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10月31日(水) 晴れ 日の出6時14分、日の入17時20分 ネパール586日目 気温最高26℃、最低9℃ 1時の気温22℃、湿度70%
2012/10/31(Wed)

0時半目を覚ます。静かな夜。遠くで犬の鳴く声が聞こえる。1時15分まで日記をつけてブログを更新して
これから英語学習。5時House Keeping
6時朝食。
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11月に来られると聞いていた方にお会いする。立山は雪で除雪車が動いているという。こちらが暖かいと半そででいらした。バクタプールに行かれた方ともお会いする。バスでカトマンヅに戻れたが大変な3時間のバスの旅で途中死ぬ思いをされたという。7時19分日誌をつける。7時45分までヒアリング。
9時20分までボキャブラリー カード。9時25分ホテルの庭でプラカーシュさんに3人の記念写真をとってもらう。
今朝のオフィスのバスは普段どおりの混みようだったが何台か通り過ぎたローカル バスのお客さんは少なかった。今日も道路は空いていてスムースに事務所についた。昨日同様ヒマラヤがくっきりと朝の出勤時間に眺めることが出来た。今朝も洗面所で手洗いをして汚れた洗面陶器を清掃する。なかなか元の白さに戻らないが毎日少しづつ白くなっていくことだろう。部屋に戻ると窓越しに隣の学校の少年の話し声が聞こえてくる。10時45分
1日学習に当てる。13時北海道の赤ひげ先生と言われて」浜中町立診療所・名誉所長 道下俊一さんの話を再び聞きながら昼食をいただく。CPは15時で退庁。16時半部屋の鍵をかけて退庁。17時のバスで帰宅。お風呂に入り昼に聞いた話しを再び聞いて夕食をいただく。夕食後紅茶を2リットルつくる。18時45分日記をつける。
英語。「午後の派閥」を読んで19時半就寝。
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10月30日(火) 晴れ 日の出6時13分、日の入17時20分 ネパール584日目 気温最高26℃、最低8℃ 5時の気温21℃、湿度68%
2012/10/30(Tue)

3時半起床。メールをする。ダサインの休みが終わった。続いて11月10日から15日までティハールの休みになる。
今日から上着を着ていくことにする。休みもいいが職場に出かけるのも悪くない。今週は4日だから休み明けには丁度いい。5時11分。5時52分今朝も朝焼けの山がくっきり見える。ナガルコットからもヒマラヤがよく見えていることだろう。
6時朝食。
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キューリとワカメの酢の物。
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9時25分いつもの時間にホテルを出る。オフィスのバスがなかなかこなかった。やっときたバスはいつものメンバーだった。同僚のダサイン休暇の話を聞く。明後日11月1日から冬時間になり朝1時間早くなることを聞く。昨年までの冬時間は帰宅時間が17時から16時に1時間繰り上がった。しかし今年は公務員の勤務がこれまでの日曜日の勤務を休日に変更することになるという。そのために月曜から金曜までの勤務時間が9時から17時までになるという。冬時間で帰りが1時間早まるというのが、日曜日を休日にするために、夏時間同様17時までという。この頃に日没は17時半前だから最寄の道路でバスが着く時間には暗くなっているということになる。てっきり昨年同様16時にお仕舞いが1時間早くなるのを楽しみにしていただけに少しがっかりした。これまで金曜日は15時までと早く終わっていたがこれも17時までになるという。いずれもネパール特有の勤務時間だったのがほぼ日本と同じ勤務時間になる。
11月から3ヶ月の試行期間として全ての公務員はそうなるという。
10時半から午前中にCPとフォルダーの共有の設定をしてファイルを共有できるようにする。
「人は死を背負って生きている」金城学院・学院長 柏木哲夫さんの話を聞きながら昼食をいただく。
午後は自習をして過ごす。16時写真をアップする。16時半店仕舞いをする。
ホテルには17時半帰宅。お風呂には18時10分空いて入る。風呂上りお昼に聞いた柏木哲夫さんの話を再び聞きながらジーワンさんが作ってくれた夕食をいただく。夕食後英語学習して20時就寝。

この日。藤本義一さんが亡くなった。79歳。70代で亡くなる人が多い。80代まで生きるのは簡単ではないようだ。
元気そうな石原は80歳になって新党を立ち上げた。老い先の限りを自覚して身を投げ出さざるを得ない気持ちになったようだ。平沼と老人二人を見ると生の延長線上に死があるのではなく人は生の裏側に死を背負って生きているという柏木哲夫さんの話がよくわかる。



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10月29日(月) 晴れ 日の出6時12分、日の入17時21分 ネパール583日目 気温最高26℃、最低8℃ 3時の気温21℃、湿度70%
2012/10/29(Mon)

2時目を覚ます。2時半起きる。静かな夜。今日でダサインの休日が終わる。
英語学習を続ける。
11.College Majors Getting a University Degree 2:52-3:40 ヨーグルトをいただく。
12.College Textbooks 3:47-7:5
4時休む。5時半起床。ラジオ体操1,2をする。まだ外は真っ暗。5時42分
6時10分朝食。
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野菜炒め。
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今朝のThe Rising Nepalには水場で水鍋が並んでいる写真があった。
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13.Computer Sales and Repairs 7:23-7:56
14.Dinner Time 8:02-8:41
15.Driver's License 8:42-9:22
今月初めから鳩が卵を抱えていたが灰色の毛の鳩の雛が親鳥の身体に包まれて育っていた。
16.Roadside Assistance: Emergency Call 9:45-10:13
親鳥が巣を離れた隙に写真を撮る。2つとも孵っていた。
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17.Exercise Program 10:14-10:52
ひと休みして写真をアップする。
11時45分昼食をいただく。12時15分レモンティーとジャガイモ1個とセーターをリュックに詰めてホテルを出る。ババマハルでバクタプール行きのバスに乗る。途中コティソールやプラノティミなどに途中停車しながらバクタプールには13時20分着。
ナガルコット行きの発着場まで歩く。
途中米を日干しする人たちを大勢見る。
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13時50分につく。
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ミリタリーの兵士の青年の隣の空いた席に座れる。14時5分バス出発。山を登る途中の段々畑で稲刈りをする人たちを大勢見る。15時ナガルコット着。
いい展望台があると青年にいわれ軍隊のキャンプのあるところまで一緒にアスファルト道路を歩いて登る。
途中でひとやすみしてヒマラヤをバックにして写真を撮る。
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展望台はまだ先らしいが、軍隊の門の前にも展望できるところがあったのでそこで休む。
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15時35分。お茶とジャガイモをいただいて16時バス乗り場に向かう。
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16時35分に着く。しかしバスは16時半に出ていて最終バスは17時40分という。
ホテルの多い側へ歩いてみる。
日暮れ時には山々にあった雲が消えて長いヒマラヤのつながりが良く見えた。
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17時5分バスに戻る。既に席は少ししか空いていなかった。通路側の空いた席に座る。夕日が正面の山に沈むのをバスの中でみる。帰りのバスの中で持ってきた毛糸のセーターを着る。バスは5時43分に出発。
途中バス酔いした若い女性を窓際に座らせる。窓から苦しそうに外に顔を出していたがなかなか吐けないで難儀していたようだった。真っ暗な山道の下り坂で外を見るとどこも直ぐ下が落ち込んでいて安全な道ではなかった。
バクタプールには18時半に着く。バクタプールから暗い夜道を約20分歩いてアルニコ ハイウェイに出る。
しばらく待つと19時3分ティミまで行くというマイクロバスが来た。ティミ サンマ、ティミ サンマとティミまでしか行かないよと呼びかけていた。少しでもカトマンヅに近づいたほうがいいと思って乗る。既に大勢乗っていてまた大勢乗ってきた。19時20分ティミに着くとカトマンド市内に向かうマイクロバスが既に大勢の乗客を乗せて停まっていた。直ぐに乗り換える。
どちらのバスも満員で空いた座席は無かったがあまり待たずにバスがあって助かった。
マイティガールには19時45分着。暗い夜道を歩いてホテルには19時50分帰りつく。20時10分お風呂に入る。
熱いお風呂で気持ち良かった。20時半〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜 圭介(作曲)作品集(2)望郷じょんから、心凍らせて、昭和最後の秋のこと ほかを再び聞きながら夕食をいただく。21時13分歌も終わりになるとき日記を書き終える。
ヒマラヤが良く見えるこの時期ナガルコットからの眺めを一度見てみたいと楽しみにしていた。
連休最後になってようやく雲一つ無い夕景のヒマラヤを眺めて山歩きをすることが出来て幸せだった。21時36分
「午後の派閥」を読んで22時就寝。

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10月28日(日) 晴れ 日の出6時12分、日の入17時22分 ネパール582日目 気温最高25℃、最低8℃ 1時の気温22℃、湿度70%
2012/10/28(Sun)

0時起床。「ガレキの跡地に鎮守の森を作ろう 1」横浜国立大学名誉教授 宮脇 昭さんの話を再び聞く。
英語学習
General Listening Quizzes
Medium
3. A Hiking Family   1:15-1:28
4. A Story to Remember 1:29-2:01 休憩
5. Alcoholics Anonymous 4:26-4:54
6. Back to School Supplies 4:55-5:28
6時朝食。
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肉じゃが。
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朝食後10日ぶりの同僚のインド旅行の話しと、カトマンドに旅行に来られた方の話を伺う。
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7時半部屋に戻ると朝日があった山はくもの中に隠れていた。今日は英語学習三昧の日を送る。7時46分
7. Baking Cookies 7:50-8:21
8. Breakfast Recipes And a Small Surprise! 8:24-9:25
9. Budget Hotel Rooms 9:51-10:31
10.Car Rental 11:00-17:07
12時「人は死を背負って生きている」金城学院・学院長 柏木哲夫さんの話を聞きながら昼食をいただく。
医療の4つに段階別ケアで
1.差し出すケア  上から、技術力、助かる可能性のある人から。緊急援助、被災の現場など。
2.支えるケア   下から技術力+人間力、親切心、思いやり、下支え。仮設住宅高齢者支援など。
3.寄り添うケア  横から 人間力、自立を信じる、引き受ける、受け入れる。高齢者介護支援など。
4.背負うケア   人間では出来ない 背負ってくれる神の力を伝えること。ホスピス患者支援など。魂の平安。
3時までNew Delhiへの航空便を見る。
少し疲れて横になって「午後の派閥」を読む。
起きて10の.Car Rentalを終える。
17時20分お風呂が出来たと電話をもらう。風呂上り、「ガレキの跡地に鎮守の森を作ろう 2」横浜国立大学名誉教授 宮脇 昭さんの話を聞きながら夕食をいただく。
夕食後レモンを5個搾ってレモンティーを2リットル作る。19時11分日記をつける。
「午後の派閥」を読んで19時半就寝。
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10月27日(土) 晴れ 日の出6時11分、日の入17時23分 ネパール581日目 気温最高23℃、最低8℃ 1時の気温22℃、湿度70%
2012/10/27(Sat)

0時半目を覚ます。今夜も犬の鳴き声が聞こえる。静かな夜。ボランティアポータルで同僚の活動を見る。
駒ヶ根同期でセルビアで剣道を指導する先輩の元気そうな活動を見る。得がたい経験を積んでいらっしゃる。
同僚の活動を見るといい活動をされているようで、励まされるよりはむしろ自分の活動の小ささに元気を失くす作用しかしないから、あまり見ないことにしていた。
あとは終わるまで見ないで、これまでのささやかな活動を続けていくことにする。
1時51分。
[ Listen to Everyday Conversations with Adult and Children's Voices ]
Medium A Student Credit Cardを3時25分まで見て休む。
5時23分起床。5時49分東の山の稜線が朝焼けで燃えるようにピンクで見える。今日あたりからふるさとからの帰省が始まる。大抵の店も開きだす。
6時朝食。
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8月28日から使い始めた30mのラップが終わりになった。10月28日に終わりが来る予定と書かれていた。今日からエベレストのトレッキングとアイランドピークへの登山に行かれるという方のお話を伺う。
また11月22日にこのホテルに戻られる予定という。どうぞご無事でと又の再会と土産話を楽しみにさせていただく。朝食の写真を撮っておられた。このホテルを紹介してくれた人から食事の写真を頼まれたということだった。
みのつるを教えていただく。8時5分支度をして市場へ出かける。いつもの土曜日同様車は少なかった。
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休んでいる店もあったがいつもの人たちが店を開けていた。
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いつものおじさんからジャガイモ。玉葱、生姜を買って、そばの店で砂糖、大きな市場でレモン15個とキャベツを買う。ホテルには10時帰宅。ジャガイモを洗って茹でる。衣類を手洗いする。11時20分ジャガイモを出して青豆を茹でる。とてもいいお天気だから洗濯物がよく乾く。朝は寒くてセーターを着るが昼間は半そでシャツ一枚で十分暖かい。12時〔にっぽんの歌こころの歌〕特集:古関裕而 スポーツ・応援歌作品集 スポーツ・ショー行進曲、阪神タイガースの歌(六甲颪)、純白の大地 ほかを聞きながら昼食をいただく。
ラップを交換しておく。この次は45mのもので終わりの予定を1月28日と書いておく。昨年3月に日本で買ってはいてきた黒靴の傷みが目立つようになってきた。とても足になじんで履き易くなっているので来年3月まで履ける様に少し繕いをすることにする。午後は椅子にかけて〔明日へのことば〕生命曼荼羅を描く(1,2)画家 渡辺隆次さんの話を聞きながら、靴の繕いをする。みのつるを見る。
英語ヒアリング学習
General Listening Quizzes
Medium
2. A Healthy Lifestyle 15:42-16:35を見る。
17時11分お風呂が空いたと電話をもらう。
少しぬるいお湯だったので湯冷めしないようによくつかる。
17時36分〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和33年の流行歌 星はなんでも知っている、無法松の一生、 おーい中村君 ほかを聞きながらジーワンさんの作ってくれら夕食をいただく。
夕食後「午後の派閥」を見て就寝。
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10月26日(金) 晴れ 日の出6時10分、日の入17時24分 ネパール580日目 気温最高23℃、最低8℃ 1時の気温22℃、湿度70%
2012/10/26(Fri)

