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8月31日(金) 雨後晴れ時々曇り 日の出5時42分、日の入18時256分 ネパール524日目 気温最高31℃、最低20℃ 4時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/31(Fri)

雨音を聞きながら枕もとの明かりで「深川安楽停」を読む。3時の体温:37.2℃。起きて梨を切っていただく。
しばらく休んで5時半起床。雨は止む。6時朝食。
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キューリ(ファシー)のおかず。
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中井さんの次郎柿が12個の実をつけ、今朝のデザートでいただく。
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まだ身体の節々に違和感があるが、今日は出かけることにする。喉の痛みは治まった。
9時の体温:36.7℃だった。企業年金受給の為の現況届けの提出が9月28日までという連絡を受ける。在留証明書の発行を依頼する。9時40分オフィスのバスで出勤。10時過ぎオフィス。ネットに繋がるようになっていた。
あたらしいFreeMindというソフトを教えていただく。オフィスの回線スピードが遅いのでダウンロードはホテルに戻ってからする。カレンダーを9月にする。
3時半帰宅。体温を測ると37.2℃だった。しばらくベッドに横になり4時から出納帳を更新する。4時40分お風呂に入る。17時過ぎ〔明日へのことば〕 渾身(コンシン)のアスリートを率いて ロンドン・パラリンピック 日本選手団・団長 中森邦男さんの話を聞きながら夕食をいただく。17時7分 夕食後「深川安楽停」を読んで就寝。
20時目を覚ます。体温は37.7℃だった。8月の出納帳を更新して9月分を準備する。21時休む。
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8月30日(木) 晴れ時々曇り 日の出5時41分、日の入18時26分 ネパール523日目 気温最高29℃、最低20℃ 6時の気温26℃、湿度80% 
2012/08/30(Thu)

5時過ぎ起床。雨は止んでいた。向かいの駐車場の石畳は乾いていた。
空の雲が朝焼けに輝いている。
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5時の体温は35.7℃だった。イソジンスプレーを喉にかけておく。咳と痰はまだ出る。体の節々がぎごちない。
今日一日休めば楽になるだろう。
6時朝食。
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今朝のおかずはオクラ。
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珍しいなめたけの珍味を旅行者が持ってきてくれたので、少しいただいてご飯に載せていただく。同僚が事務所の郵便物を持ってきてくれる。今朝のThe Rising Nepalには昨日イランに向けて出発した首相の空港での写真があった。勲章やらいっぱい付けて着飾った軍の最高責任者が後ろに写っていた。
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主要3党の話しあいの記事もあった。NCのコイララもUMPのカナルも首相が辞めなければ話しあいに応じないとしてきたが、若い学生達の下部組織を動員してバンダなどをしかけた嫌がらせを繰り返してきたが、いっこうに辞める気配がないバッタライの様子を見て、仕方なしに話しあいの場にでてきたようだ。
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朝食後の体温は36.7℃。ボキャブラリーカードを覚えてから、ベッドで休む。お昼 明日へのことば”はやぶさ”の、あの感動をもう一度(2)NPO子ども・宇宙・未来の会 会長 的川泰宣さんの話を聞きながら昼食をいただく。午後2時半までに「木戸ホテルの料理」を私のホームページに追加する。「剣客商売 陽炎の男」を3時までに読了。
解説の常盤晋平さんが「陽炎の男」をはじめ、このシリーズを8年前夢中で読んでいたことを私は思い出す。不幸なことを忘れたいために読んでいた。ちょうど八月の暑いさかりだった。そのころ「剣客商売」は慰めであり励ましだった。と書いている。まさに同感。今週になって昼間が暑くなってきた。もう明日の1日で9月に入る。身体がポカポカと熱いが体温は36.9℃。 山本周五郎著「深川安楽停」短編集を読み始める。16時38分お風呂が出来たと電話をもらう。
風呂からあがって5時。大沢流新ハードボイルド論 大沢在昌(作家)さんの話しの後半を聞きながら夕食をいただく。
夕食後「深川安楽停」を読んで19時過ぎ就寝。21時庭でヨッパライの大きな声で目を覚ます。30分ぐらいして静かになった。体温を測ったら37.9℃あった。そのまま休む。夜中大きな雨音がしてきた。


大使館からのお知らせ(12-75)8月30日
ポカラにおけるバンダの中止について
大使館に入った情報によりますと,8月31日及び9月1日に,ポカラにおいて予定されていたバンダは,2週間以内に政府が回答するとしたことから中止となりました。ポカラ空港便も通常通り運行される模様です。
しかし,政府の回答次第によっては,新たに抗議活動が行われる可能性もあることから,今後の報道にご注意下さ
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8月29日(水) 晴れ時々曇り後雨 日の出5時41分、日の入18時27分 ネパール522日目 気温最高29℃、最低20℃ 5時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/29(Wed)

夜中目を覚ます。喉にイソジンスプレーをあてて休む。4時45分起床。日記をつけてからレモンを6個搾ってレモンティーを作る。ホットレモンを2杯飲む。
6時朝食。
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白菜など野菜の旨煮。
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昼食の食材
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朝食後熱を測ると37.7℃あった。
カウンターパートに今日、明日休むとメールする。バスの運転手のラムさんに今日、明日は休むと電話する。
これで2日間ゆっくり休むことにする。7時50分
ベッドに横になって「剣客商売 陽炎の男」を読む。お昼前熱を測ると36.7℃になっていた。
お湯を沸かして12時半昼食をいただく。午後もベッドで休んで「剣客商売 陽炎の男」を読む
16時過ぎお風呂に入る。風呂上り夕食をいただく。18時8分大雨が降り出す。
夜の体温は36.7℃だった。「剣客商売 陽炎の男」を読んで19時半就寝。

大使館からのお知らせ(12-74)8月29日
ポカラにおけるバンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,ポカラ国際空港の早期建設を求める団体は,8月31日及び9月1日
に,ポカラにおいてバンダを実施するとしています。
このため,ポカラ市内の交通機関,商業施設は全て閉鎖されます。また,ポカラ空港も終日閉鎖される模様
です。さらに,政府との話し合いにより合意が得られない場合は無期限でポカラ空港を閉鎖するとしていま
すので,旅行等の予定のある方は今後の報道に注意して下さい。
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8月28日(火) 晴れ時々曇り 日の出5時40分、日の入18時28分 ネパール521日目 気温最高29℃、最低20℃ 6時の気温26℃、湿度80% 
2012/08/29(Wed)

夜中2度目を覚ます。喉がいがらっぽかったのでうがいをしてお湯を飲んでそのまま休む。5時半起床。今朝は雲は周辺の山々を隠しているが、カトマンドの空はほとんど雲がない。昼間は暑い一日になりそうだ。
6時朝食。
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なすの煮物のおかず。
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りんごのデザート
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昼食の食材
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今朝のThe Rising Nepalによると、明日バッタライ首相ら14人の随行団がイランのテヘランに向かうという。第16回 Non-Aligned Movement Summit(NAM)が30,31開催に出席のためという。それと政府から4つの法案の採択を大統領に求めた記事もあった。1.教育、2、保健、3、公務員問題、4、組織の問題。
これに対して大統領がどう対応するか注目される。先に議員選挙に関する法案では、各党の合意がなければ採択出来ないと拒否した事がある。今度は拒否しないと見られるがどうだろう。朝食後セラピナ顆粒を飲んでおく。
9時40分いつものバスで出かける。10時半から作業をする。
朝繋がっていたネットが午後になるとDOEのサインオン、パスワードが受け付けられなくなっていた。
係りのアルジャンジーを訪ねると明後日まで出張でいないという。これが2度目のことだ。15時
ホテルに帰ったらアルジャンジーにメールして使えるようにしてもらう依頼をしておくことにする。16時16分
今日も暑い一日だった。おととい寝冷えして風邪をひいたようだ。今日はしんどかった。
5時オフィスのバスにのる。5時半ホテル帰宅。6時過ぎお風呂に入る。
夕食〔明日へのことば〕 ”はやぶさ”の、あの感動をもう一度(1)NPO子ども・宇宙・未来の会 会長 的川泰宣さんの話を聞きながら夕食。夕食後PL配合顆粒を飲む。池波正太郎著「剣客商売 陽炎の男」を読んで19時半就寝。
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8月27日(月) くもり後晴れ 日の出5時40分、日の入18時29分 ネパール520日目 気温最高28℃、最低20℃ 3時の気温26℃、湿度80% 
2012/08/27(Mon)

3時目を覚まし起床。野菜を下ごしらえしてビニール袋に入れて冷蔵庫に入れておく。小さな梨を切っていただく。
ラジオ体操1,2をする。4時から5時半までプレゼンテーションの仕方のいくつかをダウンロードする。
5時半雨雲を通して薄っすらと朝焼けが見える。6時朝食。
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野菜(バラック)の炒め物のおかず。
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今日の朝食には久しぶりでサケのふりかけがあった。
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昼食の材料
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ガネッシュさんにパンとヨーグルトを買ってもらうよう140ルピーを渡してお願いする。
朝食後「ネパールよいとこ」の「ネパールの日々」の記事を更新する。幸雅君の成長の日々も更新する。
今日も朝から青空が出てきた。昨日に続いて暑い一日になりそうだ。7時半
9時40分オフィスのバスで出勤。今日は昨年10月のAIU旅行の写真を更新する。
午後は部屋の掃除をする。床のゴミを雑巾で拭う。洗面所の石鹸を新しいものと交換する。16時15分
16時半部屋の鍵を掛けてオフィスをでる。
花壇のひまわりや花の写真を撮る。
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バスまで歩く。
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今日は暑い一日でこれまで雨は降らなかった。雨雲が出ているから夜には降りそう。5時40分帰宅。フロントでパンをもらう。ヨーグルトは冷蔵庫に入れておいてくれた。18時過ぎお風呂に入る。18時25分、<天野祐吉の隠居大学> 第17回 コラムニスト 天野祐吉 ゲスト:宮本信子(女優)を聞きながら夕食をいただく。夕食後セラピナ顆粒を飲む。写真をアップする。
高橋照著「秘境ムスタン潜入記」を読んで19時半就寝。
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8月26日(日) くもり 日の出5時39分、日の入18時30分 ネパール519日目 気温最高29℃、最低19℃ 1時の気温26℃、湿度81% 
2012/08/26(Sun)

0時目を覚ます。静かな夜。雨は止んでいる。今年になって毎月26日に家賃を支払っている。この日がくると、ああ1ヶ月が経ったんだなあと任期満了までの残りの月を指折る。事故にあわず、病気をしないで、元気で任期満了日を迎えられることが何よりだ。任期満了が近くなるとあわてたように遊びまわる人が多くなる。だから事故も増えてくる。車の事故は毎日のように新聞にでている。道路は山の腹を刻んで作られているから、反対側の崖下は川が多く落ちて亡くなる人があとをたたない。山では高山病でこれまでにも亡くなった青年がいる。エジプト旅行を考えてみたが政情不安定で旅行禁止区域になっていた。むかしバヌアツの時フィジーの首都スバは政情不安地域で行く事が出来なかった。島の反対にあるナンディには行けたのでそこを訪ねたことがあった。外国はインドがすぐ隣なのだから行ってみたい。有名なタージマハルが素晴らしいと聞いた。ニューデリーに4-5日逗留すれば見に行けるようだ。インドは暑いから12月から1月の冬がいいそうだ。インドへはビザが必要になる。しかもビザを入手するため何度もネパールのインド大使館に行かねばならないらしい。ネパールから韓国人はインドへビザなしで行けると聞いた。
インドは日本より韓国の方が良い関係を築づいているのだろう。
日本の外務省もこんなところにもまだまだ努力してもらう余地がある。
梨を切っていただく。1月11日のブログを更新する。4時終了。ベッドで休み5時起床。雲をとおして朝焼けが見られた。6時朝食。
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焼きなす(ポレコ ベェンダ)のおかず。生姜(アドア)おろしが載せてある。
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ネパールでは焼きなすの料理は無いと言う。
昼食の食材
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カメラを取り出すときケースの口が開いていて滑って床に落としてしまった。クチャと音がして壊れたかと思ったが運良く大丈夫のようだった。
朝食後部屋代とインターネット代を支払う。
ひさしぶりの青空だった。
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朝食後写真をアップしてブログを更新する。
午前中借りてきた本を読むが面白いのがなかった。カミュの「異邦人」も読み始めた。若くしてノーベル文学賞を受賞したフランスの作家の有名な薄い作品だが眠たくなるばかりで途中でやめた。お昼〔明日へのことば〕 蓮華のごとく生きる 東大寺別当(住職) 北河原公敬さんの話を聞きながら昼食をいただく。朝から真夏の強い陽射しだが雨雲が空を覆ってきた。13時 2010年9月21日から24日の札幌・小樽の写真を整理する。14時5分大粒の雨が降って来た。14時25分図書室に本を返しにいく。日本人男女数名で会合が開かれていたので本を返すだけにして新しい本探しはこの次にする。雨は15分ぐらいで止んだ。石畳の駐車場は石が熱を持っているからだろうもう半分ぐらい乾いている。16時半までで2札幌・小樽旅行の写真を載せなおす。今日も1番風呂に入れてもらう。クリシュナさんが夕食を作ってくれる。17時、お気に入りの<特集・作家 五木寛之の”歌の旅びと”>   第17回~広島県編 作家 五木寛之  聞き手:須磨佳津江を聞きながら夕食をいただく。夕食後、森村誠一著「裂けた風雪」を読んで19時就寝。
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8月25日(土) くもり 日の出5時39分、日の入18時31分 ネパール518日目 気温最高28℃、最低19℃ 3時の気温25℃、湿度85% 
2012/08/26(Sun)

2時半目を覚ます。電気が来ていなかった。非常灯で後ろ髪のすそをそろえる。紅茶に砂糖を入れて冷やしておく。しばらくして電気が来る。雨音は止んでいる。1月10日のブログの写真を更新する。1回の記事の最大が2MBになったので、写真のアップを増やす。5時過ぎ明るくなってきた。雨音はしていなかったがまだ雨は降っていた。
6時朝食。
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ニラ(ドゥンドゥー)の玉子とじのおかず
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昼食のサンドイッチの材料
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ご飯をお替りする。6時55分カリマティ市場へ出かける。
よく行っていた店のリンブーのおばさんとそこで働いている少女が洗濯をしていたので写真を撮る。
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少女は「ネパールのおしん」と命名した明るく生きるグルンの少女だ。
カトマンドで一番お金がかかるという私立病院の写真をとる。
先日最高裁判所の判事がオートバイの2人組にピストルで撃たれて担ぎ込まれた
病院だ。判事はここで亡くなった。
ノルビック インターナショナル病院という。
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雨はあがっていたが道はぬかるんでいた。
雨上がりにもかかわらずもう舗装道路は土ぼこりをあげていた。
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途中警官隊が大勢いて警戒にあたっていた。
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いつものおじさんのところでブータンのジャガイモ1Kg35ルピー、玉葱1Kg30ルピー、にんにく1つ10ルピー。キャベツ1つ30ルピー。レモン12個60ルピー。梨1Kg30ルピーを買って9時すぎ帰る。
バナナとヨーグルトをミックスしていただく。レモンを8個搾ってレモンティをつくる。シャワーを浴びて汗に濡れた下着とズボンを手洗いする。屋上に干しに行ったら雨が降り出したので4階の屋内に干す。ジャガイモを手洗いして茹でる。人参を洗って下ごしらえする。日記をつける。10時半 「笑う警官」を読んで12時〔明日へのことば〕 翻訳は私の天職 児童文学翻訳家 中村妙子さんの話を聞きながら昼食をいただく。雲間から青空が少し顔を出す。強い陽射しが射してくる。
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午後も「笑う警官」を読んで過ごす。15時50分お風呂が出来たと電話をもらう。食材を厨房に預けてお風呂に入る。気持のいいお風呂に入れてもらって風呂上り料理を受け取る。少し雨がパラついた。停電だったが16時20分自家発電のモーターがうなりだしパソコンの電気が来た。日記をつけてから 明日へのことば アマゾン自然保護にかけて NGO熱帯森林保護団体 代表 南 研子さんの話を聞きながら早い夕食をいただく。17時10分
夕食後「笑う警官」読了。北海道警察のリアリティあるストーリーで一気に読めて面白かった。
ここでも昨日読んだ「いなか巡査の事件手帳」にも出ていたが、札幌ススキノの飲食街でも警官は飲み食いフリーのような記事があった。ヤクザが用心棒代をとるのと同様、警官は店の用心棒と期待されていて飲み食いフリーなのだろうか?それでは警官もヤクザも基本的には変りない同じ業界の人間かと認識を新たにせざるをえない。
日本に電話をする。元気な声が聞けて元気をもらってひと安心。
17時半過ぎ空に雨雲が無くて陽射しがあるのに音を立てて雨が降り出す。風も出る。周りの山々はくっきり見える。天気雨というのを思い出した。不思議な現象だ。雨が地表に落ちるまでに雨雲が消滅・移動した場合の現象という。17時41分 清水一行著「敵意の環」を読んで19時就寝。
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8月24日(金) くもり後晴れ時々雨 日の出5時38分、日の入18時32分 ネパール517日目 気温最高28℃、最低19℃ 1時の気温25℃、湿度85% 
2012/08/24(Fri)

1時目を覚ます。雨は止んでいた。昨夜見た羽生―藤井の王位戦最終局を再び見る。
来週28日は渡辺ー羽生の王座戦が楽しみ。王位戦挑戦者決定戦は渡辺―藤井だった。
マタイ伝から読み始めヘロデ大王の建造物の数々を見る。2歳以下の幼児を殺したというのはマタイ伝だけにある記事で歴史的な裏づけはなされていないとあった。乳香 没薬 3人の博士たちをみる。ヘロデ大王は悪い王と書かれているが、アントニウスとクレオパトラ連合軍に味方してオクタビアヌスとの戦いに負けたにもかかわらず、すぐオクタビアヌスに会って忠誠を誓い許され、後にローマの皇帝になったオクタビアヌスから「ヘロデの偉大な精神はユダヤのようなちいさな王国に納まるには大きすぎる」と讃えられるほどの人物だった。父親は軍人で、一代でヘロデ王朝を起しユダヤ王国を繁栄に導き多くの建造物を残した傑出した人物であったようだ。エルサレム神殿の大規模な改修、ヘリディウム要塞、マサダ砦、カエサリア港の建設など。きっとこの時代、死海とガリラヤ湖の間に豊富にあったという木々も伐採されて建物に使われたことだろう。ユダヤの前の王朝の権威にすがろうと妻を離縁して、前の王朝から妻をめとり、その後、その妻も、その母も、息子達も殺している。洗礼者ヨハネの首を切らせたのもこの人と知られている。新たにその死後ヘロデの息子たち後継者にはたいした人物が出なかった為、ローマは彼らに王を名乗らせることを認めずローマは総督を置いて直接統治に入った。後年イエスの磔を認めたのはローマの総督ピラトだった。
6時朝食。
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ほうれん草(パーロッコ)のおひたし。
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昼食のサンドイッチを作る。
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朝食後庭に出て芝刈りをするローさんにナマステを言って挨拶をする。
極楽鳥花の写真を撮る。
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朝食後読んだ本を返し新たに面白そうなのを借りてくる。深沢敬次郎著「いなか巡査の事件手帳」を読む。
8時半過ぎ薄い雲間を通して陽射しが射してきた。穏やかな一日がはじまる。
11時40分まで「いなか巡査の事件手帳」を読む。昔から警察の巡査の仕事にも検挙の数で評価されていた事を知る。新聞記者や選挙違反で留置される人を特別扱いする警察幹部、警察官からは食事代を取ろうとしない飲食店があったことを知る。それを当たり前とするのはこの国でも当たり前のようで、車を停めてそれに乗る交通ポリスを見かけたことがある。戦後の日本の地方警察でもそのようなことがあった。出されたお茶は飲んでもお菓子には手をつけないことがどんなに大変なことかと思うがそのようにしていた人もあったことを知る。
11時45分〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(2)教育研究者 大田 堯さんの話を再び聞きながら昼食をいただく。午後も「いなか巡査の事件手帳」を読む。1時半ミナさんが部屋の掃除をしてくれる。2時過ぎ灰色の雨雲が垂れ込めてきて今にも雨音が聞こえてきそうになる。とうとう雷が鳴り出した。14時18分 
14時36分までに「いなか巡査の事件手帳」を読了。著者は沖縄戦に参加。捕虜を1年3ヶ月経験し22歳で昭和22年300名が受験して50名合格の45番で群馬県巡査となる。群馬県の各警察署で35年務め最後は警部になって57歳の早期退職だった。戦後の地方警官の姿を知ることが出来て面白かった。読みやすい文章だったので300頁をあっという間に楽しく読ませてもらった。引き続き佐々木譲著「笑う警官」を読む。16時40分お風呂が出来たと電話をもらう。外を見ると雨が降っていた。食材を厨房に渡してお風呂に入る。17時前お風呂からあがって日記をつける。雨は小降りになっていた。洗面所で髪を少し切る。<特集・作家 五木寛之の ”歌の旅びと”> 富山県編を再び聞きながら夕食をいただく。夕食後「笑う警官」を読んで19時半就寝。22時半目を覚ます。お湯を沸かして紅茶を作る。雨音がしていた。1時間して休む。

