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3月31日(日) くもり 日の出5時48分 日の入り18時19分 最高気温16度 最低気温6度 宝塚7日目
2013/03/31(Sun)

1時目を覚ます。枕もとの明かりで「損料屋 喜八郎 始末控え」平成12年6月文藝春秋発行を読了。
老中松平定信が天明7〜寛政5年1787〜1793 に行った江戸幕府の改革で寛政の改革と呼ばれる
棄捐令(きえんれい)にあった有力札差を描いている。
封建制がゆるんできた18世紀末,老中になった松平定信は,享保の改革を手本として幕府政治をたてなおそうとした。倹約や武芸・学問を奨励し,ききん用の米の貯蔵,江戸の町費の節約を行わせ,農民の離村を制限して農村の復興をはかった。また,力の強くなった商人をおさえ,借金に苦しむ旗本・御家人をすくうため,棄捐令をだして借金を棒引きにさせたり,異学(いがく)の禁を行って学問を統制し,出版や風俗の統制も行った。しかし,ときの流れにそわない面もあり,改革事業は7年で終わった。
寛政の改革の際に出され棄捐令で幕府や武士はかなり財政が楽になったはずだが、その後再び苦しくなったのは家斉の大散財によるものだったのか? そうではない。
そもそも武士が窮乏化する原因は決して一時の無駄遣いではない。収入を年貢という物納に頼っていることが原因。これは江戸時代の構造的な欠陥。何が欠陥か、収入は米だが、支出は現金というのが欠陥。武士は農民から米を取り立てても商人からモノを購入すれば、その代金として現金を払うしかない。米で代金を払うことなどできない。ところが米の価格、米価は一定ではない。米価は需要供給曲線に従って自由市場で決められる。需要が増大すれば米の価格は上がり、需要が減少すれば米価は下がる。供給が増大すれば米価は下がり、供給が減少すれば米価は上がる。常に時々刻々と米価は変動する。豊作になれば米価は下がり、凶作になれば米価は上がる。それが経済学が教える基本原理。江戸時代260年間、新田開発の進展、農業技術の進歩、治水事業・防災事業の推進によって米の生産量は増える一方。反比例して米価は低減していく。短期的にみれば上がったり下がったりするが、長期的にみれば確実に低下していく。これを価格変動リスクを武士が負っていた。300余藩はすべて独立採算制。
毎年、予算を立てて事業計画を立てる。それは現在、政府がやっていることと同じ。ここで収入が米で支出が現金という欠陥が表面化する。米価が想定外に安くなってしまうと、収入がその分減少することと同じ。一方、支出は米価に連動しないので、商人に代金を支払えないといった事態が発生した。藩士に支払う給料がたりないといったことが起きた。すると商人に借金するしかない。
借金すれば利息を払うことになる。財政が苦しくなれば苦しくなるばかり。
こういう根本的、構造的な問題に手をつけない限りは一時的な応急処置をしたところで、また同じことの繰り返し。
寛政の改革は改革でも何でもない。一時しのぎの思いつき政策の寄せ集め。どれも根本的な問題に手をつけずに表面的な手を打っただけに過ぎない。さらに棄捐令のような無理を通すと必ず負の副作用が生じてわが身に帰ってくることになる。借金を踏み倒せば、もう誰も金を貸してくれなくなる。貸してくれても阿漕な高利貸ししか貸してくれなくなる。貸してくれても、より多くの担保を求められたりする。それが負の副作用ということ。いままで年利2%で借りられたものが年利20%になれば利息を10倍も払わねばならないといったことになる。徳川幕府は経済オンチで、まったく経済学が分からなかった。
明治政府は地租改正で農民に物納でなく金納を求めた。それは米の価格変動リスクを農民に負わせることで政府の収入を安定化させるため。こういう地租改正こそが真の改革。
これを理解すれば、棄捐令は何の改革にもなっていないことが分かるはず。との解説があった。
ちなみに江戸時代の政治改革としてはこのほかに以下の2つが有名。
享保(きょうほう)の改革。第8代将軍徳川吉宗が享保1〜延享(えんきょう)2年,1716〜1745に行った江戸幕府の政治改革。1716年,将軍となった吉宗は,ゆきづまりを見せはじめていた幕府政治をたてなおすため,江戸初期の家康の政治を理想にいろいろな改革を進めた。まず,それまでの文治政治(ぶんちせいじ)をあらためて武芸や倹約を奨励し,有能な人材を用いるために足高(たしだか)の制を,人々の意見をきくために目安箱(めやすばこ)をおき,公正な裁判を行うために「公事方御定書(くじかたおさだめがき)」などの成文法典をつくった。また,財政をたてなおすために新田を開発し,大名から1万石につき100石の米を出させる上米(あげまい)の制(せい)を行ったりした。
【天保の改革】老中水野忠邦が天保(てんぽう)12〜14年1841〜1843に行った江戸幕府の政治改革。天保のききん・大塩平八郎の乱・日本近海に出現する外国船など,社会不安の高まるなかで老中となった水野忠邦は,享保の改革・寛政の改革にならって天保の改革を実施した。倹約をすすめ,風俗をただし,都市にでた農民を村に返す(人返し)一方,都市の商業を独占する株仲間(かぶなかま)を解散し,江戸・大阪周辺の大名・旗本領を取り上げて,他に代わりの土地をあたえる(上知令(あげちれい))など,改革政治を進めた。しかし,その改革は幕府本位できびしすぎたため,2年あまりで失敗に終わった。とある。
4時から<特集・作家 五木寛之の”歌の旅びと”>   第24回~茨城県編を聞く。
6時朝食。パン2枚とキャベツ、玉葱、豚肉炒め物とチーズ、チクワを挟んでコーヒーでいただく。
朝食後は食器の汚れをとる。10時15分のバスで町へ。西友でコピーと食パン。小物と食品を買う。図書館で本を返すとインターネットで予約していた本が貸し出しできるという。便利さを実感する、11時45分のバスで帰宅。昼食は煮込みうどんを作っていただく。台所で午前中の続きと食品ケースの整理をして何があるかを確かめる。16時から餃子の準備をする。生地200gの小麦粉。白菜とキャベツ400g茹でて細切。ねぎとにらを細かく切りひき肉150gと酒、醤油、塩、砂糖を混ぜて具を作る。準備できたところで日記をつける。18時13分
 19時半餃子を焼く。フライパンのテフロンが取れて焼け焦げがこびりついてしまう。
クッキングシートを敷いて焼くと付かないことを知る。いい方法を知った。
みんな美味しいと喜んで食べてくれる。夜宝塚市から国民健康保険証が書留でとどく。
風呂に入って 山本周五郎著「人情武士道 曽我平九郎」を読んで22時就寝。
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3月30日(土) くもり 日の出5時50分 日の入り18時18分 最高気温15度 最低気温4度 宝塚5日目
2013/03/31(Sun)

帰国して1週間目。夜中1時に目を覚ます。枕もとの明かりで「損料屋 喜八郎 始末控え」を読む。
2時半起床。夏みかんを切っていただく。日記をつけて片づけをする。
朝までラジオ深夜便を聞きながら片付けをしてゴミを作っていく。
6時朝食。パンとキャベツと玉葱、鶏肉炒め物。野菜スープ。9時15分のバスで出かける。
川西池田から9時半過ぎの電車で大阪駅で乗換え環状線で鶴橋まで。途中の桜ノ宮では満開の桜だった。近鉄電車に乗り換えて途中の石切で普通電車に乗り換えて富雄まで。
駅で待っていてくれた車で新居へ。眠っているところだったので音をたてないように静かにする。
12時前に目を覚ます。じっと大きな目をこらして見つめられる。
3時過ぎまで楽しい時間を過ごさせていただく。
3時半一緒に生駒まで送っていただく。4時45分川西池田。買い物をして5時のバスで帰宅。
協立病院から健康診断の見積もりFAX。
郵便局から配達の不在通知。明日の19時以降の配達を依頼しておく。
豚汁と納豆、卵の夕食をいただく。夕食後日記をつける。
お風呂に入って「損料屋 喜八郎 始末控え」を読んで20時就寝

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3月29日(金) くもり 日の出5時51分 日の入り18時17分 最高気温16度 最低気温6度 宝塚4日目
2013/03/29(Fri)

夜中目を覚まし、枕もとの明かりで「損料屋 喜八郎 始末控え」を読む。
ホーホケキョの声が聞こえてくる。昨日は暖かくなったが今朝は又少し冷えた。6時前起床。
パン2枚、キャベツと玉葱と鶏肉の炒め物とチーズを挟んで、野菜スープでいただく。
コーヒーを飲んでエビオス10錠。今日は荷物を片付けて早く落ち着いて作業ができる環境にしたい。
10時15分のバスで町へ出かける。西友で靴を買う。カードをAMERICAN EXPRESSに変える。
11時45分のバスで帰宅。昼食煮込みそばを作って一緒にいただく。昼食後日記をつける。13時36分
午後1階和室で片付け。洋服タンスの古い背広を数着処分する。スーツケースで持ってきた衣類をタンスに入れる。スーツケースの中身を空にして屋根裏部屋にしまう。26日頼んだものが16時届く。
夕方風が強くなり、気温が下がる。 17時40分揃って車ででかける。西友でA3コピー。
スシローで寿司を26皿。茶碗蒸し、海老フライ、苺クリーム。
帰宅後、5月の台湾旅行を予約しておく。
お風呂に入って「損料屋 喜八郎 始末控え」を読んで22時就寝。
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3月28日(木) 時々小雨 暖かくなる 日の出5時52分 日の入り18時16分 最高気温18度 最低気温9度 宝塚3日目
2013/03/29(Fri)

夜中目を覚ます。ラジオでNHKに関する国会審議を聞く。暖かくなる。
6時起床。玄関に出て新聞を取る。小雨。少し暖かい。鶏肉とキャベツを切って炒める。
食パン2枚とチーズにキャベツを載せてコーヒーでいただく。甘夏とヨーグルトのデザート。
食後エビオス10錠を飲む。朝食後玄関で昨日こけで緑色になっていた玄関のタイルを清掃する。
8時20分燃えるゴミを出す。すぐにゴミ回収車が来る。ゴミネットを畳んでおく。
玄関扉、フェンス、床のタイルが綺麗になって少し明るくなる。
9時日記をつける。9時半メールを発信。10時15分のバスで町へ出かける。桜の花が咲き出した。
買い物と図書館でインターネットで予約する仕方を教わってくる。11時45分のバスで帰宅。
昼食はうどんを作っていただく。
昼食後図書館にサインオンしてパスワードを変更して本を2冊予約してみる。
庭の花壇の土をスコップで返す。その後裏山に出かけて落ち葉を2袋取ってきて花壇の上に敷いておく。
庭の夏みかんを7つ取る。夕食は鍋料理。19時15分夕食をいただく。
19時45分仕事から帰ってきて鍋を美味しい美味しいと言って食べてくれる。
「損料屋 喜八郎 始末控え」を読んで20時休む。
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3月27日(水)  うすぐもり 宝塚2日目
2013/03/27(Wed)

7時起床。朝食パンとキャベツとシーチキンのサラダとスープ。甘夏とヨーグルトのデザート。
朝日記をつける。10時15分のバスで銀行と買い物と図書館。山本一力著を3冊借りてくる。
11時45分のバスで帰宅。昼食は煮込みそばを作っていただく。午後日記をつける。13時45分のバスで町へ出かける。銀行に出かけて確認印。役所の出張所に出かけて転入届けと国民健康保険手続きをする。いただいた感謝状を入れる額と掃除のタワシとステンレスタワシを買う。15時45分のバスで帰宅。
小雨の中玄関に階段の清掃をする。
夕食はカツオたたき。 大根を千ぎりにして刺身のつまを作る。
山本一力著「損料屋 喜八郎 始末控え」を読んで20時休む。
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3月26日(火)  うすぐもり 宝塚1日目
2013/03/27(Wed)

マクドナルドで朝食。大勢の若者が2階で食事をしながら化粧をしているのに驚いた。
7時半車で迎えられて帰宅。暖かい朝食を食べなおす。10時15分のバスで街に出かけ買い物。同僚がいいと話してくれたアサヒビールのエビオス2000錠入りを早速買う。11時45分のバスで帰る。昼食は煮込みそばを作っていただく。午後駐車場、玄関口の落ち葉を掃除する。部屋の中の掃除かたづけ。
夕食煮込みうどんを作っていただく。 夕食後就寝。大阪は冬のように寒くて桜の開花はまだだった。
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3月25日(月)  うすぐもり 東京3日目
2013/03/27(Wed)

7時20分和食の朝食。ホテルをチェックアウトして新宿から中央線で市ヶ谷へ。
8時同僚と靖国神社へ向かう。途中おしゃべりしたご婦人は80歳で既に朝1時間仕事をしてきて、これから次の仕事を2時間しにいくという。このビルですという。トイレの清掃などをしているという。一人暮らしで2時に起きて朝に仕事を終えると午後は昼寝するという。お元気で仕事をしているのを見て日本には見習いたい人が大勢いることを改めて知る。
靖国神社を参拝し大村益次郎の銅像を見る。
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つぎに千鳥が淵の桜を見に行く。
少し小雨がおちてきた。桜の満開を見てお堀を見るベンチで休む。
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9時半前にJICA市ヶ谷へ向かう。
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10時受付。10時20分から午前中は事務処理の説明と、先輩のシニアからの社会貢献についての話を聞く。昼食はカフェテリアでちくわ そばをいただく。午後2時から東日本震災にともなう復興事業への参加の案内があった。民間企業パソナによる就労事業の紹介もあった。午後4時ごろから感謝状授与式の予行演習がある。
衆議院議員、参議院議員、外務省の高官などの来賓を迎え外務大臣の変わりに副大臣が来て外務大臣名の感謝状が一人一人に手渡された。17時15分ボイドされた公用旅券と預けていた一般旅券が返却されて最終プログラムが終了する。JRで新宿に戻り歌舞伎町交番そばの磯善には18時に着く。
座布団が5つだったので座椅子と座布団を1つ増やしてもらう。なつかしい方々と再会する。
中には40年ぶりぐらいの方もいたがみんな昔とちっとも変わっていなかった。
21時45分あわただしくサヨナラをして小雨の中22時半帰宅の途につく。
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3月24日(日)  うすぐもり 東京2日目 
2013/03/27(Wed)

9時ホテルを出る。10時さぎの宮、たいしん集会出席。
先生は内村記念講演会で今井館でご奉仕で不在。奥様にご挨拶をする。
10時半から礼拝。12時15分集会終ってご挨拶をして、新宿経由新橋へ。
昼食は江戸前にぎり寿司をいただく。
新橋から歩いて浜離宮へ。
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65歳以上は半額ということで150円で入園する。ここも桜が満開だった。
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東京湾のそばの庭園。江戸時代の将軍の鷹狩もした場所でそんなしかけの場所もあった。
外国人も来ていた。夕食は新橋でかき揚そばの大盛りをいただく。
18時すぎホテルに戻ってお風呂に入って就寝。

