

大使館からのお知らせ(12-60)7月24日
コレラの発生と衛生管理について
カトマンズ市内でのコレラの発生が新聞等で報じられております。日頃から衛生管理には留意されていると
思われますが,今後は,下記の点に特に留意してください。
1)口に入れる水・氷は、ボトル水などを使用してください。煮沸すれば、さらに安心です。水道水を用い
る場合は必ず煮沸して下さい。
2)レストラン等でも、安全の確認できない水・氷は極力避けてください。
3)トイレ後や食事前の手洗いを徹底してください。石鹸+流水での手洗いが原則です。
4)下痢を発症した場合は、脱水にならないように注意し、はやめのクリニック受診を心掛けてください。

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7月23日(月) くもり時々雨 日の出5時22分、日の入18時58分 ネパール486日目 気温最高29℃、最低22℃ 
2012/07/23(Mon)

夜中中雨音がして時々強くなった。4時目を覚ます。雨はまだ降っていた。高らかな鶏の時の声の合唱が聞こえてくる。先月にはもう白みかけていたそとはまだ真っ暗。4時45分 次第に昼間の時間が短くなっている。
ネパール国際空港のホームページhttp://www.tiairport.com.np/ が相変わらず見ることが出来なくない。不便をおかけしてごめんなさいというメッセージが出たきり。まもなく直ると出しているがいつまでかかるかわからない。
カトマンド発で先の国を見ていると今年の9月1日にマレーシアのクアラルンプール便をみつける。
現在ネパールからマレーシア直行便は無い。しかしマレーシア航空を見るとまだカトマンドークアラルンプールの予約受付は見当たらない。日本への直行便を予定しているBBエアーの日本予約受付はまだない。ここもクアラルンプール便の新規就航を計画している。5時半すっかり明るくなった。雨は止んだがまだ低い雨雲が垂れ込めている。
口―食道―十二指腸―小腸―大腸―S字結腸―直腸ー肛門の消化臓器の役割を見る。
長いのは小腸で約6m入り口直径5cm,出口3cmで栄養分を吸収する。大腸は約1.6m、便を調整する。下痢の原因は大腸の不調。食物が口から入って排泄されるまでの間で発生する消化臓器の癌は最も身近ながんのようだ。
この一週間食べ過ぎないように注意していてお腹の調子はいいが、どうも食べ過ぎると下痢になりやすいだ。
この頃の夕食は小さな食パンは4枚に抑えている。6時朝食。オクラのおかず。納豆のようにご飯と混ぜていただく。ブータンから戻られ明日帰国する方がこのホテルに来るとホットすると話されていた。朝雨はまだ少し降っているが空の雨雲が薄くなって周りの山が見えるようになってきた。昼間は日差しが出るかもしれない。7時45分 8時15分バスドライバーに電話して今日バスが来ることを確かめる。9時15分傘をさして出かける。22日からラリトプールで始まったバンダの影響で同僚にババマハルで出会う。しばらくぶりでおしゃべりをする。10時15分オフィスに出る。カウンターパートは既に出てパソコンに向き合っている。毎朝6時半に家を出でオフィスには8時に出てくるという。
これまで作ったWebサイトのシンプルなメニューを作る。24vipに新たにアドオンドメインで新しい名前を作る。FTPアカウントの新規作成をする。FFFTPホストの設定をする。ここで新たなユーザー名が付与されるのでそのユーザーIDを
FFFTPホストの設定のユーザー名にしなければならない。FFFTPホストの設定のホストの名前も新たにつけられら名前をつける必要がある。24vip.orgの先頭のドメイン名がこれまで最初に入れた名前で重複しないのが不思議だ。メールアドレスの名前を設定する時、普通に考える名前は既に使われているというメッセージが出てきて、名前を付けるのに難儀することがよくあったが、24vip.orgではシンプルな名前で重複したというメッセージがでないのはどうしてだろうか? IE8でcompos?が出て送信出来なかったので、Tool Optionで一時ファイルをDeleteして送信できる。16時半今日も店仕舞い。5時半ホテルに帰る。今日はホテルの入り口に大きな看板が出来ていた。ホテルとレストラン田村の看板だった。荷物を片付けて日記をつける。お湯を沸かす。6時15分お風呂に入る。「大好き日本、風景はいつも新世界」詩人・絵本作家 アーサー・ビナードさんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後19時20分 紅茶に砂糖を入れて冷やしておく。夕食後「幸福という名の不幸 下」を読んで23時就寝。
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7月22日(日) くもり時々日差し 日の出5時21分、日の入18時58分 ネパール485日目 気温最高27℃、最低21℃ 
2012/07/23(Mon)

3時半目を覚ます。ベッドで「地図にない島」を読み5時半起床。前の石畳は大分乾いている。雨雲が周辺にあるが
空に秋の雲があって青空が見えている。今日も日中は日差しが出そうだ。5時51分
6時朝食。ニラのおかず。ブータンの話を伺う。7時戻ってみると聖隷クリストファー戦の1回に早くも1点取られていて結局3-1で負ける。灰色の雨雲が空を覆って今にも降りそうな様子になってきた。「地図にない島」を読了。著者の井上靖さんは昭和11年8月に毎日新聞に入社後「サンデー毎日」編集部に勤務しその後学芸部で宗教と美術覧を担当し昭和12年7月日支事変が始まると応召して北支に出征、帰国後美術批評その後絵画的資質と持つ作家として活躍された。「地図にない島」は「北国新聞」他地方紙数紙に昭和32年9月5日から33年7月4日まで294回に渡って連載されたもの。この直前朝日新聞に「氷壁」の連載を32年8月23日に完了している。「地図にない島」は楽しい作品だった。10時半ミナさんが部屋掃除でシーツなども換えてくれる。強い日差しが射してきた。
曽野綾子著「幸福という名の不幸 上」を読み始める。「山が教えてくれた生きる力」冒険家 辰野勇さんの話を聞きながら昼食をいただく。13時過ぎ近くの店にパンを買いに出る。雨雲が空を覆って今にも雨になりそうだった。2時半過ぎ黒い雨雲から雨が音をたてて降りだした。みるみる石畳が濡れていく。雨は少しして止む。雨雲がかかっているからまた降りそうだ。午後5時半までで「幸福という名の不幸 上」を読了。昭和50年11月15日発行の作品。6時過ぎお風呂に入る。「祖父から学んだドイツ流生活の極意」料理研究家 門倉多仁亜さんの話しを聞きながら夕食をいただく。夕食後「幸福という名の不幸 下」を読んで20時就寝。
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7月21日(土) くもり時々日差し 日の出5時18分、日の入19時0分 ネパール484日目 気温最高30℃、最低22℃ 
2012/07/21(Sat)

33時に目を覚ます。昨夜聞いた安藤久蔵さんの話しを再び聞きながらレモンを搾りレモンティーを2.5リットル作る。
84歳でアフリカのマサイ族からコーヒーを売ってくれないかといわれて85歳からはじめたその仕事を16年間続けている。春には350人の取引先の人たちと花見を楽しみ、101歳の今もなお日曜日に39人の若い仲間と奥多摩の山を歩いているという。「つらいことの後というのはとってもいいよね」という101歳の人の言葉とは思えない言葉が印象に残った。4時20分懐かしのメロディを聞きながら今週のThe Rising Nepalを見てネパールよいとこを更新する。今日は6時45分から清水庵原球場で浜松湖南との2回戦がある。夏休みが始まったばかりだから生徒達も大勢応援にかけつけていることだろう。高校時代の忘れられぬ夏の思い出になる。6時朝食。パクチョイと鶏肉の甘煮のおかず。かつお節パックが1つ200ルピーすると聞いて驚いた。静岡の健闘を祈って7時ホテルを出る。いつもどおり休みのタパタリ交差点は車が少なくいつでも横断できる。7時45分カリマティ市場につく。いつもの店で玉葱25ルピーとジャガイモ35ルピー1Kgづつ。市場の中でレモンを15個70ルピー。いつものおじさんのとこで1.5Kgのキャベツを45ルピー。マンゴー2kg100ルピー。人参0.5kg20ルピーしめて6.5Kg295ルピーの買い物をして8時25分市場をあとにしてホテルに9時につく。野球の結果は7回7-0でコールド勝ち。次は明日同じ球場で6時45分から3回戦。
日記をつけてブログを更新してシャワーを浴びて洗濯をしてじゃがいもを茹でてマンゴーとヨーグルトのデザートをいただく。9時15分 The Rising Nepalの記事を見てネパールよいとこの記事を更新。「娘の縁談」を読む。
 昼食は再び安藤久蔵さんの話しを聞きながらいただく。14時半までで「娘の縁談」を読了。
昭和31年5月25日発行で当時東京駅21時30分発鹿児島行き急行「筑紫」が大阪着8時30分。京都駅13時7分発の特急「はと」が東京着20時30分というのがでている。まだ東京と大阪が遠かった時代昭和35年ごろ中学生の兄と2人で甲子園から石巻まで行った。当時大阪―東京間鈍行では47ぐらい停車し急行では15くらいだった。子供が遊びにでかけるのに鈍行に乗るのが普通の時代だった。東海道や東北本線より仙石線がやけに長く感じられた。林房雄さんの作品を初めて読んだ。ユーモアがあって楽しかった。三島由紀夫と同時代の作家である。いい作家を知ることができて幸せだった。この人の作品があったらまた読んでみたい。
午後井上靖著「地図にない島」を読む。5時11分お風呂に入る。夕食後12時まで「地図にない島」を読んで就寝。
夜は大きな雨音が続いていた。
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7月20日(金) くもり時々日差し小雨 日の出5時18分、日の入19時0分 ネパール483日目 気温最高30℃、最低22℃ 
2012/07/21(Sat)