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8月23日(木) くもり 日の出5時38分、日の入18時33分 ネパール516日目 気温最高28℃、最低19℃ 1時の気温26℃、湿度80% 
2012/08/23(Thu)

1時半目を覚ます。雨は止んでいる。日記をつける。今日は薄い雲をとおして青空が見える。お天気になりそうだ。
6時前ロビーでガネッシュさんにANGANのパンを買ってもらうことをお願いしてお金を渡す。
庭師のローさんが息子のかわいいショビン君5歳をつれて、庭の芝かりをしていた。ナマステと挨拶する。
朝食。たけのこ(タマ)のおかず。たけのこは少しえぐみがあったが、柔らかくて、薄い味付けで美味しかった。
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朝食後写真をアップしてブログを更新しはじめたら電気が切れる。7時今日の停電の予定は7時ー10時と18時半―21時半。7時5分ホテルの自家発電のエンジンがうなりだして電気が来た。オフィスのバスで10時20分出る。カウンターパートは既に作業をしていた。いつもの通り机を拭いて、床のゴミを取って、靴を拭き洗面所で手洗いしてうがいをする。手洗いに置いた石鹸が薄くなったので、新しい石鹸を持ってきたが来週新しいのと取り替えることにする。
新しいのを置くと1~2日のうちに持っていかれることがこれまで2度あった。少し使った石鹸を置いて持っていかれたことはない。石鹸を沢山日本から持ってきた。どれもホテルから持って帰った小さなもの。しかしここでもホテル住まいだから石鹸を使わない。帰国までに全部消費しておきたいので今年になって職場の洗面所に石鹸を置くようにしている。皆使ってくれるからどんどん薄くなっていく。薄くなったら新しいのと替えるが、持って行かれるのは残念なことだが仕方ない。1回だけ無くなってあくる日にまた置かれていることがあった。持っていかれても自分の石鹸は小さなプラスチック ケースに入れているから困らない。取って置きの日本製とわかるいい石鹸を置きたいがすぐ持っていかれるに決まっているから残念だがもったいなくてできない。小さな石鹸でも気持のいい洗面所の引き立て役になって楽しませてくれる。サンカルジーに7,8,11のデータが出来たらコピーして渡してくれとUSBを渡しておく。
今朝はネットに繋がるので、この部署のホームページを見てみる。昨年最初の仕事でそれを見たら誰かにいたずらされて改ざんされていた。それを指摘したらあくる日直っていた。10時54分
ネパール教育局のホームページを見たら、前と変っていた。前は英語だったが、今度はネパール語になっていた。まだ制作途中のようで一応英語表記が出来るようになっているようだがまだ完成していないようだった。http://www.doe.gov.np/ 新しいのと切り替わるまでせめて昔のものを見たいと思ったのだが。
これまで作った今年度の結果と前年度の結果をペアーにして一覧表を印刷してサンカルジーに説明して、結果のチェックを依頼する。今度は間違いがありそうなので一日チェックをしてみたが一人で抱え込まないでお願いすることにした。そもそもの出だしのTableで昨年度の結果に誤りがあったのだからそこを見てもらうことにする。
カウンターパートとおしゃべりをして。明日は在宅勤務にしてもらうことにした。集計結果が出来たらメールに添付して送ってもらうことにする。16時17分 16時25分まだ少し降っているなかサンカルさんにシーユー ネクスト マンディと挨拶して部屋を出る。CTEVT(Council for Technical Education and Vocational Training:技術教育と職業訓練のための役所)のバス乗り場へ歩く。途中でカラさんに会っておしゃべりをする。運転手のラムさんに明日と日曜は家で仕事をするのでバスに乗りませんと話しをする。バスで帰る途中小雨が降っていたがマイティガールでは止んでいた。靴屋のお兄さんから靴がワンハンドレッドと言うので100ルピーとは安いな、おかしいなと思って紙を出して書いてくれと言うと、おにいさんは隣のおじさんに頼んで書かれたのには1000とあった。ワンハンドレッド チャイナ ワンサウザンドと言ったらおにいさん、てれた顔をしていた。おにいさんの英語の間違いだった。ホテルに帰ると、朝頼んだANGANのパンが部屋に置いてあった。「有難う。明日は休みます。」と言って部屋に。直ぐ風呂が空いたと電話をもらう。風呂に入る。今日は再び〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を聞きながら、クリシュナさんに作ってもらった夕食をいただく。夕食後ネットで王位戦第5局の棋譜を進める。「青春の奇術」を読んで19時半就寝。

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8月22日(水) 雨後くもり後雨 日の出5時37分、日の入18時34分 ネパール515日目 気温最高26℃、最低19℃ 2時の気温25℃、湿度83% 
2012/08/22(Wed)

雨音がしてきていつの間にか犬の鳴き声が止んだ。昨夜の頭痛は止まった。メールを1つ返信。梨を切っていただき1時半から作業を始める。4時までに4つ作る。レモンを搾ってレモンティーをつくる。鳥の大きな声が聞こえてくる。駐車場の石畳は半分乾いている。昼間の暑い日差しで石畳が熱せられていて雨が降っても止むとすぐ乾くようだ。
6時朝食。パクチョイ(パクサイ)と鶏肉の甘煮のおかず。パクチョイは収穫の終わりのようで少しかたかった。
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今朝のThe Rising Nepalの一面には収賄の汚職で最高裁から有罪で懲役1年半、罰金刑を受けたNCのカドカが刑務所に収監される前の記者会見の写真が載せられていた。この国は面白いことが許されている。
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食後メールを出す。いつものようにオフィスのバスで出かける。カウンターパートに話して10時半新しいFlash1のデータをもらう。新しいデータでT21から作り始める。14時までにT218まで終わる。
次のテーブルを作る基データが無いのに気がついてカウンターパートにデータを督促する。準備をするから休んでいてとサンカルジーがいうので午後2時過ぎからThe Rising Nepa21日の記事lを読んで過ごす。バッタライがヤダフに出した2法案を拒否された件について関係者のコメントが載っている。野党UMLは「大統領は正しい判断をした」と言って歓迎している。首相は「大統領が2法案を承認する以外の選択はありえない」という。副首相のシュレスタは大統領の決定は「自滅的行為だ」と批判している。プラチャンダに野党との合意が求められていると新聞はコメントしている。NCのコイララは相変わらず「首相が辞めることが先で話しあいはその後と言っている。首相が辞めるまで街頭抗議行動をエスカレートする」と脅かす。NC出身のヤダフはここに来て旗色を鮮明にした。プラチャンダは大統領をNCに取られたことを悔やんだことだろう。簡単に大統領戦は勝てると思っていたのが、詰めが甘くてまんまとNCにしてやられ、NCのしたたかさを思い知った。プラチャンダがガッチャダールや野党と立ち上げた連邦制を話し合う大連合はNCもUMLも無意味と批判していて、発足の紹介記事が新聞一面に載ったきりで、その後はなにも出てこない。プラチャンダも努力しているが得点に結びつかない。
そんな新聞を1時間ばかり読んだところで、サンカルジーが2つデータをコピーしてよこす。4時15分までそのデータで5つほどプログラムを動かしてテーブルを作る。丁度雨が止んだところでさよならを言って4時半オフィスを出る。10分歩いてバスへ。5時前に満員の職員を乗せて、大渋滞の道を帰る。マイティーガールに下車した時は雨が降っていた。雨宿りをする人が沢山いた。毎日のように雨が降る今の時期でも傘を持たない人が多い。傘は安く買えるようだが、何故持たないのかと思う。降ったらしばらく雨宿りをすれば降りやむから必要ないのだろうか。雨にぬれながら歩いているネパール人も見るが、雨にぬれるのもあまり気にしていないようだ。雨が止めば暑いからすぐ乾く。
レインコートを着て、傘をさして5時36分ホテルに帰る。昔の終業時間だった。すぐお風呂が空いて入浴。風呂上り6時すぎ「箱根登山鉄道線 箱根湯本〜強羅間」(伊藤健三アンカー 制作)を聞きながら夕食をいただく。6月下旬のあじさいが満開と言う。線路のまわりは昭和48年から鉄道職員によって植えられたアジサイが1万本。
箱根湯本 - 強羅間8.9kmでは、急勾配の区間となる,標高差は445mとなり、1000mで80m登る急勾配のところがあるという。93年前の1919年(大正8年)6月1日に開業している。夕食後 「青春の奇術」を読んで19時半就寝。

大使館からのお知らせ(12-73)8月22日
ポカラ空港の閉鎖について
大使館に入った情報によりますと明日23日(木),ポカラに国際空港建設を要求する抗議団体によりポカラ空港が終日閉鎖されることのことです。
そのため,全ての飛行機がポカラ空港から発着できませんのでご注意ください。
また,今後の政府との話し合いにより合意が得られない場合は,8月31日から,無期限の空港閉鎖を実施するとのことですので,旅行等の予定のある方は今後の報道に注意してください。
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8月21日(火) 雨後くもり後雨 日の出5時36分、日の入18時36分 ネパール514日目 気温最高29℃、最低19℃ 1時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/21(Tue)

0時目を覚ます。駐車場の石畳は光っている。時々かすかな雨音が聞こえてくえう。電気はきているがネットに繋がらない。 昨日は停電時間が長くなるとメールが来ていた。水力発電のこの国では雨季になると水量が増して発電量が増えてきて停電時間が短くなるものと思っていたのだが、この時期に何故長くなるのかわからない。水力発電施設が老朽化して能力が落ちてきているのか、雨が多くて川の勢いが良すぎて水力発電施設を壊しているのか。
1時休んで「青春の奇術」を読む。4時起きる。雨は止んでいた。ネットには繋がらなかった。また休んで「青春の奇術」を読む。5時起きてラジオ体操1,2をする。6時朝食。
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冬瓜(ラオカ)と鶏肉(ククラ コ マス)のおかず。甘煮で少しカタクリのとろみも。
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庭に出てネパールティーを飲みながら昨日のThe Rising Nepalを見る。
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先にバッタライ政権から大統領に提出された選挙実施のための法律を大統領が拒否した理由をヤダフが述べている。NCやUMLなどの野党が言っているように各政党間の合意無しの法律は無意味で認められないというものだった。NCやUMLは話しあいはバッタライが首相を辞めるのが先でそれなくして話しあいに応じられないと言っている。ヤダフはNCの人間だからここで存在感を発揮した。それに対してプラチャンダの憮然とした表情を載せて、法律を拒否したのは信じられないと言っている。選挙をするためにはどうしても法律が必要だと、選挙委員会は言い、そのための法案を作って議会が解散して審議することが出来ないから、大統領に提出したわけだが、大統領としたら指示母体のNCが望まない法律に許可できるわけが無い。バッタライの見通しが甘かったわけだ。はたして今後はどうなることか。今回の大統領の拒否にあってまた、バッタライはプラチャンダにしっかりしてくれよと思いながら辞めたくなっているに違いない。この1週間のうちにバッタライ辞任のニュースになるかもしれない。一週間我慢してまた首相に居座り続けて頑張るかもしれない。マオイストはこのまま首相の座を退いて簡単にNCに政権を渡すとも思えない。新憲法草案作業で結局足を引っ張られただけのNCにバトンタッチする義理は無いと考えていることだろう。NCもあんなことをしておいて回ってくると考えているのは虫が良すぎる。
青空が見えている。
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10時15分オフィスに着く。カウンターパートは少し遅れて来た。いつもの清掃をして今日はここのホームページを見ようと思って10時30分からはじめたがネットに繋がらなかった。どうやらこの事務所の先のプロバイダーに問題がありそう。オフィスの今日の停電の予定は7時―11時と19時―22時。この部屋はバッテリーが積まれていて電気が来ないことは無いがビル全体としては停電中なのでネットに繋がらないのかもしれない。10時45分
11時になってもネットに繋がらなかった。仕方ないので最終活動報告をイメージした活動報告書を1ページで纏める。
12時10分手洗いに行ったついでにアルジャンジーを訪ねるとこちらが聞く前にネットが使えないと言う。何しに来たか話さないでもわかるのに感心した。フリータイムはネットで情報検索するのだがそれが出来ないのは残念なことだ。昼食を久しぶりで屋上で空港をみていただく。そのうち大粒の雨が降り出し中に入る。昼食後20120819〔明日へのことば〕<時代を創った女たち>アンコール 染織家 志村ふくみさんの話(H24.5.7と14で放送)を聞きながら休憩する。午後新しく集まったFlash2のデータでTableを作る。フォーマットが変わっていて、新しいフィールドが増えていたのでそれに合わせてプログラムを修正しなければならず疲れてしまった。少し頭痛がしてきた。とりあえず2つやって明日中にとりあえずの完成を目指す。4時25分オフィスを出てバスへ。5時半過ぎホテルに帰り直ぐお風呂に入る。風呂からあがって〔明日へのことば〕  醤油樽(ショウユタル)から始まった若者道場(1)曹洞宗僧侶 野田大燈さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後日記をつけて、紅茶をつくる。「青春の奇術」を読んで19時就寝。
23時半かん高い犬の鳴き声で目を覚ます。
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8月20日(月) 雨のち晴れ後雨 日の出5時36分、日の入18時36分 ネパール513日目 気温最高29℃、最低19℃ 4時の気温27℃、湿度80% イスラム教のお祭り(サラバザニック ビダ)で休日
2012/08/20(Mon)

3時雨音で目を覚ます。ジョンレノン、イマジンの歌詞を見る。今日も同僚の名前を騙ったメールが来ていた。これで3度目。迷惑メールとしておく。4時雨の中犬の鳴く声が止まらない。ベッドでひとやすみして5時半起床。雨は止んでいる。鳥の鳴き声、雄鶏の時の声が響く。そらは薄い雨雲に覆われている。周囲の山がくっきり見える。今日も日中は陽射しが出そうだ。8月になったと思ったらもう20日になった。今月は8月1日から職業訓練校のバスに乗せてもらうようになってまだ一度もバスが来なかったことがない。以前より朝来るのが10分ぐらい遅く、帰りは5分ぐらい早く出発する。乗客はいつも満員で補助席でも足らなくて1列4つの座席に5人座るのが普通。しかし皆気持ちよく詰めあっている。時にはそれでも足らずステップに4~5人立っていることがある。マイクロバスは以前のものより古くて汚れていて窓ガラスはガタガタ音を発てて走る。しかし運転手のラムさんの運転は大抵前の車について走り、やたらに車線を替えて少しでも前に突っ込み、しょっちゅう急ブレーキを踏むガンガジーの運転より安心できる。何より、いつも走らせてくれるのが何より有難い。以前は今日は娘の誕生日だから帰りのバスは休み、などと信じられない理由でバスを走らせなかった。朝もしばしば来なかった。今月からはおかげでローカルバスを利用しないで済んでいる。仕事を大切にする人がいて、朝からちゃんと来てくれるのが嬉しい。
6時朝食。
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もやし(バルマス コ トサ 豆の芽)と玉葱(ピアーズ)、人参(ガーザ)、インゲン豆(ジニ)、ニンニク(ラスン)の炒め物。もやしは1Kg150ルピーとここでは高価な野菜。ビニールに入れて売られている。玉子焼き(ククラ コ フル 鶏の玉子)、トマト(ゴルベェラ)、キューリ(カンクロー) キャベツ(バンダ)のサラダ、大根(ムラ)の漬け物。
バスドライバーのラムさんに電話すると「アザ ビダ」、イスラム教のお祭りで休日。ネパールのカレンダーには休日になっていないが、この国にはこういう休日がいくつもある。国教はヒンズー教だが、仏教のお祭りも休日になる。全ての宗教に敬意を払っている。「中島らものたまらん人々」を読んで朝寝をする。12時起床。庭に出てネパールティーで昼食をいただく。空は雲で覆われているがその上の強い陽射しを雲を通して感じる。雲間から雨がポツリポツリと降るのもいい気持になる。庭の中にペアーの小さな赤とんぼ(ゼリンジャー)が飛び回り、近くに止まったりして心なごませてくれた。
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部屋に戻ると停電していた。今日の停電は12時ー14時と20時―23時。
ネパールよいとこの最初のページの記事を更新する。ネパールの最初の留学先は1902年(明治35年)に8名が日本に国費で派遣されたことを書いておく。13時45分ミナさん部屋の掃除をしてくれる。14時電気が来る。
「中島らものたまらん人々」を読む。16時15分お風呂が出来たと電話がくる。気持のいい1番風呂に入る。16時35分あがって〔明日へのことば〕 奇跡の友情 板東俘虜収容所 徳島日独協会副会長 林 啓介さんの話を聞きながら夕食をいただく。
板東俘虜収容所の所長は松江豊寿(とよひさ)大佐(当時45歳)。
収容所長の松江豊寿
賊軍としての悲哀を味わった会津藩士の子弟に生まれた体験が、大きく彼の良心的な人格形成に影響したといわれる。第一次大戦終了に伴い板東俘虜収容所は閉鎖された。だが、俘虜たちは解放された後もここで受けた温かい扱いを忘れず「世界のどこに松江のような素晴しい俘虜収容所長がいただろうか」と語るほどだったと言う。松江さんは陸軍少将で除隊後ふるさと福島県若松市長を務め1956年83歳で亡くなっている。以下は松江大佐の話し。
「ドイツ人も祖国のために戦ったのだから」
 松江大佐は捕虜全員を集めたとき以下のように訓示しています。
「諸君は祖国を遠く離れた孤立無援の青島(チンタオ)で、最後まで勇敢に戦ったが、利あらず日本軍に降伏した。私は諸君の立場に同情を禁じえない。諸君は自らの名誉を汚すことなく、秩序ある行動をとってもらいたい」
 そして松江大佐は驚くような事をし始めた。収容所の正門前に80件もの捕虜たちが経営する店を出すのを許した。仕立て屋、理髪屋、靴屋、写真館、製本屋、アイスクリームの販売店、家具店などのほか、音楽教室、楽器修理、金属加工や配管工事の店・・・松江大佐は捕虜たちの多くは職業軍人ではなく、手に職をもち、青島や東南アジアで働いていた義勇兵であることを知っており、彼らの知識や技術を活かしたいと考えていた。
 捕虜収容所の前の土地7000坪を借り上げて運動場を作り、捕虜たちはサッカー場やテニスコート、バレーコート体操場、ホッケー場などを造成します。空き地には鶏舎や菜園が作られ、ジャガイモやトマト、キャベツ、玉ねぎなどが栽培されます。収穫物は収容所が買い上げ、捕虜たちの食事として給された。
11の橋も作られそのうちの1つがドイツ橋として現存している。
 捕虜たちは吉野川や櫛木海岸で水遊びや海水浴を楽しんだ。これを知った陸軍省は激怒。しかし松江大佐は「あれは足を洗わせていたもので、彼らはつい泳いでしまっただけであります」と言ってはぐらかした。それで櫛木海岸で行われえる水泳大会を「足洗い大会」と称して捕虜と地元民がお祭りを行うようになった。
 捕虜たちの外出は引受人さえいれば比較的自由で、地元民はドイツの農業技術や洋酒製造、標本作成、植物採集、気象観測、設計建築、石鹸の作り方、染色などを学び、ドイツ兵捕虜は日本の養蚕や稲作、藍作や焼き物などを学んだ。 地元の青年たちが西洋音楽を習いたいという願いを聞いた松江大佐はエンゲル・オーケストラのリーダー、パウル・エンゲルを紹介し、音楽教室を開きます。日本で初めてベートーベン交響曲第九が演奏されたのはこの板東俘虜収容所だった。当時日本各地にあったドイツ人俘虜収容所を視察した在日本ドイツ大使は板東が一番の俘虜収容所だったと残している。ここのドイツ人の技術移転は日本では敷島パンやハム・ソーセージの会社に引き継がれ、ドイツでは日本研究を始めた人を作り出している。 
やがて停戦協定が結ばれ捕虜は日本を去ることになる。松江大佐の命令遵守に感謝するという言葉に対し、通訳や日本語講師を務めたクルト・マイスナーはこう答えている。
「あなたが示された寛容と博愛と仁慈の精神を私たちは決して忘れません。そしてもし私たちより更に不幸な人々に会えば、あなたに示された精神で挑むことでしょう。『四方の海みな兄弟なり』という言葉を、私たちはあなたとともに思い出すでしょう」なんと「四方の海」・・・は明治天皇御製の歌だった。
 それから50年のときを経た1972年、多くの元捕虜たちから寄付や資料の提供を受けて「鳴門市ドイツ館」が完成。この板東俘虜収容所についてはドイツ人捕虜のお墓を13年守り続けた日本人主婦の話やフランクフルトで「バンドーを偲ぶ会」が行われたいたなど数々のエピソードがある。
この板東俘虜収容所は四国西国88箇所札所1番と2番のお寺の間の場所にある。そういえば一昨年行ったおり、ドイツ人捕虜収容所があそこにあったと案内してくれていた。夕食後石川達三著「青春の奇術」を読んで19時就寝。