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3月23日(土)  晴れ バンコク->成田 東京1日目
2013/03/27(Wed)

タイ航空THA640便は日本時間0時47分Take Off。直ぐにハムとレタスが挟んだ小さなクロワッサンが一つ配られる。
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美味しかったのでもう一つもらって食べる。コーラを飲む。4時半機内の明かりが点いて朝食が配られる。
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矢張りフィッシュを頼んだらマグロのステーキのようなものがでた。アップルジュースをいただく。時速970Km追い風59Km高度11887mで飛行。
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バンコクー成田2887マイル4645Kmを5時間25分。6時12分成田にLanding.
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出国手続きを終えてヤマトの宅配便でスーツケースにパソコンなど重い荷物を詰め替えて28Kgの荷物にしておくる。32Kgまで1790円だった。7時55分の京急電車で押上に8時50分着。
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スカイツリーの発券カウンターには70分待ちの看板が。外人も見かけた。結局60分並んでようやく350mまでの券を買う。2000円。350mまでは約1分であがる。
東京ドーム、東京タワーなどが見える。
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隅田公園、隅田川の遊覧船、六本木、新宿などを眺めて12時下に下りる。昼食は近くのラーメン大に。
隅田公園は満開の桜。川沿いの土手に腰掛けて遊覧船を見て過ごす。
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浅草寺の仲見世の人ごみを歩く。
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浅草からメトロに乗って新宿御苑に行く。15時新宿御苑は満開の桜。
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芝生に身体を伸ばし昼寝をする2013_3_23_12.jpg
16時30分閉館のアナウンスに押されて園をでる。
歩いて5分でホテルにチェックイン。お風呂に入って17時10分ホテルを出る。
新宿駅から電話をするが話中。仕方なく17時32分の電車で与野本町に向かう。
駅から電話をする。しばらく待って3年ぶりに再会。
夕食をいただき、記念写真をとって21時半サヨナラをする。
22時過ぎ新宿に帰る。
22時15分ホテルに戻り就寝。
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3月22日(金)  晴れ 日の出6時6分、日の入18時15分 ネパール728日目 気温最高25℃、最低11℃ 0時の室温23℃、湿度75% 
2013/03/22(Fri)

0時目を覚ます。今日の停電は4-9時と14-19時。
今日は11時に空港に集合する。13時50分発タイ航空320便でバンコク18時25分着。
バンコク22時35分発タイ航空640便で成田23日6時15分着の予定。
3年前は3月22日7時ポートビラを離陸してシドニー経由で3月23日6時10分成田着だった。
今回はなによりも2年間任期満了できたことが良かった。ネパールが好きになってなんどもこの地に来るお年寄りの日本人がいる。日本の昔を思い出される光景がここにはある。この国の人たちは政治には期待していないようだが、国の将来に期待している若者は多いようだ。国は税金を取るだけで何もしてくれない。政治家は自分たちのことしか考えていないと言う人が居る一方、政治のことはわからないと言って自分の意見を口にしようとしない人もある。また政治がこの先どうなるかはわからないという人が多い。
ネパールの政治は変則的な最高裁判所長官が選挙実施内閣を任され政党人を排除した大臣を任命して6月の選挙実施に向けて動き出した。あと3ヶ月の選挙実施の作業スケジュールが出来ていると思うがロードマップはまだ公表されていないようだ。市内から空港へ延びる道路拡張工事が始まって工期の半分が経ってようやく工事の看板が出来て15ヶ月の工事で今年の5月までの工事であることがわかったようなこともあった。誰も選挙が実施されるかどうかわからないし感心がないように見える。新聞で各党の主張などはまだ出てきていない。新憲法草案ではもめにもめて結局まとまらなかった連邦制をどんなものにするのかは重要な争点だと思うのだが各党はこの点は明確な主張ができないだろう。昨年5月27日まで各党のリーダー達もどうしたらいいかわからないで議論を重ねていて結局流したように見えた。1時46分
英語を聞く。2時45分休む。スーツケースに衣類をしまう。英語を見る。3時45分まででお仕舞いにする。
ベッドで休む。4時停電になる。非常灯と懐中電灯で「食味歳時記」を読む。獅子文六さんは1969年に76歳で亡くなっているが「食味歳時記」のなかで老いを感じたのは65歳になってからと書いている。
最初にフランス人その後2度合計3度結婚しているが前の奥さんは2人とも病死している。
元気だったこの方も膵臓、胆嚢を患って脂肪食はやめて、カツオのたたきや鮎の塩焼き、そばを愛した。
これから日本に帰ると春鰹の季節。いろいろ楽しみが多い。
5時50分外が明るくなってきた。今日もうす雲に覆われていて周辺の山々は見えない。
6時朝食。
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オクラ。
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ご飯にオクラをかけて納豆のようにしていただく。
今朝のThe Rising Nepalによると近いうちに選挙する日を発表するという。着々と新政権は仕事をしているようだ。朝スーツケースを20Kgにする。リュックサックを7Kgにする。今朝はもう陽射しが届いている。よいお天気になりそうだ。7時50分
9時40分同僚の車に便乗させていただいてホテルのスタッフに見送られる。10時ドミでこれから車を使うシニアと一緒に空港へ向かう。11時空港でコーディネーターからバンコクまでと成田までのEチケットをもらい、JICAとネパール財務省発行のIDカードを返却する。出発カウンターでは荷物の重量20Kgの検査は無かった。超過料金を準備していた人たちは拍子抜けした感じでいた。出国の受付には長い行列が出来ていたが、Officialパスポートの受付はJOCV一人だった。その次にすぐ受付を終って次は手荷物検査。
そこで同僚と4人で空港のレストランに行く。清潔で明るいレストランで値段も外国料金だった。
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朝作ってきたサンドイッチとバナナとみかんを4等分していただく。
12時に出発待合室で「食味歳時記」を読んで過ごす。
United Nation MarkのJet機が駐機していた。
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タイ航空TG320便13時50分予定は15時に延びて15時6分動き出す。15時14分Take Off。機内飲み物はウィスキーオン ロックをいただく。
16時10分食事の時間。チキンかフィッシュと聞かれたのでフィッシュを頼む。
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サンマの蒲焼のような甘煮の魚で美味しかった。途中は大きな翼の上だったので空しか見えなかった。バンコク上空は大きなこげ茶色の積乱雲のようなのが上がっていてその上の空は青かった。17時20分下降をはじめ、18:00Landing。カトマンヅーバンコクは1383マイル、2226Km 約3時間のFlightだった。
バンコクでは腕時計を日本の電波時計に換える。日本はバンコクより2時間進んでいる。
バンコク出発予定は現地時間22時45分 夕食に出かけた人もいたが空腹ではなかったので本を読んですごす。
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3月21日(木)  うすぐもり午後雨 日の出6時7分、日の入18時15分 ネパール727日目 気温最高20℃、最低9℃ 0時の室温22℃、湿度75% 
2013/03/21(Thu)

0時目を覚ます。今日は5-10時、15-20時が停電予定。これから5時まで。
東京と大阪の週間天気予報を見る。24日は一時雨で前日から10度も気温が下がる。傘とレインコートをリュックサックに入れることにする。24日以外はカトマンヅより少し寒い気温。荷物を減らすためにも着こんで出かけることにする。ヨーグルトをいただく。英語を聞く。
LINUX標準教科書を見る。グーグル クロームにReadiumを組み込んでEPUBファイルを読めるようにする。4時半休憩。下着の引き出しの中を整理する。新しいもので何度も使わなかったものもある。
ちょっと着るのは無理そうなのでお湯を沸かして手洗いしておく。
1回目は荷物を少なくしたが、2回目はあれもこれもと持ってきた。ホテル住まいを選んだので
使わなかったものが多かった。暑いバヌアツでは下着を5組揃えたがカトマンヅでは3組あれば十分だった。健康診断一時帰国の際使わないものを少しは持ち帰ったものだがもっと沢山持ち帰れば良かった。パソコンは念のため機内手荷物で持ち込み成田でスーツケースに入れて宅配便で送ることにする。
6時朝食。
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ほうれん草と豚肉の炒め物。
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朝食後手洗いした下着をにアイロンをかけておく。
今日は久しぶりの雨が降る天気予報。カトマンヅの空は薄い雲に覆われている。9時薄い雲間を通して
陽射しが届いてきた。東京は既に桜が満開というメールをもらう。
25日は少し早く出かけて千鳥ケ淵の桜見物をして靖国神社を回って10時に市ヶ谷にたどり着くようにする。9時自家発電がパソコンだけのにかわる。10時前パタンまで買い物に出かける。帰り道スーパーでチョコレートを買う。12時前帰宅。しばらくして雷が鳴り雨が降り出す。昼食後13時雨止む。
午後スーツケースに衣類を入れて重さを量ってみる。18Kgぐらいになる。何とか20Kgに収まりそうだ。
リュックサッツは4Kgぐらいでパソコンを入れて7Kgに収まりそうだ。あと1つ紙袋にセーターなど着替えを入れて持っていくことにする。18時お風呂に入る。18時半夕食をいただく。
獅子文六著「食味歳時記」を読んで20時就寝。
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3月20日(水)  晴れ 日の出6時8分、日の入18時14分 ネパール726日目 気温最高23℃、最低10℃ 5時の室温22℃、湿度72% 
2013/03/20(Wed)

4時半起床。日記をつける。昨日は若い人気作家伊坂幸太郎さんの本をはじめて読む。
今のSEの仕事の様子を少し知ることができて面白かった。従来なかった媒体をベースに出てきている。ジャンルは芥川賞というより直木賞だが直木賞選考委員ではこの作家のものが理解できるだろうかと思ったがしかし2008年に平成19年/2007年作品)『ゴールデンスランバー』で山本周五郎賞を受賞している。東野 圭吾さんの作品を始めて読んだとき感じた若い感性に出会った気がした。5時15分
英語を聞く。
6時朝食。
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さつまいもの煮物。
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今朝のThe Rising Nepalには新政権の初閣議の写真がある。
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新大臣は現役公務員やOBで各政党からの推薦は認められなかった。これに対してNCのデウバは文句を言っている。選挙反対とボイコットを表明しているマオイスト バイディア派は地方のアジ演説で今回のCJ主導内閣に同意したプラチャンダ、コイララ、カナルの主要政党のリーダーの両手足をちょん切ると脅しをかけている。昨年2月最高裁で収賄罪で収監されていた元大臣、マデシのJP グプタが13ヶ月ぶりに刑務所をだされたという記事があった。国民にはダーティな政治家として有名人。
朝食後ネパールよいとこに新政権発足・初閣議に記事。ブログを更新。英語を見る。
これから書類を片付ける。10時12分。12時昼食。13時電気が来る。
ネット代とプリント代の支払いをしておく。念のため封筒1つ50ルピーを添えて預けておく。
荷物の宛名ラベルを作り貼り付ける。3時前ミナさんがシーツ交換とゴミ掃除をしてくれる。
これからスーツケースに入れるものを選択する。
17時お風呂に入る。17時半夕食。
ベッドで「モダンタイムス 下」を読んで就寝。19時半
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3月19日(火)  晴れ 日の出6時9分、日の入18時14分 ネパール725日目 気温最高25℃、最低9℃ 0時の室温22℃、湿度72% 
2013/03/19(Tue)

夜中眼を覚まし枕もとの明かりで「当社別状なし」を読む。5時半起床。
負債総額約五百億円で会社更生法を申請したのは昭和四十(1965)年。
「戦後最大の倒産」として産業界のみならず、国会や日銀までも揺るがした「山陽特殊鋼倒産は山崎豊子著
「華麗なる一族」1980年新潮社発行のほか、城山三郎と清水一行という二人の作家が取り上げている。」
山陽特殊製鋼は1974年には会社更生に成功し、1985年には東証1部に再上場を果たしている。
清水一行作品は1975年に祥伝社から「雛の葬列」(後に 「殺人念書―雛の葬列」に改題)として刊行。
「雛の葬列」は推理小説で「山陽特殊製鋼倒産事件」をかなり正確に描写し、当時の粉飾決算にかかわった人間が次々に殺されていたことが明らかになっていくという経済ミステリーとのこと。
主人公の岡村一太郎は、剛腹な野心家社長として南海特殊鋼に君臨する。
そのモデルは山特鋼倒産時の社長、荻野一(故人)
特殊鋼の主な材料は銑鉄とスクラップ。「鉄は国家なり」の時代、増産しようにもスクラップは価格が不安定。
一方の銑鉄は高炉のある富士製鉄(現新日鉄)広畑製鉄所に頼らざるを得ない。
城山三郎作品は1977年に文藝春秋社から『当社別状なし』として刊行。高度成長期の鉄鋼業の状況が理解できる。 中丸富五郎(荻野一)は有能な人材を引抜いて急成長するが戦後成金となった中富重工(山陽特殊鋼)の
ワンマン経営者。
社は急成長後、巨額な設備投資で経営難に陥り倒産する。当社別状なしの強腰。倒産劇の内幕を描く企業小説。
6時朝食。
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ほうれん草とカツオ節の炒め物。
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今朝のThe Rising Nepalにはレグミ新首相が大臣を指名した記事がでていた。これまで沢山の大臣ポストがあったものを新大臣には2つの大臣ポストを兼務させていた。サンカル コイララには財務大臣と通商産業大臣。マダブ パンデルには教育大臣と広報・情報大臣。ウマカント ジャーにはエネルギーと灌漑とテクノロジー大臣、ビヂャブ マリクには開発兼保健大臣。ラム クマール シュレスタは平和と再構築と青年スポーツ大臣。
リッダ ババ プラダンには婦人・子供・社会福祉大臣などこれまで複数の人が務めていた大臣を1人が担当する。
8人の大臣の任命式があった。いずれも公務員OBなどで政党色はない。
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Native英語のボキャブラリーカードを作る。
Native英語のボキャブラリーカードを作る。
机の引き出し、タンスの小物の整理をする。昼食後伊坂幸太郎著「モダンタイムス 上」を読み始める。
16時お風呂に入る。17時夕食後「モダンタイムス 上」を読んで就寝。
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3月18日(月)  晴れ 日の出6時10分、日の入18時13分 ネパール724日目 気温最高24℃、最低8℃ 0時の室温22℃、湿度70% 
2013/03/18(Mon)