夜中目を覚ましては枕もとの明かりで「二重葉脈」を読む。4時起床。雨は止んでいた。昨夜来降ったようで前の石畳は少し乾いていたがまだ雨に濡れて光っていた。今朝もネットに繋がらなかった。日記をつけて「二重葉脈」を読む。
5時45分空の雨雲から空が見えている。周辺の山も見える。今日は日差しが出てきそうだ。少し肌寒くなってきた。
6時洗濯ものを出して食事。玉葱の煮物のおかず。桃のデザート。桃はネパール語でアルという。朝食後ネットに繋がらなかった。午前中「二重葉脈」を読了。雨雲が空を覆っているが雲の隙間から青空が見える。日差しが雲の隙間から強い日差しが射してきて暑くなってくる。午後部屋掃除をしてくれたミナさんが重いものを持って腰を痛くしたいといって明日は休むと行っていた。少しもそれを見せずにシーツを交換し洗面所も清掃してくれた。
午後は林房雄著「娘の縁談」を読んで過ごす。5時お風呂に入り、〔明日へのことば〕 101歳、途上国支援をフェア・トレードで コーヒー豆輸入卸・小売業 安藤久蔵さんの話しを聞きながら夕食をいただく。101歳の現在もお得意さんに1時間45分往復3時間半をかけて自転車で商品を届けているという。あなたの顔を見たい、声が聞きたいという得意先の話しでそうしているという。50歳で仕事を終えて趣味の山歩きを始めた。山の魅力は感動、つらければつらいほど感動が大きい。それだけ。国内だけでなくもっと大きなキリマンジャロ、アンデスなどは高ければそれだけ大変。大変な感動だった。幻覚症状が出た。右の靴に左足を入れようとしていた。

大使館からのお知らせ(12-59)7月20日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,明後日22日(日)から24日(火)まで,河川敷居住者のラリトプールへの移住に反対してバンダが実施される見込みです。その前段として明日21日(土),ラリトプールでトーチラリーが実施される模様です。
そのため,ラリトプール居住の方やラリトプールに用事のある方は車両での外出は避けてください。また,ラリトプールに行く際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。また,今後の報道等に注意してください。

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7月19日(木) 雨 日の出5時18分、日の入19時0分 ネパール482日目 気温最高30℃、最低22℃ 
2012/07/19(Thu)

2時半目を覚ます。枕もとの明かりで「二重葉脈」を読む。4時半起床。前の駐車場の石畳は濡れて光っているが雨は止んでいるようで静かな朝。鶏の元気な時の声がとめどなく聞こえてきたがしばらくして止んだ。5時22分外が明るくなってきた。うす雲が空を覆っていて周辺の山々は見えない。今朝はネットに繋がらない。6時前から次第に雨音がしてくる。今朝も向かいの屋上には洗濯物が出たままになっている。6時朝食。舞茸のおかず。朝食後読売新聞を見る。日本は梅雨明けしたところが多くて暑い毎日がはじまったようだ。7時7分停電になる。今日の予定は7時ー10時と19時―22時。すぐに自家発電のエンジンが鳴り出して電気がくる。7時8分。ネットには繋がらない。雨が降る中を出かける。いつものところで傘をさしてバスを待っているとバス待ちをして雨に濡れた青年が居たので傘に入るように声をかける。ハイアーセカンダリースクールを終えてこれからトリブバン大学で土木を学びたいと言っていた。ローカルバスに乗っていった。しばらくしてきたオフィスのバスに乗る。バスに乗っていたのはラビンドラさんとおしゃべりおばさんの2人しか乗っていなかった。ラビンドラさんが明日バスはないよと教えてくれる。いつも親切に教えてくれて有難い。いつもの可愛い幼児をつれたお母さんが乗ってきて幼児の天使の笑顔を見たくてにらめっこして過ごす。雨にもかかわらずオフィスに着いた時はほほ一杯の乗客になっていた。大きな雨音をとおして隣の学校から幼い生徒達の元気な声が聞こえてくる。午前中青年隊員からかぼちゃの葉っぱのタルカリが美味しいというのを見て今度ラムさんに作ってもらうよう話してみることにする。ブログを更新する。
hmtのmainがmenuの内容で変更されていたので、Webサイトからローカルにダウンロードする。menuの出方もおかしくなったのでこれもWebサイトからダウンロードする。ローカルとWebサイトに2つの内容があってバックアップになることを知る。サーバーにアップできるところまで行くとローカルがいざという時、FFFTPでダウンロードできて便利である。FC2の見出しのバナーを消す方法を調べるが見つからない。FC2以外のバナーを消す仕方は見つかる。
午前中は雨が降り続く。午後ようやく止む。
1時40分〔明日へのことば〕 心を込めて海とつきあう(1)プロ潜水士 渋谷正信さんの話を聞きながら昼食をいただく。午後はGoogle Sitesをみる。4時45分オフィスを出る。5時オフィスのバスで帰宅。お風呂に入る。風呂上り電話をする。お昼に聞いた渋谷正信さんの話しの続きを聞きながら夕食をいただく。日本の川や海がが高度成長期大変汚染されて臭く黒い川が増えたものだが最近は昔の綺麗さが戻って魚が住む川にが増えて来て良くなってきているものと思っていたが日本の沿岸の海は大変汚染されてきているという話しを聞く。日本は黒潮と親潮に囲まれているが地球温暖化で黒潮に乗る海草の成長が押さえられる上に一年中海草を食べる魚が増えて、ウニも増えてきているという。そのため海草が少なくなってきている。昔は山に降った雨が川を伝って流れて出る水に山の腐葉土などの栄養物が海の海草の栄養分となっていた。しかし今は川から海に流れ出す水には生活廃水などで日本の港はヘドロが堆積してきているという。港では水産加工工場周辺に海草がよく育っているのが見られるそうで、海草の成長のためには堆肥が必要だという。海草を食べつくすウニが増えてもそのウニは実が入っていないという。海に施肥をして海草を育てるのは難しくて時間もかかるという。それを成功した北海道の漁業組合では実の詰まったウニが取れるようになったという。海に魚やウニ、アワビなどを増やすためには海の植物を増やすことが肝心で、それをするには、海の繋がる川周辺に住む人たち、その先の山の森を育てていく人たちの生き方にかかっているということを教えてもらった。海の中に森を作る事を提唱して活動している人だった。夕食後「二重葉脈」を読んで20時前就寝。
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7月18日(水) くもり後雨後晴れ 日の出5時18分、日の入19時0分 ネパール481日目 気温最高30℃、最低22℃ 
2012/07/18(Wed)