大使館からのお知らせ(12-72)8月20日
計画停電(週48時間)について
ネパール電力公社は20日,計画停電表を公表しました。ご参考までに,計画停電表を英訳したものを当館ホームページに掲載致します。
計画表によりますと本日20日(月曜日)から停電時間は週35時間から週48時間となりました。
在ネパール日本国大使館ホームページ
http://www.np.emb-japan.go.jp/jp/
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8月19日(日) 雨のち晴れ後雨 日の出5時35分、日の入18時38分 ネパール512日目 気温最高28℃、最低21℃ 1時の気温27℃、湿度80%
2012/08/20(Mon)

夜中目を覚まし、枕もとの明かりで「その男 3」を読んで過ごす。3時15分起床。僅かに雨音が聞こえている。
ネットに繋がらない。再び横になって「その男 3」を読む。4時45分起きて梨をむいていただく。雨音は止んでいた。
今朝は薄い雲を通して青空が見えていた。昼間には陽射しが出てくることだろう。前の駐車場の石畳はほとんど乾いていた。ネットに繋がらなかった。いつも雨が降っても洗濯物が屋上に出しっぱなしの向かいの屋上には今朝も洗濯物が出たままになっていた。 5時45分 6時朝食。今日のおかずはタイのほうれん草(spinach: タイ パーラ)の炒め物。コリコリと食感がいい。鶏肉が少し入っていた。少し塩気が強かった。
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昨日のThe Rising Nepalにはハンガーストライキに入っていた
お医者さんのゴビンダ教授を救えという記事が出ていた。先日NCの政治家で何度も主要な大臣を務めたカドカが最高裁で前に決まっていた判決を誤りとして有罪としていたが、今回のゴビンダ医師の抗議は政治家の汚職とつながりがあることが原因のようだ。この国では新しい大臣にかわるたびに役人の交代が行われるのが恒例らしい。
これまではNC会議派か、UML共産党かの息のかかった人が幹部、下っ端を問わず首切り、抜擢人事が行われる。当然恩恵に預かる人は大臣にお金を贈る。大臣になっても月のサラリーが3.5万円程度という安い報酬なのだが、それ以外の役得が大きいらしい。現在のバッタライが首相就任して最初に内閣の各大臣に命じたのは担当部署の公務員トップの次官の交代は期限を区切って認めないというものだった。しかし連立を組んで副首相と警察などの内務省大臣のポストを得たマデシのガッチャダールはそれを無視して直ぐ次官の首を切って交代させ、新しく任命し、捕まえていた人を解放させたようなニュースがあった。このようなことは金の動き無くしてありえない。今回のゴビンダ教授は国立病院の整形外科の教授で医師だが、その病院の主要な幹部はかってNCから任命された人だった。
それがマオイスト政権になってマオイストの政治家から首を切られ、マオイスト派の人が任命されたという。この人事に抗議してハンガーストライキに入ったという。病院スタッフも賛同して昨夜は夕方で仕事を辞めたため、夜病院を訪ねた患者は病院の外で野宿したという。全国的に病院で働く人たちはこれに賛同して、今日から全国の病院で抗議のストライキを予定しているという。そこで病院関係者とバッタライ首相が昨夜話しあいを持たれ、ストライキは回避されることになったという。ゴビンダ教授もハンガーストライキを中止してジュースを飲んだと言う。不思議にこうしたとき政府代表は大臣ではなく首相が表舞台に登場する。これまでのNC,UNLに加えてマオイストが主要3政党+マデシというのは政治の世界だけでなく、公務員の役所の中にも色分けができているそうだ。週に1~2日くらいしか顔を見せない人にも注意をする上司はいない。その人のバックに誰がついているやもしれないから教育的指導などの危険なことは出来ないらしい。シニアボランティアの中には先進国で暮らした経験の多い人や指導する立場にいたことのある人が多いからついつい我慢できず教育的指導をのたもうて、相手にされなくなって、散々その国の悪口を言って帰って行く人が後を立たない。悪口は大抵当たっているが、そういうところがあるからこそ、いつまでも開発途上国から抜け出せないのであって、そんな事を改めて並べてもらわなくても、誰しも承知していることばかりなのである。それでもなおその中で何が出来るかを考え、やっていくのが面白いところなのだが。
シニアボランティアは専門能力の有無、語学力の有無、海外生活の有無などが評価されて選ばれているように見える。しかし謙虚さ、辛抱強さ、相手を思いやる優しさ、自分で切り拓いていく好奇心こういったことのほうが大切だと思う。自己抑制、我慢ができない短期な人はダメだ。意外に高いポジションにいた人で自分で仕事の場を作れないでいつも不満をこぼしている人がいる。こういうのは仕事の舞台を作ってくれるのをいつまでも待っていて2年が終わってしまう。今日は夜中からネット繋がらない。お昼前ミナさんがANGANからパンを買ってきて部屋に届けてくれた。買い物も夕食の調理もホテルの皆さんが助けてくれて有難い。週の途中で必ずパンが無くなるので買いに行っていたがこれから、朝フロントにお願いすることにする。写真を撮る。間もなく髪が無くなる前にまだ髪の残っている写真を撮っておく。若い時は髪が硬くていつもピンと立っていたものだが、今はすっかり細くなって腰がなくなった。この国の栄養が原因か単なる年齢のせいかわからない。父が85歳ぐらいまで髪が豊富だったから髪について心配したことは無かった。この1年で髪が細くなってハラハラと抜け落ちる。今ならまだ髪のある顔の写真が残しておけると先週急に気がついて写真を撮る気になった。昼までに「その男 3」を読了。中村半次郎こと桐野利秋、西郷隆盛のことを知ることが出来て面白かった。12時「本土復帰40年、明日の沖縄を信じて 1」大田平和総合研究所主宰 大田昌秀さんの話を再度聞きながら昼食をいただく。ブータンのじゃがいもは美味しかった。午後も写真を撮る。なかなかいい写真が取れなかった。午後2時過ぎネットに繋がる。昨日の写真をメールしておく。2時半黒い雨雲で薄暗くなってきた。間もなく雨になりそう。2時35分雨が降り出し大雨になり窓を網戸からガラス戸にする。午後高木良著「管理職の本分」を読む。16時45分お風呂に入る。風呂上り夕食をいただく。日本から電話がある。日本からも繋がる事を確認できてこちらから電話する。元気そうな声で安心する。停電で照明が無いので暗くなってそのまま就寝。夜8時電話の音で目を覚ます。電話の音声が途切れてよく聞こえなかった。電気が来ていたので枕もとの明かりで「管理職の本分」を21時45分までで読了。いつもこの著者の作品を読むと、モデルがどこか知りたくなる。本文に出てくる東邦生命は1999年に経営破綻に陥った東邦生命保険とも見えるが、2000年に経営破綻し、2001年にAIGスター生命保険株式会社へ包括移転された千代田生命保険の経営破綻と更正問題を扱ったもののようだ。著者70歳の時の作品。主人公友部のような人が日本にいる時代になっていることに未来を感じられて面白かった。最近の文庫本らしく大きい文字は嬉しかった。「その男」は鹿児島の人に多く読まれたのではないか。明治10年2月17日の朝、大雪の中鹿児島を発った2万3千人が9月2日に鹿児島の城山に帰ったときはわずか370余名だったという。9月24日朝3時55分の総攻撃が開始され午前9時には城山の西郷軍は全滅した。これが明治維新の戦争の最後であった。また雨音がしてきた。22時半 今日は読書三昧の贅沢な一日を過ごした。就寝。
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8月18日(土) 雨後くもり後晴れ 日の出5時35分、日の入18時38分 ネパール511日目 気温最高28℃、最低21℃ 1時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/18(Sat)

昨日の写真をアップしてブログを更新する。「その男 2」を読む。2時15分停電になる。ベッドで休む。3時半電気が来る。枕もとの明かりで「その男 2」を読む。4時45分Ituneでお気に入りを聞きながらレモンを4個搾ってレモンティーを作る。昨日つくったのとで1.5Lx1,1Lx1,0.5Lx2本のレモンティーが冷蔵庫に蓄えられる。これで先週買った野菜と果物がなくなって冷蔵庫が空っぽになった。昨夜来雨の音がしなくなった時もあったが今はまた雨音がしている。5時15分。今朝はネットに繋がらない。6時朝食。
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ゼンマイ(ニューロ)のおかず。ダーディンから入ってくるという。一口大に切ってから5分ぐらい茹でて、それを乾かして、少しの醤油、胡椒、塩、ダシの素で3分ぐらいフライパンで炒めて出来上がり。
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「昨日のオクラ(ラムトリー)が冷蔵庫にありますが、いかがですか?」と言ってくれたので「ありがとう、いただきます。好物です」といただく。
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いつもの玉子焼き。
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漬け物。
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大根おろし。
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ヨーグルトのデザート。
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味噌汁
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ネパールティー、パン、バター
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を写真に撮る。ご飯をおかわりする。6時にはまだ降っていた雨は6時45分止んだ。灰色の雲間から青空が見えている。昼間は陽射しが出そうだ。6時56分 フロントで昨日依頼した封書の切手代40ルピーを支払ってから7時8分カリマティの野菜市場へ出発。雨上がりで土ぼこリがでないだけ空気が良かった。タパタリ交差点は休日のせいか車が少なかった。交差点にいた美人交通ポリスの笑顔を撮らせてもらう。
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市場へ行く途中、
花屋
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肉屋
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先日まで工事中で出来ていた歩道の写真を撮る。
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今日もいつものおじさんの店で一番美味しいというブータンの
小さめのジャガイモ16個1Kg40ルピー、大き目の玉葱8個1Kg 25ルピー。にんにく1つ10ルピー、レモン15個80ルピー。キャベツ1個30ルピー。梨1Kg30ルピーを買う。9時帰宅。シャワーを浴びてから汗にぬれた衣類、ズボン、リュックサックを手洗いして屋上に干す。じゃがいもを茹でる。それから日記をつける。10時半 午前中お昼まで「その男 3」を読む。12時屋上の洗濯物を取り込む。ほとんど乾いていた。1階ロビーのパソコンでブログの写真をラムさんとプラカーシュさんに見せる。おかずの写真をこれから載せますと話す。料理が綺麗に撮れていると言ってくれる。そのうちにシバさんからホテルに着いたと電話をもらう。12時半予定の時間に玄関口に二人が立っていた。入ってもらう。歩いてきて迷わなかったという。暑かったようだった。2人に8月2日のブログを見てもらう。隣の田村で昼食。注文は日本の伝統的な弁当ということでチキンカツ丼にした。味噌汁はと2人とも飲まなかった。日本人が塩辛いカレーが飲めないように、味噌汁の味はネパール人には容易ならざる味のスープだと知った。カマラさんはご飯を残した。シバ君は全部食べた。
田村のスタッフに写真を撮ってもらう。
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部屋に案内しておしゃべりをする。屋上に案内してドプチャック村のある方向を教えてもらう。ダサインの休みに村を訪ねるとき一緒に行こうと再び誘ってくれる。部屋に戻って10月22日か23日に出かけて26日か27日に帰ってくる予定にしているという。一緒に連れて行ってくれと頼んでおく。
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「村の美しい風景の絵を描こうと思っている」と話す。実は日本から水彩絵の具と筆を持ってきたが、それを使う余裕が無かった。あの美しい自然の中で絵を描いて過ごすのはきっと美しい風景を頭に焼き付ける思い出に残る時間の過ごし方に違いないと確信した。14時半2人をホテルの入り口まで見送る。部屋に戻って「その男 3」を読みはじめすぐに眠くなり昼寝をする。16時15分目を覚ます。しばらく日記をつけていたらお風呂が空いたと電話をもらう。16時45分入浴。17時5分風呂上り、日記をつける。17時26分 特集 作家 五木寛之の 歌の旅びと 「静岡編」【きき手】須磨佳津江を聞きながら夕食をいただく。「はとのいない村」が良かった。18時15分から今日撮った写真をアップする。ネットにアップしようとしたらネットに繋がらなかった。19時「その男 3」の110ページを読んで、以下を「ネパールよいとこ」のホームに更新しておく。「ネパールと日本は共通したことがあります。
「世話:せわ」とか「奈落:ならく:意味:地獄」という発音もその意味もネパール語と日本語と全く同じです。
現在ネパールは3つのバレー(盆地)の首都県と72の県の合計75の県から構成されています。
日本は現在47都道府県ですが明治4年7月14日に発せられた廃藩置県では2百数十年続いた封建制度の旧大名の領国統治が廃止され、11月には全国を3府72県にわけそれぞれに新政府が登用した県知事がこれをおさめることになりました。ネパールは現在の3首都県と72県と日本の明治維新の3府72県が一緒であることは、単なる偶然なのでしょうか?不思議な一致点を発見してこれはけして偶然ではないと思いました。昔ネパールが近代化のために選ばれた若者を海外留学に選んだ外国は日本だったからです。」。
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8月17日(金) くもり後晴れ後雨 日の出5時35分、日の入18時39分 ネパール510日目 気温最高30℃、最低21℃ 1時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/18(Sat)

0時半犬の声で目を覚ます。Ituneでお気に入りを聞きながらレモンを6個搾ってレモンティーを2.6リットル作る。
2時20分 阿呆が解散した頃を見る。小泉が郵政法案参議院否決を逃さず解散の勝負にうって出た。当時馬鹿な森が解散をとどめようと何度も出向いたが殺されてもいいと言って解散総選挙を郵政一本を改革の象徴として、大勝利をした。当時銀行に較べて長い行列で待たされることが当たり前の郵便局の窓口の非能率的なのには国民の多くが不満を感じていた。今でもこの姿は変わっていないが、隣の窓口は暇そうにしているのに貯金の窓口では今でも長い時間待たされるのには変わりない。しばしば待たされてクレームを言っているおばさんもいる。郵政改革はそんな国民の不満もとらえていた。僅かの有利さで郵便局を使うが、サービス精神皆無の窓口の非能率には誰もがお灸をすえたく思っていたのだ。大勝利後の安倍、福田、阿呆のていたらくで、阿呆の支持率は20%に張り付いてしまい、解散の時期をついにつかめなかった。そして任期満了の直前になって形だけ解散せざるを得なかった。野田の支持率も阿呆と同じに貼り付いている。解散に持ち込めれば政権が回ってくると考えている野党は解散させたいが、負けるとわかっている野田が解散するわけがないのは阿呆の時と同じだ。結局来年8月29日の任期満了1ヶ月前に形だけ解散をして下野することになるのだろう。次は自民かというとそうは簡単にいかない。大勝ちした小泉の後の阿呆の選挙では民主のマニフェストに期待感はあったが、今自民にそれがあるわけでもない。全国区の選挙プロの小沢と関西の人気者になった橋下がどれだけ膨らませることができるかが誰もよめない。大新聞が世論操作のようにやっている小沢はもうダメキャンペーンだが、大義名分を手にした小沢がどう結果を出すか注目してみよう。小沢は選挙は近いとハっパをかけているようだ。今解散が出来ないことは誰でも承知しているが、野党の存在意義は解散を求めることしかない。ネパールの政治も、野党NCとUMLはバッタライに辞めろコールと言い続けるしかやることがない。この国では昨日のチャッカ・ジャム(交通封鎖)やバンダが国民に迷惑をかけている。バンダに抗議して開けた店をポリスが守ればいいのだが、ガラスを壊され、店をめちゃくちゃされるのをただ見ているだけでは、仕方なく店仕舞いをするしかない。5時45分。久しぶりにラジオ体操1,2をする。6時朝食。好物のオクラのおかず。ご飯をお替りして納豆のようにご飯とまぜていただく。
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いつものように9時半からオフィスのバスを待つ。今日は満員でステップに立っている人が何人もいた。同じオフィスのカラ ネウパニさんとおしゃべりをしてオフィスへ。サンジャ出身で60歳のお母さんが古里にお元気という。お父さんは既に亡くなっているという。ディビャ ダワディさんともオフィスの前で一緒になる。10時過ぎにオフィスに出て仕事の準備をする。ディビャさんはカトマンドの田舎の出身。ご主人も隣村の人。11時からカウンターパートに操作とプログラム説明をする。3つほどであとは自分でやってみるというので、プログラムとデータを渡す。自分でやってみてわからなければ月曜日に聞くからと言う。11時45分
プレゼンテーションを見る。1時半、「わが人生の出会い、そして別れ」 詩人・作家 三木 卓さんの話を再び聞きながら昼食をいただく。午後手紙を作る。14時20分店仕舞い。サヨナラを言ってバスへ歩く。今日はまだ乗っている人がいなかったので外の日陰で待つ。外の陽射しはとても暑かった。多分今年1番の暑さだったろう。バスの中は暑くて汗が吹き出てきた。3時前出発。3時半帰宅。フロントで封筒をもらい宛名書きをしてフロントに手紙を出してもらうように頼む。16時 椅子に座ってうとうとしながら「その男 2」を読む。16時半お風呂に入る。昼に聞いた三木 卓さんの話の続きをききながら夕食をいただく。夕食後19時就寝。
23時半雨音で目を覚ます。かなりの雨が降っていた。お湯を2リットル沸かして紅茶を作る。
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8月16日(木) くもり後雨 日の出5時34分、日の入18時41分 ネパール509日目 気温最高28℃、最低20℃ 0時の気温28℃、湿度80% 
2012/08/17(Fri)