夜中眼を覚ます。寝汗をかいていたので下着を着替える。
枕もとの明かりで「左遷!」を読んで休む。
5時起床。メールを発信。日記をつける。英語を聞く。
6時朝食。
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キューリの炒め物。
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今朝のThe Rising Nepalにはレグミと選挙委員会と話しあいをして6月中旬に選挙をするように指示が出されたとあった。バッタライやその他の政党のリーダーは一切紙面にでていなかった。今日から荷物の整理。来たときより荷物を減らす。
かさばる羽毛のダウンジャケット、プリンター、置時計、双眼鏡、PC予備バッテリー、本、書類は部屋に置いて帰る。使えるものはホテルの皆さんで使ってもらいそうでないものは捨ててもらう。
スーツケースに20Kgと機内手荷物はリュックサック1個7Kgにする。
持って帰る普段着と汗をかいた下着を手洗いして屋上に干す。アイロンをかけて部屋に干す。
写真をアップしてブログを更新する。
部屋で片付けと「左遷!」を読了。15時電気がきて日記をつける。
16時半お風呂に入る。17時風呂上り夕食をいただく。
城山三郎著「当社別状なし」を読んで22時就寝。

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3月17日(日)  うすぐもり 日の出6時11分、日の入18時13分 ネパール723日目 気温最高23℃、最低8℃ 0時の室温23℃、湿度65% 
2013/03/17(Sun)

夜中目を覚ます。「闇からのこだま 北朝鮮の内幕 上 」を読む。4時起床。メールを発信して
「ネパールよいとこ」の「ネパールの日々」で新首相就任の記事を載せておく。
英語を聞く。
6時朝食。
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野菜炒め。
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昨日は土曜の休みで新聞には特にニュースはなかった。
1月26日発行の週刊現代を見る。なかにし礼さんのインタビュー記事 書いたのは私です。
「生きる力 心でがんに克つ」を見る。2012年2月に食道がんが発見されて余命半年と診断され名だたる名医から手術を勧められた筆者が切らずに余命を延ばす「抗がん剤」による延命治療を始めたが「こんな退廃的な姿は自分らしくない」と奥さんと治療法を探して歩き「陽子線治療」にたどりつき自力でその選択肢を掴まれた。柏市にある国立がん研究センター東病院にご自分で電話をして医師にコンタクトを取り通院しながら30回の陽子線治療を受け、その後の検査でがんはきれいに消えていたという。これを本にしたものが「生きる力 心でがんに克つ」で講談社から1000円で出版された。
「抗がん剤による延命治療を受けていた時に、頭の中にトーマス・マンの「魔の山」の一節が浮かんだんです。「起きろ、起きろ。眼をあけろ。その雪の中の脚はおまえの脚なんだぞ」という一節はまるで、病院のベッドの上で、医師や看護師の手で機械的に抗がん剤を注入されて寝ているままでいいのか、と叱咤してくれているようでした。考えてみれば私は、これまでの人生、さまざまな困難に出会っても、必死で逃げ回ったり正面から立ち向かったりと徹底的に自己中心的に振舞ってきたんです。だったら医者の言うがままおとなしくしてじっと死を迎え入れるなんて、私らしくない。徹底的にジタバタしてやろうと思うきっかけになりました。それからの闘病期間は、これまでと全く違う読書体験をしました。特に自我意識や合理的思考に溢れた西洋の古典文学はエネルギーの塊です。がんを抱えて改めて読み返してみると、いかに作者が命を削って産み出した作品かがわかる。西洋の古典から生きるパワーをもらいました。」と語られている。がんと診断されたらこの治療法のできる医療機関で見てもらうのは外科手術や放射線、抗がん剤治療に入る前には必須と認識した。9時半。今日の停電は10-16時と20:30-24時。ブログを更新する。
10時停電になる。ホテルを出てタメルへ買い物に歩く。12時ホテルに戻り昼食をいただく。13時ホテルの自家発電が動き出して日記をつける。13時10分
午後は窓際の椅子にかけて脚を伸ばして「「闇からのこだま 北朝鮮の内幕 上 下」を読む。
申監督夫妻が北朝鮮に拉致されて8年、1986年3月13日ウィーンで北朝鮮要員に監視されながらアメリカ大使館に亡命を果した際にたまたま出張でヨーロッパに来ていた共同通信社論説委員榎彰氏が大きな役割を果していたことを知る。まるで「映画をみるよう」だった。
ニの手、三の手を用意していてもわずかな隙をとらえての強引に決断をした結果の駆け込み成功だった。
12日から13日にかけては2人にとって人生で一番長い時間であったようだ。
18時お風呂に入る。18時半夕食をいただく。江波戸哲夫著「左遷!」を読んで就寝。

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3月16日(土)  晴れ 日の出6時13分、日の入18時12分 ネパール722日目 気温最高26℃、最低12℃ 0時の室温23℃、湿度68% 
2013/03/16(Sat)

夜中目を覚ます。「思い違い物語」を読了。3時停電になる。今日の停電は3-8時と13-18時。
5時12分自家発電が点く。日記をつける。
6時朝食。
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パクチョイの甘煮と昨日のオクラ。
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今朝のThe Rising Nepalには国連、日本、中国などは新政権発足を歓迎する記事が出ていた。
ただプラチャンダ議長率いるマオイストから飛び出たマオイスト バイディア派が新政権に反対していて、選挙をボイコットする。候補者も出さないと言っている。
1996年から2006年にかけて、11年間にわたりネパール政府軍とネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の間で繰り広げられた内戦の実戦部隊のリーダーがバイディア派に多く中国とのパイプを太くしている。マオイスト側は人民戦争(People's War)と呼んでいるこの戦争をバイディア派は再度仕掛けると宣言しているので波乱要因と懸念されている。
朝食後いつものように支度し最後のカリマティ市場へ出かける。
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いつものリンゴを3個60ルピー。ジャガイモ1Kg30ルピー。玉葱0.5Kg20ルピー。トマト3個15ルピー。砂糖0.5Kg36ルピー。レモン16個80ルピー。キャベツ1個5ルピー。ヨーグルト1Kg120ルピー。
合計366ルピーの買い物。ヨーグルトは帰り道の店でガネッシュさんに頼む。最近110ルピーに値上げしたそうで先日頼んだ分と合わせてお金を渡す。
市場の帰り道カマラさんのアパートを訪ねて7月に誕生予定の赤ちゃんのお祝いを届ける。
男の子が欲しいと言っていた。この国では男の子が大切にされる。
お茶をごちそうになり、レモンを6個あげてレモンティにしてもらう。
9時半ホテルに戻ってジャガイモと人参を茹で玉葱の皮を剥き、夕食の下ごしらえをする。
汗をかいた下着を手洗いして屋上に干す。昼食をいただいて窓際の椅子にかけて身体を伸ばし
山本周五郎著「あんちゃん」を読み直す。ミナさんがごみとシーツ交換をしてくれる。
そのあとベッドで横になって休む。16時40分お風呂に入る。17時ネパールから日本に最初に留学した生徒の記事を紹介した本を売っている店を先日あった先生が教えてくれる。Mandala Book Storeという本屋に売っているという。本の名前は知らないという。17時過ぎ部屋で夕食をいただく。レモンを4個搾ってレモンティを作るが1リットル足らない。また1リットル沸かして紅茶をつくる。18時15分
「闇からのこだま 北朝鮮の内幕 上 」を読んで就寝。
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3月15日(金)  晴れ 日の出6時14分、日の入18時12分 ネパール721日目 気温最高27℃、最低11℃ 0時の室温23℃、湿度75% 報告会JOCV 試験開始 2日目
2013/03/15(Fri)

夜中目を覚ます。ベッドで本を読み、休む。
5時半起床。英語を聞く。
6時朝食。
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白菜の煮物。
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今朝のThe Rising Nepalには最高裁判所長官を選挙実施内閣の首相とする任命式が出ていた。
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選挙実施首相にはKhil Raj Regmi前最高裁判所長官
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外務大臣兼内務大臣にはMadhav Prasad Ghimire前内閣事務局長(公務員)
法務大臣件労働大臣件運輸大臣にはHari Prasad Neupaneが決まった。
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その他の大臣は政党から選ばれるか、政党関係者以外から選ばれるかまだ決まっていない。
これに対して最も過激な武装勢力を有していると見られているバイディア派が抗議活動を昨日から起こしている。午前中はSLCの試験があるので、昨日は午後から交通妨害の抗議活動をした。
午前中英語を聞く。写真をアップしてメールを発信。ブログを更新する。
昼食後山本周五郎著「ひとでなし」などを読んで過ごす。17時過ぎお風呂ができたというので入る。
風呂上り事務所から借りていたハンディスピーカー、防犯チェーン、防犯ベルをリュックサックに入れて出かける。事務所で返却して名刺をコピーして事務所を出る。懇親会の会場まで韓国のNGOの若い女性と英語とネパール語でおしゃべりをする。会場は中庭にテーブルと椅子が並べられていて大勢が集まった。パキスタンに来週赴任する所長が挨拶して3日前に来られた新所長が元気に乾杯の音頭をとられた。
前菜に配られたカレーポテトは久しぶりにとても辛い味だった。食事は米と鶏ときのこのカレーで辛味が少なめで美味しかった。小さな太鼓とバイオリンに似た弦楽器と金で楽器演奏をしてくれた。
1月に来た同僚が「俺は何のために呼ばれたのだろう」と言っていた。
この人にはCPがいる。何をするにもビスターライ:ゆっくりで、CPとああしよう、こうしようと話したことがなにも実行しない。誰もが経験することが繰り返される。もう一人でやろうかなと考えているという。
1月に来たばかりで3月半ば。同じ事を経験してよくその気持ちはわかるが黙って聞いていた。
一緒に帰国する同僚も聞いているだけだった。みんな同じ経験をしてその中から学習していく。
大抵要請されて呼ばれてきたのだから何か話があるとそれを待つのだがそれが無いことがあるようだ。
その状態から自分の2年間の活動の形作りを考えはじめる。
風呂上りに薄着をして出た。日の落ちた屋外では寒くなってきた。風邪をひいては困るので中座する。
ホテルに戻ってお風呂が空いていたので熱いお湯で身体が温まる。
山本周五郎著「思い違い物語」を読んで就寝。

大使館からのお知らせ(13-30)3月15日
抗議集会の実施について
大使館に入った情報によりますと,最高裁判所長官が新たな選挙管理内閣の首班に就任しましたが,
これに反対するグループは,本日3月15日(金)午後4時から
○ カトマンズ:ラトナ・パーク
○ ラリトプル:ラガンケル
○ バクタプル:スリビャナク(バクタプル道路が狭くなる付近)
で抗議集会を行うとのことです。
この時間帯,カトマンズ盆地内では交通渋滞が予想されますので,ご注意ください。
また,抗議グループと警官隊との衝突のおそれもありますので,群衆には絶対に近寄らないでください。

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3月14日(木)  晴れ 日の出6時15分、日の入18時11分 ネパール720日目 気温最高27℃、最低14℃ 0時の室温23℃、湿度75% SLC試験開始 1日目
2013/03/14(Thu)

2時目を覚ます。台本にそって2度話してみる。台本に補足をつけるとたちまち時間が伸びてしまう。
補足情報はカットして台本通り発表して22分かかった。
プレゼンテーションでは話したいことが沢山あるときはどうしても時間が超過しがちだ。
だから最初から早口ではじめられることがあるが矢張り聞きにくくなる。
急いでいるようではなく話を進めていくことが大切であり、聴衆の目を見て聞いているかを確認しながら進めることも大切である。話しの前に聴衆の座っているところを確かめて、台本で話しの出てくる人の事の時はその人の目を見て話すことにしよう。8人に関係する話をする時はその人の目を見て話すことにする。4時 ヨーグルトをいただき。ベッドで山本周五郎著「菊千代抄」を読んで休む。
5時半起きて英語を聞く。日記をつける。
6時朝食。
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オクラ。
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今朝のThe Rising NepalにはCJのレグミに選挙実施内閣を発足させ選挙を6月21日までに
実施することで主要4党で合意が出来たと出ていた。
11人の選挙委員会を発足させて選挙実施を進める。議員定数は前の600人から491人にするという。
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主要4政党以外ではCJのレグミに選挙実施内閣の発足に反対している政党があるから
この先何がおこるかわからない。しかしネパール暦で2069年最後の11月30日に一応の合意をみた。
また今日2069年12月1日からSLC試験が始まり、430,097人の生徒が受験する。
中等学校卒業認定試験で結果は2013年6月発表される。例年35%以上の得点で約50%が合格する。
ミスネパールのシリスティ シュレスタさんがサプタリの火災の被害者救援ボランティアの写真があった。
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昨日の学生の交通妨害の影響で道路を写していた。
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朝食後「ネパールよいとこ」の「ネパールの日々」に記事をアップ。日記を更新する。7時50分
9時半同僚の車に便乗させてもらってドミに寄ってからオフィスへ出かける。
10時半からSVの発表。10名の発表を聞く。午前中2番手で話をする。
11時40分から12時50分まで昼食休憩。16時45分まで予定通り終了する。
午後は5時までCJ主導内閣に反対するバイディア派の交通妨害がある。
オフィスからの帰り途中から同僚に便乗させてもらい17時帰宅。
日記をつける。今日の報告会は帰国する人以外の聴衆が少なかった。
SVのプレゼンを始めて聞いた。パワーポイントの技に熟練したものや美しいものを見て感心した。
18時半お風呂に入る。19時夕食。
山本周五郎著「あんちゃん」などを読んで21時就寝。
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3月13日(水)  晴れ 日の出6時16分、日の入18時10分 ネパール719日目 気温最高25℃、最低12℃ 0時の室温23℃、湿度74% 学生による公共交通機関と政府用車両の通行妨害
2013/03/13(Wed)

3時過ぎ目をさます。
昨夜の大使公邸での話し。
・なんてここは明るいんでしょう。夜はロウソクの明かりで暮らしていました。
・なんて美味しい食事でしょう。2年間で最高の食事でした。
・日本食はお腹に優しい。ネパール食ばかり食べていて空腹になると最近お腹が痛くなってきた。
・ボランティアはエキスパートだ。
・アメリカのピースコは中国のこの国への影響力の拡大を考え西部から中西部に人の派遣をしている。
・現在はリクエストに応じてアレンジして派遣しているがもっと主体的に日本の戦略的派遣が必要。
・薬草、きのこ、ジェトロファなど将来有望な資源がある。
・長い歴史の文化が意識を形成している。これを埋めるのは2年間で出来るものではない。
・日本の研修に行きたいので派遣要請をしてパイプを作っておきたいというのが本音の所がある。
・バレーボールはどこでも人気のあるスポーツ。この国のコーチは口ばかりで球出ししては教えない。
・沢山の農協の立ち上げが出来て組合員も次第に拡大し、活動も活発化してきている。
・音楽・図工・体育の授業は1人の教師が担当していて体育の授業が決まってあるわけではない。
・ボランティアという言葉に「ソヤム セーワック:自主的に世話をする人」とこの国では見られ世話をする人はカーストの低い人と見られるこの国では、そういう目でボランティアに接する人もあった。
4時半ヨーグルトをいただく。
ボランティアポータルで報告書をダウンロードする。
6時朝食。
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野菜炒め。6-13時と18-21時停電。
10時前まで自家発電がくる。その間Linuxを見る。10時からNativeボキャブラリーカードを見る。
12時昼食。13時半プリンターのカートリッジを新しいものに取り替えて印刷してみる。
写真をアップしてブログを更新する。14時半強力ヘッドクリーンをしても矢張り印刷がかすれる。
ホテルのプリンターで印刷をする。16時お風呂に入る。17時夕食。
明日のプレゼンを練習する。与えられた時間20分オーバーしてしまうためにナレーションを見て話すことにする。アドリブが入ってしまうと時間がどんどん長くなってしまう。19時19分
メールを見て返信する。御岳百草丸の大瓶1つを同僚に試してもらうようにお渡しする。
山本周五郎著「いさましい話し」を読んで21時就寝。
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3月12日(火)  晴れ 日の出6時17分、日の入18時10分 ネパール718日目 気温最高26℃、最低10℃ 0時の室温23℃、湿度73% ギャルポ ロサール シェルパ族の新年で祝日
2013/03/12(Tue)