毎月26日がくるとホテルの家賃を支払う日。これで19ヶ月が経つ。朝晩冷え込むようになってきた。
ホテルのスタッフもワイシャツの上にセーターを着るようになっている。
来週の11月になるとネパールの役人は冬時間がはじまる。
朝・夕1時間早くなり9時から16時までの勤務時間になる。
1時から写真をアップする。4時半までで写真をブログにアップする。
家賃の支払い小切手とネットの使用書とルピーを準備する。
5時20分まで横になって休む。カマラさんにメールで写真を送るが送信エラーになってしまう。5時52分
6時朝食。
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小松菜のおひたし。
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ガネッシュさんにヨーグルトをお願いする。
6時半ようやく健康そうな普通の便が出る。6時45分ラジオ体操1,2をする。
室内で着るズボンの繕いをする。9時半来月分の部屋代とネット代を支払う。
セーターを手洗いして屋上に干す。英語の学習。
12時〔明日へのことば〕声楽はがんと闘う心の糧 ソプラノ歌手 白石敬子さんの話を聞きながら、昼食をいただく。12時半ミナさんが新しいシーツに変えてくれる。いつも楽しいひと時。12時44分
午後部屋の椅子に座ってうとうとして過ごす。3時手洗いしたセーターを取り込む。図書室で邦光史郎著「午後の派閥」を借りてきて1時間ばかり読む。髪が少し伸びてきたので洗面所で少し切る。
16時50分お風呂に入る。おしゃべりOKの図書館 長野県小布施町立図書館長 花井裕一郎さんの話を聞きながら今日もガネッシュさんに作ってもらった夕食をいただく。そのあと石田衣良さんの話を聞く。テーマはグルメだった。
日本のTVもラジオも食べることの番組が多い。飽食の時代とか言われて久しい。50年ほど前「映画世界残酷物語」のを見て思った記憶が甦る。そこで多分アメリカの太った女性たちが大勢でエアロビスクのような体操をしていた。日本が同じような国になったのがグルメであれば視聴率がとれるという時代なのだろう。19時就寝。
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10月25日(木) 晴れ 日の出6時10分、日の入17時25分 ネパール579日目 気温最高24℃、最低8℃ 1時の気温21℃、湿度71%
2012/10/25(Thu)

0時半目を覚ます。おならだけで便は出なかった。歯を磨くと少し下痢したときを思い出させる臭いが口の中からしてくるようで気持よくはなかった。洗面所に干しておいたビニール袋の水を拭いてまた干しておく。1時から日記をつける。まず25日の分をつけだす。ウェブサイトをみると法相に就任した滝実のニュースを見る。6月に法相に就任したが、1日の内閣改造では、高齢を理由に自ら退任を望んでいた。 「途中で倒れないよう、任務を全うしたい」と、正直なコメントだった。健康不安を自覚しているようだ。74歳という高齢でもあり「何もしないでことをおこさないようにして任期を過ごさせてもらいましょう」と言っているように聞こえる。政権末期の最後に任命された大臣の言葉として歴史を飾ることになりそうだ。1時半 2時までニュースを見て休む。5時起床。やはりおならだけで便は出なかった。少しまだ気持悪い。日記を思い出して昨日の朝からつける。
6時朝食。
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三度豆のおかず。ネパールの新聞は明日ぐらいまでダサインで休みという。
朝食後庭に出る。ダサインで「たむら」も休みで椅子が外にだされていた。
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昨日洗った下着2枚にまだ少し汚れが目についたので沸騰したお湯を汚れ流して歯ブラシに洗剤をつけて軟らかくブラッシングする。強く擦ると破れるから優しく洗うのがコツ。汚れたリュックサックを手洗いする。長袖とセーターも煙の匂いがしみ込んでいるがしばらくそのままで着ることにする。屋上に下着とリュックサックを干す。今日は22日までの日記をつけたら室内着のズボンの繕いをしたい。長年はいていてなじんでいるが流石にほつれが目立っている。8時20分
時々屋上のリュックサックをひっくり返しに行く。昨日洗ったズボンのアイロンをガネッシュさんに頼む。10時古い新聞を見におりると笑顔のミナさんを見る。屋上でプラカーシュさんにスーツケースの鍵の事を話しておく。10時半までかかって昨日の日記を着け終わる。23日の日記をつけ始める。12時昼食〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜圭介(作曲)作品集(1)石狩挽歌、終着駅、そして神戸などを聞きながら昼食をいただく。12時半ミナさんシーツ交換と掃除をしてくれる。働き者でいつも笑顔で嬉しくさせてくれる。13時15分カマラさんが電話で調子はどうかと尋ねてくれる。昨日19時半電話してくれたという。お風呂に入っていた時間だったようだ。昨日は風呂からあがってすぐベッドに入って本を読んで寝てしまった。3ヵ月後の蜂みつを収穫するとき電話をするからと言ってくれる。13時半、23日の日記をつけ始める。15時11分23日の日記をつけ終わる。続いて22日の日記をつけ始める。15時48分お風呂が空いたと電話をもらう。食材をもって厨房へ。ガネッシュさんが作ってくれる。風呂上り厨房で料理をもらう。ミナさんもいた。バナナはロビーでと言ってくれる。バナナ3本いただく。ロビーのTVでは秋の園遊会を写していた。16時10分部屋に戻り日記をつける。まだお腹が空かないので22日の日記を続ける。16時15分 22日の日記を16時半でお仕舞いにする。ブログを更新しておく。16時45分 〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る(2)小説家 宮本 輝さんの話を再び聞きながらガネッシュさんの作ってくれた夕食をいただく。今日は一日快晴で周辺の山々が良く見えた。17時37分 
20-Minute ESL Vocabulary Lessons 
Airplane Travelをみる。
電話をして元気な声を聞く。18時45分店仕舞いにする。今日は朝からまだ便が出ない。御岳百草丸を飲んでおく。
「天才画の女」を読んで19時就寝。
21時半目を覚ます。ネットをみると26日午前0時Windows 8が発売開始という。
Microsoftが「Windows 8 Pro」のアップグレード版を2013年1月末までオンラインで39.99ドルで販売する。Windows XP SP3からもアップグレードできる。とある。オンラインダウンロード版という。これまでのアップグレード価格よりかなり安い。BB AIRの日本―カトマンヅ直行便を見る。10月13日と出ていた初フライトの予定が延びて調整中とある。
ネパールよいとこの記事を直しておく。
20-Minute ESL Vocabulary Lessons
Beauty Salons
Best Dating Ideas!
Car Rental
Renting Apartmentsまで見る。0時半
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10月24日(水) 晴れ 日の出6時9分、日の入17時24分 ネパール578日目 気温最高24℃、最低8℃ 1時の気温21℃、湿度71%
2012/10/25(Thu)

0時、また下痢に気がつき2度目のトイレへ行く。お父さんが起きてきて扉を開けてくれる。さっき着替えた下着がもう汚れている。2時またトイレへ。玄関の土間でトイレから出てきたらしい上半身裸お母さんに出会う。空は昨日同様、星がきらめいて素晴らしかった。オリオン座だけがわかる。下痢がつづく。トイレをしたあとは気持ちよくなる。すぐに下痢が肛門付近に溜まっていくのをお腹の感じでわかる。4時トイレに。自分で家の扉を開けてでる。下痢がつづく。5時半トイレへやはり下痢。すっかり出した感じがしたが油断できない。カムラさんに申し訳ないが今日ティカでカトマンヅに家族で行って、ティカが終わったら自分はホテルに戻りたいと伝える。あと2日調子が悪くなければ静かなドプチャックで過ごしたかったが下着の換えも無くなり、これ以上体調を崩すのも不安だし、皆さんにこれ以上ご迷惑をおかけするわけにもいかないと思い今日でネパールの田舎生活体験をお仕舞いにさせていただくことにする。一人で山をくだるのではなく、皆と一緒にカトマンヅに出るタイミングに帰れるので少し気持ちが楽だった。9時に出かけるという。歯を磨いて、顔の髭をそる。昨日はビスナさんが作っていたやぎのミルクを今朝はディパックさんがかまどに火を起こして作っていた。ビスナさんは昨日同様、軒下の土間を雑巾がけしていたが心なしか昨日より生き生きしているようだった。軒下にござを敷いてしそこが居間になる。
家の裏の上の家に向かう道を登ってカトマンヅを見る。
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いつもどおり薄い雲に覆われていた。6時過ぎ朝の牛の乳を搾ってきたお父さんに出会う。この朝もお父さんはヤギと犬をを上の家に移して、牛の世話をして牛乳を入れた鍋を手にして降りてきた。牛のえさの草を毎朝とってきて小さく刻んで牛にやり朝は6時に乳絞りをしてくる。お父さんについて家に戻る。お父さんの絞ってきた牛乳を家の中のかまどでカマラさんが沸かして沸騰させ淹れてくれる。またビスケットを持ってきてくれる。今日の最初の食事はカトマンズのおじいさんの家になるから牛乳とビスケットを食べておく。荷物を整理して忘れ物がないか、あまったものも持ち帰ることにする。トイレットペーパーを持ってきたがここでは必要ないので持ち帰る。余ったレモンティもまだ、1.5リットル残っていたが持ち帰る。庭ではディパック君が頭と身体を石鹸をつけて洗っていた。カマラさんはトイレに入って着がえをして頭と身体を水で洗い、寒い寒いと言っていた。ビスナさんもお母さんも別の水場で頭を洗い、身体を洗って、皆さん晴れ着のサリーを着ていた。8時15分念のためトイレをしておく。少し下痢がでる。8時45分ディペンドラ君に引っ張られるように家を出る。デジカメの電池が無くなってきてすぐ赤いマークが出てしまう。
8時55分マイクロバスが待つ涸れ川べりの広場につく。
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ディパック君が運転手にあと10分待ってくれと話して、携帯で電話をしながら家族の来るのを外で待っている。マイクロバスに乗ると子供たちが後ろの空いた座席はリザーブされていると言う。仕方ない立って行くかと思ったらディペンドラ君が入ってきて子供達に前に座るように言い窓際に置かれた一人の座席に座れと言ってくれる。やっとギミレ家の全員がやってきて後ろの座席や空いた席に座って9時10分ぐらいにバスは走り出した。この日は来た道と違った道を走って分がティ村には9時半についた。9時45分ラガンケルの待ちの手前で降りる。道路の反対側にミャンマー大使館が建つ向かいの大きな家の門の先に座ってお母さんとカマラさん、ビスナさんがサリーの着付け、アイシャドー、口紅など化粧や身繕いをしていた。
終わったところで記念写真。
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しばらくしてさあ行きましょうとそこから10分下っておじいさんのランバートさん72歳の住む家を訪ねる。ランバートさんも農業で3人の男の子5人の女の子をもうけ現在は4女の家族も一緒に住んでいる。お父さんはランバートさんの長男で3男は28歳。独身でランバートさんと一緒に住んでいた。モバイル会社に勤めている。
ランバートさんの4女のお母さんエルジャラさんには4人のお嬢さんがいて長女は結婚している。生き生きとした目をした3番目と4番目のお嬢さん美少女の15歳のジョディと10歳のニーザがいた。とてもお母さんに顔が似ていた。ジョディはサイエンスが好きで将来ドクターになりたいと言っていた。ニーザは書いていた手帳に書いた日本語、英語をみて興味を示して読んでいた。賢い子という印象を受けた。ラプシという小さな緑色の梅干ぐらいのものを食べてごらんと言われたので食べてみると梅干に似たすっぱい味がした。すっぱそうな顔つきを笑われたが、梅干を思い出した。アヤールという漬け物に使うと教えてくれる。10時55分この日の最初の食事をいただく。ダルバートはご飯を少なめにしてもらい全て残さずいただいた。ベジタリアンの野菜だけでできた食事だった。ムラと呼ぶ大根と、英語でスピナッシュというとほうれん草だが、菜っ葉の漬け物がついた、カレー汁をご飯にかけたもの、豆を煮付けたものだった。おじいさんの家では牛を2頭飼っていた。家の小さなベランダから遠くの家々の眺めが良かった。
ネパールでは珍しく。猫:ビラロを飼っていた。動物:ザナワルで何が好きと訪ねるとジョディは猫が好きだと言っていた。食後ベランダの椅子に腰掛けてうとうとしていたら昼寝をするかと言われたが、皆と一緒にティカをつけてもらいに出かけることにする。おじいさんの家を12時すぎまでいて、ディペンドラ君とニーザと一緒におじいさんの兄弟にティカをつけてもらいに出かける。歩くこと20分ばかりで既に大勢の人が庭のテーブルでダルバートをいただいていた。部屋の中では長老が2人いて、その前に座布団が2つ置いてあり一人一人座布団に座って長老から花びらを頭に載せてもらい次にティカという赤い粉をつけた米を額に20粒ぐらいつけてもらい、次にジャマラと呼ぶ、爪楊枝ぐらいの長さの稲の苗を数本耳たぶあたりの髪ににタバコを挟むようにつけてもらう。
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さらに驚いたことに小さな封筒をひとつくれた。両手を合わせよく頭を下げてお礼をする。ティカはダサインのときは女性既婚者に限らず男子も子供つけてもらい、お年玉をもらうのを楽しみにしているようだ。はたして幾ら入っているかと戻ってみてみると新札で50ルピーと5ルピーが入っていた。
ティカとジャマルにはあ長寿と五穀豊穣を祈る意味があるようだ。
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ティカの儀式が終わると庭ではダルバートが振舞われていた。
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11時半食べ終わってからまだ1時間ぐらいしか経っていないので、食事は遠慮してデザートのヨーグルトだけをいただく。そこを出たところで、皆さんとさよならする。シバ君とディパック君兄弟がジャワラケルのバス乗り場まで送ってくれた。その途中で気をつけて歩いていたにもかかわらず、足をもつれさせ前に転んでしまった。さいわい何処も怪我をしなかった。右手で身体をささえたので、少し痛かったが大丈夫だった。ジャワラケルのバス乗り場が見えるところまで来て、後は大丈夫だからと言って2人さよならをする。すぐタパタリ交差点まで行くというテンプーに乗る。13時15分にテンプーに載って20分にタパタリにつく。それぐらい道が空いていてあっと言う間だった。ホテルに帰ると今日はお風呂が無いという。シャワーを浴びて、汚れ物を手洗いして屋上に干す。出かける時パソコンなどスーツケースに入れていったが、それを取り出そうとしてスーツケースが開かない。プラカーシュさんに相談してみてもらう。運良く一度開けることが出来る。どうやら鍵の調子も良くないことがわかったがとりあえず助かった。無いと言っていたお風呂を沸かすことにしたと電話をもらう。
ガネッシュさんがお盆にご飯と漬け物となすの煮物のおかずを持ってきてくれる。
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今朝のお客さんで食べ残しが1つ出たのでどうぞ食べてくださいという。
有り難くお湯を沸かしてお茶づけにしていただく。
夕食をいただいて松本清張著「天才画の女」を読んで眠ろうとしたところで、お風呂が空いたと電話をもらう。
お湯に暖まり、マスクと靴下を手洗いする。風呂上り「天才画の女」を読んで20時就寝。
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10月23日(火) 晴れ 日の出6時9分、日の入17時24分 ネパール577日目 気温最高24℃、最低8℃ 1時の気温21℃、湿度71%
2012/10/25(Thu)