日記をつけてから、パイナップル(ブカタ)を切っていただく。昨日見たプログラムをいくつか修正する。2時ベッドで休む。4時起床。T212の見直しをする。6時朝食。なすのおかず。醤油とだしの素と少しの塩で10-15分煮て出来上がりという。
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今朝のThe Rising Nepalはマオイストのプラチャンダとガッチャダールが握手をしている写真を1面に載せて大臣がひな壇に並んで健在振りをアピールしていた。7時3分停電になる。今日の予定は7時―10時と19時ー22時。すぐに自家発電のエンジンが動き出して電気が来る。夜中からネットが繋がりにくくなっている。
8時までにT213、T214の修正をする。9時25分ホテルをでる。いつものところで同じ教育局にいく人とバスを待つ間おしゃべりをする。現在55歳で58歳で退職という。2035年(現在ネパール暦で2069年)に最初はタナフでセカンダリースクールの教師を始めた。セカンダリースクールまである学校で当時教師は10人ぐらいで生徒は250人いたという。すぐに副校長になった。ネパール語と経済を教えていた。当時のサラリーは1-5年生までのプライマリーの教師の給料は225ルピー。前期中学校6-8年生の教師は335ルピー。後期中学校9-10年生の教師は450ルピーぐらいだったという。その人の初任給は350ルピーだった。現在のこの国の最低月額給与は6200ルピーだから公立小学校の教師の初任給はそれくらい。前期中学校6-8年の教師は7000ルピー、後期中学校は8000ルピーぐらいなのだろう。いつもより遅れて9時50分バスがくる。おしゃべりしていたおかげで待つ時間が気にならなかった。10時半着。オフィスまで歩いて10時45分。11時から作業開始。T215,T216,T217,T218を12時20分までで終える。14時25分まで残りの表をプログラムを実行して作ってみる。15時からはプログラムーファイル一覧表をまとめる。先週の金曜日から昨日までに39表を作る作業をした。そのうち8表は元データ不足でペンディングとして31表を作った。1表を作るのに1本のプログラムで出来たのもあったし、5本のプログラムが必要なものもあった。31表を合計60本のプログラムで作った。簡単なVBAを作れるようになって嬉しくなった。4時20分明日操作説明を実演しましょうとカウンターパートに話してサヨナラをする。小雨の中カッパを着て傘をさして10分歩く。いつもどおり5時少し前に出発する。今日は途中17時から17時半に学生達の交通妨害:チャッカ・ジャム(交通封鎖)があって車が大渋滞の中で動けなくなった。17時半すぎ動き出し17時50分マイティガールについた。バスを乗ったオフィスとホテルは10Kmほど離れているがホテルでは少し前大雨が降ったという。オフィスでは小雨が降っただけだった。しばらくしてお風呂に入る。夕食はラムさんが作ってくれた。明日のおかずはオクラという。ラムさんの野菜料理をネットに載せていると話す。〔明日へのことば〕「予科練の記憶を語り継ぐ」 元・海軍甲種飛行予科練習生 宮田 昇さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後紅茶を作り、冷やしておく。「その男 1」を読んで20時就寝。 

大使館からのお知らせ(12-71)8月16日
学生団体による抗議活動について
大使館に入った情報によりますと本日,午後5時から午後5時30分までの間,
チトワンでの学生団体等と警察隊との衝突に抗議して,カトマンズ盆地内で学生グループによるチャッカ・ジャム(交通封鎖)が実施されるとのことです。
そのため,各主要交差点で渋滞が予想されます。また,抗議団体と警察との衝突も予想されますので,十分注意して群衆等には近づかないようにしてください。
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8月15日(水) くもり後晴れ 日の出5時34分、日の入18時41分 ネパール508日目 気温最高29℃、最低19℃ 2時の気温28℃、湿度78% 
2012/08/15(Wed)

8月15日(水) くもり後雨 日の出5時34分、日の入18時41分 ネパール508日目 気温最高29℃、最低19℃ 
2時の気温28℃、湿度78% 

0時半、犬の鳴き声で目を覚ます。昨日はカピルバスツーのブッダ タパさんからメールが来て、Google Talkでチャットをした。普通タパという姓はチェットリ族だがマガール族にもタパという姓がある由来を教えてくれたのがブッダさんだった。ルンビニに遊びにおいでと言ってくれていた。昨日はボランティア会議と安全対策を聞く会が9月6日にあると連絡があった。10月はこの国ではダサインの祭りという大型連休がある。カレンダーで休日は10月20日から30日だがこの国の人たちは古里に帰省したりしてほぼ1ヶ月ぐらい休みをとるようだ。それが終わるとしばらくしてティハールのお祭りという休みがある。そういった大型連休中に山や外国に旅行に行くことが増えるから、事故を起こさないためにとその前の来月あたりにしっかり注意を喚起しておこうという目的らしい。会場は宮原さんがつくられたヒマラヤホテル。2時から昨日の続きをする。4時51分までにT230,T31,T32,T33,T34の5つ終わる。一休み。
5時過ぎからT26にとりかかり、5時50分完了。6時朝食。きんぴらごぼうのおかず。ごぼうはネパール人はたべないという。特別の市場でしか売ってない高価な野菜という。ネパール語でごぼうはごぼうと呼ぶ。
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今朝The Rising NepalにはNC会議派リーダーの汚職容疑に有罪の逆転判決の記事があった。
NC政権時代何度も大臣を務めたクン バハドゥル カドカに最高裁が有罪、懲役1年半罰金940万ルピーを言い渡し、即刻計を執行されたとあった。カドカは内務大臣などの要職を務めたNCのリーダーの一人で、以前の特別法廷で審議され無罪を言い渡された容疑について最高裁が誤りだったとして今回、有罪とした。カドカは国民から汚職議員と見られていたNC汚職の白波4人男の1人でやっと刑務所入りをした。後の3人は先に入っている。
容疑を問われた2360万ルピーの金の出所を説明できないものがあったという。この国では収賄金額の2倍の罰金が取られると聞いた。政権に就くと、金回りが良くなるのは何処でも同じ。カドカは外国からの援助金も収賄していたらしい。裁判所は彼のエベレスト銀行の口座から250万と車、ラリトプールの土地の権利書を差し押さえた。
この国では一旦無罪とされた容疑でも、政権が変わると最高裁が乗り出してきて有罪にすることがある。長年政権を務めたNCには安心して寝れない人がまだいるかもしれない。
農村の「No Rain only pain」という見出しで水不足の記事が出ていた。「No Pain No gain」を意識した見出しだろう。
今日は青空がかすかに雲間から見えるが白い雲で空が覆われている。こんな日は陽射しがさえぎられて涼しくていい。8時半 9時25分ホテルを出てババマハルで待つ。今日は4つの補助席だけが空いていた。終点では4人ぐらいが昇降口に立っていた。10時半まら作業開始。39個のうち作成不明の7つを残して作成した。
今日からドキュメンテーションをつくる。再度Runをして手直しがあればやってみる。今日1日で完成を目指す。
13時「進行性筋委縮症とともに60年 点訳ボランティア」 八王子 六つ星会 齊藤 堯さんの話しを再び聞きながら昼食をいただく。13時半から続き。午後大雨が降る。4時25分店仕舞い。10分歩いてバスに乗る。4時55分出発。5時半帰宅。しばらくして入浴。昼に聞いた続き齊藤 堯さんの話しを聞きながら夕食をいただく。7時停電になる。直ぐホテルに自家発電のエンジンが鳴り出し電気がくる。写真をアップロードしてブログを更新する。ラムさんが作る野菜料理を載せる。19時半「その男 1」を読んで20時就寝。 23時半目を覚ます。
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8月14日(火) くもり後晴れ後雨 日の出5時33分、日の入18時42分 ネパール507日目 気温最高28℃、最低20℃ 5時の気温27℃、湿度80% 
2012/08/14(Tue)

0時すぎ太い犬の鳴き声で目を覚ます。いつまでも続いたがやっと1時ごろ止む。日記をつける。
大き目のレモン4個を搾ってレモンティーを作る。1時40分からTable2.15 を作る。T2.14と同じ表でDalitの集計。
昨日作った3本がほぼ使えて2時半までに出来上がる。Table2.16はT2.15とほぼ同じ表でJanajatiの集計表。
Table2.16を3時までに仕上がる。休憩。日曜日のキリトプールの写真をブログにアップする。4時20分
横になって一休みして5時に起きる。もう一つTable2.17にとりかかる。5時40分で出来上がる。6時朝食。小松菜のおひたしのおかず。今朝のカトマンズポスト1面にはバッタライ首相と中国の外務副大臣の会談の写真が載っていた。
中国のさらなる援助を求めていた。ネパールから3つの道路建設を要請して、中国からは手工芸品の輸出拡大を求めていた。昨日はUMLがKPオリを首相候補にあげていたが、NCはポウデルの名が挙がっていた。少し前はデウバの声もあがっていた。NCの中でまとまりきれていないようだ。しかし公約を言うでもなくただ候補者の名前をあげるのはどう言うことなのか。政権への揺さぶりの意味があるのかもしれない。朝食後 Table2.18 作表プログラムを作る。
8時10分 9時40分オフィスのバスに乗る。途中渋滞で動かず。オフィスには10時半に着く。机の周りを雑巾がけしていたらカウンターパートが来る。10時45分から作業開始。12時40分までにT219とT220をつくる。
「“母なるもの”について」東京大学大学院教授 姜 尚中さんの話を再び聞きながら晴れた山々を見ながら昼食をいただく。結局16時15分までにT228まで終わる。会議に出かけるカウンターパートに1つデモしてみせる。この日14個のTable を作るプログラムを作成する。残り14個になる。15日に残りを作れれば、17日までにDocumentation とOperation Manualを作れる。最初は難儀したがプログラムは出来ていくと前に作ったのが使えていくから、厄介なのも簡単にできていく。しかし、未だにエラーの意味がよくわからないのと納得してエラーをクリアーできているわけではないので、VBはどうも簡単そうでまだよくわからない。オフィスの満員のバスで帰る。マイティガールからANGANに歩いてパンを買ってホテルには6時前帰る。降りそうだった雨は風呂からあがったら降っていた。しばらくしてお風呂に入る。泣いて!「笑って!そして酔い吉」 幾三さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後後半も聞いて「その男 1」を読んで20時就寝。
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8月13日(月) くもり後晴れ 日の出5時33分、日の入18時43分 ネパール506日目 気温最高27℃、最低19℃ 
2012/08/13(Mon)

8月13日(月) くもり後晴れ後くもり 日の出5時33分、日の入18時43分 ネパール506日目 気温最高27℃、最低19℃ 
1時の気温26℃、湿度80% 

プログラムを3本でT2.13表を0時半までで完成。これで39表のうち10表終わる。
10月のダサインの祭りの休日はシバ君カマラさんはドプチャック村に行くという。行きましょうと誘ってくれたので山の村で過ごすのもいいかと思い連れて行って頂戴とお願いしておいた。昨日は訪ねたアパートの食堂には大きな冷蔵庫があったが故障していると言っていた。キルティプールのスールヤ君のアパートは学生の下宿らしく一間で部屋の中にプロパンボンベを置いてガスコンロで高圧鍋でご飯を炊いていた。ネパールの普通の家庭は3食ご飯。ご飯に味噌汁のようなカレー汁をかけて手で揉みほぐしてアチェールと呼ぶ塩味の漬け物で食べている。子供の時に田舎で食べたご飯と味噌汁と漬け物の食事と似ている。味噌味とカレー味の違いがあるだけ。塩気が強いのと唐辛子が利いていて辛いのは食べにくい。ご飯を実に沢山食べる。一食あたり日本人の3倍のご飯を食べる。1時12分一休み。ネットをみるとロンドン五輪、全競技を終え、最後のイベントとなる閉会式があと3時間45分で始まる。
日本は金7銀14銅17。韓国は金13で世界で5位と活躍した。日本の金7はオーストラリアと並んで世界で10位。
7つのうち4つがレスリングだった。トップアメリカ、2位中国。ここまではGDPの順位と同じ。落日の日本、日の出の中国、韓国という勢いがスポーツにも出ている。スポーツ界ではお家芸の男子柔道が象徴的で金がでなかった。次は2016年リオデジャネイロ。1時36分休む。4時半起床。T2.14を考える。 5時41分までに見通しがつく。
今朝のカトマンヅは薄い雨雲を通して朝日が見える。周辺の山々はくっきり見える。今日も強い陽射しがありそうだ。
6時朝食。なす(ベェンタ)の炒め物のおかず。今朝のご飯も美味しくてお替りをする。
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ヨーグルトのデザートとネパールティーを庭でいただいて、今朝のThe Rising Nepalを見る。マオイストの地区集会がポカラであってそこにバッタライ、シュレスタと議長、副議長の3人のひな壇の写真を載せていた。ここでプラチャンダは最近の野党のカナルやNCの行っていることとやっている事を無意味なことをしていると批判して見せた。またバッタライは新憲法の連邦制の合意が政党間で出来ない限り辞めないと演説した。これはかなり高いハードルを野党に要求したことで、カナルが言っている、まず辞めない限り、話しあいに応じないというのとかけ離れている。これまで簡単に首相を替えてきたのを反省して今度は政権を投げ出さないと言っている。我々3羽ガラスで政府を守るから、皆さんは街頭活動の先頭に立って戦ってくれ激を飛ばした。ケツをまくったような物言いである。これまでバッタライが野党の攻勢に合うたびに辞める用意は出来ている。ただしそれには各政党との合意が出来た後と言っていた。今回合意条件が合意など出来るのがとても難しい連邦制を憲法に盛り込むという100年経っても出来そうにないことを持ち出したのだから、野党はあきれて、コメントすらしないことだろう。先週カナルが下部の学生にやらせたバンダに対抗して牙をむいた形だ。果たして野党が首相おろしの次の手をどうしていくか、それに対してこれまでただ傍観していたマオイストがどう出るか目が離せなくなった。7時24分 7時10分シバ君、カマルさんから電話がある。昨日のお礼を言っておく。
8時に念のためラムさんに電話する。9時40分に来ると言う。いつもバスを待つおじさんと少しおしゃべりをする。55歳でタナフの出身だという。お母さんは78歳で健在。ダサインは古里へ帰るという。9時40分聞いた時間にバスがくる。昨日はいないいないとバスの中で話しが出たと聞いた。職場の人の首切りが発表されたとかで皆さん沈んだ様子だった。10時過ぎオフィスについて、いつもの準備をして日記をつけてこれから作業の続き。10時34分
T211を修正。
明日へのことば アンコール   読み聞かせてほしい被爆体験記 兵庫県ユニセフ協会会長 竹本成徳さんの話しを再び聞きながら昼食をいただく。
T214を完成。今日は下のニュースが来ていた。プラチャンダの脅しにカナルが正面衝突を避けたようだ。
今までは言われっぱなしであったマオイストであるが、開き直った脅しがバンダを停めたようだ。
バンダはもったいない。自分の時は何もしないで首相の椅子に座っていただけのカナルが辞めてからはUMLリーダーとして新憲法を論じ合ったが、なにも建設的な役割をしないでただ足を引っ張っていただけだった。今回は青年たちにバンダをやらせてもっぱら無責任にも首相やめろの一点張りを主張。バンダはもったいない。この国の教育の指標が前年より悪くなっているのも、工業会の稼働率が50%でしかないのもバンダを原因に挙げられていたた。モラルもあがらない。せっかくこの国にやってきた旅行者のバスを停めて飲まず食わずの経験をさせても、申し訳ないの気持に至らないようであれば、二度とやってきてはもらえない。バンダがどれだけ国をいためているか、前首相でさえ気付かないようなのにはあきれる。カナルは反省して頭を丸めてイラムに帰って隠居したらいい。
すました紳士面をしているが自分がギャネンドラのようになってきていることに気付いていないようだ。
4時25分ナマステを言ってオフィスを後にする。CTEVTのバスはまだ同僚ともう1人しか乗っていなかった。
補助席も使って横一列4つの席に5人が詰めて座り、20人乗りぐらいのマイクロバスに30人ほど乗って出発。
乗っていて乗客の重たさをタイヤがぺちゃんこな感じがして感じることができる。大抵の一般のバスは客を詰め込むから定員の1.5倍から2倍も載せて走っている。それも古い。いつ故障するかわからない。雨が降りそうだったが幸い帰宅まで降らなかった。ホテルの前の道路の舗装工事はいつまでたっても始まらない。前年度予算があまったので舗装をすると聞いたが、そのお金はどこかに消えてしまったのかもしれない。
お風呂に入る。Ituneのお気に入りを聞いて夕食をいただく。紅茶を作って冷やしておく。
「その男 1」を読んで19時半就寝。

大使館からのお知らせ(12-70)8月13日
学生団体によるバンダの中止について
当館に入った情報によりますと,大使館からのお知らせ(12-66)でお知らせした,16日に予定されて
いた学生団体によるバンダ(ネパール全土)は中止となりましたのでお知らせします。



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8月12日(日) 雨のちくもり時々晴れ夕方雨 日の出5時32分、日の入18時44分 ネパール505日目 気温最高27℃、最低19℃ 7時の気温26℃、湿度82% 
2012/08/12(Sun)