2時半目を覚ます。ベッドの中で「二重葉脈」を読んで3時起床。外は静かで雨は降っていない。犬の遠吠えが聞こえてくる。日記をつけているとドロップボックスに入れてくれたメッセージがでる。いつもありがとう。3時半鶏たちのコケコッコーの合唱がはじまる。朝7時のNHKTVのニュースを見ると天気予報をしていた。実に詳しく天気予報をしてくれる。お天気がビジネスが影響する人に必要な情報ぐらいの詳しい予報を全ての人にご丁寧にしてくれる。お出かけの人は傘をお持ちくださいとまで言ってくれる。あまりにマニュアル的なかゆいところにてがとどく解説だ。雨が降ることは誰でも予想はできる。ネパールでもバヌアツでも傘を持たない人は多い。雨が降れば止むまで雨宿り。濡れても陽が照ればすぐ乾くから気にしない。時計を持たない人も多い。時間を守る生活があたりまえの日本人は窮屈なのかもしれない。日本人は雨を気にするがそれは日本の雨は一度降り出すとなかなか止まない雨だから雨の時間をどうすごすかが大切だからかもしれない。
ジョンレノン イマジンやネパール国歌、ボビーソロ、ほほにかかる涙、伊東ゆかり 夏にさようならなどを聞きながらレモンを5個搾りレモンティーを2.5リットル作る。この頃は1週間で7.5リットル飲む。昨夜桑村 綾さんの話にあった宮脇昭さんの「いのちを守る300キロの森づくり」のビデオを見る。60年の活動で1700箇所の植林全てで成功させてきたという。中には再生不可能といわれた外国熱帯雨林の植樹による再生、中国万里の長城脇の植樹なども。今回の震災を教訓に青森から福島に続く海岸部300kmわたって築く「緑の防潮堤」プロジェクトを提案されている。世界一の防潮堤を海の中に再建するより、陸地の中にこの「緑の防潮堤」を作るほうが希望がもてる。どれほど大きな防潮堤を作ったところで自然の大きさからすれば所詮砂の上に置かれたコンクリートの塊だから大きな津波が来ればひっくり返されてしまうだろう。震災で自然の力を知らされた日本人の今後の対策としてよい答えとは思えない。ここは宮脇昭さんの提案を現在日本人の出しうる最高の答えと信じて進めて欲しいと思う。こういう人がいることを流石は日本人と嬉しくなる。5時雨音がしてくる。5時半窓ガラスに身体をぶつけていた蚊を召捕る。今朝のカトマンヅの空は灰色の雨雲が低く垂れ込めている。向かいの建物の屋上には沢山の洗濯物が干されたままで雨に濡れている。
いま取り込めば半生だろうが雨は次第に本降りになってきているからもうかなり濡れてしまっていそうだ。洗濯をしたのは通いの洗濯のお姉さんなのかもしれない。住んでいる人が気がついて起きて取り込まないのが不思議だ。5時45分 6時朝食。なすの煮物のおかず。読売新聞2つとThe Rising Nepalを見る。一面に第七回マオイスト全国大会でプラチャンダが党の民主的統一のために戦う、6月19日バイディアが新党を作ったことを歴史的に残念なこととと述べてバッタライと仲良く語り合っている写真を載せていた。新憲法検討中にNCのコイララに次の政権はあんたのところと軽口をたたいたて期待させたり、新憲法がまとまりかけた終盤でこれを自分は認めないなど数々の不信感をバッタライに与えてきたプラチャンダだがバイディア派の新党結成は自分に責任があると自覚しているらしい。新憲法成立までは出来なかったが今はバッタライのサポートしているように見える。あたかも大統領のような発言をする気の大きなところがときどき見られるがこの人の陽気さで国民には大目でみられている。本名はダハルだが新聞にもプラチャンダ:獰猛なやつというニックネームで呼ばれて得をしている。7時振り出して2時間あと2時間で止んでもらいたいものだ。8時雨が止む。停電になる。今日の停電は8時ー11時と19時―21時。まもなくホテルの自家発電のエンジンがうなりだしてパソコンの電気が来る。オフィスのバスで10時オフィスに着く。昨日のミーティングで遅かったのかサンカルジーは遅れてきた。昨日は5時で終わったという。午前中ナショナルスタッフのラムサルさんが専門家の女性と来られる。カウンターパートとの話しにスタンバイさせてもらう。現在のフラッシュシステムは学校の実績数値をまとめているが、学校のマネジメント、学校の状況を評価し良くしていくための動機付けを促す管理機能は持っていない。どうやら学校評価システム、校長などのマネジメントを支援するシステムといったものを構築しようという話しのようで。これまで各学校の校長たちや、関係部門で思い思いに作ってやっているものがあるようだがどうやら継続性が無く全国統一のものがあるわけでもない。いい学校とはいい先生がいる学校でどこの地域でもいい学校と悪い学校は知られている。悪い学校とはいい先生がいない学校だという。こんな認識のレベルからシステムを作ろうという。先生、生徒の出席率と進級、留年、退学の相関分析とか、学校を成績を測るキーインデックスを作って注意を喚起するというようなイメージらしい。このような品質の数値化により、その学校の教育の品質改善を図ろうとするもののようだ。こういうもののシステム化を手がけるには優秀校と見られている学校を参考にシステムを作り上げるというアプローチになるのだろう。しかし出来たシステムが優秀な校長の意思を反映したものであればそれを実施したらダメとみられている学校の指標は悪いインデックスが出るに決まっている。いいインデックスを作るには熱意のある教師がいなければできるものではない。要は教師の生徒を教える熱意を喚起することが大切になってくる。生徒は教師によって学校に行きたくもなるし、行きたくもなくなるのはどこでも同じで、生徒が学校へ行きたくなるような学校がいい学校ということになるだろう。教師が授業をさぼったりしていては生徒も学校へ行きたくなくなるにちがいない。以前バヌアツで英語の研修に申し込んで夕方5時ごろから2時間ばかり大学に通ったことがあった。やっと駆けつけたものの3度事前連絡無しに教師が来ないノークラスを経験した。それきり行くのはやめた。午後Google Sitesを見る。4時半店仕舞い。5時オフィスのバスでマイティガール。アンガンでパンを買って帰る。帰宅後6時過ぎお風呂に入る。お昼に聞いた〔明日へのことば〕 縁を結び 支え合う 僧侶 川浪 剛 さんの話を途中から聞きながら夕食をいただく。夕食後「二重葉脈」を読んで20時前就寝。
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7月17日(火) 雨後晴れ 日の出5時18分、日の入19時0分 ネパール480日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2012/07/17(Tue)

3時雨音で目を覚ます。この頃はよく雨が降るようになった。もう川も氾濫しそうになっているところもあり、山間を通る道路の中には土砂くづれで危険なところもあるだろう。しかしまだ6月1日に発表された停電予定一週35時間はまだそのままにされている。電気の全てを川の水力発電によっているこの国で何故まだ一日5時間の停電が必要なのだろう。日本のレストランは明るいのが普通だがここでは電気が消えているのは普通で昼間から薄暗い。なかにはロウソクで明かりをとっているちょっと高級な店もある。人通りの多い街中はゴミがあふれ、犬や牛はその生ゴミをよく漁っている。時々店先で売る野菜を食べて追い払われる牛もいる。歩道に糞が並ぶのは仕方が無い。犬は多いが猫は少ない。野良犬と呼ばれる残飯で生きれるのは犬であり、野良猫としてこの国で生きていくのは難しいようだ。ホテルと日本料理店のここでは猫が飼われている。残飯が豊富なのにちがいない。ネパール人で猫をペットとして飼う人は少ない。猫は不吉な動物できらわれているとも聞いた。日本は昔はネズミ捕りに飼っていたがここではその役割は知られていないようだ。ねずみはかなりいる。スーパーで買い物中に足元を走られて驚いたことがあった。時々道路で死んだねずみがカラスにつつかれている。6時朝食。かぼちゃの煮物のおかず。今朝のThe Rising Nepalの一面にはヒンズー教の最大の寺院パシュパティナートで昨日から一ヶ月のお祭りが始まった写真があった。又昨日朝4時半にダーディン 30からカトマンヅに向かうバスが200m下の川に転落して17名死亡とあった。川沿いのプリティバ ハイウェイだった。ここはガードレールに無いところが多い狭い道路だがカトマンドとポカラを結ぶ幹線道路で交通量が多い。片側が山の斜面で反対側の下に川が流れている。山側の道路際には放置された車の残骸が時々置いたままにある。ネワルパルシー 48で交通事故で3名死亡の記事があった。重体の人も多数という。マオイストの大会の2日目の月曜日はそこに出席予定の党員3名が自動車事故の犠牲者だったことで火曜日に延期されたとあった。モラン 05では雷で7名死亡という記事もあった。サンクワサバ09では山の池が雨で大きくなったと写真を載せていた。新聞には出ていなかったがTVではダンで大きな自動車事故があったという。病院で職員のストライキというのもあった。明け方まで降っていた雨は止んだ。7時15分 9時15分ホテルを出る。9時半オフィスのバスで職場へ。階段でカウンターパートに声をかけられ立ち話をする。今日は朝から会議だという。モニタリングの日は25日10時にしてもらう。事務所の雑誌の記事募集をみる。午前中に原稿と写真2枚を送っておく。午後検索エンジンに検索されやすくするものを学習してhtmのタイトルをネパールIndexからネパールよいとこに変更してサーバーにアップしておく。今週から新年度が始まり幹部のミーティングが朝からづっと1階会議室で続いている。4時35分店仕舞い。オフィスを出る時にはまだカウンターパートは会議に出たままで席に戻らなかった。5時オフィスのバスを待つ間玄関脇のセキュリティのボックスからいつも笑顔で敬礼してくれるお兄さんに給料について話を聞く。この国の最低賃金は昨年5月に月給が6200ルピーに賃上げされ日給の最低賃金が231ルピーに賃上げされたがどうもこれまでにいろいろな人の話しでこれが公務員の初任給に近い金額らしく民間企業ではこの賃金を払えないところが沢山あると聞いていた。最低賃金は新任の交通警察官や小学校の教師たちで若い婦人が多い。セキュリティのお兄さんはガードマンの制服を着ている35歳でどうも正規の公務員とは給料体系が違うようだ。月5000ルピーでボーナスはないという。給料は振り込みではなく現金払いで支給計算書は手書きだという。 バスの運転手のガンガジーに今週はバスの休みを訊ねると土曜日だけだと教えてくれる。 今朝も今日はくるかと電話で確認したが今週はこれでひと安心。 帰る時間は良く晴れていた。お風呂に入り昨日の続きの20120713 〔明日へのことば〕 ふるさと”丹後”への恩返し(2)料亭・食材工房経営 桑村 綾さんの話を聞きながら夕食をいただく。 夕食後日記をつけながら紅茶をつくる。トリブバン国際空港のホームページがまだ見れない。どうしたことか。システムが故障して、バックアップシステムがないのか、復旧に手間取っているのか。まもなく立ち上がるというメッセージがこの3日ぐらい続いている。19時10分。「二重葉脈」を読んで19時半就寝。
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7月16日(月) 雨 日の出5時18分、日の入19時1分 ネパール479日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2012/07/16(Mon)