夜中2時半お父さんトイレに行くのに気がつきそのあと外に出てトイレに行く。満天の星がきらめいていた。
唯一知っているオリオン座が駒ヶ根で見たときより大きく見えて星を見ているだけで嬉しくなった。
お父さんは玄関で帰るのを待っていてくれた。キッチンは土間で、かまどで火をたいて食事を作り、寝る時は土間にビニールを敷いて、むしろをおいてその上に布団を敷いて寝る。キッチンの端にあるベッドに寝せてもらったが、どうやらお父さんのところにはお母さんが来て一緒に寝ている様子だった。昨夜はお父さんが土間に布団をしいて自分の寝床を準備していたが、お母さんも一緒に寝ているとは知らなかった。
昨夜寝るのは2階だと言われて2階に上がると、階段のすぐ側にはディペンドラ君が寝ていた。残りのベッドは2つは見えた。夜中トイレに行くので梯子のような階段を下りるのは難儀のようなので寝るのは1階にさせて欲しいと言ったところ急遽、1階のベッドに寝床を準備してくれた。昨夜寝る時はお父さんと一緒にお休みと言ったが、夜中にお母さんが降りてきたようだ。2階の2つのベッドにシバ君夫婦。ディパック君の奥さん、お母さんが寝ていたようで、ディパック君の奥さんと一緒にお母さんが寝ていたのだろう。随分無理をしていただいていた事を知った。
朝5時起きたら、まだ暗いなかビスヌさんが家の外の壁際のかまどでやぎのミルクを作っていた。持っていた懐中電灯でやぎのミルクをてらす。火をたきながら、家の軒下の土間と柱の雑巾がけをお母さんも出てきて2人でやっていた。お母さんはヒンヅー教のお祈りだろう小さなお皿に花びらなどを入れて柱や壁などにぶつぶつ言いながら水を手でかけていた。お祈りをしているようだった。時々火が消えそうになると枯れ草の枝など燃えやすいものをくべながら大きな鍋で水を沸かしメリケン粉か粉ミルクのようなものを入れてよく混ぜていた。土間のキチンの隣は壁と扉で仕切られていてやぎ6頭、犬1匹が夜はつながれて守られている。やぎのうち5頭は妊娠していてお腹が大きい。朝家から出されたやぎにこのミルクを水で半分に薄められぬるくなったスープを与えると、やぎは美味しそうに飲んでいた。
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1歳の若いメス犬ポピーはとても元気でシッポをふって飛び回っていた。
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ディペンドラ君が庭にきているホースの水で頭と身体を洗っていた。ザーロ、ザーロ:寒い、寒いと言いながらシャワーもない。水を温めるわけでもない。パンツ一枚になって洗っていた。
カトマンヅ方面はうすい雲でおおわれていた。
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ディペンドラ君が大根:村を包丁で刻んで皿に入れてやぎにやると、これまた美味しそうに食べていた。ディペンドラ君が大根を切るように言われたので同じぐらいの大きさに切っていたら大きすぎるという。今度は人間が食べるアチェールにするのだと言って切ったものを薄く切っていた。全部ヤギの餌かと勘違いしていた。しばらくすると黒毛のやぎがつれてこられ、日本刀ぐらいの長さの先が鉈のようにしたものが軒下におかれていた。どうもやぎをさばくようだった。そのうち頭から水をかけられお父さんと若者がやぎを後ろから抑え、屈強な男が大きな長いひかる刀を打ち下ろして首を叩ききった。少し残った切れ目を切り離し、すぐに二人で両足を持って首から流れ出す血をバケツに落として取っていた。
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この血はあとでゼリーのように固まり、それを料理するとレバーのような食感の料理になる。
ヤギの身体はすぐに沸騰させていた大鍋につけられお父さんと、シバ君はヤギの毛を取り出す。
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取り方は毛を引っ張ったり、コップの口を擦るようにして毛を取る。根気の要る仕事だが慣れている2人の作業でまたたくまに白い皮膚だけになって行く。
手で黒い毛をおおかたむしったあとはカミソリで毛を剃りだす。
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両刃のカミソリを上手に使って毛をすっかり丁寧に剃る。
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再び湯につけて剃り終わると、最後に黄土色の粉を灰と一緒に身体中塗ると真っ白だった皮膚の色が渋柿色になった。
これで毛を取る作業完了。お父さんが30Cmほどのなたを持って解体作業が開始。
先ず4本足を膝から切る。
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次いで4本足のモもから切る。
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後ろ足のモもは鶏肉のモモの2周りぐらい大きい。
次いでお腹を開けて内臓を引っ張り出す。
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肉は最後は一口大になるまで小さく刻む。
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骨は犬用。内臓は一つも無駄にしない。ヤギの小腸は18m-28mとあるが確かに長い。細い管に水を入れると直径2cmに膨らんで水が落ちていく。パチンコの玉の大きさの糞が腸に並んでいるのを搾り出し1mづつぐらいに切って中を水洗いしながら1つづつ洗っていく。この作業は2人係。水を腸に入れる係りと腸の中身を搾り出す係り。しばらくそれをして小腸が終わると、大きな内臓を1つ1つ開けて中身を水洗いする。糞になる前の黒い緑色のものを洗いさる。全ての臓物の中に入っているのは洗い流す。
ここらあたりまで頭を残して他の解体が済んだところで11時に昼食。ダルバートと羊肉の煮込み料理で辛味と塩気は控えめに味付けされていて美味しくいただけた。午後ビスナさんが綺麗にお化粧して町へ出かけて行った。午後はお父さんはさばいた肉の料理を外のかまどでやる。大きな鍋に油を100ccぐらい入れてそこに香辛料、カレー粉、粉唐辛子などを入れて肉を一気に入れて炒めだす。
炒める時間も30分はかけていたようで半端な時間ではなかった。
次に全ての内臓を沸騰したお湯で約50分茹でる。その茹で終わった内臓。
冷えてから一口大に切る。
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小さく切りそろえた内臓を油を敷いて香辛料、調味料を入れて炒める。その間、居間代わりの土間に座ってそこの前やから見える左の山の景色を描く。西壁に作ってある蜂の巣を教えてもらう。壁に開けた小さな穴の先には50cmx30cmx20cmほどの空間が出来ていてそこにミツバチは巣を作って蜜をせってと蓄えてくれる。3ヶ月で3Kgぐらいのハチミツが出来るという。日本のミツバチより小さな沢山のミツバチが羽音をたてて巣の周りに飛んでいた。

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その壁の内側には巣の場所がレンガの取り出し口になってわかるように作ってある。
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農家のどの家の壁にも同じミツバチ用に穴が作られているという。蜜が出来るときまたおいでと言ってくれる。
お父さんは内臓の調理が済むと、ゼリー状になった血の調理にとりかかる。
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大きな鍋に油を50gぐらい敷いてそこに香辛料、調味料を入れて炒める。
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血はレバーのように固まって溶け出さない。少し味見をさせてもらう。
とても滋養があるというが、少し塩気が強かった。
最後に肉を炒める。
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お父さんは休む間もなく上の家に出かけて行った。午後4時ごろシバ君が上の家に行くというので、絵をお仕舞いにしてついて行く。上の行く坂道から家を写真に撮る。
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上の家ではしばらくすると額に紐をつけて大きな草を背負ってお父さんがやってきた。
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その草を大きな押し切りで20cmぐらいの幅に猛烈な速さでどんどん刻んでいく。時間との勝負のような感じだった。刻んだ草はシバ君が牛と水牛の餌場に置いていく。ここの牛や水牛は栄養がいいようでいい体格をしていた。鶏は雄一羽と雌2羽と1ヶ月から2ヶ月の雛鳥が数羽づつ雌鳥の後を追いかけて餌をついばんでいた。ここの鶏も積んである堆肥周辺に餌が豊富らしくいい毛並みをしていた。雌鳥は毎日白い卵を産むという。牛は
1頭の親牛と子牛、1頭の水牛牛を飼っている。乳搾りをするときは寝ていた牛が起き上がる。
乳を水でよく洗ってから、油のようなものを乳につけてから搾り出す。
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最初は2つの手で2つの乳を握ってリズミカルに牛乳鍋に搾り出す。しばらくして片手で2つづつ搾り出す。牛の乳搾りは朝6時前と夕方5時半頃でお父さんがやっている。牛の世話も餌の草刈、餌づくりから乳しぼりまで楽ではない。しかし毎日数リットルの牛乳を与えてくれるのだから有難い。しかも堆肥の材料も生み出してくれる。トウモロコシ畑だったところがすっかり収穫されていてトウモロコシの幹が束ねられて小さな棟にしてあった。牛の資料になるという。畑は石だらけで、土は固そうでいい条件の土地でない事を知った。
日本でこんなに石ころだらけの畑のところが果たしてあるだろうかと疑問に思った。遠くから見ただけではわからなかったが良く見ると何処もここも石だけでよく諦めずに農家を続けているものだとその辛抱強さに感心した。日本人だったら石ころを拾うだろうが、多分拾っても拾ってもどうしようも無いほどの石だらけだった。
シバ君がカトマンヅとその先に空に浮かんでいるようなガネッシュヒマールの見えるところを案内してくれる。
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明日はここに来て絵を描きたいと思った。
日本で見たことの無い木に成るトマトを写真に撮る。
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6時ごろお父さんが絞った牛乳鍋を持ってシバ君と3人で下に降りる。夕食時に家のかまどではカマラさんが料理作り。次男のディパック君22歳は普段はカトマンヅ市内に一人で住んでテーラー務め。ラジオを共に過ごしている。奥さんのビスナさんは21歳普段ドプチャックのディパック君の両親の家に住んでよく働いている。今日はカトマンヅで一緒にガスボンベを持って帰ってくるという。20Kgもするガスボンベを持って帰るとは大変なことと思っていると、帰り道ブンガティ村からバスに乗れなかったので1時間遅れると電話がある。若いディペンドラ君は夕食を食べて寝にいった。早く食べたらと言ってくれたが一緒にしましょうと待っていたが、そのうち19時20分皆食べ始めた。
ディパック君とビスナさんは19時40分帰ってきた。一緒に夕食に加わった。ディパック君にダサインのスモールギフトを手渡す。早く休んだらと言ってくれるのでキッチンの端のベッドで20時就寝。22時下痢をしたのに気がついて目を覚ます。お父さんに玄関を開けてもらいトイレに。ドプチャックに来てから最初のトイレで下痢を再発。すっかり下着を汚してしまっていた。下着をかえて又寝る。どうも今日はお母さんがお父さんの布団の中にいる。最初から一緒に寝たらしい。ディパック君が帰ってきたのだから2階の3つのベッドはシバ君夫婦、デパック君夫婦、ディペンドラ君の3人で使っているからお母さんは下のキッチン兼食堂の土間にビニールとござと布団をしいてそこでお父さんと一緒にねるしか仕方なかったことに気がついた。
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10月22日(月) 晴れ 日の出6時8分、日の入17時27分 ネパール576日目 気温最高25℃、最低11℃ 6時の気温22℃、湿度75%
2012/10/22(Mon)

夜中お腹が痛くて目を覚ます。下痢をする。汚れた下着を手洗いする。ベッドのシーツも少し汚してしまっていたが仕方が無い。新しい下着にパジャマ代わりに昨夕洗ったズボンをはいて池波正太郎著「闇は知っている」を再び読みながら寝る。2時、3時、5時半3度目をさませ下痢をする。朝までに「闇は知っている」を読了。
今日から8月2日に訪ねた隣の県の山の農家に出かけるのを楽しみにしていたが、気が重くなってきた。
6時の朝食は普段どおり美味しくいただけた。
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8時に電話がある。下痢をした。パカラ ラゲコ チャ。ので悪いけど今日は見合わせたいと話しをする。13時にジャワラケルのバス停から出発するという。また電話をするという。
朝5時半の下痢をして止まったので、Happy Dasainをネパール語でプラカーシュさんに書いてもらって7枚、メッセージを書き、人分のお年玉を封筒に詰める。9時荷物をまとめる。山の生活の4泊5日がどうなるかわからないがいけるところまでチャレンジしてみることにする。11時いつもより早い昼食をいただく。12時ホテルを出る。日中の陽射しが強くて歩く気力が起こらずタパタリ交差点で12時15分バスに乗る。ジャワッジャケルまで早く歩いて30分ぐらいのところダサインで道が空いていて5分でついた。12時20分からジャワッジャケルの衣料品をうる店を座って見て過ごす。前であったバス停に1時10分前に座ってうとうとして待つ。13時になって来ないので電話をするとあと10分したら行くという。13時20分にシバ君25歳、カマラさん24歳がくる。これからラガンケルに買い物に行くという。3人テンプーでラガンケルに行く。ラガンケルでは弟のディパック君22歳、ディペンドラ君14歳10年生・セカンダリースクールと会う。
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マーケットで食材と調味料、砂糖などを買う。ディパック君は残り、3人ラガンケル発ブンガティ村経由ドクチャップ村行きのバスに乗って14時40分出発。バスは満員。立っている人の荷物を膝の上に置いてあげたら、荷物のビニールから水分が漏れてきてズボンが汚くしみてしまった。両膝に乗せたリュックサックの上におばさんにかけてもらう。15時10分ブンガティ村ブンマティに着く。ブンマティではニコンの一眼レフを持った3人の白人が外からバスの中をさかんに写真に写していた。15時半ブンマティを出発して16時10分涸れ川の横の広場のドクチャックに着く。沢山買った重い食材などの荷物はディペンドラ君とシバ君が持って、軽々と山道を登って行くのに感心した。16時半にはギミレ家に到着。
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お父さんのラムさん46歳とお母さんカンチさん44歳に再会する。今の家は15年ばかり前に作ったもの。1階はほぼ同じ大きさの2部屋で玄関から見て右側が土間の台所兼食堂兼寝室。かまどがあってそこで煮炊きする。
お父さんがヤギの肉を小さくさばいていた。
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夕食はディパック君の奥さんのビスナさんが食堂のかまどで作っていた。
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みずは桶で水道は食堂にない。約5年前から電気の明かりがある。左の部屋には夜だけヤギと犬がつながれている。左端に階段がある。梯子のような階段を上がるとベッドが3つあった。トイレは外で日本古来と同様でしゃがんでする。紙は置いてなくてバケツに水が入っていてプラスチックの容器が入れてある。右手で水を入れた容器を持って左手でおしりを洗う。夕食は19時半からはじまり、ダルバートとヤギの肉料理が美味しかった。20時半夕食を終える。2階に寝てもらうと言われて2階に上がって見てみると、お父さんとシバ君がベッドメーキングをしていてくれる。しかし夜中にトイレに行くから1階にしてくれと1階のベッドを使わせてもらうことにする。このベッドは少し小さくて足をまげて寝なければならなかった。お父さんもさっきまで食事をしていた土間にビニールを広げ、ござを敷いて布団をしいて自分の寝床を作っていた。21時就寝。
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10月21日(日) 晴れ時々くもり 日の出6時7分、日の入17時28分 ネパール575日目 気温最高24℃、最低11℃ 3時の気温23℃、湿度72%
2012/10/21(Sun)