2時半目を覚ます。犬の鳴き声だけが聞こえてくる。雨は止んでいるらしい。部屋の非常灯をつけて懐中電灯を机のスタンドに紐でゆわえてパソコンの鍵盤をてらす。パソコンのディスプレイを一番暗くしてバッテリーの消耗を少なくして使う。こうするとバッテリー充電量83%で1時間半使える。今日の停電予定は10時ー12時と17時ー20時だが、時々
予定になく電気が来ない時がある。計画停電よりも困るのは予定表に無い時間に電気が来ないこと。この国やブータンもそうだが水力発電で作る電気をインドに販売している。ネパール国民は停電を辛抱しながらインドに電気を輸出して貴重な外貨をかせいでいる。ガソリンなどは産油国から直接輸入するより有利なのか知らないが、この国はインドの石油公社から輸入している。この国の輸出入の三分の二がインドとの取引で、双方の国民の国境の出入りは自由。インドからは主として貧しい人たちがネパールに入ってきて、ネパールからは主として若者達が仕事を求めてインドに出稼ぎに出て行く。ネパールはインドの何番目の州と言われる所以だ。開発途上国の国民が自国で取る魚やエビや果物を外国に売って稼いで自分達が口にできないでいるのと似ている。日本の江戸時代農民は作った米を年貢に取られ、自分達の口に入るのはヒエやアワだったのにも似ている。この国の普通のお役人の勤務は10時から17時、冬時間は10時から16時。しかし農民や多くの働く人たちは明るくなったら働き始め暗くなるまで働いている。ここのホテルの庭を手入れするおじさんは少し明るくなったぐらいの時にきて芝生や生垣の刈り込み、花の苗の植え込みをはじめる。学校も6時から授業をはじめる。バッテリーが50%で1時間になった。一休みすることにする。3時半 
5時になった。鶏が時の声をあげる。雨はあがっている。空は厚くない灰色の雲に覆われているが低いところから青空がのぞいている。今日も昼間は陽射しがでそうだ。電気はまだ来ない。昨夜から予定外の停電が6時間続いている。水力発電所が雨が多くなって故障がではじめたのかもしれない。難儀なことだ。
バッテリー42%、あと50分。5時半になればホテルが自家発電を動かしてくれるだろう。これから昨日の作業の続き。5時11分。有難いことにガネッシュさんが5時12分自家発電をつけてくれた。電気が来たのでスクリーンを明るくして作業を続ける。5時15分 T2.13をする。5時45分まで。ネットは繋がらなかった。空はすっかりねずみ色の雨雲で覆われた。駐車場の石畳は半分乾いている。6時朝食前庭仕事をするロサンジーにいつも綺麗な花をありがとうと挨拶する。オクラのみそかけ。オクラはボイルしてからフライパンで炒めて焦げ目をつけるという作り方を教えてもらう。
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昨日の爆発は電気のショートの音だったという。昨年近くで起きた爆弾破裂の時より昨日の2度目の音は大きかったという。部屋の中に火花を見たのは電気ショートの爆発が原因とわかってなるほどと思った。昨日は数人の人がトラックで駆けつけてみたが直らなかったという。今日はまた電気会社の人がくるという。昨夜11時までは爆発が原因でホテルに電気が来なくなって自家発電で起こしていたという。昨日はお陰で4時間の自家発電で燃料代2800ルピーかかった。自家発電はホテルの全部の電気を供給するのに1時間7リットルが必要になる。今軽油が1リットル100ルピーするからホテルは予定外の出費になる。もちろん電力会社は保障してくれるわけではない。今朝のThe Rising Nepalにはモハンバイディア派呼びかけに、各政党のリーダーが参加した会議を一面に載せていた。プラチャンダもカナルもバイディアの話しにそっぽを向いて話を聞いていないようだった。NCリーダーのシンもでていた。カナルが相変わらずオウムのようにプラチャンダ辞めろ、話しあいはそれからだと繰り返し言っていた。NCのコイララはプラチャンダが以前次はあんただと言ったのに最近NCに冷たいとうったえていた。あの時は新憲法作るのに協力がほしいからリップサービスで言ったのだが、その後、足は引っ張っても建設的な働きを見せなかったNCの態度のとてもNCに政権を渡す気になれないのは良く判る。コイララが言っていることは虫が良すぎる。昨日までの交通ストライキで道路から公共輸送車両が消えた写真も載せていた。政府と6時間の話しあいの結果さくじつまでで話しあいはついたらしい。今日からはないようだ。美しい青い鳥Blue Jayがネパールから消えたという記事も出ていた。気象変動、環境悪化などが稀少鳥類を滅ぼしている。7時半雨雲は取り払われて青空が出てきた。空とぶ飛行機が見えるようになる。陽射しも出てきた。今日も日中暑くなりそうだ。8時フロントでラムさんにシバジーの電話を替わってもらい待ち合わせ場所を聞いてもらう。8時45分アンベ コンプレックスについたとたんシバジーから声を掛けられる。そこから歩いて5分のテク地区にあるアパートに案内される。1階に寝室2つ、トイレ、風呂、4階に食堂と台所。屋上が物干し場。今は銀行で働くシバさんのサラリーが月に6000ルピー。奥さんのカマラさんは学校の教師と先週聞いたと思ったが仕事をしていないという。アパートの家賃は3000ルピー。生活は楽でないという。しかしいつも笑い声の絶えないカマルさんお明るさがいい。結婚して4年というがまだ子供を持てないのかもしれない。二人の結婚式の写真やカマラさんの写真が部屋に飾ってあった。とても清潔に生活している様子が窺えた。カマルさんはキリティプールのいとこを訪ねるという。さそってくれたので一緒に行くことにする。仕事へでかけるシバ君と一緒に家を出て、カマラさんと一緒にキリティプール行きのバスに乗る。
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カリマティからキリティプールまで約20分、料金はIDカードを見せて2人で28ルピー。いとこのトリブバン大学大学院1年生のスールヤ(太陽)君がバス停まで迎えに来てくれて下宿へ。部屋で一緒に昼食をいただいてから12時15分スールヤ君にお寺へ行く道を教えてもらい、2人にさよならをして石畳の急な坂を登る。
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バグ パイラバ ヒンズー寺院へ登る。
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ここからカトマンヅ市街を見渡せ、正面にモンキー寺院が見えた。トリブバン国際空港、バクタプールまで見渡せた。
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街は石畳で静かだった。トランプをする男達。ボール遊びをする男の子達。写真を撮ってと群がる女の子達が沢山いた。更にその上のウマミス寺院まで登る。
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ガンガ バスネイトという女の子が寺を案内してくれた。学校は生徒が200人強で教師は10人ぐらいの私立学校の4年生で9歳、学校は10年生まであるという。教科は全部好き。将来はドクターになりたいと言っていた。今日は学校は無いのと尋ねると月末の日曜日の今日は学校が休日になるという。ザティはチェットリという美少女だった。写真をとるときスマイルというとスマした表情とポーズをするのだが自然な笑顔をなかなか出してもらえなかった。
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帰り道素敵な表情のモンゴリアンの少女たちの写真をとる。
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キリトプールはカトマンヅから8Km、ネワール人が作った街。バグ パイラバ寺院はプリティヴァ大王がカトマンヅのマッラ王朝を攻め滅ぼす前にネワール人によって作られた。観光都市で道は石畳で静かな古い町並みを今に残す所だった。
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観光ガイドをする人に付きまとわれて少し煩わしかった。日本人と見て日本の500円や100円玉を見せてネパールルピーに換えてくれという人もいた。初めてトリブバン国際空港に着いたとき無理やり荷物を車まで運んだ青年にお金を求められ、ポケットにあった100円玉をあげたことがある。ああいったお金がこういうところで
ネパールルピーに換えられていることを知った。14時45分バス乗り場まで降りてきて並んでいたバスにタパタリチョークまでと言って乗る。道は車で大渋滞。カリマティ市場周辺のすごい混みようを初めてみた。バスはワールドトレードビル手前で降りろと言ってくれた。どうやらそこを左折してカトマンヅ市内へ向かうようだった。そこから歩いてホテルへ。近くで同僚の車に乗せてもらって帰る。昨日洗ったばかりのズボンに出たばかりのところで、車の泥水をかけられたので、今日も再び手洗いして泥を取って屋上に干す。4時40分ごろお風呂が空いたと電話を受けた時、強い雨が降り出した。急いで屋上の洗濯物を取り込む。お風呂に入る前、厨房に食材とパンを頼んでお風呂に入る。風呂からあがると料理が出来ていて渡してくれる。風呂上り日記をつけていたら雨は止んで雲間から陽射しが出てきた。また屋上に干しておく。17時半 「最愛の妻の死を乗り越えて 2」国立がんセンター名誉総長 垣添忠生さんの話を再び聞きながら夕食をいただく。夕食後屋上に干した洗濯物を部屋に取り込む。18時半。「その男 1」を読んで19時半就寝。22時半目を覚ます。同期会の案内を見る。再来年の卒業45年目はハワイという。朝していたT2.13のプログラムを作る。
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8月11日(土) 雨のち晴れ時々くもり 日の出5時32分、日の入18時45分 ネパール504日目 気温最高29℃、最低18℃ 2時の気温26℃、湿度81% 
2012/08/11(Sat)

2時までで4つ目Table2.4完成。雨は止んでいる。ベッドで「その男 1」を読んで休む。3時半起床。5つ目のTable2.8にかかる。 4時停電になる。今日の停電は4時ー7時と14時―17時。4時半まで非常灯の明かりとバッテリーで続ける。4時半に休む。5時5分起きる。外が白んでくる。バッテリーは残り22分になる。予備のバッテリーにかえる。5時15分自家発電のエンジンがうなりだす。有難いことであった。6時朝食。かぼちゃのおかず。
今朝のThe Rising Nepal一面にプラチャンダの昨日の談話が出ていた。今の政治の膠着状態を解消するための新憲法連邦制の案を語っていた。いまの野党が要求しているのは、新憲法連邦制の妙案ではなく、バッタライ首相退陣の一点にあり、新憲法の連邦制の議論をしたいわけではNCもUMLもまるでない。何故プラチャンダが今の時点でピントの外れたことを言い出したのか。これで政治膠着を解決できるわけがない。ジョークとは思えない。ボケるにはまだ若いはずだが寝ぼけた話しに首をひねった。野党から街頭活動の攻勢が続いて、野党からプラチャンダの呼びかけを拒否されるし、演説上手と聞くが、交渉力はいまいちのようだ。6時44分
今日も昨日に続いて野党呼びかけによる青年たち主導の交通ストライキ。土曜日は休日だから影響は少ないだろう。冷蔵庫が空っぽになる。これから市場へ買い物ウォーキング。7時ホテルを出る。夜中降っていた雨が埃をおさえてくれていて気持のいい朝。陽射しが暑い。7時45分市場についていつものおじさんのところでジャガイモ(アル)と玉葱(ピヤーズ)を1Kgづついただく。それぞれ40ルピーと25ルピー。次に写真を撮れというのでそれを両手にぶら下げるポーズで今日は少し笑顔が出た。
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ついで砂糖(チニ)を1Kg 80ルピー。続いてレモン(カガティ)を10個60ルピー。
次にいつものお兄さんのところでキャベツ(バンダ)1.2Kg40ルピー。この素敵な兄さんの笑顔の写真も撮らせてもらう。キャベツを持ってもらって笑顔のポーズをしてもらった。
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マンゴー(アープ)を2Kg150ルピーで買う。
今日始めてパイナップル(ブカタ)を見る。1個買う。40ルピー。
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今日の買い物を以上締めて8Kg435ルピー。8時15分帰路につき9時ホテルに帰る。9時ホテルに帰りついたところでカマラさんから電話があった。昨日は12時半に来てくれと伝えていたのだが、ご主人が仕事で忙しく2時には行けるという。それでは2時にお待ちすることにする。シャワーを浴びて汗を流し、衣類とズボンとリュックサックとレインコートを手洗いして屋上に干す。ジャガイモを洗って茹でる。10時疲れてベッドで休む。11時屋上のリュックサックを逆さに干す。陽射し強く洗濯物が風に揺れる。灰色の雨雲が動いてくる。午後雨が降るかもしれない。11時半 12時「最愛の妻の死を乗り越えて 1」国立がんセンター名誉総長 垣添忠生さんの話しを聞きながら昼食をいただく。昼食後屋上の洗濯物を取り込む。
2時前に携帯メールでご主人が仕事で忙しいので3時になるメッセージが入る。隣のレストラン田村に確かめると午後3時から5時までが休みという。携帯から3時に店が閉まるので次の機会にしたいと返信メールをしておく。
どうやら上手く携帯メール送れなかったようで3時15分にこれから15分で行くと電話が入る。店が閉まったので次の機会にとお願いする。大変気の毒な事をしたのかもしれない。しかし気にしないことにする。3時25分大雨が降り出す。3時20分お風呂に入る。食材を厨房に預けて気持ちよく入る。風呂上り料理を持ってきてくれる。シバジーから電話がある。これから家に来ないかという。暗くなると犬が怖いので出歩かないようにしているのでと断る。月曜日に家にこいという。月曜は仕事があるので都合が悪いと答える。明日こいという。結局カリマティ市場の玄関に9時に行くことにする。果たしてめぐり合えるか半信半疑ではある。公休日の土曜が仕事で忙しいというが、平日の日曜、月曜がフリーだというのはどう言うわけだろう。良くわからない。16時半 お昼に聞いた垣添忠生さんの話しの続きを聞きながら夕食をいただく。4時40分ごろ今日2度目の爆弾破裂らしい音が聞こえる。不思議なことに部屋の中に火花が走ったように見えた。前の建物越しに煙も見えた。17時4分 もう1つやって今日はお仕舞いにする。17時50分までで今日8つのプログラムを作る。今日はここまで。18時半就寝。 21時半目を覚ます。雨が降っていた。
Table2.12を5つのプログラムを組み合わせて作る。22時44分完成。
最初のプログラムは時間がかかったが、プログラムが揃ってくると、以前のをコピーして使えるから段々早くできてくる。22時51分 休憩してパソコンでNHKTVでレスリングを見る。23時停電になる。次第に大きくなってくる雨音を聞きながら就寝。
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8月10日(金) 雨のち晴れのちくもり 日の出5時31分、日の入18時45分 ネパール503日目 気温最高28℃、最低19℃ 2時の気温26℃、湿度81% 
2012/08/10(Fri)

0時55分まででExcel Bookの結果から別のExcel Bookを更新するプログラムを作る。別のExcel Bookも立ち上げておく必要があることがわからず失敗をくり返す。マニュアルで立ち上げておいたらそれを見て更新してくれる。Ituneでお気に入りを聞きながらレモンを5個搾ってレモンティーを2.6リットル作る。1時27分
39個のTableのうちの最初のTableを作るプログラム完成。1時53分 ベッドに横になり「その男 1」を読みながら就寝。4時雨音で目をさます。起きて2つ目にとりかかる。5時半東の山がくっきり見えて朝焼けが出る。空は薄い雨雲がかかっている。雨は止んでいる。ひんやりした外の空気が入ってくる。今日の昼間は強い陽射しがありそう。
6時朝食。ネパール野菜「タイパラ」の炒め物。見た目はほうれん草だがぱりぱりと食感がいい。モロヘイヤのようにかむうちに少し粘り気が出てくる。味付けが良く美味しかった。ラムさんにまた作ってくださいとリクエストしておく。
今日から一段と野党が街頭行動にでる。今日は公共輸送を止めて首相のいる官庁を取り囲んで辞任要求のデモを予定している。また国民が困らされる。野党は首相の辞任要求一点に絞った行動を繰り返す。バッタライは話し合って選挙と憲法作成のプランを次の政権に枠をはめてたら辞めるとしている。いつまで双方の主張を張り通せるかが注目だ。次はNCが自分達に政権がたらいまわしされるのを心待ちにしている。先日プラチャンダが申し入れた話しあいの提案に対し今朝のThe Rising NepalではNCは拒否したと出ていた。次の首相にデウバの名前が新聞にでるが、コイララもポーデルも他の幹部も首相になりたいらしい。新憲法はまかせろ、選挙はまかせろとは言わないが首相はまかせろという。青空が出てきて陽が射してきた。7時半 ボキャブラリーカードをして8時バスのラムさんに電話する。タパタリ交差点に9時15分と待てという。念のため同僚に交差点の何処に待てばいいか電話をする。朝から強い陽射しの中9時ホテルを出る。交差点で傘を出して日傘にしてバスを待つ。しばらくして3-4人の乗客を乗せてバスがくる。バスは市内の教育省の前を通り、日本大使館へ行く道で右折して大回りして空港が見えるところに出た。事務所には10時ごろ普段と変らぬ時間についた。終点ではいつもと変らぬ大勢の乗客が乗っていた。今日は11時までバス・テンプー・タクシーの公共輸送のストライキがあったが、政府の役人は大抵オフィスのバスがあるから普段どおり来ることが出来た。バイクを持っている人は困らないがバスを頼りにしている人は職場に来れない人もあったことだろう。ここのお役人で今日のような公共ストライキに便乗して休む人は少ないことを知った。野党の呼びかけによる今日のような時限交通ストライキを支持していないのかもしれない。10時40分 今日は続きのプログラムを作った。少し複雑な2つ目ができたが簡単と思われた3つ目にてこずる。先週世話になったカマルさんに電話して明日の昼食を誘う。2時20分店じまい。10分歩いてバスへ。同僚が一人バスにいた。2時55分バス発車。3時半ホテル着。荷物を片付けて、ANGANにパンを買いに出かける。ポツリと雨が降ってきた。レインコートを着て帰る。直ぐお風呂に入る。
〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を再び聞きながら夕食をいただく。夕食後「その男 1」を読んで就寝。
21時半目を覚ます。この時間隣の「たむら」から出てきた客の話し声が賑やかになる。しばらくして静かになる。
今月30日で帰国される方がでていた。この国に2年間シニアボランティアで活躍され、その後3年間調整員を務められた。この国に来た当初お励ましの言葉をいただいて、緊張をほぐすことができた。
22時雨音が聞こえてきた。ロンドン五輪でボクシングミドル級の村田諒太(東洋大職)の活躍を見る。東京五輪で金を取った桜井孝雄さんを見る。今年1月に70で亡くなられていた。食道がんだった。
昼間の続きをする。3つ目のTable2.3もプログラム完成する。

大使館からのお知らせ(12-69)8月10日
公共輸送機関による抗議活動について
大使館に入った情報によりますと本日実施された公共輸送機関の抗議活動については,政府との合意が得ら
れず明日も引き続き実施されるとのこのことです。そのため,明日もバス,タクシー等の利用ができません
のでご注意ください。
また,次回の政府との交渉についての日時が決定していないため,日曜日も引き続きストライキが行われる
可能性がありますので,報道等にご注意ください。
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8月9日(木) 雨午後から晴れ間 日の出5時31分、日の入18時46分 ネパール502日目 気温最高29℃、最低20℃ 2時の気温26℃、湿度81% クリシュナ神を祀る日の祭日
2012/08/09(Thu)