0時半目を覚ます。
昨日はポカラから南西に車で2時間のところのパルバットのクスマで村落開発に取り組む青年隊員の話を聞かせてもらった。
日本に帰ってもどんな環境でも生きていく自信が培われたという言葉を聞けて嬉しかった。
高さ117mで長さが334mのネパール一の長い吊橋があるが渡るのも勇気がいるらしい。
一人山道に迷って危険を感じた経験もしたという。
カトマンヅからバスで3時間のダーディンで教師をしている青年隊員の話しを聞かせてもらった。
教師がやる気のある学校はいい学校。大抵年寄りの教師達は学校をダメにしている。
学級崩壊は日本では生徒に原因が多いがここでは授業をサボる教師が原因だという。
昨日はもうすこしで任期満了になる同僚とおしゃべりした。
任期短縮で帰国した同僚は職場の汚職から身の不安を感じるまでになって帰国に及んだという。
多分言わずもがなの事を口にしたことが原因で自分で自分を追い込んだように思える。
汚職はどの国でもあることで、日本がクリーンな国であるわけでない。
接待は商売ではあたりまでで、接待のあるところ汚職はある。許認可を持つ公務員に業者が接待をしようとするのは当たり前で、公務員が業者を接待することはまず考えられない。患者が医者に贈り物をするのは当たり前で医者が患者に接待をすることはありえない。自分の商売で成果を上げたければ商品価格をさげるかと同様に広告宣伝や接待費に金をかけるのは当たり前の日本である。
公務員の給料は少ない。副業をしている人もいる。アンダーテーブルの機会もあるらしい。どれも日本では禁止されていることだがこの国では当たり前。それに目くじらをたてるのはナイーブすぎる。
ネパール最低賃金改正は2011年5月に月額4,600ルピーから6,200ルピーに日雇い労働者向け日当を日額190ルピーから231ルピーに引き上げられたが実は未だにこの最低賃金以下の労働者は多い。銀行に勤めるシバ君26歳は6000ルピーだし、教育局の警備のお兄さん35歳は5000ルピーという。
教師も最初は5600ルピー。これでは家の田畑の仕事で職場に出てこない人がいてもおかしくない。
この国の公務員や教員が仕事をしないように見える。仕事に出てこないというのも立派な汚職だと思うがだれも注意をしない。こんな風土にいて、ネパール人が注意をしない、見てみぬふりをしているところに来て、日本人の管理職経験者は我慢ならず言わずもがなの教育的指導を口にして自爆しているケースがある。忠告や教育的指導は日本人同士でも人間関係をご破算にしてしまうリスクがあるほど難しい。
ましてや違う文化、長い歴史でやってきた国に来て忠告や教育的指導は言わずもがなの事である。
自分のことより人のことが気になる人がいる。人のすることより自分のことを心配しなさいと言いたい。
2年間学習して自分の成長を考えることが一番大切という考えにたてば人の汚職(サボり)を質すことなど
2年間でできるものではなく所詮蟷螂の斧でしかない。
自分の力量もわきまえず、この国の歴史的文化に立ち向かうことよりこの国の素晴らしいところを学ぶことの方が大切だと思うがそうは考えない人もいる。
この国で人に注意をしないのは多民族国家が原因の一つらしい。
またそれぞれの人にはマオイスト、UML,NCなど政党と繋がっていることもあるらしい。
民族、政党からのリアクションを考えると人に注意するなど迂闊にはできないと認識しているようだ。
表面上は調子を合わせているが、仕事ではけして協業しない。むしろ後ろでは足の引っ張っりあいだ。
ボランティの条件の一つは辛抱できることだ。
辛抱だけではなく小さなことでも楽しみや日々喜びを見つけてやっていることも大切だ。
5時半英語を聞く。
6時朝食。
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ナスの煮物。
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以前にもお会いした宮崎からの方が来られていた。昨年11月で80歳になられたという。いろいろお話を伺う。今回は18日まで奥さんもご一緒。ネパールの学生に挿し木を教えたという話を聞いてジェトロファの苗木つくりをネパール人に教えることをしてもらったらいいと思う。
藤沢周平著『漆の実のみのる国』(うるしのみのみのるくに)は、藤沢周平の絶筆となった小説。1997年に文藝春秋から刊行された。江戸時代中期の米沢藩主・上杉鷹山の生涯を描いているがここ中で産業振興にこうぞ、三つまたの植樹を家臣の家の周りに植えさせたとあった。ジェトロファを接木で苗木を作る事を広めることが第一歩と思うがこの方にやってもらったら良さそうだ。そう思って担当しているシニアに聞いたら今回植樹のセレモニーを予定しているというのでご存知だったので良かった。
庭で先輩から農業について教えていただく。ビン プラサド シュレスタさんが先輩を訪ねてくる。宮崎大学で学びカトマンヅ大学で教えているという。最初の日本へのネパール人留学生についての情報を本にしているという。10時までお話を伺う。10時半ピクニックの支度をして同僚とキルティプールへ向かう。
バス乗り場のさきの左側に駐車場が見つかる。
12時過ぎ大きなヒンズー寺院で昼食をいただく。
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そのあと上を目指し途中でKirtipur Newa Cultural Museumを覗く。
てっぺんの寺院まで歩きカトマンヅ市内を一望する。
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そこいた老人に年を尋ねたら68歳という人がいた。自分は何歳に見えるかと尋ねたら35歳という答えが返ってきた。若く見られるたのは帽子を被っているので白髪が見えないからだろうと思ったが悪い気がしなかった。キルティプールからの帰り道に道に迷ってしまいすっかり遠回りをした。
2時帰宅。お湯を沸かして紅茶をつくり冷ましておく。日記をつける。15時40分
16時オフィスへ向かう。16時半報告コンテンツをUSBで渡す。17時15分オフィスから大使館公邸へ。
18時半から簡単な報告。19時半から夕食。巻き寿司、うなぎ寿司、てんぷら、コロッケ、焼き鳥、おでんなどの美味しい日本食をご馳走になる。
最後に高橋邦夫大使と記念撮影をしてお開き。
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ご招待いただいた大使に有難う御座いましたと言ってサヨナラする。
ホテルまでオフィスの車が送ってくれる。日記をつけて就寝。21時40分 22時眠りかけた時電話。
お風呂に入る。風呂上り22時半就寝。

大使館からのお知らせ(13-28)3月12日
学生団体による抗議活動の実施について
大使館に入った情報によりますと,反政府系学生団体は,公共交通機関料金値上げに反対して
3月13日(水)午前6時から午前10時までの間,各大学前において公共交通機関と政府用車両の通行を妨害するとのことです。
この時間帯,大学周辺では交通渋滞が予想されますので,通行にはご注意ください。また,抗議グループと警官隊との衝突のおそれもありますので,群衆には絶対に近寄らないでください。

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3月11日(月)  晴れ 日の出6時18分、日の入18時9分 ネパール717日目 気温最高23℃、最低11℃ 0時の室温23℃、湿度73% 東北震災から2年目
2013/03/11(Mon)

夜中0時に目を覚ます。昨日の祭日はネパールでは冬とサヨナラをして春を迎えて喜ぶという意味のあるお祭りでもある。今日からネパールは春となる。昨日は陽射しの強い昼間外を歩いたので顔は少し赤く日焼けした。
子供たちは道を歩く人や車を通せんぼして小銭をちょうだいと声をかける。
知らない外国人は何のことかわからず不愉快になる人もいると思うが、子供たちにとっては大人から小遣いをもらえる公式の日という楽しみの一日のようだ。昨日と同じようなのが、11月のティハールの祭りの日にもあった。気持ちだけでも5ルピーの小銭でも渡すと通してくれる。昨日は2箇所とも朝出かけるときは、鼻水を流している女の子達だったのが、帰りは同じところで、小さな男の子達がやっていたのが面白かった。 どうも女の子のほうがしっかりしているという感じがした。
昨日はテンプーの中で若い女性から「日本人ですか」と声をかけられ、少しネパール語でおしゃべりした。
「ネパールは好きですか?」と聞かれたので「好きです。特に村が好きです」とか「トレッキングはしましたか?」には「ウメールコ カランレ トレッキング チャイナ 年だからしません」とかおしゃべりした。
「年はいくつに見えますか」とか聞いたら長い間考えてお隣の若い女性と相談して「55歳」と答えてくれた。「ありがとう」と握手して実は65歳と話したら驚いていた。
この国の平均寿命はそれくらいだからそんな年の人が混んだテンプーやバスではあまり乗っていない。
少しでもおしゃべりが出来ると会話の思い出ができる。
昨日は1月に着いた青年隊員に会った。爽やかな印象を与えられた2人だった。青年のしなやかさを感じられてこれからあと22ヶ月きっと大きな成長を実感できる生活を送ることが出来るだろうと思った。
国際見本市で展示してあったスバルインプレッサ XV 2012年モデルは日本では価格帯:219~246万円だが970万ルピーの価格で展示されていた。今日は1ルピー=1.104円だから1071万円になる。
日本の4倍で売られている日本車を持つのはこの国では金持ちの象徴のようなものだ。
その隣には韓国で生産されたアメリカのシボレーが700万ルピーで売られていた。
肝心の最初の目的のネパールの一村一品展示は探したが見つからなかった。1時。
報告を見る。3時休む。5時起床。英語を聞く。
6時朝食。
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ほうれん草と油揚げの煮物。パパイヤのデザート。今日は財務省、教育省への表敬訪問。
日本では外国との折衝は外務省の役割だがこの国では財務省が諸外国との折衝にあたっている。
諸外国の援助に大きく依存しているこの国の事情がそうさせているのだろう。
だからこの国発行のボランティアIDカードは財務省が発行している。今日は9時半にホテルを出る。
10時15分オフィスを出発して最初は財務省に表敬訪問。ここの広い会議室でネパール人の男2人女性1人挨拶して皆自己紹介。1時間足らずで終ってお茶をいただき、同じ敷地内の教育省で男2人派遣隊員、コーディネーターで挨拶と話し。12時半終了。マイティガールでおろしてもらいホテルに帰り昼食。13時半ホテルを出てナビル銀行へ14時。49000ルピー下ろして残りを日本の口座にTransferする。15時手続きを終ってF.H.Cへ。25000ルピー支払ってからオフィスへ。健康管理へ書類を提出し、コーディネータのインタビューを受ける。16時15分オフィスを出たところで同僚と会ってしばらく立ち話をする。16時半ナビル銀行へ向かう。明日12日は祭日で13日日本に届くという。17時15分ホテルに帰る。すぐお風呂に入る。
17時35分風呂上り〔にっぽんの歌こころの歌〕 作家でつづる流行歌:星野哲郎(作詞)作品集(2)みだれ髪、不如帰(ホトトギス)、風雪ながれ旅などを聞きながら、夕食をいただく。
夕食後電話をする。寒くなったという。新しい週70時間の停電表をつくる。
日記をつけて19時就寝。

大使館からのお知らせ(13-27)3月11日
計画停電(週70時間)について
ネパール電力公社は計画停電表を公表しました。
御参考までに計画停電表を英訳したものを当館ホームページに掲載致します。
右計画表によりますと11日(月曜日)から,停電時間は週84時間から週70時間(1日平均10時間)
となりました。

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3月10日(日)  晴れ夕方一時雨 日の出6時19分、日の入18時9分 ネパール716日目 気温最高22℃、最低10℃ 1時の室温24℃、湿度75%  ヒンズー教 シバ神を供養する日で祭日
2013/03/10(Sun)