2時起床。静かな夜。ダサインの祭日、16日に続いて2日目。
今日は朝、カトマンド市内の様子を見てくることにする。2時38分
画面の右下のタスクトレイの「通知領域」にJava Updateのアイコンが出ていた。
Java Update7-0.9を更新しておく。2分で終わる。前回インストールしたのは9月29日で7-0.7.
念のためeclipseを動かしてHelloWorldを実行してみる。変わらず実行できた。
今日も英語Hearingの学習。
33.Snack Time!Healthy Foods for Kids 3:22-3:49
34.Medical Advice: What's the Matter? 3:50-4:07
35.Spending Money 4:08- 4:26
36.Tell me about yourself 4:27- 4:42 疲れてひとやすみ。
37.Train Tickets 4:58- 5:10
38.Travel Arrangements 5:11- 5:40
39.Travel on Sky Airlines 5:41- 5:51
6時朝食。
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平茸の炒め物。お客さんは皆日本に帰り、今日8人がチェックインしてくる。
朝食後周辺のセント ザビエル カレッジからマイティガールを散歩する。
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ゴミ回収の声を張り上げる自転車の若者が3人。小さなリュックサックを背負った小さな女の子を若い夫婦が手をつないで歩いていた。お父さんもリュックサックを背負っていた。これから田舎へ帰るのだろう。7時ホテルに戻る。今朝もはとが卵を温めている。日記をつけて英語の続き。7時10分 
40.What a Busy Day! 7:12- 7:30
41:Where are you from? 7:33- 7:46 
〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~加藤登紀子集 愛のくらし、百万本のバラ、時には昔の話を聞きながら 靴下を繕う。
Basic Listening Quizzes
Easy
1.Calendars and Dates 8:25-8:35
2.Small Talk Conversation Starters    8:36-8:45
3.Directions Around Town (1) 8:47-8:53
4.Small TalkMeeting People 8:54-9:07
5.Names:Meeting New People 9:08-9:15
6.Shopping and Prices 9:16-9:33
7.Telling Time 9:34-9:41
Listening Quizzes for Academic Purposes
Medium
1.Hiking Arches National Park 9:42-9:54
2.Business Meeting 9:54-10:12
3.ESL Program Meeting 10:13-11:03 11時5分サルトリさん部屋の掃除。
4.First Day of Class   11:09-11:27
5.Internet Access 11:28-

12時〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜 圭介(作曲)作品集(2)望郷じょんから、雨の慕情
などを再度聞きながら昼食をいただく。

昼食後、椅子に座ってうとうとしながら扇野正造編「私をささえた一言」昭和41年青春新書を読む。

いい文章があったので1つ、掲載させてもらう。

鶴見裕輔「望み心に満つれば、人老ゆることなし」
人生を朗らかに生きる法

1932年秋、かねてからの念願が実り、私はバーナード・ショオの家を訪問する機会を得た。
その日、ショオは大変な上機嫌で、とめどなくおもしろい話をしてくれた。
そのふと年の話しになり、四十代と五十代が経験の熟した人間の働き盛りだ、と言った私のことばに
対していったショオのことばは忘れられない。
「人間を賢くするのは経験ではないのだ。期待だ。未来に対するエキスペクテーションだ」
このすばらしいことばは、次のようなおもしろい話しで説明してくれた。
「ぼくはかって、”ミスセラーに帰れ”という戯曲を書いた。それはある六十余歳の老人が大病にかかった。
もうダメだということになった。ところが最後に来た医者が彼の脈をとって、いや、あなたは死ぬどころか、
まだ五、六十年生きれるといった。するとその大病人がびっくりして、それは大変だ、とベッドから飛び下り、
これからそんなに長く生きているのなら、オレはいろいろしなければならん。オレは字が下手だ。手習いをしなければならん。オレは外国語を知らぬ。フランス語を習わなければならん。といった。
それから、すっかり若返ってしまったという話しなんだ。
まだこれから長い間生きていられると思う四十ぐらいまでは、いつも先のことを考えている。
ところが四十を越すと、もう先がないと思って未来のことを考えず、過去のことを考え出す。
しかるにほんとうの偉い人間が仕事を成し遂げたのは、六十以降だ。
これは偉い人間はいくつになっても、つねに未来を考えているからだ。
いくつになっても、将来に期待を持っている人間は、いつでも勉強する。
人間を偉大にするものは、未来へのエキスペクテーションなのだ」と。
長寿ということの意味が、このバーナード・ショウの話をきいて、はじめてわかったように私に思われた。
ただ生きながらえているというのでは意味がない。生命の最後の瞬間まで働き続けるということが尊いのだ。
人間は年を経るとともに成長し、成熟していくということを考えて、一日一日を大切にするのだ。
われわれがいつも心の中に未来への期待をもっていれば人生をいつも朗らかで、心に中は若々しい。
私はこの日のショオの話を短いことばに綴って、人生教訓にしている。
「望み心に満つれば、人老ゆることなし」


6.Saving the Earth 14:37-14:57
7.The Four Seasons 14:57-15:29 気分転換に部屋着を手洗いして外に干す。
8.Taped Library Tour 15:32-15:58
9.Tour of Kyoto, Japan 15:59-16:13

16時半お風呂に入る。風呂上り屋上の洗濯物を取り込む。屋上で今日インドから来たという青年とおしゃべりをする。明日、マウンティン フライト明後日ポカラで24日インドのバンガロールへ帰るという。
〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和33年の流行歌 星はなんでも知っている、花笠道中 おーい中村君 ほかを再び聞きながら夕食をいただく。夕食後にっぽんの歌こころの歌〕懐かしの歌謡スター:東海林太郎集 赤城の子守唄、すみだ川、山は夕焼 ほかを聞きながらレモンを4個搾りレモンティーを作る。19時日記。
私をささえた一言を読んで19時半就寝。

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10月20日(土) 晴れ時々くもり 日の出6時7分、日の入17時29分 ネパール574日目 気温最高25℃、最低11℃ 2時の気温23℃、湿度74%
2012/10/20(Sat)

0時半目を覚ます。念のため御岳百草丸を飲んでおく。1時起床。昨日聞いた宮本 輝さんの話しに励まされて昨日の続きをする。
17.Good Old Blues      1:25-1:36
18.Hamburger Restaurant       1:38- 2:14 ベッドで休み4時20分起きる。
19.Happy Birthday!       4:20- 4:36
20.Heavenly Pies Restaurant       4:39- 5:08
21:Hotel Reservations      5:11- 5:29
22:Immigration and Customs      5:30- 5:47
6時朝食。
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昨夜の続きを食事をしながらおしゃべりをする。8時20分でさよならしてまたお会いしましょうと別れる。
同僚に電話をする。これからブータンに出かけるとこだった。今日もいいお天気になった。膝を毛布で覆う。
今日は英語学習三昧に過ごす。
23:Missing Children: Lost in a Crowd 8:41- 9:06
24.Meeting Singles 10:30-10:45
25:Nice to Meet You 10:47-11:03 ロビーで緑茶をいただく。バナナをいただく。
26:Party Time! 11:30-11:55
12時〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜 圭介(作曲)作品集(2)望郷じょんから、心凍らせて、昭和最後の秋のこと ほかを聞きながら昼食をいただく。12時41分。
27.Phone Message 12:46-13:01
28.Picnic Preparations 13:04-13:25 うとうと昼寝をする。
29.Children's Books: Reading Time 15:08-15:27
30.Rental Shop (Version B) 15:29-15:47
31.Shopping for the Day   15:48-16:01
32.Sightseeing in Town 16:03-16:18
2年の中国大使を務めた丹羽さんの記事を読む。中国で最強商社の伊藤忠という民間企業から民主党から押されて就任したが、外務省の協力なく、民主党からも梯子をはずされ、石原の尖閣国有化発言で関係悪化を止められなかった。中国国内の日本人ジャーナリストからは評判は悪くないが、日本のマスコミからは大変な批判にあっている。6時〔明日へのことば〕 私の将棋人生を支えたもの(2)将棋棋士 加藤一二三さんの話しを聞きながら夕食をいただく。 水上勉著「越後つついし親不知」を読む。昭和55年、今から32年前印刷の新潮文庫本。文字が小さくて読むのがきつい本だった。19時半就寝。
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10月19日(金) 晴れ時々くもり 日の出6時6分、日の入17時30分 ネパール573日目 気温最高25℃、最低11℃ 2時の気温23℃、湿度74%
2012/10/19(Fri)

0時半起床。1時18分ジェットが爆音をたてて飛んでいった。今日から11日間のダサインの休み。
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2時半から〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和33年の流行歌 星はなんでも知っている、おーい中村君、無法松の一生 などを聞きながらレモン5個を搾って、レモンティを作る。3時15分から続き。3時半でひと休み。4時半起きて続き。
英語の学習。
9. Daily Schedule  2:12-3:30
10. DVD Movie Rentals 4:45-5:15
11. Eye Glasses for You 5:16-5:32
6時朝食。
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ほうれん草に似たタイパーラと鶏肉の炒め物。
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いい味付けで美味しかった。朝食後庭に出ておしゃべりをして過ごす。9時に部屋に戻り支度をして市場へ買い物に出かける。途中で電話がある。道路はダサイン前の平日で混んでいた。カリマティ市場でいつものおじさんの店でジャガイモ、玉葱1Kgづつと生姜、レモン5個、キャベツ、青豆0.5Kgを買う。人垣が出来ていたので覗くとネパールティーとクッキーが振舞われていたので後ろに並ぶ。幾ら待っても前に人が入り込む。そのうち気がついた前の人が入れてくれた。クッキーをミルクティーにつけていただく。クッキー3枚食べ終わったらまた人が持ってきてくれて2枚いただく。スピーカーから歌がながれ、共産党の鎌とハンマーのマークのついた赤い旗の下で椅子に座ってダサインの雰囲気のお相伴に預からせてもらう。11時ホテルに帰る。汗で濡れた服とズボンを手洗いして屋上に干す。ジャガイモを茹でる。12時から〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る(1)小説家 宮本 輝さんの話を再度聞きながら昼食をいただく。13時屋上に出て服を絞ってひっくり返して干しておく。13時10分日記をつける。〔にっぽんの歌こころの歌〕作家でつづる流行歌:吉田 旺さん作詞の作品 東京砂漠、恋文、喝采、赤とんぼ ほかを聞きながら玉葱をむいて洗う。14時日記をつける。乾いた洗濯物を取り込む。
12.A Fun Day   14:28-14:41
13.Family Activities   14:41-15:03 15時停電になるがすぐ自家発電がくる。今日の停電は6-9時と15-19時。
洗濯物を取り込む。  15時6分
14.Family Relationships  15:10-15:28
15.First Date 15:36-15:52
16.Getting Around Tokyo 15:53-16:05
17.Good Old Blues 16:06-
16時21分お風呂の電話をもらう。気持のいいお風呂に入り、ジーワンさんの作ってくれた夕食をもらう。バナナ2本をいただいて、部屋へ。ミナさんはまだ掃除機で廊下掃除をしていた。今日はワイシャツを洗ってアイロンかけをしてくれた。16時45分日記をつける。昼に聞いた宮本 輝さんの話を再度聞きながら夕食をいただく。
夕食後〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜 圭介(作曲)作品集(2)望郷じょんから、心凍らせて、昭和最後の秋のこと ほかを聞きながら歯を磨いていたら電話がかかる。
そのあと日本に電話する。元気な声が聞ける。18時15分 
たむらでビールとヒジキと梅干とほうれん草のおひたしをいただく。
さらにウィスキーをいただき閉店の21時半まで
金沢大学、加賀八家筆頭家老本多氏、自由が丘のとんき、恵迪寮、香椎や志賀島などなつかし思い出話が尽きなかった。
ホテルのロビーに移って22時までおしゃべりをしておやすみをして就寝。
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10月18日(木) 晴れ時々くもり 日の出6時5分、日の入17時31分 ネパール572日目 気温最高25℃、最低11℃ 2時の気温23℃、湿度72%
2012/10/18(Thu)