1時半目を覚ます。小さなバナナ2本と大きなマンゴーを刻んでヨーグルトとミックスしていただく。雨音が聞こえてくる。雨音がすると農民がホットしていると思う。先週のドクチャップ ガウンの水田には水が少なくてたよりなかった。もっと雨が欲しいと思った。ひところ落ち着いていたネパールはまたバンダが日常生活に影響を与えるようになってきた。今週は野党UMLが下部に組織する学生達にバンダをやらせた。朝の10時にバンダが終わると一斉に車が動き出し、職場に向かうローカルバスは日本の朝の小田急線なみの満員で外からみるとかわいそうなほどだった。途切れなく車やバイクが層をなして走るから道路の横断もしばらくできなかった。最近の新聞記事の一面はいつも変らない。7日のThe Rising NepalはNCのコイララはバッタライが退陣したら選挙について話をすると言っている。バッタライはもし今後の選挙と新内閣の話し合いができたら首相の座をあきらめる用意が出来ていると言っている。8日のThe Rising NepalでUMLのカナルは選挙をする用意があると言っている。しかしバッタライの退陣が先で話しあいはその後と言う。バッタライ独裁だ、政治危機だと煽りたて若者にバンダをさせて高見の見物といった様子だ。NCは政権を離れて長いから早く首相の座に治まりたい。今はマデシのガッチャダールが白波五人男の筆頭のようだがワイロ、汚職政治家を輩出したのはNCが老舗で、政権をほしくてうずうずしているのが沢山いる。新憲法草案作成では交渉力を見せ付けた。ぎりぎりまで譲歩させた末に肩透かし。長年政治の中心にいて流石にたけた、したたかさを見せた。終わってみると足を引っ張ることだけしかしなかった。途中は真剣そうなポーズだけだった。それはNC,UMLの身内の中の議員は見ていてよくわっているから、終わってからは離反者が出てきている。NCから首相を出しても連邦制など有害無益と考えているから新憲法など作る気は無い。NCの手で連邦制なしの新憲法をつくる力もないし、他党がそれではのむわけがない。戦後GHQの指導があって新日本国憲法ができた。今この国に日本が新憲法作成に指導力を発揮してあげないといつまでたっても新憲法は作られず、バンダが頻発し、人のモラルがあがらなず、気の毒な状態が続く。コイララもカナルも国民のことを考えているのだろうか。バンダをした青年たちはバッタライが退陣してデウバが政権を握ったら憲法も選挙もうまく行くと考えているのだろうか。バンダを仕掛けた青年たちは今のNC,UMLのリーダー達が若いとき同じような事を仕掛けて王様に捕らえられて刑務所に入ったように、将来のステップと考えてやっているのだろう。新聞にはバンダの仕掛け人の動員した人数が出てこない。これまでグループが何の要求を掲げてするのかわからないバンダもあった。これを許しているのが無政府状態というのかもしれない。この国では人に注意をするというのをしない。見たことが無い。職場に来ないで給料をとっている人もいる。まじめに仕事をしている人が馬鹿にみえてくる。モラルがあがらず、下がることだろう。ボランティアはそういう人に寄り添って支えてあげる。夜中から雨音が止まない。今日はお天気になったら先週行ったブンガマティ ガウンにマチンドラナート テンプルを訪ねてみようと思っていた。8時ぐらいには雨が上がるだろうからそうするか。5時45分
6時朝食。ご飯が美味しくておかわりする。玉葱と玉子の炒め物のおかず。今朝のThe Rising Nepal一面には昨日の雲一つ無い快晴のナムチェバザールから見たエベレストの写真を載せていた。一面の記事は相変わらず、政府のスポークスマンのヤダフ情報大臣が話しあいでパッケージを作ってバッタライは辞任すると言った話を写真つきで載せていて、コイララとマオイストから分派したバイディア派のガジュアルが首相の辞任が先でそれなくしてなにも話しあいは始められない。辞任まで街頭活動を強化すると言ったことを書いていた。新憲法制定期限の5月27日までにまとめることが出来ず、くやし涙を流したバッタライだけに辞めたい気持は山々だが、何も課題を後任に残さないで辞めたらこれまでのことがごわさんにされることを危惧して枠をはめて辞めたいとしている。前回のカナルが首相になった時4つの課題を与えてマオイストは成立に協力したが1つも成果のないまま辞任している。次の政権の課題を明確にして辞めないと辞めるに辞められないという気持は良くわかる。プラチャンダの政治力は何処にいったのか影を潜めている。今朝はネットに繋がらない。7時10分。ボキャブラリーカードを覚えて一休み。雨は音がしなくなったがまだ止まない。あい変らずネットに繋がらない。昨日のThe Rising Nepalのスポーツ面に日本はアメリカと女子サッカーでワールドマッチの再現という見出しがあった。読売新聞が8月分から来なくなってオリンピックの情報はネットとネパール新聞だけになった。日本はフランスに2-1で、アメリカはカナダに4-3で勝って来週月曜日に決勝という。ワールドカップのリベンジを果たし3度連続優勝するか、日本が初めてのオリンピック優勝を果たすかと書かれていた。雨は9時半までには止みそうだ。8時41分 椅子に座ってうとうとしながらボキャブラリーカードを覚えて一休み。9時38分まだ雨は止まない。ネットにやっと繋がった。雨が止んだらヨーグルトを買いにでかけようと思ったがまだ1時間ぐらい止みそうに無い。9時39分停電になる。9時40分また電気が来た。またネットに繋がらなくなった。9時48分ネットに繋がったのでブログを更新しようとしたら9時50分にまた停電になった。停電になるたびに雨の中ガネッシュさんが向かいの部屋に行って電源操作をしてくれる。そのたびに電気がくる。一旦停電になってもネットの接続をそのままにしておけば、電気が来たとき接続できるのを覚えたのでそれをしてみる。10時また停電になった。ガネッシュさんが電源ボードをいじっているが電気が来ない。またネットに繋がらなくなった。雨は少し強くなって音をたてて降るようになってきた。10時5分 「邪馬台国」を読む。10時25分ネットに繋がるが直ぐまた繋がらなくなる。そのたびにガネッシュさんが電源板の部屋に行って触るが繋がらない。10時38分 ホテルの玄関にいる痩せた白と黒い犬は今日も雨の中で門番をしている。10時49分ネットにつながりブログを更新する。挫折への共感、文学と映画を追いかけて 2 評論家 川本三郎さんの話を聞きながら昼食をいただく。午後1時20分ようやく雨が上がる。これから近くの店にヨーグルトを買いに散歩する。13時26分 幸いヨーグルト1Kgあった。買って1時45分帰る。39Tableの作り方をざっとみる。3時までで大体目を通す。Excel F2Tをつくり、39個のTebleをマニュアルで作成。16時9分
池波正太郎著「その男 1」を読む。一休みしてからExcel VBAを見る。
17時25分お風呂に入る。18時 特集・作家 五木寛之の ”歌の旅びと” 第15回 富山県を聞きながら夕食をいただく。夕食後19時半「その男 1」を読みながら就寝。21時半目を覚ます。枕もとの明かりで「その男 1」を読む。
22時20分起床。「海道東征」http://www.geocities.jp/kaidoukita/index.htmlを聞く。
23時バナナとマンゴーを刻んでヨーグルトをミックスしていただく。
Excle VBAでExcel Fileの結果から別のExcel Fileを更新するプログラムをテストする。

大使館からのお知らせ(12-67)8月9日
公共輸送機関による抗議活動の実施について
当館に入った情報によりますと,公共輸送機関(バス・タクシー・トラック等)のオーナー及び労働者は政
府に対しての抗議活動として,明日10日(金)からストライキを実施するとしています。また,政府との
交渉が決裂した場合,抗議活動は無期限としていますので,今後の報道等に注意してください。

大使館からのお知らせ(12-68)8月9日
公共輸送機関による抗議活動の実施について(続報)
大使館からのお知らせ(12-67)の公共輸送機関(バス・タクシー・トラック等)のストライキについ
ては,バス・タクシー・トラック等のすべての公共交通機関の運行を停止するとのことです。普段,バ
ス・タクシーを利用している方は利用が出来なくなりますのでご注意下さい。
なお、オーナー及び労働者はカトマンズ市内でデモを実施するとも発表しておりますので,群衆には近寄ら
ないようにして下さい。
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8月8日(水) 晴れ時々くもり 日の出5時30分、日の入18時48分 ネパール501日目 気温最高28℃、最低20℃ 5時の気温26℃、湿度80% 6時ー10時バンダ
2012/08/08(Wed)

4時起床。プレゼンテーションを学ぶ。
プレゼンテーションの最初の30秒以内に、私は何をいいたいのか、聴衆に何に注目すべきかを何を知ってほしいかを、もし私が聴衆に30秒以内に要約することができなかったり、そういった情報からプレゼンテーションを始めることができなければ、あなたは聴衆を失うことになる。
常に時間の経過を追って知っておくこと。もし与えられた時間が5分なら、言いたいことを5分で確実に言わなければならない。5分5秒ではなく、5分でだ。とにかく時間は正確でなければいけない。
多くの場合は、言いすぎることよりも言いすぎない方が良い
5分という限られた時間に10分に値するような言葉を詰め込もうとするのはやってはいけない。
簡潔に話す。スクリーンを見たり、振り返ったりして話してはいけない。相手の目を見てはなす。好意を持って聞いてくれる人に目を合わせて話す。ユーモアはとても難しい。プレゼンの席ではユーモアより熱意が大切。
想定される質問はプレズンの中に含んで答えておく。プレゼン機器のトラブル対応を準備しておく。
スクリーンに映してプレゼンする時は、写す内容の前に説明をしておいて、写したらそれが何なのか聴衆にわかるプレゼンの仕方をする。そうでないと聴衆がそれを考えるようでは説明がプレゼンを素直に理解されなくなる。
一番言いたいことを最後までとっておかない。これはよくある失敗だ。人々は最後に衝撃を持ってこようとする。しかし、私がたった今指摘したように、「なるほど」と思う瞬間は、一番初めにあるのだ。あまりにも多くの人がこれを最後、みんなが注意を払うのをやめたころまで残しておくのだ。
最後は弱々しく終わらせない。 エンディングも強くなくてはいけないのは当然のことである。しかし、エンディングのポイントはあなたがなにをしているのか説明をすることではない。もしそのことにエンディングを使ってしまったら、あなたの負けだ。プレゼンテーションの最後は、あなたの鍵となるメッセージ(私は2~3つだけにすることを推奨する)を力説するためにある。人々がその場から去りその後にあなたのことについて話す時にこれだけは覚えていて欲しいことを述べるのだ。簡潔かつ説得力があり実体があるものでなければならない。
今日も低く薄い雨雲が空を覆っている。網戸からは冷えた空気が入ってくる。
今日もバンダ。この国は実にもったいないことをいつまでもくり返している。
6時朝食。今日のおかずはきんぴらごぼう。ラムさんから野菜の価格について教えてもらう。ごぼうは1Kg200ルピー。昨日のオクラは50~100ルピー。玉葱が1Kg 25ルピーだが5Kg,10kgとまとめて買うと1Kgあたり20ルピー。10月頃になって玉葱が品薄になるとインドから入ってくるものは1Kg100ルピーになるという。ジャガイモはブータンからのものは美味しいという。先日は1Kg50ルピーだったが90ルピーぐらいにもなるという。ネパール産のジャガイモはムレ産のものが美味しいと言う。ムレはエベレストへ車と徒歩で行く場合車の終点がジリで、その途中にムレがあるという。
この次のジャガイモはブータン産にしてみよう。芋屋のおじさんにムレ産のジャガイモを聞いてみよう。もし入ったらそれも試してみることにする。市場で筍を見たので、今度筍のおかずをお願いする。ごぼうのおかずもおかわりしてくれて、ご飯もおいしくて2度おかわりをしていただいてしまった。食後御岳百草丸を10錠飲んでおく。
今朝のThe Rising Nepalを見ると、相変わらずUMLのカナルが政治危機を煽り立てて、バッタライ辞めろと言っている。自分達の若者にバンダをやらせて政治危機を煽り立てている。自作自演の政治危機を作り上げようとしている。NCはポーでルが街頭活動を強化してバッタライを辞任に追い込むと同じようなことを言っている。新聞に政治危機をいい続け、バッタライ辞めろしかいわない。これまで自らが首相になった時は椅子にすわったままで何もしなかったカナルとネパール。憲法草案作りでは建設的議論をしたようには見えなかった。そいれだからこそ身内のザナザティ議員の離反に直面している。政府のスポークスマンである連合マデシの情報大臣ヤダフは合意パッケージが出来ないうちはバッタライは辞めないと言っている。カナルは無条件で辞めるのが先という態度を崩していない。デッドロック 膠着状態が続く。今日の一面はバッタライとオーストラリアの要人との握手を載せていた。ダーディンでバスが川に落ちで12名死亡の記事もあった。全員一致でないと物事を決めれない。過半数の多数決で物事を決めれない。
民主主義は最後は多数決という不公平を反対派は受け入れるシステムだがこの国ではそれが許されていない。
この国の人が正解のない連邦制について何年議論したところで決めることは出来ない。しかもこういった難しい問題に取り組むのも初めての経験だ。中には無駄な議論と最初から投げている人もいる。この国の人たちだけではいつまでたっても連邦制について何も決めることはできないだろう。
8時にバスの運転手のラムさんから携帯に電話がくる。今朝は9時35分にバスが来ると言う。今日も昨日同様、10時40分と思っていたので有り難かった。直ぐ同僚に電話すると、既にご存知だった。6時-10時までのバンダの予定がカトマンドだけ6時―9時に時間が変わったと言うことだった。9時25分ホテルを出ていつもの場所へ行く途中、これまで乗っていたバスに良く似た後姿を見た。9時32分。9時35分すぎバスがくる。途中で補助席でも足らなくなって席を詰めあって乗る。30人以上は乗っていただろう。10時過ぎ職業訓練校に着く。教育局への途中でこれまでのバスのガンガジーを見たので、今朝見た車の話をすると、いつものルートを走るのは今日だけということだった。10時20分オフィスに着く。カウンターパートはいつもどおり仕事を始めていた。
午前中サンカルジーから作業を頼まれる。一週間で出来ればいいという。これまでの知識で出来そうな面白そうな作業だ。12時45分から以前聞いたことのある「挫折への共感、文学と映画を追いかけて」 評論家 川本三郎さんの話がアンコールで7日、8日にまたある。以前聞いていい話だったがまた聞けて嬉しかった。30分まで聞いて、午後は問題を考えてみる。13時18分 問題は39個あった。1つ1つみて6つまで見る。4時半カウンターパートにサヨナラしてオフィスをでる。10分あるいてバスにのる。4時55分出発。途中いつもの大渋滞。雨が降る前にホテル着。
部屋で荷物を片付けしばらくしてお風呂に入る。家に電話をする。お昼に聞いた川本三郎さんの話しの続きを聞きながら夕食をいただく。夕食後携帯にリチャージが出来なくて、ジーワンさんに教えてもらう。親切に米粒みたいに小さな取り扱い説明書を見てリチャージしてくれた。事務所でもらったのには13桁入力とあったが14桁を入力のしなければいけなかった。エラー表示の文章がわかりにくかった。今回ので608RPになって2013年2月12日までなんと6ヶ月も利用が延びた。19時半就寝。21時目をさます。Face Bookを見る。爽やかな青年の笑顔を見る。プロフィールを更新しておく。22時半就寝。

大使館からのお知らせ(12-66)8月8日
学生団体による抗議活動の実施について
当館に入った情報によりますと,野党系学生団体は政府に対して,新たに以下の日程で抗議活動を行うとし
ています。
・10日(金) シンハダルバール(政府庁舎)を取り囲む
・16日(木) バンダ(ネパール全土・時間未定)
10日の抗議活動ではシンハダルバール周辺はご注意下さい。群衆には近づかないようご注意願います。ま
た、16日のバンダの実施時間が判明しましたらお知らせします。
今後の報道等に注意してください。
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8月7日(火) 晴れ時々くもり 日の出5時30分、日の入18時48分 ネパール500日目 気温最高28℃、最低21℃ 5時の気温27℃、湿度80% 6時ー10時バンダ
2012/08/08(Wed)

1時目を覚ます。静かな夜。雨は降っていなかった。ネットに繋がらなかった。「ねじれた部屋」を読了。レモンを5個搾ってレモンティーをつくりペットボトルに入れて冷蔵庫に冷やしておく。太い犬の鳴き声がいつまで聞こえてくる。2時半。土屋隆夫著「地図にない道」を読む。5時15分起床。灰色の雨雲が低く空を覆っている。雲間から明るい空がのぞいている。今日も陽射しが出て、雨が降りそうな一日になりそうだ。6時朝食。おかずは好物のオクラ。ご飯をおかわりして納豆のようにしてご飯に混ぜていただく。これが大好きと言っているので週に1回は出してくれている。朝食後「地図にない道」を読了。角川文庫の判事よ自らを裁けに収められた短編集。昨年11月25日94歳でお亡くなりになっている。日本推理小説界の最長老だったという。初めて知った作家。どんどん読みたくなる面白い作品だった。また別の作品を読んでみたい。これまで推理小説というと松本清張ばかりだったが良い作家を知った。作品を読む楽しみが出来た。10時25分ホテルを出る。今日は35分頃に来た。昨日同様10時までのバンダ明けで車とバイクが多かった。ネパール人は実に忍耐強いと感ずることがある。不法なバンダではあるが誰もそれをとがめだてしようとしない。他人を叱ったりしないのがネパール流に見える。The Rising Nepalによると、さかんにNCとUMLが政治危機を煽りたて、バッタライ政権を独裁と批判して、自分達に政権をよこせといっている。今回のバンダはUMLが下部組織の学生にやらせていた。5月27日までに較べるとバンダがなくなって良くなったと思えるほどだが、国民はやっと日常の生活が出来ていることに不安をもっているのは野党リーダー達のようで、危機を煽り、参加の学生にやらせている。NCは自分達が生み出したヤダフ大統領に傍観しているだけでなく国民合意の指導力を発揮しろとはっぱをかける。
自分達こそこの政治危機を凌ぐノウハウを持っているのだから政権を譲れとバッタライに言い続けている。
大統領からもバッタライ首相に辞任を迫れと言っているわけだ。
バッタライは終始、自分は首相の座に執着しているわけではない。しかるべき約束、枠組が出来たら、辞任する用意があると言っている。それに対して野党は、首相の辞任が先で、新しい政権のもとでないと次に何をするかの話しあいには応じられないと言う。これではいつまで経ってもデッドロックで固まってしまって先に進まない。
識者の中には、バッタライが結局辞任して、新たにNCのデウバが首相になってバッタライの挙国一致内閣にならったNC首相による挙国一致内閣を作って、選挙問題が話し合われ、選挙日程が決められるだろうと予想する人がいる。UMLのネパールとカナルが何もしないまま時間が過ぎたように、NCになっても何も決めないまま時間だけが浪費されそうになることが予想されるから、それをバッタライは辞任までに時期政権に枠組みをはめて、時間を浪費した失敗を繰り返すまいとしているように見える。新憲法の一番もめている連邦制に対して最も消極的なのはNCで新憲法草案作成過程で見せている。実はUMLも同様で、身内のザナザティ議員から、新党結成の動きに直面している。果たしてこの結論はどうなることであろうか?明日も今日同様の時間限定バンダがあるという。13時半すぎ〔明日へのことば〕アンコール  (H22.8.14放送の再放送)読み聞かせてほしい被爆体験記 兵庫県ユニセフ協会会長 竹本成徳さんの話を聞きながら昼食をいただく。小倉清子さんの「王政から連邦共和制へーネパール政治の変遷」2012年8月1日記 27ページを読む。4時すぎ隣のマシンルームで作業に来ていた人が帰って行った。16時25分部屋の鍵をかけてオフィスを出る。約10分歩いて職業訓練校のバスに乗る。以前親切に教えてくれたウペンドラさんが乗ってきて挨拶する。今日もマイティガールで道が分かれるところまでおしゃべりをしてさよならをする。17時半過ぎホテルに帰宅。17時53分お風呂が空いたと電話をもらう。お昼に聞いた竹本成徳さんの話の途中から聞きながら、夕食をいただく。竹本成徳さんの話しは全く凄い話だった。生死が思いがけない偶然でわけられ、多くの人が苦しみながら悲惨に死んでいったことを知らされた。夕食後就寝。
22時半、犬の鳴き声で目を覚ます。しばらく近くでうるさくないていた。23時半遠くになった。
バナナとマンゴーを刻んでヨーグルトとMixしていただく。
しばらくして休む。