2時目を覚ます。昨日は久しぶりで新井 高先生の歯の話をきく。ネットでは大人の歯は32本とあるが先生の話では上下28本と言っていた。調べてみると一番奥の歯を親知らずとよんでいてその上下4本は20歳くらいから生えるという。これを含めると32本になり、これを含めないと28本となる。
「親知らず」(親不知・おやしらず)とは、前から数えて8番目の歯。(第三大臼歯、知歯とも言う)
親知らずは20歳前後で生えてくる歯のため、平均寿命が40歳前後だった昔の人たちは、自分の子供の親知らずが生えてくる前に亡くなってしまってこの歯を見ることが出来ない、というのが親知らずの名前の由来だと言われている。親知らずの生え方によっては歯磨きをきちんとすることが不可能な場合があり、そのような場合には将来的に虫歯や歯周病になってしまう可能性が非常に高く、最悪の場合は手前の健康な歯(7番)を巻き添えにしてしまうため、早めに抜歯しておくことが推奨される。
また、親知らずが虫歯になってしまった場合、一番奥の歯なので治療器具が届きにくく、その後のメンテナンスも難しいので、治療をしたとしても高確率で再発する。
そのため、親知らずが虫歯になったら治療をせずに抜歯をするというケースが多くある。
ということで先生は親しらずは数に入れていなかったようで無くてもいい歯のようだった。
念のため鏡でみたら上下28本しか見えなかった。哺乳類は歯が抜けると1度生え変わるが、ねずみやイルカなどは生え変わることはない。爬虫類や魚、鮫などは歯が抜けても何度も生え変わるという。
猿で調べたら野生の猿には虫歯はなく、動物園の猿、飼われている猿には虫歯が見つかると言う。
歯は獲物をとるために欠かせないものでライオンなど野生動物は歯が抜けたら生きられないという。
野生動物は虫歯がないという。
「8020(ハチマルニイマル)運動」というのを1989年(平成元年)より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動。20本以上の歯があれば、食生活にほぼ満足することができると言われている。そのため、「生涯、自分の歯で食べる楽しみ」をということ。歯は虫歯に加えて歯周病が原因で歯を失うことになるという。これの予防は歯を磨くこと、糸で歯の間のカスを取ることに尽きるようだ。
毎日3度食後に歯を磨いている人でもその8割の人は歯についたカスを取りきれていないという。
それが原因で歯牙表面に黄白色を帯び粘着性の物体が付着し歯垢(しこう デンタルプラーク、また単にプラーク)と呼ばれている。俗に歯屎(歯糞、はくそ)、歯滓(はかす)とも呼ばれるもので歯垢はその組成の8割が水分、残り2割が有機質であるといわれている。有機質の大半は細菌(口腔常在菌)とその代謝物であり、口腔内の清掃状態によって細菌が変化し、歯周病や齲蝕など様々な疾患の原因となる他、口臭等を誘発する事が知られている。
歯垢(しこう)が、唾液の中のミネラルと結合して、硬くなって出来るのが歯石。
歯についた歯垢は、たった2日間で歯石になる。
歯と歯ぐきの境い目や歯と歯の間にできた、それこそ石のように硬い歯石は、歯磨きでは取れない。
爪で歯を引っかくと白くてネバネバしたものがついてくる。これが歯垢(しこう、プラーク)。
歯垢は食べかすや歯の垢(あか)ではなく、細菌の塊。
1mgの歯垢にはおよそ300種類、数億~10億個!もの細菌が棲みついている。
唾液の成分から薄い透明な膜がつくられ歯の表面をおおう。
この、膜は病的なものではなく唾液の持つ性質で、食事によって低下するpHの変化から歯を守ろうとする役割がある。ここに各種の細菌が付着し、さらに糖分に含まれる材料を使って歯垢となる。歯垢中の細菌は、食物中の糖分を栄養源にして増殖を続ける。さらに、ネバネバした物質をつくり出し歯の表面に強力に付着する。歯垢の段階では歯みがきで取り除くことができるが歯石に変化すると歯みがきでは取り除けなくなり、歯周病の原因となっていく。歯垢の付着を防ぐには、糖分摂取後の、口腔内のケアーと食べ残しや、飲みのこしを口の中に残さないこと。飲食後の歯磨きの手入れが必要。
100歳以上で28本を持つ人も数百人はいるらしい。80歳で20本は既に30%以上達成しているという。
今ある28本を大切にしていくことにする。
人の唾液は1日1リットルから1.5リットル出ているそうだが年をとると減ってくるという。
口が渇くというのは唾液の分泌が減ることが原因らしい。唾液は歯を保護している意味もあるという。
食事を味わいながらゆっくり時間をかけて食べるのは唾液の分泌を多くする意味でも良いことらしい。
もちろんよく歯で噛んで食べるのが良いとは良く聞くことだが、唾液の分泌が促されて消化も良くなるという効果に繋がる。
カトマンヅでは朝食を6時から30分、時にはおしゃべりをしながらネパールティーを飲んで1時間ぐらいかけることもあった。ゆっくりした朝の贅沢な時間だった。この時間に昼食も作ってラップしておいた。
この昼食を見た人は皆さんきまって「おいしそうですね」と声をかけてくれたものだった。
朝食の味噌汁は最初しょっぱかった。そこで塩気を控えるようラムさんに何度も注文して今の味付けになっている。日本人の旅行者の皆さんからこの味噌汁は美味しいという声を聞くと嬉しくなる。
卵料理は昼食の材料にいい玉子焼きを作ってもらったが最初は醤油と塩の入った玉子焼きだった。
これも醤油と塩は入れず、砂糖を少し入れる玉子焼きを注文して今の見た目と味付けになっている。
時には日本からの旅行者や仕事できている人とたまには外人とおしゃべりする機会も楽しいものだった。
4時半 レモンを4個搾ってレモンティを作り冷蔵庫に冷やしておく。
5時半ラジオ体操第一と第二をする。 いつもの英語を聞く。 
6時朝食。

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キューリとワカメの酢の物。
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今朝のThe Rising Nepalには同期のシニアの活動記事が出ていた。
タライ平原中心に自生するジェトロファの実を抽出して燃料を作るプロジェクトをしていた。
既に零細ではあるが抽出業者もあるようだ。九州、沖縄でもジェトロファは栽培可能らしい。
とても油分を多く含んだ木という。昔上杉 鷹山(うえすぎ ようざん)が産業振興でこうぞ、みつまたを領内に植えさせ産業振興を図ったことを思い出す。
この国はガソリンやデーゼルや灯油(ケルシン)などはインドの石油公社から輸入しているが不足勝ち。ガソリンスタンドの営業日はいつも長蛇の列。自産出来て広く流通すればそれがなによりだ。
いろいろなところに将来期待できる材料がある。
ヒマラヤの麓には将来薬になる植物がたくさんあるという話も聞いたことがある。
今日はネパール全土から一村一品運動のフェスティバルがカトマンヅで開催されるのを覗いてみる。
またネパール最大のヒンズー教のパスパテナート寺院のお祭りの祝日でインドからも参拝者が来ると言う。午後はパスパテナート寺院にお別れにでかけたい。
7時15分夕食の食材をアレンジする。7時半から英語を聞く。
8時15分最後の歯の治療へF.H.Cへでかける。
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途中ホテルを出たところと橋のところで女のこたちにとうせんぼされて5ルピーづつで通してもらう。
8時50分着いてしばらくして9時前から治療開始。左の上下の磨り減ってしみる歯と右下で磨り減ってしみる歯をレジンで補強してもらう。お陰で沁みなくなる。これで治療か終了。これまでの治療をまとめておく。
3月3日(日) 初回 初診検査 コンサルテーション     500ルピー
3月4日(月) 2回目 歯石除去 歯をブラッシング     2,500ルピー
3月6日(水) 3回目 1本虫歯レジン治療+歯を3本レジン補強8,000ルピー
3月7日(木) 4回目 歯を4本レジン補強治療        8,000ルピー
3月10日(日)5回目 歯を3本レジン補強治療        6,000ルピー 合計25,000ルピー
シャッキャ先生の技術料も含んでこの治療代だ。
9時半に終って帰り道も同じところで今度は男の子にとうせんぼされる。
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5ルピーづつで通してもらう。ホテルに戻って両替をしてもらい小銭を準備しておく。
部屋のエアコンの埃だらけの金網を水洗いする。バッテリーで日記をつける。
今日の停電は10-17時と20-1時。11時半同僚とホテルを出てコンベンション会場へ。どうやら国際見本市のようでネパールだけでなくタイやパキスタン、インドなどからも物産の出展があった。
日本車スバルは970万ルピーしていた。日本の4倍ぐらいの値段だ。
12時過ぎに昼食は隣の公園で。青年隊員カップルと出会い昼食のテーブルを共にする。
13時過ぎさよならをしてマイティガールまで歩く。空港行きのバスに乗る。空港方面に曲がったところで、バスは侵入禁止。そこからパシュパテナートまで大勢の人達と歩く。パシュパテナートは大変な人人人。
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対岸に座ってしばらく荼毘を見る。そのあと対岸に移動して近くのベンチに腰掛けて荼毘を見る。
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15時40分お仕舞いにしてメイン道路まで歩く。
その時間流石に帰る人が多く普段車が走る道路が歩行者天国のような状態になっていた。
それでもなおパシュパティナートに向かう多くの人の列は続いていた。
メイン道路で客が一杯になるのを待っていたテンプーに乗る。走り出したら大粒の雨が降ってきた。
テンプーの中で日本語をしゃべる女性とおしゃべりをする。運良くマイティガールで降りた時は小降りになっていた。ヨーグルトを食べて日記をつける。写真をアップしてブログを更新する。
17時50分お風呂に入る。18時10分夕食とバナナをいただいて部屋に戻る。
〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(2)教育研究者 大田 堯さんの話を聞きながら夕食をいただいく。電話をする。大変寒くなったという。19時15分
江波戸哲夫著「左遷! 商社マンの決断」を読んで19時半就寝。
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3月9日(土)  晴れ 日の出6時20分、日の入18時8分 ネパール715日目 気温最高23℃、最低10℃ 1時の室温24℃、湿度73%  ネパールは今日が休日
2013/03/09(Sat)

1時半に目を覚ます。いつもの静かな夜。
昨日は2つのプレゼンを2人の若い女性から聞かしてもらった。来週は同じ場所に座って少し短いが活動報告の最後のプレゼンをする事になる。最初の女性はプレゼンの前に別室で練習していた。
本番では砒素に地下水が汚染されてどんな問題が起こっているかから話がはじまったが、どうしてその問題が起き始めたのだろう。何が原因なのだろう。それに対する対策はされていないのだろうか。という疑問が浮かんで話をきくものだから、いくら砒素対策の組織化と人材を育てて一体なにになる。原因を除去するのが必要だろうと思うものだからちっとも話が面白くなかった。それを最初に指摘したら、原因は知らない。そんな大きな事はJICAがやることでしょう。私たちは草の根支援をしていて砒素で被害を受けている住民を支援したので、意味のある仕事をしたと思っているとその女性は答えていた。
活動の実施場所はタライのナワルパルシー県でここは大規模な穀倉地帯。1983年から井戸水で砒素被害が見られるようになってきたというから、農薬、化学肥料、殺鼠剤による土壌汚染、水汚染が先ず原因に考えられる。水野前ネパール大使はこの国では成長促進剤を使う農業がされているという話をしていた。農業で肥料を使うのはあたりまえだと思っていたが、肥料を成長促進剤と表現したのははじめて聞いて印象に残っている。肥料という表現ではなく成長促進剤との表現の中に現在の日本では健康上の影響から使用が禁止されているものも使われているというニュアンスが感じられた。アメリカの水汚染の原因には化学肥料と殺鼠剤を含む農薬があげられていたのを見たことがある。この国には中国から人を何人も殺せるような猛毒の安い農薬が入ってきている。薬は使用量を誤ると毒にもなる。そのあたりを注意しないで多くまけばまくほどいいだろうとやられてしまうと土壌汚染、水質汚染を引き起こすから農民に農薬の適量散布を教育することも大切になってくる。農薬などの製品を調べたらどれに砒素が多く使われているかすぐわかる。日本がそれにどのように対処しているかもすぐわかるはずだ。その砒素を含む製品を禁止して代替製品の普及促進を図るのが当たり前のアプローチで代替製品との差額をどう解決するかが真の問題解決課題だと思うのだがどうだろう。こんなあたりまえの原因解決を考えないでしないで砒素で呑めない井戸水ありきの対処療法をを指導していて問題解決の展望はけして開けないだろう。
2つ目のNGOがやったのはタライ地域のマホッタリ県とダヌシャ県で2年間にわたって3000万円の予算でコミュニティにかかわって地域の公立小学校の質の改善を目指すという活動だった。
こちらは学校にかかわる組織に入って活動の拠点とし、学校の教室整備、教師研修、貧しい児童へ補習支援などをしたという。外国のNGOは教育分野への支援で沢山入っている。またそれと協業する現地NGOも沢山ある。この国は外国の支援は歓迎している。どの県の人々も外国の支援を喜んでいるように見える。何事も自立できていないところに支援は必要だと思う。自立出来でいるところまで支援するのは必要ないと思う。支援するのが終って、ボランティアが居なくなったら活動が消えてしまうのもよくあるようだ。支援する側の自己満足でやっている支援になっていないかいつも注意が必要だ。2時半。
ベッドで「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読了。3時20分停電になる。
非常灯と懐中電灯で「野火子」を読む。5時自家発電の電気が来る。今日は3-9時と13-19時停電。
5時半から英語を聞く。
6時朝食。
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ジャガイモとピーマンのきんぴら風炒め物。ヨーグルトを頼む。1Kg 100ルピー
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今朝のThe Rising NepalでUMLのネパールやポカレルがCJ主導内閣に異議を唱えだした。
ネパールなどはCJ自ら辞退しろと言い出した。またまたどうなることか先行きわからなくなってきた。
7時15分ホテルを出てカリマティ市場へ歩く。
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途中で道端で牛乳を買う銀行のシュレスタさんに会う。
「円なら200万ぐらいならありますよ」と話していた。「円が100円になるのを待っているのですよ」と話したら「100円になるのは無理ですよ」と話していた。
Transfer処理をして日本の住所が一致しなくて振り込めなかったケースがあったという。
念のため相手先銀行の本店の住所と、口座のある支店の住所と2つもっていくことにする。
「来週行きますがいついますか」と尋ねると11日がいいという。
11日は15時までやっているというので15時までに行けたら行きますと言っておく。
11日は10時15分事務所に集合で12時に教育省に表敬訪問。14時ぐらいまでに銀行へ行けると思うがはっきりわからない。
今日はガソリンスタンドでバイクとタクシーでどこでも長蛇の列だった。
タクシーは歩道に行列を作っていた。
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いつものリンゴ3個60ルピー。レモン10個50ルピー。玉葱1Kg40ルピー。ジャガイモ1Kg30ルピー。
トマト0.7Kg30ルピー。人参2本5ルピー。生姜2本5ルピー。ニンニク1個5ルピー。キャベツ1個10ルピー。合計235ルピーで約240円。9時ホテルに戻る。フロントでプラカーシュさんに日本語を教える。
部屋の掃除をサルトリさんがしてくれる。10時
ジャガイモを茹でる。ニンニク、玉葱の皮を剥く。人参を茹でる。写真をアップする。
汗をかいた下着を手洗いして屋上に干す。
Ituneのお気に入りを聞きながら昼食をいただく。12時50分少し乾いた洗濯物にアイロンをかけて部屋に干す。12時57分 12時59分陽射しが雲にさえぎられてきて停電になる。
午後部屋の椅子にかけて五木寛之著「野火子」を読了。魅力的な女性を主人公に面白い作品だった。
Native英語のフレーズを覚える。16時半風呂ができたと電話をもらう。気持ちのいい一番風呂だった。
夕食はガネッシュさんが作ってくれる。バナナとみかんも添えていてくれる。16時50分部屋に戻り日記をつける。17時15分〔明日へのことば〕歯から教えられた人の幸せ 鶴見大学名誉教授 新井 高さんの話を聞きながら夕食をいただく。歯を磨いて糸で歯間も掃除する。水を2リットルもらってきてお湯を沸かして紅茶を作る。
城山三郎著「うまい話しあり」を読んで19時就寝。
22時寝汗をかいて目を覚ます。エアコンを点けて、下着を換えて布団を直す。
「うまい話しあり」を読んで又寝る。
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3月8日(金)  晴れ 日の出6時21分、日の入18時8分 ネパール714日目 気温最高23℃、最低11℃ 1時の室温23℃、湿度73%  世界女性デーで祭日
2013/03/08(Fri)