0時半目を覚ます。昨夜宮本 輝さんの話しを聞いたままのパソコンがつけっぱなしになっていた。こんなことははじめてのことだった。幸いパソコンは故障していなかった。ネパールの冬時間を確かめるためにGoogleで調べたら、昨年11月2日のネパール日記が検索されて、それで教えられた。自分の知りたいことが、自分の作った記事で教えられたのははじめてだった。昨年は11月2日から冬時間になったと書かれていた。
同僚のご親切とパソコンとDropboxのおかげでお気に入りのラジオ深夜便の番組を聞くことが出来てありがたい。
バヌアツでは月に1度の五木寛之さんの歌の番組を聞きに朝ドミトリーまで歩いたことが思い出される。
ヨーグルトとバナナのデザートをいただく。日記をつけて3時から昨日からはじめた英語学習の2回目。
Clothing StylesとBusiness Communicationsを学習する。4時45分休む。
6時朝食。
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今朝のカトマンヅ ポストには銀行に並ぶ人の行列が出ていた。
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2~3日前から銀行が混みだしたという。ダサインで田舎へ帰って親や兄弟にあげるおお金や土産を買うためだ。銀行は500ルピーと1000ルピーは古いお札を新札に換えてくれるサービスもするという。日曜日10000ルピーを500x10と100x50に両替を頼んだら、100ルピーの50枚が新札だったが、わざわざ銀行で両替してくれていたことを知った。ネパールでも人にあげるお金を新札で準備するようだ。中にはダサインの期間インド人がネパールでの仕事を休んでインドに帰るときにネパール ルピーからインド ルピーにお金を両替してもらう人も多いという。昨日はガネッシュさんは銀行の窓口が開く10時に行ったら順番の番号札が847番で窓口にたどり着いたのが14時半だったという。今朝オフィスのバスで10時5分着いたそばの銀行の窓口にもATMにも10人ぐらいの人が並んでいた。窓口はまだ開いていなかった。この国では普段でも銀行の窓口で並ぶのが普通だ。それが大変だから銀行に行かなくてもいいだけの帰国するまでに必要な生活費は手元においてある。5月の出張の時は仕方なく銀行におろしに行ったがそれ以来行っていない。
今日は道路は普段の日より空いていた。もう休暇を取って田舎へ向かった人が出てきている。北西のカブレへ向かうアルミコハイウェイの起点コティソールには多くのバスが並んでいて客の荷物を屋根の上に積む作業がはじまっていた。
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10時20分オフィスに出ていつもの通り机を拭いて洗面所で手を洗い、うがいをして洗面の1つの周りを清掃する。10時40分日記をつける。〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る(2)小説家 宮本 輝さんの話を聞きながら昼食をいただく。11月の記事を15時までにまとめてスタッフにメールする。これで気になっていた仕事を終える。CPがバスが今日は早く出ると言って4時過ぎにあわてて出て行った。ハブ ア ナイス ダサイン。と言ってサヨナラする。職業訓練所のバスも早く出るのかわからなかったが、帰り支度をして部屋の鍵をかけて急いでバスのところへ歩く。やはりバスはいつもどおりだった。バスの運転手のラムさんに明日から休むと話をする。次回は30日に来ると伝える。11月1日の冬時間について訊ねる。朝と夕方が1時間早くなると言うことだった。昨年は教育局のオフィスのバスに乗っていた。朝はこれまで通り10時にオフィスに着く時間にバスは迎えにくるのは変わらずに、夕方だけ1時間早く出発していた。職場によって朝の時間が違っている。
ダサインモードで帰り道は空いていて5時15分にマイティガールに降りる。
ホテルへの帰り道にサルトリさんとミナさんの帰りに出会う。朝夕はもう上着が欲しいぐらいになってきた。今日のホテルの宿泊は7人。お風呂に入る。お昼に聞いた宮本 輝さんの話の続きを聞きながらラムさんの作ってくれた夕食をいただく。夕食後〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~加藤登紀子さんの歌を聞きながら就寝。
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10月17日(水) 晴れ時々くもり 日の出6時5分、日の入17時32分 ネパール572日目 気温最高25℃、最低11℃ 2時の気温23℃、湿度72%
2012/10/17(Wed)

1時半目を覚ます。起きて日記をつける。静かな夜。ネパールの暦ではカルテック月(7月)の1日になったのでJICAで作ったネパール暦のカレンダーをめくる。西暦の11月と12月分が1ページになっていてネパール暦の7月と8月分。西暦のカレンダーでは1月から12月までだが、ネパールではネパール暦のカレンダーを使うのでこのあと、1,2月分と、3,4月分の2ページが残っている。ネパール暦2069年の1月1日は西暦2012年4月13日にあたり、ネパール暦2069年の12月31日は西暦2013年4月13日にあたる。この国ではネパール暦のカレンダーを使っているから、カレンダー売りを西暦2月ごろに見かける。ネパールの新年は西暦の4月からはじまるからだ。
カレンダーにはボタンティアの職場風景を写真に載せている。今日から2ヶ月は自分の職場でCPと一緒の写真を載せてくれているのでここにその写真を載せておく。
昨年は11月2日から上着を着だしてその後に撮った写真。
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ダサインの大型連休は20日から29日だが、昨日の休みから29日まで休む人もある。教育局や職業訓練所にいるネパール人を見ていると、たいした仕事があるわけでもないようで毎日がダサインモードにみえる人がいる。昔、仕事は2割の人がやって8割の人は遊んでいると聞いたことがある。日本でもネパールでも同じことが言えそうだ。日本人は他人の目を気にするから仕事のない人でも、忙しいを口にして保身を図り毎日職場には顔を出す。ネパールでは職場に出てこなくても誰にも何も言われないようで、副業でもしている人が多いのかもしれない。今年は19日から29日までの11日間休む。3月帰国してからの日本の生活を考え準備する。長年働いてリタイアーして、ボランティアーとしてCPに寄り添ってやってきた。既に充分自立できているCPだったから教えることより学ばせてもらうことの方が多かった。しかもたいしたことをしているわけではないがCPと居るだけで喜んでもらえているようだから有難い。今は記録作りのためにマラソン選手に伴走するペースメーカーが走る時代だが、そんな役割に似ている。主役は選手でボランティアは伴走者の黒子なのだ。寄り添いの2年を2回過ごさせていただいた。シニアボランティアになるために何度も受験を繰り返す人も多いようだが、受かるとは思わないで受けて2度させてもらって幸運だった。ムスタンの近藤さんのようにボランティアではなくて自分で理想を描いて主体的にやっていく道があることも教わった。リタイアーしたときは燃え尽きた状態でもう仕事をしなくていいと嬉しかった。ボランティアはけしてストレスがないわけではないし、簡単でもないが、人生修行としては得がたい学びの場である。青年隊員は未熟な経験を熱意でカバーして活動して成長していく。シニアは足腰と頭の衰えを経験でカバーして活動し元気をもらったり再起のエネルギーをもらえたりする。シニアボランティアのなかには教えようとして燃え尽きてしまって任期途中で帰っていった人もいた。派遣を要請するのはなまはんかの人では日本人のシニアボランティアを呼べない。その国ではエリートなのだ。そういう人と一緒に仕事をさせてもらえるお膳立てをしてくれてはじまる2年間をよく理解しないといけない。目的は自分がいなくても、自立してやっていけるお手伝いをすることなのだ。日本という恵まれた国に生まれたから沢山経験して教えたいこともあるが、そんなことはこの国では通用しないことも沢山あることも知らないと笑われるだけだ。3時半になった。昨日の英語学習が面白かった。昨日の続きをする。
6時朝食。
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ほうれん草のおひたし。
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朝食後ネパールよいとこのオカルドゥンガを更新しておく。
いつものようにオフィスのバスで出かける。今日もおとといの続きをする。
今日はセカンダリー:中学校の情報をまとめたので時間がかからなかった。
1. Secondary Level Dalit Exam Appearance       10:46-11:15
2. Secondary Level Dalit Janajati Exam Appearance 10:16-11:40
来月提出に記事を推敲する。
12時45分から 〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス 加藤登紀子集 愛のくらし、百万本のバラ、時には昔の話を ほかを聞きながら昼食をいただく。
13時15分日記をつける。記事の推敲の続きをする。
16時20分お仕舞いにする。CPにありがとう。また明日と言って部屋をでる。オフィスのバスで17時半ホテルに帰る。
ホテルに着く頃に少し暗くなってきた。ダサインが終わると11月1日の木曜日から役所は冬時間になる。
夕方のお仕舞いが5時から4時に1時間早くなる。これは公務員だけ。2月半ばまででそれから夏時間に戻る。
夕方暗くなる前に帰れるための配慮のようで役人だけに適用される。
お風呂に入り昼間聞いた加藤登紀子さんの歌をもう一度聞きながら夕食をいただく。

夕食後〔明日へのことば〕 創作の源泉を語る(1)小説家 宮本 輝さんの話しをベッドで聞きながらそのまま就寝。
宮本 輝さんはお気に入りの作家。新しい作品以外は大抵読んでいる。神戸市生まれ、富山や大阪曽根崎など住んだところが作品に出てくるから身近に感じる。今は隣町の伊丹にお住まい。現在65歳、85歳まで毎年2つの長編を書き続けることにしているという。書けないときも机の前に座って書き続けるという。自分に出来ることは書くことだけだからと。はじめて話を聞いたが、とても意志の強い人であることを知った。日本に帰ったら新しい作品を読ませてもらうのを楽しみにする。19時半就寝。

この日、ネパールで鳥インフルエンザが見つかった。注意のメールがまわっていた。
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10月16日(火) 晴れ時々くもり 日の出6時4分、日の入17時33分 ネパール571日目 気温最高25℃、最低11℃ 43時の気温23℃、湿度72%
2012/10/16(Tue)

1時半休む。3時半起きて英語の学習の仕方を見る。5時45分今日も空は薄い雲に覆われ青空が透けて見える。周辺の山々はうす雲に隠れて見えない。はとのメス鳥はづっと卵をだき続けている。おすは周りで声をあげて励ましているようだ。5時52分 
6時朝食。
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里芋と鳥皮の煮物。
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朝食後、庭に出て花を撮る。
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前のアスファルト舗装された道路を見にいく。
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素敵な笑顔の兄妹
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道の先の角に舞台が作られていて神様の人形のようなものが並べられてあった。
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顔は新聞紙がかけられていた。
そこに通じる道路に大きな門が作られ、
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小旗がかけられてお祭りらしい雰囲気を出していた。
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この舞台は今年作られたもので昨年は無かった。木戸ホテルや周りの寄付で作られた。
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やぎをさばいているのを撮る。
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隣のレストラン田村の看板を撮る。
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昨日と、今朝のThe Rising Nepalには、大統領が各政党に期限をつけて今の状態を解消しろと言ったことに、首相が抗議したという記事がでていた。ネパールの大統領はシンボル的な存在でそんなことを指図する権限はないという。大統領はNC出身だからなにかとNCの言い分を代弁しているところがある。10月はじめに10月半ばまでに、各政党間で合意のパッケージを作るとプラチャンダが、カナル、ガッチャダール、ポウデル、コイララと並んで話したことは10月半ばうを過ぎたが、矢張りなにも決まっていない。この国の政治家は、いつまでにというのをよく口にするが、今決まったということは言わない。NCのリーダーの一人のシタウラは大統領が新たな政権を作るべきだと言いだした。11月半ば過ぎにはバッタライは既に首相でなくなっていると言った。この話を信じている国民はいないだろう。11月半ばまではダサインの休みとティハールの休みでなにもないまま通り過ぎていくことになることだろう。PCMを椅子に座ってうとうとしながら半分まで読む。10時写真をアップしていると停電になった。ホテルの自家発電が大きな音をたててはじまる。
竜王戦第一局を見ながら、ブログとKidofoodsを更新する。
11時5分自家発電が止まって停電になった。

洒落た帽子をかぶり赤いリボンで着飾ったネパール兵士たちと、警察の車両にエスコートされた中国人グループが「たむら」に食事にやって来た。
若いヤン ホウラン楊厚蘭中国大使らしい人も混じっていた。
楊厚蘭中国大使
ヤン ホウラン楊厚蘭中国大使はアメリカの大学に留学し、地域紛争行政を修めた専門家として知られている。アフガン紛争時代にアフガニスタン大使を務め、
在任2年半の間に中国企業がアフガンでの銅採掘権を得るなどの働きをしている。北朝鮮の核開発阻止のための6か国協議の際は、朝鮮半島問題の北京代表を務め北朝鮮を訪問している。その後昨年6月からネパール大使を務めている。ネパールに最も強い影響力を持つのはインドだが、昨年4月にジャヤント プラサド氏がインド大使に就任している。
ヤンさんとプラサドさんは同時期ともにアフガニスタンで大使を務めていた。
皆さん大きな一眼レフを持ってさかんにシャッターを押していた。どうやら北京から来た要人を「たむら」に食事に案内してきたようだった。
ネパールの兵士2人も一緒に昼食の同席していた。11時15分 

12時〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~中島みゆき集(1)アザミ嬢のララバイ、地上の星、悪女 ほかを聞きながら昼食をいただく。
12時24分またやってきた護衛の白バイ、兵士を乗せた車に先導されて中国の一行は出て行った。中国国旗を車につけていなかった。
13時45分今度は大きな観光バスに日本人10人たらずを乗せて、たむらにやってきた。腰の曲がったおばあさんもいた。
午後はいい英語学習のサイトを見つけてヒアリングを中心にして過ごす。http://www.esl-lab.com/
これなら続けられそうな良く出来たサイトに出会って嬉しくなった。ネットにいろいろいいものがあるようだ。
17時お風呂に入る。17時20分風呂上り、〔にっぽんの歌こころの歌〕郷愁の歌:夕空、夕日ソング集 夕焼けとんび、夕暮れ時はさびしそう、歌ってよ夕陽の歌を ほかを聞きながら夕食をいただく。
夕食後英語の5つ目「Christmas is Coming!」をする。
停電予定表に無い時間で停電になった。
すぐ自家発電が動き出す。
大使館の停電予定時間を見てメモに写す。今日の停電は10-12時と17-21時になっていた。
〔明日へのことば〕私の将棋人生を支えたもの(1)将棋棋士 加藤一二三さんの話を聞く。
「天才画の女」を読んで 20時就寝。

大使館からのお知らせ(12-87)10月16日
計画停電(週48時間)及びダサイン期間中(週18時間)について
ネパール電力公社は15日,計画停電表を公表しました。ご参考までに,計画停電表(英訳)を当館ホームページに掲載致します。
計画表によりますと昨日15日(月曜日)から停電時間は週48時間となりました。
また、ダサイン期間中は週18時間となります。

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10月15日(月) 晴れ時々くもり 日の出6時4分、日の入17時34分 ネパール570日目 気温最高24℃、最低11℃ 3時の気温23℃、湿度72%
2012/10/15(Mon)