大使館からのお知らせ(12-65)8月7日
学生団体による抗議活動の実施について
本日7日(火)に引き続き,UMLユースフォースをはじめとした学生団体は,明日8日(水)も政府に対する
抗議活動として午前6:00~10:00にバンダ(ネパール全土)を実施するとしています。
外出する際は,群衆には絶対に近づかないようご注意願います。
また,今後の報道等に注意してください。
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8月6日(月) 晴れ時々くもり 日の出5時29分、日の入18時49分 ネパール499日目 気温最高29℃、最低20℃ 2時の気温27℃、湿度80%
2012/08/06(Mon)

1時起床。雨は止んでいる。今日は67年目の原爆の日。一昨年広島市の平和記念式典に参加したのを思い出す。
Ituneでお気に入りを聞きながら足指の治療をする。木曜日は3時間半でこぼこ道と坂道を運動靴で歩いて足の指先を痛めてしまった。ネパール人はサンダルを履いて難なく歩いていた。両足の親指の隣の人差し指の爪の裏が内出血し黒くなって痛くなっていた。運動靴の先に指が当たってしまったようだ。少し指と靴に余裕がなかったのが原因らしい。爪を切ったら皮膚も切ったようで沢山の水のような血がふき出した。それを全部搾り出してバンドエイドを貼っておく。両足の薬指には普段から皮膚が硬くなっているところに水ぶくれが出来て痛くなっていた。ここにはテープを貼っておく。足のふくろはぎやアキレスケンは痛くならなかった。平地をゆっくり歩いていてこんなことはなかったが、凸凹道や急な登り、降りをして指先に普段かからない力がかかった結果だ。3時間半山道を歩いただけでこれだから、1週間山を歩き続けるのは無理なことだと納得できた。連休の時は近郊を歩くぐらいにしておこう。指の治療をして、Ituneでラジオ体操1,2をして3時就寝。 4時半起床。ネパールといとこを更新する。6時朝食。三度豆と白胡麻和えのおかず。
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今朝のThe Rising Nepalの一面はバッタライと主要4政党のリーダーの顔写真が出ていて合意形成のミーティングがあったと書かれていた。ガッチャダールは選挙しか打開の道はないとはっきり主張する。コイララとカナルはバッタライの投げ出すのをひたすら待っているだけだから、会合に引っ張り出された格好でむっつりして聞いている。陽気なプラチャンダは合意は出来るとねじり鉢巻でここは俺のリーダーシップでまとめてやるという意欲を見せる。バッタライは不安ながらもプラチャンダ、頼むぜと見ているが、お調子者で粘り腰の無いプラチャンダだけに不安を隠せないようだ。 7時からボキャブラリーカード69,70。8時に今日の朝からお世話になるバスのラムさんに電話で時間を確かめる。今日はUMLの下部組織の学生によるバンダが6時ー10時まであるので、マイティガールには10時35分に来ると言う。バンダは昨日までで終わりと思っていた。今朝も続いているとは知らなかった。同じバスを利用している同僚に電話をする。既に家を出ていて10時過ぎから動き始めるローカルバスに乗るという。カトマンヅの空は雨雲がかかっている。雲間の隙間から青空も見える。今日も陽射しが射して、雨も降りそうなお天気。8時13分携帯にメールが入る。今日予定されていた6時ー10時のバンダを実施中という連絡。この国では簡単にバンダをするが、もったいないことをくり返していると思う。製造業はバンダと電気、水、ガソリン、などエネルギー不足で操業が計画的にできない。ネパールがなんでも安いといってもこれでは日本からの企業の進出は考えられない。
こういうことをくり返す人たちとそれをただ見ている警察。責任者の責任が問われないようなのが不思議な国だ。
10時35分と聞いた時間が遅れて40分になると電話がはいる。誠に親切な運転手だ。10時35分にマイティガールのいつもの場所で待つ。10時のバンダ終了とともに車が動き出したようで、車が普段より多い。9時42分満員のローカルバスの中のラビンドラさんと目が会った。先週の水曜日、親切に、来週からオフィスのバスのルートが変わることを教えてくれた。自分はどうするかまだわからないと言っていた。結局満員のローカルバスを利用することになったようだ。ジェスチャーでバスを待っていると知らせる。結局10時50分ごろ沢山の人を乗せてバスが来た。丁度同僚の前に席に座ることが出来た。先週バスの運転手に挨拶をして乗せてもらう了解を取ったが、部門の責任者を通してバス利用の許可をとることをアドバイスいただく。11時半オフィスについてバララムさんの部屋を訪ねると鍵がかかっている。カウンターパートも不在。仕方なく部屋に戻る途中、バララムさんを見つける。JICAの返事を伝え、アドミニストレーターを紹介してもらう。1階のサビタ カルキさんのところまで一緒に行って事情を話してくれる。早速レターを書きましょうと言ってくれる。昨日も今日もいいお天気になった。外はとても暑いが部屋の中はさほど暑いわけでない。12時7分 〔明日へのことば〕餃子と人情は私の宝物 中国料理店経営 八木 功さんの話を聞きながら昼食をいただく。午後は2012年ODA白書の写真募集案内のメールをみて返信、村の生活を4枚応募しておく。4時25分オフィスの鍵を閉めて出る。CTEVTまで急いで歩いて10分で。4時35分同僚から明日も10時までバンダと聞く。明後日も。明々後日は祭日。4時55分バス出発。帰りのバスは補助席もほぼ一杯になる。マイティガールで下ろしてもらう。同僚とおしゃべりして曲がり角でさよならする。5時30分ホテル帰宅。しばらくしてお風呂が空いて入る。風呂からあがってお昼に聞いた 八木 功さんの話の続きから聞きながら夕食をいただく。夕食後Ituneでお気に入りを聞きながら日記をつける。足の指にヨードチンキをつけてバンソコウを貼っておく。お湯を沸かし紅茶を作り砂糖を入れて冷やしておく。19時18分。土屋隆夫著「ねじれた部屋」を読んで19時半就寝。
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8月5日(日) 晴れ時々くもり後雨 日の出5時28分、日の入18時50分 ネパール498日目 気温最高32℃、最低20℃ 15時の気温27℃、湿度80%
2012/08/06(Mon)

8月2日の日記に写真を約50枚あまりをアップする。一つの記事にアップできる容量が増えたので試しにしてみた。
2時半までかかってようやくアップを終わる。ベッドで休む。大岡昇平著「天誅組」を読んだり寝たりして、4時半起床。
初めてブログの文字に色をつける。これまでより写真のサイズが大きく、沢山載せることが出来るようになっていたので、撮った写真を取捨選択しなくて載せることが出来るようになった。40枚ぐらいは載せられる。
6時朝食。ジャガイモと玉葱、三度豆と豆腐スライスの煮物のおかず。朝食後部屋の椅子に座って「天誅組」を読んで過ごす。8時半からラジオ深夜便ミッドナイトトーク 湯川れいこさんの話を聞く。「ニッポンよいとこ お祭り音頭」というのと「富士は日本のお母さん」というのがあった。ジェニファー ロペスやイングリッド・バーグマンやエヴァ・ガードナーやシャーリー・マクレーンやエリザベス・テイラーを見る。10時停電になる。部屋の掃除をしてくれる間ロビーで待つ。11時自家発電のエンジンが鳴り出したが5分で止まってしまいまた停電になる。11時5分 12時電気が来る。今日の停電予定は10時ー12時と17時ー20時。4日のThe Rising Nepalの2面に「エネルギー不足が工業界を打撃」という見出しが出ていた。電力、水道、ガス、ガソリンなどの不足とバンダやストライキの影響で稼働率は半分に留まっていると工業界のリーダーが述べている。1面にはNC会議派のスポークスマンが次の首相候補に3回首相をしたデウバを立てるというのが1面に小さい記事ででていた。1面にはタライの50 カプリバスツで川が氾濫した写真と記事を載せていた。国内で雨による地すべりと洪水が9箇所で発生。最後のスポーツ面でロンドン五輪で日本のはお家芸の柔道で男子が24年ぶりに金メダルなしの結果だったと出ていた。24vipからメールが来ていた。規約違反でサービスを中断したという。直ぐ返信する。パソコンのコンセントの接続が悪くなったようで電気が来ない。別のに接続して使う。12時半「時代を作った女達」 2.登山家 今井通子さんの話を聞きながら昼食をいただく。
昼食後ロバート キャンベルさんの映画の話を聞く。停電になったので土屋隆夫著「判事よ自らを裁け」「奇妙な再開」を読了。15時 ロバート キャンベルさんの映画の話を聞く。15時半陽射しが消えて今にも降りそうなお天気になってきた。今日は一日部屋で過ごしたので、15時35分傘を持って買い物に出かける。ブルーバードとアンガンで買い物をしての帰り道の4時ごろ病院の前でポツリと顔に雨が一ってき落ちる。傘をさして急いで帰る。追いかけるように雨が本格的に降り出し帰り着いた時は傘はびしょぬれ。それから一段と強く音をたてて降りだした。部屋の網戸をガラス戸に変える。24vipから何が規約違反なのかの説明が来ていた。広告バナーを意図的に見えないようにしたことが規約違反だから、一時中断にしたということだった。それを直せば継続して使わせてもらえるようだ。
48時間以内に修正するようにということで使えるようにしてくれた。すぐに直して、サーバーに変更を反映させようとしたらネットが切れていて出来なかった。大雨の時はネットが繋がらなくなることがよくある。対応できる理由で良かった。対応出来ない理由で使えなくなったら困るなと思って心配したものだが、どうやら大丈夫そうだ。
しかしサイト内容をしっかり見ていることを知って感心させられた。16時半。利用者の考えることを知っているようだ。
17時自家発電のエンジンが動き出す。24vipのサイトを更新してアップして、修正したと返信しておく。17時10分
17時45分お風呂が空いたと電話をもらう。入浴後18時10分 家に電話をする。元気な声を聞けて元気をもらう。
檀ふみさんの映画の話しを聞きながら夕食をいただく。「ひまわり」の話しが最初に出てきた。映画も曲もお気に入りだ。多くの人の心に残っているものであることを知って嬉しかった。夕食後はと加山雄三さんの映画の話しを聞いて就寝。
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8月4日(土) 晴れ時々くもり 日の出5時28分、日の入18時50分 ネパール497日目 気温最高32℃、最低20℃ 15時の気温27℃、湿度80%
2012/08/04(Sat)

1時半目を覚ます。Ituneでお気に入りを聞きながら日記をつける。お湯を沸かして紅茶を作る。6時朝食。先輩の朝の話を聞ける楽しみが無くなった。取引先が読売新聞を扱わなくなって8月分から入らなくなった。これも朝の楽しみで無くなったのは残念だがウパエ チャイナだ。いつも夕食を調理してくれるクリシュナ君のファミリーネームはタクリという。タクリは王族のカースト。なかなかファミリーネームを教えようとはしなかったのでダリットなのかなと思ったが逆にどうやらハイカーストであるらしい。王族のハイカーストのファミリーでありながらホテルの従業員であることで名乗りたくなかったのか、奥ゆかしく名乗りたくなかったのかわからない。このところ新聞から選挙の記事は出なくなった。誰もが11月22日はありえないということを言い出して先週はそのオンパレードだった。たった一人バッタライだけ、いつにするか決めなければならないと言い出した。野党のカナル、コイララたちはバッタライのもとで選挙をさせる恐怖をもっているから、バッタライの辞任なくして何事も決められないという態度で一環している。与党はバッタライが辞任したら今より悪くなると宣伝する。スポンサーの隣国インドはバッタライを支持している。先日の新聞の一面にインドの元外務大臣シンさんが私用でネパールを訪れバッタライと話しあいをしている写真がででていた。
またその前にはインド軍のトップとバッタライとの話しあいが一面トップに写真つきで載せていた。
先日の一面はドイツの女性外務大臣とバッタライの会談の写真だった。新聞はバッタライが精力的に各国要人と会談をして仕事をしているように写す。これでは毎日マオイストの宣伝をされてばかりいるようなもので、こんな環境のもとで選挙をされてはかなわないと考えるのはもっともなことだ。前回選挙でマオイストの勝利は誰も予想できなかったという。それが小選挙区で地すべり的な勝利だったから老舗政党NCもUMLも選挙にこりている。せめてバッタライを引きずりおろすことだけに専念し、話しあいに応じないというようだ。しかしこの間にもマオイストは選挙に向けて金あつめを進めているという。ネパールの前回の選挙では金、組織、スローガンの3本柱でマオイストが他を圧倒した。マオイストでは金集めは既にはじまっている。マオイストはバイディアがマオイスト中央委員の約三分の一の支持者を集めて分党した。主流派とバイディア派でこれまでのマオイスト構成員の獲得合戦が始まっている。これらの動きにくらべて老舗のNCではマデシへの離脱、UMLではザナザティ達の離脱などで組織力にがたがきている。先の新憲法起草の作成過程で見せたNC,UMLのリーダーのただ相手の足を引っ張っただけの動きに失望した人たちも多い。
朝食後6時55分ホテルを出る。今日はUMLの若者グループによるバンダが朝6時ー10時に予定されていた。しかし道路は通常の土曜日と変わらなかった。いつものおじさんの店でジャガイモと玉葱1Kgづつを買う。どれが一番美味しいジャガイモかと聞くとブータンの芋で1Kg50ルピーという。ネパール産は35と40で35ルピーにする。玉葱は25ルピー。おじさんの写真を撮らせてもらって言いかと聞くと、胸のボタンをしめたり首輪を見えるように出したり、ヒンズーの神様の絵をだしたり、ポーズをしてくれた。スマイル、スマイルと何度も声を掛けると一生懸命笑顔を作ろうと努力してくれたのだが笑顔にならず不気味に口をあけて歯が見えたりした。努力のかいもむなしく自然な笑顔は出てこなかった。
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ついでいつも買うキャベツのお兄さんのところに行ったが今日はいなかった。仕方なく他をあたったが高かった。仲買中心のところを歩いていたらいつもの兄さんがキャベツを売っていた。今日は場所を変えたが普通はあっちと言っていた。1.2Kgを40ルピーにしてくれた。レモンは1個5ルピーで15個買う。マンゴーは最盛期を過ぎたのか、先週2Kg80ルピーだったが、今週は140ルピー。山になった豊富な野菜くずを牛が3匹食べていた。
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今日も7Kgぐらいをしょって9時帰還。汗だくだった。プラカーシュさんから今日はパタンでお祭りがあると教えてくれる。行列がぐるぐる街を回ると言う。「今どこを回っていますか、何処に行けば見れますか」をネパール語で書いてくれる。シャワーを浴びて服とズボン、リュックサックを手洗いして屋上に干す。青空が出て陽が出た。そのあとレモンを搾ってレモンティを2.5リットル冷蔵庫に冷やしておく。昼食後、ジャガイモを茹でる。ベッドで昼寝する。午後2時半起きる。日記をつける。雨季が明けたような強い陽射しの一日。もうお祭り見物に行く元気がなくなった。16時半
ネットを見ていたら北アルプス白岳(2541メートル)の遠見尾根と北アルプス燕(つばくろ)岳(2763メートル)の登山道で71歳と72歳の男性が滑落して死亡のニュースを見る。高齢登山者の遭難のニュースが増えている。それだけ高齢者で登山をする人が多くなってきているからに違いない。単独登山も多いようだ。今回滑落した人も単独登山。
17時過ぎお風呂に入る。17時半「希望ある未来を望み見るために」作家 加賀乙彦さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後就寝。 22時半目をさます。
ブログの写真の容量が2MBまで拡大というのを見る。これまでは500KBだったから4倍になっている。いつからそうなったか気がつかなかった。これまでは1日分写真10枚程度と思っていたが40枚ぐらいアップ可能というのを知って8月2日の写真を増やしてみることにする。1枚の写真のサイズもこれまで500pixcelでしていたが530まで出来るのをたしかる。これまで感じていたブログの制約がほとんどなくなった。8月2日分で何処までできるか試してみることにする。バナナとマンゴーを刻んでヨーグルトあえのデザートを作っていただく。23時50分
トリブバン空港から離陸する爆音が聞こえてくる。この時間に出発の国際線がいくつかある。
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8月3日(金) 雨のち曇り 日の出5時27分、日の入18時51分 ネパール496日目 気温最高28℃、最低20℃ 3時の気温26℃、湿度81% 祭日。ガイジャトラ 昨年亡くなった家族の供養行列
2012/08/03(Fri)

日記を付け続ける。3時一段と雨音が大きくなってくる。3時にベッドで少し休んでまた昨日の日記を続ける。
5時15分付け終る。昨日は思いがけない経験だった。日本人がいかに期待されているか再認識させられた。
最後の青年達も日本に来たがっていたし、日本女性に憧れていた。カマラさんも日本に行きたいからこそ日本の連絡先を聞いてきたのだろう。いつかカマラさん、シバ君は日本にやってくるかもしれない。何年か前のお金で30万ルピーだったとしたら今100万ルピーを寄付すれば学校1つできるかもしれない。「ドクチャップ村」の訪問で2つの学校が日本人の援助でできていたことを知った。それがあるからこそ訪れる日本人へ感謝と今後の期待に親切を惜しまないのだろう。シスノでカミソリで切られたように痛かった左の人差し指には昨夜ばんそこうを貼って寝たが朝には痛みは消えていた。今日は札幌で、鹿児島で、カトマンヅでいろいろな人の出会いがもたれる。それぞれに参加させてもらえたら楽しそうなのだが。5時45分 6時朝食。7時半から写真の編集。リサイズしてカマラさんとディパック君に50枚の写真を送る。しかし心配したとおり、ディパック君にはエラーが出て送れなかった。
昼前雨が止む。午後ブログに写真をアップしておく。午後事務所に出かける。3時15分から小倉清子さんの講演を聴く。4時半まで話があってそれから5時10分ぐらいまで質問がつづいた。昨年はじめて聞いた時は、ジッラの名前や、政治家の名前、政党の名前が出てきても知らないから理解できないことが多かった。しかし1年経ってそれらがイメージできるから臨場感もあってよくわかる。ロルパ、ルクムなどマオイストの拠点の名前がしきりに話しに出てきたがどこのことかわからなければ面白くもなんとまなかろう。話しのなかで西のプリティバ ハイウェイ、東はなんといったかなあというところがあった。そのときは名前が出てこなかったがアルニコ ハイウェイと言いたかったのだろう。昨日は一番後ろで先輩の隣で聞いたがもし一番前に座っていてそれを言ったらすこしいい気持になれたかもしれない。時間がなくなって最後に質問させてもらった。最近野党から「外国の内政干渉がけしからんというのを見るが外国とはどこで、何に対してそう言っているのか」を質問した。どうやらその答えはインドがバッタライ首相を支持していることに対して内政干渉ということらしい。普通内政干渉というと、北朝鮮や中国の人権弾圧に対して欧米各国が非難する例が浮かぶ。国を批判する人を刑務所に入れるのは国の混乱を拡大させないために国が取る当然の策であり外国の非難は内政干渉だという。そういうのを内政干渉というのはわかる。だがこの国ではインドがバッタライ首相を支持していることに対して内政干渉というらしい。この国ではインドと中国という2つの大国に挟まれている。しかも輸出入の三分の二はインド。この国のハイ カーストのバフン、チェットリはインドから入ってしかも人口の1位、2位を占めるとあっては歴史的にも経済的にもインドの影響が一番大きいのは当然だ。昨年バッタライが首相就任早々最初に訪問したのがインドでありしかも2国間取引で最恵国待遇を結びしかと投資の保護条項までつけたことがあった。
ネパール野党はその条約締結を激しく非難したが、インドはバッタライをういやつ→愛い奴→かわいいやっちゃ→感心でけなげである→なかなかのものと見ているようだ。
共和制以後最初の首相を務めたマオイストのプラチャンダは当初インドを最大の敵として、外国の政治干渉を防ぐことを方針の1つとしていた。この時は中国がプラチャンダをういやつ→愛い奴→かわいいやっちゃ→感心でけなげである→なかなかのものと見ていたようだ。バッタライが首相になってインドとの連携を緊密化させると中国はネパールがインドと結んだ同じ2国間貿易協定を結べと迫ったり、予定されていた温家宝のネパール訪問を破棄しようとしたり、ネパールからガッチャダール副首相達が北京に飛んだりした末、昨年の3日間の公式訪問予定を今年になってわずか4時間半の訪問に切り詰めて実現している。
11月22日の選挙は来年になることは決まったが前回実施した4月10日近辺になるらしい。5時15分終わる。
先輩にさよならして歩いて帰る。直ぐお風呂に入る。お気に入りを聞きながら夕食をいただく。夕食後就寝。
シバ君とカマラさんから電話がなかった。こちらからもかけなかった。
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8月2日(木) くもり時々陽射し時々雨 日の出5時26分、日の入18時52分 ネパール496日目 気温最高30℃、最低21℃ 
2012/08/02(Thu)