「ネパールよいとこ」に「日本で学んだ歯医者さん」の記事を追加する。https://sites.google.com/site/neparuyoitoko/005-ri-bende-xuenda-chi-yi-zhesan
いよいよ帰国2週間前になった。楽しみにしていた歯の治療は10日で最後になる。
最近の日本での歯の治療は30分ぐらいの時間で何度もか通うのが普通になっている。
歯石除去などはアシスタントの女性にやらせて医者自らするところは少なくなった。
時間通り行っても待たされるのが当たり前。治療前と治療後を鏡に見せての説明やその後の生活で気をつけることなどの説明を受けたことがない。シャッキャ先生は患者に「説明することは大学で学びました。
それはあたりまえなことだと思います。日本の歯医者さんはいそがしいのでしょう」と言っていた。歯に被せていた小さな金属が外れたので「着けてくれ」と持っていったら「つけられない」からよそに行ってくれ
と言った医者が居た。単にそれだけで全ての歯のレントゲンを撮り歯を削り始めた医者の話をしたら、「セメントで着けていたならつけられます」と言っていた。
日本の歯医者は壊れた電化製品の修理をしないで新しいものを買わせる電気屋と同じで、落ちた小さな金具をつけるだけでも、歯のレントゲンを撮って、歯を削って新しく作るのが当たり前のやり方になってしまっている。
「歯に被せた金具がもし外れたら使えるかもしれないから持ってきてください」と言っていた、しごく当たり前のことだと思うのだが、そんな事をいう歯医者は今の日本の中には居なくなってしまったようだ。
今日はバンダ(ゼネスト)ではない祭日。
レモンを4個搾ってレモンティを1.5リットル作り冷蔵庫に冷やしておく。
2時24分ベッドで「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読ん休む。
今日の停電は4-10時と14-20時。4時停電になる。
5時自家発電のエンジンの音が高らかに鳴り出し起床。NY株終値、3日連続で最高値更新 33ドル高
英語を聞く。
6時朝食。
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切干大根の煮物。
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今朝のThe Rising Nepalの一面は相変わらずバッタライ、プラチャンダ、カナル、コイララ、デウバが揃った写真を載せていた。CJ主導内閣についてCJ抜きで話しあいがされているのは奇妙なことだ。
昨日のバンダという名のナショナル ストライキの影響でトリブバン空港から歩いて街に向かう旅行者の写真
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を載せていた。街には1時間で歩いていける。
いつも職場に向かう車を待っているババマハルでバイクとトラックの事故があった。その様子を載せていた。
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桃の花。いつも暗いうちからキドホテルの庭の手入れをしてくれいているローサンさんがこの2週間きていない。
2階にある花が全部枯れてしまっていた。
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あらためてローサンさんが水を遣っていたことを知る。
桃の花。
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今朝のカトマンヅの空は薄いもやがあるが青空が透けて見える。周辺の山々は白いもやで見えない。
今日はいいお天気になりそう。7時半
ズボンにアイロンをかける。8時すぎ陽射しが出てきたので下着を手洗いして屋上に干す。帰国後に来た手紙の転送用封筒をつくり宛名書きをしておく。
部屋でボキャブラリーカードを覚える。「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読む。
12時〔にっぽんの歌こころの歌〕青春の歌:思い出のフォーク&ポップス~中島みゆき集(1)アザミ嬢のララバイ、地上の星、悪女 ほかを聞きながら昼食をいただく。
今日も前の駐車場の石畳の補修工事をしている。13時15分ホテルを出て事務所へ向かう。13時45分
事務所着。メール棚の書類を回収。新しい健康管理担当に挨拶。14時半からNGOの活動報告を聞く。
タライの穀倉地帯のナワルパルシーで砒素に汚染された井戸水の問題に対応していた活動報告を聞く。
汚染が出てきた原因の話がなく砒素汚染を前提とした話におかしく感じた。汚染原因の除去こそ急務だと思うが、これまで掘っていた井戸を更に深く50m掘ったら飲める水が出たとか、それでも飲めない汚染された水だったとかの話を聞いても無駄な活動をしているとしか思えなかった。汚染原因を減らして行く努力をしなければどんどん飲める水が少なくなっていくしかないだろう。ナワルパルシーはタライの穀倉地帯だから農薬や殺鼠剤か化学肥料などが原因として考えられるがその原因を調べて規制させないと汚染が広がるばかりじゃないかと聞いていて思うのだがその話が全く出てこないことが不思議であった。
15時過ぎから始った次の話を本当は聞きたかったが15時半途中退場する。
15時40分からの所長面談は先の人が伸びて16時に始まり、予定時間の20分で16時20分に終了。
作業終了認定書を所長から手渡される。
事務所から下り道を歩いて17時ホテルに帰りちずさんにに認定書を見せて、皆さんのお陰でここまで来ましたと伝える。
食材を厨房に届けて夕食の調理をお願いする。17時16分夕食を届けてくれる。
懐かしのラジオ歌謡集を聞きながら夕食をいただいていたらお風呂が空いたと電話がくる。
17時36分お風呂に入り身体をあたためる。17時55分風呂上り夕食の続き。18時10分食器を洗い歯を磨く。
書類の中に銀行の口座明細通知があった。2年間で残った残高を来週中に日本の口座にトランスファー依頼にいくことにする。1円の変動でおおきく違ってくるから為替市場に無関心でもいられない。
また円が安くなりだしたから急ぐ必要はないが、ここの銀行はいつも開いているわけではない。
これまでも行ってみたら閉まっていたということが何度かあったから油断できない。
「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読んで19時就寝。
庭の話し声で目を覚ます。21時半。日記をつけてヨーグルトをいただく。
Face bookにアメリカ人から来ていたメッセージの返事を英語でしておく。
「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読んで23時半休む。


円安加速、東京市場でも一時95円台

週末8日午前のニューヨーク外国為替市場の円相場は、市場予想を大幅に上回った2月の米雇用統計を受けて売られ、急落した。円は一時1ドル=96円60銭と、2009年8月13日以来約3年7カ月ぶりに96円台を付けた。午前9時現在は1ドル=96円15~25銭と、前日午後5時(94円78~88銭)比1円37銭の大幅な円安・ドル高。

ニュース【リフレ政策】
《reflation policy》不況時に生産活動が停滞しているとき、インフレの発生を避けながら金利の引き下げや財政支出の拡大などにより景気を刺激し、景気回復を図ること。代表的なものは1933年以降、米国で採用されたニューディール政策である。とあった。《reflation policy》不況時に生産活動が停滞しているとき、インフレの発生を避けながら金利の引き下げや財政支出の拡大などにより景気を刺激し、景気回復を図ること。代表的なものは1933年以降、米国で採用されたニューディール政策である。
リフレーション(英: reflation、リフレ)政策とは、アメリカの経済学者であるアーヴィング・フィッシャーが提唱した不況下における設備の遊休あるいは失業(遊休資本)を克服するため、マクロ経済政策(主として金融緩和政策、時に財政政策も併用)を通じて有効需要を創出することで景気の回復をはかり、他方ではデフレから脱却しつつインフレーションの発生を防止しようとする政策。言い換えれば、緩やかで安定的なインフレ、すなわち年率換算にて数%程度のインフレ率にとどめようとする政策である。通常はインフレやデフレと同様に略して「リフレ」と呼ばれ、日本語では「通貨再膨張」とも訳される。
安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」で、安倍に金融政策を指南してきた「リフレ派」の経済学者・国会議員が脚光を浴びる存在になっている。
黄砂やPM2.5などでかすむ福岡市上空というのも見る。深刻な空気汚染の中国の影響は日本まできている。




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3月7日(木) 晴れ後時々雨 日の出6時22分、日の入18時7分 ネパール713日目 気温最高21℃、最低8℃ 0時の室温24℃、湿度75%  MJFヤダブ・グループのバンダの日
2013/03/07(Thu)

0時目を覚ます。IE8のブックマークをグーグルクロームにインポートする。
グーグルクロームのV.25.0.1364.152 mという最新版での画面では
設定 ≡マーク ->ブックマーク(B)-> ブックマークと設定をインポート で出来る事を知る。
これでますますグーグルクローム中心になってくる。
アメリカと日本で株価が上がっている。
2011年3月には80円を切って11月には75円になった円が安くなってきて
今日の1.00 米ドル (USD) = 93.968日本円 (JPY)。
1円円安になると株高は200円高くなるという。
90円から120円まで下がれば日経平均は6000円高くなるらしい。今日の日経平均株価は11,932.27。
今日の停電は4-11時と15-20時。英語を聞いて3時半に五木寛之著「野火子」を読んで休む。
4時停電になる。5時自家発電のエンジンが鳴り出す。英語を聞く。
6時朝食。
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白菜の煮物。
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今朝のThe Rising Nepalには昨日のバンダの日、リキシャに乗っている外人ツーリストの写真を載せていた。CJ主導内閣は3月14日に発足するらしいことが書かれていたがまだ主要4党の合意が出来ていないようだ。
明日8日は世界女性デーで祭日。10日はMaha Shivaratryシバ神を供養する日で祭日。
12日はギャルポ ロサールという祭りで祭日。休日が続く。
しばらくしていなかったラジオ体操1,2をする。これから英語のボキャブラリーカードを覚える。
10時F.H.Cから電話が来る。17時に行くことにする。表のシャッターは閉まっているという。裏口から入るように先生が伝えてくれる。バンダ2日の様子を見にマイティガールで出てみる。
セント ジュビエール(ザビエル) カレッジは昨日に引き続き休みだった。マイティガールは昨日同様だった。タパタリ交差点まで歩く。
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空のリキシャを撮ったら街を一周500ルピーで乗らないかと声をかけられる。
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次に400ルピーと下げたがその気なしと見られたようでラリトピールへ向かって行った。
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橋の下では子供たちが絵を紐にかけていた。
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カトマンヅとラリトプールにかかるバグマティ川のカトマンヅ側で警備していた交通警官3人と一緒に
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通行人にシャッターを押してもらう。
喜んでくれて握手をしてさよならをする。同僚と会う。銀行は開いていて口座を閉めてきたという。
そろそろ口座を閉めることを考えないといけない。来週中には済ませたいが結構時間が無い。
明日から10日までは銀行は休み。
11日は朝から教育省への表敬訪問。12日は祭日で休み。
13日はネパール暦の月末で銀行は忙しいがこの日に朝から銀行へ行くことにする。
それですまないときは14日報告会で話し終えてから銀行へ行く。
13日と14日の2日見ておけば出来るだろう。
そうなると、F.H.Cは今日を入れて日曜日で終る段取りが良さそうだ。
これまで自分の歯には少し不安を感じていたものだがシャッキャ先生に見てもらったお陰であと5年は大丈夫と思えるようになった。
予定通り11時には電気が来て日記をつける。
12時昼食をいただく。昼食後昼寝をする。14時目を覚ます。報告書に目を通す。
14時45分お天気雨が降り出す。将棋王将戦第5局佐藤―渡辺戦を見る。
最終局面で渡辺が王将タイトルを奪取の展開。15時予定通り停電になる。
池波正太郎著「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読む。雷を伴った雨が降り出す。16時15分ホテルを出てF.H.Cへ向かう。16時50分着く。17時から治療をしてもらう。左上の歯3本と右の上下1本づつ。
17時50分ぐらいに終る。あとは日曜日で最終回という。「ネパールよいとこ」に先生を紹介することの
了解をいただく。お姉さんも阪大で学んだという。18時クリニックを出て18時35分ホテルに帰る。
電話をして日記をつける。お向かいさんが引越しされるという。急な坂のある住宅地なのでお年になると平らなところへ移られる方が多くなる。19時12分 お風呂を聞くと3人開くのを待っているという。
夕食の材料を厨房に持っていく。19時半すぎ夕食を部屋に届けてくれる。それを食べ始めたところ19時50分お風呂が空いたと電話をもらう。お風呂に入りあたたまる。20時15分風呂からあがる。
〔明日へのことば〕教育を問い続ける94歳の日々(1)教育研究者 大田 堯さんの話を聞きながら夕食をいただく。夕食後お湯を沸かして紅茶を作り冷ましておく。21時半「仕掛人・藤枝梅案 殺しの四人」を読んで就寝。23時半目を覚まし日記をつける。

NY円、1ドル=95円台に下落 3年7カ月ぶり、米雇用改善観測
7日昼前のニューヨーク外国為替市場で円相場が一段と下げ幅を広げ、対ドルで一時1ドル=95円10銭近辺を付けた。95円台の円安・ドル高水準は2009年8月以来約3年7カ月ぶり。
米労働省が翌8日に発表する2月の米雇用統計が改善するとの見方が背景。ユーロに対する円安が対ドル相場に波及している面もある。
国連安全保障理事会は7日午前(日本時間8日未明)、緊急会合を開き、3回目の核実験を強行した
北朝鮮への新たな制裁決議を全会一致で採択した。
米国は北朝鮮の資金源を絶つため独自の金融制裁の準備も急ぎ、二段構えで「包囲網」を強化する。
北朝鮮は決議採択の動きに反発、挑発の構えを強めている。

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3月6日(水) 晴れ 日の出6時23分、日の入18時6分 ネパール712日目 気温最高24℃、最低10℃ 0時の室温24℃、湿度75%  2月19日(火)に続いてバイディア派主催のバンダの日
2013/03/06(Wed)

0時過ぎ目を覚ます。停電中だったので非常灯と懐中電灯で「男たちの経営」を読む。
1時電気がくる。犬の鳴き声がしていた。今日の停電は6-13時と17-22時。1時10分起床。
憲法96条をみる。第九十六条[1] この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。というものだが通常の法律より改正が難しくなっている憲法の改正要件を定めているものだが、これを改訂して易しくできるようにしようという議論がでていることを知る。
今日は共産党マオイスト(バイディア派)が政府へ圧力をかけるためネパール・バンダを実施する。
明日はMJFヤダブ・グループがネパール・バンダを予定しており,2日連続でバンダが実施される。
野党の一政党がバンダをすると言えばゼネスト状態になると。
今度選挙で議員が選ばれたらまず最初にしたらいいのがバンダ禁止法案をつくることだろう。
バンダは国の信用を失わせるものだがどうやら野党はそれも狙いの一つにしている。
道路からはバスやタクシーが消えて時々走ってくる外国人のツーリストバスと警察車両とリキシャだけ。
市民は歩行者天国に似た道路を歩くのでむしろ普段より緊張感がなくなった感じになる。
排気ガス生産工場となっている道路が休業したお陰で町が息を吹き返した感じになるのはいい。
バンダを呼びかけた政党に動員力があるわけでなく、街にでかけても、取締りの完全武装の警官ばかりでデモ行進など見たことが無い。よくこれが繰り返されネパールの恒例行事になっている。
バイディア派にとっては2月19日(火)に続いて今年2度目のバンダ。
1回目ネパール全土で整然と正月休みのような状態になった事に気を良くして今回はまたしたのだろう。
CJ主導の政権反対がバンダ実施の理由だがそれではどうしたいというのかは誰もわからない。
ただ選挙が近づいたことで政党の存在感を示す道具としてバンダを使っているようだ。
ヨーグルトとバナナをいただく。3時休む。
5時起床。英語を聞く。
6時朝食。
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ほうれん草のおひたし。
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朝食後同僚とおしゃべりする。
7時45分バンダの様子を見にホテルをでる。
小学生たちが手をつないで通学するのを見る。
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セント ザビエル カレッジの塀に学生が描いた絵が出来ていた
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マイティガールでは警官が5人づつぐらいが完全武装で要所要所に立っていた。
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走る車は警察車両と救急車と私立学校のスクールバスが生徒を乗せて走っていた。