2時起床。昨日の記事を少し直す。明日16日はダサインのお祭りのスタートの祝日で休みとなる。
職場でいつもバスで一緒の20歳の女性は明日ふるさとのシャンジャに帰るという。10月30日までの15日間の休みを取ると言っていた。シャンジャはポカラの隣の県。先週金曜日には街のあちこちで大きな荷物を道路に置いている家族づれをみた。ふるさとに帰るバスを待っていたのだろう。大きな荷物にはふるさとにいる親たちへのお土産がつまっているのだろう。ふるさとからの帰りには大きな荷物のなかにふるさとの野菜がいっぱい詰まれて持ち帰るのだろう。バヌアツで生徒が年末年始ふるさとの島に帰る時は飛行機で、ビラに戻るときはふるさとの野菜や果物を持って帰るので船で帰ると言っていたのを思い出す。ダサインは日本の盆と正月を一緒にしたような休み。アメリカの収穫 感謝祭Thanks Giving Dayに似ていて、丁度この時期、米がたわわに実っている。日本の60年前の食事は米中心だった。当時一人年間60Kgの米を食べていたという。60年前ぐらいからパンが学校給食にでてきた。今では米の消費量は当時の半分の30Kgになっているというが、ネパールは3食とも米を食べるのが普通だ。それもよく食べる。今の日本人の2倍から3倍は食べる。日本人も昔はよくご飯を食べた。昔はご飯のおかわりはあたり前で2回お替りをするのが珍しくなかった。今ではご飯のお替りをする人はいなくなった。
木戸ホテルの朝食はパサパサしていない日本米のご飯でとても美味しいが、お替りするする人はほとんどいない。「ご飯は少なめに」という人がけっこういる。朝食のおかずが食べきれないのでおかずの玉子焼きとサラダで昼食用のサンドイッチを作る。
ご飯と味噌汁と漬け物と野菜のおかずでご飯を少しお替りして丁度いい。
ネパール人の食べる米は、あまり出来たての熱々の米にこだわらないようだ。冷えて固まったご飯でもこだわり無く、平気で味噌汁のようなカレー汁をかけてほぐして食べるから、日本のべたつく粘り気のある米より、パサパサの米のほうがいいようだ。カレー汁をかけて指で固まった米とカレー汁をなじませてほぐして食べている。食後手を洗う事を考えるとスプーンを使った方が洗う水も少なくていいと思うのだが、指で食べたほうが自分好みの美味しいカレーご飯に仕上げることが出来て、美味しいらしい。
食べる際にも自分好みの調理をしているような雰囲気が指先に窺える。ネパール人から見ると、スプーンで食事をする人はネパール食の食事の美味しさを引き出す楽しみを知らないと映っているのかもしれない。
ネパール人は自宅だけでなく、レストランでも出されたネパール料理、ダルバート(米と豆にカレー汁をかけた食事)を指でほぐして、カレー汁になじませて食べている人が珍しくない。4時になる。
ヨーグルトをいただく。ベッドで休む。
5時過ぎおきて、昨日の記事を少し修正する。
13日土曜日のThe Rising Nepalには前日金曜日にバッタライ首相がふるさとの
ゴルカ県の出身学校であるアマール ジョティ ジャナタ高校で講演した記事があった。今(ネパール暦で2069年)から43年前のネパール暦の2026年にこの学校で学んだ首相はSLC(中等教育終了認定全国統一試験)ではじめてカトマンド以外の地域から最高点で合格したことで知られている。
SLCの試験ではネパール語、英語、数学、理科、社会などの試験がある。
ここでゴルカ県に世界銀行の援助で科学工業カレッジを作ると語っている。
またインド大使が学校建設に4365万ルピーの援助をすると言っている。またゴルカ県とチトワン県をつないでいた吊橋が繋がった起工式の記事もあった。
切れた吊橋を1年かけて再建築されたものだという。5時51分。
6時朝食。
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野菜炒めのおかずが美味しかった。
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ボキャブラリーカード。
いつもどおり9時40分のオフィスのバスで出かける。
10時20分オフィス。先週の続きのデータ作成の作業をする。
1.Basic Dalit Enrollment 10:59-12:11
2 Basic Janajati Enrollment 12:13-13:25
3.Secondary Dalit Enrollment 13:25-13:55
4 Secondary Janajati Enrollment 13:56-14:15.
5.Primary level Dalit Examination Appearance 14:26-15:30
6.Primary level Janajati Examination Appearance 15:35-16:25
16時35分See you Wednesday.と言ってサヨナラをする。明日は祭日。
オフィスのバスで17時半帰宅。
すぐお風呂に入る。
風呂あがり 明日へのことばアンコール やまとことばのこころ
国文学者 中西 進さんの話をききながら夕食をいただく。
夕食後オフィスの作業の 6.の作業の続きをしてから日記をつける。
20時7分黒岩重吾著「汚れた巣」を読んで20時半就寝。
22時半目を覚ます。JICAの情報を見る。

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10月14日(日) 晴れ時々くもり 日の出6時3分、日の入17時35分 ネパール569日目 気温最高25℃、最低11℃ 0時の気温23℃、湿度73%
2012/10/14(Sun)

昨日サルトリさんが持ってきて冷蔵庫に入れてくれたヨーグルトとバナナのデザートをいただく。
1時半から記事を推敲する。4時に休む。「分離の時間」を読む。
5時半起床。5時40分空が明るくなってきた。薄い雲を通して青空が見える。今日も良いお天気になりそう。
ネットを見ると選挙のための事務所開きをしたという記事が出ていた。本当に選挙があるとは思えない。
野田は自分が落選するとは思っていないのだろうか。消費税を通す時は次はたとえ落ちてもいいと思ったこともあっただろうが、12月選挙をしたら民主党は半分に減ることだろう。
野田も輿石も実は落ちるかもしれないと心配していることだろう。詐欺をしたのだから仕方ない。5時45分
6時朝食。
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なすの煮物。
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今朝のThe Rising Nepalには昨日のマラソンの記事がでていた。
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男子フルマラソンはクリシュナ バスネットさんが2時間29分40秒で一着。
昨日見た人だった。
女子のハーフマラソンはビンドラ シュレスタさんが1時間33分30秒で一着。
これも昨日見た人だった。
男子5000mの結果もでていてクマール マラさんが16分32秒で一着だった
朝食後昨日していた道路のアスファルト舗装の様子を見てくる。一日で100mぐらいが出来ていた。
へこんだゴムボールをけって遊んでいた女の子を撮る。
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アスファルトはまだ固まっていなくて歩くと弾力があった。
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薄いアスファルトだったから重い車両が走ったらすぐへこんで穴があきそうなそうな感じだった。8時までボキャブラリーカードを見る。写真をアップする。
9時まで「分離の時間」を読む。記事を推敲。10時まで「はこべら」を登録する。
今日の停電予定は10-12時と16-20時。10時3分停電になる。ボキャブラリーカードを見てうとうとする。12時電気がくる。
〔明日へのことば〕 富岡の生糸の歴史をひもとく富岡製糸場総合研究センター 所長 今井幹夫さんの話を聞きながら昼食をいただく。13時前の道路のアスファルト舗装道路の工事風景を見てくる。15時までに、「ネパールの初等・中等学校教育事情ご紹介」をまとめる。PDFにしてネパールよいとこにアップして
ダウンロード出来るようにしておく。「分離の時間」を18時半までに読了。
19時お風呂が空いたと電話をもらう。
風呂上り、“ふがいない自分”と生きる カトリック・シスター ノートルダム清心学園理事長 渡辺和子さんの話を聞きながら夕食をいただく。
いつもいいお話を聞ける渡辺さんの話を楽しみにしていた。
"ふがいない"という文言がタイトルがあったので少し気になったが心配したことはなかった。
20時日記をつける。メールを2つ返信して20時半松本清張著「天才画の女」を読んで就寝。


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10月13日(土) 晴れ時々くもり 日の出6時2分、日の入17時36分 ネパール568日目 気温最高25℃、最低12℃ 2時の気温24℃、湿度73%
2012/10/13(Sat)

0時目を覚ます。ネパールよいとこに「殉教者」を追加する。10日からのブログを更新。Kifofoodsも2品追加。
3時を過ぎてしまう。4時休む。5時15分起きてまとめを見る。
6時朝食
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舞茸(チャオ)の炒め物。
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ガネッシュさんにヨーグルトとパンをお願いする。朝食後出かける支度。6時50分ホテルを出る。半そででは少しうすら寒いが歩いているうちに汗ばんでくる。
今日はスタジアムが警察官がいてなにかあるらしい。
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カリマティ市場でいつものおじさんの店でジャガイモと玉葱を1Kgづつ。
レモンを14個。生姜を1かけ。キャベツ1個。帰りに魚を見る。
帰り道でマラソン選手を見る。
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男子選手が6人ぐらい。その後女子選手が3人それも随分間がひらいて走っていた。
先頭の男子選手はアベベを思い出させて痩せてしなやかで全く苦しそうに見えないで走っていた。
後の選手はいずれも苦しそうな表情をしていた。選手がきたら手を叩いた。一寸目を上げて見るが、なんだと言った表情でまた下を見て走って行った。9時ホテルに戻り、ジャガイモを茹で、玉葱の皮を剥いて洗い、衣類とズボンを手洗いして屋上に干す。12時〔にっぽんの歌こころの歌〕特集:古関裕而 スポーツ・応援歌作品集 スポーツ・ショー行進曲、大阪タイガースの歌(六甲颪)、純白の大地 などを聞きながら昼食をいただく。午後、情報をメールで送る。15時20分 
ミナさんが部屋の掃除に掃除機を持って来てくれたので家具の移動を手伝う。16時半お風呂に入る。
17時〔明日へのことば〕高齢者介護をシニア起業で 人材派遣会社・会長 新川政信さんの話を聞きながらジーワンさんが作ってくれた夕食をいただく。この会社が今後どうなっていくのか注目してみることにする。
最近よく聞いて楽しませてもらう中島みゆきさんをみる。なんと若い時代に同じ町の空気を吸っていた。1999年には文部科学省の国語審議会委員を務めた。この審議会の委員を務めた歌手は中島みゆきただ一人だけという。
小椋佳さんの詩には共感できるものが多いのだが、中島みゆきさんの詩は全体としての雰囲気はわかるような気はするのだが実はよくはわかっていない。しかし力強い曲が何度聞いてもいい。19時就寝。
23時目を覚まし日記をつける。さえさんのFacebookをみる。名言として新しい記事を掲載しているのを見たら
10月8日に載せておいた山中先生の受賞の同じ言葉がやはり載せられていた。
多くの日本人に共感を与えた言葉に違いない。
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10月12日(金) 晴れ時々くもり 日の出6時2分、日の入17時37分 ネパール567日目 気温最高26℃、最低12℃ 2時の気温24℃、湿度73%
2012/10/12(Fri)

2時起床。静かな夜。日記をつける。PCMを見ていると5時8分停電になる。今日の停電の予定は6-9時と15-19時。時々停電の予定時間と異なって電気が来たり来なかったりする。電気が来た時はおかしいなと思いながら使っている。予定外に来ない時は困る。停電するなら予定通りにしてほしい。特に予定外に停電になるとがっくりさせられる。しかしここでは辛抱。5時28分ホテルの自家発電のエンジンが鳴り出す。
6時15分朝食。
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三度豆の胡麻和え。
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今朝もハトが卵を温めている。
約18日で孵化するというようなのであと8日ぐらいか。
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今度はひながかえるかもしれない。10時20分オフィス。
40分ほど案件を見て、FlashII Physical InformationとToilet Facilityのデータを見る。作業をしながら昼食をいただく。14時半までで仕上げる。
Water Source Detailは宿題にする。Excel DataをUSBにコピーしてCPに渡す。これで今日も店仕舞い。
Thank you very much. See you Monday.と挨拶して部屋を出る。
今日ははじめてオフィスのバスで市内をまわり事務所側の道路まで16時20分につく。
スタッフからご親切をいただく。  
しばらくぶりに会った同僚とおしゃべりをして元気をもらう。
資料を見てから17時事務所をでる。
帰り道で同僚とバッタリ会ってしばらく立ち話をしてご苦労を伺う。
帰り道いつもの工事中の建物の写真を撮る。
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ホテルには17時40分帰宅。少ししてお風呂に入る。
風呂上り昨日も聞いた中島みゆきさんの歌を再び聞きながら夕食をいただく。
夕食後日記をつける。
今日遣り残したWater Source Detailをやってみる。19時半 
20時まででできた結果をZipに圧縮してCPにメールで送っておく。20時半。
自動引落とし通知のあった口座に振込みをしておく。
池波正太郎著「まぼろしの城」を読んで就寝。21時
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10月11日(木) 晴れ時々くもり 日の出6時1分、日の入17時38分 ネパール566日目 気温最高26℃、最低12℃ 0時の気温24℃、湿度76%
2012/10/12(Fri)

2時45分起床。日記をつける。遠くから犬の鳴き声が聞こえてくる。昨日聞いた中島みゆきさんの歌をもう一度聞きながらレモンを5個搾ってレモンティーをつくる。4時半から昨日の続き。Facebookでバヌアツの人たちの写真を見る。
6時朝食。
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二十日大根の炒め物。
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花瓶に入れた花をどうぞとガネッシュさんが渡してくれたのだが、部屋に持って帰るのを忘れてしまった。ボキャブラリー カード。
8時ラジオ体操1,2。 8時50分 バナナとヨーグルトのデザート。
今朝は道路を横切る時危なかった。道路を横断の途中でバスをやり過ごして歩き出そうとしたところでバイクにぶつかりそうになってヒヤリとさせられた。
バイクはいつも注意しているのだが、バスの陰で見えなかった。
横断歩道はあるが車は徐行すらしない。人は車の空くのをみて渡る。
ネパール人はかなり強気に渡って行く。車が止まってくれると確信しているのか、車にぶつかっても構わないと思っているのかわからない。
車は中々途切れないから、こわくて同じようにはマネは出来ない。先日いつもの場所に座ってバスを待つ間に反対側の歩道で木戸ホテルに泊まった2人の年配の男性が横断歩道を渡ろうとしていたが結局渡れず最後は来たタクシーに乗ってどこかえ行かれた。
いつもどおり9時40分のオフィスのバスで出かける。
10時20分オフィス。FlashIIのデータをExcelに作る作業の依頼を受ける。
1回あたり30秒から10分かかるプログラムを16回x3=48回動かして結果を作る。
11時から13時過ぎまでかかって3つのファイルを作る。
結果が出るまでの待ち時間の合間にThe Rising Nepalを読む。
それから案件を見る。詳しく内容を見てみるとなかなか簡単ではないことに気がつく。16時過ぎCPが戻ってきて結果を渡すともう出来たのと嬉しそうにしてUSBからコピーしていた。16時半、ありがとう、又明日と言ってサヨナラをする。
17時オフィスのバスで帰る。風呂の空くのを待つ。18時10分お風呂に入る。
風呂上り朝の花を貰って部屋に置く。
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夕食前に電話する。元気そうでホットした。
朝聞いた中島みゆきさんの歌を再び聞きながら夕食をいただく。
阿部牧郎著「商社崩壊」を読み始めて19時半就寝。
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10月10日(水) 晴れ時々くもり 日の出6時、日の入17時40分 ネパール565日目 気温最高26℃、最低14℃ 0時の気温26℃、湿度73%
2012/10/10(Wed)