7月16日(月) 雨 日の出5時18分、日の入19時1分 ネパール479日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2時の気温26℃、湿度85%

夜中大きな雨音で目を覚ます。網戸にしていたガラス窓を閉める。少し寝汗をかいて下着を干す。
昨夜来雨が降り続いているようで珍しい長雨。今週は京都祇園山鉾巡行、いよいよ梅雨が終わって祭りの始まり。静岡では夏の高校野球にいよいよ出場。今日はネパール暦では新年度のはじまりの4月1日にあたる。また休む。
5時15分起床。雨が降っている。低く雨雲がかかっていてまだしばらくは降り続きそう。今年の定年退職者へのカレンダー申し込み案内を見る。まだ出ていなかった。6時朝食。小松菜のおひたしのおかず。読売新聞の13日金曜日の新聞一面は熊本で川の決壊で水びたしになった家屋の航空写真だった。14日、15日の新聞は各地の高校野球予選の記事。今朝のThe Rising Nepalの一面にはは新年度の予算について前の演壇にはシュレスタ、バッタライ、ガッチャダールが並んで座り、大勢の政府の各省の大臣や役人を前にしてプン財務相が新年度を3期に分けた最初の4ヶ月の予算1610億ルピーというの説明している姿を載せていた。年間では約4000億という規模か。一面の下にはインドと国境を接するネワルパルシー県48でバスの川への転落事故で39名死亡の記事が出ていた。インド人犠牲者34名はヒンズー教の巡礼の人たちという。雨季の季節は悪い道を走る車の事故が増え飛行機は悪天候で欠航が増える。7時ようやく雨が止む。日本は海の日で休日。ネパールは新年度のはじまり。
10時過ぎカウンターパートからInternal EfficiencyのデータをUSBでコピーしてくれと頼まれる。5月26日に作成したExcelデータをコピーして渡す。再度5月28日に作ったデータを確かめてみる。そこで作った手順書を見てマクロを3つ実行してデータを作りなおす。13時プログラムで作ったデータをカウンターパートにUSBで渡す。夏の高校野球の静岡の緒戦は10対0で吉原に6回コールド勝ち。昨年のように好調な立ち上がり。次は21日土曜の第一試合。 午後はJava Programを見る。午後は雨が降る。4時45分オフィスを出ると階段でラビンドラさんから声をかけられる。ガンガジーが早くでるからと電話があったという。4時55分バスが出る。マイティガールに5時20分着く。オフィスの人と一緒に途中までおしゃべりをして歩く。いつもの近くの店でヨーグルト1Kgを買う。ホテルに5時45分帰って日記をつける。6時過ぎお風呂にはいる。20120712 〔明日へのことば〕 ふるさと”丹後”への恩返し(1)料亭・食材工房経営 桑村 綾さんの話を聞きながら夕食をいただく。「二重葉脈」を読む。これは大企業による偽装倒産を扱っているが、日本では手形が不渡りなどになったら企業は倒産する。倒産した企業は会社更生法などで裁判所の調停で債権者に借金を割引してもらって生き返る道がある。ネパールでも企業はお金が回らなくなることがある。政府の仕事をしている土木会社でも政府から予定通りお金が入金されない時があるという。そういう時は下請けにお金を払えないから仕方なく待ってもらうのだという。だからネパールでは資金繰りで困ることはあってもそれで即倒産ということにはならないらしい。20時就寝。
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7月15日(日) 雨 日の出5時17分、日の入19時1分 ネパール478日目 気温最高26℃、最低20℃ 
2012/07/15(Sun)

夜中何度も目を覚ます。そのたびに「森と湖のまつり」を読んで就寝。博多では山笠のフィナーレ追い山の朝。
5時半起床まだ雨が降っていた。
6時朝食。キューリの酢の物のおかず。朝食後ネパールよいとこの挙国一致内閣を少し更新する。次は11月22日の選挙に向けてという記事を追加することにする。7時半 「ネパールよいとこ」に003 議員選挙の行方という記事を追加する。9時。11時部屋掃除をしてくれる。ロビーで本を読む。11時20分部屋に戻りカトマンヅ発の出発便を見てみるとウェブサイトが故障していてご迷惑をおかけしますと出ていて見れなかった。夕方4時までで「森と湖のまつり」を読了。長編でもあり読むのに時間がかかった。昔から知っていた作品ではあったがようやく読むことが出来て幸せだった。作者が42歳の時の作品である。若いときに読み出していたら最後まで読むのは難しい作品だったろう。作者もこれを書き上げるのには苦労したらしい。北海道の固有の民族であるアイヌ民族が日本民族に同化の歴史を学ぶことができた。アイヌというと阿寒湖周辺と思っていたが、昔は石狩アイヌや日高アイヌなど北海道中にアイヌ民族がいて戦争を繰り広げていたということを知る。またピリかメノコが異民族の男性を好きになると民族が同化されてしまうというのもなるほどというものだった。たまたま北海道ではシャモ日本人が後から入植してきた。しかも入植するにあたってそれを支えて支援したのは土着していたアイヌだった。昭和33年に東映から映画化され風森一太郎:高倉健、佐伯雪子:香川京子、池博士:北沢彪、鶴子:有馬稲子の配役。見てみたい映画だ。日本人を好きになったピリカメノコの中には顔に入墨をされた人もあったという。著者は32歳から34歳のとき北大で講義をしている。64歳でガンで亡くなられた。1968年度芸術選奨文部大臣賞や日本芸術院会員の選出などの国家的褒賞は辞退し続けた方という。ネパールにもマガールとかタマン、グルン、ライ、リンブーなどザナザティと呼ばれる固有の民族が多数ある。そこにインドからイスラム民族のムガール帝国樹立に伴うヒンディー教徒であるバフン、チェットリという民族がネパールに入り込んできて、この国を統一して多民族国家を形成している。日本は昔から単一民族と思い、アイヌ民族をあまり固有の民族という意識に欠けていたが、この小説でアイヌ民族を再認識することが出来た。5時お風呂に入る。5時半「最愛の妻の死を乗り越えて 1 2」国立がんセンター名誉総長 垣添忠生さんの話を聞きながら夕食をいただく。『妻を看取る日』を読んでみたい。マンゴーとバナナとヨーグルトのデザートをいただく。
カトマンヅーエジプト アレクサンドリア、ルクソールのエアーアラビアの便を見てみる。
10/20KTM 13:50->SHJ 16:25,10/21 SHJ 7:30->ALS 9:15,10/28 LUX 17:10->SHR 22:05,10/29 SHR 7:30->KTM12:55
をみる。松本清張著「二重葉脈」を読んで就寝。
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7月14日(土) 雨 日の出5時17分、日の入19時1分 ネパール477日目 気温最高26℃、最低20℃ 
2012/07/14(Sat)

夜中1時半に目を覚ます。外は雨のようだった。掛け布団をベッドから落としていた。昨日は少し食べ過ぎたせいか少しお腹の調子が良くない。御岳百草丸を飲んでおく。。5時までベッドのなかで。「森と湖のまつり」を読んで過ごす。6時朝食 雨はあがっていた。7時前出かける。土曜日のカトマンド市内はゴミ回収車が出回る。運転手が道路脇のゴミをスコップで車に積み込む。自転車の後ろにリヤカーの荷台に改造したゴミ回収車もあって青年がゴミを集めて引いている。7時半すぎ市場につく。いつものところでジャガイモと玉葱1Kgづつ、1Kgのキャベツを買う。大きなレモンを売っていたおばさんは今日はいなかった。仕方なく小さなレモンを12個、マンゴーを2Kg買う。帰り道でパンを買う。9時過ぎホテルに戻ってシャワーを浴びて、ズボン、と下着衣類、リュックサックを手洗いして屋上に干す。お湯を沸かして紅茶を3リットルつくる。日記をつける。朝から日差しが強い。9時54分 午前中うとうとしながら「森と湖のまつり」を読む。12時昼食。雲が出てきたので洗濯物を取り込む。取り込んで10分もしないで12時20分音をたてて大粒に雨が降りだした。30分ほどで小降りになる。そのうち止んで日差しが出てきた。午後3時また大雨が降り出す。4時お風呂に入る。5時「希望ある未来を望み見るために」作家 加賀乙彦さんの話1 2を聞きながら夕食をいただく。
レモンを搾ってレモンティーをつくり冷蔵庫に冷やしておく。じゃがいもを茹でておく。
夜中も雨は音をたてて降り続いていた。「森と湖のまつり」を読んで就寝。
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7月13日(金) 雨時々曇り時々晴れ 日の出5時16分、日の入19時1分 ネパール476日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/07/13(Fri)