1時半目を覚ます。枕もとの明かりで「二人が消えた夜」を読了。2時半起床。バナナ、マンゴー、ヨーグルトをミックスしたデザートをいただく。レモンを5個搾ってレモンティーを2.6リットル作り冷やしておく。
メールに返信。日本は猛暑とか酷暑とかとにかく暑いらしい。小学校の2~3年のころ甲子園に住んでいた頃の暑さは凄かった。春にバヌアツから帰った2010年は暑い夏といわれた年だったが自分にはそんなに暑いとは感じられなかった。自分の部屋のエアコンはつけたことはなかった。窓を開けて網戸から入る空気だけで夜は寝れた。
バヌアツ暮らしのお陰であったに違いない。この時間カトマンヅでは網戸を通してひんやりした外の空気が入ってくる。カトマンヅの暮らしやすいところは、夏の暑さの厳しさが無い。雨季でもさほどむしむしするわけでもない。冬に雪が降るわけでもない。昼間は冬でも庭のベンチで陽射しにあたって充分な暖をとりながらの昼食ができる。日本人で知っている方は少ないと思う。冬と春に日本から来た観光客が一様に口にするのは、「なんと暖かいのでしょう」。だ。5時半 6時朝食をいただく。いつも朝食の時に楽しい話を聞かせていただいた先輩が今日新しい住まいに移られる。
明日から寂しくなりますとこれまでのお礼を言う。また最後に僭越ながらと1つお話をさせていただく。朝食後いつものレインコートと傘を入れたリュックサックを担ぎ昼食を手にぶら下げてホテルを6時57分出発する。
ここから思いがけない出会いの一日を過ごす。
ホテルを出て、歩いてジャワラケルに向かう。途中有名なセント ジュビエール学校を見て写真を撮る。
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ジュビエールとは日本ではザビエル、フランシスコ ザビエルからつけたカトリックの学校。木戸ホテルの隣にもセント ジュビエール カレッジがあり、同じ系列の学校。レベルの高い私立学校として有名になっている。7時35分ジャワラケルに着く。
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車を拭いていた若い警官に「ブンガマティー村」行きのバスはどこから行くのかを訊ねるとあそこと向かいにあるバス停を教えてくれる。そこには鉄のベンチがあって既に3人ほど座っていた。ブンガマティー村へ行きたいがここでいいですかと訊ねるとそうだと若い女性が教えてくれる。しばらく待ったらバスが来て7時41分バスに乗る。女性が席を勧めてくれたので空いた席に座ったが彼女の席は無くて立っている。どんどん人が詰め込まれようやく走り出す。
そこで席を詰めて彼女にどうぞと隣に座ってもらう。多分15人乗りぐらいのいつものオフィスのマイクロバスよりも一回り小さな車に倍ぐらいの客を乗せて走り出す。アスファルト舗装された少し登り道をバスはゆっくり息を切らすように走り、8時15分彼女が「ブンガマティー村」に着いたと教えてくれる。皆降りてから最後にゆっくり降りる。IDカードを見せて運賃を聞くと15ルピーという。日本語が聞こえてきたので見ると10人ぐらいの日本の若い男女のグループだった。彼女が今日はどうするんだと聞いてくれたから、このあたりを見て過ごしたいと答えると、うちに来ないかと言ってくれる。すぐに「ありがとう。そうします」と一緒に行くことにする。いつのまにか彼女に背の高い男もついてくる。聞くと旦那だという。二人はシバ ギミレ君25歳と奥さんのカマラさん24歳。
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今日訪ねるのは旦那の実家で今年2度目の訪問という。旦那はその村で生まれて15歳までそこの小学校と中学校で勉強して15歳でカトマンドに出て+2の高校で勉強した。卒業後カトマンドの銀行に勤めていると言っていた。「シバ」とはヒンズーの神様で破壊の神といわれ最もパワフルな神。シバ神の奥さんは「パルバティ」と言って山の女神。奥さん「カマラ」さんはポカラの出身でカトマンヅに+2の学校に入学。そこで同学年のシバ君と知り合い恋愛結婚。私立の学校で小学生を教えている。旦那より英語が上手で話をネパール語にして旦那に伝え、旦那のネパール語を英語にして話してくれていた。2人のザティ:民族はバフンと言っていた。私はカマラさんにあなたのあだな:ニックネームはパルバティですねと言うとまた笑ってくれた。「ブンガマティー村」のバス ターミナルからバスで来た道にそってその先に3人でおしゃべりをしながら歩いて行くとすぐに舗装道路は終わって田舎道になった。レンガ工場の大きな煙突が見えてきた。煙突もレンガを積んで作ってある。今日は祭日の休みで煙突の煙は出ていなかった。
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陽射しは雨雲にさえぎられて強くなくまことにいいハイキング日和であった。途中鉄製のしっかりした吊橋もあった。
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私の大声でしゃべる英語とネパール語チャンポンの話が面白いらしく奥さんは声を出して、旦那はにやりとして良く笑ってくれた。こちらの話しは完璧に伝わっていることを実感できて楽しい会話だった。
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途中の畑ではたくさんのトウモロコシ:マカイが実をつけていて、水田:ケェットでは米:ダンの稲が青々としていた。
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段々畑が美しかった。トウモロコシを見て「これが好きなんだ」というと「よしまかせておけ」と言ってくれる。
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また「ダヒも大好きだ。それもチニを入れたのがいい」というと「よしまかせておけ」と言ってくれる。途中断崖絶壁右下はバグマティー川が流れていて、左はいつ土砂崩れが起きてもおかしくないえぐられた山肌むきだしのところがあった。彼女がここは危険だから走れという号令で3人で走った。
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旦那は追いついてきて、ここが危ないんだという道路際からバグマティ川を見る。それの上流はカトマンドとラリトプールの境を流れている。歩く途中ときどき重い荷物をしょった女性達とすれ違った。そのたびにナマステと声をかけるとナマステとかえしてくれた。それも面白いようで彼女によく笑われた。私はプラノ、ナマステ、ブバなんだ。と言っている自分も意味不明のことを言うと、それも2人で笑ってくれた。途中、涸れ川あった。大雨になると流れるが今は石ころだけの幅の広い川床だけで水はなかった。そこまでバスがきて、方向転換できるだけの広場がバス ターミナルという。現在は道路がビグリオだから車が走っていないということだった。よくオフィスのバスがビグリオで今日は車が無いというのを聞いた。ビグリオは故障という意味だと思っていた。途中一部コンクリート舗装道路工事中で交通止めのところがあったのでバイクは走っていたが車は見なかった。道路がビグリオとは、どうやら工事中ということのようだと気がついた。その涸れ川でこの川はカレーコラというと教えてくれる。コラとは川という意味でバグマティ川はバグマティ コラと呼ぶ。カレーコラを過ぎると登り道が始まる。道はこのところの雨でぬかるんでいるところもあった。山道では石で作られている石段のようなところもあって、石はぬれてよく滑った。みるみる汗が出てきたが気持ちよかった。彼女が疲れたか?足は大丈夫か?と聞いてくれる。大丈夫。歩くのが好きだから。と答える。カレーコラから登りっぱなしで家々の脇を登るところになって俄然シバ君の顔が輝きだして、家々の人に「サンサイ フヌフンツァー:お元気ですか?」の声をかける。みんな知り合いのようだ。やっと登って小さな家につく。ここだよと、「ドクチャップ村」のガミレ家の家に9時45分に着く。ござを出してきて家の軒下に敷いてくれる。1時間半のウォーキングは、水溜りが残っていてぬかるんでいるところもあって注意して歩いた。
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空気が綺麗でマスクなしで歩けたので気持良かった。何より一人でなく3人で楽しいおしゃべりをして、時のたつのを忘れ1時間半があっという間であった。強い陽射しが無くて助かった。ござに座って持ってきたレモンティを飲んで一息つく。庭の右手にヤギ:ゴードが7頭つるした草を食べ、
5ヶ月の犬:ククルのメスのポピーがいつも嬉しそうに尻尾を振っていた。
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まず焼きたてのトウモロコシ:マカイが出てきていただく。美味しかったので3本ぺろりだった。ダヒ:ヨーグルトも出てきて貴重な砂糖を入れてくれた。お替わりをして2杯いただく。持参したサンドイッチをカマラさんに出して、これを小さく人数分切ってください。皆で食べましょうとお願いする。そのうち小さく切ったのが配られて、みなさん食べてくれた。
シバ君のお父さんはラム キシュナ ギミレさん46歳、
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お母さんはカンチさん44歳。
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カマラさんから私の年齢を聞かれたので「いくつに見える?」と訊ねると「43歳」と答えてくれる。直ぐに「ダンネバード」と言うとまた笑ってくれる。「64歳」と答えると、「あなたはお父さんより若く見える」と嬉しいことを言ってくれる。カウンターパートは45歳だが先週自分より「若い」と言ってくれたが、こう同じ事を言ってくれる人をみると、かって「自分はとうねん とってxy才です」という人があったのを思い出し、「10年マイナスしてではなく、当年を2倍取って(マイナスして)44歳です」の気持でいいかと思ったりして単純に喜んでいた。この間に親戚の子供たちが顔を出す。プラシュナちゃんは6歳で小学校の1年生。
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算数が好きという。プラシュナとはQuestion質問の意味。
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シャスティーナ タパ ちゃんも6歳。プラシュナちゃんと同級生。
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英語が好きという。タパという姓と顔つきからチェットリかと聞くとそうだった。
男の子もやってきた。
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そのうち皆の右腕に紐を巻きだした。
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今日はヒンズー教で右腕に巻いた聖紐を取り替える祭日であった。あなたもしますかと聞かれたのでしてもらう。子供達が小銭を手にしてるので、シバ君にお金をあげるんですか?と尋ねると必要ない:パルダイナと答えるのでお金はあげなかった。そのうちどうぞ部屋の中にと声を掛けられた。土間と思って靴のまま入るご無礼をしてしまった。そこには布が敷かれていた。部屋は右手に居間兼食堂で入ると暑かった。そこには小さないろりがあってそこで料理をしていたようで赤い火が輝いていた。電気が無くて暗い中でみんなはお尻を乗せるまな板のような約3cmの高さの低いベンチに各々が座って車座になって食事がはじまった。
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私は一段高いカウチソファーにあぐらをかいて座るように言われそこで枕を机代わりにしていただくように教えてくれる。日本では「いただきます」と言って英語では「Shall we begin?」と言ってはじめるがネパールでは特に言わないようなので「いただきます」と言って食べはじめる。出されたお皿の白いご飯を5分の1ほどに減らしてもらい、カレー:タルカリとトマトの漬け物:アチェールを全部きれいにいただく。
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ダヒはどうだ、ミルクはどうだと勧めてくれるのでミルクをいただく。水牛:バッファローはバインシー、牛:カウはガイという。ミルクは牛からとったもの。ヨーグルトは水牛の乳から作ると言う。おいしいホットミルクをいただいてごちそうさまにする。外に出てござに座る。シバ君が少し休憩してから近くの学校などを案内しますと言ってくれる。今日はどうするのかと聞くから、暗くなる前に帰りつきたいから3時ごろ失礼しますと答える。しばらしてシバ君、カマラさんプラシュナちゃんとシャスティーナちゃんとトウモロコシ:マカイ畑の急な狭い道を登っていく。
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なんとそこに第二の家があった。
そこに生涯独身で身寄りもないというジッパードルさん56歳が住んでいた。
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70歳以下にはみえなかった。左目は見えないという。ニコニコと笑みを絶やさない優しい仙人のような人だった。一箱20本入り20ルピーのタバコ:サルティまたはガザまたはタマコを1日10本吸うのを楽しみにしながら農作業をしている。ここの田舎暮らしよりカトマンドに住みたいと言っていた。
そこに牛1頭と水牛2頭、やぎ3頭、鶏:ククラが5羽いた。
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お父さんのラムさんもカンチさんもいつのまにか登ってきていた。
シバ君が山の畑を案内してくれてた。
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これがキューリ:カンクロー、かぼちゃ:ファルシー、にがうり:ティト カレラと日本にはない、ギリラニラというのがあった。煮てカレー:タルカリに入れるという。そのうちシバ君の弟のディパック ギミレ君24歳も来る。ギミレ君もカトマンドで働いている。可愛い少女達が下りて行って
シバ君と弟のディパック君22歳と3人で反対側の急なところを降りていく。
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途中歩いていて左手の人差し指の内側がカミソリで切られたような痛みが走った。「シスノ」と呼ばれるこわい毒のある植物に触れたためと教えてくれた。良く見ても切られているようには見えない。射されたあとも見えなかった。しかしとても痛くて寝るまで痛みは消えなかった。
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しばらく行くと「ダンヌワール村」と言うマージ族の村に入って中を歩く。
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ディパック君の話す様子はダリッドか希少民族か被差別部落のようなものと見下していた。ここでも大きな声でナマステおじさんを続けると、ちゃんとナマステと返してくれる人々がいた。
ここの村からはとてもいい眺望があった。
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ディパック君が「あれがインドからネパールを通って中国に繋げるハイウェイ道路です」と遠くに見える山の中腹に刻まれた道を教えてくれた。何時出来るのと聞いたが答えが返ってこなかった。あとで家に戻って同じ事を5年先か、10年先か、20年先かと聞いたらカマラさんが20年先と答えてくれた。この道路計画はネパールのナショナル プロジェクトで「ネパールよいとこ」にも「遅れているプロジェクト」で紹介したが実際のものを見ることができて嬉しかった。やがて学校の門に着いた。休日で閉まっていたが、入れる場所から中に入れてもらう。
スリー チャンディ デビ スクールという小学校。
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この国の小学校は1年―5年。生徒数約250名を8人の教師で教えている公立小学校。
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この学校はOGINO YOSHINOBUという日本人の寄付で1994年に作られたと英語で書かれたプレートが壁にかけられていた。
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Ogino Yoshinobuさんは20年以上にわたってネパールに来られ、いつも木戸ホテルに逗留されネパールで30以上の学校の建設を支援された。群馬県のご出身。
それを見て、次に建設中の中学校:セカンダリースクールをみた。
シュリー ガネッシュ セカンダリー スクールでこの学校も日本の援助で建設されていると看板があった。
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2017年に完成予定。
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日本人にかかわりのある学校が見れて嬉しかった。こんな日本のみなさんのお陰で親切にしてもらえたのだと知ることがでした。家に戻ってゴザに座ると、茹でたてのトウモロコシとヨーグルトが出てきた。携帯電話の番号を教えあう。早速登録してかけ合う。シバ君からはかかったが、こちらから2人のには何度してもかからなかった。カマラさんは日本の家の番号も教えてくれというので教える。そのうち雨が降り出した。カマラさんが自分達は明日の朝5時に出てカトマンヅに帰るが、今日は泊まって明日一緒に帰らないかと言ってくれる。今日は帰る予定にしているから泊まれないと答える。そしたら明日電話するから土曜日にカトマンドの家に遊びに来ないかと言う。土曜の午後なら行きますと言うとまた明日電話するという。私は夜7時には寝るから電話はそれまでにお願いね。もし電話なかったら自分から寝る前にするからね と話す。ウェブサイトに写真を載せることの了解もいただく。
予定の3時には雨があがった。シバ君とディパック君が帰りも送ってくれた。
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ディパック君はここはカトマンヅより標高で600m高いと言っていた。
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急を下ってカレーコラまで着いて、2人に「ここまできたら一人で行けるから有難う」と2人とお別れをする。
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3時15分だった。ディパック君がここからまっすぐと紙に地図を書いてくれる。45分でバスセンターまで着くと教えてくれる。3時15分頃だったから4時着を目指して歩き出す。途中雨が降り出す。レインコートを着て歩く。
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途中鉄の吊橋を20人ぐらいの生徒が歩いてきた。
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途中で道端の林に入っていって桃のようなものを取ってきて食べだした。1つくれたがありがとう、疲れて食べれないからいらないと言うと、持って帰って後でたべろと言うのでもらっておく。
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生徒と一緒におしゃべりをしてあるく。11,12年生:高等学校に通う生徒達だった。「君達将来何になりたいの」と聞くと「お父さん」という答えが合った。「いいねえ」と言って聞くとお父さんは大工という。「お父さんになって沢山子供を生んでください」と言っておく。「君達はエリートじゃないの? 政治家になりたくないの?」と聞くと「なりたくない、この国の政治家は腐敗しているから」というのが返ってきた。「一番腐敗している政治家は誰?」と聞くと「プラチャンダ」「バッタライ」などと答えが返ってきて面白かった。4時にはブンガマティ村に着かず、4時半になっていた。尋ねるとタパタリ交差点まで行くバスがあるという。それは有難いとそのバスに乗って発車を待つ。4時45分発車。途中で行反対からくるバスの運転手と車を止めて話し始める。2回目にそうなった後、カトマンド市内へはバンダで入れなくなったので次に来るラリトポールのジャナジャケル行きのバスを待ってくれと言われてバスを下ろされる。
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4時50分バスが来て乗る。ジャワラケルには5時10分に着いた。そこから歩いて途中セルウェイスーパーを覗いて目指すもの無く、アンガンでパンを勝って18時3分木戸ホテルに帰りつく。お風呂が空いていて直ぐに入る。お風呂からあがって夕食前日本時間22時に定期コールをする。お気に入りをItuneで聞きながら夕食をいただく。夕食後ベッドで松本清張著「清張通史1 邪馬台国」を少し読んで就寝。22時雨音で目を覚ます。冷えたレモンティーを飲んで、昨日汗をかいた衣類と靴をお湯で手洗いする。バナナとマンゴーを刻んでヨーグルトで混ぜたデザートをいただく。23時20分から日記をつける。昨日の日記をつける。

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