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自転車に乗る若者も見かけた。
タパタリ交差点まで歩く。
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途中で物乞いのおばさんに出会う。交差点でも警官が立っているだけでバスやタクシーは走っていなかった。8時15分ホテルに帰る。バンダの日はいつも静かな朝からはじまる。
写真をアップしてブログを更新する。9時13分大きな容量の自家発電から小さな容量の自家発電に切り替わる。小さい容量の自家発電機のエンジンの音は大きい。少し週刊文春を読んで安む。9時18分
サルトリさんがシーツ交換をしてゴミを出してくれる。サルトリさんはドラカの出身。ご主人はカブレという。
メラムチ川の話をきいてみる。12時までで「男たちの経営」を読了。創業から丸田さんが副社長までの時代を書いている花王を扱った実名小説。
13時電気が来る。携帯が電池切れになっていたので充電を始めて日記をつける。
Native英語でボキャブラリーカードを5日分作る。15時12分 ヨーグルトのおやつ。
15時半バンダの様子を見に散歩がてらマイティガールに出てみる。走るのは警察の車両と救急車と
外人ツーリスト客を乗せたリキシャと自転車。
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アイスクリーム売りのおじさんもいた。
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道路を人々が歩道がわりにして歩いていた。
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しばらく見ていたが主催者の一団は見られなかった。風があって道路の土ぼこりが舞い上がっていた。サルトリさんとミナさんは普段より早く16時にお仕舞いにして帰って行った。ロビーで8年ツアーガイドをしているというネパール人の婦人とおしゃべりをする。16時半お風呂に入る。16時50分夕食を持ってあがる。17時停電になる。
パソコンの自家発電が来る。〔にっぽんの歌こころの歌〕 昭和歌年鑑:昭和43年の流行歌 天使の誘惑、亜麻色の髪の乙女、知りすぎたのね ほかを聞きながら夕食をいただく。17時14分
板倉光馬著「ああ伊号潜水艦」を読んで18時半就寝。

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3月5日(火) 晴れ 日の出6時24分、日の入18時6分 ネパール711日目 気温最高24℃、最低10℃ 0時の室温24℃、湿度75%
2013/03/05(Tue)

2時半に起床。上は1枚でも居られるぐらいに気温になっている。もうこの時間になると飛行機は飛ばないし、犬の吼える音も聞こえない。上にもう一枚長袖を着る。
昨日は右下奥歯が欠けて虫歯のように中が黒くなっていたものを治療する。昔は詰め物としては銀のメタルをつけるのが普通だったようだが、昨日はプラスチックで充填し、光を照射して固める仕方で虫歯を埋めて凹みを整形した。見た目に治療したとは見えない。 健康な普通の歯に見える。とてもいい。
コンポジットレジン充填といい、虫歯の部分を削った後にコンポジットレジンという歯科用プラスチックを詰める方法。インレーと呼ばれる詰め物にはメタル、プラスチックが保険適用でそれ以外にセラミック、ゴールド、ハイブリッドセラミックなど保険適用外のものもある。
いずれにしても、メタルよりプラスチック、セラミックは弱いから、欠けたり、折れたりすることがある。
硬いものを食べるのは注意が必要。飴玉など噛んだり硬い骨を噛んだりしたらプラスチックやセラミック(焼き物)との強度較べになるからしてはいけない。ちゃんとシャッキャ先生はそれを注意してくれた。
金属の詰め物は見栄えが悪いからプラスチックに換えたいという人がいるという。 その気持ちは良くわかる。以前大阪の若い歯医者に前歯の欠けたところを体裁よく修復してもらったことがあったが直ぐ取れてしまった。これもコンポジットレジンという歯科用プラスチックを詰める方法で修復したのだろう。
日本では治療前の患部を見せてもらった記憶はないが、昨日は小さな鏡に虫歯の患部を見せてくれた。先生は深くないと言っていたが見た目にそれほど浅いとは思えなかった。先生は深さがないので外れることを心配して、ここの治療を最初にしたという。今後の治療期間中で外れたら対応できるからということだった。しかし心配しなくてもこの深さがあればまず外れることは無かろうと思った。
レジンは歯科治療で最も頻繁に使用されている材料で、歯医者さんの間ではレジンを詰めることをレジン充填(レ充)と呼んでいる。レジン充填は一応保険適応の治療法だが、歯科医師の知識・テクニックの差が非常に出やすいため、歯科医院によっては保険外でレジン充填を行なっている場合がある。
また、レジンは虫歯治療だけではなく、欠けた歯の形態を回復したり、歯に盛り足してすきっ歯を治したり、金属の部分をレジンに置き換えて金属アレルギーの予防や審美的な改善をしたりなど、様々な用途で使用されている。という。
コンポジットレジン充填の値段・価格・料金
【保険適用(3割負担)の場合】
約700~1000円
【保険外の場合】
約1万円~5万円
※上記の料金は、虫歯を削る料金・型取り・レジン本体の料金を足したもの。
※レジンは保険でも可能だが、高い審美性や持ちを求める場合には、保険外の治療となる場合が多くなる。そのため、治療費は歯科医院によって大きな差がある。
こうして知ると、どこまで出来るかシャッキャ先生の腕を、最大限発揮してもらってみようと思う。
最初の日に無理です、すぐ取れますと言われた前歯の欠けている修復は矢張り無理かを尋ねて見ることにする。持ちと日本での治療費・費用・料金の比較は以下の通り
持ち
1位 ゴールドインレー:最も適合が良い材料だと言われている。
2位 ハイブリッドセラミックインレー: 溶けないセメントを使いる。
3位 セラミックインレー:溶けないセメントを使いますが、割れやすい。
4位 保険のインレー:平均使用年数5.4年。(トラブルが出てくるまでの年数)
5位 コンポジットレジン充填:平均使用年数5.2年。(トラブルが出てくるまでの年数)  
※持ちに関しては、材料に加えて歯科医のテクニックやその後のメインテナンスが非常に大きく
関わってくるので、必ずしも上記のようになるとは限らない。
ただし、金が最も適合が良く長持ちする材料だということは証明されている。
治療費・費用・料金
1位 コンポジットレジン充填: 700~1000円。(保険適用3割負担の場合)
2位 保険のインレー: 1300~1800円。(保険適用3割負担の場合)
5位 ゴールドインレー:3~5万円前後。(大体の相場)
5位 ハイブリッドセラミックインレー:3~5万円前後。(大体の相場)
5位 セラミックインレー : 3~5万円前後。(大体の相場)
上記の料金は削る料金・型取り・詰め物本体の料金を合計した大まかな目安。
初診料、検査の費用等は含まれていない。
初診料約600円~、検査150円~。
(保険外の場合には、詰め物の料金にこれらが全て含まれている場合もある)  
4時11分になる。今日は8時から歯の治療。ここで出来るだけの治療をしてもらうことにする。
レモンを5個搾りレモンティをつくる。リンゴをいただく。CPにメールを送っておく。
5時半から英語を聞く。ブログを更新。
6時朝食。
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かぼちゃの煮物。
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珍しく外国人が1人食堂にいたのでおしゃべりする。インドのデリーで日本の会社で働いているという45歳の太ったインド人の男。インドも日本と同じで西暦のカレンダーだという。ネパールの暦を知らないようだったのでガネッシュさんに見せたらこれはわかると言っていた。
しばらく話していたら日本人の社長と言う人が来ておしゃべりをする。
大阪から30年前からインドでテキスタイルの工場をやっているという。
今度ネパールで工場を作ろうと候補地はJhapaを考えているという。
今日はこれからビラトナガールからジャパへ行くと言う。是非頑張って工場を作ってくださいと言ってさよならする。7時日記をつけてブログを更新して7時20分F.H.Cへ歩く。
朝はひんやりして気持ちいい。
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F.H.Cへは道路脇の歩道を歩くが車の音が賑やかで排気ガスも多い。
マスクをつけていない若者が多いが将来、呼吸器疾患になる人が多くなるだろう。
息苦しくなったカトマンヅに住む50ぐらいの婦人が医者から転地療養を勧められたというニュースもあった。途上国はどこでも空気汚染、水質汚染は共通だ。バクタプールからカトマンヅに向かう時10Km離れたカトマンヅの街のどんよりと灰色にくすんで大気の汚れがよくわかる。
ゴミ問題も深刻で人々がゴミを野焼きするからそれが空気汚染に輪をかける。困った循環になっている。
バグマティ川はもはや死んだ臭い真っ黒な川で数メートル高い橋の上でもくさいにおいが下からしてくる。
『泥の河・螢川・道頓堀川』を書いた宮本輝さんだったらバグマティ川をご覧になって小説を書いていただいたら果たしてどんな題名にするかと考えた。 「ヒマラヤの雪解け水のくさい河」というのでは誠に悲しい。バグマティ川周辺のゴミ拾いプロジェクトがされているが、河が昔の澄んだ川に戻るにはこの国に産業が立ち上がり豊かになることが必須の条件だと思う。
昔日本が成長した時期、川崎と尼崎は東西の空気汚染の酷い町だった。やがて長い時間をかけてそれを解消した。今それを知る人も少なくなっている。そんな意味で今朝の縫製工場をネパールに作ろうとしている日本人に期待する。そういう人のお陰でネパールが豊かになれば排気ガス規制も出来るだろうし、野焼きもやめさせることが出来るだろう。その方はインドへの進出でこれまで何度もご苦労された。金を払ったのに材料が届かないとか。ブータンで道路建設を進める日系企業も労働者を集めるために金を払ったのに期日に人が来ていないとか。外国に出てきた企業は様々のご苦労を積んできている。
これがF.H.C近くのラリトプール市役所
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8時からシャッキャ先生たちは待ってくれていたよだ。
時間通り始って、先ず希望を聞いていただいてよく検査してもらった結果3本について治療をしてくれる。1本については難しい理由を聞いて納得する。8時40分今朝の治療を終える。
次回は日曜だが木曜日のバンダの日に予約している人からキャンセルが入る可能性があるという。
その場合17時から予約を入れることができるという。7日は昼前に電話で確かめることにする。
帰り道にあるガソリンスタンドではバイクやタクシーが長蛇の列を作っていた。
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その先で青年隊員と会っておしゃべりをする。最後の手続きに銀行にいくという。
来週行こうと思っていたが、いよいよネパールの生活もカウントダウンになってきた。
しばらく行ったら車で出勤する同僚に出会う。またしばらく行くと久しぶりの同僚に出会う。
しばらく立ち話をする。ホテルに9時半すぎに戻るとロビーでこれから出勤する同僚に出会う。
ホテルの自家発電が着いていたのでメールを見るとCPからメールが来ていた。返信をしようとしたら10時に自家発電が止まって送れなかった。部屋の椅子に身体を伸ばしてうとうとしながら「男たちの経営」を読む。12時昼食をいただく。12時半自家発電がきたので見てみるとCPからまたメールが来ていた。
13時今度は返信できる。ミナさんが部屋の掃除をしてくれる。日記をつける。
15時から電気がくる。朝の続きの英語を聞く。途中で休んで「男たちの経営」を読む。
携帯にメールが入る。明日、あさってバンダがあるので不要な移動はしないようにというメッセージ。
16時過ぎで今日の英語を終える。写真をアップする。「男たちの経営」を読んで過ごす。
17時25分お風呂に入る。風呂のなかで身体を伸ばして足のふくろはぎをもむ。
17時45分作ってくれた料理を持って部屋に戻る。バナナも2本入れていてくれた。
今朝パンとヨーグルトを頼んでおいて良かった。明日、あさってとバンダで店が閉まるとパンも買えなくなる。バンダになって店が閉まると買い置きが必要だったことを思い出したものだ。いつも買ってもらっているパンは明日の分まで残っているが木曜日の分は無かった。今日買っておいてもらって良かった。
毎晩小さな食パンを2枚焼いてもらう。夕食を食べて「男たちの経営」を読んで19時就寝。

かねて闘病生活が伝えられていたベネズエラのウゴ・チャベス大統領が5日、首都カラカスの病院で死去した。58歳だった。マドゥロ副大統領が国営テレビで発表した。
 チャベス氏は中南米地域の反米勢力の“盟主”だっただけに、地域情勢に大きな影響を与えるのは必至。
30日以内に手続きが行われる大統領選では、チャベス氏の後継者であるマドゥロ副大統領と、若手の野党統一候補との一騎打ちになるとみられている。
 チャベス大統領は11年6月と12年2月の2度にわたり、キューバでがん摘出手術を受けた。
同年12月に再発が確認され、治療のため、再びキューバ入りし、今年1月の4期目の就任式も欠席。
その後、帰国し闘病生活を続けていた。


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3月4日(月) 晴れ 日の出6時25分、日の入18時5分 ネパール710日目 気温最高24℃、最低11℃ 0時の室温24℃、湿度75%
2013/03/04(Mon)