4時に目を覚ます。10月の10日間の休みにエジプト旅行を見てみる。クレオパトラの住んだアレクサンドリアやカイロなど。既にアレクサンドリアのホテルの部屋は予約できないところもある。地中海で泳ぎ新鮮な海鮮料理をいただきピラミッドを見れたらいいかと思う。6時朝食。ジャガイモと玉葱の煮物。朝食後雨が降り出す。8時
The Rising Nepalを見る。新聞の一面はマオイストのプラチャンダ派の会議の写真を載せていた。しばらく見ていると
新聞の一面には首相と外国要人との会談などの首相に関する記事か各政党の集会の記事が定番になっている。時には洪水などの被害のニュースもあるがいつも会議をしているのがこの国の要人だ。各政党のリーダー達は揃って現政権の退陣を求め自分が首相になりたいそぶりだ。首相をしていて何も出来なかった共産党のカナルまでが現政権の退陣を求める急先鋒で自分がとって代わりたいらしい。選挙で落ちてもNCの議長の職にしがみついている高齢のコイララも首相をしたいらしい。一度やったプラチャンダも、バイディアも首相をやりたい気持があるようだ。
現在のバッタライが挙国一致内閣などの離れ業をしたりしたのを見て、こんな手もあったのかと、それぞれのリーダーにとっては目からうろこの思いでなにか出来ると思い始めたのかもしれない。旧王国時代の王制派の政党の胎動は止まない。人気を失って退陣したギャネンドラは表向きの発言は抑えているが担がれたいのは山々らしい。
前回の選挙で小選挙区では大勝したマオイストであったが党が2つに分かれては勝算がたたないから11月22日の選挙にはもうこだわらない。もう11月の選挙は出来ないだろうというのが世論の大勢になってきているようだ。
首相が何もしないまま1年で交代する姿はネパールも日本も良く似ている。日本は税金を値上げしたがその決断に国民がどういう判定を下すか解散総選挙の結果が注目される。
いつもの出勤の時間も雨が降り続いていた。少し疲れた一週間だったので一日休養にあてることにする。ウェブサイトのメッセージをが画面に出るように修正する。しかしFirefoxでは地図にかかってしまう。「森と湖のまつり」を少し読んで過ごす。昼前には雨が止む。午後2時ごろ町へ出て買い物をする。丁度店を出た時雨が降り出していた。事務所に寄る。事務所では取引先がきていて銀行小切手を受け取り、レシートにサインしている姿があった。今日はネパール暦の月末であり1年の年度末。役人の給料日も月末、業者の支払いも通常月末。銀行もお金の出し入れで大忙しの午後だったろう。定期刊行物やお願いしていたものをいただいてくる。事務所を出たらもう雨は止んで強い日差しが照りつけていた。濡れた傘をしまったのだったが、雨の傘を持っていた女性が傘をさして日傘にしてさして歩いていたのを見てその機転に感心させられた。ホテルに帰ってお風呂に入り、〔明日へのことば〕 パリで培った音楽観を日本に 音楽家 三宅 純さんの話を再び聞きながら夕食をいただく。「森と湖のまつり」を読んで就寝。

大使館からのお知らせ(12-58)7月13日
道路拡張工事について
大使館に入った情報によりますと,明日(14日)早朝から夕刻まで,マハラジガンジ交差点からブダニールカンタにかけて,政府による道路拡張工事が実施される模様です。
工事中は,車両での移動や徒歩での通行も困難になると思われます。また,工事もかなり荒いものとなりますので,危険な状況も予想されます。付近居住の方や同付近に用事がある方は十分ご注意ください。
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7月12日(木) 雨のち曇り 日の出5時16分、日の入19時2分 ネパール476日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/12(Thu)

2時半目を覚ます。外での人声が続いている。小雨が降っていた。マンゴーとバナナを切ってヨーグルトといただく。〔明日へのことば〕 パリで培った音楽観を日本に 音楽家 三宅 純さんの話しを聞きながらレモンを4個切ってレモンティーを作る。3時半給水車が入ってくる。作家 太田和彦さんのニッポンの居酒屋の魅力を語ろうというのをベッドで聞く。4時51分起きる。鶏が盛んに時の声をあげている。5時45分雨が止んで空には雲をとおして青空が見える。周りの山々の稜線がくっきり見える。今日の昼間には日射が出そう。6時朝食。おくらのおかず。納豆のようにしてご飯とまぜていただく。9時半バスを待つうち雨が降り出す。オフィスに着いて傘をさす。傘をさして朝オフィスに入ったのは今年最初のように思う。今朝は机の中を全部出して引き出しの不要なものを捨てる。雑巾で引き出しの中を拭く。10時半 お昼までに画面の絶対アドレスに文字を表示する仕方に変える。IE8では指定どおりに表示されたが、Firefoxでは文字が上に表示されて、絶対アドレスの指定がきかなかった。調べてみるとスタイルの指定の記述
をFirefoxでは認識してくれないというのをWebでみる。仕方なく元に戻しておく。3時過ぎからネットに繋がらなくなる。今年のネパールの休日を見るとダサインのお祭りの大型連休は10月20日から29日までの10日間ということになる。この時期をどう過ごすかを考える。5時オフィスのバスで帰宅。丁度お風呂が空いていたのですぐ入る。風呂上り、五木寛之さんの歌の旅人富山県を聞きながら夕食をいただく。夕食後「森と湖のまつり」を少し読んで就寝。19時半

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7月11日(水) 晴れ時々雨 日の出5時15分、日の入19時2分 ネパール475日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/12(Thu)

0時目を覚ます。静かな夜。犬の鳴き声もしない。まだ喉が少し痛いので1時半ベッドで休む。3時前蚊の鳴く音が耳元で聞こえて目を覚ます。外からは雨音が聞こえてくる。起きてマンゴーとバナナとヨーグルトミックスをいただく。
昨日の続きをする。6時朝食。朝食の時は雨は止んでいた。まだ空を覆う灰色の雲があるので日中に雨がふりそう。
今朝もセラピナ顆粒を1袋飲む。残り4袋になる。駐車場の石畳は7割がた乾いている。10時オフィスで本の整理をする。埃を被った本を雑巾で拭いて整理する。今日はWebの形作りをする。あとはIE8での表示の仕方とFirefoxでの表示の仕方の違いを直したいがどうすればいいのかまだわからない。12時過ぎ雨が降ってきた。3時過ぎは大雨が降ってきた。30分で止む。4時半までで絶対アドレスで表示する仕方を見つける。明日試してみる。帰りの時間には雨は止んでいた。今日の帰りのバスはいつもの半分の人だった。相変わらず空港から市内まで渋滞だった。アンガンまで歩いてパンを買う。17時45分ホテルに帰る。まだ雲があるから夜中には降りそうだ。お風呂に入り明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(2)教育研究者 大田 堯さんの2回目のお話を聞きながら夕食をいただく。夕食後セラピナ顆粒を1袋飲む。紅茶を2.5リットル作る。19時15分停電。黒雲が空を覆って低く垂れ込めている。外からは気持のいい風が入る。エンジンが鳴り出し自家発電の電気がくる。「森と湖のまつり」を少し読んで就寝。
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7月10日(火) 曇り時々晴れ 日の出5時15分、日の入19時2分 ネパール473日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/12(Thu)

1時半目を覚ます。喉が少し痛いのでイソジンをスプレーしてまた休む。5時起床。今朝は薄いくもを通して空が見える。天気予報では雨とでていたが日中はいいお天気になりそうだ。5時45分ラジオ体操1,2をする。ホテルのスタッフがバイクや自転車でくる。仕事に出かける婦人もいる。セキュリティのおじさんがいつものシャワーを浴びて裸で歩く。朝の活動が始まる。5時50分朝日が前の建物にあたって輝く。6時朝食おかずは野菜の甘煮。朝食後The Rising Nepalを見ると、首相と選挙委員会に公正な選挙を予定通りするようための話しあいの写真を載せていた。選挙を認めていない野党もあって11月22日の予定通りの選挙実施をあやぶむ人が多いなかどうなることか。また首相がギャネンドラ王に与えていたものを没収するという記事もあった。王政復古を唱えるグループが今なおあることの根を刈る意味合いがあるようだ。朝食後セラピナ顆粒を1袋飲む。椅子にかけてうとうとする。8時バスドライバーに電話をして今日はバスが来る事を確かめる。バナナとマンゴーとヨーグルトのデザートをいただく。10時すぎオフィスへ。
一日Webプログラムに取り組む。5時オフィスのバスで5時32分帰宅。お風呂に入って、〔明日へのことば〕「餃子と人情は私の宝物」 中国料理店経営 八木 功さんの話を再度聞きながら夕食をいただく。7時日誌をつける。
「森と湖のまつり」を少し読んで就寝。
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7月9日(月) 雨時々曇り 日の出5時14分、日の入19時2分 ネパール472日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/09(Mon)