3時半起床。朝夕、涼しくなってきた。朝食の時は半そででは少し寒いので長袖を着る。職場へは半そでのワーシャツを着ていくが帰りの時間は寒くなってきた。まわりで咳をする人も出てきた。風邪がはやる季節になった。昭和39年のこの日東京オリンピックの開会式が開かれそれを記念して昭和41年10月10日から体育の日の祭日になった。46年前のこの日に大雪山旭岳に登っている。旭川出身の友人の家に前泊して登ったが頂上では猛烈な吹雪だった。下山のときはすっかり晴れて素晴らしい日高の紅葉が眺望できた。体育の日は2000年から10月の第二月曜に変更になり、今年は10月8日だった。夜中雨が降ったようで、朝前の駐車場の石畳が半分濡れていた。
6時朝食。
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冬瓜。
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経歴をつくる。8時ラジオ体操1,2。ボキャブラリーカード。9時25分ホテルを出る。9時40分オフィスのバス。今日は珍しくすいていたので入り口のすぐ後ろに座る。10時過ぎオフィスに出て机を拭いて、洗面をして11時45分サンカルさんに3つのデータをUSBにコピーして渡す。11時 プロポーザルを見る。昼食は〔明日へのことば〕 親子三代・日印親善の懸(カ)け橋 インド料理レストラン店主 G・M・ナイルさんの話を聞きながら昼食をいただく。ナイルさんの聞き手を必要としない早口の話ぶりを聞いていると、インド人もネパール人同様に話し方が良く似ていることを感じた。午後もプロポーザルと案件を見る。17時半帰宅。18時20分お風呂に入る。風呂上りパスポートのコピーをメールする。19時昨夜に続いて映画「キクとイサム」と私の歩んだ道(2)歌手 高橋エミさんの話しを聞きながら夕食をいただく。19時停電になったがすぐ自家発電が来た。にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~中島みゆき集(1)アザミ嬢のララバイ、地上の星、悪女 ほかを聞きながら紅茶を作って冷しておく。池波正太郎著「闇は知っている」を読んで21時就寝。

2012年10月10日水曜日ラム ハリ シャルマ(Ram Hari Sharma)さんが96歳で亡くなった。The Rising Nepalには
「生きた殉教者シャルマが亡くなった:Living martyr Sharma passes away」とあった。

ネパールには民主化のために命を犠牲にした英雄に対する崇敬を表する日として「殉教者の日」が設けられている。
2012年1月29日は 「シャヒッドディワス:Sahid Diwas:殉教者の日:マーティア:殉教者:Martyr's Day」で休日だった。
2013年も1月29日(火)が「殉教者の日」の休日となる。
最初の殉教者と言われるのはラカン タパ:Lakhan Thapaで1876年にラナの寡頭政治に闘い犠牲になった。
1940年代には多くの志士たちがラナ専制政治に反対して闘った。
1941年にネパール人民の権利拡大を要求した以下の4人
スクラ・ラジ・シャストリ―:左上
Sukra Raj Shastri,
ダルマ・バクタ・マテマ:右上
Dharm Bhakta Mathema
は絞首刑
ダシラト・チャンド:左下
Dasrath Chand,
ガンガー・ライ・シュレスタ:右下
Ganga Lal Shrestha
は銃殺に処され、最初の民主化運動の殉教者となった。
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4人の像はトリブバン国王 の銅像と共にナラヤンヒティ宮殿 博物館 に置かれている。
これらの4人の民主化のための犠牲者と一緒につかまって死刑をまぬがれた人が
ラム ハリ シャルマさんでシャルマさんは当時25歳。バフンだったこともあって死刑をまぬがれ刑務所に入れられた。後にネパールで最初の政党プラジャ パリサド(Praja Parisad)党を創設し代表を務めた。
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2人の息子と5人の娘をもうけた。
ネパールは10年に及ぶ内戦で17000人が亡くなったといわれる。これらの人々も民主化のために命を犠牲にした英雄ということになるのだろう。

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10月9日(火) 晴れ時々くもり 日の出6時、日の入17時40分 ネパール564日目 気温最高26℃、最低14℃ 0時の気温26℃、湿度73%
2012/10/10(Wed)

ゴギョウ・ハハコグサ 母子草を見て、春の七草に追加する。0時50分
青色申告フリーソフト加藤かんたん会計を見る。国税庁申告サイトを見る。梨とバナナをいただく。
個人一般用「青色申告用フリーソフト」をダウンロードする。3時40分「ながい坂」を読んで休む。
5時10分停電になる。今日の停電予定は11-16時と22-24時。予定時間ではないが時々こんなことがある。5時15分自家発電のエンジンがうなりだし電気がくる。
6時朝食。
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ほうれん草のおひたし。机の並び方が元通りに変わっていた。朝食後ボキャブラリーカード37Showを見てから朝の計画の続きを見る。8時45分休憩。
「ながい坂」を読む。
「-開墾の仕事は辛くて困難だ、と主水正はなお思った。けれどもおれには初めての経験だ。
尚功館へ入学して以来、他の人たちとは違ういろいろな、新しい経験をしてきたが、いま思い返してみて、これがむだだということは一つもなかった。こんどの仕事も徒労である筈はない。一坪の笹原を切り拓くことだけでも、充分に意義のある仕事だ。主水正は眼がさめたような、新鮮な気持で、自分がしっかりと新畠に立ち向かうのを感じた。」というところから読みはじめる。10時半から案件を見る。12時昼食。電気がこないので「ながい坂」を読む。
13時45分自家発電の電気がきたので朝の続きをする。電気は14時過ぎ切れた。16時まで「ながい坂」を読む。
ソーラー温水器の設置が終わる。
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16時15分から計画の続き。16時45分ブダ タパさんからGoogle Talkが来てしばらくチャットをする。17時久しぶりに雨が降ってきたがすぐやんだ。計画作り。17時半まで。17時40分お風呂が空いたと電話をもらう。18時に風呂上り〔明日へのことば〕 映画「キクとイサム」と私の歩んだ道(1)歌手 高橋エミさんの話しを聞きながら夕食をいただく。
夕食後「ながい坂」を22時半までに読了。昭和39年6月29日から昭和41年1月8日まで「週刊新潮」に連載され昭和41年2月から3月新潮社から上下2巻として刊行された。山本作品の中で「樅の木は残った」に次いで2番目に長い。偶然出会って読んだものだったが藤沢周平さんの「蝉しぐれ」に似た読後感が残った。長い作品だったが主水正に共感できて2日で読んだ、面白い作品だった。奥野健男さんの解説もよかった。就寝。
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10月8日(月) 晴れ 日の出6時、日の入17時41分 ネパール563日目 気温最高28℃、最低14℃ 3時の気温25℃、湿度73%
2012/10/08(Mon)

0時からバヌアツ日記をText Fileにコピーする。2008年3月24日から2010年3月27日までを1つのText Fileにコピーしたら3,068KBと3MB以内にならなかった。2時20分 仕方なく圧縮して954KBに小さくする。
3時までに登録しておく。横になって本を読んで休む。5時起きて、春の七草のナズナ(ペンペングサ)を見て登録しておく。5時45分 
6時朝食。
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三度豆の炒め物。
朝食後、2011年と2012年の案件をみてプロポーザルを見る。
デジカメのバッテリーの表示が赤くなるのでバッテリーを予備のものに換えて充電しておく。
8時バスドライバーのラムさんに今日と明日はバスに乗らないと電話をしておく。
11時メールを発信する。ナミさんが床の掃除を掃除機をかけてくれるのでものを動かして掃除を手伝う。
今日も強い日差しで外は暑そう。今日は屋上の古い太陽熱パネルの片付けでホテルのスタッフと外から人が来て作業をしていた。設置していた半分を取り外し夕方までに綺麗に片付けられていた。明日は新しく来たパネルの取り付けるという。ラムさんがリーダーで皆さんで何から何までよくやっていていた。午後15時過ぎから全国の学校の教師の情報をExcelにコピーする。1つの処理に12分ぐらいかかるところもあってそれを待つ間に山本周五郎著「ながい坂」を読む。17時20分までかかって終わる。気分転換にラジオ体操1,2をする。今日は太陽熱パネルの取り外しでお風呂はお休みと連絡がある。17時半厨房のガネッシュさんに食材を渡し料理をお願いする。今日の夕景は周りの山々がくっきり見えた。ネットを見ると<ノーベル賞>医学生理学賞に山中伸弥・京大教授のニュースがあった。
「日本という国に支えていただいて、日の丸の教えがなければ、この素晴らしい受賞はなかったと心の底から思った。まさに日本という国が受賞した賞だと感じている」と語った。いつも日本人のノーベル賞受賞のニュースは人ごとながら、自分のことのように嬉しくさせてくれる。〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~昭和43年の作品から 亜麻色の髪の乙女、悲しくてやりきれない、小さなスナック ほかを聞きながら夕食をいただく。
ベットで「ながい坂」を読んで就寝。23時半目を覚ます。ジェットの爆音が聞こえてくる。日記をつける

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10月7日(日) 晴れ 日の出5時59分、日の入17時42分 ネパール562日目 気温最高28℃、最低16℃ 2時の気温26℃、湿度74%
2012/10/07(Sun)

2時起床。コンサルタントを見る。
6時朝食。
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ニラの卵とじ。
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今日も穏やかないいお天気になる。
朝から情報登録作業。10時停電になる。今日の停電は10-12時と16-20時。パソコンの表示パネルを石鹸で洗う。
「二つの祖国 下」を読了。下巻になってから読み進めるのが苦しくなってきていたが結末もそうであった。
これまでの本を図書室に返して新たしく借りてくる。外は強い陽射し。網戸を通して外でゴミを焼く臭い匂いがしてきて窓を閉める。窓際のエアコンの室外機の内側に巣を作って卵を2つ抱いていたハトが驚いたように飛び出して行った。以前ホテルのスタッフがすっかり巣を片付けたのだが、また細い木の枝などでハトが巣を作っていた。これまでで何度か卵を抱いていたが孵化するところまでいかないうちにいつも壊れていた。どうも育てるのが下手な夫婦のようだが今度は気温が暖かい時期なのでうまく育てるかもしれない。12時布施明を聞き、昨日の浜圭介(作曲)作品集を聞きながら昼食。その後16時までで登録作業を終える。丁度登録して停電になった。
江木武彦著「話しは法だ」を読み始める。4時40分お風呂の電話をもらう。5時風呂上り、Ituneのお気に入りを聞きながら夕食をいただく。夕食後電話をする。1週間間違えていた。枕もとの照明が点かないので暗くなって18時就寝
22時半目を覚ます。犬の鳴き声、ジェット機の離陸する音が聞こえてくる。ここから空港までは5~6Km。
Ituneのお気に入りを聞きながらレモンを5個搾りレモンティをつくる。

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10月6日(土) 晴れ 日の出5時58分、日の入17時44分 ネパール561日目 気温最高27℃、最低15℃ 1時の気温26℃、湿度71%
2012/10/06(Sat)

1時まででFlashII Basic Total School EnrollmentのデータのExcelへの書き出しを終える。合計31,338のレコード数だった。途中の作成中はレモンを搾ってレモンティーを作る。その後青豆を茹でる。日記をつける。2時に休む。
5時半起床。
6時朝食。
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きんぴらごぼう。
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今朝のThe Rising Nepalには何でよく飛行機や車が落ちるのかという記事があった。
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カトマンヅ空港は盆地にあって周りを山々に囲まれていて離発着が世界一難しい空港として知られている。
これまでの大きな事故としては1992年7月31日にタイ航空TG311のカトマンヅ行きが北のヌワコットの山に衝突して113名、2ヶ月後の9月28日にはパキスタン航空268便が落ちて167名の犠牲者をだしている。タイ航空機事故では日本人の犠牲者もあった。当時は無線連絡と有視界飛行でレーダーがなかった。その後日本の援助でレーダー施設が設置された。事故が起こる度に機体のせいやパイロットのせいにされるが何ゆえこうも事故が起こるのかという記事だった。

7時20分いつものようにカリマティ市場へ買い物にでかける。
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砂糖1Kg,青豆0.5Kg,ジャガイモ、玉葱1Kgづつ、レモン15個、キャベツ、生姜、人参を買う。
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梨も買ったのだがお金を払うのは覚えているのだが品物を受け取ってリュックサックに入れるのを忘れたようで失敗した。9時15分ホテルに戻ってひと休みのあと、シャワーを浴びる。
衣類とズボン、リュックサックを手洗いして屋上に干す。
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ジャガイモと人参を茹でる。玉葱は内側には黒いカビが生えているから外の皮を剥いてからブラシで水洗いしてカビを落とし綺麗にする。11時大きな綺麗なバスが日本人旅行者を乗せて田村に運んできた。
12時〔明日へのことば〕 パプア・ニューギニアで学んだこと JICAシニア・ボランティア 吉見慎太郎さんの話を聞きながら昼食をいただく。いいお話だった。バヌアツと同じメラネシア人が住んでいて同じピジン語が話されている。気性が激しい人が居ることで知られていて、治安上の理由でここには女性隊員は派遣されていなかった。
昼食後横になって昼寝する。14時半目をさまし、日記をつける。これから2つ目の宿題「Secondary Level Total Enrollment by Class」に取り掛かる。14時50分 昨日のBasic Levelに較べると7,294校と数が約5分の一だったので
早くできる。15時半終了。火曜日までの作業を昨夜と、今日でやり終えたのでホットする。15時34分
16時20分お風呂に入る。17時〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:浜圭介(作曲)作品集(1)石狩挽歌、終着駅、舟歌、そして神戸 ほかを聞きながら夕食をいただく。夕食後バナナとヨーグルトのデザートをいただく。
〔にっぽんの歌こころの歌〕昭和歌年鑑:昭和46年の流行歌 おふくろさん、傷だらけの人生、水色の恋 ほかを聞きながら写真をアップしてブログを更新する。
日記をつけて19時半就寝
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10月5日(金) 晴れ 日の出5時58分、日の入17時44分 ネパール560日目 気温最高28℃、最低145℃ 3時の気温26℃、湿度75%
2012/10/05(Fri)