1時5分目を覚ます。電気が来ていた。今日の停電は8-14時と18-24時。
報告書の内容を作り終える。9546文字になった。アナウンサーのスピードで32分かかる。
持ち時間は20分、アナウンサーのスピードでは話せないから4500文字程度に直すことにする。
目安はまず半分にすること。3時休む。
4時過ぎ起床。2月26日にイタリア選挙結果を受けて1ドル=90円85銭近辺とほぼ4週間ぶりの高値をつけていた円が4日のシドニー外国為替市場の円相場は、1ドル=93円60~70銭と、前週末金曜日の同時点(92円60~70銭)と比べ約1円の円安・ドル高で始まった。米経済指標の堅調さを好感しドルが買われている。ユーロ円相場は、1ユーロ=121円80~90銭で推移している。を見る。報告書の続き。
5時半英語を聞く。
6時朝食。
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パクチョイの甘煮物。
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今朝のThe Rising NepalにはCJ主導内閣をバイディア派が再度反対を表明している。近く発足でその他の党同意らしいがいつかははっきりしない。
ラリトプールのバイデパティからのガネッシュ ヒマールの眺めと
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カトマンヅの村の子供たちがしゃくなげ(ラリーグラス)の花を摘んできた写真、
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魚の養殖池。
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街でよく見かける建設現場の3人一組の共同作業をみる。
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ジャリや土など背中のカゴに入れて運ぶ人。スコップで背負ったカゴに入れる人。スコップの先に紐でひっぱって助ける人。それぞれ1日9時から17時まで働いて一人女性で300円ぐらいという。どの役割も同じ日給という。男性の日給だと500円ほどだという。
朝食後青空が見えていたが次第にうす雲で覆われてしまった。
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8時に停電になったがすぐ自家発電が点く。8時7分
写真をアップしてブログを更新する。帰国時プログラムスケジュールが届く。メールを発信。
夕食の準備をする。10:00自家発電が止まる。
10時25分支度をしてFamily Health Clinicに出かける。途中10時40分CPから携帯に電話がくる。
11時3分前着く。待っていたようで11時から今日は右の下の奥歯の虫歯治療。鏡で少し黒くなっているのを確認する。今日は歯に似た樹脂でそこを埋めて光を10秒づつ9回当てて固める。15年位前から始った治療の仕方という。金属の詰め物に較べると弱いから硬いものを噛むと壊れることがあるという。
ただ接着性は金属のものより強いという。30分ぐらいで治療は終える。歯のかみ合わせの部分に埋めたのでチューインガムや飴等は噛まない方が良さそうだ。次の水曜日は病院で担当している仕事の手術がはいったので明日に変更になる。11時40分ホテルへ下り坂をゆっくり歩いて下る。ホテルに12時15分帰宅。汗をかいた下着を着替える。昼食をいただいてから帽子も一緒に手洗いして屋上に干す。14時半日記をつける。プレゼンを考える。17時15分お風呂に入る。気持ちよい丁度いい熱さであたたまる。
17時35分夕食とバナナとブドウを持って部屋に戻る。夕食をいただいて水を1.5リットル厨房でもらってくる。お湯を沸かして紅茶を作り冷ましておく。電話をする。
「男たちの経営」を読んで19時就寝。携帯の呼び出し音が長く聞こえてきたが起きずにそのまま寝る。
22時半目を覚ます。19時33分にCPからだった。
昨夜18時に停電になって、ホテルの自家発電になってからネットが繋がらなくなった。
ホテルの設備には問題なさそうなのだが、どうやらその先のプロバイダーに原因がありそうだ。
22時57分に自家発電が22時59分電気が来る。停電は24時までの予定だが1時間早く電気が来た。
ネットに繋がった。メールを1つ発信する。
ジェット機の離陸の音が聞こえてくる。昼間は聞こえないがこの時間にはよく聞こえてくる。
昼間死んだように寝ている犬もこの時間になると良く吼えている。暗い夜道は犬も怖い。23時30分
ヨーグルトをいただく。
大統領がかねてから呼びかけていた国民合意政権の樹立と議員選挙の実施がCJ主導で主要政党が合意したとなったが反対する2つの政党がそれぞれ6日と7日にバンダという名の全国ゼネストを宣言した。いつもバンダで国民には犠牲をしいられるのだが、主催者にお咎めがないようなのがいつも不思議だ。
政権が傍観しているのも不思議なことだ。バンダをすると言われたらまるで神の命令であるかのように皆がおとなしく従ってまるでお正月のような国民の祝日のようになってしまう。これまで主催者がバンダを宣言し、政府がそれを辞めさせる強権発動を出したことがない。2つの政党ともCJ主導による国民合意政権の樹立には反対しているが、今のバッタライ政権の存続にも反対している。なんでも反対するのがここでは一番自分たちの存在感をアピール出来ていいと見ているようだ。政党は大抵協力することはしないようだ。もっぱら政権の足を引っ張ることで存在感をアピールすることが主要な政党活動のように見える。
バイディア派は内戦時代の戦闘部隊のリーダーを多く抱えている。ここからテロなどが起こされたら政権の軍隊との内戦が再発する危険すらある。政権側も注意は怠り無いだろう。暴発に追い込まないよう刺激しないように今度も傍観して事を荒立てないようにするだろう。同じマオイストのバッタライは大丈夫だろうが、CJのレグミはどう対応するかわからないがバイディア派の挑発には注意が欠かせない。
0時すぎてベッドで休む。

今日届いた3月25日(月)のスケジュール(予定表)
  1)10:00~10:20 
     受付: JICA市ヶ谷ビル 国際会議場
  2)10:20~11:25
     共通の帰国時オリエンテーション
  3)11:25~12:10 (シニア海外ボランティア)
     社会還元
  4)12:30~15:00 (シニア海外ボランティア)
     帰国報告会(対象者のみ:一人当たり20分程度)
  5)15:15~15:45 
     授与式リハーサル
  6)15:45~16:00 
     休憩
  7)16:00~17:30
     外務省感謝状授与式、懇親会
  8)17:30~(国際会議場前ロビーにて返却)
     VOID済み公用旅券の返却(VOID済み公用旅券及び一般旅券の返却)
3/25(月)は、外務省感謝状授与式が予定されており、17:30終了予定のため、
プログラム終了次第、旅券を引き取ってご帰省いただけますと幸いです。とあった。


大使館からのお知らせ(13-25) 3月4日
バンダの実施について
大使館に入った情報によりますと,共産党マオイスト(バイディア派)は,政府へ圧力をかけるため,
3月6日(水)にネパール・バンダを実施するとのことです。
また,既にお知らせしておりますとおり,3月7日(木)にはMJFヤダブ・グループがネパール・バンダを
予定しており,2日連続でバンダが実施されます。
抗議グループと警官隊との衝突のおそれもありますので,群衆には絶対に近寄らないでください。
今後の政治情勢によっては,変更や中止も考えられるため,報道等にご注意ください。

大使館からのお知らせ(13-26) 3月4日
抗議活動の実施について
大使館に入った情報によりますと,タクシー組合が政府に対する運賃値上げ要求と警察の取締の強化に
対する抗議のため,明日(5日)午前9時にリング・ロードの主要交差点にタクシーで集結し,
午後12時ラトナ・パークに向けて,抗議デモを実施するとのことです。
この間,カトマンズ市内,ラリトプール市内で渋滞が予想されますので,十分ご注意ください。

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3月3日(日) 晴れ 日の出6時27分、日の入18時4分 ネパール709日目 気温最高25℃、最低11℃ 0時の室温24℃、湿度70%
2013/03/03(Sun)

夜中0時過ぎ目を覚ます。犬の鳴き声、ジェットの離陸の音が聞こえてくる。
昨日から始ったWBCはジャパンがブラジルに5-3で辛勝。福岡ドームはドーム球場としては日本一広いという。今度福岡へ行ったら見に行きたい。
今日で帰国まで3週間になった。今週は8日所長面談。来週は11日ネパール教育省へ表敬訪問。12日日本大使館へ表敬訪問。14日活動報告会。15日送別会。22日帰国となる。地方で活動する隊員は所長面談に合わせてカトマンヅに戻ってくる。カトマンヅの都会の空気でウキウキしてくる人が多いらしい。
昨日聞いた柏木哲夫さんの話で医療のケアにもそれぞれに応じて必要とされるものに違いがあることを説明していた。医療も援助も同様に考えられる。
1. JR西日本脱線事故で107名死亡事故現場に駆けつけた医師に求められるものは医療技術力であっ  
て、医者のパーソナリティ、親切心が問われるものではない、上から倒れている人を助ける、差し出すケアだった。
これは海外の地震などの被災地に駆けつける海外緊急援助隊や専門家の活動に近いようだ。

2. 被災後の仮設住宅の被災者への一般的な医療従事者には技術力と人間力(思いやりや親切心)が求められる。下から支えるケアという。

3. その人の自立を信じて横に寄り添っているだけでいいケアもあるという。
これに求められるものは人間力だけで医療技術を必要としないという。
87歳で尚現役の医師としてご活躍の北海道の赤ひげ先生こと道下俊一先生などはこれなのだろう。
患者さんに寄り添ってよく話を聞いてあげることが大切で、話を聞くだけで患者さんは元気になって帰って行く人もあると言われていた。

2や3は途上国へのボランティア活動に近いか。

4. 末期といわれる死を目前にした人に対して医療関係者はそれを背負うことは出来ないと言う。
ただ出来ることは人間には背負うことは出来ないが背負える神があることを伝えることは出来るという。

ヨーグルトをいただく。2時。報告の準備。
6時朝食。
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里芋のおかず。
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9時ブログ更新。9時25分Hamily Health Clinic.へ出かける。途中で青年隊員に出会う。「もう少しですね」と挨拶する。時刻と温度のパネルは18度だった。
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10時5分前にクリニックにつく。10時過ぎから最初の治療。今日は歯石除去。日本では歯石除去は30分で2000円ぐらいの治療費という。これは上下の半分で通常2回するという。3割負担で4000円だから歯医者は1時間で13000円の売上と言う。1回でも出来そうだが歯の負担軽減で2回にわけるのが普通らしい。日本の歯医者ではせいぜい30分ぐらいの治療に何回も行かなければならないのが面倒だ。
ここではその都度の支払いは必要ない。最後にかかった費用をまとめて支払いすればいい。
日本では歯石の除去はアシスタントのような若い女性にやらせているケースがほとんどで、歯医者自身でやっているのは少ない。
「痛かったり、しみたりしたら手を上げてください」などと言われて歯石の除去をはじめられた事もない。
今日はシャッキャ先生が約40分かけて全部の歯の歯石を丁寧に取ってくれた
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日本で今日ほど長い時間歯石取りに時間をかけてもらった記憶が無い。
そのあと歯磨き粉のような研磨剤をつけて歯のブラッシングをしてくれて、フッ素入りの水でうがいする。
フッ素は歯を硬くする効果があるという。
「歯石を取らないでそのままにしておくとどうなるのか?」と質問すると「歯茎を傷めたり歯周病の原因になる」という。「期間は半年毎に必要な人もいれば、3年ごとぐらいにやればいい人もいる。毎年やる必要があるというものでもない。要はその人の普段の歯の磨き方による」という。
日本でした歯石除去では歯石を引っ掻き取るような仕方だったからよく血が出ていたものだが、ここではモーターで回るヤスリ針のようなものを歯石にあてて削り取るやり方だったので少しも血が出なかった。
黒い歯石が取れたのには驚いた。除去後は小さな鏡で前歯の裏まで写して説明してくれた。
上の前歯の裏をはじめて見せてもらった。黄色く汚れていることに驚いた。でも先生の話では「せんせいの歯は綺麗な方です」と言う。患者をいつも「せんせい」と呼んでくれるので悪い気がしない。日本人にはみんなせんせいと呼ぶようだ。次回からは治療していくという。明日の11時、6日の8時、10日の9時を予約する。
わざわざシャッキャ先生の治療に中国や別の国に勤める日本人ボランティアがポカラへ旅行に来た時、治療を受けにきたことがあるという。他の国にも知られているようだ。
11時終って帰り道温度計は22度になっていた。
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11時前に終って帰り道、温度計は22度になっていた。11時40分ホテルに帰る。汗をかいた上下を手洗いして屋上に干す」。12時昼食をいただく。12時15分自家発電がなる。日記をつける。12時52分。眠くなってベッドで昼寝する。14時15分起きる。よく寝て頭がすっきりする。14時半自家発電が止まった。15時半自家発電が点く。報告書。城山三郎著「男たちの経営」を読みはじめる。
17時電気が来る。日記をつけてブログを更新する。18時お風呂に入る。18時半夕食。
夕食後「男たちの経営」を読んで19時就寝。21時半目をさます。自家発電の電気が来ていた。
報告書を見る。23時20分自家発電が止まる。ベッドで休む。
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3月2日(土) 晴れ 日の出6時27分、日の入18時4分 ネパール708日目 気温最高25℃、最低11℃ 0時の室温24℃、湿度70%
2013/03/02(Sat)

2時38分まで報告プレゼンを考える。今日の停電は3-9時と13-19時。お湯を沸かして紅茶を作る。3時の停電の前に休む。3時停電。非常灯と懐中電灯で「七色の密室」を読む。
5時5分自家発電がつく。英語を聞く。
6時朝食。
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シミ(三度豆)のピリカラ炒め。ヨーグルトを頼む。
今朝のThe Rising Nepalにはバッタライが6月の中旬に選挙が開かれるだろうと談話している。
CJに政権を渡して11月では長すぎると考えているのはこの人だろう。
6月選挙は希望的に過ぎるがそうでなければ今CJに譲る意味が無いと考えているのだろう。
中西部のヒル地域にあるダイレキの前期中学校で校庭で授業する写真があった。
校舎の屋根が嵐で飛んでしまったという。
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ラリトプールの畑で働く婦人の写真。
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土曜の朝は冷蔵庫が空になっている。6時45分いつものように支度してカリマティ市場へ向かう。
今日も暑そうなので上も下も2枚づつしか着ないで出かける。
途中綺麗に出来たバス停と古いバス停を撮る。
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カリマティ市場の前でオートバイと車の接触があり当事者同士の喧嘩が始まるところだった。バイクの男が凄い勢いで運転手に詰め寄っていた。交通警官が間に立っていたがなすすべ無しといった感じだった。
いつものリンゴ2個で40ルピー。ジャガイモ1Kgで30ルピー。玉葱1Kgで45ルピー。トマト0.5Kgで20ルピー。人参1本5ルピー。ニンニク1個で5ルピー。レモン10個で30ルピー。キャベツ1個で15ルピーで合計190ルピー 約200円。を買って8時前市場をでる。
帰り道で野菜の種を売る店があった。袋が25ルピー。真ん中に小分けしたビニール入りが10ルピー。
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8時半ホテルに帰る。汗で濡れた下着を換える。
日記をつけてからレモンを搾りレモンティを作る。9時 レモンを搾っているとサルトリさんが部屋の掃除に来てくれる。シーツ交換と、水をポットに入れてもらいお湯を沸かしてジャガイモを1時間15分茹でる。
汗をかいた下着を手洗いして10時半屋上に干す。今日は強い日射があるから1時間で乾きそうだ。
写真をアップしてブログを更新。人参を茹でる。11時15分
洗濯物を取り込む。11時45分 「人は死を背負って生きている」金城学院・学院長 柏木哲夫さんの話を聞きながら昼食をいただく。
午後はTシャツ1枚で十分だった。部屋の椅子に身体を伸ばして「七色の密室」を読了。
14時半日誌をつける。山本周五郎著「縛られる権八」を読み始めたらお風呂が出来たと電話をもらう。
16時10分、今日も一番風呂だった。綺麗な気持ちのいいお風呂に入って手足を伸ばす。
クリシュナさんが作ってくれた夕食を持って部屋に帰る。16時半。
まだお腹がすかないので日記をつける。日がかげると寒くなってくる。風呂上りで身体が火照っているが窓を閉めているにもかかわらず薄ら寒くなってくる。キドホテルで広いお風呂はとても有難い。熱いお湯も水が貴重なこの国で何よりに贅沢だ。今の時期朝はまだ寒いがネパール人は外の井戸の水で頭を洗い、身体を洗っている。それが習慣になるとあたりまえのようだが、熱い風呂に入るのが習慣の日本人から見ると気の毒に思ってしまう。朝の食事も有難い。図書室の本も嬉しい。このホテルがあったお陰で2年間過ごせた。ホテルの皆さんには助けられた。18時半ジーワンさんがヨーグルトを部屋まで届けてくれる。
「千代紙行燈」を読んで19時就寝。
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