0時半目を覚ます。喉が少し痛むのでイソジンスプレーをする。雨音がしてくる。昨日より日の入りが早くなる。これからは日の出は遅くなり、日の入りは早くなっていく。この1週間も雨のお天気予報。1時27分
紅茶を作って冷やしておく。セラピナ顆粒を1袋飲んで2時ベッドで休む。
5時半起床。雨は止んでいた。前の石畳は半分乾いている。レモンを3個搾ってレモンティー2.5リットル作り冷蔵庫に入れておく。今朝は覆われている灰色の雲の隙間から青空が見える。今日も昨日同様強い日差しがありそうだ。
6時朝食。キンピラ牛蒡のおかず。朝食後読売新聞土曜、日曜版とThe Rising Nepalを見る。一面にバッタライ首相が泥道を歩いている写真があった。バクタプールであったセレモニーに出席するのに泥道で車が行けず、途中からの行き帰り歩いて行ったという。首都圏といわれる、カトマンド、バクタプール、ラリトプールでも今の雨季の時期、車が走れない道路が沢山あるという。7時16分 9時半オフィスのバスで出かける。久しぶりにラビンドラさんが乗っていた。親切に今日の午後のバスは休みと教えてくれる。10時10分オフィスに出る。ユニセフから日本青年が訪ねてくる。DOEのウェブサイトからデータのダウンロードが出来なかったという。昼食は20120709 〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を聞きながらいただく。 13時半職業訓練校Council for Technical & Vocational Training(CTEVT)からウペンドラ ポカレルさんが訪ねてくる。ゴルカ出身のバフンという。15年仕事をしているという。CTEVTからのバス便について教えてもらう。早速今日の午後バス乗り場へでかけることにする。4時35分店仕舞いをしてCTEVTのバス乗り場へ4時45分に着いた時はほぼ満員だった。バスは5時5分前に出発。マイティガールまでで半数近くの人が降りていた。5時35分ホテルに着く。荷物を整理して日記をつける。6時20分お風呂に入る。6時40分風呂からあがる。網戸を通して気持のいい風が入る。レースのカーテンを新しくしてくれて気持いい。お昼に聞いた大田 堯さんの話を途中から聞きながら夕食をいただく。蒸かしたとーもろこしもいただく。
夕食後セラピナ顆粒を1袋飲む。「森と湖のまつり」を少し読んで就寝。
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7月8日(日) 晴れ時々曇り 日の出5時14分、日の入19時3分 ネパール471日目 気温最高27℃、最低20℃ 
2012/07/09(Mon)

1時半目を覚ます。八木 功さんの今年1月26日の東京新聞の記事を読む。羽根付き餃子を知る。来年3月日本に帰国する時は蒲田に1日目の宿を取って夕食はニーハオで八木さんの料理を楽しむ事を考える。黒湯温泉にも入ってみたい。3時これからhtmのTableの続き。ネパールよいとこの最初の画面のTable Sizeを変えてみる。5時までで一休み。6時朝食。強い日差しが出てくる。リュックサックを手洗いして屋上に干す。10時まで地図を作って張り替えてみる。10時過ぎブルーバーとアンガンへ買い物に出かける。カミソリ、歯磨きチューブ、砂糖、パンを買って帰る。乾いたリュックサックを取り込む。「森と湖のまつり」っを読んでうとうとする。〔明日へのことば〕 今も生きる妖怪 国際日本文化研究センター所長 小松和彦さんの話しを聞きながら昼食をいただく。午後「森と湖のまつり」っを読む。部屋の掃除をしてくれている最中はロビーで過ごして図書室にあがってで松本清張「二重葉脈」、山口瞳「冬の公園」を借りる。部屋に戻って図形からのリンクのhtmの簡単なものをつくり試す。やっとリンクは出来てあとは体裁を考えるのと、無駄を省く作業が残る。17時 お風呂に入る。風呂上り、〔明日へのことば〕 歌舞伎を通して子どもを育てる 松尾塾子供歌舞伎塾長 松尾昌出子さんの話しを聞きながら夕食をいただく。夕食後セラピナ顆粒を1袋飲む。メニューをパワーポイントとペイントで作るのをやってみる。「森と湖のまつり」を読んで就寝。

バクタプールでぬかるみを歩く首相2012_7_8.jpg
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7月7日(土) 雨のち曇り 日の出5時14分、日の入19時3分 ネパール470日目 気温最高28℃、最低20℃ 
2012/07/07(Sat)

今日はたなばたの日。たなばた伝説を見る。2時10分まで懐かしのメロディを聞きながらネパールよいとこをいくつか更新する。4時休む。5時半起床。メールを発信して懐かしのメロディを聞きながら日記をつけてレモンを搾ってレモンティをつくる。5時34分 6時朝食。7時15分ホテルを出てカリマティ市場へ向かう。今朝は道路のゴミを集めていた。8時市場に着いていつものおじさんの店でジャガイモ1Kg、30ルピー、玉葱1Kg25ルピー。次にトウモロコシを買っている婦人を見たので聞いてみると1本5ルピーだという。10本買う。次に先週買ったおじさんからキャベツ1つ約1.5Kg50ルピー。先週と同じおばさんから大きめのレモン1個5ルピーという。8個買う。次いでマンゴー2Kg100ルピーという。ナイフで切って味見させてくれる。柔らかくて甘く美味しかった。2Kgもらう。最後出口付近の一般小売場所のおばさんから人参0.5Kg20ルピーで買い物終わり。8時45分市場を出てホテルに9時半少し前に帰る。丁度部屋の掃除をミナさんがやっているところだった。野菜、果物を冷蔵庫に入れてシャワーを浴びる。汗をかいて濡れた服と、雨上がりで泥はねの付いたズボンを手洗いして屋上に干す。10時半ごろ空は灰色の雲で覆われているが雲間から日差しが射した。ジャガイモを洗って茹でる。メールを発信して日記をつける。10時50分 今日は「風雲に乗る」を読む。12時昼食。午後1時雲が厚くなってきたので洗濯物を取り込む。ほとんど乾いていた。買ってきたとうもろこし2本を蒸かす。1本をいただいてみる。黄色いつぶが硬かった。とりたての軟らかいのを期待していたのだが久しぶりのトウモロコシを塩を少し振りかけて何度も噛んでいるうちに次第に甘みが出てきて美味しかった。すぐもう一本もいただく。いつも道路際でトウモロコシを焼いて売っているのを見て通るだけで硬そうに見えてどうかと思っていただやはり硬かった。道路際では廃材を燃やして煙を上げてトウモロコシを丸焦げにして売っている。1本6ルピーから10ルピーだという。14時「風雲に乗る」を読了。モデルの山田光成さんは日本信販、JCBの創業者。城山三郎さんの作品は若い時よく読んで楽しませてもらったが久しぶりに生き生きした作品に遭遇して幸せだった。疲れたのでベッドで昼寝。15時45分目を覚ます。布団をかけないまま寝てしまい、少し寝汗をかいていた。いつ降り出すかという空から雨がポツポツ降りだしていた。しばらくhtmで必要な命令を見る。そのあと武田泰淳著「森と湖のまつり」を読み出す。昭和37年5月に発行された作品。5時お風呂に入る。5時20分風呂からあがって日記をつける。20120706〔インタビュー・スペシャル〕  演じること、読むこと、生きること(2)俳優 山﨑 努さんのお話を再び聞きながら夕食をいただく。夕食後「森と湖のまつり」を読んで就寝。 目が覚めたのは7時半。少しhtmのTableを見る。0120704 〔明日へのことば〕餃子と人情は私の宝物 中国料理店経営 八木 功さんのお話を聞きながらマンゴーとヨーグルトをいただく。武田泰淳著「森と湖のまつり」を読んで就寝。
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7月6日(金) 雨のちくもり 日の出5時13分、日の入19時3分 ネパール469日目 気温最高27℃、最低19℃ 
2012/07/06(Fri)