2時半起床。ふとんがベッドから半分ヅリ落ちていて寒かったが幸い風邪をひかなかった。起きて日記をつけて梨をいただく。Kidofoodsの野草・薬草に春の七草とセリを追加する。
https://sites.google.com/site/kidofoods/shi-yong-ye-cao-yao-cao/chunno-qi-cao
セリを畑で栽培していることを知る。セリは川の土手や水田、畑の雑草で白い花は夏に咲く。春の七草をGoogle Sitesでは中国読みをして英字をふっていることを改めて知る。次回からローマ字の読みに直して登録する事にする。七草を登録しようと始めたが意外に時間がかかってセリ1つで今日はお仕舞いにする。4時43分
6時朝食。
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オクラのおかず。
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納豆に似ているオクラをご飯に混ぜていただく。
日本では納豆は安いがネパールでは日本から輸入しているそうで1人前200~250ルピーもしてとても高くて日本人しか食べない。オクラは切ってもその後から又出てくる育てやすい野菜だという。
庭に出て花を撮る。
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昨日4日のThe Rising Nepalの一面に特別法廷で汚職の判決の記事がでていた。被告は2008年の11月22日に亡くなっているラビンドラ ナス シャルマという昔の王政時代の王様を支持していた政党から大臣を務めた人。シャルマという姓はバフンらしい。2,270万ルピーの罰金が言い渡され財産から没収されるという。この国では死んだ後でも汚職の罰金がかかってくる。身に覚えのある人には、気になる判決だっただろう。
いつもの時間のオフィスのバスででかける。先に赤く10と書いたマイクロバスが出ていった。
お祭りの甘いお菓子がくばられてきて1ついただく。
Flash SystemをUnload してシステムの再導入を試みる。10時37分
Start->Program->Flash からUninstallを実行してCとDからFlashシステムのフォルダーを消す。
Dドライブの\Probram FilesにFlash systemを Flash Set up-> Update 6 ->Update8をInstallする。
次にUSBのdata.zipをDドライブに作ったdataフォルダーに解凍してコピーする。このサイズが6.9GB
次にDドライブのdataフォルダーの中身をD:\Probram Files¥Flash\mysql\data の中に重複する名前は全て上書きすしてコピー。最後のコピーに15分ほどかかり12時15分終わる。
午後、Flash IIの全国のBasic SchoolのEnrollmentデータをExcelに落とす作業をする。かなりの時間がかかる。まだ2日はかかる作業と見て、来週月、火はホテルで作業をさせてもらうことにする。14時半店じまいをしてありがとう、来週水曜日に又と挨拶して部屋を出る。オフィスのバスはマイティガールまではいつも通りだったが、その先が大渋滞になっていたので、市内に行こく行列に並ぼうとしていたら交通警官から市内へ入るのを止めるようにて言われた。そこでマイティガールを一回りしてタパタリ交差点経由JICAオフィスへ行く道を走ってくれた。お陰で思いがけなく早く3時40分にはオフィスに着いた。メールボックスに溜まっていた書類を取る。
オフィスを出て歩いていつも撮る建設中の建物の写真を撮る。
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歩いて16時20分ホテルに帰る。庭に大きなダンボールがあって温水パネルということだった。古
くなって使えなくなった屋上の温水パネルを交換する中国製のものという。16時45分から事務所でした仕事を続ける。17時40分お風呂が空いたと電話をもらう。18時風呂からあがって湯川れい子さんとロバートキャンベルさんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後19時電気がくる。お湯を沸かして紅茶を作る。「季節のない街」を読んで19時半就寝。
22時半目を覚ます。日記をつけて23時からFlashIIの結果をExcelに落とす作業を続ける。

大使館からのお知らせ(12-86)10月5日
UMLの活動家らによる抗議活動について
大使館に入った情報によりますと,本日午前11時からUMLの活動家らがカトマンズ盆地内各地でラトナパー
クに向けてデモ行進を行い,午後1時からニューロード先のバサンタプールで大規模集会を行うとのことで
す。
このため,カトマンズ市内で交通渋滞が予想されます。またこのデモ行進は,UMLの力を誇示するためのもの
との情報もありますので,活動家らが警察と衝突することも予想されます。そこで,この時間帯の車両等で
の外出は避け,やむを得ず外出する際は,群衆には絶対に近寄らないでもください。

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10月4日(木) 晴れ 日の出5時58分、日の入17時46分 ネパール559日目 気温最高27℃、最低15℃ 1時の気温26℃、湿度72%
2012/10/04(Thu)

0時目を覚ます。王座戦第4局千日手指し直し局をみる。紅茶を作って冷やしておく。2時休む。3時半起床。
JICAの情報を見る。
6時朝食。
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ジャガイモと玉葱、人参、三度豆の煮物。肉じゃが風で肉は入っていないが美味しかった。
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昨日のThe Rising Nepalの一面にはサンクスワサバ県の土砂崩れで24件以上の家が被害にあって最低6人の犠牲者が出たという記事が写真つきで出ていた。
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サンクワサバはエベレスト玄関口ルクラ空港のあるソルクンボ県の東隣の山岳地帯にある。この県の東隣はタプレジュン県でネパール最東でインド国境の県になる。 7時
いつものように10時にCTEVTについてオフィスには10時20分。
10:42からUSBのFlashIIのdata.zip圧縮データ1.89GBをExtraction Wizardで解凍してDesktopのフォルダーdataへ展開する。なんとサイズが6.97GBもあって、Cドライブが残り2.88GBになってしまった。Desktopのフォルダーdataから\mysql\dataへFileをコピーする。そのあとFlashを立ち上げるがデータが見れない。11時27分
12時 昨日に続いて〔明日へのことば〕日中民間交流の24年(2)国際交流研究所 所長 大森和夫 妻 弘子さんの話を聞きながら昼食をいただく。
昼食後Eclipseの開発画面から「Hello Java World!!」を表示するJava Programを作る。Javaではプログラムの名前をCLASSという。13時 午後Flashを動かしてみるがデータが見えてこない。別のデータも渡してくれたがそれでも同じ。また明日やってみることになる。16時半店仕舞いをしてオフィスのバスで帰る。帰り道バネソールでいつもの渋滞。
17時半過ぎ帰ると丁度お風呂が空いていて直ぐ入る。風呂上りお気に入りのItuneを聞きながら夕食をいただく。
夕食後電話する。元気そうな声を聞けてホットする。王座戦指しなおし局を見る。「季節のない街」を読んで19時半就寝。
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10月3日(水) 晴れ 日の出5時57分、日の入17時47分 ネパール558日目 気温最高28℃、最低16℃ 2時の気温26℃、湿度75%
2012/10/03(Wed)

23時50分目を覚ます。停電にはなっていなかった。
EclipseをJapanのサイトからDownloadを23:57からはじめる。Tranfer rate 38.1KB/Sec File Size:221MB
Estimated Time:1hr 41minではじまる
1時16分までレジュメを更新しておく。Downloadは残り時間25分と出ていた。最初の見積もり時間どおり来ていた。
昨日の大使館のお知らせのポカラ国際空港建設の抗議はどうしようもないことのように思える。ポカラ市民団体はポカラ空港を国際空港にして外国客が直接ポカラに来れるようにしたいということのようだ。ネパールではカトマンヅに次ぐ観光地である。しかしその空港整備は中国が名乗りをあげているが工事が進んでいない。ネパール政府にはもっとしっかり中国にやらせろという抗議らしい。ポカラ市民団体に背中を押されて役人も中国に工事を進めてくれるように頼みに出かけたようだ。隣国の中国はネパールで西の750MWの水力発電工事、メラムチ川からカトマンヅに水供給の工事など大きなプロジェクトを請けているがあまり工事が進んでいないものもある。政府が直接やるものでないだけに工事を進めろといってもそう簡単にいかない。中国は今のバッタライ政権はインド寄りと映るからあまりやる気にならないというのを見せている。今年ようやく予定していた温家宝首相がやっと来たのもたった3時間だけ来てやったといわんばかりだった。中国頼りのモハン バイディアが政権を取れば中国は姿勢を変えるのかもしれないがは、モハン バイディアに国民の期待がそれほど集まるとも思えない。1時43分 Downloadが終わる。少し休む。
振込みをする。山本周五郎著「季節のない街」を読んで休む。
5時起床。ネットを見ると新任の厚生労働相が発言を訂正というのが出ていた。とかく新しい大臣は注目を浴びたいからか、兼ねての持論を言いたいからか、あるいは経験と感で発言するが、マスコミに取り上げられると、誤解された、発言を訂正したいというのがよくある。今回は「生活保護者全部無料はあり得ないということも含めて検討したい」と当たり前に思える事を言ったと思うのだが、記者からただされると「全額無料廃止ではない」と修正。さらに、2日夕に再度、会見を開き、「発言の趣旨は、さまざまな意見を聞きながら医療扶助の適正化を強化していく必要がある旨を述べたものだ」と釈明した。だんだん最初に言ったことがわからなくなってしまっている。素人の大臣は官僚の用意した話をしないと務まらないらしい。素人とは行っても薬剤師で薬品の経営者だからその道の専門家ではある。就任早々率直な気持を口にしたら冷や汗をかかせられることになったらしい。
6時朝食。
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三度豆(シミ)の胡麻和え。
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朝食後神奈川県秦野市鶴巻 陣屋の王座戦第4局と升田幸三の陣屋事件のいきさつをみる。7時8分停電になる。今日の停電の予定は7-11時、19-22時。9時25分ホテルを出る。ババマハルでオフィスのバスに乗る。今日のお客さんは多くなかった。10時前到着。日よけに傘をさしてオフィスへ。
午前中Eclipseを見る。午後Eclipseの実行がやっと出来るようになる。
途中Failed to create the Java Virtual Machineのエラーがでる。
調べてeclipse.iniに2行追加して動くようになる。
CPが留守をしている時間、部屋と洗面所の清掃をしておく。
16時15分店仕舞い。王座戦は夕食休憩。オフィスのバスでホテルに7時半戻る。
風呂上り王座戦を見ながら夕食をいただく。結局19時前千日手で指しなおしになった。
最終局面の122手目で羽生が指した66銀が指し直しに導いたようだ。
あらためて将棋の面白さを教えられた一手だった。あの一手は今後語り継がれるにちがいない。
「季節のない街」を読んで19時半就寝。
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10月2日(火) 晴れ 日の出5時57分、日の入17時48分 ネパール557日目 気温最高28℃、最低16℃ 2時の気温26℃、湿度76%
2012/10/03(Wed)

1時半目を覚ます。静かな夜。〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和52年の流行歌 すきま風、気絶するほど悩ましい、愛のメモリー ほかを聞く。キャンディーズと杉良太郎の曲以外は聞いた記憶にあった。
八代亜紀が絶好調で「おんな港町」で紅白で最初のトリを務め当時27歳、現在62歳。当時の歳より、それからの年の方が長くなってしまった。その頃はよかった。明日が今日よりいい年になると信じることが出来た時代だった。
レモンを2個搾ってレモンティー1リットルを作る。4時に休む。
5時半起床。よもぎを見る。
6時朝食。
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もやし(バトマス 豆 コ トサ 種)の炒め物。
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昨日のThe Rising Nepalにネパールの鳥の学会がチトワンで3日間あるという記事があった。ネパールには871種の鳥がいるという。昨日新聞に出ていたプラチャンダが言っていた2週間以内に各政党とパッケージ ディールを作るという記事についてTVではどう報道されていたかをネパール人に聞く。NCは難色を示していたそうだ。次の政権に一番近いと思っているNCに、たがをはめられるのはかなわないと思っている。出来るだけフリーハンドで政権を担当したいのだ。現政権も何にもなしでNCに渡せばこれまでやってきたことまで御和算にされかねないのがわかっているから、これだけはやってねと、やることを明記しておかないと、政権を渡せない。今朝の新聞にはガッチャダールが2週間でパッケージ ディールをつくる事を望むと出ていた。
ガッチャダールが望むと希望的観測を言っているぐらいだから、これはまず出来ないということだろう。

今朝の一面ではメチ ハイウェイで地すべりがあって大きな被害がでたニュースがあった。事故現場らしいところで大きなブルドーザーの写真を載せていた。
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月曜の夜8時に起こったと出ていたが、それなら載せていた写真は以前に撮っていたものだろうし、その現場であれば、月曜ではなく日曜の夜に起こったのだろう。バス5台が行方不明で8名死亡、6人行方不明とあった。TVの昨夜のニュースでは時間も被害人数も違っていたという。正確なことはわからない。ある遺体は地すべり発生地点から500m下で見つかったと出ていたが、それも本当かどうか確かでない。そんな遠くですぐ見つかるわけがないようにも思える。しかしこれが起こったのは東部メチ州のメチ ハイウェイのハルカテーハンスポカリの間だという。メチハイウェイはタライのジャパとイラムを結んでいるがその先のパンチタール、タプレジュンまで繋がっているのか、調べてみよう。こんな大きな事故のニュースも大抵この日だけで、続報がない。7時

9時25分ホテルを出る。いつもの所に座って待っていると、バスに座って前を走る同僚と目があった。2人づれのスンダリケティを見る。目の前でバスを待っているようだったが何台かやり過ごすうちにオフィスのバスが先に来た。二人とも良くおしゃべりをしてさかんに髪の毛を後ろになでつけていた。いつも乗ってくる同じ教育局の女性がいつもの場所で乗ってこなかった。ずっと先の車が混んでいたところにいて乗ろうとしたようだが運転手が気づかず止まらなかった。後ろの方に座っていて大声を出せなかった。前に座っていた女性も気がついたようだったが声を出さなかった。気の毒なことをしたが仕方がない。10時15分オフィスに出て、洗面所の1つの汚れを少しとる。CPはお昼までミーティングだと言って出かけて行った。11時15分まで野草・薬草にヨモギを追加する。日記をつける。11時20分
12時からノーベル賞作家、人生と日本を語る」作家 大江健三郎さんの話を聞きながら昼食をいただく。途中ニューヨークの国連総会に出席した野田の記者会見が入る。昼食後、Eclipseを見る。14時20分 Eclipse IDE for Java EE Developers をダウンロードしてみると、30KB/Secの転送速度で2hr 4minと出たので帰ってからまたやってみることにする。BB Airwaysのホームページを見る。定期便としてはマレーシアのクアラルンプールと香港が10月11日から運行を開始するとあったが、日本のチャーター便については以前10月13日成田―カトマンドとあったがホームページには見つからなかった。24歳で日本に留学して12年で日本で数々の事業を起し今度は航空事業を始めるという。おしんや織田信長を知っている人のようだ。17時前のオフィスのバスで17時40分帰宅。すぐお風呂に入る。18時風呂からあがって大江健三郎さんの2回目の話を聞きながら夕食をいただく。バナナとヨーグルトのデザートをいただく。
Eclipseのダウンロードをはじめる。18.2KB/Secと遅い。3時間半もかかり、22時半に終わる見通し。22時から24時停電になるので、そのあとの夜中にダウンロードすることにする。18時56分
夜大勢の小さな子供をつれた韓国人達がたむらへ来る。庭で遊ぶ子供達の声が賑やかだった。
山本周五郎著「夜明けの辻」の解説を読んで19時半就寝。


大使館からのお知らせ(12-85)10月2日
ポカラ国際空港建設に関する抗議活動の実施について
大使館に入った情報によりますと,ポカラ国際空港建設を要求するポカラ市民団体が本日午後カトマンズの
シンハダルバール周辺に車両で訪れ,政府に対して抗議活動を実施する模様です。
このため,シンハダルバール周辺での交通渋滞等が予想されます。また,抗議活動が暴動等に発展するおそ
れもありますので,群衆には絶対に近づかないようにしてください
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