1時半目を覚ます。昨日の写真を画像調整とトリミングをしてメールで送る。マンゴーとヨーグルトをいただく。
3時45分トラックが隣に入ってくる。「風雲に乗る」を読んで休み5時半起床。雨はあがっている。よく雨が降って雲が水分が蒸発するように地上から沸くようにあがっていた。前の駐車場の石畳はほとんど乾いていた。
昨日は段々パソコンのスピードが落ちてきたように感じてシャットダウンして立ち上げた。シャットダウンしたとき強制終了を2つした。まだ完全に終了していないでメモリーを専有しているのが残るようだった。メモリークリーナーを設定してみる。これはシステムやアプリケーションソフトが終了してもメモリが解放されないことがあるという。このソフトは設定した時間になるとメモリをリフレッシュして、こうした無駄な領域を解放して空き容量を確保してくれるという。20分ごとに掃除をする設定にしてみる。6時11分これから朝食。小松菜のおかず。外は少し雨が降っていた。今朝の新聞の一面の写真は雨季到来であった。マオイストの軍のトップであるチャンドラ プラカッシュ カナルがマオイスト軍人を国軍が敬意を持って統合を受け入れるようにと語った記事があった。マオイスト軍人は学歴が無く若い人が多い。NCのコイララがマオイスト政権は政党の合意取れと訴えていた。朝出かける時は雨はほとんど上がっていた。10時過ぎオフィス。午前中はネパールよいとこでバクタプールの田植えの写真を入れる。州の地図に山を入れる。午後Webでマイナーチェンジを2箇所する。2時半店じまいをする。しばらくぶりで会ったネワールの高カーストの青年と給料を聞く。37歳で共稼ぎで子供はいない。毎月の給料は月末に支給され19,000ルピーという。ボーナスは年に1ヶ月分がダサインの前に出る。毎年の給料の昇給は140ルピー。家は持ち家。生活は楽ではないが副業はしていない。海外へ働きに行くことはこれまで考えたことはない。3時半ホテルに帰る。昨日雨に濡れたせいか喉が少しいがらっぽくなってきた。4時停電になる。今日の停電予定は6時ー8時と16時―19時。16時8分自家発電のエンジンのおとが鳴り出して電気がくる。オフィスの作業の続きをする。5時お風呂に入る。5時半〔インタビュー・スペシャル〕「演じること、読むこと、生きること(2)」俳優 山﨑 努さんの話を聞きながら夕食をいただく。お湯を沸かして紅茶を2.5リットルつくる。「風雲に乗る」を読んで就寝。21時半目を覚ます。紅茶に砂糖を入れて冷ましておく。
昨日の続きの作業をする。0時までで形作りを終える。

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7月5日(木) 雨時々くもり 日の出5時12分、日の入19時3分 ネパール468日目 気温最高31℃、最低20℃ 
2012/07/05(Thu)

1時半目を覚ます。雨は止んでいた。日記をつける。2時20分雨音がしてくる。好物のマンゴーをいただく。
今はネパール産マンゴーが旬でとても甘くて美味しい。基本的なhtmをみる。
3時9分停電になる。外も電気は全て消えてしまう。部屋の非常灯だけがついている。
今日の停電予定は7時ー10時と17時ー22時だが、予定になく停電になるとどうしていいかうろたえる。
仕方ないから雨音を聞きながらもうひと寝入りすることにする。3時14分
3時50分気がつくと明かりがついてい。起きてiMapBuilderでNepal地図をだしていじってみる。
6時15分朝食。夜中過ぎから降り続いていた雨は9時15分出かける時やんでいた。
いつもバスを待つ場所に大きな木があるが上から木の枝や水が落ちてくるので見るとカラスがいる。仕方なく場所を移るとカラスがその上に来て同じ事をする。朝からカラスにいたずらをされた。バスに乗ると昨日同様、おしゃべりなおばさん一人しか乗っていなかった。途中で乗ってきたおしゃべりおじさんと、その婦人が、乗ってきた人を相手に速射砲のようなディスクジョッキー調のおしゃべりが始まり延々と続いていた。相手をさせられた人は時々言葉を挟むが前方のおばさんと横のおじさんのおしゃべりが今日ほど煩く感じられたことは無かった。今日はiMapBuilderを使ってみる。10時半 朝同僚と青年隊員が尋ねてきてくれて思いがけない話を聞く。少しおしゃべりをしてサンカルジーと記念写真をとる。若い隊員も同僚もネパール語を上手に話していた。午前中Google Talkのやりとりで作業を進める。インタビュー・スペシャル〕 「演じること、読むこと、生きること(1)」俳優 山﨑 努さんの話を聞きながら昼食をいただく。午後ネットが繋がらなくなる。各州の地図を修正する。夕方マシンの動きが遅くなる。5時雨は上がっていたがカトマンド市内上空は黒い雲で覆われ今にも雨がきそうであった。マイティガールからパンを買いに行く途中で大雨が降ってきた。しばらく店の軒を借りて雨宿りをしていたがまだ続きそうなので雨の中をレインコートを着て、傘をさして川のようになった道路を歩く。途中の店でヨーグルトも買ってホテルに帰る。すぐお風呂に入る。風呂上りお昼に聞いた山﨑 努さんの話さんの話しでお昼の途中の25分からの続きを聞きながら夕食をいただく。夕食後濡れた傘、レインコートを拭いて水気を取って干す。靴を水洗いして周りの泥を取って立てかけておく。ズボンに跳ねついた泥をブラシで取って洗面所に干しておく。日記をつけて「風雲に乗る」を読んで就寝。21時過ぎ賑やかな外の人声で目を覚ます。今日は大勢のお客さんが隣の日本レストラン「田村」に来て駐車場は車がびっしり。客の帰りを待つネパール人運転手達の大きな話し声であった。22時を過ぎる頃からアルコールの入った男女の大きな日本語が聞こえてくる。23時気がついたら外はひっそりと静かになっていた。今日は地図を扱うソフト
iMapBuilderでNepal地図からネパールよいとこが見れるようになった。
http://nepal.24vip.org/imap/nepal.htm  
これまでの地図からはhttp://nepal.24vip.org/index.htm
ネパールよいとこは https://sites.google.com/site/neparuyoitoko/
明日はhtmの基本からみてみる。23時30分 休む。

大使館からのお知らせ(12-57)7月5日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,明日6日(金),共産党UMLやNC等の野党はラリトプール市でバンダを実施すると発表しております。
そのため,ラリトプール居住の方やラリトプールに用事のある方は車両での外出はなるべく避けてください。やむを得ず外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
また,今後の報道等に注意してください。
※この情報は,お知り合いや旅行者等にもお知らせください。また,在留邦人で在留届を提出されていない方
がおられましたら,大使館へ在留届を提出するようおすすめ願います。
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7月4日(水) 雨のちくもり 日の出5時12分、日の入19時3分 ネパール467日目 気温最高30℃、最低21℃ 
2012/07/04(Wed)

0時半起床。昨夜は前の庭でネパール人たちの大きな話し声が遅くまで煩かった。0時半起きた時は雨は止んでいた。犬の吼える声がよく聞こえてくる。これからお手伝いの作業。1時3分 途中10分ほどの休みを1回とって雨の降り出したのも気づかないで4時20分に終わる。思ったより疲れる仕事であった。4時半から雨音を聞きながら日記をつける。雨は1時間前ぐらいから降り始めたようだ。4時36分 一休みしてからレモンを4個搾ってレモンティを作る。昨日の続きで必要なさそうなものは消してのデータのアップをする。プログラムを起動してみたらいろいろ直したいところがあるものの画面に出てきた。6時15分朝食。おかずは一番お気に入りのオクラだった。ご飯をおかわりして納豆のようにしていただく。朝食後庭に出たがまだ少し雨が降っていたのでロビーでThe Rising Nepalを見る。
一面にはバッタライ首相とザナザティのリーダーとの会談が載っていた。会談のアジェンダが出ていた。この国では会議はよくあるがアジェンダが配られることも黒板やホワイトボードなどに書かれたり貼られたりすることはない。新聞に出ていたアジェンダは4つで新憲法作成問題、議員選挙問題、予算策定と承認問題、議会解散後の政党間の合意作り問題といったことだ。大統領と首相がアメリカの独立記念日をお祝いするメッセージをオバマに送ったと出ていた。アメリカは1776年7月4日イギリス植民地から独立したこの日を盛大に祝う。独立後236年になる。世界中の国で独立記念日を設けている国は多いがネパールや日本やイギリスのように独立記念日が無い幸せな国も中にはある。ネパールは1769年ゴルカから出たシャハがネパールを統一してシャハ王朝がはじまっている。日本は紀元前660年、旧暦の1月1日に神武天皇が即位したとされる日を現在の暦に置き換えて2月11日を建国記念日としている。バヌアツは1980年7月30日イギリスとフランスの委任統治領から独立し、毎年7月30日を独立記念日としてお祝いしている。バヌアツの日曜日は礼拝後教会の前にあった独立広場のスタンドに座って海を眺めながら昼食を食べていた。朝食後朝早くからブルドーザーが大きな音を立てて排気ガスを盛んに立てていた。どうやらホテル前の泥道を舗装道路にするという。年度末の予算を消化するために駆け込みで2週間で作るという。
ネパールにも大きなブルドーザーがある。またたく間に水溜りだらけの泥道が均されていた。舗装道路化はとても嬉しいニュースだった。この国の役所の会計年度はネパール暦の4月1日から翌年の3月31ひまでで、今日は3月26日。新年度のネパール暦の4月1日は西暦の7月16日になる。8時バスの運転手ガンガジーに電話すると今日はくるという。今週はダメと覚悟していただけに嬉しくなる。嬉しいことが重なった。9時15分ホテルを出て9時半バスがくる。乗っていた客は1人だけだった。途中から幼ない女の子をつれたお母さんが乗ってくる。幼子の笑顔を見ていると楽しくなる。ここでも嬉しい思いをさせてもらった。バクタプールの畑では水を張った水田が増えてきていて今朝も婦人たちが並んで田植えをしてた。次第に水で光った水田が増えてきている。10時過ぎオフィスに着いてサンカルジーに昨日依頼されたものをUSBで渡す。とっても喜んでくれた。人に喜んでもらえることができるのは嬉しいことである。隣の学校の生徒達の賑やかな声を聞きながら、昨日の続きをする。今日はラスワのライさんが部屋に来て握手をする。10時50分 画面上部のバナーを作る。画面の識別子を小文字でjpgにかえる。Index.htmのテキストを「ネパールよいとこ」と入れる。ffftpで24vipのデータを消して再度アップする。画面が直って出た。次はvar text1が出ないのを調べる。14時50分 メニューにボタンをセットしてLinkするところをmenu.htmを見て長方形のアドレスを見てみるがやはりそのアドレスの設定か理解できなかった。var text1がサーバーにアップしたら出てこなくなったのも原因がわからなかった。ローカルで見えると便利な機能だと思うのでサーバーにアップしても出てくると嬉しいのでまた調べることにする。午後よく降った雨は帰る頃は小降りになっていた。ホテルに5時45分帰る。5時50分お風呂に入る。夕食は明日へのことば〕   木目と木肌に魅せられて(2)木工芸・人間国宝 村山 明さんの話しを聞きながら夕食をいただく。「風雲に乗る」を読んで就寝。
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7月3日(火) くもり時々雨 日の出5時12分、日の入19時3分 ネパール466日目 気温最高30℃、最低21℃ 
2012/07/03(Tue)

3時に目を覚ます。日記をつける。24VIPを見る。SmartFTPをダウンロードする。ネームサーバーの設定は既にされているようだ。5時過ぎ雨が降ってくる。FTPでアップロードする仕方がわからない。6時7分
6時15分朝食。なすの煮物のおかず。朝降っていた雨は出かける時小降りになっていた。8時45分レインコートを着てでかける。9時ローカルバスに乗る。幸い空いた席があって座れて9時40分教育局に着く。9時45分既にカウンターパートはきていた。今日はGoogle Talkを導入する。ffftpでホストにデータをアップする。
使い方がわからずどのようにアップしていいか困ったが電話とGoogle Talkで少しづつわかってくる。
シャンカルジーが店仕舞い間際に仕事の依頼がある。明日の午前中までにという事だったがよく聞いてみると朝までに出来ていると嬉しいようなのでチャレンジしてみることにする。今晩3時間あれば出来そうな簡単な仕事。今日も途中まで行くバスに乗る。コティソールでテンプーに乗り換えてマイティガールで降りる。レインコートを着て傘をさして雨の中ホテルには17時45分帰宅。しばらく風呂があくまで日記をつける。18時20分
18時半お風呂に入る。風呂上り、名指揮者ブルーノ・ワルターとわが音楽人生 音楽評論家・合唱指揮者 宇野功芳さんの話を聞きながら夕食をいただく。宇野さんのお父さんは有名な漫談家の牧野周一さん。牧野周一さんは石巻のご出身。ポール牧、牧伸二さんは牧野周一さんのお弟子さん。夕食後高鍋進さんの剣道決勝を見る。城山三郎著「風雲に乗る」を読んで21時就寝。夜雨が降り続いていた。
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7月2日(月) 雨時々くもり 日の出5時11分、日の入19時3分 ネパール465日目 気温最高29℃、最低21℃ 
2012/07/02(Mon)

0時半目を覚ます。昨日は蚊取りマットをつけずに寝たせいか左足がかゆい。すぐ蚊取りマットをつける。雨音と遠くから大勢の群集の高い叫び声のようなのが聞こえてくる。こんなのは初めて。雨でかいつもの犬の吼える声は聞こえない。ネットに繋がらない。ラジオ体操1,2をしてからItuneでお気に入りを聞きながらレモンを4個搾ってレモンティを2.5リットル作り冷蔵庫に冷やしておく。バナナを切ってヨーグルトといただく。2時まで雨音は止まない。珍しく日本で降るような長雨。やはりネットは繋がらなかった。「栄花物語」を読了。5時前起床。鶏の鳴くときの声、からすの鳴き声、小鳥の声など賑やかになってきた。空が白んでくる。前の石畳は半分乾いている。空はうす雲がかかっているが周りの山はくっきり綺麗な稜線を見せている。相変わらずネットに繋がらない。5時半
6時15分朝食。朝食後The Rising Nepalと読売新聞1日日曜日の朝刊をみる。一面にはバッタライ首相と野党のリーダーとの会談の写真が出ていた。旧王制時代首相を務めたことのある今は少数野党の議長のパスパティ シャムシャール ラナと別に近い野党議長のカマル タパとの会談ではやはり国民合意が話されたようだ。
ラナには2001年国王一家暗殺事件では皇太子の相手とされる娘がいた。その後娘はインドに嫁に行ったという。
NCとUMLが短期間議員を復帰させて憲法論議を続けたいという記事もあった。あれだけの時間をかけても合意できなかったことが短期間にまとまるわけがないと思うのだが、議員でなくなって特権を失ってやることがなくなってみると今度憲法論議をすればまとめることが出来るらしい。選挙をするのであればそれを仕切る中立の裁判所の機関に任せるという案が国民合意に必要だという記事が出ていた。やっと具体的な案がはじめて出てきた。共産党のカナルが選挙は認められないというのは実はマオイスト政権のもとで選挙を仕切られるたら不利だと思うからだろう。この国の裁判所も厄介なことを受けるわけは無いからこの案は実現するとは思えないが、今後の選挙を実現する具体的な最初の案であるから今後の議論の土台になりそうだ。振り込みをしてメールをする。8時
9時40分までバスを待ったが来ない。電話をしたら今日はバスはないという。ローカルバスに乗ったらいつも一緒に乗っている人がいて隣に座らせてくれる。ガリ が ビグリオ故障だと言っていた。ガリがビラミー病気かと訊くと笑ってそうだという。10時半オフィスに着く。運賃は身分証明書を見せて12ルピーを払う。午前中24VIPのアカウント登録をする。アメリカにあるフリーのWebサイトサービスでなんと10GBまでのサイトを貸してくれる。Google Sitesは1つのサイトで100MBまで無料で貸してもらっている。10GBまでフリーとはすごいサービスがあるのもだ。午後2時ごろ大雨が降ってきたが1時間もしないで止む。Imapbuilderをダウンロードしてネパール地図を開いて触ってみる。7zipをインストールして使ってみる。4時50分店仕舞いしてオフィスを出る。帰りも車は無くて明日も無いという。コティソールから曲がってリングロードを行くオフィスのバスに乗ってコティソールで降りて、ローカルバスに乗り換える。運良く1番後ろの座席で詰めてくれて座れる。マイティガールまで身分証明書を見せて10ルピーを払う。いつもヨーグルトを買う近くの店まで行ったがいつも買う1Kgのヨーグルトも500gも売り切れて無かった。5時45分ホテルに帰り、すぐお風呂にはいる。風呂上り再び<時代を創った女たち>アンコール 前半 料理家・随筆家 辰巳芳子 さん(H24.4.9放送)の話しを聞きながら夕食をいただく。大正13年生まれの87歳という。映画「天のしずく」辰巳芳子“いのちのスープ”2012年11月13日公開「ていねいに作ることはていねいに生きること」映画が出来たという。見てみたい。You Tubeで羽生ー渡辺戦を見る。羽生―中原戦の大山の解説にプロの真髄を見たが、解説の米長は下手なお笑い芸人と同じでうるさい雑音でしかなかった。時々解説しているプロで指す手の予想はちっとも当たらないで実戦が進行していくケースがある。結局解説だけが置いてきぼりになって実戦にかかわることが出来ないで雑音でしかなくなる。仕方が無いから途中から指した手の話をさもわかったようにはじめることになる。もうこういう人は解説を遠慮してもらいたい。土屋隆夫著「判事よ自らを裁け」を読んで就寝。

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